読書日和

お気に入りの小説やマンガをご紹介。
好きな小説は青春もの。
日々のできごとやフォトギャラリーなどもお届けします。

「毛利元就 第十回 初陣の奇跡」

2018-08-31 23:58:36 | ドラマ
今回ご紹介するのは大河ドラマ「毛利元就 第十回 初陣の奇跡」です。

-----内容&感想-----
毛利興元(おきもと)の急死により毛利本家の郡山城は興元の子でわずか2歳の幸松丸(こうまつまる)を城主として迎えます。
幸松丸の母の雪は元就に後見役になってほしいと頼み元就も引き受けます。
元就が自身は初陣も済ませていない若輩者で、そんな後見人で心配ではないかと聞くと、雪は元就に頼んだのは元就が興元と全ての悲しみを共に分かち合ったからだと言い、さらに次のように言います。
「悲しみの数が多い人間ほど、強うなれると思うておりまする」
これはそのとおりだと思います。
悲しむのは嫌なことですが、悲しい目に遭った人は人の痛みを知ることができます。

評定(ひょうじょう)で筆頭重臣の志道広良(しじひろよし)が元就が幸松丸の後見役になったことを伝えます。
すると重臣の井上元兼(もとかね)が「武田がこのまま黙っているとは思えず、尼子の動きも不気味だ。そんな時に初陣も済ませていない元就が後見役とは」と嫌味を言います。
揚げ足を取ったり場を白けさせることばかり言っていて嫌な人だと思います。
雪は相合(あいおう)元綱に「元就の弟のそなたには特に頼みたい。元就が幸松丸の右腕なら元綱は左腕だ。甥である幸松丸を助けてくれ」と言います。

相合の館で元綱は重臣の桂広澄(ひろずみ)に自身は誠心誠意幸松丸の左腕となって働くつもりだと言います。
さらに「毛利家は未だ強大な国人衆に囲まれその立場は磐石ではない、今こそ尼子経久(つねひさ)との絆を強くし、我等が毛利を立て直す旗頭となる準備をするべきではないか」と言います。
相合は元服したばかりなのにとても強気な元綱に感心していました。

経久の裏切りに遭った武田元繁(もとしげ)は密かに安芸制覇の準備を整えていました。
郡山城の西隣の今田に陣を張った武田の軍勢は多くの国人衆の参加により5500騎にまで膨れ上がっていました。
元繁はまず毛利吉川連合軍が落とし、毛利が吉川に譲った有田城を攻め落とし、有田城の東にある毛利分家の猿掛(さるかけ)城、そのさらに東にある毛利本家の郡山城をたっぷり恐怖させてから一突きにしてやると言います。

武田軍が有田城を包囲し、その知らせが毛利に届きます。
武田軍5500に対し毛利軍は吉川軍を入れても1500で4倍近い兵力差がありこのままでは勝ち目がないです。

出雲の月山富田城(がっさんとだじょう)では経久と正室の萩が毛利と武田の戦のことを話します。
萩が経久に「まず毛利に味方して武田を潰し、その後で毛利を攻めて城二つを頂戴しようとは考えないのか」と言っていて恐ろしい奥方だと思いました。
奥方も策略家だったのかと思いました。
経久は「今はまだその時ではない。戦においては何よりも時が肝心だ」と言い、いずれはそうするつもりなのだと思いました。

京都の大内義興(よしおき)の館に元兼からの合力(ごうりき)を願う書状が届きます。
義興は京都を引き上げると言います。
大内は毛利の援軍どころではなくなっていて、重臣の陶興房(すえおきふさ)は武田が経久に裏切られながらも大暴れしていて、すぐに帰国して大内の所領を治め直さないと危ないと言います。
義興がしみじみと「毛利も終い(しまい)か…」と言っていたのが印象的でした。

郡山城では元就と元綱が話していたところに重臣の渡辺勝(すぐる)が武田が民家に火を放ったことを知らせます。
武田軍は600騎が挑発をしに攻めてきていて、勝が出陣すると言うと元就が「無駄死にはまだ早い」と引き止めようとします。
元就が「勝の手勢は?」と聞いた時に「150」と答え微笑みながらお辞儀をし、即座に厳しい顔つきになって歩き出したのが印象的でした。
死を覚悟しているのが分かりました。
勝は150の手勢で4倍の武田軍を追い払いますが郡山城に大軍が攻め込んでくるのは時間の問題でした。

追い詰められた元就は機先を制して武田軍を撃滅しようと決意し、勝が部下達に弓矢の訓練をしているところに行きます。
元就がこの者達の引く矢で馬上の者を射殺せるかと聞くと、勝は30間(54.5455m)の距離まで近づければ必ず射殺して見せると言います。
元就が敵の大将の武田元繁をおびき出すから射殺してくれと言うと、勝は「おびき出せるはずがない。大将は常に後方にあるものだ」と言います。
すると元就は「元繁は元就など己一人の力で討ち取ってくれるといきり立つかも知れない」と言っていて、これはあるかも知れないと思いました。
元就は元繁の血の気の多い性格を読んでいました。

元就は杉のところに行き、若気の至りで辛く当たることもあったが許してくれと、明日の戦での死を覚悟した言葉を言います。
杉は元就が子供の頃奇抜な格好をしていた時に頭に結わえていた紐を保管していて、それを取り出して元就の兜に結わえて渡します。
「子供時代のように、悪さをするつもりで存分に楽しんでこい」という言葉に元就は勇気付けられます。


初陣での毛利元就。右上は大内義興、左下は尼子経久(画像はネットより)。

翌日毛利軍は吉川の援軍を加えてわずか1500の手勢で3倍以上の4800(残りの700は有田城の警固)の武田軍と向かい合います。
戦が始まり、元就の「一旦引いて敵をおびき寄せ、周りを囲んで一気に攻める」という作戦が上手く行き武田軍の有力な武将の熊谷(くまがい)元直を討ち取ります。
元繁は「こしゃくな毛利の若造め!」と激怒し周りの制止を振り切って出陣します。
毛利軍は再び一旦又打川(またうちがわ)という川の向こう側まで引き、元就は勝にいよいよ弓隊の出番だと言います。
元就は「元繁をおびき出す。川中まで来たらその時弓を引かせろ」と言い、決死の覚悟で「毛利元就見参!」と一人で武田軍の目の前に行き元繁を挑発します。
元繁は激怒して「わし一人で行って討ち取ってくれるわ!」と言い元就目掛けて突進し、そこを勝の弓隊の矢が襲い元繁を貫き討ち取ります。
元就の大活躍で圧倒的に不利だった戦を毛利軍が勝利します。
「元就のこの作戦は無謀なものでした。しかし鮮やかな結果によりこの有田城の合戦は西国の桶狭間と呼ばれるようになりました。これこそが知将、毛利元就の初陣だったのです」とうナレーションがとても印象的でした。

郡山城の評定で雪がよく戦ってくれたと礼を言い、重臣達が元就を絶賛します。
勝は今回の戦は元就の手柄だと言い、広良は敵の心の隙に付け込む戦術が見事だと言います。
元就が勝の育てた弓の達人達がいればこそだと言うと、勝は自身には到底人の心の動きは読めない、大将の武田元繁が先陣を切るとは思わなかったと言います。
福原広俊(元就の祖父)は元就の眼力に驚いたと言い、さらにたった一人で敵の大将をおびき出す勇気はとても初陣とは思えず、今に毛利に元就ありという噂が駆け巡るだろうと言います。
しかし元就は今回の元繁の死は流れ矢に当たったことにしてほしいと言い猿掛城に戻ります。
広良は元就のこの動きを初陣で元繁を討ち取ったと言われれば周辺の国人は恐れをなし早いうちに毛利を潰そうと動くため、それを阻止するのが狙いだろうと言います。
そして「早くも人の心を読んでおられる。これはまことに毛利を救う武将になられるやも知れぬのう」と言います。
「この時、志道は密かに毛利は元就に任せるべきだと確信したのです」というナレーションがあり、知将として頭角を現した元就の凄さを感じました。
この評定で元綱がずっと不機嫌な表情だったのも印象的で、元就ばかり持ち上げられることと戦で活躍できなかった自身とに苛立っているのだと思います。

元就は杉と久に「元就は嫌な人間じゃ」とぼやきます。
「人の弱いところを探し出しそこを突く。嫌な人間じゃ」と言うと杉が戦は武器だけではない、元就のような頭があればこそ大軍に勝利できたのではないかと言い、これは杉の言うとおりだと思います。
しかし元就は相手の心を読んで策略を立てる戦い方にまだ自身の心が付いていかなくて苦しんでいるのだと思いました。

経久のもとに元繁が毛利の流れ矢で死んだと知らせが来ると「何が流れ矢なものか」と言い、元就の仕業だと確信します。
そして「わしは動く。動くぞ」と言います。


今回は元就の凄さが印象的な回でした。
圧倒的に不利な状況でも策略を立てて毛利軍を勝利に導いていて、まさに知将の戦い方でした。
勝利しても浮かれず毛利が周辺の国人に警戒され潰されないように配慮していたのも印象的で、この慎重さがあるから元就は大内、尼子の大名や国人衆に囲まれた中で生き残り、やがて西国最大の戦国大名になることができたのだと思います。


各回の感想記事
第一回  妻たちの言い分
第二回  若君ご乱心
第三回  城主失格
第四回  女の器量
第五回  謀略の城
第六回  恋ごころ
第七回  われ敵前逃亡す
第八回  出来すぎた嫁
第九回  さらば兄上
第十一回 花嫁怒る
第十二回 元就暗殺指令
第十三回 戦乱の子誕生
第十四回 巨人とひよっこ
第十五回 涙のうっちゃり
第十六回 弟の謀反
第十七回 凄まじき夜明け
第十八回 水軍の女神
第十九回 夫の恋
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「夏の裁断」島本理生 -文庫での再読-

2018-08-30 18:51:25 | 小説


今回ご紹介するのは「夏の裁断」(著:島本理生)です。

-----内容-----
小説家の千紘は、編集者の柴田に翻弄され苦しんだ末、ある日、パーティ会場で彼の手にフォークを突き立てる。
休養のため、祖父の残した鎌倉の古民家で、蔵書を裁断し「自炊」をする。
四季それぞれに現れる男たちとの交流を通し、抱えた苦悩から解放され、変化していく女性を描く。
書き下ろし三篇を加えた文庫オリジナル。

-----感想-----
※以前書いた「夏の裁断」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

「夏の裁断」
29歳の作家の萱野千紘(かやのちひろ)は2ヶ月前、帝国ホテルの立食パーティーで芙蓉社の編集、柴田という男の手にフォークを突き立てる事件を起こします。
柴田の手に怪我はなく大事にはなりませんでしたがフォークで刺そうとするほど憎んでいるのはただ事ではないと思いました。

夏のある日、母が電話をしてきて帝国ホテルの事件の直後に亡くなった鎌倉の祖父の家の一万冊ある蔵書を自炊するのを手伝えと言います。
自炊は本を裁断して1ページずつデータ化していくことです。
物語は鎌倉での現在と柴田との回想が交互に進んでいきます。

千紘が柴田の反応を見て「間違えた」と思って青ざめる場面があります。
こう思うのは常に間違えないようにビクビクしながら過ごしているということで、柴田との相性は最悪だと思います。
柴田は最初から千紘を精神的に追い詰めることを繰り返していて、こんなに最悪な男ならすぐ別れれば良いのにと思いましたが、千紘の場合は嫌な思いをしてもどうしても柴田のことが気になるようです。

千紘は鎌倉の祖父の家に行きます。
縁側で蚊取り線香から立ちのぼる煙を見た時、タバコを吸う柴田を思い出す場面がありました。
これは私も何かを見た時にそこから連想される記憶が甦ることがあるので分かります。
嫌な記憶のほうが思い出されやすい気がします。

2年前に千紘は柴田と知り合いました。
柴田は初対面なのに失礼で、自然体の話し方で失礼なのが印象的でした。

自炊をしている時にキリスト教について書いた本が登場し、千紘が読む形で少しだけ作品内に本の文章が書かれていました。
島本理生さんの作品には「女性が男性から酷い目に遭わされる」「臨床心理学」という特徴がありよく登場しますが、キリスト教も他の作品で登場したことがありこの二つに次ぐ特徴だと思います。

母が長年経営しているスナックの古株のお客に英二という人がいます。
英二が千紘に自炊の仕方を教えてくれることになり母、英二、千紘の三人でスイカを食べる場面があります。
また千紘は柴田を「スイカの香りがする」と評していて、スイカを食べて柴田を思い出し「本物は柴田さんの匂いには似てなかった」と語っていました。
ここでも柴田のことを思い出していて忘れられずにいるのがよく分かりました。

千紘は大学は心理学科でかつては臨床心理士になろうとしていました。
現在は精神的に辛くて困っている層に小説で思いを届けようとしていますが上手く行かなくて悩んでいます。

千紘は柴田を「話を聞くのが上手い」と評していましたが、これは心の底の気持ちを引き出すのが上手いのだと思います。
そしてその気持ちを弄ぶのだと思います。

千紘は現在は猪俣駿というイラストレーターから好意を寄せられて断れずに付き合っていて、猪俣が突然鎌倉の祖父の家を訪ねてきます。
場所を教えていないのに自力で調べて来たと言いこれはストーカーじみていて怖いと思います。
そんな猪俣を見て千紘が胸中で語った「どうせ、断れないのだ。」はとても印象的でした。
千紘は相手に押されてしまう傾向があります。

猪俣は千紘に「心療内科とか行った?」と聞いていてこの言い方はないと思いました。
聞かれるほうがどれくらい嫌な思いをするかを考えていないと思います。
「猪俣君はまだアドバイスめいたことを語り続けていて、私はどんどん孤独になっていくのを感じた。」という言葉も印象的でした。
まず千紘はアドバイスなど求めていないと思います。
さらに猪俣の語ることは的外れで自己満足にしかなっておらず、聞く方の千紘はどんどん嫌な思いが募り孤独を感じるのだと思います。

猪俣君はたまに私を気まぐれと表現する。相思相愛じゃない原因を私に寄せようとする。
これも印象的な言葉で、猪俣を愛してはいないのがよく分かる言葉でした。

千紘は知り合いから下北沢の創作和食の店に誘われた時、柴田もいると聞いてお店に向かう途中で駅のトイレに駆け込んで吐きます。
そこまでして柴田のいる場所に向かうのは心が強迫観念に囚われていると思いました。
柴田は悪いことを悪いことと思っておらず躊躇わずに千紘の心を追い詰めていて、精神病質者(サイコパス)ではと思いました。

柴田から打ち合わせしようとメールが来て千紘はスペインバルに行きます。
現れた柴田がなぜか今度は千紘を気遣うことを言います。
千紘を追い詰める発言とは真逆のことを突然言っていて、これを見てやはり精神病質者ではと思いました。
加害側が精神病質者、被害側がその人に依存するタイプというのは一番恐ろしい組み合わせだと思います。

柴田とのことに思い悩む千紘は大学の時にお世話になった教授に会います。
自身が悪いのだろうと千紘が言った時教授が「どうして自分の違和感をないがしろにするの?」と言っていたのがとても印象的でした。
さらに「本能的に人をコントロールするのが得意な人間はいるんだよ」と言っていて、これはそのとおりでそういう悪質な人は存在します。

千紘は子供の頃母のスナックの常連の磯和という男に酷い目に遭わされたことがあります。
それ以来男の人が苦手になり、また何かあれば自身が悪いと考えるようになりました。
これは「過去に起きた事件が大きなトラウマとなり現在の性格に影響を与える」というジークムント・フロイトの精神分析学の考え方に基づいていると思います。
島本理生さんは中学生の頃から臨床心理学の本をたくさん読んでいて作品にも登場することがあり、その内容を見ると特にフロイトの精神分析学の本をたくさん読んでいたのではと思います。

千紘は柴田の言葉に「これ以上揺さぶらないでくれ。思い出させないで。」と思います。
「思い出させないで」は磯和のことで、千紘は柴田と居ると磯和を思い出すようです。
教授が語った言葉の中に「投影」という言葉があったのも印象的で、千紘は柴田に磯和の姿を投影しています。
そのせいで強烈な苦手意識を持ち、磯和に酷い目に遭わされた時にそれ以上酷い目に遭わないように大人しく従ったのと同じように柴田にも従うのだと思います。
千紘の柴田への依存の正体はこれだと思います。

柴田に追い詰められる千紘は次のように苦悩します。
それなのにどうして私は、ふりまわすのもいいかげんにして、と怒鳴って今すぐにタクシーを降りることができないのだろう。
これは柴田のことが苦手でも依存しているからだと思います。
前回の感想記事で「私が悪いのかもという思いがあるから」と書きましたが、その思いの根元には子供時代の磯和とのことがあり、それが私が悪いという自己否定や柴田に従うことに繋がっていると思います。

現在の千紘が東京の表参道で半年ぶりに教授に会い、教授がとても印象的なことを言います。
「誰にも自分を明け渡さないこと。選別されたり否定される感覚を抱かせる相手は、あなたにとって対等じゃない。自分にとって本当に心地よいものだけを掴むこと」
「選別されたり否定される感覚を抱かせる相手は、あなたにとって対等じゃない」はまさにそのとおりで、そのような相手はこちらを見下している可能性が高くまともに相手にしないほうが良いと思います。


「秋の通り雨」
千紘は王子というあだ名のモデルをしている男と付き合っています。
王子は千紘をかやのんと呼びます。
秋の初め頃に王子のやっているラジオ番組に呼ばれたのがきっかけで付き合うようになりました。
千紘が彼女いるんでしょうと聞くと王子は全く悪びれずにたくさんいると言い、一夫多妻制の国の王子様かと呆れて王子と呼ぶようになりました。

鎌倉の祖父の家は売るはずでしたが契約直前に購入希望者が逃げ、千紘はまだ住んでいます。
千紘は焼き鳥屋で清野(せいの)という35歳の男と話をし家に招きます。
その前には逗子に住む若い評論家の男を家に招いていて、次々と男を家に招くようになっていて驚きました。
千紘は清野がどこか柴田に似ていると思います。

「夏の裁断」とは違う、物語に漂う虚しさが印象的でした。
そして「夏の裁断」にあった恐怖の空気はなくなっていました。

千紘の「私のこと、どう思ってるんですか?」に清野は「そういうのは言葉にしないでおきたいんです」と答えます。
清野はとても淡白なところがあり、納得いかない千紘は清野と喧嘩になります。
しかし今度の千紘はしたたかになっていて清野を上手くあしらい、「夏の裁断」で何もかも自身が悪いと思っていた時とは変わったことが分かりました。

2、3ヶ月ぶりに猪俣から連絡が来ます。
清野と付き合い始めた千紘を心配する猪俣を見て千紘は猪俣にいつも心配されていたことを思い出し、次のように胸中で語ります。
一方的に心配される関係というのは果たして対等だったのだろうか。
これは対等ではないと思います。
猪俣は千紘を心配ばかりかける人と思っているのだと思います。

千紘は自身の心が清野を好きなのを悟ります。
そして東京に戻ることを決め、久しぶりに清野と会った時に東京に戻ると伝えます。

この話は終わりの一文が良く、次のようにありました。
なにが起きるか分からないということを、今なら私は、少し楽しめる気がした。
千紘の心が回復し始めているのがよく分かる一文でした。


「冬の沈黙」
千紘は東京に引っ越します。
鎌倉の祖父の家は民宿をやりたい夫婦が買い取りました。
仕事では柴田ほどではなくても妙に引っかかるようなことを言う編集もいますが、以前は自身のせいかも知れないと気を揉んで疲れていたのが、最近は「これから用事があるので、そろそろ失礼します」とぱっと打ち切って席を立てるようになり、やはり千紘は変わりました。

千紘が清野と話していてテーブルに頬杖をつく場面を見て、頬杖をつく柴田にビクビクしていたのを思い出し、清野になら自身が頬杖をつけるのだと思いました。
千紘は清野を何もくれないけれど奪わないと評しています。
清野に義理の姉と姪、甥がいることが分かりますが詳しいことは語らず気になりました。

久しぶりに王子からメールが来て会います。
王子はWebのCM動画に合わせて詩に近い文章を考える仕事を勧めてきます。
千紘は王子はちゃらく見えても色んなことを見聞きして考えていると悟ります。

教授にメールをして新宿御苑近くのカフェで会うと、教授は清野は千紘の求めているものは一生くれないかも知れないと言います。
清野は自身の生い立ちや家族のことを語ったり部屋を見せてくれたりはしないのだと思いました。

千紘は清野にもうきついと言い、さらに私はあなたが信じられないと言うと清野が出て行きます。
千紘は心の中で別れを告げます。


「春の結論」
千紘は昨年の11月で30歳になりました。
今年の春に東南アジアに行ってその取材を元に小説を書いてほしいという依頼が来ます。
まだ清野のことが忘れられずにいる千紘に清野からメールが来ますが一旦そのままにします。

千紘は磯和の名前をネットで検索して真珠で有名な海辺の町で配送業の仕事をしていることを突き止めます。
そしてその町に行き磯和の勤める営業所に行き、仕事が終わって飲みに行ったという情報を得てダイニングバーに行きます。
そこで千紘は磯和に酷い目に遭わされたことを抗議します。
「夏の裁断」の時では考えられないような行動に出ていて驚きました。
「夏の裁断」で教授が語っていた「どうせなら本人に返そう」と言う言葉がここにつながっていました。
酷い目に遭わされたまま黙ってはいないという心になったことが分かり、酷い目に遭わされた時から長い間沈んでいた心が開放されたのではと思いました。

千紘は清野にメールをして会って話したいことを伝え、久しぶりに会います。
清野の言葉が良く、千紘が自身の弱点と思って押さえ込もうとしているものをそれも千紘だと言ってくれていました。
清野が今まで言わずにいた自身の生い立ちの秘密を見せてくれます。
「夏の裁断」で弱っていた心が回復し、一度は別れた清野ともまた付き合うことになり、明るい終わり方になっていて良かったです


「リトル・バイ・リトル」「生まれる森」「大きな熊が来る前に、おやすみ。」そして「夏の裁断」の芥川賞候補になった四つの作品の中で私は断然「夏の裁断」をお勧めします。
千紘の追い詰められた心の描き方がとても優れていて緊迫した雰囲気がありました。
元々の芥川賞系作家らしい文章表現力に、優れた心の描き方が加わってかなり読み手の心に迫る作品になり、四つの作品の中で一番芥川賞に近づいた作品だったのではと思います。
主人公が臨床心理学を深く学んでいる共通点のある「ファーストラヴ」(2018年第159回直木賞受賞)でも優れた心の描き方が見られ、「夏の裁断」は後の直木賞受賞につながる人間の心を描いた名作だと思います。


※「島本理生さんと芥川賞と直木賞 激闘六番勝負」の記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

※図書レビュー館(レビュー記事の作家ごとの一覧)を見る方はこちらをどうぞ。

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「毛利元就 第九回 さらば兄上」

2018-08-26 19:50:01 | ドラマ
今回ご紹介するのは大河ドラマ「毛利元就 第九回 さらば兄上」です。

-----内容&感想-----
雪が毛利興元(おきもと)の子を身ごもります。
吉田郡山城を訪れた元就に興元が「雪はよくやってくれる。申し分なき室(正室)じゃ」と言っていて私は嬉しくなりました。
この二人の夫婦仲が良くなって良かったです。

京都の大内義興(よしおき)は盟約(国人領主連合)の勢力拡大を警戒し、武田元繁(もとしげ)を国元の安芸に帰し盟約の国人衆を抑えるように言います。
「しかしこの武田元繁こそ、尼子経久(つねひさ)と恐ろしい密約を結んでいたのです」というナレーションがあり波乱が予感されました。
元繁は家臣達にただちに経久にこのことを知らせるように言い、まずは毛利を叩き潰すと言います。

出雲の月山富田城(がっさんとだじょう)では知らせを受けた経久が策略を考えます。
経久は盟約の結束力がどれほどのものか読めないため、血気盛んに安芸の国人衆達に攻め込もうとしている元繁を戦わせて確かめようとします。
元繁と密約を結んでいても体よく利用しようとしていて、経久の狡猾さを感じました。

帰国した元繁は義興に反旗を翻し、大内方の大野河内城(こうちじょう)を攻め落とし、さらに己斐城(こいじょう)を包囲する動きに出ます。
義興は元繁を討つように興元に命ぜよと言います。
重臣の陶興房(すえおきふさ)は興元は大内を裏切って逃げ帰ったことを忘れてはいないはずで、裏切りを許すと言えば必ず動くと言います。
義興は毛利が動けば盟約の国人衆がどう出るかを見ることができ、盟約の結束の強さを確かめられると言っていました。
経久も義興も盟約の結束の強さを確かめようとしていて、安芸九ヶ国の盟約がいかに警戒されているかが分かりました。

評定(ひょうじょう)で興元は大内の命に従い武田と戦うと言います。
京都から無断で撤退したのを口実に毛利の商いの道は大内の圧力で閉ざされたままで、自身のせいで領民の暮らしが困窮しているのをそのままにはしておけないという思いがあります。
毛利だけではとても武田には勝てないため盟約の国人衆の合力(ごうりき、援軍として共に戦うこと)が欲しいところですが、大内の命に従うことは盟約に反していて、簡単には合力してもらえそうにないです。
元就が「吉川に有田城を共に攻め落とそう」と誘えば合力してくれるのではと言います。
有田城は元々吉川の城でしたが武田に取られてしまい、その口惜しさを今でも吉川は忘れていないはずというのが元就の考えで、筆頭重臣の志道広良(しじひろよし)が「今回の戦は盟約を破ることにはならず、大内に借りを返すだけのため」と説得することになります。
前回に続いてここでも元就が知将ぶりを発揮していました。


毛利興元(画像はネットより)

興元が元就を呼び出し、武田との戦で元就は留守を守っているように言います。
「わしの思い、分かるな」と言っていて、元々は兄が大内に無断で京都から逃げ帰ったことが招いた戦で、そんな戦で弟を危ない目には遭わせられない、そしてもし自身が死ぬようなことがあったら後を頼むと言っているように見えました。
雪が元就の帰り際を引き留め、なぜようやく立ち直ったばかりの興元を戦に行かせるのかと言います。
元就は「大内の命に従うことで、兄上は裏切りから解き放たれる」と言っていました。
「お家は潰され、殿は死ぬ…」と悲観している雪に元就は「必ず吉川を説得し、合力を取り付ける。決して兄上を死なせるようなことはしない」と言っていましたが、今回のタイトルは「さらば兄上」で、とても印象的な場面でした。

重臣の桂広澄(ひろずみ)が重臣の渡辺勝(すぐる)に手を組まないかと話をします。
広澄はかねてから尼子経久と気脈を通じていることを打ち明けます。
一旦は刀を広澄の首に突き付けた勝ですが広澄の言葉を聞くうちに刀を納め、広澄が尼子に通じるのを黙認したことが分かりました。

元就と広良が吉川家当主の吉川元経(もとつね)とその父、国経を説得しますが動こうとしないです。
杉の「命がけの思いが人を動かすのじゃ」という言葉を思い出した元就は自身を人質に取りもし興元が約定を破った場合は首をはねてくれと言い、涙ながらに幼い頃から自身を育ててくれた兄興元に恩を返したいという思いを語ります。
元就の心からの言葉を聞いた国経が「あい分かった。吉川全軍をあげ合力致す」と言い、吉川の合力を取り付けることに成功します。

毛利吉川連合軍は有田城に兵を進めます。
しかしこれは武田元繁の読み通りで尼子との挟み撃ちにして全滅させようとして動きます。
興元は撤退を決断しかけますが勝の「今撤退しても退路を断たれて全滅する。我らが生き残る道は尼子が動く前に有田城を落とすしかない」という言葉を受け有田城に攻めかかり、狙い通り落とします。

毛利吉川連合軍が有田城を落とした知らせを受けた経久は「戦はやめた」と言います。
盟約の結束の強さに感心していて、兵は動かさず調略で盟約を尼子に抱き込む方針に変えます。
尼子の出陣がなかったため戦局は一変し武田軍は兵を引きます。
毛利吉川連合軍が勝利し毛利軍は吉田郡山城に凱旋します。
興元は死ぬと思っていたので生きて凱旋したのは意外でした。

雪は無事に長男の幸松丸(こうまつまる)を生み毛利家は二重の喜びに包まれます。
陶興房が郡山城にやってきて義興が今回の毛利の戦ぶりをとても喜んでいると伝え、京都から勝手に帰国したことを許してくれます。
毛利に明るい兆しが見えて嬉しかったです。

広澄と勝が二人で話をします。
勝は今回経久が動かなかったのは盟約の力を計りたかったからで、盟約の力を認めた今経久は盟約に取り入ろうとするに違いないと言い、広澄も「そのとおりじゃ」と言います。
そして勝は「経久殿は面白うござる。それがし、手を組む」と言い、ついに勝も尼子方になります。

1516年、吉川元経と相合(あいおう)の娘、松姫の縁組が成立します。
吉川と毛利の結びつきは一段と強くなりましたが、その裏には毛利家中での力の拡大を図る広澄の思惑が働いていました。
松姫の兄、月夜丸も元服を済ませ、相合元綱(もとつな)となり広澄にとって頼りになる武将に成長していました。

興元が父と同じ酒の害で24歳の若さで急死します。
元就は涙を流しながら興元の死を悔やみ、一人ぼっちになってしまったと言っていました。


最後にあった「兄の死は気楽な次男坊である元就の運命を大きく変えていくのです」というナレーションが印象的でした。
兄を失った元就はやがて毛利家を背負って立つ存在になります。
経久が盟約の国人衆を調略しにかかるのも予想され、これからの話がかなり楽しみです


各回の感想記事
第一回  妻たちの言い分
第二回  若君ご乱心
第三回  城主失格
第四回  女の器量
第五回  謀略の城
第六回  恋ごころ
第七回  われ敵前逃亡す
第八回  出来すぎた嫁
第十回  初陣の奇跡
第十一回 花嫁怒る
第十二回 元就暗殺指令
第十三回 戦乱の子誕生
第十四回 巨人とひよっこ
第十五回 涙のうっちゃり
第十六回 弟の謀反
第十七回 凄まじき夜明け
第十八回 水軍の女神
第十九回 夫の恋
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「毛利元就 第八回 出来すぎた嫁」

2018-08-25 11:34:16 | ドラマ
今回ご紹介するのは大河ドラマ「毛利元就 第八回 出来すぎた嫁」です。

-----内容&感想-----
大内の負けを見越して勝手に帰国した毛利、吉川、高橋の三家は今後の対応をどうするか話し合います。
元就が安芸の主な国人衆に働きかけて盟約を結ぶのが良いのではと案を出すと、「安芸の国人衆は一筋縄ではいかない者ばかり。特に大内から目をかけられている天野は簡単に盟約に応じるとは思えない」といった意見が出ます。
元就が「逆に一番厄介な天野を盟約に入れることができれば、他の国人衆も後に続くのでは」と言うと、吉川と高橋が「その役目を果たせるのは興元(おきもと)殿しかいない」と言います。
しかし興元は不安そうで、そんな興元を元就は心配そうに見ていました。

元就が自身も精一杯兄上をお助けしますと声をかけた時、興元が印象的なことを言います。
「この世の中、最後に頼りになるのは、身内だけじゃのう」
これを見て、家族の存在の大きさと大切さを強く感じました。

興元と志道広良(しじひろよし)が天野家当主の天野興次(おきつぐ)に盟約の話をしにいくと嫌味なことを言われて断られ、さらに大内義興(よしおき)から「ただちに毛利を討て」という書状が届いていることが明らかになります。
毛利には一刻の猶予もなくなっていました。

評定(ひょうじょう)で対策を話し合いますが行き詰る中、元就が興元に策があると言います。
元就は高橋家当主の高橋元光に会い、娘の雪殿に惚れたので毛利家に輿入れしてほしいと頼みます。
最初は「10年早いわ」「ひよひよの赤子が」とあしらっていた高橋ですが、元就が兄の興元の正室になってほしいことを言うと興味を示します。
元就は今高橋家と毛利家が親戚になれば天野は必ず恐れると言います。
高橋は既に安芸の国人、石見(いわみ)の国人と手を結んでいて、毛利は備後(びんご)と手を結んでいます。
両家が親戚になれば安芸、備後、石見と国の枠を超えた絆が整い、天野がその中で孤立を良しとするはずはないので、そのために三国の架け橋として雪に毛利家に嫁いでほしいというのが元就の考えです。
すると高橋も「やるのお、ひよひよ」と言って元就を見直していました。
二人の前に現れた雪に高橋が「毛利興元殿へ輿入れせよ」と言うと全く嫌がらずに「分かりました」と言い、盟約のための輿入れなのを分かっていて切れ者の予感がしました。


雪の方(写真はネットより)。

元就は雪と二人になると興元が心を病んでいることを打ち明けます。
隠してはおけない、輿入れを断られても仕方ないと言っていて、これは誠実だと思いました。
雪は「左様なことに胸を痛めるお方こそ、信じられまする」と言います。
雪の優しさを感じた場面でした。

1512年2月、雪は興元の正室になります。
評定(ひょうじょう)の場で福原広俊や興元が雪に「思っていることは何でも言ってくれ」と言うと、物凄い力を発揮します。
天野を盟約に加えるには両家の婚儀が整った今を逃してはならない、元就はただちに天野と話をし、みなで手分けして時を同じくして他の国人衆とも話をまとめてもらう、そうすれば大内の成敗も難しくなり、さらに家臣の皆には日頃どんな務めを任されているのかを話してもらいたい、無駄があれば無くし、さらに力を発揮してもらえるように洗い直したいと言います。
そんな雪を見て元就は呆気に取られていました。
間もなく天野を始め安芸の主な国人衆が次々と盟約に加わり協力な同盟が出来上がります。

義興に重臣の内藤興盛(おきもり)が安芸九ヶ国の国人衆が集まり盟約を結んだことを伝えます。
興盛は激怒し自身に毛利を討たせてくれと言いますが義興は成敗は一時取り止めにすると言います。
納得いかない興盛はたとえ盟約を結ぼうと安芸の国人などねずみのようなもの、自身にまかせてくれと言いますが義興は「ならん!」と重ねて言います。
重臣の陶興房(すえおきふさ)が「ねずみのごとき者どもこそ、追い込まれた時には必ず猫を噛むものじゃ」と言っていてそのとおりだと思いました。
義興は盟約を「いずれ丸ごとこちら側に引きずり込む。今は捨て置け!」と言い、怒りに任せて突進はしないところが流石だと思いました。
元就の大活躍で大内の成敗を取り止めにすることができ、早くも知将ぶりを発揮していました。

広澄が月夜丸の妹の松姫を吉川家に嫁がせると言います。
広澄はいずれ尼子の世になると見ていて、尼子経久(つねひさ)の奥方は吉川の出身のため、尼子の世になれば吉川を重く扱うようになると読んでいます。
こちらも政略結婚の策略が凄いと思いました。

雪が成敗の心配もなくなった今こそ手を打たねばならないことがいくつもあるのではと言うと、興元が元就と相談するから心配ないと言います。
その時に雪がとてもがっかりした幻滅の表情をしていて、本当は自身に相談してほしいのだと思いました。
雪が広澄が松姫を吉川家に嫁がせるのを急ぐのは何かあるはずで、尼子経久の奥方は吉川の出身でもあり、私なら表立たずに調べられるから働かせてほしいと言うと、興元は雪が生けていたさざんかの花の話をして全く噛み合わないです。
言いたいことをぐっと堪えて興元に話を合わせ、さざんかの花の話をする雪がかなり可哀想でした。

興元と雪が上手く行っていないという噂が聞かれるようになり、縁組を勧めた手前気まずい元就は郡山城に行かなくなります。
そんな元就に杉と侍女の久が郡山城に行きましょうと言うと元就は嫌じゃと言いながらぼやいていて、ぼやきぶりがどんどん板についてきています。
杉に連れられて元就が郡山城に行くと興元は一気に喜んで明るくなります。
雪と居る時の表情のなさとの差が印象的でした。

四人での酒の席になると雪がせきを切ったように話し出します。
盟約を結んで間もないのに毛利と吉川が縁組すれば他の国人達から抜け駆けしたと思われると言うと、元就はそんなことはない、盟約の深まりを感じるはずだと言いますが、雪は元就は若いのでそう思うのも無理は無いと言います。
元就はむっとしたようで、雪はまだ毛利の人間になりきれていない、高橋のことばかり考えていると言います。
この言葉に雪も怒ると、興元はもうよいと言って出て行ってしまいます。
雪が心から毛利のために働きたいと思っているのだと言うと元就は自身の間違いに気づき謝ります。

興元は酒のとっくりを割り破片を腕に差します。
「痛い」と言いながら弱々しく笑っていて、痛みを感じるのが嬉しそうにも見え、内面を病んでいるのがよく分かる場面でした。
一度猿掛城に帰った元就と杉も戻ってきて三人で興元の身を案じます。
興元は「死のうとしたのではない。おのれがまことに生きておるのか、確かめたかった」と言っていて印象的な言葉でした。
涙を流しながら興元の手を握る雪を見て、必ず興元の支えになってくれると思いました。

杉が元就に雪のような妻を娶られませと言うと、元就は雪と杉の二人によく似た女子を娶ると言っていました。
雪の聡明さ、杉の天真爛漫さ、両方揃うとかなり魅力的だと思います。


今回は働かせてもらえずに嘆く雪の姿が特に印象的でした。
ただし雪は最後、働くのは何も策略を考えたりするだけではないのを悟ったのではと思います。
辛い内面になっている興元のそばにいて寄り添うことも立派な働きだと思います。


各回の感想記事
第一回  妻たちの言い分
第二回  若君ご乱心
第三回  城主失格
第四回  女の器量
第五回  謀略の城
第六回  恋ごころ
第七回  われ敵前逃亡す
第九回  さらば兄上
第十回  初陣の奇跡
第十一回 花嫁怒る
第十二回 元就暗殺指令
第十三回 戦乱の子誕生
第十四回 巨人とひよっこ
第十五回 涙のうっちゃり
第十六回 弟の謀反
第十七回 凄まじき夜明け
第十八回 水軍の女神
第十九回 夫の恋
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遠石八幡宮 整った綺麗な神社

2018-08-22 23:41:21 | フォトギャラリー
「海賊と呼ばれた男」ゆかりの地の「出光興産徳山事業所」を見ながら瀬戸内海沿いを歩いていた時、途中で遠石(といし)八幡宮という神社を見かけました。
全く知らない神社でしたが興味を引かれ参拝してみました。
入り口の鳥居を通って進んでいくと整った綺麗な境内が待っていました。


-------------------- 遠石八幡宮 整った綺麗な神社 --------------------


遠石八幡宮入り口の鳥居。
この鳥居に興味を引かれ参拝していくことにしました。




馬。


三猿。
右から「見ざる(不見)」、「言わざる(不言)」、「聞かざる(不聞)」。


周南市指定文化財、銅造洪鐘(こうしょう)。
鎌倉時代前期の鐘で、この地における源平の戦で流れ矢が当たって音が悪くなり新たに一鐘鋳造したものの、音色が思わしくないので二つの鐘を合わせて一つの鐘に鋳造し直しています。


馬はもう一頭いました。


赤い鳥居の先には稲荷社があります。


長い階段を上って行きます。






神門を通ると、


本殿に到着します。


立派な本殿で、道を歩いていて見かけた時の印象よりかなり良い神社だと思いました


神社の持つ厳かな雰囲気が好きです。


清酒。
一番上にある「毛利公」が印象的で、遠石八幡宮は江戸時代には徳山歴代藩主毛利家から篤く崇敬されていました。


儀式殿。
神前挙式が行われます。


牛。


新宮速玉(しんぐうはやたま)神社。


松前稲荷神社。


小さな五重塔。


幸せ橋。
橋の先には遠石会館があります。


遠石会館の中に「おまいりカフェ」という簡易カフェがあり寄ってみました。


おまいりカフェの席からの写真です。
明るさと落ち着きを両方持った雰囲気でした。


アイスコーヒーを飲んでみました。
神社の簡易カフェということでそれほど期待していなかったのですが美味しかったです
しっかり苦味がありさらにすっきりとしていて喉越しが良かったです。


高い場所からなら、出光興産徳山事業所の工場施設が広範囲に渡って見えます。


参拝してみて、この神社の前を通りかかって良かったと思いました。
整った綺麗な境内が印象的で良い神社だと思いました。
おまいりカフェで一休みすることもでき、厳かで爽やかな気持ちになれました


※フォトギャラリー館を見る方はこちらをどうぞ。

※横浜別館はこちらをどうぞ。

※3号館はこちらをどうぞ。
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いろどり家 ささみの梅しそ巻揚げ梅ソース膳

2018-08-21 21:26:17 | グルメ


8月11日に埼玉の実家に帰省した時、東京の池袋の西武百貨店にある「いろどり家」というお店でお昼ご飯を食べました。
鶏と野菜を中心にした創作和食のお店です。

私はささみの梅しそ巻揚げ梅ソース膳を頼みました。
ご飯は白米か十五穀米を選べ、さらに大盛りもお代わりも無料です。
あっさり目のメニューで女性に人気のお店とのことですがご飯の大盛りやお代わりが無料でできるのは男性も嬉しいと思います。
私は体重を減らしたいのでご飯は十五穀米の普通盛りにしました。



ささみの梅しそ巻揚げはまずかつがあっさりしていて食べやすかったです。
衣はサクサクで中は柔らかくなっていました。
梅果肉が入っていて写真中央下部の梅ダレを付けなくても梅の味がします。
しその香りもしてとても和風な風味になっていて美味しかったです。
梅ダレをかけるとさらに梅の味がするようになり、爽やかな酸味は真夏の凄く暑い日でも食べやすくて良いと思います

写真右側真ん中の絹ごし豆腐の白和えは豆、黒豆、人参、コーンが入っていて、絹ごし豆腐とそれぞれの具材がよく馴染んでいてとても良いしっとり感でした。
かなり美味しくてパクパク食べました。
すまし汁は優しい味わいで気持ちを落ち着けてくれました。

梅ダレはささみの梅しそ巻揚げの下にあるサラダのドレッシングにもなります。
サラダは人参、水菜、トマト、キャベツ、紫キャベツで梅ダレのおかげで酸味のあるしっとり爽やかな味わいになりました。

デザートはもも味のゼリーで、食べやすいサイズにカットされていました。
爽やかな甘味がとても美味しくてもう1つ食べたいくらいでした。

「いろどり家」は今回初めて寄ったお店で、美味しいお店だと思いました。
あっさり目なメニューが多く、十五穀米を扱っていたり野菜を豊富に使っていたりと健康志向なのも良いと思います。
他のメニューも美味しそうだったのでまた機会があれば食べに寄ってみたいと思います
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「錦繍」宮本輝

2018-08-20 22:19:21 | 小説


今回ご紹介するのは「錦繍(きんしゅう)」(著:宮本輝)です。

-----内容-----
「前略 蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした」
運命的な事件ゆえ愛し合いながらも離婚した二人が、紅葉に染まる蔵王で十年の歳月を隔て再会した。
そして、女は男に宛てて一通の手紙を書き綴る――。
往復書簡が、それぞれの孤独を生きてきた男女の過去を埋め織りなす、愛と再生のロマン。

-----感想-----
この作品は2004年に読んだことがあります。
2004年は綿矢りささんの「蹴りたい背中」(2004年第130回芥川賞受賞)を読んで読書が好きになった年で、宮本輝さんが当時の芥川賞選考委員だったことから「錦繍」に興味を持ち読みました。
先日三浦しをんさんの「ののはな通信」を読んでいて同じ書簡小説の「錦繍」が思い浮かび久しぶりに読んでみました。
三浦しをんさんが直木賞系の書簡小説なのに対し宮本輝さんは芥川賞系の書簡小説です。

小説の冒頭、勝沼亜紀からの最初の手紙が38ページも続いていました。
私もブログで長文を書くことはありますが、手紙でそんなに長いのを書くのは凄いと思います。

手紙は亜紀が山形県の蔵王のダリア園からドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で有馬靖明という男に再会して驚いたという内容で始まります。
靖明はかつての夫で10年ぶりに再会しました。
亜紀は35歳、靖明は37歳になっています。
亜紀は再会した時の靖明の様子を見て、靖明が平安な日々を過ごしていないのを直感します。

再会した時に紅葉している描写があったので季節は秋と分かりました。
紅葉の描写は次のようにありました。
全山が紅葉しているのではなく、常緑樹や茶色の葉や、銀杏に似た金色の葉に混じって、真紅の繁みが断続的にゴンドラの両脇に流れ去って行くのでした。それゆえに、朱(あか)い葉はいっそう燃えたっているように思えました。何万種もの無尽の色彩の隙間から、ふわりふわりと大きな炎が噴きあがっているような思いに包まれて、私は声もなく、ただ黙って鬱蒼とした樹木の配色に見入っておりました。
これは凄く良い表現で、秋のいくつもの色に彩られた山の様子が鮮やかに思い浮かびました。
自然の山の紅葉はもみじの赤、銀杏の黄色の他に常緑樹の緑、ブナやナラの木などの茶色~金色もありとても色鮮やかです。

10年前、靖明が京都の嵐山の旅館で寝ている時に襲われる無理心中事件に遭い、相手の女性は亡くなりましたが靖明は助かりました。
女性は瀬尾由加子と言い、祗園のアルルというクラブのホステスでした。
亜紀の父の星島照孝は大阪の淀屋橋にある星島建設という建設会社の社長で、靖明はその会社の課長をしていて、照孝はいずれ娘婿の靖明を後継者にしたいと考えていました。
しかし靖明の由加子との浮気と無理心中事件は妻のある建設会社の課長のスキャンダルとして報道され世間に知れ渡ります。
照孝は自身の後継者としての靖明を「競走馬に譬(たと)えたら、ぽきんとまっぷたつに前脚を折った、そんな状態やな」と言っていて、これは再起不能ということだと思いました。
靖明は星島建設を辞め亜紀とも離婚します。

靖明と由加子は舞鶴の中学校で4ヶ月一緒に学んでいたことがあります。
亜紀は靖明と由加子には行きずりの男女の浮気とは違う強い愛情が存在していたのではと思います。

亜紀は勝沼壮一郎という父の勧める大学助教授と再婚します。
勝沼との間に清高という8歳の子供がいますが先天性の脳性マヒによる知的障害があります。
亜紀は障害を持つ子供をもたらしたのは靖明のせいだと八つ当りのように思っていた時期がありました。

冒頭の亜紀の手紙の最後には返事をもらうための手紙ではないとあり、これは自身の気を済ますための手紙ということだと思います。
そのように思うことはあると思います。

靖明から返事が来て由加子とのことを語ります。
両親を亡くした靖明は中学校生活にも自身を引き取ってくれた緒方夫婦という舞鶴に住む母方の親戚との生活にも馴染めない中、同じクラスの由加子のことが好きになります。
しかし程なくして大阪に住む父の兄(伯父)が靖明を引き取りに来ます。
大阪に帰れるのは靖明にとっても嬉しいことでしたが、即座に同意するのは緒方夫妻に申し訳ないと考えてしばらく考えさせてくれと言っていて、中学二年生でこの気遣いができるのは偉いと思いました。

大学に入って三年目に靖明はキャンパスにいた亜紀に一目惚れします。
亜紀と結婚し星島建設に入社して一年経った頃、靖明は仕事で訪れた京都の河原町のデパートで店員として働く由加子に再会します。
由加子は以前から祗園のクラブでもアルバイトをしていて、間もなくそちらを本業にすると言います。
靖明は1ヶ月後、得意先の接待で由加子の働くクラブアルルに行きます。
靖明の手紙はそこで終わり由加子との無理心中の詳細は書きたくないとありました。

1月16日に亜紀から手紙が来てから靖明が返事を出したのは3月6日で、2ヶ月近く経っています。
靖明の手紙も22ページもあり、突然の手紙に戸惑い返事を出すか出さないかで迷いながら長い手紙を書こうとすれば時間がかかると思います。

亜紀は由加子と再会してから無理心中されるまでのいきさつを知りたいと言います。
さらになぜ靖明は蔵王に行ったのか、今何をして生活しているかも言えと言っていてこれは余計なお世話な気がしました。

靖明は短い返事を出し、自身に由加子との顛末を書かねばならない義務はなく手紙もこれを最後にしたいと言います。
しかし亜紀は16ページの長い返事の手紙を出し、これはしつこいと思いましたが日付を見ると亜紀が返事を出したのは2ヶ月経ってからでした。
亜紀も手紙を出すか出さないか迷いながら書いたのかも知れないと思いました。
またこれだけ間隔が空くとこれを最後にしてと言っていた靖明も気持ちが変わって返事を書く気になるかも知れないと思いました。
亜紀の手紙には「いったいこの女はなぜこんなにもしつこく手紙を書いてくるのかと呆れ果てていらっしゃることでしょう。」とあり亜紀も自身がしつこいのを分かっていました。
しかし靖明に心の奥に潜んでいるものを知ってもらいたいという衝動に突き動かされているとあり、この気持ちが亜紀に手紙を書かせています。

亜紀が手紙でモーツァルトの音楽を語っている時に「妙なる調べ」という言葉が登場し、意味を調べてみたら「言葉で表せないほど素晴らしい」とありました。
そして女性の名前で「妙」や「妙子」とあるのはそういった意味が込められているのかも知れないと思いました。
亜紀は16ページの手紙の後に34ページもの手紙を続けて出し、そちらには恬淡(てんたん)という言葉が登場し意味を調べたら「欲が無く、物事に執着しないこと」とありました。
小説では普段聞かない言葉が登場することもあるので面白いです。

靖明と離婚した後亜紀は「モーツァルト」という名前の常にモーツァルトの音楽をかけている喫茶店によく行くようになっていましたが、ある日「モーツァルト」が火事になり全焼してしまいます。
亜紀は「モーツァルト」の御主人夫婦の家にお見舞金を持って行った時に御主人の甥に会い、その人が勝沼壮一郎でした。

やがて「モーツァルト」が再建されます。
照孝も「モーツァルト」に来るようになり、御主人と亜紀と勝沼のお見合いの話をしていました。
亜紀は勝沼との結婚を次のように書いていました。
あなたとの離婚が、ちょうど、別れたくもないのに、むりやり船に乗せられて岸壁を離れて行ったという状態であったとすれば、勝沼との結婚も、まったく同じように、行きたくもないのに、知らぬ間に船に乗ってしまったと言うのが、一番適当な表現ではないかと存じます。
さらに今でもなぜ勝沼と結婚したのか分からないと書いていてこの手紙を勝沼が見たら可哀想な気がしました。

もう手紙は書かないと言っていた靖明ですが二通の手紙を読んで返事を書くことにします。
靖明は10年間ゆっくり転げ落ちていきました。

靖明はいつも京都の嵐山(あらしやま)にある「清乃家(きよのや)」という旅館で由加子と会っていました。
ある日由加子が今夜は清乃家に行きたくないと言います。
大きな病院の経営者が由加子に店を持たせてやろうと3ヶ月前から口説き続けていることを知っていた靖明は、今日はあの男に付き合ってやるのかと嫌味なことを言います。
さらに清乃家で待っているからと言ってがちゃんと電話を切っていて、自身は家庭という安心な場所を持っているのにこれは酷いと思いました。
その日清乃家にやって来た由加子は無理心中事件を起こします。

瀕死になった靖明は死にかけている自身の姿をもうひとつの自身が見つめるという体験をします。
病院の手術室で手術を受けている自身の姿を少し離れた場所から見ていました。
それを「霊魂」とはせずに肉体から離れた自身の命そのものと表現しているのが印象的でした。
靖明は霊魂は信じていないとありました。

亜紀は返事の手紙に私達の手紙はいつか終わらなければならずそのことを私はよく承知していると書いていました。
これは心の思いを語り終わった時だと思いました。

靖明には現在、令子という27歳の一緒に暮らしている女性がいます。
靖明は10年間何をやっても上手く行かず借金取りにも追われ今は令子に養ってもらっています。
令子はスーパーマーケットでレジの仕事をしていますが独立して商売を始めようと考えていて、靖明に手伝ってくれと言います。
令子の考えた商売は美容院が客にサービスと宣伝を兼ねて渡す店のPR紙を作るというもので、一枚の紙を二つ折りにして四ページにして、二~四ページ目の作りは同じにして表紙のページに載せる店名や経営者の名前などをそれぞれの店のものに替えます。
さらにPR紙の内容が同じ地域の他の美容院と同じになるのを避けるため、一地域で契約する美容院は一店舗だけにします。
部数を何万部刷ることができれば一部あたり何円で作ってもらうことができ、さらに何件の得意先を得ることで儲けが出て商売になるかを綿密に計算していて熱意が凄いと思いました。
靖明は令子と別れたらもう明日から食べていくことが出来ないのですが、令子の口から別れたくないという言葉を聞きたくて二日連続で別れようと言っていて考えが酷いと思いました。
令子が可哀想です。
協力するのを嫌がっていた靖明ですが最後は協力することにしていて、そのくらいはやれと思いました。

亜紀はある日、勝沼が大学の自身のゼミの女子学生と浮気をしているのを悟ります。
私は勝沼との結婚のことを書いた亜紀の手紙について「この手紙を勝沼が見たら可哀想な気がしました。」と書きましたが、これを見て一気にその気持ちが消えました。
これは物事には二面性があり、どちらか片方の主張を聞いた時は相手の人は酷いなと思ったとしても、その相手の人の主張を聞いてみると実は最初に主張を聞いた人の方が真に酷い人だったという場合があるということです。

亜紀は勝沼への気持ちがとても覚めています。
勝沼も亜紀が気づいていることに気づき、二人ともなに食わぬ顔で夫婦を続けています。

令子のアパートに借金取りがやってきて、靖明はこれ以上は迷惑をかけられないと考えて今度は本心から別れようと言います。
しかし翌日の夜に靖明が電話をすると令子は再びやってきた借金取りに98万6千円払って靖明が発行した約束手形を取り戻していました。
さらに靖明に帰ってこいと言っていて令子の凄さと靖明の酷さが印象的な場面でした。
靖明は明日の昼過ぎには帰ると言います。

亜紀は自身は勘違いをしていたと語ります。
かつては憎しみに任せて清高の知的障害は靖明のせいだと思っていましたが、実際には自身という人間の業であり、さらにはそんな子の父とならねばならなかった勝沼壮一郎という人の業でもあったと言えはしないかとありました。
そして清高を不具なら不具のままに、出来うる限り正常な人に近づけるよう、何が何でも〈いま〉を懸命に真摯に生きるしかないと、清高を育てる決意を語ります。

亜紀が靖明に語った過去と現在と未来の考え方は興味深かったです。
〈いま〉のあなたの生き方が、未来のあなたを再び大きく変えることになるに違いありません。過去なんて、もうどうしようもない、過ぎ去った事柄にしか過ぎません。でも厳然と過去は生きていて、今日の自分を作っている。けれども、過去と未来のあいだに〈いま〉というものが介在していることを、私もあなたも、すっかり気がつかずにいたような気がしてなりません。
これはそのとおりで、過去の後悔と未来の心配ばかりをしていると現在が疎かになります。
この言葉は人から聞いたことがありますが、2004年の時点で一度読んでいたのかと思いました。
小説には時として人生の教訓になるような凄い言葉があります。

靖明は久しぶりに床屋に行こうと思った時に床屋用のPR紙も作ったら良いと思い付きます。
令子の商売に嫌々付き合っていた靖明が自身から商売を繁盛させるための策を思い付いていて、本気になって令子に協力することが予感されました。

照孝が亜紀に勝沼と結婚させたことを謝り、別れたかったら別れていいと言います。
亜紀の手紙には「心の綾」という表現があり、綾の意味を調べてみたら「物の表面に現れたさまざまな形や模様」とありました。
亜紀は勝沼と別れたいと言います。
今まで照孝の言いなりだった亜紀が初めて自身の希望を言っていて印象的な場面でした。
自身の人生がもう一度動き始めたように見えました。


2004年に読んだ時は古風に感じた内容が今回読んだら静かに胸に染み入ってきました。
情景は彩り豊かに思い浮かび、文章の古風さはあるのでどこか謹み深い気持ちにもなりました。
手紙の行き来だけでこんなに表現豊かな作品が作れるのは凄いと思います。
手紙は自身の心をそのまま写し出せる写真や鏡のように感じ、書く手間はかかっても電話で手早く伝えるよりも落ち着いて自身の心と向き合える分、違った趣きがあって良いと思います。


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「ののはな通信」三浦しをん

2018-08-16 15:50:53 | 小説


今回ご紹介するのは「ののはな通信」(著:三浦しをん)です。

-----内容-----
横浜で、ミッション系のお嬢様学校に通う、野々原茜(のの)と牧田はな。
庶民的な家庭で育ち、頭脳明晰、クールで毒舌なののと、外交官の家に生まれ、天真爛漫で甘え上手のはな。
二人はなぜか気が合い、かけがえのない親友同士となる。
しかし、ののには秘密があった。
いつしかはなに抱いた、友情以上の気持ち。
それを強烈に自覚し、ののは玉砕覚悟ではなに告白する。
不器用にはじまった、密やかな恋。
けれどある裏切りによって、少女たちの楽園は、音を立てて崩れはじめ……。
運命の恋を経て、少女たちは大人になる。
女子校で出会い、運命の恋を得た少女たちの20年超を、全編書簡形式で紡いだ、女子大河小説の最高峰。

-----感想-----
「一章」
野々原茜(のの)から牧田はな(はな)への手紙で物語が始まります。
二人は聖フランチェスカという小学校から大学まである女子学園に通う高校二年生です。
「石川町の改札を出て~」「山手の丘」という言葉があり、聖フランチェスカのモデルは横浜の山手にあるフェリス女学院だと思いました。

友達への手紙なので文章がとても明るいです。
特にはなの文章が明るく、読んでいてウキウキしながらメールをしているはなの姿が思い浮かびました。
その雰囲気を見て三浦しをんさんらしさがよく出た作品だと思いました。
題名の「ののはな通信」を見た時は「野の花通信」かと思いましたが帯に書かれている内容紹介を見て「のの」と「はな」の手紙やメールによる通信でののはな通信だと分かりました。

ののの父は会社で働き母はパートをしていて聖フランチェスカの中では貧しい家です。
はなの家にはお手伝いさんもいて裕福です。
手紙の行き来から二人の身の回りのことが分かってきます。
読んでいると手紙だけでも詳しい情景が分かり、これは三浦しをんさんの書き方が上手いと思います。

あなたは私の家族。ううん、家族よりも大切なひと。こんなになんでも話しあえて、感覚を共有できるひとに、はじめて出会った。いつも寄り添っていたい。
のののこの言葉を見てこれが後にはなへの恋愛感情になるのだと思いました。

ときどき叫びたくなる。わけのわかんないことを、わめきちらしたくなる。早く大人になりたい。
ののが書いていた早く大人になりたいという気持ちは他の小説でも見たことがあります。
これは子供の頃は早く大人になりたいと思いますが、大人になると今度は子供時代に戻りたいと思うこともあります。

凄く短い手紙も登場しその手紙は授業中に送っています。
二人が送る手紙は授業中に送る手紙、通常の郵送する手紙、速達で郵送する手紙と種類があります。
手紙に昭和59年(1984年)の6月とあり、この年ではまだまだ携帯電話は登場しないなと思いました。

クラスメイトの上野という子が与田先生という結婚している男と付き合っている噂があります。
はなが上野に与田とのことを聞くと、次の日に与田がはなに話しかけてきて馬鹿にしたことを言います。
与田のはなへの言葉に激怒したののが張り込みをして付き合っている証拠を押さえると言います。
ののとはなは与田と上野を尾行し、目出し帽をかぶったののがラブホテルに入ろうとする二人に声をかけ写真を撮ります。
写真のことを二人には言わず放っておいてプレッシャーをかけようと言うののにはなが上野にも黙っておくのは可哀想と言い、はなはお人好しな気がしました。

外交官の父親に付いてアメリカに住んでいたことのあるはながアメリカと日本の宗教への考え方の違いを語ります。
「無神論者だなんて、とても言えない雰囲気よ」とあり日本とはまるで違うと思いました。
日本では、キリスト教をはじめとする一神教を信仰してるひとって、そんなに多くないし、宗教はあってもなくてもいい、信じるひとは勝手にやってくれ、という感じでしょ?これって実は、すごく自由で息がしやすいことだと思う。
私も何かを唯一の神として信仰する一神教より八百万(やおよろず)の神をそれぞれの神社に祀る日本の考え方の方が好きです。

手紙を見ているとはなは夢を見ていてののは現実的だと思いました。
またののは成績が良いですがはなは悪いです。
はなからの手紙に「もっと速い通信手段があればいいのに!書いたことを一瞬でやりとりできるような、そんな方法が編みだされないかな」とあり、やがて携帯電話が登場するのを意識しました。

夏休み、ののは手紙ではなが好きだと書きます。
手紙の中に「こんなもの書かなきゃよかったんだけど」という言葉があり、これはその方が良かったと思います。
しかし黙っていられなかったのだと思います。
手紙を見たはなものののことが好きと書いていて驚きました。
三浦しをんさんはたまに同性愛を描くことがあり、同性愛物が苦手な私は三浦しをんさんの大ファンですがこの作品を読むか読まないかで少し迷いました。

ののの常識と良識の考え方は興味深いです。
常識と良識はちがうわ。社会生活を営み、個人が判断を下す際には、良識に基づかなければいけないと思うけれど、やみくもに常識に縛られるのは愚か者のすることよ。
良識は守るべき倫理、常識は大事にしながらも時として打ち破った方が良い場合もあるという気がします。

ののとはなは秘密の交際をしていきます。
しかしはなはののと与田が秘密裏に不倫関係になっているのを与田から知らされののを信じられなくなります。
ののは釈明の手紙を送りますがはなは激怒します。
はなは与田を辞めさせるために動きますが反撃に遭いののが窮地になります。

のの達は高校三年生になり、与田は近くにある男子校に異動になります。
はながしばらくののと話さない日々があり、その後はなが別れようと言います。
別れるのが嫌で学校を休むののの家にはなが行き、近所の土手で改めて別れようと言います。
はなは手紙に「私は永遠に死後の世界を生きます。」と書いていました。
はなの心はののの裏切りに耐えられませんでした。
はなはこれまでにののがくれた手紙を全て送り返します。

はなの手紙の最後の文章がとても印象的でした。
私たち、楽しかったのかな?楽しかったんだろう、たぶん。でも、その記憶もどんどんとろけて土に流れ出していく。埋葬された私の脳から。せめて少しの養分になって、あの土手の階段のタンポポを咲かせてくれますように。
これは別れの舞台になった土手のタンポポを埋葬された記憶が養分になって咲かせるという文章表現がとても良いと思いました。
ののは手紙に「いつの日か、新たな愛を注がれて、あなたがよみがえりますように。」と書いていますが「その日が来るのを見たら、私はきっと嫉妬でどうにかなるでしょう。」とも書いていて、矛盾した気持ちを持っているのが印象的でした。


「二章」
二章は大学一年生になったはなの年賀状から始まります。
ののからの返事はなくて次は大学二年生のはなの年賀状になります。
ののは東大に入り、手紙ははなだけが出す日々が続きます。
ののが久しぶりに返事を書きますがそっけないものでした。
しかしそれをきっかけにまたののも手紙を書くようになります。
二人は友達に戻ります。

ののは三年になって比較文学(各国の文学作品を比較して表現・精神性などを対比させて論じる立場を勉強すること)を専攻していてこれは意外でした。
ののはひたすら良い会社への就職のみを期待し自身達もその恩恵にあずかろうとする両親と距離を置くことにし、悦子というおばの家に住みます。
はなは悦子の家に遊びに行きます。

はなは父が連れてきた磯崎新太郎が気になります。
磯崎は4つ年上で外務省に入って3年目でさらに幼馴染です。

はなは海外生活の経験もある自身から見たフランチェスカの印象を「フランチェスカみたいに、「みんな同じ」がいいとされる学校では~」と評していました。
「みんな同じ」は日本の学校の特徴で、周りに合わせることを重視し個の主張をするのは敬遠する傾向があります。
ただし「みんな同じ」には協調性を養えるという面もあるので、とにかく外国のやり方のほうが良いとして個の主張だけを重視するより上手く両方を取り入れたほうが良いと思います。

はなは国家や社会をきちんと考えている人と家庭を作りたいと手紙に書き、今までになく自身の結婚への思いを語ります。
そして磯崎に恋をしたと言います。
はなは磯崎を連れて悦子の家に行き、ののと悦子に磯崎がどんな人か見てもらうことにします。

はなと磯崎が婚約したのを見てののははなにお別れの手紙を出します。
そしてののと悦子が恋人同士なことが明らかになりこれには驚きました。
ののは自身は悦子と付き合っているのにはなが磯崎と婚約するとはなとお別れしようとしていて勝手な気がしました。

ののは一章ではなに送り返された手紙と二章ではなから貰った手紙を全てはなに送り返し、処分してくれと言います。
あんなに大事にしていた手紙を手放すのを見て本気でお別れする気だと思いました。


「三章」
2010年になり、ののが20年ぶりくらいにはなにメールを出します。
通信手段は手紙からメールに変わりました。
はなは3月で42歳になり、ののは今年の秋に43歳になります。

はなは磯崎が去年からアフリカ中西部のゾンダ共和国に大使として赴任し大使公邸に一緒に住んでいます。
はなから返信をもらったののは「返信をもらえるかどうかどきどきしていた」と書いていました。
ののはお別れをすると言っていましたが時が経つとまたメールをしていて、この気持ちは分かります。
綺麗さっぱり忘れるのは難しいと思います。

ののはフリーのライターをしていて、仕事は人に会って話を聞いて、文章にまとめることです。
ののは普段の仕事とは別に東北の太平洋沿岸にある小さな漁村をいくつか回って話を聞いていて、いつか一冊の本にまとめられればと思っています。
この時2010年で、東北の太平洋沿岸とあるのを見て作中で東日本大震災が起きるのが思い浮かびました。

ののは悦子が病気で亡くなったことを語ります。
二章でははながののの返事を求めていましたが今度はののがはなの返事を求めていて、常にどちらかがどちらかを必要としていると思いました。
ののは悦子が亡くなったことを書くうちに悦子の声が耳に蘇ってきて次のように語ります。
文章って、変なものですね。過去やあの世とつながる呪文みたい。
特に過去とつながるというのが印象的で、書いているうちにその当時の人のことが鮮明に思い浮かぶのはあると思います。

はなが男性の気の利かなさを内助の功で助けることについて「政治や経済をがんがん語る裏で、相手が家庭において、または個人として、どんな悩みや喜びを抱いているかということには、なかなか気づかない。」と語ります。
これはそのとおりで理論だけでは相手の心は離れていくと思います。

ののは与田と不倫関係になったことを「バカなことをした当時の自分を叩きのめしてやりたい。」と書いていて、当時のことを悔いているのが分かりました。
またかつては読んでいてはなが子供っぽいと思いましたが、今はののが自身を「はなに取り残されている気がして、恥ずかしいです。私はいつまでも子どものまま。」と語っていたのが興味深かったです。
この二人は章が進むと最初に抱いた印象とは互いの印象が逆になるのが面白いです。

はなが「記憶」について興味深いことを言います。
ひとが手にすることのできる最もうつくしいものは、宝石でもお花でもなく、記憶なのです。
はなはこの言葉を以前にも語っていて、はなを形づくる言葉だと思います。
はなの言葉を見てののも「あなたの言うとおり、記憶が私たちを生かす糧です。」と言い、はなとの日々の記憶が美しい結晶となって自身の中に宿っているのを感じながら、自身の人生をしっかりと歩む決意をします。

はなは磯崎と離婚したいと考えています。
夫婦仲は良いですがはなの心の中には以前から暴れ回る何かがあり、年を取った今心の赴くままに生きたいと思うようになりました。
決意の手紙をののに送りはなは動き出します。

はながのののようになりたいと思っていたのと同じようにののもはなのようになりたいと思っていました。
全く性格の違う二人はそれぞれのことが眩しく見えているのだと思います。

ゾンダの情勢が不安定になり大使を始めとする日本大使館職員、民間人、自衛官合わせて30人がチャーター便で日本に帰国することになりますが、チャーター便にはなの姿はありませんでした。


「四章」
はなはこれまでの手紙全てをののに送り返します。
これが最後の手紙の移動になります。

はなの最後の手紙にあった言葉は印象的でした。
私は私の心のままに、この道を行きます。また会う日まで、さようなら。元気でいてください。

ののもとても印象的なことを書いていました。
遠い場所とは、ゾンダだけではありません。他者の心も、自分自身の内面すらも、等しく遠い。しかし遠いからといって、知る努力を放棄してしまったら、想像の翼はいつまでも羽ばたかず、距離は縮まらぬまま、私たちは永遠に隔てられてしまうでしょう。

この作品の最後、ののが書いた手紙に「かそけき」という言葉がありました。
かそけきは「かすか」という意味で、「あの家に暮らす四人の女」にもこの言葉が登場していて、三浦しをんさんはこの言葉が好きなのかも知れないと思いました。


全編書簡形式の小説を読むのは宮本輝さんの「錦繍(きんしゅう)」以来です。
帯の内容紹介に「女子大河小説の最高峰」とあるように、ののとはなの長い年月の物語はまさに大河ドラマのようでした。
長い年月の終盤、ののははなとの日々の記憶を胸に自身の人生をしっかりと歩む決意をし、はなは心のままに生きる決意をし、その二つの場面がとても印象的でした。
のの、はなそれぞれの歩む人生が明るいものであってほしいと思います。


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帰省

2018-08-12 14:47:39 | ウェブ日記


昨日からお盆休みになり、昨日さっそく埼玉の実家に帰省しました
8月9日の木曜日の夕方に新幹線の切符を買いに行ったら始発から10時半くらいまで指定席は完売でした。
自由席はすし詰めになることが予想され、始発近い新幹線に乗ろうとしていた私はグリーン席なら少しだけ空きがあったのでそれを買いました。

新幹線は凄い混雑で「本日は非常に多くのお客様が乗車致します」というアナウンスがありました。
朝早くから大勢の人が帰省や旅行で東京方面に向かっていました。
グリーン車は値段は高くなりますが席は広くてサービスも良いです。



東京駅も凄い混雑になっていました。
新幹線を降りてJR乗り換え用の改札に向かう時、これから東海道・山陽新幹線に乗る人用の改札に大勢の人が並んでいるのが見えました。



JRの各路線のホームへの階段やエスカレーターが並ぶ通路は特に混雑していて歩くのが大変でした。
お盆休みらしい混雑で、歩く人々には楽しそうな雰囲気がありました。

昨日は寝た時間が少なくて一日ずっと眠かったので夜は熟睡しました。
実家に帰省して最初の朝は雲っていて、雨は降っていなかったので近所を歩きに行きました。
今回の帰省もダイエットのためにたくさん歩こうと思います。
そして小説を読んだりしながらゆっくり過ごしたいと思います
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出光興産徳山事業所 「海賊と呼ばれた男」ゆかりの地

2018-08-08 20:15:32 | フォトギャラリー
5月12日、山口県の徳山にある出光興産株式会社の徳山事業所とその周辺の緑地帯を見に行きました。
「海賊と呼ばれた男(著:百田尚樹、2013年第10回本屋大賞受賞)」で徳山が登場します。

※「海賊とよばれた男(上)」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。
※「海賊とよばれた男(下)」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

主人公の国岡鐡造(てつぞう)は明治、大正、昭和を生き、小さな商店での勤務から始まり、独立して国岡商店を開き石油を扱うようになり、幾度もの苦難に見舞われながらやがて押しも押されもせぬ大企業になります。
国岡商店のモデルは出光興産、国岡鐡造のモデルは出光興産創業者の出光佐三で、出光佐三の生涯にもとずいたドキュメンタリー小説になっています。
物語の終盤、鐡造は山口県の徳山に石油の精製工場を建設します。
工事では山陽本線沿いに長い緑地帯を作り、樹木や花を植えて市民が散歩できるように遊歩道を作ったとあり、小説の感想記事では「私は山陽に住んでいたことがあるのでこの工場は見てみたかったと思いました。」と書きました。
その後縁があって再び山陽に住むことになり、これはぜひ見に行こうと思いました。


-------------------- 出光興産徳山事業所 「海賊と呼ばれた男」ゆかりの地 --------------------


徳山駅に降り立ちました。


さっそく出光興産徳山事業所にやってきました。


瀬戸内海に面したとても広い事業所なので道沿いに歩いていきます。


速玉公園。





出光興産徳山事業所の敷地沿いには、緩衝用に緑豊かな公園や緑地帯があります。






線路の向こうに見えるのが出光興産徳山事業所敷地内の緑地帯です。
小説に登場する緑地帯はこれだと思います。


高架になっているのは新幹線の線路です。
新幹線の窓から敷地内の緑地帯がよく見えると思います。


高架線路の向こうに事業所施設の一部が見えます。


遠石(といし)緑地が見えてきました。


緑がたくさんあると気持ちも和みます






遠石緑地を抜けて再び線路沿いを歩いていきます。


事業所の工場施設が広く見渡せる場所がありました。


再び事業所の入り口がありました。




大規模な工場施設のためテロ対策は重要だと思います。


周南緑地という場所にやってきました。




立体道路の歩道から撮っています。
線路を挟んで写真左手が出光興産徳山事業所の緑地帯、右手が地域の緑地帯です。






緑と上手く共存していると思います。


動く要塞のような雰囲気です。


事業所には現在は停止していますが小説と同じように石油の精製工場があります。





広大な敷地にたくさん工場施設などが並び、風格ある雰囲気になっていました。


徳山に行き出光興産徳山事業所を見て、改めて何もないところから一代で押しも押されもせぬ大企業に掛け上がった国岡鐡造の凄さに思いを馳せました。
掛け上がるまでは資金難、強敵達の国岡商店を潰すための嫌がらせ、戦後の混乱など苦難の連続で倒産の危機もありました。
徳山事業所はその苦難を乗り越えて強敵達と対等に渡り合えるようになった国岡商店の地盤の安定を決定づけた事業所で小説を読んだ時にとても印象的でした。
今回実際にどんな事業所なのか見ることができて良かったです


※フォトギャラリー館を見る方はこちらをどうぞ。

※横浜別館はこちらをどうぞ。

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