昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

三鷹通信(123)シニアSOHO普及サロン・三鷹・交流会で講演(加筆)

2015-09-27 04:04:49 | 三鷹通信
 昨夜、シニアSOHO普及サロン・三鷹の交流会にお招きいただき講演してまいりました。
 
 会員の方が続々とお集まりになり、三鷹三田会の谷口雄三郎さん(自称、レロレロ姫応援隊長)の呼びかけでおいでいただいた方も見えます。
 三鷹市民協働センターの第二会議室は40名あまりの参加者でいっぱいでした。

 緊張の中、小生の「書くことが楽しい。女性は永遠のテーマ」と題した内容は下記のようなものでした。
 

 小生がこのサロンの初期の会員だったこと。
 1999年の12月第一回交流会に参加したとき読売新聞に投稿したこと。
 
 このサロンの創設者堀池喜一郎氏はこの会で、三鷹市では毎年1万人のシニアが退職して企業から地域に帰ってくる。全人口の半分以上がシニアという時代が目前です。今や「お年寄りは大切に」などと甘んじているわけにはいかない「ただならぬシニアになれ!」とはっぱをかけられました。
 
 退職して家でぶらぶらしていた小生は大いに刺激を受けました。
 当時副代表をされていた細川武男氏の「シニアをパソコンに馴染ます手段として囲碁を活用しよう」というアイデアを受けて、小生は世界的な囲碁ネット、パンダネットに交渉、産業プラザビルの一階のアイカフェのパソコンで無料で利用できる仕掛けを作りました。
 
 
 そこでシニアを集め講習会を開き、ネットを介してプロ棋士と対局などもしました。
 囲碁愛好者にパンダネットを紹介すると、夫々がご自宅で使用するたびに使用料の5%がサロンに還元されるという特典もありました。

 当時IT普及を政策の柱としていた森首相が視察に見え、読売新聞で大きく報道されました。
 
 
 書くことに関心を持ったのは、交流会で三鷹市高齢者福祉課長をされていた安生裕子さんの講演を記録したのがきっかけでした。
 彼女はこの「ITとコミュニケーション」という講演で、IT普及に伴う弊害について問題提起されました。
「ケイタイやメールなどのIT技術を使って一日何も話さないまま退社する日などもあって、技術の発達が人間社会から言葉を奪ってしまう。
 コミュニケーションが何の挨拶もなしに済んでしまう。
 コミュニケーションセンスのない人は、もともと人間関係が苦手な人が多いが、さらにその係わりを排除していって、メールにより構築した自分の世界に埋没していく。
 そしてセンスのないどうしで会うことになって殺人にまで発展してしまうというケースさえある。
 逆にセンスのある人がITを活用すると人間関係が拡がります。
 先日羽田空港で男性とぶつかって、袖のベルトと男性の背広の袖のボタンが絡んでしまい、外そうと焦っている時、70歳ぐらいの紳士に「どうぞごゆっくり。他生の縁じゃないですか」といわれ、そうか他生の縁かと、
 
 とっさの何としゃれた言葉といたく感心し、言葉は人の心に火をつけるといいますが、その日一日気分よくすごせました」と結ばれました。

 ”言葉は人の心に火をつける”
 この時以来、見聞きした関心を持った{言葉}をメモするようになりました。
 そして「言葉」「表現」「日記」といったファイリングを索引付きで書き溜めるようになりました。
 そして8年前「ブログ」という自分を表現する手段を見つけ、それ以来ほぼ毎日ブログを書くことに楽しみを見つけたのです。

 そしてそれを後押ししたのが博物学者、荒俣宏氏の「孫引き」に関する新聞記事でした。
 
 大学時代に翻訳を始め、仏、独、ラテン語など言葉の範囲が広がり読み広げていくうちに、この世の膨大な書物の多くは<孫引き>ではないかと気づいたというのです。
 書物は古代からのあらゆるものを取っ替え流用しているにすぎないのでは、と。
 つまり記すということは、毎日知らず知らず<写経>しているようなものだ。
 その快楽と欲求のために人は字を<記す>のだ。
 生命体がDNAをコピーすることで繁殖していくように、人も自分のコピー、つまり子供を作るバーチャルな代替行為として文字をコピーしているのかもしれない。
 生殖とコピー行為。二つの快楽はどうも通じている気がすると。

 80歳を迎えようとする今、自分の生きがいは「自分にないものへの憧れ、そのことに対する尽きない好奇心」だとますます思うようになりました。
 無事に生活し、子孫を残す営みこそ自然から与えられた生き物としての基本的本能ですが、それのみに満足せず与えられた知恵を活用してさらなる向上心を持ってよりよい生活を求める。
 それが人類の本質であり、他の生き物にない特質でしょう。
 
 <科学>と<経済>それこそ象徴的な産物です。
 しかし、ここへ来て世界の現状は考えざるを得ない事態になっています。

 <科学> 人類に快適な生活をもたらす自然には存在しない原子力エネルギーの開発により、人類はついに<核兵器>という自らを破滅に陥れかねない産物まで生み出しました。
 

 <経済> 物々交換、さらにマネーという手段を開発して、豊かな生活を広げることに成功しましたが、今やこのマネーが独り歩きして投機的な取引で富の偏在を生み、世界的な財政難を引き起こし、これに対する根本的な解決策が見い出せていません。
 

 そういう意味で今や人類文明は岐路にあるといっていいでしょう。
 そして、どうしてこういう結果をもたらしたのか。
 ここに、まど・みちお氏の「頭と足」という詩を紹介します。

 <頭と足>

 生きものが 立っているとき その頭は きっと
 宇宙のはてを ゆびさしています
 なんおくまんの 生きものが なんおくまんの
 ところに 立っていたと しても・・・

 けれども そのときにも 足だけは
 みんな 地球の おなじ中心を
 ゆびさしています

 おかあさん・・・と 声かぎり よんで
 まるで とりかえしの つかない所へ
 とんで行こうとする 頭を ひきとめて
 もらいたいかのように

 まさに「頭」は男で、「足」は女を表しているのではないでしょうか。
 文明のとんでもない事態を引き起こしたのは、強欲な男どもの「他に優越しようとするあくなき力づくの歴史の結果」にほかならないと思うようになりました。

 そんな時、わが孫娘が超難病で生まれたのです。
 10歳になっても、パパとママ、おじいさんやおばあさんはレロレロと、三つの言葉しかしゃべれない。歩きもペンギン歩き出し。おむつも外せない。
 なぜこんな女の子がこの世に生を受けたのだろうか?
 彼女の父母、そしてわが妻が懸命に世話をしている姿を見て、自分には何ができるのだろうと悩みました。
 そして彼女が東日本大震災の時、スーパー少女に変身する「レロレロ姫の警告」を書き、今年1月に出版いたしました。
 
 そして彼女を自然界からの使者として人類に警告する役割を与えたのです。

 堀池喜一郎氏から「始めの一歩塾&三鷹ブログ村」で評価いただいたのをきっかけに
 地元で活躍される方々から評価をいただいたことを深く感謝します。
 参考に、面はゆいのですが、アマゾンのカスタマーズレビューのSVくんさんの評価を書かせていただきます。
予期せぬ名作。たまたま読んで驚いた。文芸賞候補になってよい作品と思う。無条件におもしろい。発達障害の孫をもたれた祖父の魂の叫びかと推察するが、客観化して一編のすぐれた小説に仕上げられた。SF,且つ風刺小説でもある。該博な素養が窺われ、巧まずしてよい環境論にもなっている。文章も非常に読みやすい。但し、多くの読者の注目を惹くには、もう少しタイトルに工夫があったらとだけ思う」
 (すでにお買い求めいただいている方も多い中、手持ちの中からさらに13冊お買い求めいただきました。深く感謝申し上げます)
 

 もうこの世から去ろうとする間際になって、小生がどうしても訴えたいことは、今や女性が輝ける時代になったのだ、ということです。
 そして調和を尊ぶ日本の出番であることも。


 世界でも長期間戦争のなかった平和な時代として評価されている江戸時代。
 江戸時代研究家の杉浦日向子さんが書いています。
 
「江戸の人のように頑張りすぎないで、自然に任せなさい」

 とかく男は頑張り過ぎちゃう。
 特に西洋文明の担い手白人男性にその傾向が強い。
 今や暴走文明のブレーキ役としての女性の役割が期待されるところです。
 三鷹市長は清原慶子さん。
 
 三鷹三田会会長は向井百重さん、
 
 シニアSOHO普及サロン・三鷹の代表は久保律子さん
 
 わが地域のリーダーは女性です。
 
 来月安倍内閣改造で1億総活躍社会担当大臣を新設されます。
 当然女性が任命されることになると思いますが・・・。期待しましょう!

 

 
 
 
 




 


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