読書日和

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「毛利元就 第十八回 水軍の女神」

2019-01-14 19:59:26 | ドラマ
今回ご紹介するのは大河ドラマ「毛利元就 第十八回 水軍の女神」です。

-----内容&感想-----
1524年(大永4年)、尼子経久(つねひさ)と大内義興(よしおき)の中国地方の覇権争いがいよいよ激化します。
安芸の国(広島県)での前線基地、鏡山城を奪われた大内は巻き返しに出て、尼子に与する武田氏の居城、銀山城(かなやまじょう)を狙います。
武田氏の前の当主は「第十回 初陣の奇跡」で毛利元就が討ち取った武田元繁です。
経久は銀山城を大内から守るにあたり、武田氏と因縁の深い元就に援軍を要請してきました。
弟の相合(あいおう)元網、重臣の桂広澄(ひろずみ)と渡辺勝(すぐる)を相次いで失った元就は毛利家を立て直す決意を三人の霊前に誓います。

新体制を運営するための元就の側近(重臣)選びが郡山城(こおりやまじょう)で始まります。
その中で児玉就忠と赤川元保が元就の目に留まります。
元就が今回の尼子に与しての合戦の意義はどこにあるかを聞くと、就忠は「恨みを解くための戦」と言います。
銀山城の当主、武田光和(みつかず)の父は元就に討たれた元繁で、さらに尼子方として出陣する熊谷信直も父を元就に討たれたも同然と思い恨んでいるはずなので、この機に恨みを晴らすべきと言っていました。
同じ質問に対し元保は「大内と尼子の力を計る好機」と言います。
力というものは現状よりも先々の勢いが大切で、今回尼子と組んでもそれに捉われることなく両家の力を見定め、毛利家の行く道を殿とともに探るのが家臣の務めだと言っていました。
桂元澄(もとずみ)とともに三人が元就の新たな側近として働いていくことになります。

元就は新たに選ばれた側近を率いて出陣します。
毛利軍の役割は尼子方の後詰として大内軍に包囲された銀山城の救援をすることです。

大内軍では毛利軍が近づいてきたのを聞いた大内義隆(よしたか)が「待っておったぞ!」と大はしゃぎして今すぐにでも打って出ようとします。
それを大内家重臣の陶興房(すえおきふさ)と内藤興盛(おきもり)が止めます。
興房は早って万が一のことがあれば大内の名に傷がつき、まして義隆は初陣なのだから朝まで待って慎重に動くべきだと言います。
ところが義隆は援軍を撃退すれば銀山城の武田は完全に孤立し、打って出てくるしかなくなるので真っ向から戦えると言い、興房の制止を振り切って出陣してしまいます。
義隆の未熟さが印象的で、万が一のことが起こるのが予感される場面でした。

大内軍が動いたことを知り迎え撃つ覚悟を決めた熊谷信直の元に元澄が使者として行き、毛利軍も尼子方の援軍として来たので一緒に戦うから何なりと指示を出してくれという元就の言葉を伝えると、信直は「合力(ごうりき、援軍として一緒に戦うこと)には及ばぬ」と言い断ります。
やはり父親を殺されたも同然という思いから元就を恨んでいました。

元澄から話を聞いた元就は元澄と就忠に、信直には気づかれないように信直軍の後方にただちに陣を張るように指示します。
圧倒的な軍勢差で信直軍が劣勢に立たされた時、後方に陣を張っていた毛利軍が一斉に弓矢を放ち大内軍を次々と倒していき、手酷い打撃を受けた義隆は軍を引きます。
戦いが終わり、信直は突然背後から弓矢を放ち助けてくれたのは毛利軍だと悟ります。

祝勝でお酒を飲んだり餅を食べたりしている毛利軍本陣に信直がやってきます。
信直は助けてくれた礼を言おうとしますが元就は遮り、あくまで信直軍だけで大内軍を撃退したことにし素晴らしい戦いぶりだったと絶賛します。
その心遣いに感銘を受けた信直は元就に笑顔を見せて全てを水に流し、「信直の恨みを解く」という就忠の願いは元就の知略によって叶えられました。

大内軍の厳島本陣で義隆は義興に、功を焦り興房の止める声も聞かず惨敗をして申し訳ないと言い謝り、さらに「大内の名に恥じぬようにと思い、父上に褒められたいと思い、早りました」と言います。
すると義興はよく戦ってくれたと労い次のように言います。
「此度は毛利の奇襲によって敗れたが、父はそなたが、毛利のごとき奇襲によって勝利いたせば、嘆いたであろう。我らは京都の幕府もひれ伏す大内じゃ。大内は、断じて奇襲などやってはならぬ」
天下に名を轟かす大内家としての誇り高さが分かる言葉でした。
さらに義興は義隆が戦陣にあっても父を心に留めていたことが嬉しいと言い、それは父を認めている証で、息子に認められることは父親として最高の喜びだと言います。
義隆は何もかもを父から学び、受け継ぎ、天下を大内のものにしてみせると言いそれまで見られなかった武将としての心構えを見せ、義興が嬉しそうなのが印象的でした。
また義興が「それにしても元就、なかなかの男よのう」と言っていてその力を認めているのが分かりました。

出雲の月山富田城(がっさんとだじょう)では尼子経久の孫の尼子詮久(あきひさ)が登場し、こちらも若い世代の活躍が始まります。
詮久は喋り方から強気で活発な性格なのが分かりました。
また経久の息子の一人で詮久の叔父の国久が登場します。
国久は「新宮党(しんぐうとう)」の当主で、新宮党は新宮谷に居住する尼子軍最強の集団です。
詮久は経久ももう66歳なのだから尼子を自身に任せて隠居してもらって大丈夫だということを言っていましたが、経久が質問をすると詮久が携わっていた戦の不手際が明らかになり経久はビンタをしていました。
詮久もまだかなり未熟なのが分かりました。

毛利家重臣の井上元兼(もとかね)と大内家重臣の興盛の間で秘密の交渉が始まります。
興盛は大内軍を退却に追い込んだのは元就だと皆分かっていて、今日にでも兵を挙げて郡山城を攻めるのは容易いと言い、「されど、元就殿は殺すに惜しい人物と、御屋形様の仰せじゃ」と言います。
さらに「殺すに惜しい人物とは、手を組むに限る。いかがじゃ」と言い、再び大内方になるように言います。

郡山城で評定(ひょうじょう)が開かれ、大内に付くか尼子に付くかが話し合われます。
そこで元就は「今こそ、大内に付く」と言い再び大内方になることを決断します。
尼子に付いて手伝い戦で兵を失うのはもはや我慢ならず、もしこの先安芸において大内の力が伸びれば周辺の国人衆はこぞって大内に付くことが予想され、そうなる前に大内に付いたほうが義興の覚えが良いと言います。

元就は厳島の大内軍本陣に行きます。
義興は再び大内に付く決断をしてくれた元就に何と所領(領地)を与えてくれます。
義興は「何もかも水に流し、ともに新しい旅立ちを致そうぞ」と言い、1525年(大永5年)元就29歳の早春、毛利家は再び大内方になります。

酔いを醒ましに外に歩きに出た元就は胡弓(こきゅう)を弾く美しい女性のいる集団が目に留まります。
その集団は村上水軍で、女性の名前は加芽(かめ)と言います。
村上水軍は「村上海賊の娘」(著:和田竜)でも描かれていた瀬戸内海を支配する海賊集団です。



(加芽。画像はネットより)

元就が女性に見入っていると、突然そばに居た一人の男が元就の幼名「松寿丸(しょうじゅまる)」と呼び殴りかかります。
その男は「第四回 女の器量」で元就の不手際によって兄を殺され元就を強く恨んで去って行った野田次郎でした。
村上水軍に入った次郎はとてもいかつい風貌になり、元就の姿を見ただけで殺気立っていて恨んでいるのがよく分かりました。


今回は終わり方が印象的でした。
再び大内方となり義興から所領まで貰い、登り竜のような良い雰囲気で終わりそうになったところで加芽と次郎が登場しました。
側近の児玉就忠と赤川元保のみならず、新たな人物が次々と登場しドラマの彩りが少しずつ変わってきました。
今回は次郎が元就に殴りかかったところで終わったので次回元就と次郎がどんな話をするのか注目しています。


各回の感想記事
第一回  妻たちの言い分
第二回  若君ご乱心
第三回  城主失格
第四回  女の器量
第五回  謀略の城
第六回  恋ごころ
第七回  われ敵前逃亡す
第八回  出来すぎた嫁
第九回  さらば兄上
第十回  初陣の奇跡
第十一回 花嫁怒る
第十二回 元就暗殺指令
第十三回 戦乱の子誕生
第十四回 巨人とひよっこ
第十五回 涙のうっちゃり
第十六回 弟の謀反
第十七回 凄まじき夜明け
第十九回 夫の恋
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