昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説「ショック」(2)

2019-05-11 06:00:55 | 小説「ショック」
 小説「ショック」(2)

 すると、一人の男が伸晃の方へ近づいてきた。安宿のかび臭い臭気がしみついていて、髭も剃らなければ髪も櫛けらずない年寄りだ。
 
 「お前さんは、ここの常連じゃないね。ちょっとおれの話を聞いてもらいてえ。おれはいま、とても一人っきりじゃいられねえんだ。おっかなくって、おっかなくって・・・」
 男は真剣な顔で、手には何か書類を持って話しかけてきた。
「実は、明日になればおれは3億円の財産相続人になるんだ。そうなればあそこに見えるレストランだって、おれが食事をするには安っぽすぎるというもんだ。信じちゃもらえなえねえだろうな?」
「いや、ちっとも疑いやしないよ」伸晃は答えた。

「おれの名前はドーマというんだ。この一週間は石炭倉庫で暮らしていたんだ。そしたら、置手紙が残されていたんだ。それが有名な弁護士サムからの手紙なんだ」
 
 「帰って来てもう一度、伯父の財産相続人になり、金をふんだんに使えというわけだ。だけど、おれはおっかなくなってきたんだ」
 浮浪者は立ち上がると、ヒステリーのように呻いた。

「いったい何が怖いんだ」伸晃は彼を押さえつけるようにベンチに座らせた。
「朝にならねえうちに、何かがおれの身に起こるような気がして・・・」
「・・・」
「これまでおれは、明日の朝めしがどこから舞い込んでくるか見当もつかねえのに、彫像みたいに悠然と構えてこの公園で暮らしていたんだ」
「・・・」
「ところがまた金が確実に手に入るということになると、こうやって十二時間待つということが、どうもやりきれなくなったんだよ」
 ドーマはまた金切り声を上げて立ち上がった。         

「何とか腹の足しになるものを、手に入れてきてくれねえかね」
「ここで2,3分待てってくれ」
 伸晃はなじみのホテルへ入って行って、これまでのように落ち着き払った態度で、バーの方へ悠然と歩みよった。
 
「ジミー、外にかわいそうなやつがいるんだ」と彼はバーテンダーに言った。
「サンドイッチを少しつくってくれないか」
「承知しましたのぶてるさん。浮浪者だって偽物ばかりとはかぎりませんからね」
 伸晃のなじみ客としての威力は残っていた。
 
 彼はサンドイッチを持って、ドーマのもとへ戻った。
  
 ─続く─