読書日和

お気に入りの小説やマンガをご紹介。
好きな小説は青春もの。
日々のできごとやフォトギャラリーなどもお届けします。

チャオ 閉店で分かる愛着

2018-01-28 17:18:09 | グルメ


※以前書いた「スパゲティハウス チャオ」の記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

一昨年の年末に初めて寄ってからたまに寄るようになった「スパゲティハウス チャオ」。
名古屋名物あんかけスパゲティーのお店で、私は名古屋駅近くの第5堀内ビル店という店にずっと寄っていました。
このお店が昨年いっぱいでビルの改修工事に伴って閉店しました。

昨年末に寄った時に告知の貼り紙を見て年末で閉店することを知りました。
その時、「えっ、閉店するのか」と驚き、とても残念な気持ちになりました。
そして残念な気持ちになったことで、いつの間にかこのお店に愛着を持っていたのを実感しました。

私が閉店前に最後に食べたのは冒頭の写真の「ミラカン」に目玉焼きを2つトッピングしたものです。
ミラカンは「カントリー」にウィンナーを加えたもので、カントリーはタケノコ、マッシュルーム、オニオン、ピーマン、トマト、コーンという具材です。
最初に寄った時に食べたのもミラカンで、奇しくも同じメニューになりました。
今回は閉店間近でお得な値段になっていたのでトッピングの目玉焼きの数を1つ増やしています。
スパイシーさと酸味を持つあんかけソースはかなり深みのある味で、スパゲティーとよく合います。

今はもうお店がなくなってしまったので「美味しいあんかけスパゲティーを食べさせてくれてありがとう」という思いです。
そして「スパゲティハウス チャオ」自体は他にも店舗があるのでいずれ寄ってみたいと思います。
たくさんメニューがあるので、まだ食べたことのないメニューを食べてみたいです。
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「水族館ガール4」木宮条太郎

2018-01-26 23:54:17 | 小説


今回ご紹介するのは「水族館ガール4」(著:木宮条太郎)です。

-----内容-----
大変なのは卵を産んだ後――ペンギン舎で起きた奇跡とは?
水族館アクアパークの官民による共同事業化に向け作業を進めていた梶良平だが、大詰めの会議で計画は白紙撤回の危機!?
一方、担当の吉崎に代わり急遽ペンギンの世話をすることになった嶋由香にも次々とトラブルが発生。
動物たちの命をつなぐ飼育員の奮闘の先に奇跡は起きるのか。
そして、なかなか進展しない梶と由香の恋にも変化が――?

-----感想-----
※「水族館ガール」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。
※「水族館ガール2」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。
※「水族館ガール3」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

冒頭、大晦日から年が明けて新年になります。
梶良平はウェストアクア本社の会議室で、水族館アクアパークを千葉湾岸市とともにウェストアクアに共同運営してもらうための説明をしています。
ウェストアクアの事業部長によると会議は「儀式みたいなもの」で、事前に根回し済みで反対意見は出ないとのことでした。
しかし説明が終わり決議をしようとした時、事業監査室長の男が待ったをかけてきます。
事業監査室長はアクアパークについて「このクラスの水族館なら、どこにでもある。わざわざ運営に参画する意味はない」と言ってきて、その場では話し合いがまとまらず月末に会議を開き直すことになります。

梶がアクアパークに戻って内海館長に話をすると、内海館長は事業監査室長のことを知っていて、井達(いたち)という名前とのことです。
井達は海遊ミュージアムとウェストアクアの共同事業化を推し進めた人でもあり、井達の価値観では同じ水族館でも海遊ミュージアムは「行け」でアクアパークは「やめとけ」になるのだろうと内海館長は言っていました。

梶は再会議に向けて資料を準備しようとしますがなかなか進まずにいます。
井達の反対によってウェストアクアを介した海遊ミュージアムとの姉妹館の構想が揺らぎます。

梶と海遊ミュージアムの鬼塚チーフが話していた時、鬼塚チーフが「ラッコのプールはどこの水族館でも似たり寄ったり」と言っていたのは興味深かったです。
どの水族館もかつてラッコブームになった時一斉にラッコプールを真似て作ったので似たり寄ったりになったとのことです。
また、見る人がラッコはのんびりプカプカ浮かんでいるものという固定観念になっていて、実際にはよく水中に潜ったりもする本来の姿に注目してもらえないことを嘆いていました。

由香はラッコの給餌ライブをやることになります。
普段餌を与える時も貰った餌を毛皮のポケットに隠して素知らぬ顔でまた餌を貰おうとするラッコがいて、ラッコにこんな知恵があるとは知りませんでした。

梶は鬼塚チーフとともに、由香のラッコの給餌ライブのビデオを見ます。
由香の給餌は飼育技術者としては未熟なものでしたが「ラッコはのんびりプカプカ浮かんでいるもの」「ラッコは動くぬいぐるみ」といった固定観念を壊してくれるものでした。

鬼塚チーフの語っていた飼育技術者の悩みは印象的でした。
観客の頭にあるのは「ラッコはのんびりプカプカ浮かんでいるもの」「ラッコは動くぬいぐるみ」という実態とは違う固定観念で、これを認めた上で「実際のラッコはそうではない」というのをどうやって観客に分かってもらうかに悩んでいます。
ラッコだけでなく水族全体に言えることで、梶もこの問題を薄々感じていたとありました。
現実の水族館の飼育技術者もこの問題を感じているのだろうなと思います。

由香のラッコへの固定観念を壊してくれた給餌ライブのビデオを見て鬼塚チーフが「アクアパークには海遊ミュージアムに無い何かがある」と言います。
これをアピールすれば梶が井達に対抗できそうな気がしました。
そして再会議で由香の給餌ライブのビデオを見せてアクアパーク独自の良さをアピールしたおかげで、井達も賛成して全会一致での決議になりました。

2月になったある日、ペンギン担当の吉崎が腰を痛めてしまいます。
そして由香が吉崎の代わりにペンギンの給餌をやることになります。
吉崎の指示のもと、由香は何とか給餌していきます。

アクアパークではペンギンを色のタグで管理していて、その中の「銀チャ」というオスのペンギンは長年もてなかったのですが、ついに春がきます。
ところがすぐに銀チャが東京の水族館に移送されることになってしまいます。
淡々とそのことを語る吉崎と対照的に由香は銀チャの移送に納得できず、岩田チーフに何とかならないかと言いますが諭されます。
岩田が「吉崎は全てを踏まえた上で判断してる。吉崎は銀チャにとってのベストを選択した」と言っていたのは印象的でした。
せっかく春が来たのだからそのままにしておきたい気持ちはありながらも、銀チャにとってのベストを考えると東京の水族館に移送したほうが良いという考えになったようです。
まして吉崎は長年銀チャの世話をしていて愛着もあるのに、それを一切表に出さずに移送の決断をするのはさすがプロの飼育技術者と思いました。
由香も吉崎と一緒に銀チャの移送に立ち会うことになります。

3月になります。
吉崎によると下旬になるとアクアパークにいるマゼラン・ペンギンは卵を産み始め、40日ちょっと卵を温めると雛が誕生するとのことです。
なのでペンギン舎は春休みもゴールデンウィークも忙しくなるようです。

岩田が「ペンギンを見れば水族館が分かる。担当者の心の中まで分かる」と言っていたのは興味深かったです。
ペンギンは複雑な水管理がいらないため小規模な水族館や動物園にもいて、さらに誰もが知っている人気者でもあるため、飼育担当者のスタンスの違いが分かりやすく出やすいとのことです。

修太が「南極ではない場所にいるペンギンの方が多い」と言っていたのは意外でした。
ペンギン18種のうち南極にいるのは2種くらいで、他のペンギンは南極より北の暖かい地域に棲んでいるとのことです。
寒さは生き物にとって大敵で、南極以外に棲んでいるペンギンにとっても例外ではないようです。

白モモというペンギンが卵を産みます。
吉崎が凄く驚いていて、すぐに岩田と獣医の磯川に知らせます。
白モモは吉崎が以前勤めていた水族館からアクアパークに来た時に一緒に連れてきたペンギンで、岩田は白モモが産んだ卵を「奇跡の卵」と言っていて、どんな卵なのか気になりました。
岩田は人の手でこの卵を育てるのを前提で話しますが、吉崎が擁卵(卵を温めること)から育雛(いくすう、雛を育てること)までペンギンに任せたいと言います。
すると岩田も磯川も困惑します。
由香もその場にいましたがなぜ奇跡の卵なのか、なぜ二人が困惑しているのか事情が分からずに戸惑っていました。

由香は磯川から白モモのことを教えてもらいます。
磯川によると白モモは病気がちで何度も死にかけたことがあり、今ではかなりの長寿になっているとのことです。
これまで産卵したことは一度もなかったのですが、相当な年齢になっている今回初の産卵をしました。
それで「奇跡の卵」なのだなと思いました。
そしておそらく最初で最後の産卵とありました。
吉崎は擁卵から育雛まで白モモに任せたいと言っていましたが磯川は獣医の立場から反対とのことです。

ペンギンが飼育スタッフに愛らしくフリッパーをパタパタさせる仕草は、一般人が見ると飼育スタッフを慕っているように見えますが、飼育スタッフはそうは見ていないと磯川が言っていました。
孵化直後のヒナは身近で動くものを自分の親だと認識してしまうため、人の手で卵から育てられたペンギンだと飼育スタッフを親だと思ってフリッパーをパタパタさせている場合があるとのことです。
磯川は、吉崎も雛が吉崎のことを親と思い込むのを防ぐために白モモに任せようとしているのではと言っていました。
ただ私は白モモにとって最初で最後の産卵であることから、体調悪化の危険があっても白モモの手で育てさせてあげたいという思いもあるような気がしました。

雛が生まれると白モモは給餌もあまり食べに来なくなり、明らかにやつれていきます。
吉崎は白モモが弱っているのを見てヒナと隔離させる決断をします。
由香は岩田からの指示でしばらくイルカから離れペンギン優先で吉崎のサポートをすることになります。
しかし白モモは力尽きて死んでしまいます。

鬼塚が梶に、吉崎が三羽のペンギン(一羽は白モモ)とともにアクアパークに転職した時のことを語っていました。
当初は鬼塚のいる海遊ミュージアムに吉崎も来てもらおうとしたのですが、三羽のペンギンがいずれも病弱なペンギンだったため引き受けるのは難しく、話がこじれているうちにアクアパークに転職することになりました。
そしてこの時のことがきっかけで鬼塚は岩田と対立するようになったことが明らかになりました。

5月下旬になります。
白モモが亡くなったため、ペアを組んでいた茶グレというオスのペンギンが一羽で雛を育てています。
しかし一羽での子育てで茶グレもやつれてきたため吉崎は岩田と話し合い、茶グレを昼間の間は休養させ、変わりに自身が昼間は面倒を見ることにします。
岩田はそんな吉崎をかなり心配していて、表面上は任せたと言っていましたが後で由香に「吉崎が倒れないか気をつけて見てろ」と言っていました。
この辺りまで読み進めると、シリーズ四作目になり岩田の江戸ッ子口調、吉崎と鬼塚の大阪弁が読んでいてかなり馴染んできたのを実感しました。

白モモが亡くなり、茶グレも弱ってきて雛がどうなってしまうのかと思いましたが、雛の身に予想外の奇跡が起こります。
序盤から問題児として扱われていた気の荒いペンギンが活躍したのがとても印象的でした。
白モモが卵を産んだ時も奇跡でしたがもう一度奇跡が起こりました。

由香と修太が房総大学理学部の南総海洋センターという研究場に行きます。
そこで由香は沖田とイルカのホコに再会します。
ホコは「保護個体」の略で、二年前に傷ついて弱っているところをアクアパークで保護しました。
現在はこの研究場で保護を継続しています。
そして沖田はこの春から房総大学で臨時講座を持っているとのことです。

海遊ミュージアムからアクアパークに奈良岡咲子が飼育業務の実習生としてやってきます。
咲子は由香の後輩の兵藤(ヒョロ)の下につくことになります。

海遊ミュージアムにいる梶のところに岩田がやってきます。
岩田は海洋学のマイヤー博士と会うとのことです。
さらに梶に近々アクアパークに戻ることになりそうだから部屋の片付けを始めておけと言っていました。

由香達は咲子の案で、ホコとニッコリーを通信回線を使って再会させる実験をすることになります。
由香、咲子、ヒョロ、梶の四人で話していたのですが、咲子に茶々を入れられて戸惑う梶と由香の雰囲気が面白かったです。

6月になります。
由香は梶に教えてもらいながらホコとニッコリーの再会プロジェクトの企画書を作りますが、沖田に「イルカが混乱するかも知れない」と言われ反対されます。
そして岩田には一旦保留にすると言われ、さらに「俺と沖田を納得させるんだな。そうすりゃ、俺が館長に首を縦に振らせる」と言われます。

ヒョロは咲子のことが好きで、実習で来ているうちに告白しようとしますが、上手く言葉が出ずに何度も告白の言葉を言い間違えてしまいます。
この様子がかなり面白くて笑ってしまいました。

由香が企画書をどうするかで悩み、思い詰めていると、梶がかなり丁寧に悩みに向き合ってくれました。
そして万全の体制を整えられるように企画書を作り直し、ついに企画が通ります。

通信回線を使ってホコとニッコリーを再会させる実験は沖田が危惧したように、ホコもニッコリーも混乱したような状態になって終了します。
由香、咲子、ヒョロは映像ファイルを見て検証をするのですが、そこで由香と咲子は何かに気づきます。
そして沖田や岩田などの関係者を全員集めての報告会で沖田が言っていた「イルカが混乱状態になる」とは違う見解を示します。
由香と咲子が映像ファイルを見ていて気づいたのは、動物の「認識能力」を計る新たな鍵になる重要なものでした。
自身の理論が間違っていたことを悟りうなだれる沖田に岩田が興味深いことを言っていました。
「俺は思うんだがな、自然科学も肌感覚。まずは『感じる』からよ。それから、理屈を考えて、考えたことを検証する」
「自然科学も肌感覚」が特に印象的でした。
たしかにまずは見たままを感じ取るのが大事だと思います。


今作では由香が高度なことまでこなすようになり、シリーズ四作目の歴史を感じました。
そして梶との恋も進展していました。
次作では飼育動物とどんな関わりをするのか、由香や梶が周りの人とどんな面白い話をしてくれるのか、楽しみにしています


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雪の朝

2018-01-25 22:32:50 | ウェブ日記
昨日の夕方から今日の未明まで名古屋に雪が降りました
降る前からとても冷え込んでいて最初から雪になり、今日の未明まで降る予報だったので何センチかは積もるのではと思いました。
そして朝起きたら家々の屋根や木々が雪化粧していました。
名古屋では年に一度見られるかどうかの銀世界を今年も見ることができました。

私は雪の降った朝の静かで澄んだ雰囲気が好きです
白く雪化粧した景色を見ていると気持ちも澄んできます。
そして太陽が出てきて朝日が差すと雪化粧した景色も鮮やかにとても明るくなり、見ているとワクワクした気持ちになります

今日も大寒波の影響でとても寒くなりました。
歩道には降った雪が融けずに凍って滑りやすくなっている場所もあります。
そして何と名古屋では今日の深夜から明日の朝にかけてまた雪が降る予報になっています。
降れば明日の朝も銀世界になり、雪に喜んで父親と雪遊びをしていた近所の3歳くらいの子供も、明日の朝また喜ぶのではと思います。
また歩道は凍って滑りやすくなっているところにさらに雪が降り危険になる箇所もありそうなので慎重に歩こうと思います。
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「You can keep it.」綿矢りさ -再読-

2018-01-19 18:28:01 | 小説


今回ご紹介するのは「You can keep it.」(著:綿矢りさ)です。

-----内容&感想-----
※以前書いた「You can keep it.」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

この作品は文庫版の「インストール」に収録されている短編です。
そして第130回芥川賞受賞作の「蹴りたい背中」の後に初めて執筆した作品です。

主人公は城島という大学一年生の男子です。
冒頭、保志という大学のクラスメイトの男子が城島から腕時計をもらいます。
さらに三芳というクラスメイトの女子は香水をもらいます。
二人とも城島の腕時計と香水を褒めただけでもらえていました。

大学に入学して一ヶ月後に早々に開かれた高校の同窓会で、酒を飲んで酔った城島は当時クラスメイトにたくさん物をあげていたことを振り返ります。
城島は高校時代も今も、いじめられないために周りの人に物をあげています。
ただしそうは言えないため、同窓会では周りの人に次のように言っていました。
「あれさ、今言うけどさ。ただ親切心であげていたわけじゃないんだ。そこまで俺はお人よしじゃない」
「物を撒くと人の心には芽が出るんだーー喜びと警戒で頭を重くした双葉がね、それでその双葉の鉢を抱えて人は俺としゃべるわけだけど、両手のふさがった奴なんかに俺が負けるわけないのさ」
この強がった物言いには周りもドン引きし、「チッ胸くそ悪い奴」と誰かが言っていて、この言葉から高校当時も気味悪がられていたのだなと思いました。
私は城島の言葉を見て、この強がりを言ってしまうところが城島の弱さだと思いました。
「いやー、当時は周りに色々なものをあげてたよね。懐かしいねー」と言うくらいにして泰然としていれば良いのですが、その度量がないです。

また城島は自分からこの話をしていました。
これは「俺はこういう計算をして周りに物をあげていたんだ。何も考えずにあげていたわけではないんだ」というのを知ってもらいたい気持ちの現れだと思います。
さらに「凄いだろう」という勝ち誇った気持ちも感じられ、それが一番最後の「両手のふさがった奴なんかに俺が負けるわけないのさ」という言葉に現れています。
これは「俺は優位に立つために物をあげていた。そんなことも分からなかったとは馬鹿な奴等よ」と言っているのと同じようなもので、同窓会の空気を台無しにしてしまっていると思います。

酒を飲んだ時にこの言葉が出たのも印象的でした。
以前どこかで聞いた「酒を飲んだ時に現れるのがその人の真の姿」という言葉を思い出しました。
「気前よく色々な物を周りにあげていた」という仮りそめの姿がお酒を飲んだことで剥がれ落ち、「優位に立つために物をあげていた」という真の姿が現れました。
しかもこの真の姿もまだ半分は仮りそめで、「優位に立つためとは、いじめられないため」という部分が隠れています。
本当の真の姿が知られるのなら「なんだ、それでだったのか」となり救いがありますが、半分は仮りそめの真の姿が知られるのだと「本当に気味の悪い奴だな」となり救いがないです。
この点は、自業自得ではあるものの可哀想だと思いました。
より酔っ払った状態になると本当の真の姿が出るのかも知れないです。

城島は三芳に、クラスメイトの沢綾香という子との間を取り持ってくれと頼みます。
三芳は香水のお礼にと引き受けてくれます。
この何気ない会話で物をもらった相手がもらって当然という態度ではなくお礼を考えていることが分かり、そういう人なら物などあげなくても仲良くしていけると思います。
後半では保志もお礼に「今度焼肉でもおごるわ」と言う場面がありました。

城島が小学生の時の回想で、オーストラリアからの転校生に話しかけた場面がありました。
城島が転校生の持っていた鉛筆を褒めると、転校生は「You can keep it(それあげるよ).」と言います。
ここで小説のタイトル「You can keep it.」が登場しました。
転校生はまたすぐに転校していってしまい、城島は転校生から「物をあげること」と、「すぐ去ること」を学びます。
「すぐ去ること」とあり、城島は気前よく物をあげる割りに友達はあまりいないのが意識されました。

夏の近いある日城島は大学の食堂で保志に話しかけられ、着ていたレモン色の麻のボタンシャツを褒められます。
すると城島はその場でシャツを脱いであげてしまっていて、これは異常だと思いました。
ただ、「城島は久しぶりに大学の友達に話しかけられたせいで声が上ずって…」という描写があり、一応城島は保志のことを友達だと思っているのだなと思いました。
褒められたらすぐにその物をあげてしまわないと維持できないと思っている友達関係は、歪んでいると思います。

食堂を出て大学内を歩いていた城島は自身の好きな女子である沢綾香に遭遇します。
城島は好きな女性のタイプについて胸中で語るのですが、その最後の言葉が印象的でした。
でも彼女の何気ない笑顔一つで理想の輪郭は融かされて綾香自体が理想になる。
これは綾香自体が理想になるという表現の仕方が良いなと思いました。

綾香が話しかけてくれ二人は話をします。
話の中で城島が「日陰で休めば?」と言うと綾香が「いいの。私は太陽の下にいた方が元気が出るから」と言う場面があります。
「太陽の下にいた方が元気が出るから」は、前回感想記事を書いた2007年は特に気にならなかったのですが、11年経った今読むとこの言葉が凄くよく分かりました。
日の光を浴びたほうが気持ちが明るくなります。

城島は綾香に贈り物をしようと思い立ちます。
綾香には褒められたからあげるのではなく、こちらからあげようとしているのが印象的でした。
好きな人ができたことで、自身が張っていたバリアーの一部を壊そうとしていました。

城島はインドのポストカードが気に入ったので買います。
そして自身がインドに行ってきたことにして綾香にポストカードを渡します。
すると綾香はインドが大好きで今までに三回行ったことがあると言い、凄く盛り上がってインドの話をしてきます。
ところが城島はインドには言っていないので話がしどろもどろになってしまい、ついに嘘がばれてしまいます。
嘘がばれて綾香との仲が破滅かと思いましたが、この物語は終わり方が良かったです。
城島が物をあげないでも人と友達になっていけることが予感され、明るい気持ちで読み終えられました。


綿矢りささんはこの作品で初めて三人称を使っていて、これが次に執筆した「夢を与える」での三人称につながります。
文章も前二作の「インストール」「蹴りたい背中」でのリズミカルさが影を潜め、暗くはない淡々とした語りになっています。
まさに試行錯誤している時の作品で、「蹴りたい背中」の後から「夢を与える」を執筆した後にまで及ぶ数年の間、綿矢りささんはスランプに苦しむことになりました。
しかし2016年秋の「手のひらの京」での見事な三人称を見ると、やはり「蹴りたい背中」の後に文体と三人称の試行錯誤をしたのは間違いではなかったのだと思います。
いつか三人称の作品で大きな賞を取り、この作品がその序章として注目されるようになってくれたら嬉しいです


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新春

2018-01-14 14:31:00 | ウェブ日記


写真は名古屋駅の「高島屋」で見かけた時に撮ったお正月の初日の出オブジェです。
初日の出の太陽の光が辺りを黄金色に照らしているこの雰囲気は好きです

私は子どもの頃、なぜお正月になると「新春」という言葉が出てくるのか不思議でした。
1月1日からのテレビのお正月番組で何度も新春という言葉を聞いたのを覚えています。

お正月の頃は冬真っ盛りで春はまだまだ先です。
それなのになぜ「新春」という言葉を使うのか不思議でした。
以来、「そういうものなのだろう」という感じで「お正月といえば新春」と受け止め、次第になぜ新春なのかは気にしなくなっていました。
しかし今日、なぜ冬真っ盛りなのに新春なのか、名古屋駅の「高島屋」で見かけた時に撮ったお正月の初日の出オブジェの写真を見ていてふと納得しました。

新年を迎えるとその先には「新しい春」が待っています。
春には桜が咲き、他の花々も咲き、新緑も芽吹き、とても明るいイメージがあります。
その新しい春を迎えられる年になったということで、お正月に「新春」と言うのかなという気がしました。
違っているかも知れませんが、言葉は奥が深いので、ふとした時に気になる言葉の意味を考えてみるのは面白いと思います
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「みさと町立図書館分館」高森美由紀

2018-01-13 20:03:29 | 小説


今回ご紹介するのは「みさと町立図書館分館」(著:高森美由紀)です。

-----内容-----
みさと町立図書館分館に勤める遥は、33歳独身の実家暮らし。
遥が持参する父お手製の弁当に、岡部主査はいつも手を伸ばし、くすねていく。
人事異動でやってきた彼は、図書整理もできないネットサーファー(死語)で砂糖中毒だ。
本の賃借トラブル&クレーム対処をはじめ、家庭内の愚痴聞きや遺失物捜索など色々ある”図書館業務”は、ままならないことが多い。
でも小さな町の図書館分館では、訪れる人たちの生活が感じられる。
理解もできる。
だから、ここではちょっと優しくなれるのだ。
いなかの図書館を舞台に描かれる、小さな町のハートフル・ストーリー。

-----感想-----
語り手は山本遥という女性です。
遥はみさと町立図書館の分館で働いています。
作中に「北国」とありさらに「津軽弁」とあったので青森県が舞台のようです。
遥は契約職員で、役場職員の岡部さん、香山さんの三人で分館を回しています。
岡部は遥の弁当のおかずをよく勝手に取る人で遥が怒っている場面が何度もありました。

遥の家の三軒隣には「小山のばあさん」という強烈な津軽弁で何かと文句を言う人が住んでいます。
小山のばあさんもたまに図書館に来ることがあり、他のお客さんに露骨に嫌味を言って遥をヒヤリとさせていました。

二年前に遥の母が亡くなり、以来父の誠一と二人暮らしになりました。
母の死後、父は料理を始めるようになりました。
父は訛りがすごいです。
物語の冒頭、遥は31歳で父は62歳です。

ある日父が山菜を採ってきて、遥が小山のばあさんの家にお裾分けに行くことになります。
小山のばあさんは庭に築山とししおどしがあり周りを石垣で囲まれた立派な一軒家に一人で住んでいます。
小山のばあさんは息子夫婦と暮らすために家を建てたのですが、息子夫婦は同居を断り家から100mほど離れたアパートで暮らしています。
せっかく家を建てたのに一人で住むことになってしまい、小山のばあさんのきつすぎる性格が悪いのですがこれは可哀想な気がしました。

ある日遥が小山のばあさんの家を訪れるとばあさんが脳梗塞で倒れていました。
遥が救急車を呼び、半身に麻痺が残りましたが何とか助かります。
そして遥は父から、小山のばあさんが息子の奥さんをいびり倒していたことを教えてもらいます。
小山のばあさんは最初は結婚を祝福していたのですが、奥さんの年齢が高いのを知ると結婚に猛反対するようになります。
しかし二人は反対を押し切って結婚し、同居も許否され、小山のばあさんはひたすら奥さんを憎むことになります。

小山のばあさんは退院すると特養老人施設「ほほえみ園」に入ります。
そして息子夫婦がばあさんの豪邸に引っ越してきます。
ばあさんはずっと施設暮らしになると見込んでのことで、家の中の物も大量に棄ててしまっていました。
かつてはこの家に住むのを許否していたのに、小山のばあさんがいなくなったら許可も得ずにあっという間に引っ越してくるとは酷いなと思いました。
遥も父との話の中で「ばあさんがいなくなったとなったら、行動が速いね」と呆れを口にしていました。
その冬、小山のばあさんは亡くなります。
本人の性格が問題ではなるものの、息子夫婦に疎まれたまま死ぬのは寂しいと思います。

一年が経ちます。
その秋、みさと町立図書館分館の三人の会話で、遥が「香山さんは岡部さんのことが好きなのでは」と考えている場面がありました。
バレンタインに香山が岡部に「義理だけど」と言いながらチョコをあげたことがあり、そのチョコがこの辺りではまず見かけない欧州産の輸入品だったとのことです。
たしかに義理でそんな希少なものを手に入れてくるかなという気はしました。

遥の母が脳卒中で亡くなった時の回想が描かれていました。
一回目の脳卒中では左半身に後遺症が残りますが命は助かり、退院後はバリアフリーに改装した家で暮らせるようになります。
そして父が定年になったら三人で温泉旅行に行こうと計画を立てていました。
しかしその前に二度目の脳卒中になり亡くなってしまいます。
遥が「もっと早く旅行の計画を立てるべきだった」と胸中で悔やんでいたのが印象的でした。
何が起きるか分からないのが人生なので、あまり先にせず行ける時に行ったほうが良いのだろうなと思います。
母が生きていた頃の回想は会話を見ていると心が温まりました。

遥は33歳になります。
ある日家に帰ると知らないおばさんが来ていました。
おばさんは父の同窓生で溝端と名乗ります。
かなり失礼なおばさんで、初対面の遥に「あらま三十路の厄年なのね。ご結婚は……ああごめんなさいね。家にいるってことはしてないのよね」と言っていました。
溝端はなかなか帰らず、遥は「いつ帰るんだろう」とイライラしていました。
溝端はよく家に来るようになります。

図書館にはクレーマーなお客さんも来て、遥はその対応に疲れます。
本を返却していないのになぜか逆ギレして食って掛かってくるような人にも丁寧に応対しないといけないのは辛いと思います。
そんなある日、何と溝端が図書館にやってきます。
溝端は遥に「結婚して家庭を持って、誠一さんを安心させてあげるべきじゃないかしら」と偉そうなことを言っていました。
これは「私が誠一さんと暮らすからお前は出ていけ」と言っているように聞こえ、溝端が遥の父との再婚を狙っているのは明らかでした。
遥は「あんな人に家を乗っ取られてたまるか」と憤っていて、私もまさにこの気持ちを思いました。
退治して家を守ってほしいと思いました。

遥の家の向かいに住む本田さんという主婦が溝端のことを知っていて、詳しいことを教えてくれます。
本田さんも溝端は遥の家に入り込もうとしているのではと予想していました。
溝端はこれまでに三度結婚していて、三度目は旦那が病で亡くなりこの町に帰ってきたとのことです。
本田さんは「ああいうひとは、距離を一気に詰めるすけ、気をつけだほうがいいよ」と緊迫感のある言葉を言っていました。
やがて台所にまで溝端が侵食してきて、勝手に食器用スポンジを別のものに変えたり調理器具の位置を変えたりします。
そして一番大事なものを捨てられそうになる事件が起こり、ついに怒りの限界に達した遥は出ていってくれと言います。
鈍感な父と違い溝端のこの家に入り込もうとする計略に気づいていた遥は毎日気が気ではなかったと思います。

岡部は普段はお茶らけた人ですがたまに興味深いことを言うことがあります。
遥が性格的に喧嘩ができずに育ったことを話した時、岡部は「ぼくも、できなかった」と言っていました。
それ以上は語らず、後で遥は岡部がどう育ってきたのかを気にしていて、私も気になりました。

物凄く訛りのあるおじいさんが図書館にやってきます。
「まごぁてっとんするすけあいしつのほんこばぁあるがい」と言っていて、何を言っているのか全く分かりませんでした
遥にも分からなかったのですが何と岡部には通じて、おじいさんの応対をしてくれました。
この時図書館ではおじさん同士のバトルが起きていて、これも訛っていました。
「やがましいってへってらべな!」
「おめえのほうがうるせぇんだよ!」
「お宅は誰さ向がってやがましいってへってんだっきゃ!」
「おめえのほうがやがましいでねえが!」
最近は定年したてで体力のあるおじさんがバトルをすることがよくあるとのことで、そんな人には図書館に居てほしくないなと思います。

岡部が応対したおじいさんは香山の祖父でした。
また香山の下の名前は真里菜だと分かります。
香山の祖母が病で入院し、病床で独り身の香山のことを心配しているとありました。
祖父、祖母ともに以前からなかなか結婚しない香山のことを心配していて、先日改めて祖父に結婚のことを聞かれたとのことです。
香山はこれ以上二人を心配させるよりはと、「結婚を前提に付き合っている相手がいる」と方便を使います。
すると二人は盛り上がってしまい、すぐに親戚を読んで結婚式をやろうという話になります。
香山は両親には方便であることを打ち明けていて、岡部に花婿役をやってもらい、祖父と祖母に結婚式を見せようとします。

遥が人の生き方について語った次の言葉は興味深かったです。
ひとのためばかりに生きたひとを、気の毒に思うことがあるが、それはひとのために生きたことがないひとの勝手な思いこみで、実のところ、それほど気の毒がったり憐れんだりすることはないのかもしれない。
私はその人が自身の人生をどう思っているかが大事だと思います。
人のためばかりに生きたとしても、その人が良い人生だと思えたなら、それで良いのではと思います。

12月になります。
遥は珍しく香山に食事に誘われます。
香山は36、7歳とありました。
香山は夫婦の「自分が先に死ぬのが良いか、相手が先の方が良いか」について祖父が語っていたことを話し、遥は父の考えは香山の祖父と逆だなと思います。
おばあちゃんが残されたら、自分と同じ辛さを味わうことになろうから、それなら自分が後になったほうが良い、とおじいちゃんは考えた。
父は、母を見送るのは辛いから自分が先に逝きたかったというひとだ。
共通するのは、相手に対する深い想い。

これはたしかにどちらも相手を想っての考えで、どちらも良い考えだと思います。

新年になります。
三が日開けの4日に遥が出勤すると、何と岡部が事務室のソファーで毛布にくるまって寝ていました。
岡部は図書館で年末年始を過ごしていました。
岡部のスマートフォンに電話がかかってきて画面に「実家」と表示されるのですが、岡部は出ようとしません。
なぜ出ないのか、なぜ実家に帰らず図書館で過ごしたのか、気になりました。
岡部の実家は隣町にあり、帰ろうと思えばすぐに帰れます。

その日の夕方、岡部が高熱を出して動けなくなります。
香山と遥で岡部を一人暮らししているアパートに送っていこうとして、遥が父にそのことを電話すると、「それだば、うぢさ連れでこ(連れて来なさい)」と言い、遥の家に連れて帰ることになります。
岡部は高熱ですがご飯をよく食べ遥は呆れていました。
この頃、遥は岡部のことが好きになってきていて、それが分かる描写がありました。

遥の「自分の考えとは違う意見が、ときどき口から出ることがある。どうしてか分からない。」という言葉は印象的でした。
これは気持ちが拗ねてしまっていたり意地になっていたりする場合に出ると思います。
自分の考えとは違う意見を言うともやもやとした気持ちが後に残ります。
常に率直に言葉を言えれば良いのになと思います。

遥の説得によりついに岡部が実家に行くと言います。
ただし遥が言ったのだから遥も一緒についてこいと無茶なことを言い二人で実家に行くことになります。
実家に向かう時の会話で岡部は30歳と分かりました。
到着した実家では怜子という母親が応対するのですが、岡部と母親の会話はとても緊迫してよそよそしかったです。
やがて岡部の家庭事情が明らかになり、こんなに緊迫した空気になるようではたしかに年末年始も帰省したくないだろうなと思います。

実家からの帰り道、遥が語っていた「当たって砕けろ」という言葉についての考えは興味深かったです。
なんとかしようと思うことがさらにストレスを呼ぶ。
ぶつかってぶつかって、それで砕けるのは「がんばれ、当たって砕けろ」と発破をかけたひとじゃない。言われたそれを鵜呑みにしてぶつかった本人なのだ。

これはそのとおりです。
発破をかけた人は無事でも何とかしようとした本人は砕け散ってしまいます。
心身ともに取り返しがつかないくらい疲弊してしまうかも知れないです。
無闇に「当たって砕けろ」などと発破をかけるものではないなと思います。


青森県の田舎町が舞台なので、遥の父や香山の祖父などの方言が印象的で、読んでいると温かく楽しい気持ちになりました。
物語は全体的に穏やかで温かい雰囲気の中に緩急があり、笑ってしまうような場面もあれば緊迫して心配になる場面もありました。
そして読み心地が良くて日々過ぎていく日常の尊さを感じる面白い作品でした


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「みどりのゆび」著:モーリス・ドリュオン 訳:安東次男

2018-01-09 20:55:39 | 小説


今回ご紹介するのは「みどりのゆび」(著:モーリス・ドリュオン 訳:安東次男)です。

-----内容-----
裕福に暮らすチト少年は、お父さんが兵器を作る人だったことを知り、驚きました。
じぶんが不思議な〈みどりのゆび〉をもっていることに気づいた少年は、町じゅうに花を咲かせます。
チトって、だれだったのでしょう?

-----感想-----
フランスの児童文学を読んでみました。
小学校4~5年以上向けで、イラストがたくさんあり西洋の人や町の雰囲気を掴みやすいです。

チトという男の子が生まれたところから物語は始まります。
男の子は最初、キリスト教の教会でフランソワ=バチストという名前をつけてもらいます。
ところが名前をつけた人達が何という名前をつけたか忘れてしまい、新たに「チト」という名前で呼ばれることになります。

チトのお父さんとお母さんは物凄い美男美女でさらにお金持ちで、家には雇っている掃除係、料理係、庭師などがいます。
お金持ちの家でチトは何不自由なく幸せに暮らしています。
序盤を読んでいて、主人公がこんなに恵まれた環境で暮らす児童文学は珍しいなと思いました。

チトはミルポワルという町で生まれました。
世界中に名の知れた町で、鉄砲や大砲などを作っています。
そしてチトのお父さんは鉄砲や大砲などの商人で、ミルポワルで工場を運営しています。

当初お父さんとお母さんはチトを学校に行かせず家で教育をしていましたが、チトが8歳になった時、お母さんが学校に行かせることにします。
しかしチトは授業で掛け算を見るとなぜか眠くなって眠てしまい、何度やっても寝てしまう状態が続き、三日目には「この子は学校では面倒を見られない」と言われ家に帰されてしまいます。

「チトは他の子どもと同じではない」ということにお父さんもお母さんも戸惑います。
やがてお父さんが同じでないのなら新しいやり方で教育をしようと決断します。
チトはまず庭師のムスターシュおじいさんのところに行き庭作りのことを教えてもらうことになります。
冒頭の写真の人物で「ひげさん」とも呼ばれ、風になびく長いひげを生やしています。

チトはムスターシュおじいさんのもとで植木鉢に腐植土を入れ、そこに植物の種を蒔く作業をすることになります。
ムスターシュおじいさんは普段人間とほとんど話さない人で、作業しながら様子を見ていたチトはムスターシュおじいさんがなぜ人間とほとんど話さないのかに気づきます。
この日チトは、この年よりが人間たちにほとんど口をきかないわけが、わかりました。
ひげさんは花と話をしていたのです。

「花と話をしていた」というのはムスターシュおじいさんの花への愛情が分かる良い言葉だと思いました。
ムスターシュおじいさんは毎日丹念に花と向き合い、花が順調に育つように手助けしていました。

チトが土をつめた植木鉢全部に、たった5分で花が咲くという事件が起こります。
するとムスターシュおじいさんは「チトは緑の親指」を持っていると言います。
緑の親指を持っていると、親指が花の種に触れるだけであっという間に花を咲かせることができます。
特殊な力のため、緑の親指のことはムスターシュおじいさんとチトだけの秘密になります。

チトは次に「かみなりおじさん」と呼ばれる、何にでもすぐにかっかとなる人のところに行きます。
かみなりおじさんはお父さんからとても信頼され、工場で働く人達を監督する立場にあります。
かみなりおじさんは「町で一番大切なものは規律だ」と言います。
「規律がなければ、町も、国も、社会も、風と同じことで、長持ちしません」と言っていて、これはそのとおりだと思います。
もしみんな中が規律(法律)を無視して好き放題するようになれば、犯罪だらけの荒れた町や国になってしまいます。

かみなりおじさんとチトは規律を乱し犯罪を犯した人達が収容されている刑務所を見に行きます。
刑務所は雰囲気が暗く、収容されている人達(囚人)はチトにはとても不幸そうに見えました。
チトは囚人達が不幸でなくなるにはどうすれば良いのか考えます。
そして緑の指を使って刑務所中に花を咲かせます。
すると刑務所は明るく幸せな雰囲気になり、花がたくさん咲いて扉が閉まらなくなっても、囚人達は誰一人脱獄することなく明るく幸せな気持ちで過ごせるようになりました。
こうしてミルポワルの刑務所は世界中のお手本として引き合いに出されるようになりました。
ただしこれは理想での話で、現実には扉が開けば脱獄する囚人が現れると思います。

次にチトは貧乏な町を花でいっぱいにして明るい雰囲気にします。
町の人達は花に満ちた町を観光資源にすることにし、管理人、案内人、絵葉書売り、写真屋など、今まではなかった色々な仕事が考え出されました。
チトのおかげで貧乏だった町が活性化しました。

医者のモディベール先生を訪れた時には、凄く良いことに気がつきます。
「病気が良くなるためには、生きる望みを持つことが大切だって、分かったんです」
これはそのとおりだと思います。
病気から回復するには、本人の生きる望みが何より大事だと思います。
訪れた先で花を咲かせたりこういったことに気づいたりし、チトの活躍が次々と続いていきました。

ミルポワルで戦争の話をよく聞くようになります。
バジー国とバタン国が石油を巡って戦争を始めようとしています。
ミルポワルは両方の国に鉄砲や大砲を輸出していて、ミルポワルが作った鉄砲や大砲を使って両国が争うことにチトは驚きます。
どうしたらバジー国とバタン国の戦争が起こらないようにできるかチトは考え、緑の指を使って、バジー国とバタン国に輸出する武器に花を咲かせます。
バジー国もバタン国も届いた兵器箱を開けると鉄砲も大砲も花だらけになっていて使い物にならなくなっていることに驚きます。
おかげで両国は戦争を取り止めることになりました。

ただし輸出した兵器が使い物にならなかったことでミルポワルの評判が一気に悪くなってしまいます。
チトは対応を協議するお父さんとかみなりおじさんに、大砲の中に花を咲かせたのは僕だと打ち明けます。
ついにチトの特殊な力の秘密が大人達に知られることになりました。
何となく「魔法使いサリー」の最終回でサリーがみんなの見ている前で魔法を使ってしまう場面が思い浮かびました。
お父さんは「鉄砲や大砲を作って他国の子ども達を孤児(みなしご)にさせておきながら、自分達はチトを幸せな子どもに育てている」という今までやってきたことが間違っていたと悟ります。
お父さんとお母さんはチトの将来をどうするか考えます。
そして園芸が好きなチトがその力を生かせるように、鉄砲や大砲を作っていた工場を花作りの工場に変えることを決断します。
こうしてミルポワルは「花の町ミルポワル」と名前を変え、再び繁栄を取り戻しました。
さらにチトの身に予想外の事態が起こり、意外な形で、そして悲しくはない形で物語は幕を閉じました。


最後、「花で戦争を無くそう」という考え方について、子ども向けと大人向けにそれぞれ私の感想を記します。
日本では選挙権が18歳からなので、「17歳までの子ども向け」と「18歳からの大人向け」に分けることにします。

「17歳までの子ども向け」
もし花で戦争を無くすことができれば、とても良いことだと思います。
花を眺めていると穏やかな気持ちになります。
世界中に花が咲き、どこにも戦争が起きなくなれば嬉しいです。

「18歳からの大人向け」
大人の場合、子どもが安心して「花で戦争を無くすことができれば嬉しい」と言っていられる平和な社会を守るためにはどうするか、具体的な方策を立てることが必要です。
こちらがどんなに「兵器なんていらないから、代わりに花を咲かせましょう。争いはやめましょう」と言っても、相手が問答無用で次々と兵器を投入してきて攻撃されれば、あっという間にやられてしまいます。
このことから、「花で戦争を無くすことができれば嬉しい」という理想自体は心の中に持っていても良いと思いますが、実際には自分の国を守るために防衛力が必要です。
それは自衛隊と在日アメリカ軍となります。
私は「花で戦争を無くすことができれば嬉しい」という理想だけで突っ走って防衛力をも拒否し、その状態で戦争を仕掛けられて皆殺しにされてしまうのでは本末転倒だと思います。
しっかりとした防衛力を備え、子どもが安心して「花で戦争を無くすことができれば嬉しい」と言っていられる平和な社会を守ることが重要だと思います。


あっという間に花を咲かせることができる緑の指という発想が児童文学らしくて良いなと思いました。
また著者のモーリス・ドリュオンさんは第2次世界大戦を経験していて、その時の辛い経験が「花による反戦」という形で物語に現れていたような気もします。
最初は植木鉢に花を咲かせるところから最後は戦争にまで、上手く話が繋がっていて面白かったです。


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「蹴りたい背中」綿矢りさ -再読-

2018-01-07 18:57:51 | 小説


今回ご紹介するのは「蹴りたい背中」(著:綿矢りさ)です。

-----内容-----
”この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい”
長谷川初実は、陸上部の高校1年生。
ある日、オリチャンというモデルの熱狂的ファンであるにな川から、彼の部屋に招待されるが…
クラスの余り者同士の奇妙な関係を描き、文学史上の事件となった127万部のベストセラー。
史上最年少19歳での芥川賞受賞作。

-----感想-----
※以前書いた「蹴りたい背中」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

語り手は高校一年生の長谷川初実(ハツ)。
6月のある日、理科の実験が行われている理科室で、初実が寂しさを感じながら一人でプリントを千切って実験用机の上に積み上げているところから物語は始まります。
5人一組で行うことになった実験で、友達のいない初実は3人組のグループに人数合わせとして入れてもらっていました。
ただし実験は3人だけで進んでいき、孤立している初実はプリントを千切りながらひたすら時間が過ぎるのを待っています。
このグループにはもう一人、にな川智(さとし)という男子も人数合わせで入れてもらっています。
グループ分けの後、初実は心の中で「クラスで友達がまだ出来ていないのは私とにな川だけだということが明白になった」と語っていました。

さびしさは鳴る。
耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。
細長く、細長く。
紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。
気怠げに見せてくれたりもするしね。


冒頭のこの文章を読むと、綿矢りささんと金原ひとみさんの芥川賞受賞に沸いた2004年の1月下旬~2月下旬頃、ワタミを創業した渡邉美樹氏がテレビで冒頭の文章を取り上げ、「彼女は天才です!」と力説していたのを思い出します。
私的には最初の「さびしさは鳴る。」がハッとして引き込まれる魅力があり、そのまま読み手を澄んだ境地にさせどんどん読み進めさせてくれる良い語り出しだと思います。
ただ「蹴りたい背中」の後綿矢りささんは長いスランプに苦しむことになり、2010年刊行の「勝手にふるえてろ」でようやく本来の姿を取り戻したかなと思った時には、既に「蹴りたい背中」が127万部の大ベストセラーになった時のようなブームはなくなっていました。
もし「彼女は天才です!」の思いが今も変わらずあれば、ぜひ他の著作も読んであげてほしいです。
注目された時だけでなく注目がなくなった時や絶不調期にも支えるのがファンだと思います。

にな川が女性ファッション誌を読んでいて初実は驚きます。
理科の実験室で、しかも男性用ではなく女性用ファッション誌を読んでいるとは相当な変わり者だと思いました。
ふと初実が女性ファッション誌を覗くと知っているモデルが写っていて、「私、駅前の無印良品で、この人に会ったことがある」と言います。
ここから初実とにな川の友達とも恋人とも違うような妙な関係が始まっていきます。

初実が実験用机の向こう側で仲良く話す人達を見ながら思ったことは印象的でした。
同じ机を使っていても向こう岸とこっちでは、こんなにも違う。
でも人のいる笑い声ばかりの向こう岸も、またそれはそれで息苦しいのを、私は知っている。

初実は一人で過ごすのを苦痛に感じていますが、かといってグループに入れてもらったとしても息苦しいと思っています。
矛盾した二つの気持ちを持っています。

初実の中学校からの友達の小倉絹代は同じクラスですが、新しい友達グループを作ってそちらに行ってしまいました。
初実は実験の輪から外れていた初実のためにせっかくノートを見せてくれた絹代に「中学からの友達にも見捨てられた私」と嫌味を言っていました。
さらに「ハツもグループに入れてあげる」という言葉にも嫌味で返していました。
せっかくの絹代の親切に嫌味で返すのは酷いものですが、これは強がるために嫌味を言わずにはいられないのだろうなと思います。
そこが初実の子供な部分で、親切を素直に受けとれずに強がってしまいます。

初実はグループが嫌いで、高校生になってからは一人になることを選びました。
中学生の頃、話に詰まって目を泳がせて、つまらない話題にしがみついて、そしてなんとか盛り上げようと、けたたましく笑い声をあげている時なんかは、授業の中休みの十分間が永遠にも思えた。
これは私も同じことを思ったことがあるのでよく分かります。
沈黙が怖いと、無理してあれこれ話して盛り上がろうとすることになります。
笑っていても、心の底から楽しくはない状態です。
そして初実は高校生になってもグループを作り中学生の時のように無理して盛り上がったりしている絹代のことが分からないと思っています。

初実が女性ファッション誌を見てそのモデルに会ったことがあると言ったら、何とにな川の家に招待されることになります。
放課後、初実はにな川と一緒に歩きます。
影を踏みしめる度に教科書の入ったリュックサックが重くなる気がする。
にな川の影を踏みながら歩いた時のこの表現は良いと思いました。
踏みしめる時に物理的にずしんと体重がかかりリュックの重さを感じるのと、にな川の持つ暗さが初実に移って気分が重くなるという、二つが合わさった意味があると思います。

にな川の部屋に行くと、女性ファッション誌のモデルはオリチャン(佐々木オリビア)だと分かります。
そして初実はにな川に、オリチャンに出会った場所の地図を描いてと頼まれます。
にな川はオリチャンの尋常ではない熱狂的ファンで、「おれ、今、一緒にいることができてるんだな……生のオリチャンに会ったことのある人と」と感激していました。
にな川にとって初実は”オリチャンと会ったこと”だけに価値のある人で、初実はそのことに気分を害していました。

にな川はファッション雑誌、Tシャツ、靴、お菓子、アクセサリー、携帯のストラップ、本、漫画、サイン入りのハンカチ、香水など、オリチャンに関するものを大量に集めています。
また、初実が教えたオリチャンと会った場所に行き、オリチャンが座っていたカフェの椅子をカメラで熱心に撮影したりもしていました。
自身のことを「ファン」だと言っていますが、危ないファンに見えます。
ただ初実は、高校に入ってからずっとできなかった”人に気楽に声をかける”ということが、にな川相手だとできることに気づきます。

「バタくさい」という表現は、初めて読んだ時にどんな意味か分からなくて調べました。
西洋かぶれしているという意味で、綿矢りささんはたまに普段あまり聞かない言葉を使うことがあります。

やがて夏休みが近づきます。
弁当だけは初実と一緒に食べていた絹代がグループの子達と弁当を食べたいと言い、初実はより一層孤独になります。

存在を消すために努力しているくせに、存在が完全に消えてしまっているのを確認するのは怖い。
初実は孤独でいる自身に注目してほしくないと思っていますが、完全にいないものとして扱われるようになるのも怖いと思っています。
「一人で過ごすのは苦痛だが、かといってグループに入れてもらったとしても息苦しい」の時と同じように、ここでも矛盾した二つの気持ちがあります。
「こちらを選択するともう一方の脅威に晒され、かといってあちらを選択すると今度はこちらの脅威に晒される」といった感じで、どうにもならない状況だなと思います。
初実にとって集団の中でグループを作らないと上手く生活できない学校の環境は、抜き差しならない苦痛に満ちた環境なのだと思います。

夏休み直前、にな川が4日続けて学校を休み、クラスでは登校拒否の噂が立ちます。
初実はにな川の家にお見舞いに行くことにします。
するとにな川は風邪を引いて休んでいただけで、良かったら一緒にオリチャンのライヴを見に行かないかと誘ってきます。
また、にな川は「オリチャンと会ったことのある初実」だけに興味があり、初実自体のことは全く見ていないのかと思いきや、意外とよく見ていたことが明らかになります。
初実はそのことに驚いていて、初実が思っているほどにな川は回りに無頓着ではないようです。

迎えた夏休み、初実が絹代も誘って三人でオリチャンのライヴに行きます。
乗る電車が遅くなってしまったため、ライヴ会場に向けて走っていく時の描写の疾走感が良かったです。
初実の孤独の寂しさやグループの煩わしさへの悩む心が描かれている本作において、この場面は爽やかな青春という気がしました

夏休みが終わると、初実はまた学校で苦しい時間を過ごすことになると思います。
ただクラスの中でまともに話せる人が絹代とにな川の二人いて、しかも絹代のグループの人は初実に話しかけたりもしてくれています。
何とか自身の矛盾した気持ちに折り合いをつけ、学校の中で居場所を作っていってほしいです。


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「インストール」綿矢りさ -再読-

2018-01-06 14:36:57 | 小説


今回ご紹介するのは「インストール」(著:綿矢りさ)です。

-----内容-----
学校生活&受験勉強からドロップアウトすることを決めた高校生、朝子。
ゴミ捨て場で出会った小学生、かずよしに誘われておんぼろコンピューターでボロもうけを企てるが!?
押入れの秘密のコンピューター部屋から覗いた大人の世界を通して、二人の成長を描く第38回文藝賞受賞作。

-----感想-----
※以前書いた「インストール」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

語り手は17歳で高校三年生の野田朝子。
朝子は「毎日みんなと同じ教室で同じ授業を受ける」という日常に嫌気が差し、親には内緒で登校拒否になります。
そして衝動的に自身の部屋をまっさらにしてしまいたいと思い、机も本棚もピアノも、部屋にあるものを全部捨ててしまいます。
唯一迷ったのが小学六年生の時におじいちゃんに買ってもらったコンピューターで、当時のことを次のように語っていました。

大阪に住んでいるおじいちゃんと埼玉に住んでいる私は、このコンピューターを使ってEメールを交換しあう約束をした。
しかし当時小六の私は、コンピューターと電話回線を繋ぐのさえスムーズにできず四苦八苦、私と同じ機種のコンピューターを持つおじいちゃんもカタカナだらけの説明書にてこずって愚図愚図、そんな二人、ついにEメールを一度も交換できぬままにおじいちゃん天国へ逝ってしまった。


四苦八苦と愚図愚図を使ったこの描写はリズミカルで良いと思いました。
そしてこの作品は序盤から文章のリズミカルさがとても印象的です。
久しぶりに起動させたコンピューターが全く動かなくなってしまった時の次の描写も面白かったです。

おじいちゃんコンピューター昇天、してしまったらしい。合掌。私は機械に向かって手を合わせた。

これは間に「合掌。」を入れているのが凄く良く、一つ前の文章と「合掌。」の後の文章を合わせた全体がとてもリズミカルになっていて綿矢りささんのセンスの良さを感じます。
動かなくなったコンピューターを見て、朝子はついにコンピューターも捨てることにします。

朝子は小学六年生の時に両親が離婚し、現在は母親とマンションで暮らしています。
マンションのごみ捨て場には机やピアノのような大型の物以外の朝子の部屋にあった全ての物がそっくりそのまま捨てられています。
全ての物を捨ててしまった朝子はゴミ捨て場で途方に暮れます。

その砂を払う自分の手も、ゴムのきつい靴下に締めつけられているその足も、ゴム人形のような艶の無い朱色をしていて、掃除の時の活気はどこへやら、私もゴミ化している。

この文章は「掃除の時の活気はどこへやら」でそれまでの文章から変化をつけ、「私もゴミ化している。」で締めくくっています。
デビュー初期の綿矢りささんは長めの一文の中でリズミカルさを発揮することがよくあるなと思います。

ゴミ捨て場で朝子が寝っ転がっていると小学生くらいの男の子が「大丈夫ですか?」と声をかけてきます。
縁あって朝子の動かなくなったコンピューターはこの男の子が引き取っていきます。

朝子が学校に行かなくなってから5日が経った時、朝子の母親と、同じマンションに住む青木さんという女の人がマンションの廊下で話しているのに遭遇します。
青木さんはデパートの下着を販売しているコーナーで働いていて、仕事柄下着のサンプル品をよくもらうため、朝子にそれをプレゼントします。
朝子は母親に言われ、そのお礼として図書券を青木さん宅に届けます。
すると先日コンピューターを引き取った男の子が出てきて、男の子は青木さんの家の子だと分かります。

青木君が引き取ったコンピューターは再び動くようになっていました。
朝子が登校拒否になったことを話すと、青木君が「僕と組んで働くというのはどうですか?」と言ってきます。
青木君が紹介してきたのはなんと風俗チャットのアルバイトでした。
青木君には去年の春からメールを交換し続けている女性がいて、その人の職業が「みやび」という源氏名の風俗嬢です。
青木君はネット上で「かなこ」という名前で女性に化けてみやびとメールをしています。
みやびが店から頼まれている風俗チャットの仕事を、自身は忙しくてそちらまで手が回せないので、代わりにやってくれないかと頼んできました。
アルバイトの詳細を聞いた朝子は青木君と組んで働くことにします。
青木君の下の名前はかずよしで、まだ12歳の小学六年生です。
しかしとても大人びていて朝子よりもしっかりしているように見えます。
平日の朝から青木君が小学校から帰ってくるまでの時間を朝子が、それ以降の時間と土日を青木君が担当し、二人で組んで「みやび」に化けての風俗チャットのアルバイトが始まります。

最初はキーボードのローマ字と日本語の変換もおぼつかなかった朝子ですが、次第にのりのりでチャットをするようになります。
初めてお客さんがチャットに来た時の「私は悠然と背筋を伸ばし、気分は博打女郎(ばくちじょろう)で、かかってきなさい、楽しませてあげるわ。」の表現は面白かったです。
他にも「あだっぽいしぐさ」という表現も興味深かったです。
あだっぽいとは「なまめかしく色っぽい」という意味で、私は19歳の時に「インストール」を初めて読んだのですが、それまでの19年間あだっぽいなどという表現は一度も聞いたことがありませんでした。
博打女郎とともに、綿矢りささんは面白い表現をするなと思いました。

物語後半での、朝子のクラスメイトの松本さんについての描写も興味深かったです。
松本さんは1学年上で留年してしまい朝子達と同じクラスになります。
留年した気まずさから松本さんは常に強がって突っ張った態度を取ります。

髪をびっくりするようなオレンジ色に染めてきたり、昔の仲間をわざわざ呼んできて先生に刃向かったり、そのクセ単位取るためにセッセと毎日学校にくる、いじましい松本さん。

朝子は松本さんについてこのように語っていました。
「そのクセ単位取るためにセッセと毎日学校にくる、いじましい松本さん。」が印象的です。
昔の仲間をわざわざ呼んできて先生に刃向かったりして授業を妨害するのは、「そんなに学校が大嫌いなら、どうぞ出て行ってください」となりますが、本心では単位が欲しい松本さんは学校を辞めることはせずセッセと通います。
強気な態度と実際にやっていることが真逆で、これを「いじましい(意地きたなくせせこましいという意味)」と表現していて、綿矢りささんはこういった心理状態をよく見ているなと思います。
さらに次のようにも書いていました。

自分が間違っていたなんて絶対認めたくない。そのためには自分のスタイルに根拠のない自信を持ち続けなければ生きていけない。たとえその滑稽さに内心気づいていたとしても。

これはとても鋭いと思います。
高校生のみならず大人になってからも、自身の歩んだ人生が間違っていたと認めるのは虚しくて嫌なことだと思います。
「たとえその滑稽さに内心気づいていたとしても。」とあるように、心の底では本当は自身が間違っていたと気づいていても、それを認めると虚しすぎて自身の存在意義が見出だせなくなると感じていることから、松本さんは強がった態度で無理やり気持ちを安定させているのだと思います。

朝子が母親に内緒で登校拒否になって四週間が経った頃、青木君と組んで風俗チャットのアルバイトをする今の生活にも終わりが近づいてきます。
登校拒否の方も風俗チャットの方も、物語が大きく動きます。
朝子が「今日はこういう日」と諦めていたのが印象的で、たしかに良くないことが次々起こる日はあるなと思います。
それでも、登校拒否になる前から何も変われていない自身を受け止めて、もう一度日常に戻ろうという気になっていたのは良かったです。
「毎日みんなと同じ教室で同じ授業を受ける」という日常は代わり映えのしない日々であっても、同時にかけがえのない日々でもあると思います。


今回久しぶりに「インストール」を読んでみて、やはり綿矢りささんは文章表現力が抜群に良いと思いました。
デビュー初期から文体は変わっていっても、独特の文章表現力は今も失われていないのは嬉しいです。
新たな作品を読むのも楽しみにしています


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皇居 新年一般参賀

2018-01-02 23:35:02 | ウェブ日記


今日は父、母と皇居の新年一般参賀に行きました。
今年の新年一般参賀は10:10、11:00、11:50、13:30、14:20の5回行われました。

JR山手線東京駅で下車して歩き、午前9時過ぎには皇居前の広場に着いたのですが、そこからが大変でした。
到着してすぐの時点から広い道いっぱいに大行列ができていてなかなか進みませんでした。
ゆっくりと進んでいくと手荷物検査とボディチェックがありそこでもかなり時間がかかりました。
新年一般参賀には物凄い数の人が来て、皇室へのテロを企む人が入り込む可能性があるので、この手荷物検査とボディチェックはあったほうが良いと思います。

手荷物検査とボディチェックが終わってからは、物凄い数の人々がいくつかのレーンに振り分けられ、レーンごとに順番に進んでいきました。
しかしここも前が大行列になっているのですぐには進みませんでした。

やがてついに、皇室の方々がお出ましになる広場に到着しました。
11:00の回で天皇陛下のご挨拶が始まったところでした。
この時私達がいたのはお出ましになられるガラス張りの場所からかなり離れた位置で、ほとんど何も見えませんでした。
なので次の11:50の回を見ようということになり、人が多すぎて押しくら饅頭状態の中、できるだけ良い位置を目指しました。
斜めから見る位置で、まだやや遠かったですがそれ以上前に行くのは無理だったのでそこから見ることにしました。
11:50になり、皇族の方々がお出ましになりました。



初めて皇室の方々を間近で見ました。
写真左手から雅子妃殿下、皇太子殿下、天皇陛下、皇后陛下、秋篠宮殿下、紀子妃殿下、眞子内親王殿下です。

今年の新年一般参賀の人数は約12万6720人に上り、平成になって最多の人数とのことです。
昨年が約9万6700人で平成になって2番目に多い人数でしたが、今年はさらに3万人も増えています。
やはり天皇陛下のご譲位が2019年4月30日に正式に決定し、さらに眞子内親王殿下がご結婚により新年一般参賀にお出ましになるのは今年が最後なので、今まで以上に注目度が高いのだと思います。

天皇陛下は次のようにお話されていました。
「新年おめでとう。
皆さんとともに新年を祝うことを誠に喜ばしく思います。
本年が少しでも多くの人にとり、穏やかで心豊かな年となるよう願っております。
年のはじめにあたり、わが国と世界の人々の幸せを祈ります」


今回初めて新年一般参賀に行ってみて、行って良かったと思いました。
見事な青空のもと、皇室の方々がお出ましになり、天皇陛下のお言葉があり、一斉にたくさんの国旗がはためき、なんて明るい陽の気に満ちた場所なのだと思いました
日本国民の象徴たる天皇陛下、皇室、日本、そして日本国民が、千代に八千代に、永代続くことを祈ります
コメント (2)
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