『懷風藻』 原文並びに書き下し文 (その8)
正五位下圖書頭吉田連宜 二首 [年七十]
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五言 秋日於長王宅宴新羅客 一首 賦得秋字
秋日、長王の宅において新羅の客を宴す
賦に秋の字を得たり
西使言歸日 西使(せいし) 言歸(げんき)の日(じつ)
南登餞送秋 南登(なんと) 餞送(せんそう)の秋(とき)
人隨蜀星遠 人(ひと)は蜀星(しよくせい)の遠きに隨ひ
驂帶斷雲浮 驂(さん)は斷雲(だんうん)の浮るを帶ぶ
一去殊郷國 一去 郷國(きようこく)を殊(こと)にし
萬里絶風牛 萬里 風牛(ふうぎゆう)を絶(た)へつ
未盡新知趣 未だ新知(しんち)の趣きを盡さず
還作飛乖愁 還て飛乖(ひくわい)の愁ひを作す
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五言 從駕吉野宮 駕に吉野宮に從ふ
神居深亦靜 神居(しんきよ) 深うして亦た靜(しず)かなり
勝地寂復幽 勝地(しようち) 寂にして復た幽(かす)かなり
雲卷三舟谷 雲は卷く 三舟(みふね)の谷(たに)
霞開八石洲 霞は開く 八石(やさか)の洲(しま)
葉黄初送夏 葉(よう) 黄(おう)にして初て夏を送り
桂白早迎秋 桂(けい) 白(はく)にして早く秋を迎ふ
今日夢淵上 今日(きよう) 夢淵(むえん)の上(ほとり)
遺響千年流 遺響(いきよ) 千年(ちねん)の流(ながれ)
外從五位下大學頭箭集宿禰蟲麻呂 二首
81
五言 侍讌 讌に侍す
聖豫開芳序 聖豫(せいよ) 芳序(ほうじよ)を開き
皇恩施品生 皇恩(こうおん) 品生(ひんせい)に施す
流霞酒處泛 流霞(りゆうか) 酒處(しゆしよ)に泛び
薰吹曲中輕 薰吹(くんすい) 曲中(きよくちゆう)に輕し
紫殿連珠絡 紫殿(しでん) 連珠(れんしゆ)を絡(まと)ひ
丹墀蓂草榮 丹墀(たんち) 蓂草(めいそう)は榮(さか)ゆ
即此乘槎客 即ち此の槎(いかだ)に乘ずる客
倶欣天上情 ともに欣(よろこ)ぶ 天上の情
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五言 於左僕射長王宅宴 左僕射長王の宅において宴す
靈臺披廣宴 靈臺(れいたい) 廣宴(こうえん)を披き
寶斝歡琴書 寶斝(ほうか) 琴書(きんしよ)を歡ぶ
趙發青鸞舞 趙(ちよう)は青鸞(せいらん)の舞(まひ)を發し
夏踊赤鱗魚 夏(か)は赤鱗(せきりん)の魚(ぎよ)を踊す
柳條未吐綠 柳條(りゆうじよ) 未だ綠(みどり)を吐かず
梅蕊已芳裾 梅蕊(ばいしん) 已に裾(すそ)は芳しい
即是忘歸地 即ち是れ歸るを忘るるの地
芳辰賞叵舒 芳辰(ほうしん) 賞(しよう)舒べがたし
正五位下陰陽頭兼皇后宮亮大津連首 二首 [年六十六]
83
五言 和藤原大政遊吉野川之作。[仍用前韻]
藤原大政の吉野川に遊ぶの作に和す
その前の韻を用ふ
地是幽居宅 地は是れ幽居(ゆうきよ)の宅
山惟帝者仁 山は惟だ帝者(ていしゃ)の仁
潺湲浸石浪 潺湲(せんかん) 石を浸(ひた)す浪
雜沓應琴鱗 雜沓(ざつとう) 琴に應(こた)う鱗
靈懷對林野 懷(こころ)を靈(よく)して林野に對し
陶性在風煙 性(さが)を陶(とう)して風煙に在り
欲知懽宴曲 懽宴(かんえん)の曲を知らむと欲せば
滿酌自忘塵 滿酌(まんしやく) おのずから塵を忘る
84
五言 春日於左僕射長王宅宴
春日、左僕射長王の宅において宴す
日華臨水動 日華(につか) 水の動に臨みて
風景麗春墀 風景(ふうけい) 春の墀は麗はし
庭梅已含笑 庭梅(ていばい) すでに笑みを含み
門柳未成眉 門柳(もんりゆう) いまだ眉を成さず
琴樽宜此處 琴樽(きんそん) 此の處に宜く
賓客有相追 賓客(ひんきやく) 相ひ追ふ有り
飽德良為醉 德に飽きて良く醉(すい)を為す
傳盞莫遲遲 盞(さん)を傳へて遲遲(ちち)たることなかれ
贈正一位左大臣藤原朝臣總前 三首 [年五十七]
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五言 七夕
帝里初涼至 帝里(ていり) 初涼(しよりよう)に至り
神衿翫早秋 神衿(しんきん) 早秋(そうしゆう)を翫ぶ
瓊筵振雅藻 瓊筵(けいえん) 雅藻(がそう)を振ひ
金閣啓良遊 金閣(きんかく) 良遊(りよゆ)を啓く
鳳駕飛雲路 鳳駕(ほうが) 雲路に飛び
龍車越漢流 龍車(りゆうしや) 漢流を越ゆ
欲知神仙會 神仙(しんせん)の會を知らむと欲し
青鳥入瓊樓 青鳥(せいちよう) 瓊樓(けいろう)に入る
86
五言 秋日於長王宅宴新羅客 一首 賦得難字
秋日、長王の宅において新羅の客を宴す
賦に難の字を得たり
職貢梯航使 貢の職は 梯航(ていこう)に使し
從此及三韓 此れ從り 三韓(さむかむ)に及ぶ
岐路分衿易 岐路(きろ) 衿(くび)を分(わか)つは易す
琴樽促膝難 琴樽(きんそん) 膝(ひざ)を促(つつ)むは難し
山中猿叫斷 山中(さんちゆう) 猿叫(えんきよう)斷へ
葉裏蝉音寒 葉裏(ようり) 蝉音(せいいん)寒し
贈別無言語 別(こと)に贈(おく)るに言語無く
愁情幾萬端 情(じよう)を愁(うう)るに幾く萬端
87
五言 侍宴 一首 宴に侍す
聖教越千禩 聖教(せいきよう) 千禩(せんし)を越へ
英聲滿九垠 英聲(えいせい) 九垠(きうぎん)に滿つ
無為自無事 無為(むい) おのづから無事
垂拱勿勞塵 垂拱(すいきよう) 勞塵なし
斜暉照蘭麗 斜暉(しやき) 蘭(らん)を照して麗はしく
和風扇物新 和風(わふう) 物(もの)を扇ぎて新たなり
花樹開一嶺 花樹(かじゆ) 一嶺(いちりよう)に開(ひら)き
絲柳飄三春 絲柳(しりう) 三春(さんしゆん)に飄(ひるがえ)る
錯繆殷湯網 錯繆(さくびう)たり 殷湯(いんとう)の網(あみ)
繽紛周池蘋 繽紛(ひんふん)たり 周池(しゆうち)の蘋(ひん)
鼓枻遊南浦 枻(えい)を鼓(こ)して南浦(なんぽ)に遊び
肆筵樂東濱 筵(えん)を肆(の)べて東濱(とうひん)に樂む