昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説「女の回廊」(10)道玄坂のインドカリー

2019-05-23 02:58:12 | 小説「女の回廊」
 酒ばかりでなく、藤原は食にも詳しかった。
「安くて美味いところ? いいだろう。案内しようじゃないか」
 渋谷では道玄坂のインドカリーだ。
 狭い所にむりやり客の居場所をつくったようなひしゃげたスペースに、テーブルが重なり合うように4つある。

 不愛想なおねえさんが出てきて、黙って突っ立った姿勢で注文を待っている。
 
 とても客を歓迎している態度ではない。
 ・・・早いとこ決めてよ。ややこしいのでなく・・・

 藤原がおねえさんの期待に応えるように、メニューの中から何も具の入っていない一番安いムルギーカリーを指さして「これっ」と言って頼むと、他の3人も「おれも」「おれも」と連呼した。
 
 たぶん作ると言ったって大なべから掬いだしてきたきただけだろう。
 あっという間にテーブルに4皿そろった。

 白いご飯の築山に、具らしきかたまりは見えない。
 こげ茶色のカレーが沼のように淀んでいる。
 その沼にはたくさんの種類のスパイスが潜んでいるようで、見るからに辛そうだ。
 ボクらは一口ごとに顎を上げ、口を開いて天井に向けてスパイスガスを吐き出し、額に汗し、はあはあ言いながらもお互いに満足の笑みを漏らした。

 おねえさんの不愛想はボクらの満足度に何の影響も及ぼさなかった。

 ─続く─