昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

エッセイ(312)朝日新聞に物申す

2016-08-29 05:24:38 | エッセイ
 昨日の朝日新聞に着目した。
 
 
 安倍首相がオリンピックという神聖な場「平和の祭典」を政治利用したのが鼻持ちならないと言っているのだ。
 しかし、彼が政治に「平和」を希求するきっかけとしている、と見ることもできる。     
 ボクは敢えて朝日新聞を購読している。
 我欲ををベースとする「現実」よりも、あるべき姿「理想」を希求しているかに思えるからだ。
 しかし、世界を仕切る政治は、世界平和という「理想」を目指しているというより、「力」をもって我欲を競い合うという面が強い。
 朝日新聞は安倍政権も「力」を持って暴走しがちな政権と認識しているようだ。
 現実的な安倍政権が「平和」を求める政治を行っているとは鼻から思っていない。
 そして「政権批判」こそ新聞の役割だと思っているから今回の記事になったのだろう。

 以前ボクは朝日新聞のモニターをしていたことがある。
 
 たまたま当時のS編集長に直接お話しする機会を得て、ボクは言った。
「貴紙はボクの仲間には人気がない。なぜなら国益に軸足を置いていないから」と。
 当時、世界のパワーポリテクス「核抑止力」外交に自立して対応するには「核武装」が必要だという論議があった。
 そこで例に挙げたのが「来日した中国高官から『日本は核三原則を守るのでしょうね』と言われた」という記事だ。
 ボクは編集長に言った。
「そんなこと中国に言われたくない、となぜ即座に反発しなかったのですか?」と。
 編集長は「そうですね・・・」とご異論なかったと記憶している。

 今回も「珍奇な安倍首相」と単にケチをつける記事になっているが、「これをきっかけに政治も世界平和を目指せ!」と場合によっては政権を後押しする姿勢があってしかるべきだと思うが。
 
 今回朝日新聞は時の政権を非難することだけに徹したのかもしれない。
 それが朝日新聞のやり方だと言われればそれまでだが・・・。
 しかし、時には独自の価値観に基づいて、政権を後押しする場合があってもいいと思うが。