大阪にある交通科学館が昨日で閉館になりました。
東京の交通博物館と並んで歴史ある建物がなくなったのは残念です。
一つの場所で交通体系を学べる施設が少ない現代において、貴重な資料や模型などが今後どうなって行くのか気になるところではあります。
今度は京都の梅小路に場所を移すそうですが、東京と同じで鉄道に特化した施設になるようです。
一度は見学したかった場所ですが、機会に恵まれず残念な気持ちではありますが、今までの展示物がしっかり継承されていく事を望みます。
(写真提供 Y特派員)
東京の交通博物館と並んで歴史ある建物がなくなったのは残念です。
一つの場所で交通体系を学べる施設が少ない現代において、貴重な資料や模型などが今後どうなって行くのか気になるところではあります。
今度は京都の梅小路に場所を移すそうですが、東京と同じで鉄道に特化した施設になるようです。
一度は見学したかった場所ですが、機会に恵まれず残念な気持ちではありますが、今までの展示物がしっかり継承されていく事を望みます。
(写真提供 Y特派員)
私は蒸機中心の保存に辟易としているので、客車も梅小路へ持っていってもらいたいです。
昭和53年頃、館内の食堂車として供用されていたマシ38を廃棄した「前科」がありますので。
同時に放置状態のオハ46も整備を期待したいです。
やはり、利用客が一番接する機会があったのは、機関車では無く、客車ですから。
あってはならないこと、それは移転不能の展示物の放出です。
模型といえば鉄道模型となるのですが、博物館ならではの、信号機や軌条の動作を示す模型は、小学生の理科教材に適しています。
1番ゲージ鉄道模型のほうも、漫然と走行を披露しているのでは無く、信号機の動作による閉塞があったり待避を楽しめる代物でした。
万が一放出品が出て、心無い人間の手に渡れば、それは投機の対象か、或いは権威付けのモノとなりそうです。
引き取り手が少なかったとは聞いていますが、特に模型でも巨大な船舶についてはどの様な決着をしたのかは分かりません。今では船の科学館も閉館していますし。
鉄道模型についてはかなりの量が鉄道博物館に保管されていますが、それとて一部を除き、日の目を見るような状態ではないので、結局は蔵の中で安置状態ですね。
博物館に納入される模型は、かなりの精度を要求されたと聞いています。展示では見えないところまでも忠実に再現しなくてはいけないと言われ、太さや寸法についても厳格な注文だったようです。
クレーム部分は何度か作り直したと聞いています。
そのかわり、発注量は多かったので、狭い工場の中では多くの職人さんが腕をふるっていました。
国鉄が斜陽になってくると、発注量も単価もダウンして職人さんが減っていきました。
そういった歴史の中で作られた模型たちですから、貴重な財産であります。
今同じ様な物を作れと言われても、おそらく出来上がらない代物です。
おそらく交通科学館の模型もそう言った中で制作されていると思われるので、大切に保管してほしいなと思います。
当時を知る人が減ってきているので、その価値がどこまで伝わるのか不安です。