読書日和

お気に入りの小説やマンガをご紹介。
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日々のできごとやフォトギャラリーなどもお届けします。

「明日の子供たち」有川浩

2014-10-31 23:59:59 | 小説


今回ご紹介するのは「明日の子供たち」(著:有川浩)です。

-----内容-----
三田村慎平・やる気は人一倍の新任職員。
和泉和恵・愛想はないが涙もろい3年目。
猪俣吉行・理論派の熱血ベテラン。
谷村奏子・聞き分けのよい“問題のない子供”16歳。
平田久志・大人より大人びている17歳。
想いがつらなり響く時、昨日と違う明日が待っている!児童養護施設を舞台に繰り広げられるドラマティック長篇。

-----感想-----
物語の舞台は「あしたの家」という児童養護施設。
様々な事情で親と一緒に住めない、小学生から高校生までの全部で90人の子供たちが暮らしています。

この施設に新たに赴任したのが26歳の三田村慎平。
冒頭、小学校低学年の男子たちの小さなスニーカーが乱雑に靴箱に詰め込まれて散らかっているのを直していたら、和泉和恵という人に「勝手なことをしないで」と注意されていました。
カチンときて「これくらい片付けてあげてもいいじゃないですか」と言い返す慎平。
和恵は「あしたの家」で働き始めて三年目の人で、慎平より1つか2つ年上です。
和恵によると「やっと靴箱の中に靴を入れるようになった。今度は靴箱の中を整頓しなさいと毎日注意しないといけない。誰かがやってくれたら、絶対自分でやるようにならない」とのことです。
「ちょっとくらい甘やかしてやっても…」となおも食い下がる慎平に、和恵は「90人を毎日ちょっとくらい甘やかしてやれるの」と指摘していました。
そこでさすがに慎平も自分の間違いを認めざるを得ませんでした。
思いやりの気持ちでやったことが実際には施設で暮らす子供たちの教育には良くなかったということです。

物語は以下の五章で構成されています。
それぞれの章には過去の回想編もあります。

1 明日の子供たち
  八年前のこと。(カナ)

2 迷い道の季節
  九年前のこと。(杏里)

3 昨日を悔やむ
  十年前のこと。(猪俣)

4 帰れる場所
  去年のこと。(久志)

5 明日の大人たち


新任の慎平に子供たちははしゃいでまとわりついてきますが、実はただはしゃいでいるわけではないことを和泉が教えてくれます。
「ああやって試しているのよ」
「過剰にくっついていって、反応を見てるの。相手が拒否するかどうか。好意的な反応が返ってこなかったら、サッと離れていくわ」


「きゃあきゃあ無邪気に騒ぎながら、実は敵か味方か観察されていた。―それを思うと背筋がすっと冷たくなった」と慎平は率直な感想を持ちました。
親に虐待など酷い目に遭わされた子供もいるので、いろんな形で大人を試すようです。

『施設の子供たちは高校生になったらアルバイトをすることを推奨される。大抵の子供は保護者との関係が良好ではなく、進学するにしろ就職するにしろ資金を自分で貯めておかなくては将来の選択肢が狭まるからだ。施設は高校を卒業したら退所することになっており、家に戻ることができない子供たちはいきなり社会で独り立ちしなくてはならなくなる。―そして、施設の大半の子供たちは保護者を頼ることが難しい家庭環境にある。』
これは切実だなと思いました。
お金の問題が付いて回るので、早いうちから働いて貯めておかなくてはなりません。

谷村奏子という高校二年生の子がいます。
施設ではカナと呼ばれていて、生活態度も成績も良好で職員との関係もいい「問題のない子供」です。
序盤で慎平に「慎平ちゃん」というニックネームをつけてくれました。
最初はフレンドリーに話していたのできっとすぐに仲良くなるんだろうなと思いましたが、そうはなりませんでした。
「慎平ちゃんはどうして施設で働きたいと思ったの?」と聞いてきた奏子に慎平はテレビの児童養護施設のドキュメンタリー番組を見て感動したと答えます。

「親に捨てられた子があんなに懐くなんてすごくない?実の親に裏切られてるのに、赤の他人とあんな関係が作れるなんて」
「だから、俺もあんなふうにかわいそうな子供の支えになれたらなぁって」

この時奏子は笑っていましたが、実は怒っていました。
何となく文章にも、ただ笑っているにしては少し違和感がありました。
そしてその後の奏子とのギクシャクした関係につながっていきます。

平田久志という奏子と同い年の高校二年生の男子がいて、二人はよく屋上に通じる階段の踊り場で話しています。
奏子が「問題のない子供」の女子代表なら男子代表は久志とのことです。
この二人の会話の中で、慎平とは朗らかで明るく話していた奏子の激しい怒りが現れていて驚きました
慎平が悪気なく言った「かわいそうな子供」という言葉が癇に障っていました。


進学と就職についての施設の考えも書かれていました。
暗黙の了解で就職を推奨する施設は多い。児童は高校を卒業したら施設を出なくてはならないが、施設としては就職してくれたほうが安心できるのだ。施設の目的は預かった児童を社会人として独り立ちさせることであり、その目安として就職というのは最大の勲章といえる。

古いタイプの職員には進学を「贅沢」と捉えている者も少なくない。副施設長の梨田にもその傾向があり、『あしたの家』でも進学者は毎年は出ていない。進学者が出たとしても一人か二人で、大半は就職だ。


梨田副施設長の方針で、『あしたの家』では就職を推奨しています。
また、施設長の福原は『あしたの家』の方針については梨田に委ねているとのことです。

「八年前のこと。(カナ)」という奏子の物語に印象的な言葉がありました。
みんな自分の人生は一回だけなのに、本を読んだら、本の中にいる人の人生もたくさん見せてもらえるでしょ。
施設長の福原の言葉で、私も読書が好きなのでこれはすごく同感でした。


和泉が『あしたの家』に就職したのは25歳の頃で、指導教員は猪俣という人でした。
猪俣は痩せぎすで顔の輪郭も尖っていて一見すると陰気でとっつきにくそうに見えますが、その陰気な顔のままで冗談を言ったりもします。
ちなみに子供たちからも意外と懐かれていて、平田久志からは「イノっち」と親しげに呼ばれています。

「そもさん。説破(せっぱ)」という言葉が出てきて、どんな意味なのか分からなかったので調べてみました。
「そもさん」が「問題出すよ」、「説破」が「受けて立とう」という意味のようです。

猪俣は常に冷静で、「施設は家庭ではない。職員は家族ではない。私たちは子供たちの育ちを支えるプロでなくてはならない」という考えを持っています。
これに対し、「施設の子供たちにも愛情は必要。施設は家であるべきだ。職員は家族として子供たちに愛情をかけるべきだ」という着任初日の三田村慎平と似たようなことを言う新人は大勢いるとのことです。

90人の子供たちに家族のような愛情を与えることなど、一人の人間には不可能なのだ。求めのままに与え続けたらいつか枯渇する。

猪俣のこの教えは、和泉にとって羅針盤になっていました。
しかし今、その羅針盤が揺らいでいました。

ハンデのある中で進学を選ぶ資格があるのは、意識の高い子供だけです。

信頼し尊敬する猪俣の言葉とはいえ、この言葉だけは納得できずにいました。

坂上杏里という奏子と同室の子は学校で施設のことを隠しています。
奏子や久志は学校の友達にも言っていますが、隠す子のほうが多いとのことです。
そんな杏里に奏子が、友達に打ち明けたほうが良いのではと言っていました。

「打ち明けるいい機会じゃない?施設だからって態度が変わるならそこまでの相手なんだしさ。もしそんな相手なら、その場凌ぎの嘘ついてまで友達続ける意味ないじゃん」

これはかなり難しいと思います。
自分が引け目に感じていることを打ち明けるのは勇気が要ることです。

「九年前のこと。(杏里)」は杏里の幼少期の物語なのですが、そこで猪俣が印象に残ることを言っていました。
「子供が問題行動を起こすときは、何らかの理屈があるはずです。それを探り出せてないことが問題なんです。子供の資質のせいにするべきじゃありません」
待つのが苦手で「後で」と待たされると途端に大声を上げて「イヤ!「今!」と喚く杏里に副施設長の梨田は忌々しそうにしていましたが、猪俣は根気強く言い聞かせようとしていました。

そんな猪俣先生がなぜか子供の進学に関しては頑なで、否定的な場合が多いです。
特に久志と奏子は二人とも成績も優秀で生活態度も良いのに、なぜか久志の進学には賛成で奏子の進学には反対の立場を取っていました。
そこにはどんな理由があるのか気になりました。
第三章の「昨日を悔やむ」では猪俣が子供の進学に積極的だった頃に何があったかが明らかになります。
ちなみにその話に出てきた「寛政大学」は三浦しをんさんの「風が強く吹いている」で主人公たちが通っていた大学と同じ名前なのが印象的でした。

ハンデを背負う子供にはリカバリーの手段が少ない。
ハンデを背負う子供の未来は確率で判断するべきだ。

これが猪俣がその頃の経験から得た教訓のようです。


第四章「帰れる場所」では『サロン・ド・日だまり』というのが出てきました。
これは県の児童福祉連盟が運営する、児童養護施設の当事者活動を応援する交流施設で、児童養護施設の卒業生や今現在入所している人、もしくは当事者活動を応援してくれる人ならいつでも気軽に立ち寄れる場所とのことでした。
そこの常駐職員が真山欣司という人で、正月休みに久志と奏子がファーストフードの店で休んでいた時に声をかけてきました。

「必要なものしか存在しない人生って味気ないでしょう」
これが『サロン・ド・日だまり』を設立した目的とのことです。
「何かのためとかそういうのじゃなくて、目的のない施設でありたい」と真山は語っていました。
気楽に立ち寄れて、何もしたくなかったらぼーっとしてても良いとのことで、なるほどなと思いました。

この『サロン・ド・日だまり』に梨田は
「『何もしたくなかったら、ぼーっとしててください』だ?ぼーっとするために特別な場所がいるのか!そんなものを児童福祉連盟がわざわざ運営するなんて予算の無駄だ!子供たちにこんなものは必要ない!」と強く否定的ですが、猪俣はこれに真っ向から対抗していました。

「自分たちの手が届かなくなってしまう子供たちを、どれほど心安らかに送り出せると思いますか。施設にいる間は私たちが話を聞いてやれる。でも、巣立ったらそんな相手はいないんです。ちょっとした悩みや相談を打ち明けられる相手がいるだけで、子供たちが社会の波間に沈む確率は大幅に減るんです」

普段は梨田と上手く折り合いをつけることが多い猪俣がこの時ばかりは猛烈に反論していて驚きました。


「去年のこと。(久志)」にも本についての福原施設長の言葉が出てきました。
みんな自分の人生は一回だけなのに、本を読んだら、本の中にいる人の人生もたくさん見せてもらえるでしょ。
自分とは普段全く関係のない世界が描かれていたりもするし、本当に本を読むと色々な人の人生を見せてもらえます。

第五章の「明日の大人たち」では、『ママがいなくなった』という児童養護施設を舞台にしたドラマのことが話されていました。
子供たちが職員に理不尽に虐げられ、支配されるというショッキングな展開で、児童養護施設への偏見が助長されると抗議や苦情が相次いだとのことです。
このドラマは日本テレビで放送された「明日、ママがいない」をモデルにしているのだろうと思いました。

第五章「明日の大人たち」では、県の事業仕分けの対象になって取り潰されそうな『サロン・ド・日だまり』の存続のために奮戦していくことになります。
「こどもフェスティバル」という市の児童福祉課が開催するシンポジウムで『サロン・ド・日だまり』の必要性を訴えるスピーチを行うために、慎平、和泉、猪俣、久志、奏子で案を練っていました。

「こどもフェスティバル」の場では奏子がスピーチを行いました。
「施設の出身者であることは、誰にでも打ち明けられることではありません。偏見を持たないでいてくれる人かどうかを見極めないと話せない、ということはたくさんあります。でも、『日だまり』は無条件にわたしたちの味方なんです。何も心配しないで、何でも打ち明けられるんです」

気を張ることなく、リラックスして何でも打ち明けられる場所があるのは重要なことだと私は思います。


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「DIVE!! 下」森絵都

2014-10-26 23:59:59 | 小説
今回ご紹介するのは「DIVE!! 下」(著:森絵都)です。

-----内容-----
密室で決定されたオリンピック代表選考に納得のいかない要一は、せっかくの内定を蹴って、正々堂々と知季と飛沫に戦いを挑む。
親友が一番のライバル。
複雑な思いを胸に抱き、ついに迎える最終選考。
鮮やかな個性がぶつかりあう中、思いもかけない事件が発生する。
デッドヒートが繰り広げられる決戦の行方は?!
友情、信頼、そして勇気。
大切なものがすべてつまった青春文学の金字塔、ここに完結!
解説・佐藤多佳子。

-----感想-----
※「DIVE!! 上」のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。

上巻の解説、「バッテリー」のあさのあつこさんに続き、下巻の解説は「一瞬の風になれ」の佐藤多佳子さん。
この「DIVE!!」と並ぶ三大青春スポーツ小説の残る二人が解説を務めているのは粋な演出だと思います

下巻ではまず「三部 SSスペシャル'99」の話が展開されていきます。
この第三部は主に要一の視点によって語られています。

冒頭、要一がシドニーオリンピック代表に選出されたところから物語が始まります。
選ばれたのは寺本健一郎と富士谷要一の二名。
三人目については選出されずこの二名だけとなり、知季と飛沫(しぶき)は選ばれませんでした。
本来は来年の4月か5月の選考会で決まるはずだった代表がなぜこんなに早く内定したのか、そこには複雑な裏事情がありました。

だれもがいつかは負ける。敗者の気持ちは敗者になればわかる。それまではあくまで勝者の思考で突き進まなければならない。
疾走しつづける自分の迷いなき背中のみが敗者への餞だ。


要一のこの姿勢は凄いなと思いました。
特に自分の背中のみが敗者への餞というのは負けた人の思いも受け止めながら堂々と前に進んでいくということで、知季と飛沫のことを考えつつも、要一はしっかりと前を向いていました。
しかし、この代表内定には日水連(日本水泳連盟)の思惑による複雑な裏事情があり、それが段々と要一を苦しめていくことになります。

9月1日、要一と父の敬介(富士谷コーチ)はミズキダイビングクラブ(MDC)を直営している大手スポーツメーカーのミズキの本社に行くことになりました。
敬介が五輪内定の件を報告したところ、ミズキの社長がぜひ要一に会いたいとのことでした。
この社長がかなり現金な人で、要一は不信感をあらわにしていました。

そもそも要一は「いや」や「いやいや」を連発する人間を信用していない。飛込みの関係者やマスコミの人間にもときどきいるけれど、この手のタイプにかぎって成績の悪い選手には態度がぞんざいで、スポットライトを浴びている者にだけ愛想よくすりよっていく。彼らには必ず目的がある。

これはすごくよく分かりました。
もともとミズキダイビングクラブ(MDC)を閉鎖させようとしていた人が要一がオリンピック代表に内定した途端すり寄って来るのを目の当たりにしたら不信感も沸くと思います。
ちなみに私は「俺は言った」だとか「本音を話せ」だとかをすぐに言い出すような人のことを信用していません。
みんな何かしら不信感を抱くキーワードがあるかと思います。

一体、日水連はどんな方針の転換をしたのか?
なぜこんなにも早く代表を決めたのか?


自分のオリンピック出場が現実のものになったのに、自分とは無関係の場所で何かが動きだしていることに、要一の疑問は募っていきました。
そしてミズキスポーツクラブにて、要一の父であり富士谷コーチでもある敬介によって、オリンピック内定の経緯が説明されます。
通常、オリンピックイヤーの春に開かれる代表選考会がなぜ今回に限って行われず、こんなにも早く会議で決まったのかについてです。

飛込みはシンクロナイズドスイミングと同様、試合のはじまる前からある程度、結果が決まっている。事前にどれだけ選手の名前を売っておけるか、その実力をジャッジにアピールできるかが勝負の鍵をにぎる。ぽっと出の新人が突然オリンピックへ現れても、ジャッジは決して高得点を与えない。たとえその新人がどんなにぬきんでた演技を見せても、だ。
つまり、オリンピックで良い成績をあげるには、それ以前に名の通った国際大会で活躍しておく必要があるのである。


飛込みのような採点競技の勝負は本番の前から始まっていて、それは飛込み競技の常識であり宿命でもあるとのことです。
日水連の前原(まえばら)会長はメダルの獲得に並々ならぬ意欲を燃やしている人で、日水連が今回、例年よりも早期に代表を選出したのは上記のような理由のためです。
来年は1月にニュージーランドでFINA(国際水泳連盟)のワールドカップが、5月にはフロリダでFINAのワールドシリーズが開かれます。
日水連はこの二試合に五輪代表を送り込むことにしていて、そのためには年内に代表を選出しておく必要があったというわけです。
しかも日水連は寺本健一郎のほうに期待していて、要一は寺本が一人でプレッシャーを感じずに済むための人員、万が一寺本が本番でコケたときの安全パイとして考えられています。

「おれは安全パイですか。寺本さんをリラックスさせるための付き人みたいなもんですか」

さすがの要一も愕然としていました。
要一がオリンピック代表になったことでミズキの社長がMDCの運営を今後も続けることを約束してくれましたが、要一はこの代表選出のやり方には納得していませんでした。

そして要一が練習を休むというまさかの事態が起きます。
しかも一日ではなく何日も続いてしまいます。
そんな要一を飛沫が励まします。

「でも、これだけは言っとくぜ。おれはあんたや坂井ともう一度飛ぶためにもどってきたんだ。あんたらとまた戦えるなら、舞台はシドニーでも辰巳でもこの学校のプールでも構わない。でも、あんたがいなきゃ何もはじまらないんだ」

実はこれ、上巻で要一が飛沫に言ったのと似た台詞です。
その時要一は以下のように言っていました。

「でもひとつだけ言っときたい。おれはまたおまえと一緒に飛びたいぜ。この前の試合、あんなに楽しかったのは初めてだし、あんなにくやしかったのも初めてだった。またやりたいよ」

立場が変わり、今度は要一が励まされることになりました。

10月になり、要一はかつてない絶不調に見舞われます。
完全にスランプに陥っていました。
常に自信満々で堂々としている要一がこんな局面を迎えるのは意外でした。
窮地に立たされた要一は自分の現状を夏陽子に相談します。
夏陽子は要一のスランプは誰の目から見ても精神的なもので、MDC存続のために悶々とした気持ちのまま自分を殺すより、やりたいようにやったほうが良いのではとアドバイスしていました。
印象的だったのは以下の言葉です。

「なぜなら、あなたには才能があるからよ。坂井くんや沖津くんにも劣らないすばらしい才能が……。私はそれをこんなところでつぶしてほしくない。見届けたいのよ、あなたがどこまで伸びていくのか。その先に何があるのかその目で見てきてほしいの」

やがて、まだ誰も公式戦で成功させたことのない大技「四回半(前飛込み前宙返り四回半抱え型)」の特訓をする知季と話していた時、ついに要一の闘争心が復活します。

ライバルの持つ何かを「良い」と認めた直後に突きあげてくる闘争心。
負けたくない。
負けられない。
一番はあくまでもこのおれだ。


要一は日水連の前原会長と会います。
そこでオリンピックの内定を白紙に戻すように直訴しました。
きちんとオリンピック代表選考会を行い、みんなで戦って、勝った者が代表権を手に入れシドニーに行くようにしてほしいと頼んでいました。

前原会長の話で日本の飛込み人口は600人しかいないとあって驚きました。
そんなに少ない人数で世界と戦うのは本当に大変だと思います。

11月28日、神奈川県北部の相模原台地上にある「さがみはらグリーンプール」で、日中親善試合の男子高飛込みの決勝が行われました。
この試合で600点以上を獲得した日本人選手上位二名にオリンピック出場権が与えられます。
寺本健一郎は600点越えが確実なのですが、もう一人は誰も600点を越えない可能性が高く、その場合は残りの一枠を掛けてシドニー五輪代表選考会を行うと前原会長は約束してくれました。
もともとこの試合は寺本健一郎と富士谷要一のオリンピック代表内定を発表するための大会だったのですが、どうしても内定の経緯に納得のいかなかった要一はこの試合を欠場することにしました。

この試合、知季が猛烈な奮戦を見せ、要一も驚いていました。
もしかしたら600点を越えてオリンピック代表の座を掴んでしまうかも知れない…と焦ったくらいです。
最後に四回半を飛ぼうとして失敗し、惜しくも600点には届きませんでしたが、知季は「来月の選考会では四回半、きっと成功させてみせる」「だれよりもたくさん回転して、今度こそ600点以上とって……それで、シドニーへ行くよ」と決意を新たにしていました。
それを聞いて要一と飛沫が待ったをかけます。

「シドニーへは行かせない」
と、要一は言った。
「おれが阻止する」
「おれたちが、だ」
と、横から飛沫が訂正した。
見つめあう三人の顔に愉快げな笑いがはじけた。


要一は選考会に向けて、「前逆宙返り二回半蝦型」、名付けて『SSスペシャル'99』を習得することを決意。
SSスペシャルとは「偉大なる蝦型――スーパー・シュリンプ・スペシャル」とのことです。
夏陽子に頼み、特訓に付き合ってもらうことになりました。
そしてついに、600点以上という厳しい条件つきで優勝を争う最終決戦へと向かっていきます。


「四部 コンクリート・ドラゴン」では色々な人物の視点から最後の選考会の戦いが描かれています。
選考会は大阪の「なみはやドーム」で行われます。
その前日、夏陽子が選考会が終わったらアメリカに帰ってしまうかも知れないというショッキングな情報が入ってきます。

選考会では要一が体調不良というまさかの事態になります。
知季と飛沫は絶好調で高得点を次々と出していました。
下巻の後半は最終決戦の選考会がずっと続き、12人のダイブが一巡するごとにその時点での順位が書かれています。
高熱でフラフラの要一が普段では考えられないような下位に沈んでしまっていてハラハラドキドキでした。

また、上巻では知季に嫉妬し、一度は決別したこともあるレイジが、この選考会で自分の気持ちに答えを出していました。
知季のゴールと、自分のゴールはちがう。だから行く道もちがう。進むペースもちがう。
ちがっていいのだ、と。

ようやく知季と自分の違いを受け入れることができて、レイジは精神的に成長したのではないかと思います。

この選考会、飛沫は一番最後に飛ぶ「スワンダイブ」で勝負をかけます。
要一は「SSスペシャル'99」、知季は「四回半」を最後のダイブに持ってきていました。

試合が進んでいく中で、一人ずつ心境が吐露されています。
幸也やレイジ、要一の父の敬介など、主人公の三人以外の心境の吐露もあって登場人物それぞれがどんなことを考え、どんなことに悩んできたのかがよく分かりました。

せっかくのオリンピック内定を返上した要一が抱えているプレッシャーの描写もありました。
もしも明日、MDCの中から600点以上で優勝する者が現れなかったら―。
MDCは事実上の空中分解を余儀なくされ、クラブの皆は行き場をなくす。


全部で10回ダイブするうちの、第八巡目が終わった頃。
高熱でフラフラの要一がまだ勝負を諦めていないことがビリビリ伝わってきて、読んでいてワクワクしました。
果たして奇跡の大逆転はあるのか、興味深かったです。

最後、「ファイナルステージ・要一」「ファイナルステージ・飛沫」「ファイナルステージ・知季」と、三人それぞれの最後のダイブの様子が描かれています。
正真正銘、これが最後。
シドニーオリンピック代表の座を手にするのは「SSスペシャル'99」の要一か、「スワンダイブ」の飛沫か、「四回半」の知季か、最後までドキドキする展開でした。

知季が飛ぶ時、みんなの声が脳裏によみがえっていました。
いつかの夏陽子の声だった。
「頂点をめざしなさい。あなたはそれができる子よ。うんと高いところまで上りつめていくのよ。そこにはあなたにしか見ることのできない風景があるわ」
飛沫の声もした。
「麻木夏陽子は言ったよ。だってあの子はダイヤモンドの瞳をもっているのよ、ってな」
要一の声もした。
「不可能だなんて思うなよ。はじめるまえからあきらめるのはやめろ。可能性はだれにでもある。おれにも、おまえにも、な」
未羽の声もした。
「未羽たちには越えられないもの、トモくんだったらきっと越えられるよ。未羽たちもそんなトモくんを見て、何かを越えた気分になるんだと思う」


読んで良かったと思う、素晴らしい青春小説でした。
知季、飛沫、要一の三人それぞれの輝かしい未来に期待が持てるような終わり方で、清々しい気分で読み終わることができました


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ぶりの金山寺味噌焼き膳

2014-10-25 23:56:51 | グルメ


写真はファミリーレストラン「デニーズ」の「ぶりの金山寺味噌焼き膳」です。
魚をメインにしたサッパリ目の和食を食べたかったのでこのメニューにしました。
右上の小鉢は四種類から選べて、私は「茄子とかぼちゃのみぞれおろし」にしました。

金山時味噌という味噌にぶりを2日間漬け込んでから焼いています。
この組み合わせはかなり美味しかったです

お好みで大根おろしを添えて食べることもできます。
私は大根おろしも添えてみましたが、そのままでも十分美味しかったです。

また、右上の小鉢もなかなか良いと思います。
煮たカボチャと揚げた茄子で、茄子の上にはネギがまぶしてあります。
また茄子の下には大根おろしとお湯で茹でたキャベツがあります。
キャベツは薄口のてんつゆのようなもので浸されていて、揚げた茄子もこのてんつゆとよく合います。

魚を食べたくなった時にこんなメニューがあると嬉しいです。
塩焼きが一番好きですが時には味噌焼きも良いなと思います。
またいずれ食べてみたいと思います

「DIVE!! 上」森絵都

2014-10-24 23:59:59 | 小説
今回ご紹介するのは「DIVE!! 上」(著:森絵都)です。

-----内容-----
高さ10メートルの飛込み台から時速60キロでダイブして、わずか1.4秒の空中演技の正確さと美しさを競う飛込み競技。
その一瞬に魅了された少年たちの通う弱小ダイビングクラブ存続の条件は、なんとオリンピック出場だった!
女コーチのやり方に戸惑い反発しながらも、今、平凡な少年のすべてをかけた、青春の熱い戦いが始まる―。
第52回小学館児童出版文化賞受賞作品。
解説・あさのあつこ。

-----感想-----
この作品は佐藤多佳子さんの「一瞬の風になれ」を読んだ時に興味を持ちました。
ネットで「一瞬の風になれ」を検索した時、
「あさのあつこの『バッテリー』、森絵都の『DIVE!』と並ぶ三大青春スポーツ小説」
という言葉を見かけました。
「一瞬の風になれ」がものすごく面白かったことから、それと並び称される残りの二作についても興味を持ったのでした。
そして今回ついに「DIVE!!」を読んでみることにしました。

まず冒頭のシーンが印象的でした。
海の岬、高さ20メートルはある断崖の絶壁から一人の少年が飛び込んでいます。
そしてそれを見ていた謎の女が「見つけた……まちがいない。この子だわ」と言っています。
この謎のプロローグから物語は始まっていきました。

知季とレイジと陵の三人は、物語のスタート時点では中学一年生。
三人はミズキダイビングクラブ(MDC)に在籍しています。
大手スポーツメーカー「ミズキ」の直営するダイビングクラブで、赤字経営による存続の危機をささやかれながらも、26人の小学生、7人の中学生、1人の高校生ダイバーを抱えています。
26対7対1のこの比率が、飛込みを続けていく難しさをそのまま物語っているとのことです。
なかなか良い選手が育たず、試合も盛り上がらず、テレビや新聞における扱いも地味で、常に華やかな競泳の陰に隠れています。
また、低迷の理由はダイバーだけでなく、日本飛込み界の慢性的な指導者不足にもあるとのことです。
ただこの作品は2000年のシドニーオリンピックを来年の夏に控えた1999年が舞台なので、2014年の現在はもう少し環境が改善されているかも知れません。

ミズキの会長はこの低迷している現状を打開すべく、第一歩としてMDCの創設に踏み切りました。
自身も元飛込み選手だったミズキの会長は日本飛込み界の発展に並々ならぬ熱意を抱いていて、大幅な赤字を覚悟の上で、飛込み界の明日を担うダイバーの育成に乗り出したのです。
しかしミズキの会長が死んでしまい状況が変わります。
会長がいない今、大幅赤字のMDCはミズキにとってただの厄介物になり、一般受けのするスイミングクラブに転業するだとか、閉業するだとかの噂が絶えなくなりました。

MDCには富士谷(ふじたに)要一という天才ダイバーがいます。
元飛込みのオリンピック選手でもありMDCで教えている富士谷コーチの息子です。
要一は高校一年生で、飛込みを志す高校生の多くが集まる桜木高校に籍を置いています。
この高校は飛込み部があり、敷地内に専用の屋外ダイビングプールを持っている唯一の高校とのことです。

また、寒くて屋外プールの使えない冬期、東京近郊に散在するダイバーたちは皆、江東区のあけぼの運河に集まってきます。
そこにある東京辰巳国際水泳場が都内で唯一の屋内ダイビングプールを有する施設だからです。
桜木高校は架空の名称ですがあけぼの運河と東京辰巳国際水泳場は実際にあります。

富士谷コーチがMDCのロビーで若い謎の女と話しています。
女の名前は麻木夏陽子(あさきかよこ)。
コーチとして知季たちを指導し、閉鎖寸前のMDCを守っていくことになる人です。
この場面で知季のフルネームは坂井知季だと分かりました。
物語の主人公です。

知季には弘也という年子の弟がいます。
4月生まれの知季からちょうど一年後の3月に生まれたため学年は同じです。
この弘也との会話から、知季には未羽(みう)という彼女がいることが分かりました。
しかし知季は飛込みの練習でいつも忙しく、未羽と電話で話すのも億劫がっているくらいでした。
必死な未羽と億劫がる知季で、何だか今にも破綻しそうなカップルという印象でした

やがて麻木夏陽子が再び知季たちの前に現れ、MDCの中学生部門のコーチに就任します。
知季たちの指導をするということです。
夏陽子はかなりやり手のコーチで、最初から知季、レイジ、陵の三人にダメ出しをしまくっていました。
ボディ・アライメントという、飛込みをする際の正しい姿勢のことが出てきました。
ボディ・アライメントとは体のあちこちに力を分散させず、全身を一本の棒のように引き締めて演技を行うことを言います。
美しい空中演技やノー・スプラッシュ入水(水しぶきを上げずに入水すること)の基本であり、夏陽子は初日からこれを徹底的に教え直そうとしていました。
夏陽子は特に知季の素質に注目して、知季だけに毎朝の自主トレメニューを渡してきました。
レイジと陵はそこに嫉妬して知季とギクシャクしてしまいます。

夏陽子の考えでは「全ての土台になるのは基礎体力」とのことです。
なので自主トレのメニューは一時間のジョギングから始まりストレッチ、筋力トレーニング、逆立ちによるボディ・アライメントの徹底とハードなものです。
そして夏陽子は知季に「あなたは確実に伸びる」と断言します。
「頂点をめざしなさい。あなたはそれができる子よ。うんと高いところまで上りつめていくのよ」
何もかもが中途半端だった知季が、これをきっかけに徐々に変わっていきます。

ただしそれを快く思わない人もいて、ある日MDCに通う生徒の親が「麻木コーチが特定の生徒にのみ偏った指導をしている」と苦情の電話をしてきました。
特定の生徒とはどう考えても知季のことで、知季はショックを受けます。
ちなみに富士谷コーチの目から見て夏陽子の指導が特に偏っているということはなく、ちゃんと全員に指導しています。
夏陽子は中学生の担当なので、知季、レイジ、陵の三人に。
そうなると親に「特定の生徒にのみ偏った指導をしている」と言い電話をかけさせたのは…とすぐに見当がつくことから、知季は裏切られた心境でショックを受けていました。

また、夏陽子はMDCを閉鎖しようとしていたミズキの役員たちを説き伏せ、条件付きでクラブを存続させてくれた恩人でもあるのですが、その条件が明らかになります。
それは、オリンピック。

「来年のシドニー五輪にうちのクラブから日本代表選手を送りだす。それが、MDC存続の条件だ」

高いハードルに知季たちは挑んでいくことになります。
レイジと陵の二人との心の決別もあり、中学一年生の物語は終わっていきました。

4月になり、知季は中学二年生になります。
未羽と桜の花を見ながら知季は物思いに耽っていました。
スポーツの世界でも、美しい花を咲かせようとすればするほどに、どこかにゆがみが生じるのかもしれない、と知季はこのごろ思う。そのゆがみは選手自身の体だとか、心だとか、周囲との人間関係だとかに反映し、何かを損なわせる。何かを奪い去る。

そんな傷心して落ち込み気味の知季に要一が言います。
「おまえはただ勝っただけだ。麻木夏陽子は陵やレイジよりおまえの飛込みに目をつけた。おまえの素質を買ったんだ。スポーツにはつねにそうした勝ち負けがついてまわる。だれだってそんなの承知でやってんのに、おまえは勝つたびにそうして落ちこむ気か?」

また、要一の口から津軽の沖津飛沫(しぶき)について語られます。
夏陽子がここ数日青森に出かけていて不在なのですが、その青森に出かけた理由を要一は16歳の幻の高校生ダイバー、沖津飛沫を連れてくるためだと予想していました。

そして沖津飛沫が登場します。
坂井知季、富士谷要一とともに物語の中心になる三人目の人物です。
飛沫は要一と同じく桜木高校に通うことになり、桜木高校はじまって以来の飛込み推薦転入生です。
ただ飛沫は故ミズキ会長からの誘いを断り続けて頑として津軽を離れなかったのですが、それが今回なぜ夏陽子の誘いを受けたのかが謎でした。
夏陽子は「約束」、飛沫は「契約」という言葉を使っていました。
ちなみに物語は「一部 前宙返り三回半抱え型」と「二部 スワンダイブ」に分かれていて、一部は主に知季からの視点、二部は主に飛沫からの視点の物語です。

夏陽子からオリンピックへ向けての提案がなされます。
それはこの8月に北京で開かれるアジア合同強化合宿への参加。
そのメンバーを決めるための選考会が7月末に東京辰巳国際水泳場に開かれ、夏陽子は知季たちに国内の大会は捨ててこれに出ないかと提案してきました。
日水連(日本水泳連盟)はこの合宿に参加するメンバーの中からオリンピック選手を育てる方針だと夏陽子は言います。
この合宿のメンバーに入ってオリンピック候補に滑り込む、これこそが夏陽子の狙いです。

夏陽子は知季に「前宙返り三回半」という技を教えます。
歴代の中学生でも数えるほどしか成功させていない難しい技で、これを決めればジャッジは知季に一目置き、その印象は必ず採点にも影響を及ぼすとのことです。

要一が知季に興味深いことを言います。
「うちのおやじが言ってたよ。沖津飛沫の飛込みはたしかにすごいけど、あいつにはダイバーとして致命的な欠陥がある。反対にトモ、おまえには最強の武器があるんだと」
沖津飛沫の欠陥とは何なのか、そして知季の最強の武器とは何なのか、気になるところでした。

その頃、知季は未羽をちっとも大切にせず電話もデートも億劫がっていたので、やはりな事態が起きました。
しかもただ破綻しただけではなく、とある人物に取られてしまいました。
これに予想外な精神的ショックを受け、アジア合同強化合宿の選考会が直前に迫っているというのに知季は無気力状態になってしまいます。
その状態の知季に夏陽子が話して聞かせたことはかなり印象に残りました。
伝説の天才ダイバー沖津白波(しらは)の孫である津軽の沖津飛沫に情熱をかける故ミズキ会長、同じく津軽に行って荒波の寄せる日本海に飛び込む沖津飛沫を見て衝撃を受けた夏陽子の話が出てきました。
そして沖津飛沫にも匹敵する才能の話。
一人は富士谷要一で、もう一人は坂井知季。
夏陽子は最初にMDCに来て一目見た時から知季の才能に気付いていました。
その才能のことを夏陽子は「ダイヤモンドの瞳」と言っていました。

ちなみに知季は彼女を取られた自分の心境について冷静に見つめていました。
うじうじしたところはありますが、これだけ自分のことを冷静に分析しているのは偉いと思いますし、自分の心を客観的に見つめて向き合えているということです。

「こんな日が来るのを、おれ、待ちながら、ビビッてたんだ」
「あいつが本気になる日――眠れる獅子が目覚めるときを、さ」

要一がこんなことを言うくらい、知季の気配が激変、ダイバーとして大きく上昇する時を迎えます。

夏陽子と飛沫の「約束」「契約」が何なのかも分かりました。
飛沫としてもやはり気になることだったようです。

アジア合同強化合宿のメンバーを決めるための選考会で要一が凄い技をやっていました。
リップ・クリーン・エントリーという技で、ノー・スプラッシュより遥かに難しい、微塵も音を立てない闇夜を裂くような入水のことです。
知季も大技「前宙返り三回半」を出しましたし、飛沫も持ち前の豪快さを発揮しました。

選考会が終わった後、飛沫は津軽に戻るのですが、そこに要一と知季も来て三人で話していました。
津軽ののどかな雰囲気の中、飛沫が飛んでいた崖を見に行ったり花火をしたり三人並んで寝ながら語り合ったり、まさに夏の青春の一場面だったなと思います

8月が終わりを向かえ、いよいよ一年後に迫るシドニーオリンピック。
知季、要一、飛沫の物語は続いていきます。
そして何度か名前の出た寺本健一郎という、世界とも互角に戦える桁違いの実力者。
三つあるオリンピック代表枠のひとつは既に彼の指定席と言われていて、この人物が「DIVE!! 下」では出てくるのかも気になるところです。
「DIVE!! 下」でどんな青春が見られるのか、すごく楽しみです


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「ふたつのしるし」宮下奈都

2014-10-22 23:59:59 | 小説
今回ご紹介するのは「ふたつのしるし」(著:宮下奈都)です。

-----内容-----
「勉強ができて何が悪い。生まれつき頭がよくて何が悪い」
そう思いながらも、目立たぬよう眠鏡をかけ、つくり笑いで中学生活をやり過ごそうとする遙名。
高校に行けば、東京の大学に入れば、社会に出れば、きっと―。
「まだ、まだだ」と居心地悪く日々を過ごす遙名は、“あの日”ひとりの青年と出会い…。
息をひそめるように過ごす“優等生”遥名と周囲を困らせてばかりの“落ちこぼれ”ハル。
「しるし」を見つけたふたりの希望の物語。

-----感想-----
遥名とハルの二人の物語が交互に展開されていきます。

ハルの物語の最初は、小学一年生の春、5月。
ハルこと柏木温之(はるゆき)はかなりの変わり者です。
他人の話しかけてくる声に反応しません。
担任の渡辺先生が話しかけても反応しませんし、クラスメイトの横山寧々という子が話しかけても反応しません。
完全に自分の世界に入ってしまっている子でした。

ハルは何もしなかった。できなかった。やろうとしなかった。どのように思われても本人はかまわなかった。なにしろ彼の心はそこになかった。

ただ一人、浅野健太という子だけがハルの心に触れることができていました。

健太にはわかった。これがしるしだ。ハルのしるしを、俺はちゃんと見つけた。

物語の最後まで関わってくることになる、ハルの貴重な友達です。


遥名の物語の最初は中学一年生になって一ヶ月ほど経った頃。
遥名の中学校は荒れていて、遥名はできるだけ大人しく過ごしていました。
とにかく波風が立たないように、細心の注意を払ってクラスの子と接しているのですが、そういったことを一切考えずに言いたいことを言う里桜(りお)という子がいて、遥名はペースを乱されていました。

だから、お願い、なんとか合意を得ようとしている型を壊さないで。

ぜんぜんちがう。思っていた中学生活とぜんぜんちがう。もっとほんとうのことに近づいてもいいんだと思っていた。

里桜は遥名がわざとバカっぽく振る舞って無難に取り繕っていることを見抜いていて、鋭く指摘してきます。
「遥名はほんとうは頭がいいのに、なんにもわかんないふりしてる」
普段は作り笑いを欠かさない遥名もさすがにイラついて素が出そうになっていました。

また、この話では5月の晴れた空がピンク色になっている場面がありました。
これはハルのほうの物語の最初にも出てきていて、二人が同じものを見ていることを意味しています。
なので、小学一年生のハルと中学一年生の遥名で遥名のほうが6歳年上だということが分かりました。


ハルは中学生になります。
声変わりは始まっておらず、歯もまだ乳歯が残っていたくらいで、まだまだ子どもです。
ハルにとって貴重な友達の浅野健太はサッカー部で活躍していました。
ふとしたことでハルへのいじめが起きた時、浅野健太が激怒していじめっ子を殴っていました。
ハルのことでそこまで怒ってくれる浅野健太にハルの心も動かされていて、こういう友達は一生大事にするべきだと思いました。
そんな友達に巡り会えたことがハルの幸運だと思います。

この話ではハルの小学校の同級生だった花井さんという女の子の話が興味深かったです。
六年生が昼休みに体育館を使える金曜日、クラスでするのはドッジボールと大縄跳びのどちらがいいかという議題のときに、花井さんは読書と発言していました。
もちろん一人だけなので意見は通らず、やがてドッジボールに決まって男子たちが盛り上がっている時に、花井さんは以下のことをつぶやいていました。
「みんなでドッジボールやらなきゃいけないなんて、そんなの休み時間じゃない」
ハルは花井さんの隣の席だったため、このつぶやきが聞こえていました。
そしてハルは胸中で以下のように言っていました。

たしかに、そんなのはぜんぜん休みにならない。学級会で決まったことが正しいわけではないのだ。大きな声でいえるほうが強いけれど、弱いからといって間違っているわけではないのだ。

花井さんの意見もハルの意見も、全くそのとおりだと思います。
授業ではなく休み時間なのだからやりたい人達で好きなだけやれば良いのに、無理やりクラス全員強制参加というのは明らかに変です。
ドッジボールのしたい人達は盛り上がって楽しい休み時間になるのでしょうが、やりたくない人達には大迷惑だし、休み時間を潰されてしまうことになります。

浅野健太の「働き蟻」の話も興味深かったです。
働き蟻全体のうち、働いている蟻は八割くらいで、二割くらいは働かずに怠けている蟻がいます。
怠けている蟻を取り除けば、全員が働く蟻のはずなのに、残った働き蟻のうちのまた八割しか働かなくなってしまいます。
それは「いざというとき」のためで、いざというときに、その自由な蟻たちが力を発揮するとのことです。
健太はこれを例にして、「おまえはいざというときのための人間なんだ」とハルのことをなぐさめてくれていました。
ほんと良い友達だなと思います


遥名が大学生になって半年近くが経ちます。
遥名は自分の性格にちょっと嫌気が差しているようでした。
何かを上手に避けたり、ぽんと飛び越したりする人が素直にうらやましかった。

同じクラスの沖田という男と食堂で話している場面がありました。
沖田はアーチェリー部で、「矢がどこへ飛んでいくかは、放たれる瞬間にほぼわかっちゃってるんだ」と言っています。
そしてその矢の軌道の話になぞらえ、遥名がこれからどこへ飛んでいくのかも見える気がすると言っていました。
しかも沖田の予想した遥名の未来はあまり良くないです
遥名のほうは、
たとえば風がかすかに吹いただけで影響を受け、矢の行方は変わる。これからいくらでも風は吹くだろう。勝負は過去だけで決まるものじゃない。
と、自分の未来に自信を持っているようでした。

遥名はずっと、自分はこれからなんだと思っています。
中学時代なんていざというときじゃなかったのだ。ひたすら身を潜めていたなさけない思春期は、使い途がないわけじゃない。きっとその後のいざというときのためにある。まだ遥名にはそのときが来ていないだけだ。

これからなんだ。遥名は自分にいい聞かせる。いざというときはこれから来る。そのときに全力で迎え撃てるような準備をしていこう。



ハルは高校生になります。
既に一年留年していて、その後に大きな出来事があって、それが引き金になったのか放浪するようになりました。


遥名は社会人になり、入社三年目を迎えます。
大野さんという呼称が出てきて、フルネームは大野遥名だと分かりました。
遥名の生々しい胸中が描かれていて、宮下奈都さんがこんなちょっと醜い胸中を描くとは意外でした。
いつもはもっと綺麗な物語を書いている人なので、新たな作風への挑戦のような気がしました。


ハルは25歳になり、電気の配線工をやっています。
もともと地図が好きだったハルは、「図面」に才能を発揮します。

意図だとか、目的だとか、つながりだとか、言葉で説明しようとするととても面倒なことが、整然と表されている。まったく無駄のない、でも非常に親切な図面だと感じた。

統制のとれていなかった場所に、線を引く。混沌としていたところに、道が現れる。何もないところに、電気が通る。その道筋を、たどっていく。紙の上に線を引く。そこに秩序が生まれる。

これらのハルの考え方は凄いと思いました。
私も電気に関わる仕事で図面を書いたことがあるのですが、とてもこうは考えられませんでした。
まさに図面が大好きな人の考え方で、ハルにはこれが天職なんだというのがよく分かりました。
また、この頃になると二人がついにお互いの姿を見かける場面が出てきました。
それに伴い、それぞれの章の始めにある「ハル」「遥名」の表記が物語の後半になるとなくなります。


遥名は32歳になっています。
最初は中学一年生だったので、20年近い月日が経っています。
26歳になったハルも登場し、ついに二人が会話を交わすことになります。

「ちょう」という、ちょっと、を意味する遥名の地元の方言はどこの方言なのか気になりました。
宮下奈都さんの出身地の福井県かなとも思いました。


最後の章では浅野健太が登場していました。
変わらずハルの友達でいてくれて何よりです。
また、作品タイトルの「ふたつのしるし」が深い意味を持っていたことも分かりました。

勘についての遥名の考えは興味深かったです。

「何の前触れもなく突然ひらめくようなことって、実はそんなにないんだと思うのよ。意識してるかどうかは別として、それまでにいっぱい準備があって、考えたり体験したりしたことの積み重ねの先に、ぱっとわかることがある。それが勘ってものよ」

経験から来る勘というわけです。

この作品は約30年に及ぶ長い時間の物語になっていました。
ハルと遥名の二人の歩んできた人生は順風満帆ではなかったですし、特にハルは最初は完全に自分の世界に入っていて他人の言葉に反応しないような子でした。
遥名もレビューでは書いていませんが大きな失敗を経験しています。
そんな二人が、それぞれ苦しい時期を乗り越え、やがて巡り会っていったのを見ると、長い人生には辛いことだけでなく良いこともあるんだということを感じました。
さすがに宮下奈都さんの作品だけあって、感情の描写が繊細で読んでいて心に染み込んでくるような物語でした。


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学生食堂のカレー

2014-10-19 21:33:13 | グルメ
私の母校、日本工学院八王子専門学校の学生寮。
名前は学生会館と言い、JR横浜線八王子みなみ野駅の近くにあります。
私はかつてそのうちの一つ、第三学生会館で寮生としてお世話になっていました。

第三学生会館にある学生食堂は、昼間の時間帯は一般の人にも解放されています。
先日、すごく久しぶりにこの学生食堂に行ってきました。



一般の人向けの名前は「第三学生会館食堂」と言うようです。
可愛らしいイラストによるお出迎えです(笑)
11時30分から14時までがランチタイムで、定休日は日曜日と学校指定日(夏休みなど)です。



各メニューの模型。
ハロウィンの飾りつけがされています。



この日のAランチとBランチ。
後ろには唐揚げ定食とオムライス。



私が頼んだのはカレーライスの大盛り
昔よく食べたここのカレーライスを、久しぶりに食べてみたいと思いました。
カレーライスは並盛りが320円で、大盛りにすると80円プラスの400円となります。
学生さん向けの食堂なので値段はリーズナブルです。

食べてみると懐かしい味わいがしました。
まったりとした中に辛さもあります。
大盛りにするとかなりの量だったので、並盛りでも十分だったかも知れません。
さすが学生食堂なボリュームです。

私が行ったのは土曜日の昼間で、一般の人が多かったです。
主婦のグループや定年退職したと思われるおじさん、郵便局の職員さんなどを見かけました。
そしてだいぶリラックスした雰囲気の学生さんも見かけました。
お昼を食べて休日の午後を楽しんだことと思います
私も久しぶりに懐かしいカレーを食べ、つかの間懐かしい思い出に浸ることができました

「今宵、喫茶店メリエスで上映会を」山田彩人

2014-10-18 16:56:17 | 小説
今回ご紹介するのは「今宵、喫茶店メリエスで上映会を」(著:山田彩人)です。

-----内容-----
仕事を辞め、幼い頃に暮らした街に帰ってきた亜樹。
しかし、大好きだった商店街はシャッター通りになり、映画の上映会をしていた喫茶店「メリエス」は店を閉めようとしていた。
亜樹は「メリエス」の店主の野川さんに身の回りの不思議を相談しつつ、最後の上映会を行う。
そして、映画のなかの少女に自分を重ねるうち、商店街を昔のようにもどそうと決心していた……。
優しい時間が流れる喫茶店で紡がれる、謎解きと再生の物語。

-----感想-----
主人公は貴島亜樹、25歳。
物語は第一話から第五話まであり、それぞれ映画のタイトルがその話のタイトルになっています。

「第一話 フレンチ・カンカン」
冒頭、亜樹が久しぶりに帰ってきた故郷はシャッター通りになっていました。
そこは亜樹が13歳から14歳にかけて、大叔母にあたる宵子さんの家にあずけられていた一年ほどの間住んでいた街です。

亜樹がやってきたのは商店街の中ほどの四つ角にある「メリエス」という名の喫茶店。
マスターが5年前に引退し、現在は野川櫂司(かいじ)という40代の人が「メリエス」の主になっています。
野川櫂司は3年前に事故に遭って車椅子の生活になっています。
また、「メリエス」は車に突っ込まれ、壁全体がめちゃくちゃに破壊されていました。
大通りにショッピングセンターができ、商店街に人が集まらなくなったのに加え、お店の壁も破壊されてしまったことから、野川は店を閉めようと考えています。
それを聞いて亜樹は焦ります。
亜樹にとって「メリエス」はこの街で最も思い出に溢れている場所でした。

「メリエス」は映画ファンが集まる喫茶店でした。
週末になるとプロジェクターで古い映画を上映する会も開かれていました。
上映された映画はマスターや野川が厳選した良い作品ばかりで、けして大ヒットした有名作品ではなく、でも観れば良さが伝わってくるような作品でした。
ちなみに野川は最初は映画ファンの客として「メリエス」の常連になり、やがてここに勤めるようになっていました。
亜樹も大叔母の宵子さんに連れられてよくその上映会に参加していました。

野川の映像表現への持論も出てきました。
「映像の言葉を理解できていない人間は名作を観たって、その作品がなぜ名作なのかを味わうことはできません。ただ有名な作品を自分も観たということに満足しているだけなんです」
「観ていれば自然に映像の言葉が分かってきて、映像表現を味わえるようになるような作品を選んでたんです」

野川の映画へのこだわりはかなりのもので、これは山田彩人さんの映画へのこだわりでもあると思います。

亜樹は野川に「お店を閉めるんなら、その前に最後の上映会をしましょうよ」と提案。
友達に頼んでビラを作り、上映会に向けて動き出します。

また、亜樹は亡くなった大叔母、宵子の家の遺品整理を母から一任されていて、この街に帰ってきてから宵子の家に住んでいます。
その家に泥棒が入ったかも知れないことに亜樹は思い至ります。
最初はスピーカーの位置が変わっていて、次は自炊のために買ってきた食材が減っていて、何者かがこの家に侵入しているのは確実な状況でした。
この作品はミステリーの要素があり、各章ごとに謎解きがあります。

かつて商店街の入り口にあり現在は閉店してしまった「クミン館」という遠くからもお客が来る人気のカレー店や、佐藤羽沙(うさ)という少女なども登場。
「クミン館」のカレーは作品全体で何回も出てきて、読んでいると食べてみたくなってきます
「メリエス」での映画の上映会が終わる頃、亜樹はこの店を続けることを決心していました。


「第二話 スタンド・バイ・ミー」では冒頭から「缶詰帝国」という缶詰の専門店が登場。
シャッターだらけの商店街の中で珍しく今も存続しているお店です。
店主は小笠原葵という亜樹がこの街で通っていた中学の一年後輩の子です。

この話では、缶詰が街の色々な場所に置かれている謎の現象が起きます。
その缶詰は普通の食べ物の缶詰ではなく、風変わりなデザインの電車の模型が入っています。
しかもティッシュペーパーでくるまれているだけという随分と雑な包装です。
この缶詰の謎に段々と迫っていきます。

ちなみに、この話に登場した奥村大地という中学三年生の母親の考えには共感できませんでした。
「大地は、だめなんです……。時間があるとこんなものにばかり夢中になってしまって、勉強しようとしません。こういった遊びは一度断ち切る必要があると思うんです」
このように言っていましたが、奥村大地の成績は悪くはなく、むしろ良いほうです。
しかし親はある有名高校に入学してほしいと考えていて、今よりさらに上の成績を求めていました。
そのためには趣味をやめて勉強だけに集中しろというのが親の考えのようです。
しかしそんな形で無理やり勉強させたところであまりはかどらないのではないかと思います。


「第三話 タバコ・ロード」
季節は夏。
この話では「メリエス」に妙なお客さんが来るようになります。
彼らはこの辺りをあちこち歩き回り、その後で「メリエス」にやってきて、なぜかみんな奥の隅の席に座ってカレーを食べ、そして「缶詰帝国」に立ち寄って珍しい缶詰を買って帰っていきます。
そんな客が多い時では日に10人も訪れるようになっていました。

そんなある日、商店街を抜けたところにある病院の跡地で事件が発生。
上宮柾斗(うえのみやまさと)という高校三年生の少年が門を乗り越えて病院に入ろうとし、バランスを崩して落下してアスファルトの路面に頭を打って気を失っていました。
幸い大事には至らなかった少年をひとまず「メリエス」に連れていきます。
この少年も例の謎の客達の一人と考えた亜樹はなぜわざわざ東京からこの街に来たのかを聞き出そうとします。
私は亜樹のやたらと人の秘密を暴こうとする姿勢には共感できなかったです。
ちょっと強引に迫りすぎだと思いました
柾斗から聞き出した結果、「殺戮日記」というタイトルの、連続殺人犯の告白という体裁のブログの存在が明らかになります。
内容は創作のようですが、文章に妙にリアリティーがあるという特徴がありました。
そしてそのブログの文章の中に出てくる場所は、全てこの街に当てはまっています。
柾斗によると最も当てはまっているのは商店街の中にある缶詰の専門店と壁が壊されてオープン・スペースになっている喫茶店とのことでした。
柾斗は殺戮日記が気になっていて、いずれ犯罪につながるかも知れず、一体誰がどんな目的で書いているのかを明らかにしたいと考えていました。
しかし柾斗は東京に住んでいてこの街に出てくるのにも時間がかかるため、亜樹と櫂司が殺戮日記のことを調べていきます。

この章では櫂司の以下の言葉が印象的でした。
「日本ではシリアスな作品ばかりを高く見て、コメディというと低く見る人が多いようですが、それは正しい価値観とはいえません。特に映画の世界では、優れた監督はみな優れたコメディが撮れる人でした。そしてドタバタというのはコメディの中でも最も高級な表現なんです。シリアスな文芸映画なんて誰でも撮れますが、良質のドタバタ・コメディは才能のある映画作家にしか撮れません」


「第四話 ミツバチのささやき」
この頃には商店街にも少し活気が出るようになっていました。
ある日、亜樹が夜道を歩いていると、30センチはある厚底サンダルを履いた謎の女が現れます。
異様な雰囲気で、亜樹はかなり警戒していました。

また、木戸涼子さんという、野川櫂司のことを「かーくん」と呼ぶ人も登場。
涼子は自分の娘のことを相談しに来ていました。
娘の名前は胡桃(くるみ)と言い、長い間部屋に引き込もって生活していました。
それが最近になって急にこの街に引っ越して来たいと言い出し、既に一人暮らしを始めてしまったため、この街に住む野川のところに相談に来たというわけです。
ちなみにこの街では茂木昂介という30代前半くらいの人がジオラマの店を開き始めていて、もともと茂木のジオラマ教室に通っていた胡桃は茂木を追ってこの街にやってきていました。

胡桃の面倒を亜樹が見ることになるのですが、家に連れてきてみると、胡桃の驚異的な異常さが明らかになりました。
異様な行動が目立ち、その行動の謎へと迫っていきます。


「第五話 偉大なるアンバーソン家の人々」
冒頭、「メリエス」が火災によって焼け落ちてしまいます。
資金的にも新しくお店を建て直すのは無理で、さすがの亜樹も閉店を覚悟していました。
しかしジオラマ店の茂木、「缶詰帝国」店主の小笠原葵、「小麦の里」というパン屋の店主の佐倉良太は「メリエス」の再開を熱望していました。
みんなメリエスを必要としていました

そんな時、胡桃がクラウド・ファンディングをアドバイスしてくれます。
クラウド・ファンディングとはホームページなどで募集して大勢の人に小口の投資をしてもらうシステムのことです。

「投資する側から見れば、単にリターンを期待して金を出すんじゃなくて、投資することで、その人の夢の実現に一枚加わることになるんです。儲かるかどうかはわからないとしても、自分が気に入った相手と一緒に夢を追うんだと思ったら、それはそれで面白いじゃないですか」
これがクラウド・ファンディングの魅力のようです。
もともとは新曲をリリースしたいけど録音したりプロモーションする費用のないミュージシャンが始めたのが始まりとのことです。

一方その頃、「メリエス」の火事の原因は放火だったのではという疑いが出てきます。
そんな噂話が街に出回っていました。
亜樹は放火の噂話の出所を探っていくことになります。

クラウド・ファンディングで見学に来た投資家に見せるために、亜樹は「メリエス」の模型を作ることを考えます。
ドールハウスのような内部の分かる模型を胡桃に作ってもらうことにしました。
そして作るのは「これから作りたい店の模型」にして、それを見せながら投資家にプレゼンテーションしようということになりました。
このプレゼンテーションが上手く行けば投資家に出資してもらって「メリエス」の新しいお店を建て直すことが出来るという重大な場面を迎えます。

最後、放火犯の謎も明らかになりました。
意外なトリックだったなと思います。
謎も解けたことですし、無事に「メリエス」がまた商店街にやってきた客の憩いの場になっていってくれたら良いなと思います。


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「ペンギン鉄道 なくしもの係」名取佐和子

2014-10-15 23:59:50 | 小説
今回ご紹介するのは「ペンギン鉄道 なくしもの係」(著:名取佐和子)です。

-----内容-----
電車での忘れ物を保管する遺失物保管所、通称・なくしもの係。
そこにいるのはイケメン駅員となぜかペンギン。
不思議なコンビに驚きつつも、訪れた人はなくしものとともに、自分の中に眠る忘れかけていた大事な気持ちを発見していく……。
ペンギンの愛らしい様子に癒されながら、最後には前向きに生きる後押しをくれるハートウォーミング小説。

-----感想-----
物語は以下の四章で構成されています。

猫と運命
ファンファーレが聞こえる
健やかなるときも、嘘をつくときも
スウィート メモリーズ

「猫と運命」は笹生(さそう)響子の物語。
響子は33歳で、レンタカー会社の営業所に勤務しています。
冒頭、響子は電車の中にペンギンがいて驚くことになります。

ペンギンはオレンジ色のくちばしをドアに向けて、ポール状の手すりにはつかまらず――そもそも『つかむ』ことはできそうにないのだが――仁王立ちしていた。

響子は大学時代からの友人、美知の新居に招かれたことで初めてその路線を利用していました。
そして響子はペンギンを見かけるという非日常な事態と遭遇したせいか、慌てて降車したため大事なバッグを電車のシートに置き忘れてきてしまいました。
そこで響子は大和北旅客鉄道波浜線遺失物保管所に電話で問い合わせをしてみます。
電話に出たのは守保(もりやす)という男です。
ここから、守保、そしてペンギンとの不思議な物語が始まっていきます。

波浜線の電車は三両編成でオレンジ色の車体をしています。
東京に向かう上り方面と違い、遺失物保管所がある下り方面の電車はすごく空いてがらんとしています。
油盥(ゆだらい)線という、本線から分岐した支線の終点、海狭間駅に遺失物保管所はあります。
駅をはじめとする付近一帯の土地はフジサキ電機という企業の敷地になっていて、昔はフジサキ電機の社員専用の駅でした。
ちなみにフジサキ電機は作品全体を通してよく名前が出てきます。

響子が遺失物保管所を訪ねていくと、守保が登場。
赤く染めた髪が印象的な青年です。
遺失物保管所の部屋の天井には「なくしもの係」と書かれた緑色のプレートがつるされています。
遺失物保管所では響きが硬く言いづらくもあるため、守保はいずれこちらを正式名称にしたいと思っています。

響子はフクという名前の猫を飼っていました。
そのフクが死んでしまい、一年経った今でも響子はフクの死を受け入れられずにいました。
響子は常にフクの骨壷を持ち歩いていて、電車の中に忘れてきてしまったのはフクの骨壷の入ったバッグだったのです。
私は骨壷を持ち歩く心境までは分からないですが、認めたくないものを受け止めて受け入れるのがすごく大変だというのはよく分かります。
三浦しをんさんの「私が語りはじめた彼は」に死んだ男の骨壷を持ちながら海辺を歩く女が登場していたのを思い出しました。

ペンギンはなんと、自分だけで電車に乗ることができます。
電車のドアが開くと、ペンギンが足を揃えて器用にジャンプして電車に飛び乗る場面がありました。

骨壷はすんなりと響子の手には戻ってこず、紆余曲折を経ることになります。
岩見という男も響子と全く同じの黒のメッセンジャーバッグを電車に忘れていて、遺失物保管所に取りに来ていました。
そして岩見が持っていったのは響子のバッグで、自分のではなかった岩見が戻ってきて、響子も遺失物保管所に来て、二人でバッグの中身が自分のものなのかを確かめることに。
なんと岩見も死んだ猫の骨壷をバッグに入れて持ち歩いていたのでした。
しかし響子のほうは骨壷の中を見るのは耐え難い苦痛で、簡単には確認できません。
そこで、守保にははずしてもらって、当事者二人で骨壷の確認をすることになるのですが、ここから意外な展開になっていきました。
響子からは「運命」という言葉が何回も出てきます。
そして最後にはどんでん返しが待っていました。
また、守保のフルネームは守保蒼平だということも分かります。


「ファンファーレが聞こえる」は、福森弦の物語。
弦は高校に入学してから二年生も折り返しを過ぎた今までほとんど学校に行っておらず、引きこもりになっています。
ある日弦は電車で落とし物をしてしまい、海狭間駅にやってきます。
弦の落とし物を届けてくれたのは、井藤麻尋(まひろ)という女子高生。
小学校の同級生だった子で、小学四年生の時のクラス委員長でした。
弦の落とし物とは自身のお守りにしていた「手紙」で、しかもその手紙を書いたのは井藤麻尋でした。
手紙を書いた本人に落とし物を拾われるというまさかの事態になります。
ちなみに手紙は、ラブレターです。
小学四年生、10歳の頃の弦は毎日学校に行って机を並べて勉強し、友達と一緒に遊べていて、その頃に
井藤麻尋がくれたラブレターは、そんな思い出が幻ではないと示してくれる証拠であり、励ましてくれるお守りとなっていたのです。

また、この章ではイビキという猫が出てくるのですが、この猫の特徴が一章で響子がフクの生まれ変わりではと思った猫とそっくりでした。
きっと同じ猫だと思います。

弦は「バベルニア・オデッセイ」というネットゲーム(ネトゲ)をやっています。
ネットゲームでの弦の名前は「ゲンチャス」です。
eike.h(エイケエイチ)という、弦がまだネットゲームを始めたばかりの頃から何度もパーティーを組んでくれた人が今度ネトゲを卒業することになり、弦はその人との最後のイベントに向けて、アンデッド系のモンスターに強い「魔剣アンデッドバースト」を捜し求めていました。
運良く「氷雨(ひさめ)」という人がアンデッドバーストを譲ってくれると言ってきたのですが、それには条件があり、氷雨の指定する現実世界での場所に指定された物を持っていくというものでした。
その場所は秋葉原周辺でした。
弦は引きこもりの自分を奮い立たせてその場所に行くのですが、麻尋も付いてくることになります。

二人がたどり着いた場所では「魔女っ子アイドル・るるたん」という地下アイドルのライブが行われていました。
弦には氷雨が弦をこの場所に送り込んだ理由、そしてなぜ自分の足でこの場所に来なかったのかの真相が見えていました。
そしてるるたんのライブが行われたこの場所でも意外な展開が待っていました。
少し井藤麻尋の物語になっていました。

また、この章では守保に何か大きな過去があることが明らかになります。
「あの頃、僕が見られたのは、白い天井くらいだったんです」という言葉が印象的でした。

「自分の今いる場所が居場所だって思う方が気楽だし、心の中でつながっている誰かのことを大切に思えたら、その瞬間から一人じゃなくなりますもん」
この言葉もまた印象的でした。


「健やかなるときも、嘘をつくときも」は平千繪(ちえ)の物語。
千繪もオンラインゲームの「バベルニア・オデッセイ」をやっていて、しかもつい二ヶ月ほど前までは一日中遊んでいたほどです。
どうも第二章に登場したeike.h(エイケエイチ)さんの正体は千繪のような気がしました。
このように、それぞれの章ごとに少しつながりがあります。

ある日千繪は電車の中でマタニティマークのチェーンホルダーが落ちているのを見つけます。
それをダッフルコートのポケットに入れて電車を降りたのですが、その後夫の道朗がそれを見つけ、千繪が妊娠したと思い舞い上がります。
日頃からよく嘘をついてしまう千繪は、喜んでいる夫の顔を見ているうちに「子どもができた」と嘘をついてしまいます。
この嘘で、段々と千繪は窮地に立たされることになります。

私はこの夫婦のお互いの呼び方が気になりました。
夫の道朗は千繪のことを「千繪ちゃん」と呼ぶのに対し、千繪のほうは夫の道朗を「平さん」と呼んでいます。
道朗はほとんどのことを自分で決めて千繪もそれに従うので、この呼び方は千繪が夫に感じている距離の表れだと思いました。

やがて妊娠の嘘が破綻を迎え、千繪は大きな「なくしもの」をすることになります。
守保が「なくしもの」と言ったのですが、それをなくしものと表現するのかとちょっと面白かったです。
そのなくしものについて、守保が興味深いことを言っていました。

「なくしものを探すお客様に協力することも、なくしもの係の業務の一つです。ただ、なくしものを探すのか探さなくていいのか決めるのは、やはりお客様ご自身かと」

いつも、何も決めてこなかった千繪が、決断する時が来ます。
また、この章でも守保の過去が少し明らかになります。


「スウィート メモリーズ」は、潤平の物語。
このタイトルは、波浜線の電車到着を告げる音楽「SWEET MEMORIES」と同じです。
潤平の妻は鈴江で、ソウヘイという息子がいます。
赤い髪の守保蒼平と同じ名前です。
潤平は冒頭から「ソウヘイ!この……親不孝者が!」と怒鳴り散らしていました。
そして赤い髪の守保蒼平は寂しそうに肩をすぼめていました。

この話には「るるたん」が登場していました。
第二章から時間が経ち、今は「きゃらめるアウト」というユニットを組んでいます。
同じく第二章の氷雨と弦、井藤麻尋も登場。
三人とも前に踏み出し、新たな道を歩んでいました。

さらに第一章の響子と美知も登場していたし、第三章の千繪と道朗も登場していました。
さすがにこの作品の謎が明らかになる最終章だけあってオールスター勢ぞろいのようになっていました。

また、作品全体を通してよく名前が出てきたフジサキ電機についても詳細が明らかになります。
なぜ潤平がフジサキ電機の門の前に立つ警備員をあっさり退けることができたのか、なぜ守保蒼平がフジサキ電機の門を顔パスで通れるのか、その謎が明らかになりました。
ただしここにもどんでん返しがあり、驚かされることになりました。
なかなか物語の作りが深いなと思います。

ペンギンの謎も明らかになります。
なぜこの路線ではペンギンが電車に乗っているのか、いったいどこから来たペンギンなのか、海狭間駅なくしもの係のオフィスの中にあるペンギン用の寒冷部屋がどうやって作られたのかも、最後に上手くまとまっていました。

守保蒼平の言葉に以下のものがあります。
「なくしものはお返ししますか?それとも、お預かりしておきますか?」
なくしものなので本来は返してもらいますが、預かってもらった方が良い場合もあります。
そんなちょっと変わった「なくしもの」を預かってくれたりもするのが海狭間駅なくしもの係の守保蒼平です。
ハートウォーミング小説との言葉のとおり、心の温かくなる物語でした


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汐汲坂

2014-10-13 19:19:03 | ウェブ日記
先日訪れた横浜元町にある「JH Cafe」
このお店のある通りの奥には、ものすごい急坂があります。


それがこちらの汐汲坂(しおくみさか)です。
この急勾配には驚きました。
「JH Cafe」でオムライスを食べ終わり、せっかくなのでこの坂を上ってみることにしました。
しかし上るのは容易ではありませんでした。
明らかに重力に逆らっているのが分かるくらい、足取りが重くなりました
前に体を踏み出そうにも向こうから押し返されているかのようで、まっすぐに進むのではなく少しジグザグに進むようにして、どうにか上っていきました。
一番上までたどり着いたら達成感がありました
ちなみに坂の頂上の右手にはフェリス女学院中学校・高等学校と大学があります。


こちらは頂上付近から坂を見下ろして撮った写真です。
左手に少し見えているのがフェリス女学院大学の建物です。
そのさらに左手にはフェリス女学院中学校・高等学校の建物があり、中学校・高等学校と大学の建物が混在しているようです。
もしかしてフェリス女学院中学校・高等学校、大学に通っている子の中にはこの急坂を上り下りして登下校している子もいるのかなと思いました。

坂を下りる時は少し重心を後ろにずらして、下りるスピードに加速がついてしまわないように気をつけました。
油断するとたちまち加速がついて、そのまま止まらなくなって走り下りることになってしまうかも知れません。

ちなみに坂の頂上で突き当たる通りは「山手本通り」なので、「山手西洋館巡りの旅 その2」のフォトギャラリーに登場する通りのことです。
このフォトギャラリーの写真2枚目にもフェリス女学院が登場していて、この坂を上ってみたことによって、元町と山手本通りの位置関係がよく分かりました。
またいずれこの辺りを散策してみたいと思います

紅華祭と同窓会

2014-10-13 02:26:36 | ウェブ日記

今日は東京工科大学と日本工学院八王子専門学校(両方を合わせて片柳学園と言います)が合同で開催している学園祭、「紅華祭(こうかさい)」に行ってきました。
昨年の紅華祭以来、一年ぶりの八王子みなみ野です


やはりこのキャンパスは広々としていて良いなと思います。
空気も澄んでいて開放感があります


この写真は紅華祭が始まってすぐの10時過ぎに撮ったもの。
スタンプラリーをしていて、キャンパスの最も奥まった場所に行く際に通り掛かりました。
まだお店も準備をしているところで、本領発揮はこれからです。


片柳研究所の16階、総会・同窓会会場にて。
毎年ここで日本工学院八王子専門学校の校友会(卒業生の会)の同窓会が行われます。


日本工学院八王子専門学校オリジナルキャラクターの「ぱっちぃ」。
いつの間にかこんなゆるキャラが誕生していました。


「ぱっちぃ」と一緒に記念撮影をする時間も設けられました。
小さなお子さんが「ぱっちぃ」を物珍しそうに見ています。


立食パーティー形式でお酒を飲んだりジュースを飲んだり料理を食べたりして、みんなで楽しい時間を過ごしました。
今年も300人以上が参加していたようです。
宴会の後半には毎年恒例の抽選会があり、何と私は見事当たりました
2009年に初めて参加して以来、6回目で初めての当たりです。
当選した人は前に出てきて、さらにどの景品を貰うかのくじを引くことになります。
私がゲットしたのはマイナスイオンドライヤーです。
ちょうど先日からドライヤーの調子にちょっと違和感があったので、良いタイミングで新たなドライヤーが手に入りました。
ちなみに豪華な景品ではプロジェクターやiPad mini、Coachのバッグなどがあり、一度はそういう豪華景品をゲットしてみたいなと思います。

さらに今年は同窓会の25周年特別企画として、立食パーティーが終わった後スタンプラリー参加者を対象とした「ガラポン抽選会」がありました。
スタンプラリーは全部で7ヶ所あり、7ヶ所全部のスタンプを押しているとガラポンを三回行うことができます。
そして私は何と三回引いたうちの二回、六等の当たりが出ました
六等はカタログギフトで、それが二つ貰えたので腕時計とバッグでも頼もうかなと思います。

今年の同窓会は景品がたくさん貰えたラッキーな同窓会になりました。
毎年母校に来られるのは嬉しいですし、また来年もぜひ参加したいなと思います