今回ご紹介するのは「吹部!」(著:赤澤竜也)です。
-----内容-----
都立高の弱小吹奏楽部に顧問としてやってきた三田村、通称ミタセン。
恫喝、強制勧誘、あげくは登校拒否……
まるで教師らしくない言動で部をかきまわすが、なぜだか腕を上げはじめる生徒たち。
もしかしてわたしたち、全国行けるんじゃね!?
音楽に挫折した西大寺、呑気な沙耶、アニオタ、あがり症、お調子者……
個性的なメンバーが事件とトラブルを繰り返しながら一つになってゆく。
笑って泣ける、爽やかな青春小説!
-----感想-----
鏑木(かぶらぎ)沙耶は八王子郊外の新興住宅地に住んでいます。
これは八王子みなみ野ではと思いました。
沙耶の父親はどこかに行ってしまったまま帰ってこなくなっていて、母親と二人で暮らしています。
沙耶をはじめとする高校生たちが語り手で、それぞれ口語調で語ります。
東京都立浅川高校の吹奏楽部が舞台で、この高校は八王子市の片倉にある東京都立片倉高校がモデルかなと思いました。
新入生が入学してくる4月から物語が始まります。
沙耶は八王子が嫌いで、心の中で田舎町などと罵っていました。
私が八王子市に住んでいた頃は八王子駅周辺の市街地も八王子みなみ野も好きだったので沙耶が嫌っているのは意外に思いました。
最初から住んでいると同じ東京の都心部と比較してそんな思いになるのかも知れないです。
三年生が引退してから浅川高校の吹奏楽部はすっかり廃れてしまっています。
ある日沙耶が第二音楽室に行くと、二年生で唯一の男子部員で中途半端な不良の八幡(はちまん)太一がワル仲間たちとトランペットやクラリネットをピンに見立ててボウリングをしていました。
沙耶が八幡たちが遊んだ片付けをしていると、40歳くらいの男が現れます。
男は全日本吹奏楽コンクールに出ないかと言ってきます。
男の名は三田村昭典と言い教師をしていて、4月から吹奏楽部の顧問に就任することになります。
三田村先生の話し方は子どもっぽくてあまり教師とは思えない雰囲気です。
三田村先生はかなり強引で、全日本吹奏楽コンクールを狙うには明らかに人数が足りない吹奏楽部を立て直すため、受験に備えて引退した三年生達を連れ戻します。
沙耶にも二年生を集めるのを無理矢理やらせていました。
そうして部員の数が揃うと、みんなの前で「沙耶が吹奏楽部を建て直したいと詰め寄ってきたから無理矢理部員を集めることになった」と言い沙耶のせいにしてしまいます。
また沙耶は三田村先生によって無理矢理部長に就任させられてしまいます。
さらに一年生は詐欺まがいの手口で次々と強制勧誘していました。
三年生は三田村先生のことを「ミタセン」と呼んでいて、自然と沙耶達もミタセンと呼ぶようになります。
二年生の女子には沙耶のほか、オタクすぎて言っていることがよく分からない大磯渚、成績はダントツで学年1位ですが極度のあがり症で本番に弱い清水真帆、おしゃべりで明るい関西弁のムードメーカーの副島奏(そえじまかなで)がいて、四人はよく一緒にいます。
協力したり励まし合ったりしながら全日本吹奏楽コンクールを目指していくことになります。
吹部に入部した一年生には恵那凛(えなりん)という美人な子がいます。
八幡太一は部活へのやる気は全くなかったのですが恵那凛に一目惚れして急にやる気になります。
ミタセンはベンツに乗って学校に来ています。
さらに部員数が増えて楽器が足りないことについて「足りない分はボクが買うから大丈夫」と言っていました。
かなり裕福な家に産まれお金を持っていることが予想されました。
沙耶の幼馴染みに西大寺宏敦(さいだいじひろあつ)という男がいます。
小学校から高校までずっと沙耶と一緒で、西大寺は高校では野球部でピッチャーをしていたのですが肘を痛めて退部します。
さらに子どもの頃からピアノとバイオリンの英才教育を受けていた音楽のエリートで、他の楽器も演奏できることから、そこに目をつけたミタセンは西大寺を連行して無理矢理入部させます。
西大寺は中学校に入ってからそれまでは勝てていたバイオリンのコンクールで勝てなくなりました。
そして父親と激しく対立し、高校は既に推薦での入学が決まっていた音大附属を蹴って浅川高校に入学しました。
音楽に対して挫折感があり、試しにトランペットを演奏してもらったミタセンは西大寺の挫折感を見抜きます。
強引で他人の気持ちを考えずに言いたい放題なことを言うミタセンについて西大寺は胸中で次のように思っていました。
あのセンコーのことを評価しているわけではない。短気で無神経なうえ、わがまま。他人の気持ちなどまったくおもんぱかることのできない「おこちゃま大人」であることは百も承知だ。
でも……。
悔しいけど少しだけ気になる。
ミタセンは無神経で好き放題なことを言っているように見えても音楽については物凄く鋭く見ているので、そこが西大寺の興味を引いたようです。
西大寺は他の吹奏楽部員を「音楽用語の理解に乏しいクズども」と評して見下していて、かなり歪んだ形でプライドが高くなっていると思いました。
自身が音楽に挫折してしまったため、そのわだかまりが歪んだ形で現れているように見えます。
ミタセンの指導は熱を帯び、学校の完全下校時刻を無視して夜9時くらいまで練習を続けます。
しかし学校にバレてしまいミタセンが校長に呼び出されます。
ところが浅川高校は廃校のターゲットになる可能性があるため、ミタセンはそこを突きます。
校長に「廃校のターゲットになるのを阻止するために、吹奏楽部を全日本吹奏楽コンクールに連れていく」と自信満々に言い、夜遅くまで練習する許可を得てしまいます。
強引な人なのは既に描かれていましたが校長まで言いくるめるとは凄いなと思います。
東京から全日本吹奏楽コンクールに行けるのは二校だけで、簡単には出場できないです。
ある日、トランペット担当の清水真帆がミタセンに突然トランペットの中での担当する音域を変更されてしまいます。
そして上手く演奏できずに集中砲火を浴びます。
集中砲火が続いた結果、真帆は学校に来なくなってしまいました。
沙耶が「先生のせいで真帆は登校拒否になってしまった」と言うと、ミタセンは異常な反応をします。
そしてガンコでわがままで人の言うことに全然聞く耳を持たないはずのミタセンが真帆にもう一度学校に来てもらうために気を使っていて驚きました。
「登校拒否」に何かがあるのだと思いました。
6月半ば、野球部が夏の甲子園の西東京予選で四回戦まで勝ち進んだため、吹部に応援演奏の要請が来ます。
全日本吹奏楽コンクール以外には興味のないミタセンは野球部の応援を沙耶に丸投げし、沙耶は心の底から嫌になっていました。
そして応援演奏に行った日の最後、沙耶が心の中で語っていた言葉が印象的でした。
気のはやいニイニイゼミの声が耳に届く。
わたしたちが気づかぬうちに夏はもうそこまで来ていた。
これは全日本吹奏楽コンクールに向けて8月に行われる東京での予選が近づいているのを表していて、自然と胸が高鳴りました。
ある日沙耶は思わぬ形で父親がどこにいるかの糸口をつかみます。
ただ沙耶が父親のことを話すと母親は激怒し、沙耶は困惑します。
母親が憤りを感じている、フラフラとどこかに行ってしまったまま帰ってこない父親に沙耶が母親の気持ちを考えずに会いたがることに怒っていました。
7月になり東京で行われる予選まで1ヶ月になります。
全国に行くまでの道が書かれていて、まず8月に東京都高等学校吹奏楽コンクールがあります。
そこで残ると東京都吹奏楽コンクール(通称=都大会)に出場することができます。
そして東京都吹奏楽コンクールでも残るとついに全日本吹奏楽コンクールに出場することができます。
しかしミタセンの練習は独りよがりすぎるため、部員の不満が高まります。
やがて部内は「コンクール至上主義派」と「部活はのんびりやろう派」に分裂してしまいます。
ミタセンはこの分裂に対し顧問らしいところを全く見せられずに茫然自失常態になって取り乱していました。
この吹部の分裂がきっかけでミタセンの来歴が明らかになります。
なぜ登校拒否に異常に反応したのかも分かりました。
ミタセンが「音でコミュニケーションをする人」だということも分かりました。
相手の表情や仕草から気持ちを推し量ろうとはせず、表面的には鈍感で他人のことなどどうでも良い人に見えます。
ただし人の奏でる音から相手の心の動きを読み取ることができ、ミタセンが音から得る想像力や感受性は誰よりも繊細で豊かで深みがあるとありました。
これは相手も音楽が好きでお互いに演奏し合う時は上手くコミュニケーションが取れると思いますが、日常で話す時はとても勝手で他人のことなどどうでも良い人になってしまうため、周りからは疎まれると思います。
分裂を機にミタセンはふさぎ込んでしまい吹部の練習にも来なくなるのですが、ふさぎ込んだミタセンに戻ってきてもらうための展開がとても面白かったです
三年生に長渕詩織という前部長がいます。
冷静で大人しいですが頼りになる人でミタセンに無理やり部長を押し付けられた沙耶を励ましながら助けてくれ、分裂が起きた時も三年生を取りまとめるために奮戦してくれていました。
周りを見下す西大寺も「彼女だけはまともな音を出すので一応敬意を払っているつもり」とありました。
分裂を乗り越えミタセンのことを信頼するようになった部員たちに大きな変化が訪れます。
西大寺は心の中で次のように語っていました。
オレたちの音は日に日に精度を増してきた。吹部が覚醒したのである。
ただしオーボエの演奏を担当する西大寺自身はイメージしている音に届かないことに焦っています。
やがて思わぬ形で、中学校時代に激しく対立して以来わだかまりを抱えているオーボエ奏者でもある父親と向き合うことになります。
また、西大寺は沙耶のことを女の子として意識するようになります。
沙耶に「出しゃばり」などと悪態をついていた頃からの心境の変化が印象的でした。
そして東京都高等学校吹奏楽コンクールのある8月14日を迎え、吹奏楽部は府中の森芸術劇場に行きます。
そこでの演奏は今までで一番なのではというくらい素晴らしいものでした。
力の全てを出し切ったのがよく分かる演奏で、こんな素晴らしい演奏ができて本当に良かったと思いました
高校の弱小吹奏楽部が「吹奏楽の甲子園」と呼ばれる全日本吹奏楽コンクールを目指す青春の物語、とても面白かったです。
最初のほうは全日本を目指すことに半信半疑だった部員たちが、最後のほうでは自ら出したい音を模索するほど練習に熱心になり、吹奏楽への向き合い方が大きく変わっていました。
そして大会で素晴らしい演奏ができた時の喜びには練習で大変だった日々を吹き飛ばすほどのものがあり、やはり爽やかな小説は良いなと思いました
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