昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説「女の回廊」(9)下宿仲間のリーダー藤原一樹のこと

2019-05-22 05:06:54 | 小説「女の回廊」
 ボクの鼻先にあぐらをかいた藤原一樹。
 彼はこの下宿八人衆のリーダー的存在だった。
 
 ボクが初めてこの下宿を訪れた時、最初に受け入れてくれたのは彼だった。
 「ごめんください・・・」
 おずおずと案内を請うたボクに対して、玄関先に顔を出したのは藤原だった。
 既に下宿の主のような顔をして。

 体育会系の体躯で、しかし、ニコッと笑いかけてきた顔は屈託がなく、まさに・・・キミのことは引き受けた・・・と言っているようだった。
 彼は東京で浪人生活を2年やって、今年医学部に合格してこの川崎市木月の下宿に入ってきた。
 
 他のものより年かさだったし、東京での経験が豊富だったので、週末になるとみんなを渋谷など、都心へ連れ出した。

「なに? キミたち<恋文横丁>知らないの? だめだなあ。じゃあ先ず渋谷へ行こう・・・」
 彼は大きな目をくりくりさせ、魅力的な街の名前を振りかざし、田舎からぽっと出のみんなを引き込んだ。
 ・・・恋文横丁・・・
 
 なんか思わせぶりな街の名前だが、行ってみると、何のことはない、狭い迷路のような路地を挟んで、似たような飲み屋が重なり合うように軒を接している巣窟のような、胡散臭い裏町だ。
 

 ボクらは窺うように入って行った。
 そんな中でもいちばん小さくて薄暗い ”バー・渚” というネオン灯のかかった店を、藤原は選んで入った。
 衆を頼んで、未知の世界へ冒険的に、恐る恐る踏み込んでいくかのような彼の姿勢に、ボクらは不安になった。
 5人が入ると、後ろを通るのも難渋する狭さだ。まだ時間的に早いせいもあって、他に客はいなかったが、ボクらだけで息苦しくなった。

「学生さんでしょう。ようこそ。歓迎するわ。ほら、あそこの学生さんでしょう? 姿かたちでわかるわよ・・・」
 
 ママは満面の笑みを浮かべ、ひとりひとりをしげしげと観察した。
 そして一見して藤原がリーダーであることを察知し、彼の手をとらんばかりに媚態を示した。
 
「なぜ、<恋文横丁>なんて名がついているんですか?」
 ボクはママに問いかけたつもりだったが、直ちに藤原が引き取って答えた。
「戦後進駐軍の兵隊を相手にした女どもが、彼らに恋文を書くのに利用した代書屋があったんだよ・・・」

 自分自身を満足させるために、リスクを負ってでもトライする冒険的な行動といい、その嗅覚といい、まさに藤原はボクにとって尊敬の的だった。

 ─続く─