読書日和

お気に入りの小説やマンガをご紹介。
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「あつあつを召し上がれ」小川糸

2018-04-30 23:57:37 | 小説


今回ご紹介するのは「あつあつを召し上がれ」(著:小川糸)です。

-----内容-----
この味を忘れることは、決してないだろうー
一緒にご飯を食べる、その時間さえあれば、悲しいことも乗り越えられる。
幸福な食卓、運命の料理とのふいの出会いを描き、深い感動を誘う、7つの物語。

-----感想-----
この作品には七つの短編があり、どの話も口語調の一人称で語られています。

「バーバのかき氷」
語り手はマユで、くだけた口調での語りになっています。
マユが小学五年生になる少し前の頃、母が「おばあちゃんの様子がちょっと変なの」と言います。
祖母は認知症になり最初に母を忘れ、ほどなくマユも忘れられます。

マユは母をママ、祖母をバーバと呼んでいます。
そして母は祖母を「おばあちゃんはもう、子供に戻ったのだから」という理由で「はなちゃん」と呼んでいます。
これはそう呼ぶことで「認知症になった」という重い状況を「子供に戻った」と軽くしたいのかも知れないです。
それで気持ちの整理をつけているのだと思いますが、マユは祖母が娘から「はなちゃん」と呼ばれるのを見ると戸惑うと思います。

祖母の様子がおかしくなって、マユ達は祖母が住んでいた団地の近くのアパートに引っ越しました。
父が愛人のところに行ったため今は母とマユの二人で住んでいます。

母は最後まで祖母の面倒を見ようとしましたが仕事と介護で体が限界になりある日会社で倒れます。
祖母は数週間前からホームに入居しました。

祖母はホームに入ってから食事をほとんど受け付けなくなります。
マユの夏休みが始まったこの日、母が家からお弁当を作ってきますが祖母は食べてくれないです。
その時の風に揺れるカーテンの描写が印象的でした。
カーテンの向こうに、青空が透けて見える。やっと長い梅雨が明けた。開け放った窓から、そよ風が入ってきて、まるでカーテンが呼吸をしているみたいに、膨らんだり凹んだりする。
風に揺れるカーテンにはしなやかさがあります。
特に白のカーテンだと爽やかさもあり、その向こうに見える青空との色合いが綺麗です。

マユは祖母が「ふ」という音を漏らしているのを見て富士山のふだと思い当たります。
何年か前に家族みんなでかき氷を食べに行き、並んでやっと噂のかき氷にありつけた時、祖母は「ほーら、マユちゃん、富士山みたいでしょう」と言っていました。
その店では天然氷を使っていて冬にプールのような所に水を貯めて自然の力で凍らせています。

マユがその店で買ったかき氷を持っていくと祖母が食べてくれます。
そしてマユにも食べさせようとして自身で木のスプーンを持った場面は良かったです。
認知症が進行して何も分からなくなってもそんなことはあると思います。


「親父のぶたばら飯」
語り手は会社員の珠実で、10月のある日恋人に中華街にある知る人ぞ知る人気のお店に案内されます。
二人は同じ会社に勤めていて、恋人は3歳年上のもうすぐ30歳で実家は横浜にあります。
メニューは恋人に任せ、ビールを一本頼んで、しゅうまいを食べ、次にふかひれのスープで、最後にぶたばら飯を食べることになります。

恋人は転勤で来年からカナダに行きます。
二人は付き合い始めてまだ半年で、最近はたまに恋人を「あなた」と呼べるようになったとありました。

「熱い食べ物は熱いうちに」が二人が食事を共にする時の鉄則です。
この話は食べ物の描写が上手く、読んでいると食べたくなってきます。
また今作の小川糸さんは比喩表現が冴えていて、ふかひれのスープは次のように描写されていました。
霧のように白濁したスープには、細切りにしたハムや野菜などが、願い事を記した七夕の短冊のように入り混じっている。
七夕の短冊は笹や竹にたくさん飾られます。
その様子を思い浮かべると、同じようにスープの表面にたくさんハムや野菜が見えているのが思い浮かびました。

今まで珠美をさん付けで呼んでいた恋人が初めて呼び捨てにします。
たまに「あなた」と呼べるようになったのに加え、珠美がしきりに恋人とのことをアピールしているのを見て何かあるような気がしました。

最後のぶたばら飯を食べ終わると恋人が大事な話があると言います。
もしかしたら別れ話かなと思いましたが、結婚して珠実も一緒にカナダに来てくれないかというプロポーズでした。

港に停泊中の船を、月が煌々と照らしている。私達は、一歩ずつ月へと近づいた。
これは良い表現だと思いました。
船に近づくとせず月に近づくとしたところがロマンティックです。


「さよなら松茸」
語り手は後藤という女性で、30代最後の一日、山下と奥能登にあるひなびた宿でお祝いしようと前々から決めていました。
しかし別々に出発することになります。

その宿には昨年の春先に一度来ていて、飾らないですが上質のもてなしをしてくれて何よりも料理が驚くほど美味しいです。
その時一緒になった中年の夫婦が松茸の時期はもっと感動しますよと教えてくれたので今回来ました。

今年の梅雨の頃、山下が他の女性と歩いているのを共通の知り合いが見つけて後藤に知らせました。
しかし話を聞こうとすると山下はのらりくらりとかわします。
そんな山下に嫌気がさしてこの夏後藤から別れ話を切り出しました。
後藤は松茸を食べに行く旅行は当然行かないだろうと思いましたが、山下がせっかくだから行こうと言います。
その神経は凄いと思いました。
予約をキャンセルするタイミングを逸してしまい予定どおりに能登行きを決行します。
山下とのお別れ旅行になるとありました。

山下が到着し食事処のいろりの間で向かい合って夕飯を食べます。
後藤は山下の存在を次のように語っていました。

十年以上一緒にいて、ほとんど空気のような存在になっている。恋愛感情というのとは少し違うけれど、薄くて甘い砂糖水のようなもの。それを、私の中から完全に払拭することは、まだできていない。

薄くて甘い砂糖水という表現が印象的です。
浮気は許せなくても山下自体は完全には嫌いになっていないような気がしました。
料理を食べ終わると後藤の気持ちは沈み、「この別れはきっと、私にとって人生最大の試練になるだろう。本当に、乗り切れるだろうか。」と語っていました。

この宿は朝ご飯が素晴らしく、松茸ご飯、松茸の入った茶碗蒸し、松茸の味噌漬け、レンコンと人参とモロッコインゲンの炊き合わせ、飛竜頭(ひりょうず、がんもどきのこと)、白菜のおしんこと品数が豊富で豪華です。
最後は松茸ご飯に土瓶蒸しのスープをかけお茶漬けにして食べていて、それも美味しそうでした。
後藤は悲しい気持ちになっていましたがご飯は美味しいと感じていたので、やがて失恋から立ち直れるような気がしました。


「こーちゃんのおみそ汁」
語り手は呼春(こはる)という26歳の女性です。
1月の寒い朝に生まれ、春を呼ぶという意味で母の秋子が名付けました。
母には「こーちゃん」と呼ばれていました。
その母は亡くなって20年になり、母が亡くなってからは父と二人で過ごしてきました。

結婚が決まりこの家を出ていくことになった今、呼春は自身の中に根付く「母」の存在を意識するようになります。
母は乳癌で余命が短かったため、呼春が幼稚園に入る頃から一人で家事をできるようにする特訓が始まります。
洗濯機の回し方、トイレ掃除のやり方、ご飯の炊き方、みそ汁の作り方などを教えられます。

公務員の父は出世を諦め毎日定時に帰ってきては呼春のためにたくさんの時間を費やしてくれました。
しかし呼春は本気で好きな人ができて結婚が決まった時、急に自身が父を裏切るような見捨てるような、後ろめたい気持ちになりました。

呼春は母の「こーちゃんがお嫁に行くまで、毎日、お父さんにおみそ汁を作ってあげてね。」という言葉を思い出します。
そして心の中で母に「私、ちゃんと約束を守ったよ。毎朝、欠かさずにお父さんのおみそ汁、作ったよ」と語りかけます。
父は「毎日みそ汁を作ってくれ」と言って母にプロポーズしました。
母は亡くなる自身の代わりに呼春に父への味噌汁作りを託していました。

この話が一番面白かったです。
結婚で旅立つ呼春の父と母への思い、娘の旅立ちに寂しくなる父の思いが良かったです。
小川のさんのすらっとした飾り気の少ない文章は感動する物語と相性が良いと思います。
近年の私は「感動」を押し出すような物語は読まなくなっていますがこの物語は面白いと思いました。
静かに淡々と温かな感動が描かれています。


「いとしのハートコロリット」
語り手は小林という老婦人で、ショー造という夫に語りかける文章になっています。
ショー造が何か話すことはほとんどなく小林が一方的に話しているのが印象的です。
今日は二人の記念日ですが何の記念日だったかは忘れたとありました。

ショー造は認知症で小林のことが誰だか分からなくなっています。
そして読んでいて小林も認知症気味になっているのが分かりました。

今日はパーラーの特等席でご飯を食べに来ました。
小林はかつて新橋で芸者をしていて、エリート一家の前途有望な画家の卵が新橋の芸者に想いを寄せたということで、二人が付き合うのには親戚総出で反対されたとのことです。

お店に着いて「お昼に予約しております、小林ですよ」と言うとウェイトレスがきょとんとします。
その様子を見て実際には予約していないのではと思いました。

小林はハートコロリットというメニューが好きです。
細かくした子牛肉を煮込んでホワイトソースと混ぜてからカリッと揚げるとのことで、初めて聞く食べ物で興味深かったです。

ショー造とお見合いをした時にこのパーラーで初めてハートコロリットを食べました。
しかし小林がハートコロリットを頼むとボーイがそんなものはないと言います。
さらにショー造のチキンライスとポタージュスープが運ばれてきますが、チキンライスは小林が知っているものとは違い無造作に盛りつけてあるだけでした。
小林が「桜の型で抜いてくださったはずでは…」と言うとボーイが怪訝な顔をして店長を呼びに行きます。
パーラーとありましたが小林がいるのはファミリーレストランのような気がしました。

小林とショー造の息子、隆造の妻がやって来て、やはり小林はファミレスに来ていたことが分かります。
さらに一人で来ていたことも分かります。
隆造の妻が「私のことは、忘れていただいて結構です。けれど、あなたがおなかを痛めて産んだ息子や、かわいがっていた孫のことは、どうか……」と言っていたのは印象的です。
私も認知症になった祖母に私が孫なのを忘れられたのでよく分かります。


「ポルクの晩餐」
語り手は「俺」で、「俺」は高層マンションの一室で豚を飼っています。
「食堂かたつむり」にも豚を飼っている人が登場していて、小川糸さんは豚に思い入れがあるのかも知れないと思いました。

ポルクの性別は男で「俺」の愛人で、別宅には妻と娘がいます。
「俺」はポルクを連れてパリに行き心中しようとしています。
ポルクが人間の男なのか豚なのかを曖昧に描いていて、最初は豚が人間の言葉を話しているのかと思いました。

「俺」は男の愛人がいるのを妻と娘に知られ娘に「キモい」と言われショックを受け死のうと思いました。
二人で餓死しようとしましたがお腹が空きすぎて無理だったのでビストロに行ってポトフを食べます。
そのポトフがしっかり煮込まれた具材がさらさらと溶け出すかのように描写されていてとても美味しそうでした。


「季節はずれのきりたんぽ」
語り手は由里で、夫の春彦とハネムーンでハワイにいる時に父が倒れ亡くなります。
梅雨の蒸し暑い時期、母がきりたんぽを作ると言います。
秋田生まれの父にとってきりたんぽは格別の食べ物で、わが家のクリスマスのご馳走は必ずきりたんぽと決まっていたとありました。
父は病院でもきりたんぽを食べたがっていました。
母は「妻と娘が食べてたら、お父さん、悔しがって天国から引き返してくれるかもしれないと思ってね……」と言っていて、不可能と分かっていてもすがりたい心はよく分かります。

父はきりたんぽを作る時のご飯の潰し方や野菜の切り方にうるさいです。
ご飯は潰し過ぎても潰しが足りなくても文句を言い、野菜は長さが揃っていないと文句を言い、よく忠実に作ってあげていたなと思います。

「どうしてかしらね。失くしてしまってからじゃないと、大切なものの存在に気付けないの」
母のこの言葉は重みのある言葉だと思いました。
そして失くしてしまったものを悔やむとともに、今あるものに目を向けるのも大事だと思います。

母が張り切って作ったきりたんぽの味がまずくて由里は戸惑います。
やがてなぜ料理がまずくなっていたのか分かります。

母の肩の力が抜けます。
父と暮らしていた時は鰹節や昆布、椎茸や煮干しなどから丁寧にダシを取っていましたが、最後は小袋に入ったインスタントの混合ダシを使います。
インスタントのダシに由里が丸めて作ったきりたんぽを入れ、残っていた具材を適当に入れて味をつけたお吸い物のような一品を作り、それが美味しく二人とも嬉しい気持ちになります。

物語の最後の言葉が印象的でした。
季節はずれのきりたんぽは、思いのほか苦くて不味かった。この味を忘れることは、決してないだろう。
母が父を亡くした喪失感から明るさを取り戻したきりたんぽとして心に残るのだと思います。
そして衝撃のまずさとしても心に残ることから、まずいきりたんぽになることはもうないと思いました。


どの物語にも印象深い食べ物が登場します。
印象深い出来事があった時に印象深い食べ物を食べると、その味が記憶に残ることはあると思います。
嬉しい出来事の時の食べ物ならぜひまた食べたくなると思い、悲しい出来事の時もその出来事を受け止めることができるようになれば、また食べてみようと思えるのではと思います。


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「毛利元就 第三回 城主失格」

2018-04-26 23:05:25 | ドラマ
今回ご紹介するのは大河ドラマ「毛利元就 第三回 城主失格」です。

-----内容&感想-----
急逝した父、毛利弘元の後を継ぎ、松寿丸(しょうじゅまる)が10歳の若さで猿掛城主になります。
毛利本家の郡山(こおりやま)城主の兄、幸千代丸(こうちよまる)は元服の日を待っていますが、烏帽子親を依頼した大内義興からは未だに返事が来ないです。

弘元の遺言により重臣の井上元兼(もとかね)が松寿丸の後見人になります。
松寿丸は元兼とともに猿掛城主になった挨拶をしに郡山城に行きます。
義興から返事が来ないことから、裏で尼子と通じている桂広澄(ひろずみ)が大内との関係を見直し尼子に付くべきだと言います。

その夜、幸千代丸と松寿丸が二人で話をしていて、幸千代丸が次のように言います。
「父上は酒も浴びたし、杉や相合(あいおう)にうつつも抜かした。けれど、不思議なものよ。頑張っている父上の姿ばかりを思い出す」
これは私も祖父母が亡くなり同じように感じています。
故人を思い出す時、自然と良かった部分のほうがたくさん思い出されます。

弘元が亡くなり傷心している杉に久(ひさ)が「少しでも良い殿御(とのご)のところへ側室に上がりませ」と言います。
杉が「亡き大殿が良い。他の男は嫌じゃ」と言うと、久が凄いことを言います。
「よろしいか。大殿に死なれたお方様など、家中の邪魔者、穀つぶし、目障り、はよ死ねの女でございまするぞ!」
杉も「お黙り!ようそこまで言えるわ」と言い、この二人の掛け合いは面白いです。
久はさらに「そのような女が、家中の者を見返すには、大殿より何十倍も良い殿御のもとへ上がる、これしかござりませぬ。よろしいか、お方様を追い出しては聞こえが悪いゆえ、誰もがしぶしぶ置いておるだけ。そのような屈辱に耐えられる女は、単に頭が悪いだけでござります」と言います。
これは杉の頭が悪いと言っているように見えます
しかし杉はなおも「他の男は嫌じゃ。大殿に、もう一度、会いたい」と涙を流しながら言っていて、よほど弘元のことが好きだったのだなと思いました。

松寿丸は元兼と毛利の領地を見て回ります。
すると第二回で一緒に奇抜な格好をして遊んでいた子達に再会し、松寿丸は焼き芋を食べさせてもらいます。
一緒に遊んでいた子達が「昔と変わんねえな」「おいら達と悪さしてた頃と同じだ」と言うと元兼が「変わられましたぞ。松寿丸様は今、おのれのことより領民のことを考えるようになられた」と言います。

1507年(永正4年)、当時の京都は親子、兄弟が殺し合う権力争いが続いていました。
混乱を極める京都で足利義澄(よしずみ)は将軍職にありましたがその力は揺らいでいました。

義澄に京都を追われた先の将軍足利義稙(よしたね)は大内義興を頼り山口(周防の国)に留まっています。
義興は「この義興、八方の国人領主に上洛を命じましたところ、次々と受諾の返事が届いております。御所様が再び将軍になられることは、もはや火を見るよりも明らかにござります」と言います。
義稙は「そおか、やっと義澄に仕返しができるのう」と悪そうな顔で言っていました。
義興の正室の綾の方が「御所様が京都に上られる頃には、ややが生まれまする」と言うと義稙は縁起が良いと喜び、「この戦、勝ちが見えたの」と高笑いします。
義興は穏やかに微笑みますが、実際には将軍職に戻りたい義稙の野心を利用し、大内家のさらなる勢力拡大を狙っていると思います。

出雲の尼子経久(つねひさ)にも義興から上洛の命が下ります。
尼子は大内にも脅威を与える大名ですが、あくまで西国一の大名は大内だという意識が感じられて興味深かったです。
家臣が京都の件をどうするかと言うと経久は何と「行く」と言います。
経久には大内と戦う日のために、「大内義興が捨て身で勝ちを狙う戦ぶり、しかと見せてもらおう」という狙いがあります。
将来の戦いに備えこの場では大内に従う決断をしていてしたたかだと思いました。

幸千代丸の元服について大内家重臣の内藤興盛(おきもり)が、義興が烏帽子親を引き受けることを伝えに来ます。
それとともに、「御屋形様はこの暮れには京都に上られます。足利義稙公を再び将軍職にお就せするための戦にござる。京都が混乱しておる今こそが、義澄を倒す二度とない好機。お分かりでしょうな」と、毛利も大内と一緒に戦うように言います。
毛利家は一緒に京都に行くかどうかで多いに荒れますが、筆頭重臣の志道広良(しじひろよし)が今さら義興の申し出を断れるわけがないと言い毛利家も京都に行くことにします。
山口の大内の館で幸千代丸の元服の儀が執り行われ、大内義興から一字を与えられ、この日から毛利興元(おきもと)と名乗ります。

大内家重臣の陶興房(すえおきふさ)と内藤興盛から強引に頼まれ、毛利家は全兵力九百のうち七百を出すように言われます。
しかし七百も兵を出せば留守が危なくなるため何とか三百にしてもらうように頼むと、残りの四百の代わりにお金を出すように言われます。
毛利家にそんなお金はないため興元と重臣達が途方に暮れていると、元兼がお金を用立ててくれます。
さらに毛利の領民への臨時の税と金のある商人に借りる役目も引き受けてくれます。
しかし元兼は裏で自身の領民に圧政をし、税を厳しく取り立てていました。
元兼の「世の中大抵のことは金で黙るもの」という言葉は勢いがあった頃のホリエモンこと堀江貴文氏を思わせるものがありました。

広澄が相合の館を訪ねます。
第一回と第二回では野心に満ちていた相合は月夜丸(つきよまる)を城主にすることをすっかり諦めていました。
「この子も大殿のお子ゆえ、つい大きな夢を見た、私が間違うておりました」という言葉に意気消沈した寂しげな雰囲気がありました。
さらに「私には、誰も寄りかかれる人がいない。そう思いましたら、心が寒うて、致し方ございませぬ」と言い涙を流します。
すると広澄が「それがしに寄りかかってくだされ」と言います。

興元が京都に行く日が近づきます。
「死ぬやもしれぬ」と言う興元に松寿丸は「死ぬなどと口にしないで下さい。私は本当に一人ぼっちになってしまいます」と言います。
興元が「もしわしが死んだら、そちが毛利を継ぐのじゃ」と言っていたのがとても印象的で、やがて毛利元就になり毛利本家を継ぐ姿が思い浮かびました。

興元が毛利の軍勢を連れて京都に出発します。
重臣の中では福原広俊が一緒に行きます。
大内義興とともに、諸国の大名や国人領主達が続々と京都に向かいます。

松寿丸のもとを武造(奇抜な格好をして一緒に遊んでいた子達の一人)が訪れ、飲まず食わずで働いても臨時の税が払えないことを聞かされ、元兼が領民から過酷な取立てをしていることを知ります。
武造の家は夜逃げをすると言い松寿丸は衝撃を受けます。
元兼を問い詰めると、何と自身の部下のせいにして部下を切り殺します。
松寿丸は「十分調べもせず、正式な手続きも踏まずに家臣を責めた」という理由で元兼によって城主失格の烙印を押され猿掛城を追い出され納屋に閉じ込められてしまいます。
「この時の過ちは、後の元就に大きな影響を与えることになる」というナレーションがありました。
そして元兼はかなりのくせ者で手に負えない厄介な家臣という印象を持ちました。


毛利元就の子供時代は酷い目に遭ってばかりだなと思います。
5歳で母を亡くし、酒の害で正気を失った父に切り殺されそうになり、10歳で父を亡くし、酷すぎる重臣の元兼に城を追い出されます。
しかし酷い目に遭ってばかりの元就が後の中国地方の覇者になるので人生は分からないものだと思います。
早く元服して毛利元就になった姿が見たくなってきました


各回の感想記事
第一回  妻たちの言い分
第二回  若君ご乱心
第四回  女の器量
第五回  謀略の城
第六回  恋ごころ
第七回  われ敵前逃亡す
第八回  出来すぎた嫁
第九回  さらば兄上
第十回  初陣の奇跡
第十一回 花嫁怒る
第十二回 元就暗殺指令
第十三回 戦乱の子誕生
第十四回 巨人とひよっこ
第十五回 涙のうっちゃり
第十六回 弟の謀反
第十七回 凄まじき夜明け
第十八回 水軍の女神
第十九回 夫の恋

太陽の光

2018-04-21 21:06:25 | ウェブ日記


最近太陽の光を浴びることの大事さを感じています。
外を歩いてたくさん日差しを浴びると気持ちが明るくなります。
家に帰っても体が陽の気に包まれているようで心身ともに爽やかになっているのを感じ、そんな日は眠りも良くなります。

科学的には太陽の光を浴びるとビタミンDが生成されます。
自力で生成できることから「太陽ビタミン」とも呼ばれています。
ビタミンDはまず吸収されずらい栄養素のカルシウムの吸収を促進し、骨の健康を保つ働きがあります。
さらに最近の研究では心の健康を保ち鬱病の予防、回復に効果があることが分かってきたとのことです。
他にも認知症の予防になるなど、日差しを浴びるだけで心身にかなり良い効果があるようです。

小さな子供が毎日のように外に出て遊んで凄く元気なのは、毎日たくさんビタミンDを生成して心身ともに健康だからなのかも知れないと思いました。
私も最近は再びよく外を歩くようになりました。
冒頭の写真は今日歩いた広島市の縮景園という日本庭園で撮ったもので、新緑の中を日差しを浴びながら歩いて気持ちがとても明るくなりました。
たくさん日差しを浴び、心身の健康に役立てていきたいと思います。

「毛利元就 第二回 若君ご乱心」

2018-04-20 19:25:50 | ドラマ
今回ご紹介するのは大河ドラマ「毛利元就 第二回 若君ご乱心」です。

-----内容&感想-----
杉の方が毛利弘元の奥方になり、その夜は宴になります。
ところが以前から酒乱ぶりを懸念されていた弘元が酒の害で正気を失い、刀で松寿丸と杉の方に切りかかります。
間一髪で福原広俊らが駆けつけ二人は助かります。
「幼年時代に受けた悲惨な体験は成長してからの元就に大きな影響を与えた」というナレーションがありました。

桂広澄と渡辺勝が猿掛城にやってきて、広澄が「何ゆえ大殿に酒を勧められました。そなたは注意すべき立場に御座いましょう」と問い詰めます。
第一回で「女は顔と、口じゃ」と言い口先の上手さで活躍していた杉が打ちひしがれていたのが印象的でした。

松寿丸は酒蔵に行き酒の入った壷を次々と割ります。
父の酒乱ぶりを目の当たりにし心に傷を受けたことが分かりました。

三年が経ち松寿丸は大きくなり、奇抜な格好をするようになります。
一緒に奇抜な格好をして遊んでいる子達が「いつまでも俺達とこんな格好して遊んでいて良いのかよ」「親父心配するんでねえか」と言うと、松寿丸は「心配などせん。俺はよお、次男坊の添え者よ」と言います。
すっかり心がやさぐれてしまったなと思いました。

幸千代丸と月夜丸が弘元、相合の方、元兼、広澄、勝の前で剣の稽古をします。
幸千代丸は14歳になり、元服の話が出ます。
相合は弘元に月夜丸がぜひ幸千代丸のために役立ってほしいと言い、奥方の座には就けなかったものの野心は健在でした。
筆頭重臣の志道広良(しじひろよし)が京都への遊学を終えて猿掛城にやってきます。
すると奇抜な格好の松寿丸も帰ってきて、弘元が「みなに挨拶ぐらいはせよ」と言っても無視して通り過ぎていってしまい、弘元に心を閉ざすようになっていました。

出雲の月山富田城(がっさんとだじょう)では尼子経久のもとに「毛利の幸千代丸が大内義興の烏帽子親(えぼしおや)により、元服の儀を進めている」という知らせが来ます。
尼子と内通している広澄が情報を渡していました。
経久は家臣の亀井秀綱に「当家がやがて瀬戸内に打って出るには、毛利の領地は必須だ。毛利が大内一辺倒にならぬように桂を諜略し、しかと楔を打っておけ」と言います。

第二回に大内義興が登場した時、西日本最大の戦国大名と紹介がありました。
大内と尼子、どちらも大名ですが大内は凄く優美な雰囲気で尼子は忍者のような雰囲気なのが印象的です。
大内家重臣の陶興房が義興に「幸千代丸の烏帽子親をお願いしたいと毛利から使いが参りました」と言うと、義興は「毛利には返事をするな」と言います。
義興が京都に上洛する時には毛利にも共してもらおうと考えているため、焦らせて京都に上洛する寸前に返事をすれば、毛利も恩を感じて上洛するだろうという狙いがあります。
「東の尼子、西の大内、東西超大国それぞれの思惑が、安芸の毛利を巡って激突しようとしていました」というナレーションに戦乱の世を感じました。

杉は元兼が大内家に行った時に買ってきてくれたお土産の口紅を松寿丸に取られてしまいます。
「あの糸巻き小坊主、一番高そうな紅を持っていきおった!許さぬ!このままではおくものか!」と激怒しますが侍女の久(ひさ)は「お方様。仕返しなさるなら久にご相談くだされ。一人で動いてはなりませね」と言います。
杉が「私を馬鹿だと申すのか!」と言うと「いえ。少々…」と言っていて面白かったです。

杉は松寿丸を寺に入れてしまおうと考えてお坊さんを呼びますが松寿丸に気づかれ、仕返しに納屋に閉じ込められてしまいます。
助け出された杉が「あの糸巻き小坊主、絞め殺してやる!」と言うと久が「わたくしは、お方様を絞め殺しとうござる」と言います。
久は松寿丸を寺に入れてしまえば相合と月夜丸に城に入り込んできて相合の思う壺だと諭します。
第一回からここまで「絞め殺してやる」が何度も出てきて、すっかりお馴染みの台詞になっていて面白かったです。

杉を閉じ込めた罰として松寿丸は弘元に納屋に閉じ込められてしまいます。
しかしここから松寿丸の抵抗が始まり、出される食事を一切食べずに三日間を過ごします。
最初は「構わぬ。放っておけ!」と言っていた弘元も松寿丸が心配になります。
四日経っても何も食べずにいると、奇抜な格好をして一緒に遊んでいた子達が心配してやってきますが、松寿丸は意地を張って「帰ってくれ」と言い追い返してしまいます。
松寿丸は「生きていても良いことはない」と投げやりになりますが、一緒に遊んでいた子達の「俺なんかなあ。若君より、全然良いことねえけどよ。それでも俺が死んだら母ちゃん泣くから」という言葉には心が揺れます。
やがて志道広良が弘元に「十分お仕置きになったでござろう。お出ししますぞ」と言い松寿丸を納屋から出します。

杉が元兼からお土産に貰った扇を気づかずに落としていきます。
その時蝶の墓を作っていた月夜丸が落ちていたその扇を墓に立てます。
扇を無くしたことに気づいた杉は墓に立てられ雨に晒され破れた扇を見て松寿丸の仕業に違いないと激怒します。
その夜、自分がやったと言い出せずに困っている月夜丸に松寿丸は「よい。わしのせいにしろ。構わぬ」と言います。
月夜丸が「兄上のせいと思われれば、寺送りになりまする」と言うと松寿丸は「わしはもともと嫌われ者じゃ。ここで一つ罪が加わったからとて、同じことじゃ。何もそちまでが嫌われることはない」と言います。
蝶の墓を作った月夜丸をねぎらいながら言った「よろよろして情けない蝶でも生きておるのじゃ。そういう奴ほど懸命なのじゃ」という言葉はとても印象的でした。

これを見ていた弘元の心が動き、「誰が嫌おうと、父はそちを嫌ろうてはおらぬ。そちに何かが起これば、父は命を捨てて守る。死んではならん。父より先に死んではならん」と言います。
そして夜空を見ながら「松寿丸、毛利の星が出ておる。三星(みつぼし)がよう輝いておるわ」と言います。


(画像はネットより)

毛利の家紋は「一文字(いちに)三星」です。
一は「一番乗り」「一番槍」など人に先んじるという意味で、三星は武運を司る神を表す将軍星でオリオン座の真ん中にある三つの星を指しているとのことです。

「松寿丸、父は冬の蝶のごとき武将だが、三ツ星を流れ星にせぬよう懸命に生きておる。それだけはしかと見ておけ」
この言葉は松寿丸の「よろよろして情けない蝶でも生きておるのじゃ。そういう奴ほど懸命なのじゃ」と繋がっています。
家を滅ぼされないように懸命に生きているという思いは、反発を続けていた松寿丸の心にしっかりと届きました。


長年の酒が体を蝕み、弘元は39歳の若さで亡くなります。
松寿丸は5歳で母を亡くし10歳で父も亡くしてしまいます。
最後、木に登って夜空に輝く毛利の三ツ星を見ながら奇抜な髪飾りを全て取り払ったのを見て、毛利の男として生きていく決意をしたのだと思いました。


各回の感想記事
第一回  妻たちの言い分
第三回  城主失格
第四回  女の器量
第五回  謀略の城
第六回  恋ごころ
第七回  われ敵前逃亡す
第八回  出来すぎた嫁
第九回  さらば兄上
第十回  初陣の奇跡
第十一回 花嫁怒る
第十二回 元就暗殺指令
第十三回 戦乱の子誕生
第十四回 巨人とひよっこ
第十五回 涙のうっちゃり
第十六回 弟の謀反
第十七回 凄まじき夜明け
第十八回 水軍の女神
第十九回 夫の恋

「毛利元就 第一回 妻たちの言い分」

2018-04-18 21:49:51 | ドラマ
第一回オープニング


今回ご紹介するのは大河ドラマ「毛利元就 第一回 妻たちの言い分」です。

-----内容&感想-----
再び山陽に来たのを機に、中国地方が舞台の1997年の大河ドラマ「毛利元就」を最初から見てみることにしました。
毛利元就は安芸の国(広島県)の中の小領主から中国地方10ヶ国の覇者、120万石の大名に上り詰めた戦国時代きっての名将です。
記事冒頭のオープニングの映像は元就の生涯を表しています。
一粒の雫が滴り落ち、小川になり、小川よりも大きな川になり、やがて瀬戸内の海へと広がり、それはまさに元就の歩んだ人生です。


(画像はネットより)

しかしその生涯は決して平穏なものではありませんでした。
当時、中国地方には周防(すおう)の国、長門(ながと)の国(山口県)の大内家、出雲の国(島根県)の尼子(あまご)家という強大な力を持つ二大勢力がいました。
元就の住む安芸の国は「国人(こくじん)」と呼ばれる小規模な領地を持つ人が何人もひしめきあっていました。
そして安芸の国はこの二大勢力に挟まれ、いつ滅ぼされるか分からない脅威に晒されていました。
そんな中で知将として名高い元就は知略を駆使して大内家、尼子家の間で生き抜き、次第に力を付けて安芸の盟主になり、ついには大内家と尼子家を倒し中国地方の覇者になります。

大河ドラマは毛利弘元(元就の父)率いる毛利家が尼子家が攻めてくるという知らせを受けて急いで戦いの準備をしているところから始まります。
元就はまだわんぱくな小さな子供で松寿丸(しょうじゅまる)という名前で、兄に幸千代丸(こうちよまる)、姉に芳姫がいます。
混乱の中で弘元の正室の祥(さち)の方(元就の母)が松寿丸を探します。
松寿丸は仲間の子供達と連れ立って「平家の亡霊」を退治しに行こうとしていました。

毛利家の主な家臣には井上元兼(もとかね、経済担当の重臣)、渡辺勝(すぐる、軍事防衛の専門家)、桂広澄(ひろずみ、外交担当の重臣)、福原広俊(元就の祖父)がいます。
毛利家の重臣はそれぞれが領地を持っていて、当主の弘元でも重臣には気を使わなければなりませんでした。
また毛利の家臣になって日の浅い井上元兼が遅れてきた桂広澄に突っ掛かり口論になっていて、冒頭から毛利家は一枚岩ではない印象がありました。

松寿丸達は夜道を歩き、行く先に集団を見つけ平家の亡霊かとなりますが、何と尼子経久(あまごつねひさ)の率いる軍勢でした。
経久の家臣達は松寿丸を「毛利の男子ゆえ、殺すべき」と主張しますが経久は「松寿丸殿、弓が射てるようになったら戦場で合間見えよう」と言い見逃します。
「子供の命を助けたことが、やがて二人の運命を大きく変えることになる」というナレーションが印象的でした。
緒形拳さん演じる経久はかなり風格と大物感がありました。
経久は尼子が毛利を攻めると情報を流し毛利がどう動くかを試していました。
また広澄は密かに尼子に通じていて、隠密に経久のもとを訪れて話す場面がありました。

山口に居る大内義興(よしおき)のもとを室町幕府前将軍の足利義稙(よしたね)が訪れます。
義稙は京都を追われ放浪将軍と呼ばれ、義興を頼ってきました。
義興は義稙を将軍に復帰させるため、大内家配下の諸国に命じて京都のエセ将軍、足利義澄(よしずみ)を討たせると言います。
重臣の陶興房(すえおきふさ)に言った「これからはこの義興が天下を動かす」という言葉が印象的でした。
細川俊之さん演じる義興も経久に負けず劣らずの風格と大物感があり、この二人はまさに天下に名を轟かせる大名の雰囲気でした。

京都の義澄将軍を討てという名礼状が毛利家にも届けられます。
時を同じくして室町幕府からも使者が毛利家を訪れます。
室町幕府からの命令は「大内義興のもとに居る義稙を即刻討て」というものでした。
大内に付けば幕府を敵に回し、幕府に付けば大内を敵に回し、九百の兵力しかない毛利はどちらに付いても地獄なため、弘元は途方に暮れます。

その夜、正室の祥が決意を持って弘元と話をします。
祥は三人の子達のため、弘元に城を捨てるように言います。
翌朝、弘元が家臣達に「8歳の幸千代丸に家督を譲り、自身は郡山城を出る。そして猿掛城に入り隠居の身となることを決めた」と言います。
さらに幸千代丸の治める郡山城は今までどおり大内に付き、隠居した自身は幕府につくと言います。
毛利として両方を立て、当主の弘元が隠居になることで家を存続させようという苦渋の決断でした。
8歳の幸千代丸なら子供なので義澄将軍を討ちに行かなくても済みます。

第一回はタイトルが「妻たちの言い分」となっているとおり、正室と側室に存在感があります。
側室の相合(あいおう)の方は弘元との子の月夜丸(つきよまる)を連れて郡山城に血相を変えてやってきて、「私は隠居のことなど何一つとして聞かされていなかった。月夜丸はどうなるのか。この子のことをどう考えているのか」と迫っていました。

そして正室の祥と側室の杉の方、さらに杉と相合の当てこすり合戦が凄かったです
相手を褒めているようで実際にはけなしている陰湿な言葉使いが印象的でした。
竹下景子さん演じる祥には病に臥しながらも家の存続を何よりも考える正室の凄味、松坂慶子さん演じる杉には天真爛漫さ、松原千明さん演じる相合には野心を特に強く感じました。

杉は明るい人で深刻な展開の中にあって楽しいことをたくさん言っていました。
杉にも野心はあり祥亡き後の奥方の跡目争いで重臣の福原広俊、井上元兼を味方につけ次期奥方の座を手に入れていましたが、策略を練っている時も明るく楽しいので憎めないところがあります。

杉が悪びれもせず「女は顔と、口じゃ」と言っていたのは面白かったです。
しかしは松寿丸はそんな口先ばかりの杉が大嫌いで、絞め殺してやりたいと言っていました。
杉も自身になつかない松寿丸が大嫌いで絞め殺してやりたいと言っていました。
祥のことも「奥方、絞め殺してやりたい」と言っていて、同じ言葉が場面を変えて何度も出てくるのが面白かったです。

弘元と祥、松寿丸が猿掛城に入るために郡山城を出る時、見送る幸千代丸と芳姫に松寿丸が「一緒に行かぬのですか?」と言う場面は悲しかったです。
戦国時代には家の存続のため、家族が離れ離れになることもありました。


第一回では毛利元就はまだ小さな子供で、中国地方の覇者になるのはずっと先です。
元就の魅力は弱小の家に生まれながら知略を駆使して強大な敵を倒していったところだと思います。
わずかな領地の毛利家がどうやって西国最強の戦国大名になっていったのか、元就の活躍を見るのが楽しみです


各回の感想記事
第二回  若君ご乱心
第三回  城主失格
第四回  女の器量
第五回  謀略の城
第六回  恋ごころ
第七回  われ敵前逃亡す
第八回  出来すぎた嫁
第九回  さらば兄上
第十回  初陣の奇跡
第十一回 花嫁怒る
第十二回 元就暗殺指令
第十三回 戦乱の子誕生
第十四回 巨人とひよっこ
第十五回 涙のうっちゃり
第十六回 弟の謀反
第十七回 凄まじき夜明け
第十八回 水軍の女神
第十九回 夫の恋

「ことり」小川洋子

2018-04-15 21:02:31 | 小説


今回ご紹介するのは「ことり」(著:小川洋子)です。

-----内容-----
世の片隅で小鳥のさえずりにじっと耳を澄ます兄弟の一生。
図書館司書との淡い恋、鈴虫を小箱に入れて歩く老人、文鳥の耳飾りの少女との出会い……
小さな、ひたむきな幸せ。
やさしく切ない、著者の会心作。

-----感想-----
「小鳥の小父さん」が亡くなっているのが発見されるところから物語が始まります。
第三者が一人称で小父さんのことを語る形で物語が進んでいきます。
小父さんは両腕でメジロの入った竹製の鳥籠を抱いて亡くなっていました。

小父さんは近所の幼稚園の小鳥達を二十年近くに亘って世話をしていた時期があり、その間にいつしか「小鳥の小父さん」と呼ばれるようになりました。
また世話は誰に頼まれたわけでもなく全くの奉仕活動でした。

小父さんは愛想よく世間話をするのが苦手です。
鳥小屋の掃除が終わった時に園長を務める老婦人が「いつも、ありがとうございます」と声をかけても「いえ、まあ」と口ごもっていました。

家へ帰って園長先生から貰ったプリンを食べる時の描写が印象的でした。
家へ帰り着くと、小父さんは濡れた洋服を着替え、手を洗い、連絡袋の中からプリンを取り出して食べる。園児のおやつ用のそれはとても小さく、あっという間に食べ終わる。髪の毛に引っ掛かっていた烏骨鶏(うこっけい)の真っ白い羽毛が、連絡袋のカナリアの上にふわりと舞い落ちてくる。
最後の一文が印象的で、純文学の作家さんはこういった繊細な表現をすることがよくあります。
動作の描写の後に場の雰囲気を表す描写が添えられていて、私はこういった表現が好きです。

初めて小父さんに幼稚園の鳥小屋を見せてくれたのは七つ年上のお兄さんで、小父さんが6歳の時に見せてくれました。
小父さんが「どうしてこんなに鳴くの?」と言うとお兄さんは「鳴いているんじゃない。喋っているんだ」と言い、さらに「小鳥は僕たちが忘れてしまった言葉を喋っているだけだ」と言います。
お兄さんには小鳥の言葉が分かります。

お兄さんは11歳を過ぎた頃、自分で編み出した言語で喋り始めます。
母親は驚きうろたえ、検査入院など様々なことをしますがお兄さんが日本語を話してくれることはありませんでした。
学校の先生も父親、母親も近所のおばさんもお兄さんが何を言っているのか分かりませんでしたが、小父さんにはお兄さんの言葉が分かりました。

父親は長男をどう扱ったら良いのか分からなくなり途方に暮れます。
勤め先の大学関係で助けになってくれそうなつてがあれば働きかけ、学術文献を取り寄せたり、専門教育を受けた家庭教師を見つけてきたりもしました。
小父さんの目には父親がお兄さんを畏れているかのように映っていました。

お兄さんは小鳥のさえずりだけをお手本に言語を作っていきました。
「小鳥たちのさえずりからこぼれ落ちた言葉の結晶を、拾い集めていった。」とありました。
またお兄さんは芸術センスに優れていて、独自の言語で「ポーポー」と呼んでいる青空薬局で買う棒つきキャンディーの包装紙を張り合わせて、そこから小鳥を切り出して接着剤で安全ピンを取り付け、小鳥のブローチにして母親の誕生日プレゼントにしていました。
小父さんはお兄さんの言語を心の中で「ポーポー語」と呼ぶようになります。

母親が難しい血液の病気で亡くなった九年後、父親が大学の定年退職を目前に急死します。
この時お兄さんは29歳、小父さんは22歳で、以来彼らは二人きりで共に暮らします。

小父さんは家から自転車で十分くらいのところにある、金属加工会社のゲストハウスの管理人として働いています。
小父さんの仕事はいつゲストがやって来てもいいようにそこをベストの状態に保っておくことです。

土曜日の午後、小父さんの仕事が終わった後、二人は幼稚園の鳥小屋を見に行きます。
お兄さんの耳は小鳥たちの歌を正しく聞き取り、小鳥が発する何もかもを受け取り、そこに現れる意味を理解します。
そして小鳥たちもお兄さんが小鳥の言葉が分かるのを分かっています。

ある日お兄さんが青空薬局に行った時、小鳥ブローチを店主にあげてしまいます。
母親への大事な誕生日プレゼントだったのになぜあげたのか小父さんは戸惑います。
これはいつも美味しいキャンディーを買わせてくれてありがとうという感謝の思いであげたのかなと思います。
母親が亡くなり、そのまま置いておくよりは今生きている人への感謝に使いたいと考えたのかも知れないです。
小鳥ブローチは青空薬局が取引している薬品会社から貰ったモビールに飾られていました。

しかし薬品会社が倒産しモビールも全部捨てたため、店主が小鳥ブローチを返してくれます。
小鳥ブローチが帰ってきてからお兄さんは青空薬局に行かなくなりキャンディーも買わなくなります。
お兄さんは何も言いませんでしたがショックを受けたのだと思います。
もう来ないでくれと受け取ったのかも知れないです。

小父さんが小鳥を飼おうと言うとお兄さんはいらないと言います。
「小鳥は幼稚園にもいる。庭にもいる。世界中、どこにでもいる。どれが自分のかは、決められない。だから、自分の小鳥はいらない」と言っていました。
お兄さんにとって小鳥はどれも大事な存在で、特定の小鳥を手元に置くことはできないということだと思います。

小父さんとお兄さんの生活は23年続きました。
ある時二人で旅行に行こうとなりましたが、荷物の準備も終わり出発の時になってお兄さんが「やっぱり行かない」と言います。
以来二人の旅行は荷物を用意してリュックにつめるまでで終わる架空旅行になっていて、それを年に一度か二度行っています。

小父さんはお兄さんに対し「昨日と同じ一日を過ごすこと」を最も意識していました。
どんなささやかな変化でもお兄さんには負担になったとありました。
これは自閉症の症状に似ていると思いました。

ある日、お兄さんがいつものように幼稚園の鳥小屋を見ている時に心臓麻痺で倒れて亡くなり、52年の生涯を閉じます。
この時病院に付き添ってくれた園長先生と小父さんが初めて話します。
小父さんはお兄さんの死を次のように思います。
お兄さんは最も相応しい場所で死んだのだ、と小父さんは思った。最後の時、小鳥たちがそばにいたことは、兄弟にとって何ものにも代えがたい慰めだった。

小父さんは園長先生に「もしご迷惑でなければ、鳥小屋を掃除させてほしいのです」と言います。
園長先生は「ええ、もちろん。喜んでお願いしましょう」と言ってくれます。
園長先生が亡くなったお兄さんのためにコスモスを活けているのを見て小父さんは次のように思いました。
コスモスを活けるのが園長先生にとっての供養であるならば、自分にとってのそれは鳥小屋を世話することだ。お兄さんが生涯をかけて見つめ続けた鳥小屋を、隅々まで丁寧に磨き上げながら、求愛の歌をうつむいた背中で聴くのだ。それが死んだお兄さんの最も近くに行く方法だ。
供養の方法は人それぞれで、この兄弟にとってはやはり小鳥に関わることなのだと思います。

鳥小屋の掃除に幼稚園へ通う以外の時間、小父さんはしばしば図書館で過ごします。
そして借りるのは鳥にまつわる本だけです。
ある日新しく借りる本をカウンターに置いた時、司書の若い女性から「いつも、小鳥の本ばかり、お借りになるんですね」と声をかけられます。
女性は小父さんが次に何を借りるか密かに予想を立てていると言います。
カウンターに女性の姿がなく、別の人が座っていた時に小父さんはひどく狼狽して読書もはかどらなくなっていて、明らかに女性が好きなのが分かりました。

小父さんがバラの植わった古い屋敷の管理人だと言うと、女性は「私、子供の頃からずっと、一度でいいからあそこに入ってみたいと思い続けているんです」と言います。
小父さんは「よかったらご案内しましょう」と言い図書館が休館の日に女性が訪れます。
他の従業員から不審がられ、さらにゲストハウスの食べ物を女性に出したりもしていて、私用に使うのはまずいのではと思いました。

小父さんは会社から服務規律違反による始末書の提出を求められます。
女性をゲストハウスに招いたことがばれ、さらに女性を招いてから自身もゲストハウスのチョコをひと粒ずつ食べるようになったのもばれていました。
しかしそれでも小父さんは女性に「いつでも好きな時に呼び鈴を押してくれていいんです。チョコレートを用意して待っています」と言っていて、かなりこの女性が好きなのだと思いました。
そして小父さんは司書も自身に好意を抱いていると確信していましたがこれは勘違いではと思いました。

ある日小父さんが司書に方向が同じなら一緒に帰りませんかと言い、一緒に帰ります。
その時の川面に映る半月の描写が印象的でした。
黒々とした川面に半月が映っていた。さざ波の下に沈んだかと思うとすぐに浮き上がり、やがてばらばらの光の破片になり、また流れの中で元の半月に戻った。
これは描写が凄く丁寧で、川面でゆらゆら揺れる月が思い浮かびました。

司書が突然辞めていなくなります。
元々臨時職員で、結婚するとありました。
ただ最後の方は小父さんの好意に気づき困っているように見えました。

お兄さんが亡くなって15年近く過ぎ、小父さんは定年間近になります。
9月の終わり、小父さんが河川敷のベンチで一休みしていると見知らぬ老人が近寄ってきます。
老人は小父さんの隣に座り、背広の内ポケットから小さな箱を取り出して耳に当てます。
運は虫箱で、老人は鈴虫を入れて鳴き声を聞いていました。
老人は鈴虫の鳴き声は一匹一匹違い、いかに綺麗な音で鳴く鈴虫を見分けるかが大事と言います。
お兄さんと小父さんの兄弟も変わっていますがこの老人もかなり変わっていると思いました。

5歳の女の子が行方不明になり、翌日の朝、河川敷公園の草むらで一人で泣いているところを発見されます。
女の子が知らない人に連れて行かれたと話したことから警察は未成年者略取の疑いで捜査します。
そして小父さんの家に警察が二人やってきて幼児連れ去り事件のことを聞かれます。
小父さんが幼稚園に行くと扉に南京錠が付き今までのようには開かなくなっています。
老婦人から代わった新しい園長が園の関係者以外は立ち入り禁止というルールにしたことを伝えます。
小父さんは南京錠が自身を締め出すためのものだと理解します。
さらに周囲から自身が幼児連れ去り事件に関わっていると噂されていることに気づきます。

幼児連れ去りの犯人が逮捕されます。
しかし小父さんを気味悪く言う人はまだいて、鳥小屋の係には復帰できそうにありませんでした。
やがて小鳥が全て亡くなり鳥小屋は撤去されます。
鳥小屋が姿を消した後しばらくして小父さんはゲストハウスの仕事を辞めます。
60歳で定年を迎え嘱託として勤めを続けていましたが、会社がゲストハウスを手放すことになりそれを機に退職しました。

ある朝、メジロの幼鳥が窓にぶつかって倒れているのを見つけます。
小父さんはメジロを動物病院に連れていき世話をするようになります。
傷が癒えた頃いきなり男が家にやって来て、メジロを譲ってくれないかと言います。
男は二十五年間、五百羽以上メジロを飼い続けていて、小父さんのメジロを十年に一羽の鳴き方に才能のあるメジロだと言います。
さらに男は鳴き合わせ会という、メジロの鳴き声を聞いてみんなで楽しむ会に来ないかと言います。

小父さんが籠の中で鳴くメジロに「私のためになど、歌わなくていいんだよ」と言っていたのが印象的で、自身のために鳴かそうとする男とは対極の言葉だと思いました。
小父さんはメジロに「明日の朝、籠を出よう。空へ戻るんだ」と声をかけます。
お兄さんが鳥小屋を見ていて最期を迎えたのと同じように小父さんもメジロとともに最期を迎えられて良かったと思いました。


とても静かでゆったりとした物語でした。
文章も淡々としていたのが印象的で、静かに暮らす兄弟によく合っていました。
あまりに静かな日々ですが、静かな日々を送るにはお兄さんは毎日に変化がないように神経を使い、小父さんはお兄さんと暮らすために働いていました。
お兄さんも小父さんも静かな毎日をしっかり生きたのだと思います。


※図書レビュー館(レビュー記事の作家ごとの一覧)を見る方はこちらをどうぞ。

※図書ランキングはこちらをどうぞ。

再び山陽へ

2018-04-12 19:47:09 | ウェブ日記
この春、再び山陽に行くことになりました。
引越しも終わり、新生活が始まります。
※前回山陽に行った時の「西日本へ」の記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

私は山陽地方の雰囲気がとても好きです。
海に近く緑も多く、のどかです。
なのでまた行くことになった時、嬉しく思いました。

新幹線の窓から見える山陽地方のポコポコとした山々がそれぞれ新緑で黄緑色になっていました。
これは山陽の山々には春に新緑を繁らせる木が多いということで、黄緑色の新緑は明るさがあって良いと思います
そんな山を見ていたら、新緑の中を歩きたくなりました。

これを機に、疲れていた気持ちを立て直そうと思います。
ダイエットと体力強化で身体の立て直しを続けながら、気持ちも明るく休まるようにしていきたいです。
心身ともに取り戻したいです。
晴れた日には緑の多い場所をたくさん歩きたいと思います

春のダイエット

2018-04-11 21:20:08 | ウェブ日記
この春、ダイエットをしています。
昨年は寒くなってきた頃から気持ちも沈みどこにも出掛ける気にならず、家で静かに過ごしているうちにすっかり体がなまって重くなりました。
ようやく出掛ける気になった2月から徐々に外を散歩するようにしていきました。

2月の途中からは公園に出掛けて長い距離を歩くようにしました。
公園に行くのにも15分くらい歩き、最初は到着する頃にはやや疲れるほどで体力の低下を感じました。
公園では一周するのに20分と少しかかるコースを歩くようにしました。
最初は一周だったのを二周、三周と増やしていきました。
次第に長い距離を歩いても息が切れないようになりました。
最近では五周してかなり長い時間歩いたりもしています。
たくさん歩いていた頃の体力が戻ってきたのではと思います。

梅の咲く2~3月、桜の咲く3~4月と、季節の花を楽しみながら歩けたのが良かったです。
公園に行くごとに梅と桜がどんどん咲いていき、見ていると明るい気持ちになりました
最近では新緑が芽吹き、黄緑色の小さな葉っぱに瑞々しさを感じています。
かなり暖かくなって痩せやすくなってきたので、今のうちにベスト体重にしたいと思います

「鵬藤高校天文部 君が見つけた星座」千澤のり子

2018-04-08 13:46:50 | 小説


今回ご紹介するのは「鵬藤高校天文部 君が見つけた星座」(著:千澤のり子)です。

-----内容-----
心を閉ざしていたわたしをあなたは天文部に引き入れてくれた。
そこで起こった「いくつかの事件」を経験して、わたしは、あたたかな世界のあることをふたたび知ることができた。
ずっとこのままでいたい。
でも、わたしはひとつ、大きな嘘をついていた……
星と星座をめぐる学園青春ミステリの傑作!

-----感想-----
千澤のり子さんの作品を読むのは初めてで、高校を舞台にした学園青春ものなところに興味を持ちました。
五話あり、ミステリー作品なのでどの話でも何らかの事件が起きます。

「見えない流星群」
五話とも語り手は鵬藤(ほうとう)高校の菅野美月(みつき)です。
美月は高校の合格発表の帰り道、事故に遭います。
駅のホームで電車到着のアナウンスの後、右隣にいた人が線路に飛び込もうとしたため咄嗟に左腕を伸ばしその人を押し戻して助けます。
その時に左腕が電車に接触して重傷を負い、肘から先を切断します。

リハビリが長引き初めて登校できたのは高校一年の四月の終わり近くでした。
普通の子のように友達を作って楽しく過ごすのはできそうにないと思いとても冷めた考えになっていて、文章も淡々とした雰囲気なのが印象的でした。

5月の半ば、美月がバス停に居ると同じクラスの高橋誠(まこと)が話しかけてきます。
高橋は天文部に入っていて美月も入らないかと言います。
美月は天文部の部室になっている理科準備室を訪れ、二年生で部長の中村圭司に会います。
現在の部員は二年生が四人、一年生が二人で、中村は天井に北斗七星を投影しながら、美月が入部してくれたら天文部は北斗七星と同じ人数になると言います。
美月は入部することにします。

天文部に入り二週間経ち、学校で一晩中観測をする「徹夜観測」が行われます。
二年生は中村の他に佐川ひとみ、榊原大和(やまと)、霧原真由美がいます。
佐川は小柄でいつも部員達の面倒をよく見てくれ、榊原は体格がよく口調は荒っぽく、生徒会の役員もしています。
霧原は背中まであるまっすぐな黒髪の人で、学校で一、二を争う美人で他校にもファンが多いとのことです。
一年生は高橋の他に村山友紀(ゆき)という女子がいます。
クラスは違っていて、美月と廊下ですれ違ってもほとんど口をきかないとありました。

中村が美月の体調を心配し、榊原が「俺らだって図体は大人なんだし、かわいい後輩のためならなんでもするぜ」と言った時、美月は咄嗟に「わたし、かわいい後輩なんかじゃない」と言います。
左腕のことが気になっているのだと思いました。
そして最終話を読むとそれだけではなかったことが分かります。

屋上での徹夜観測の日、佐川が部室棟が変な風に光っているのに気づきます。
そして一瞬だけ電気が点きすぐに消えてしまいます。
さらに部室棟の理科準備室に行っていた榊原が大声を上げながら戻ってきて「先生が山岳部の部室で死んでる!」と言います。
高校が舞台の青春ミステリーならほのぼのとした事件が起きるのかなと思っていましたが、まさか顧問の先生が遺体で発見されるとは驚きました。

殺人者の存在に部員達が不安を感じる中、美月は次のように思います。
わたしはみんなよりも怯えていない。事故に遭ってから、怖いものがなくなったせいだ。人が死んだのに、悲しくもない。一大事なのに、感情が戻ってこないのだ。
退院して日常生活が送れるようになっても精神は沈み込んでいるのがよく分かる言葉でした。

高橋と中村が天文部員の中に先生を殺した犯人がいるのではと言います。
村山が美月を疑いますがすぐに疑いは晴れ、「疑ってごめん」と言います。
勝ち気な村山ですが自身が悪い時には謝ることができ、この言葉を見て二人が仲良くなる予感がしました。


「君だけのプラネタリウム」
美月は村山から屋上で昼食を誘われます。
さっそく二人が仲良くなって良かったです。
村山は一年五組の小早川美紀が土曜日の夜、下校中に変質者に髪を切られたのを知り美月に教えてくれます。

屋上では中村も昼間の天体観測をしながらこの話を聞いていました。
村山は中村のことが好きです。
中村はその事件に関係しているかもと言いながらポケットから一枚の写真を取り出します。
その写真は屋上から夜の梨畑を撮っていて、写真の上部にビーズのような細かい光がいくつも写っていて、乙女座の形に似ています。
中村は「地上に輝く星座かもしれません」とロマンティックなことを言います。
その写真を撮っていたのと同じ日の同じくらいの時間に、撮影場所のすぐ近くで変質者の事件が起きていました。

今週末に学園祭が開催されます。
天文部は高橋がプラネタリウムを作りたいと提案し、映像を投影するためのドームを段ボールで作っています。

美月が高橋と話している時、「わたしの時間は、失くした左手と一緒に止まったまま」と胸中で語っていました。
それでも美月は高橋が好きになり気持ちが動き始めています。
高橋も明らかに美月が好きで二人の距離は近くなっています。

ドームの中に切られた黒髪の束が置かれる事件が起こります。
髪の毛は明らかに小早川のもので、変質者はこの学校の中にいるのではという考えが浮かび緊張が走ります。

さらにその直後、霧原が突然髪をベリーショートカットにして現れます。
霧原は前日の放課後、彼氏の「コーちゃん」に会うためにバスで県立高校に向い、早く到着したので近くの公園でブランコを漕いで時間を潰していました。
すると突然複数の男子生徒に大量のスライムを髪に投げつけられ、スライムが全く取れずに髪を切るしかなくなります。
中村は二つの事件は別々の人物による犯行と推理します。

この別々の事件が一つにつながる展開が面白かったです。
ある人物の恋心の狂気を感じました。


「すり替えられた日食グラス」
二年生の5月になります。
部活動長会議で、部員が十人に満たない部活動は同好会にすることが決まり、中村はこのままでは天文部は廃部になると言います。
一年生は戸田という男子が一人入っただけで部員は十人に満たないです。

もうすぐ金環日食を観測できる日になります。
佐川の家がやっている佐川製菓のラッピング袋が余っていて紫外線や赤外線をカットできる特殊なセロファンを使っているため、高橋がその袋を使って金環日食観測用に日食グラスを作って配り、新入生勧誘イベントにしようと言います。
高橋は中村と並ぶ天文部随一の天文の知識を持っています。

日食グラスは牛乳パックを使い、目の部分を切り抜いてそこにラッピング袋を貼って作ります。
高橋は「家の近所で牛乳パックを回収できたら回収してきて」と一斉送信メールをしますが、美月にだけ来ていないことが明らかになり美月は不機嫌になります。
すぐに高橋が不機嫌さに気づき「美月ちゃんだけメールを送っていなくてごめん。電話のときに言えばいいと思っていたんだけど、つい忘れてた」と言います。
すると美月は「別に高橋が悪いわけじゃないもん」と言います。
この砕けた口調を見て美月がかなり心を開くようになったのが分かりました。

なぜか牛乳パックが手に入らなくなります。
さらに昇降口に「ご自由にお取りください」と置いておいた日食グラスと、戸田が作ろうとしていた日食グラスがごっそり無くなります。
まるで何者かが天文部の新入生勧誘を妨害しているかのようでした。
そして盗まれた日食グラスが戻って来ますが、そのうちの62個が別の物にすり替えられていることが分かります。


「星に出会う町で」
期末テストが終わった7月初めの金曜日、美月は村山とファミレスに行きます。
金環日食観測後、新たに九人の一年生新入部員が入っています。

中村から理科準備室に集合してとメールが来て、部員が揃うと明日から一泊二日でボランティアに行こうと言います。
昨夜天文部OBの如月という先輩が所属する国立大学の天文サークルの飲み会で食中毒が起き、予定していた一泊二日のエコツーリズムという天文ツアーのボランティアに行けなくなり、代わりに天文部が行ってくれないかと頼まれました。
大学は鵬藤高校から二時間ほど離れた海沿いの星里町というところにありエコツーリズムもそこで行われます。
エコツーリズムとは自然環境や歴史文化など、地域固有の魅力を観光客に伝えることにより、その価値や大切さを理解してもらい、保全につなげることを目指す仕組みのことです。
急な予定のため行けない人もいて、美月も左腕がないのでは足手まといになるのではとためらいますが、高橋に誘われて行くことにします。

天文部のSNSにはロキというIDの人がよくコメントを投稿します。
その内容があまりに部の深いことを知っているため村山は「この人、ストーカーなんだ」と気味悪がっています。
天文部がエコツーリズムの場所に到着すると、ロキも参加していると個人ブログに投稿しているのを村山が気づき美月に教えてくれます。
誰がロキなのか気になり、文章を見るとどことなく中村に似ていました。

望遠鏡キットを使って望遠鏡を作ろうとした時、参加人数が一人多いことが明らかになります。
さらに田口という従業員が、昨日の朝に星里町出身の若い女性が不倫相手の子供を拉致し逃走する事件が起きたため、ここに来るまでにその女性を見なかったかと聞いてきます。
参加人数が一人多くなっていることから、その女性が拉致した子供を連れてツアーに紛れ込んでいるのではという考えが浮かびます。

夜になりみんなで夜空を見た場面は印象的でした。
全員で一斉に懐中電灯を消し、空を見上げる。少し雲がかかっているとはいえ、わたしたちの住む町よりも、ずっと星に近い。まさに〈星に出会う町〉だ。
これは田舎で夜空を見たことがある人はよく分かると思います。
都会の夜空とは全く違い空一面に星がきらめいています。

やがてロキの正体が分かり、一人多くなっていた人が誰なのかも分かります。
増えた人数の謎にも恋心が絡んでいて、恋心は時として大がかりなことをするのだなと思いました。


「夜空にかけた虹」
12月の半ば、美月が中学まで住んでいた町で白骨死体が見つかります。
25歳の女性で死因は自殺で、美月が左腕を失った事故で電車に飛び込もうとした人だったことが明らかになります。

冬休みの最後の日、美月は高橋に事故の詳細を初めて語ります。
高橋はこれまで一度も詮索したことがなかったとあり、良い人だなと思います。
私は人が話したくないことを詮索したがる人は好きではないです。

高橋が美月が一人で抱えていることはもうないかと聞くと美月は頷きます。
しかし美月には一つだけ伝えられないことが残っているとありました。

天文部は引退した四人の三年生を送る会の企画に入ります。
三月の下旬にするか卒業式の前日にするかで意見が割れ、一年の松本絵理と岸谷かなえが卒業式の前日にしたいと強く主張します。
二人は活発なタイプで村山でも手を焼くくらいです。
もう一人の一年生女子、大人しいタイプの鹿居(しかい)京子も卒業式の直前にしたいと言います。

村山は少しでも長く先輩達と一緒にいたい思いがあり三月の下旬にしたいと思っています。
美月も同じ考えで「送る会が終わってしまったら、本当に三年生の先輩たちとお別れになってしまう気がしている。」とあり寂しげでした。

鹿居が「夜の空に虹をかけませんか」と言います。
虹は太陽の光だけでなく月の光で現れることもあり、「月虹(げっこう)」「ムーンレインボー」「ナイトレインボー」などと呼ばれていて日本では滅多に見られない現象とのことです。
そんな虹は見たことがないので興味深かったです。
虹の多いハワイ島では時々見ることができ、「夜の虹はこの世で最高の祝福」と言い伝えられているとのことです。
鹿居は「お祈りをすると願い事が叶うとも言われているから、次の日に卒業していく先輩たちには、最高のプレゼントになると思うんです」と言います。
そしてこの案を卒業式前日の2月28日に行うことになります。
虹を作るために照明と散水で練習をしますが、進藤和也という一年生男子が照明を点ける合図の警笛を吹いた時、美月は事故を思い出し体が拒否反応を示してその場に膝をついてしまいます。

美月の携帯に送信者不明の、からす座の写真が付いたメールが送られてきます。
進藤がからす座の神話を教えてくれ、その内容から見てメールは美月を告発しようとしているのではと言います。

美月は進藤が最近美月にかしこまった態度を取るようになったのを気にしています。
何かを言いたげでしかし上手く切り出せないように見えるとありました。

美月は村山と隣の県にある大型ショッピングモールに出掛けます。
美月は中学まではその近くに住んでいて、同級生に会いたくないから行くのをためらったと言います。
村山が「菅野は事故の被害者なんだから、身体が不自由なことをそこまで気にすることないと思うけどなあ」と言うと、美月は「本当は別のことを気にしているなんて、言えない。」と語ります。
高橋に言えなかったことでもあり、どんなことを気にしているのか気になりました。

村山は進藤が美月に惚れているのではと言います。
さらに鹿居が進藤を好きなため、美月は鹿居と仲の良い松本と岸谷から逆恨みされているとも言っていました。
そんな時、また美月にからす座の写真が付いたメールが送られてきます。

三年生を送る会に向けて理科準備室で割れないシャボン玉を作る練習が行われている時、そこを訪れた美月が床にこぼれていたシャボン玉液に足を滑らせ、はずみで洗面器のシャボン玉液を頭からかぶってしまいます。
研修棟のお風呂場でシャワーを浴びて出ると何者かが脱衣場に浸入したことに気づきます。
美月の周りで不穏なことが起こります。

やがて美月の秘密が明らかになります。
そして美月が進藤のノートパソコンを見た時、事故の日付がタイトルになっているフォルダがあるのを見つけ、これを偶然だとは思えず、進藤が事故の何かを知っているのだと悟ります。
美月は進藤の家に行き話を聞くことにします。

やがて美月は誰がからす座の写真のメールを送っていたのかに気づきます。
最後は久しぶりに先輩達が登場し、送る会での旅立ちの場面を迎えます。
美月も高橋に話せずにいたことを打ち明け、より仲の良い恋人になりそうな終り方になっていて良かったです。


美月が秘密にしていたことは、順調で楽しい高校生活を夢見ていた人にとってはやはり言いたくないことだと思います。
そして事故に関係することを話したくない美月の胸中を慮って一切聞かなかった高橋も偉いと思います。
話したくなった時に話すのが一番良いと思います。


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「僕の明日を照らして」瀬尾まいこ

2018-04-05 23:41:51 | 小説


今回ご紹介するのは「僕の明日を照らして」(著:瀬尾まいこ)です。

-----内容-----
やさしいことと、やさしくすることは、違う。
優ちゃんは、ときどきキレて、僕を殴る。
でも僕は優ちゃんを失いたくないんだ。
隼太の闘いの日々が始まる。
これは、隼太の目覚めと成長の物語。
思わず応援したくなる。
切なさに胸がいっぱいになる。
2年ぶり、新境地を開く最高傑作。

-----感想-----
語り手は中学二年生の神田隼太で、隼太は二年に進級すると同時に上村隼太から神田隼太になりました。
スナックローズを経営する母のなぎさに女手一つで育てられてきましたが、なぎさが神田歯科を経営する優ちゃんと再婚し、スナックローズの息子兼神田歯科の息子になりました。

隼太が優ちゃんに殴られたところから物語が始まります。
優ちゃんは暴行が終わると酷く後悔して謝ります。
落ち込む優ちゃんを隼太は次のように語ります。
そんなに落ち込むなら、キレなきゃいい。謝るぐらいならしなきゃいい。最初はそう思った。どうしてこの人は同じ失敗を繰り返すのだろう。大人なのになぜ解決しようとしないのだろう。そう疑問だった。でも、どうしようもないのだ。どうにもできないのだ。優ちゃんは時々、何かにとりつかれたように僕に襲い掛かる。
これはどう見ても虐待だと思います。
そして毎回後悔するのが分かっていても感情の暴走を押さえられずに暴力を振るうのが印象的です。
夫が妻に暴力を振るうDV(ドメスティック・バイオレンス、家庭内暴力)で、暴力を振るって後悔して「ごめん」と謝るのにまた暴力を振るうのを繰り返す人と重なります。
明らかに治療が必要な精神状態だと思います。

優ちゃんが「俺、もうこの家で生活できない。この家にいちゃいけない」と言い、暴力を振るっていることをなぎさに打ち明けると言います。
しかし隼太は優ちゃんを庇い、なぎさには言わないでくれと言います。
隼太は暴力よりも一人で過ごす夜のほうが怖いと感じています。
隼太が物心付いた時からなぎさは夜も働きに出ていて、なぎさが戻る朝方までたった一人で夜が終わるのを待っていました。
優ちゃんが来るまでそんな夜を何年も過ごしていて、隼太には優ちゃんが必要です。
隼太と優ちゃんはまずい組み合わせで、これでは暴力がエスカレートしてもなかなか他の人には知られないと思います。

隼太は小学校の時から毎日学校帰りにスナックローズに寄って一日にあったことを話しています。
「かなり面倒くさいけど、小学校のときからの慣わしだし、そうすることでお母さんが安心するのだから仕方ない。」とありました。
また自身達が反抗期真っ盛りの年齢なことについて次のように語っていました。
時々お母さんにイライラする。放っておいてくれと言いたくもなる。だけど、反抗したってどうしようもない。結局、面倒なことになるだけだ。百害あって一利なし。
面倒なことになるよりは素直に毎日寄ったほうが良いと考えていて、隼太は物事を無駄か無駄ではないかで見ていて、無駄と見たことを排除する考え方をしている気がします。

隼太と優ちゃんはスナックローズが休みの日曜日以外は虐待に関わる本を読むようになります。
優ちゃんは子供の頃父親によく殴られていました。
虐待されて育った人が自身の子を虐待するようになるのはよくあることで、優ちゃんも父親に虐待されたことが隼太への虐待に影響しているような気がします。

優ちゃんは計画が崩れることが嫌いです。
お風呂に入りなよと言ったのを隼太が断ったらキレて殴り倒していました。
思い通りにならない子を暴力で支配しようとしているように見えます。

6月の終わり、ホームルームで校内陸上記録会の選手決めをしますが、市田と西野という男子だけ決まらずにいます。
残っている種目は3000m走と1500m走だけです。
何も意見を言わずにいる二人に隼太は二人が走るしかないと言い、難色を示す二人を押し切って市田を1500m、西野を3000m走にします。
するとホームルーム後に関下(せきした)という女子が話しかけてきて、隼太は一人で決めてしまうと言って去っていきます。
これは何も意見を言わず最後に残った種目にも難色を示す市田と西野に問題があるのですが、市田の場合は明らかに長距離が適性外のため、既に種目が決まっている人の中で長距離が得意な人と交換してあげたほうが良かったのかも知れないです。

靖子は離婚してサトルという子供がいますが月に一度しか会えないです。
そのため隼太に「月に一回しか実の子どもに会えないって、私って不幸な女なのよね」「あ~、サトルに会いたい会いたい。ちょっと、隼太、慰めなさいよね」と言ったりすることがよくあります。
隼太はこれを「昔は強い人だって思っていたけど、中学生になった僕は、それが本当のつらさに勝手に入ってこられないようにする予防線なんだってわかってしまっている。」と語っていました。
これは勘が良いなと思いました。
コンプレックスに感じていることをからかわれる前に先に言うのもこの予防線に当てはまります。
私は辛くなることを少なくし自身を生きやすくするのは大事なことだと思います。

隼太と優ちゃんは一日何をしたかや優ちゃんがキレたのかどうかを毎日「虐待日記」に書いています。
隼太は毎日記録しておけばどんな時に優ちゃんがキレるのかが分かるかも知れないと考えています。

隼太が「”It”と呼ばれた子」を読んでいると優ちゃんがお茶を持って部屋にやってきて、何を読んでいるか興味を持ちます。
「”It”と呼ばれた子」は児童虐待の話で、デイヴ・ぺルザーという人が母親から恐ろしい暴力を受けます。
優ちゃんはそれを知ると「俺への当てつけで読んでるんだろう」と激怒して殴ります。
実際には親友のタナケン(田辺健一)に勧められて読んでいる小説です。
しかし優ちゃんの目には虐待の影響で読んでいると見えています。
注目は、その目に映った「虐待の影響で読んでいる」を受け止めることができていないことだと思います。
これは自身が否定されるのを物凄く恐れているのだと思います。
子供時代に父親に否定され続け、もう二度と否定されたくないという思いが、隼太を暴力で支配する行為につながっているような気がします。

殴り倒されたことで隼太は唇の横が切れ目の上も腫れ、初めて見た目にはっきり分かる外傷が残ってしまいます。
優ちゃんは隼太をこれ以上傷つけるわけにはいかない、なぎさに打ち明けると言いますが隼太は駄目だと言います。
隼太はなぎさを誤魔化すため知らない人と喧嘩をしたことにします。
私は優ちゃんの言うとおりなぎさに話したほうが良いと思いました。
そして優ちゃんと隼太が話す時は優ちゃんが突然キレないか気になりながら読んでいきました。

夏休みになり隼太が所属している陸上部も三年生が引退となる夏期大会が行われます。
隼太と同じ高跳びをしている三年生の斉藤という人が部員達の前で自身は譲るから隼太が出るように勧めてきます。
斉藤は記録があまり良くなく、自信がないため隼太に譲ることで良い先輩を気取る魂胆だということを隼太は見抜きます。
納得がいかない隼太は下駄箱から斉藤のスパイクシューズを持ち出し防火水槽に投げ捨ててしまいます。

すると翌日全校集会が開かれこの事件が明るみになり、心当たりのある人は名乗り出るように言われます。
そんな大事になるとは思っていなかった隼太が慌てて担任の岩村という女性教師に名乗り出ると、岩村が印象的なことを言います。
「あなたがこんなことをするのは、不幸な人間だからよ。いくら高跳びが跳べたって、不幸なのよ。本当に幸せな人は決して人を傷つけないわ。人の弱さがわからない人間が、一番弱い人間なのよ」
「人の弱さがわからない人間が、一番弱い人間なのよ」が特に印象的で、市田と西野に長距離を走らせるのを押し切ったことや、斉藤に情けない奴と腹を立てスパイクシューズを捨てたことから見て、当てはまる言葉だと思います。

優ちゃんが、隼太がこんなことをするのは俺のせいだと言います。
これは私もそう思います。

隼太は夏期大会を自粛し大会後の夏休みの部活にも参加せずに過ごします。
8月最初の金曜日、優ちゃんが一緒に実家に行かないかと言います。

実家に向かう車の中で優ちゃんが優しさについて「優しくするぐらいなら、俺にだって簡単にできるけど、優しくなるのは俺には相当難しい」と言います。
表面上優しくすることはできても心根まで優しくなるのは難しいようです。

実家に着くと優ちゃんの父、母が熱烈に歓迎してくれます。
その姿を見て隼太は祖父も祖母も優ちゃんのトラウマなどではないのではと思います。
ただ二人の期待が優ちゃんを苦しめていた気はします。
寝る時に優ちゃんが「隼太はいろんなことに愛想つかすのがちょっと早いからさ。もうちょっと、待ってみなくちゃ」と言います。

夏休みもラスト一週間になって隼太は部活に参加することにします。
二学期になりクラスで学級委員決めが行われます。
男子はタナケンで決まりかと思ったら上杉という子が僕もやってみたいと言いすぐには決まらなくなります。
本木という隼太と仲の良い子がタナケンに決めて話を打ち切ってくれと隼太に振り、他の子達も隼太を見ます。
隼太はクラスで自身がそういった面倒な状況を切り上げる役割になっていたのを悟ります。
しかし隼太は今までの強引に押し切るのとは違う、上杉を立てるやり方で学級委員をタナケンに譲ってもらうようにします。
すると関下が今日の隼太は格好良かったと言います。

山守(やまもり)という女子のiPodが紛失する事件が起き、先輩のスパイクシューズを持ち出して捨てていたことから隼太が疑われます。
タナケンが隼太を心配してくれ、話しているうちに隼太はタナケンが天真爛漫で陽気なだけでなくクラスを盛り上げるためにかなり気を遣っていることに気づきます。

スナックローズに寄ると靖子が今一緒に暮らしている男が頻繁に暴力を振るうことについて三人で話しています。
その男を優しいところもあると言う靖子になぎさが「どこが優しいのよ。優しい人間は人を傷つけないの」と言い、これは担任の岩村や優ちゃんが言っていた言葉に重なると思います。

スナックローズからの帰り道、靖子が途中まで送ってくれ、話しているうちに隼太が暴力を振るわれているのに気づいていることが明らかになります。
隼太は虐待がバレないように常に気をつけていたのでこれはよく気づいたと思います。
自身も虐待されているため勘が良いのだと思います。

優ちゃんは隼太がスパイクシューズを捨てた日からキレずにいます。
そんな優ちゃんを隼太は「必死で自分をコントロールしてるだけだ。感情が形になる前に押し込めてつぶしてしまっている。これは解決でも回復でもない。ただの自戒で我慢だ。」と語っていましたが、怒りをコントロールできるようになっているのは大きいと思います。

タナケンがみんなの前でiPodを盗ったのは隼太ではないと言ってくれ、iPodを山守のもとに戻す起死回生の策に打って出ます。
タナケンは隼太のために何とかしようとしてくれていて、その姿を見て隼太は心を打たれます。

優ちゃんの気持ちを穏やかにするのに良さそうなカルシウム豊富な料理に興味を持った隼太のために、関下がひじきの煮物や切り干し大根の作り方をノートに書いて渡してくれます。
隼太はなぎさに頼んで自身と優ちゃんの二人で夕飯を作ることにします。
ただしなぎさが寂しそうなのが印象的でした。

関下が料理の買い物についてきてくれます。
常に隼太に話しかけていて、好きなのだと思いました。
そして10月末、隼太は関下と恋人になります。
冬になると夜が多くなることについて話していて、隼太は関下の「夜が多いとゆっくり過ごせる時間が長くなって得な気がする」という考えを聞き、そうなのかも知れないと思います。
これまでとは夜への考えが変わってきたのが分かりました。

優ちゃんが生真面目な優ちゃんらしからぬ適当な料理を作ります。
優ちゃんの気持ちもこれまでのような重荷が取れてきているのが分かりました。
しかし隼太は慎重に優ちゃんはまだ治っているわけではないと見ます。

隼太はスナックローズで貰った一万円もするゴディバのチョコを優ちゃんと一緒に食べようとします。
しかし優ちゃんは「いいよ」と素っ気なく断ります。
ところがチョコを食べたい気持ちで浮かれていた隼太はしつこく何度も「食べようよ」と言います。
ついに優ちゃんが「隼太、しつこいよ」と言い暴力を振るう時の雰囲気になります。
絶望的な状況の中で隼太が印象的なことを思います。
心配しなくたって、僕はちゃんと弱い。僕はちゃんと優ちゃんの救いを必要としている。無理に手のひらの中に入れようとしなくたって、優ちゃんの助けを求めているんだよ。強引に僕を腕の中に従える必要なんか何もないんだ。
これこそ優ちゃんの暴力に潜む思いの正体だと思います。
優ちゃんは自身を否定されたり必要とされなくなることを何より恐れていて、わずかでもその気配を感じれば暴力で押さえつけようとします。
隼太がこれに気づき、その弱さを認め寄り添ったことで暴力がなくなることが予感されました。

冬休みになります。
隼太は靖子と一緒に関下へのクリスマスプレゼントを買いに行きます。
靖子は「隼太はセンスもいいし、優しいやつだ」と言います。
関下も隼太は優しいと言います。
作中に何度も登場した「優しさ」を隼太が心根として身に付けたことが分かりました。


優ちゃんの暴力と向き合う日々の中で隼太は大きく飛躍していきました。
相手の弱さを認められるようになりました。
強引に押し切るのをやめ、相手を立てたり弱さに寄り添ったりすることができるようになりました。
この心があればいずれ仲良く暮らす家族を形作っていけるのではと思います。


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