今回ご紹介するのは「そして、バトンは渡された」(著:瀬尾まいこ)です。
-----内容-----
血の繋がらない親の間をリレーされ、四回も名字が変わった森宮優子、十七歳。
だが、彼女はいつも愛されていた。
身近な人が愛おしくなる、著者会心の感動作。
2019年第16回本屋大賞受賞作。
-----感想-----
主人公の森宮優子の高校二年生最後の進路面談で物語が始まります。
これまでの人生で何度も家族が変わった優子は昔から「何でも話すように」と先生達に言われてきましたが、家庭のことで特に悩んではいないです。
平凡に生活していることに引け目を感じなくてはいけないなんて、それこそ不幸だ。とあったのは印象的でした。
「優子は不幸な境遇なのだから本人も不幸だと思っているに違いない」と思われていることに違和感があるようです。
優子は近場で栄養士の資格が取れる園田短期大学への進学を考えています。
優子は今の父を「森宮さん」と呼んでいて、二人で暮らしています。
私には父親が三人、母親が二人いる。家族の形態は、十七年間で七回も変わった。とありこれには驚きました。
森宮壮介は37歳で、優子の母親の一人のことを「梨花」と呼んでいる場面があり知り合いなのかも知れないと思いました。
高校三年生の始業式を迎えます。
物語は第1章と第2章があり、第1章では高校三年生の一年間を描く中で次第に今までの親のことが分かっていきます。
優子には田所萌絵と佐伯史奈という友達がいます。
優子は今まで家庭環境が変わるたびにそれぞれの家で違うタイプの朝食を食べてきたとあったのが興味深かったです。
整った和食の朝ご飯の時もあればパンだけで済ませていた時もあり、やはり家によって朝食をどうするかは大きく違います。
これまでに保護者が替わったのはいつも春で、春が来るたび私は落ち着かなくなるという言葉がありました。
冒頭で悩み事はないと言っていた優子ですがやはり家族が変わる影響はあるのだと思います。
優子は母親が一度、父親が二度替わっていて、物語が進むにつれてどう替わっていったかが明らかになります。
血のつながった母親とは生まれてから最初の3年間過ごしましたがどんな人か記憶はないです。
小学校に入学する時の話になります。
優子は二年生の時に母親がトラックに轢かれて亡くなったことを知ります。
森宮との話に戻ります。
優子の二番目の母親である梨花が「すごく賢い同級生がいる。優子ちゃんの父親にピッタリだ」と森宮を連れてきたことが明らかになります。
森宮の言動はどこかずれていて面白いです。
また小学校高学年の頃から優子は告白されることが多く、お洒落な梨花の影響とありました。
梨花が最初に現れたのは優子が小学二年生の夏休みの時で、実の母親以外の四人の親にはつながりがあることも明らかになっていきます。
優子の前に現れた梨花は優子の父を「しゅうちゃん」と呼び、しゅうちゃんは優子の実の父親で水戸秀平と言います。
梨花は27歳で秀平より8歳年下です。
小学三年生になると梨花が母親になります。
梨花から「楽しいときは思いっきり、しんどいときもそれなりに笑っておかなきゃ」と笑うことの大事さを教わった時の優子の心境は印象的でした。
きっと、こんなふうに楽しいことだけの毎日なんて続かない。笑っていないとだめなことが、いつかやってくる。どこかでそんな予感がしていた。
この後に波乱があることが予感されました。
優子が歴代で一番長く一緒に居たのは梨花です。
高校三年生の今は梨花がいなくなって二年になり、現在の高校三年生の話と過去の親達の話が交互に進んでいきます。
5月最終週の球技大会の実行委員を決めるホームルームで、優子は浜坂という優子のことが好きな男子に誘われて一緒に実行委員になります。
6月の球技大会の後、優子はグランドで一人でトンボを引く浜坂を見て、他の子達がトンボ引きをさぼろうとしている中でグランドに戻ります。
心の優しさがあるなと思いました。
梅雨に入り、萌絵が浜坂を好きになったから優子に浜坂との仲を取り持ってほしいと言います。
浜坂を呼び出して話をしようとした優子ですが、優子のことを好きだと言う浜坂に他の女子と付き合うのを勧めるのは忍びないという考えから萌絵のことは言わずに終わります。
すると萌絵が激怒します。
ただし萌絵は自身では告白できず優子に言わせようとしていたので、優子に怒りをぶつけるのはおかしいと思いました。
恐ろしいことに優子は翌日からクラスの大多数の女子に無視されます。
しかし優子は一番優先すべきものは友達ではないと考えていて意外と冷静です。
これは友達を優先するあまり自身を見失いかねないという点では正しい気もしますが、優子のように迷いなくそう考えられるのは凄いと思います。
小学五年生になる直前の春休みの話で、五年生からは英語の授業があるとありました。
私の小学生時代に英語の授業はなくて、昔と今の教育で変わったところだと思います。
秀平が優子に、梨花と別れてブラジルに行くからどちらと暮らすか選んでと言い、悩みながら優子は日本で梨花と暮らすことを選びます。
のちの優子は今の暮らしに不満はないとしながらも次のように胸中で語っていました。
友達は、またできる。だけど、私と血のつながった、赤ん坊だった私を抱いてくれた父親を手に入れることは、二度とできない。
「一番優先すべきものは友達ではない」という今の優子の考えにつながっていると思います。
高校三年生の二学期の始業式の日、萌絵は既に怒りが収まっていますが同じクラスの矢橋と墨田という意地の悪い女子が優子に嫌がらせをしてきて萌絵は気まずそうにします。
担任の向井先生が心配して大丈夫か聞いてきますが、優子は困ってはおらず「集団で生活していればこういうこともあると、どこか客観的に考えてもいる。」と胸中で語っていてそれも凄いなと思いました。
何度も家族が変わるのを経験した優子ならではの落ち着きだと思います。
矢橋と墨田が優子が血のつながっていない若い父親と二人で暮らしていることを揶揄しますが、優子は何度も家族が変わった自身の生い立ちを平然と話し、二人は面食らいます。
そして優子の強さに教室が驚きます。
小学五年生の時の梨花との暮らしの回想になり、梨花が優子のお洒落にお金をたくさん使うことで金欠気味になっていました。
秋の終わり、優子が「もう夕焼けだ。まだ五時を過ぎたばかりなのに」と言う場面があり、季節による日の長さの移り変わりに注目していて優子は小学五年生にしてかなり良い感性を持っていると思いました。
高校三年生の話に戻り、優子の強さを見た人達が話しかけてきたり、萌絵も話しかけてきたりして少しずつクラスの雰囲気が変わります。
優子が一番優先すべきものについての考えを語った場面は印象的でした。
優先順位の一位は友達じゃない。何が一番かわからないのなら、正しいことを優先すればいい。だけど、何が正しいかを決められるほど、私は立派ではない。
これを見て優子は既に大人の域と思うようなかなりしっかりした考えを持っていると思いました。
10月になり、11月20日に行われる合唱祭に向けて優子がクラスのピアノの伴奏に選ばれ、優子がいる二組は「ひとつの朝」という曲を歌うことになります。
合唱祭に向けた各組合同の伴奏練習で五組の早瀬という男子が「大地讃頌」を弾いた時、凄い上手さで優子は驚きます。
通っていた音楽教室で途中で先生より上手くなり、現在は電車で一時間かけて別の音楽教室に通っているとありました。
小学六年生になり、優子はピアノを習いたいと梨花に言います。
そして小学校の卒業式の日、梨花が卒業祝いにピアノをプレゼントすると言いますが、家とピアノと新しい父親を手に入れたとも言い優子を驚かせます。
梨花は泉ヶ原茂雄という大きな家に住みピアノを持つ男と籍を入れていて、この行動には驚くとともに梨花らしいと思いました。
この時泉ヶ原は49歳、梨花は32歳でした。
会ったこともない人が父親になることに納得がいかない優子は次のように思います。
だけど、私はまだ子どもなのだ。お父さんと日本で暮らすことがかなわなかったように、ただ受け入れるしかない。親が決めたことに従うしかない。子どもというのはそういうものなのだ。それを思い知った気がした。
自身が子どもであることをよく分かっている優子は内面がしっかりしていて偉いと思います。
9月になると梨花が退屈すぎて死にそうと言います。
吉見さんというお手伝いさんがいて何もしなくて良い生活は楽ですが梨花には息苦しくて苦痛でした。
やがて梨花がいなくなります。
不安になる優子にとって、ピアノを弾くことが心を平穏でいさせてくれる唯一のものでした。
高校三年生の話に戻り、早瀬が優子のピアノを好きと言い、優子はどきどきした気持ちになります。
早瀬に恋心を抱いているのが分かりました。
ある日の夕飯で優子がふとグランドピアノが欲しいなと言ったのがきっかけで、優子と森宮がぎくしゃくします。
俺の稼ぎが良かったら三つでも四つでも買ってあげられるのにと言う森宮に気を遣い、優子は今持っている電子ピアノで十分だと言いますが、森宮はどうしてそんなに遠慮するんだと言い不機嫌になります。
普段は気にしないようにしていても、そんな時優子は森宮と血のつながった親子でないことを意識してしまうようです。
早瀬が優子のピアノが乱れていると言い、二人で話します。
優子が父親ともめていることを言うと早瀬は親ともめるなんて日常茶飯事だろうと驚きながら言います。
担任の向井先生にも様子がおかしいのを見抜かれて呼び出され、父親ともめていることを言うと「森宮さん、いつもどこか一歩引いているところがあるけど、何かを真剣に考えたり、誰かと真剣に付き合ったりしたら、ごたごたするのはつきものよ」と言われます。
生きていく上で、何かと真剣に向き合う時は何もかも上手くいくなどということはないという考えはそのとおりだと思います。
森宮がピアノと防音設備のしっかりしているマンションを買うと言い優子を驚かせます。
引っ越しをしなければいけなくなるため優子がピアノの代わりにコートを買ってと言いますが、森宮は「ピアノは健全な感じがするけど、コートをねだられるのは何か違う気がする」と言い断ります。
優子はふくれ森宮は勝ち誇り、やっと気まずさがなくなります。
また森宮は「父親なら娘が合唱祭で歌う曲くらい歌えて当然」というずれた考えのもと、「ひとつの朝」の練習をしていました。
何と優子も森宮が高校三年生の合唱祭で歌った歌を問い合わせて練習していました。
中島みゆきの「糸」という曲で、演奏会で聴いたことがあるので印象的でした。
優子は脇田という同級生と付き合い始めます。
合唱祭の日、優子は早瀬に音楽大学二年生の彼女がいることを知りショックを受け、その二日後に脇田に告白され寂しい気持ちを紛らわすかのように付き合い始めます。
梨花は森宮とも結婚していました。
また泉ヶ原の家を出て行って一年以上経っても優子の様子を見に訪れていて、泉ヶ原もお手伝いの吉見さんも特に文句も言わずみんな変わっているなと思いました。
また梨花はそれだけ優子のことが気になっているのだと思いました。
中学三年生の三学期になってすぐ、梨花が中学の同級生の森宮と結婚すると言います。
梨花が森宮と結婚するから優子を引き取りたいと言うと泉ヶ原が分かったと言い優子は驚きます。
泉ヶ原と優子は三年一緒に暮らし、泉ヶ原は梨花よりも良い親だと言い切る自信がないと言っていました。
この作品の冒頭で優子は悩んでいないように見えましたが、物語が進んでいくと親が変わる時に悩んでいるのがよく分かります。
高校三年生の三学期になります。
脇田と行ったショッピングモールで早瀬がピアノを弾いているのを見かけます。
優子は脇田よりも早瀬と話す時のほうが嬉しそうで、本当の気持ちは早瀬のことが好きなのがよく分かります。
梨花が連れてきた森宮と三人での一緒の暮らしが始まる場面で、優子が次のように胸中で語る場面がありました。
みんないい人なのはわかっている。けれど、恨みや怒りが沸いてしまいそうになることもあった。別れた人がたくさんいるのだ。懐かしさや恋しさは簡単に募った。
やはり恨みや怒りが沸くことがあるのだと思います。
それでもその思いと向き合い、今日のように立派に育った優子は偉いです。
優子は園田短期大学に合格し、やがて卒業式を迎えます。
回想で、三人で暮らし始めてから梨花が出て行ったとありました。
今までの梨花なら出て行っても優子には会いに来ていたのが今回はそれもなく、しばらくすると森宮に離婚届が送られてきます。
結婚相手が連れてきた子供を押し付けられることになる森宮を気の毒に思う優子ですが、森宮は離婚届を出せば結婚相手の子どもではなく正真正銘の優子の父親になれるとウキウキしていました。
そして優子は森宮を誰よりも大事な父親と思うようになります。
第2章で優子は22歳になり早瀬賢人と結婚することになり、二人で森宮に挨拶に行きます。
脇田と付き合ってはいましたが結婚相手が早瀬なのが嬉しかったです。
しかし二人が挨拶すると森宮が猛反対します。
森宮は早瀬を「風来坊」と呼び、早瀬がピザの修行をしたいとイタリアに行ったり、通っていた音楽大学を中退してハンバーグの修行をしたいとアメリカに行ったりと飛び回っているのが気に入らないです。
優子は園田短期大学を卒業後、山本食堂という高齢者用の宅配弁当も行う小さな家庭料理の店に就職しました。
就職して8ヶ月経った冬のある日の夜、早瀬がやって来ます。
早瀬はつい最近イタリアから帰国したばかりで、再会した二人は付き合うことになります。
翌年の秋、早瀬が今度はハンバーグを学びにあと5ヶ月で卒業の音楽大学を中退してアメリカに行きます。
森宮はこういった、音楽、ピザ、ハンバーグとフラフラしていて一貫性がないところが気に入らないのだと思います。
三ヶ月後、アメリカから帰国した早瀬はファミリーレストランを作ると言い、優子に結婚してくれと言います。
その後、フランス料理屋で働き始めた早瀬がアルバイトから正社員になります。そして挨拶に行ったら森宮の猛反対に遭いました。
優子は森宮を後回しにして歴代の他の親から説得することにします。
森宮が優子に、森宮は紅白で言えば北島三郎や石川さゆりのようなトリだとおだてられてその気になっているのが面白かったです。
泉ヶ原は結婚を喜んでくれます。
泉ヶ原の家で早瀬はアンドレ・ギャニオンの「めぐり逢い」という曲を弾いていて、どんな曲なのか気になりました。
そして泉ヶ原は梨花の場所を知っていました。
梨花と再会するとなぜ森宮と離婚してから一度も姿を現さなかったのかが明らかになります。
思えば梨花は優子の歴代の父親全員と一緒に暮らしたことがあり、見方によって次々と再婚して優子を振り回したとも見え、血のつながりのない優子を大事にしてくれたとも見えます。
梨花はある事情によって森宮を自身の後継者にしていました。
そして梨花は最初に一緒に暮らした相手、水戸秀平の居場所を知っていました。
梨花と会った後、優子は早瀬が「羊は安らかに草を食み」という曲を弾いているのを聴き、これもどんな曲か気になりました。
早瀬の圧倒的才能のピアノを聴いた優子は、ハンバーグやピザを焼いている場合ではないと言い、やはりピアノを弾くべきだと言います。
6月、優子達は結婚式場を見て回ります。
しかしまだ森宮の説得が残っています。
当初優子は他の親に賛成してもらえば森宮の反対を押し切れると考えましたが、やはり森宮が心から「いいよ」と言ってくれなければ意味はないと考えるようになります。
早瀬も同じことを考えていて、森宮に「僕は自分の父のことは親父と呼んでいます。だから僕が、お父さんと呼ぶのは、その筋合いがあるのは、お父さんだけです」と言っていたのが印象的でした。
優子の高校生の時点で父親が三人、母親が二人いて家族の形態が何回も変わった人生はかなり特異なものだと思います。
人生が嫌になり性格が歪まなかったのが幸いで、何度も変わりはしたものの親には恵まれたと思います。
歴代の親達がみんな優子を本当の娘のように可愛がり接したことで、優子は時に親が変わることへの怒りを抱くことはあっても誠実でさらには芯のある子へと育ちました。
特異な人生を歩んだ優子がこの先の人生は穏やかに歩めることを願います。
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