小説「ショック」(2)
すると、一人の男が伸晃の方へ近づいてきた。安宿のかび臭い臭気がしみついていて、髭も剃らなければ髪も櫛けらずない年寄りだ。
「お前さんは、ここの常連じゃないね。ちょっとおれの話を聞いてもらいてえ。おれはいま、とても一人っきりじゃいられねえんだ。おっかなくって、おっかなくって・・・」
男は真剣な顔で、手には何か書類を持って話しかけてきた。
「実は、明日になればおれは3億円の財産相続人になるんだ。そうなればあそこに見えるレストランだって、おれが食事をするには安っぽすぎるというもんだ。信じちゃもらえなえねえだろうな?」
「いや、ちっとも疑いやしないよ」伸晃は答えた。
「おれの名前はドーマというんだ。この一週間は石炭倉庫で暮らしていたんだ。そしたら、置手紙が残されていたんだ。それが有名な弁護士サムからの手紙なんだ」
「帰って来てもう一度、伯父の財産相続人になり、金をふんだんに使えというわけだ。だけど、おれはおっかなくなってきたんだ」
浮浪者は立ち上がると、ヒステリーのように呻いた。
「いったい何が怖いんだ」伸晃は彼を押さえつけるようにベンチに座らせた。
「朝にならねえうちに、何かがおれの身に起こるような気がして・・・」
「・・・」
「これまでおれは、明日の朝めしがどこから舞い込んでくるか見当もつかねえのに、彫像みたいに悠然と構えてこの公園で暮らしていたんだ」
「・・・」
「ところがまた金が確実に手に入るということになると、こうやって十二時間待つということが、どうもやりきれなくなったんだよ」
ドーマはまた金切り声を上げて立ち上がった。
「何とか腹の足しになるものを、手に入れてきてくれねえかね」
「ここで2,3分待てってくれ」
伸晃はなじみのホテルへ入って行って、これまでのように落ち着き払った態度で、バーの方へ悠然と歩みよった。
「ジミー、外にかわいそうなやつがいるんだ」と彼はバーテンダーに言った。
「サンドイッチを少しつくってくれないか」
「承知しましたのぶてるさん。浮浪者だって偽物ばかりとはかぎりませんからね」
伸晃のなじみ客としての威力は残っていた。
彼はサンドイッチを持って、ドーマのもとへ戻った。
─続く─
すると、一人の男が伸晃の方へ近づいてきた。安宿のかび臭い臭気がしみついていて、髭も剃らなければ髪も櫛けらずない年寄りだ。
「お前さんは、ここの常連じゃないね。ちょっとおれの話を聞いてもらいてえ。おれはいま、とても一人っきりじゃいられねえんだ。おっかなくって、おっかなくって・・・」
男は真剣な顔で、手には何か書類を持って話しかけてきた。
「実は、明日になればおれは3億円の財産相続人になるんだ。そうなればあそこに見えるレストランだって、おれが食事をするには安っぽすぎるというもんだ。信じちゃもらえなえねえだろうな?」
「いや、ちっとも疑いやしないよ」伸晃は答えた。
「おれの名前はドーマというんだ。この一週間は石炭倉庫で暮らしていたんだ。そしたら、置手紙が残されていたんだ。それが有名な弁護士サムからの手紙なんだ」
「帰って来てもう一度、伯父の財産相続人になり、金をふんだんに使えというわけだ。だけど、おれはおっかなくなってきたんだ」
浮浪者は立ち上がると、ヒステリーのように呻いた。
「いったい何が怖いんだ」伸晃は彼を押さえつけるようにベンチに座らせた。
「朝にならねえうちに、何かがおれの身に起こるような気がして・・・」
「・・・」
「これまでおれは、明日の朝めしがどこから舞い込んでくるか見当もつかねえのに、彫像みたいに悠然と構えてこの公園で暮らしていたんだ」
「・・・」
「ところがまた金が確実に手に入るということになると、こうやって十二時間待つということが、どうもやりきれなくなったんだよ」
ドーマはまた金切り声を上げて立ち上がった。
「何とか腹の足しになるものを、手に入れてきてくれねえかね」
「ここで2,3分待てってくれ」
伸晃はなじみのホテルへ入って行って、これまでのように落ち着き払った態度で、バーの方へ悠然と歩みよった。
「ジミー、外にかわいそうなやつがいるんだ」と彼はバーテンダーに言った。
「サンドイッチを少しつくってくれないか」
「承知しましたのぶてるさん。浮浪者だって偽物ばかりとはかぎりませんからね」
伸晃のなじみ客としての威力は残っていた。
彼はサンドイッチを持って、ドーマのもとへ戻った。
─続く─