読書日和

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「新進演奏家育成プロジェクト オーケストラ・シリーズ 第60回広島」

2021-02-23 21:04:08 | コンサート、演奏会


(トマジのサクソフォン協奏曲演奏後、観客の拍手に応える進正裕さん(写真中央))

2月17日、広島県広島市のJMSアステールプラザ大ホールで行われた「新進演奏家育成プロジェクト オーケストラ・シリーズ 第60回広島」を聴きに行きました。
この演奏会は「新進演奏家の発掘及び育成」を目的として、厳正な実技オーディションで出演者を選抜し、プロのオーケストラと共演する機会を提供する文化庁の事業です。
広島地区では「広島交響楽団」との共演になり、若手演奏家にとってまたとない絶好の舞台です
聴きに行くのは3年連続で、新型コロナウイルスの影響でまだまだ演奏会自体が少ない中で開催してくれたことに感謝し、素敵な音色に聴き入りました



1.モーツァルト:オーボエ協奏曲 ハ長調 K.314



(ソリスト(ソロ演奏者)の川本伶美さん。)

登場時にかなりお若い印象を受けて、パンフレットを見ると東京藝術大学のまだ1年生とありました。
1年生にして早くもこのステージに登場していて先が楽しみだと思いました。





(川本伶美さんとオーケストラで演奏中。)

一楽章
オーボエを主役にした協奏曲を聴くのは今回が初めてなので興味深かったです。
明るい音色で始まり、この明るさはモーツァルトらしいなと思いました
ソリストも入り、陽気な音色でした。
陽気な音色のソリストをオーケストラが支える演奏が続いて行きました。

陽気な雰囲気の音色に聴いている自身も乗って行きました。
音色に浮遊感があり、音が浮き上がって来るように聴こえ、自身の気持ちもふわりと浮き上がるかのようでした。
ソリストのソロ演奏の場面もあり、ゆったりとした陽気な音色で伸びが良かったです


二楽章
ゆったりとしたオーケストラの演奏で始まり、ソリストも入り、ゆったりとして少し安らぎもありました。
オーケストラに安らぎとともに明るさが出てきて、ソリストはゆったりと時に力強く伸びやかに演奏していました。
とても心地良い音色で、ゆったりとした明るさが良かったです。
ソリストのソロ演奏の場面もゆったりとして明るく、モーツァルトはやはり明るさが良いなと思います。


三楽章
少し速めに始まり、ソリストも速く陽気に演奏していました。
オーケストラとソリストで息の合った明るさだと思いました。
ソリストのソロ演奏はとても軽快に感じ、最後も全体での軽快な音色で終わりました。



2.プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 二長調 作品19



(ソリストの若林麗さん。この方も桐朋学園大学のまだ一年生です。)




(若林麗さん演奏が始まる直前の場面。)


一楽章
プロコフィエフはピアノ協奏曲第3番が好きでよく聴きますがヴァイオリン協奏曲は初めて聴きました。
弦楽器の小刻みな演奏で始まります。
ソリストも入り、全体がややミステリアスな音色でした。
独特なリズミカルさのある音色になり、チェロとコントラバスが力強いピッチカート(弦を指でポロンポロンと弾く演奏)をしていました。

一瞬途切れてからソリストのピッチカートが目立ちます。
曲の出だしの時点では音色のイメージが掴めていませんでしたが、この時に「ミステリアスで、どこか情熱的」と思いました。
スペインが思い浮かんでくるような情熱的な音色で上手いと思いました
やがて全体が凄く情熱的で力強い演奏になります。

全体がミステリアスな小刻み演奏をし、その中でフルートの伸びのある演奏が目立っていました。
ソリストも入り、かなりの高音を短く切りながら演奏していました。
最後はミステリアスに唸るような演奏で終わりました。


二楽章
ミステリアスで緊迫した音色で始まり、切れのある演奏でした。
全体が不気味な上にさらにリズミカルという独特な音色になります。
ソリストとオーケストラの緊迫した掛け合いがあり、パーカッション(打楽器)に迫力がありました。
ハープの音色が目立つ場面があり、ソリストとオーケストラの緊迫した掛け合いに華を添えていました。
緊迫した音色に華やかさも加わり派手な雰囲気になって終わります。


三楽章
やや静かでミステリアスなオーケストラの演奏で始まります。
ソリストも入り、全体で静かにミステリアスに演奏します。
ソリストが切れのある小刻みな演奏を続け、オーケストラがそれを引き取って一気に爆発するような演奏になります。

一旦全体がゆったりとミステリアスに演奏してからソリストの音色がかなり派手になります。
そこから全体が力強い演奏になりました。
ソリストがかなりの高音で伸びのある演奏をし、ミステリアスさの中に少し安らぎも感じる音色になって終わりました。



3.ドニゼッティ:歌劇「アンナ・ボレーナ」より”私の生まれたあのお城”
 ヴェルディ:歌劇「椿姫」より”ああ そはかの人か 花から花へ”



(ソリストの柴田優香さん。)




(柴田優香さんはエリザベト音楽大学の4年生で、音域はソプラノです。)


一曲目:歌劇「アンナ・ボレーナ」より”私の生まれたあのお城”
ゆったりした少しもの悲しいオーケストラで始まります。
ソリストも入りとても力強く歌い、オーケストラがそれを引き取ってとても力強く演奏します。
ソリストが歌ってその後をオーケストラが引き取る演奏が何回か続きました。

やがて初めてソリストとオーケストラが両方とも凄い迫力で演奏する場面になります。
そこから一転して両方とも寂しそうな演奏になります。

ソリストが超高音で力強く歌っていて、それをスパッと切った時、空気が震えたように感じました。
唐突な静寂も音楽の一部のように聴こえ、「余韻」がとても上手いなと思いました。


二曲目:歌劇「椿姫」より”ああ そはかの人か 花から花へ”
オーケストラが「バババ、バーン!」と物凄く力強く演奏して始まります。
ソリストも入り高音で力強かったです。
オーケストラはところどころに「合いの手」のような音色を入れてソリストを支えていました。
ソリストのゆったりとした歌をオーケストラが支え、やがてゆったりとした歌い方にやや陽気さも入って行きます。

ソリストの雰囲気が変わってややスピードを上げ、オーケストラはミステリアスな演奏で支えます。
ソリストが力強い歌声になり、同時に明るい雰囲気もあり、最後は全体が陽気に楽しそうな音色で終わりました。



4.トマジ:サクソフォン協奏曲



(ソリストの進正裕さん。昭和音楽大学大学院の2年生で、私はこの人の演奏が聴きたくて足を運びました。)

一楽章
ミステリアスなオーケストラで始まります。
ソリストも入り、ゆったりとミステリアスに演奏し音の伸びが良かったです。
ソリストとオーケストラで伸びやかに、そしてミステリアスに演奏します。

ソリストの演奏がスピードを上げ、オーケストラも続きます。
そこからオーケストラだけでとても雄大に、ミステリアスに演奏します。

ソリストがミステリアスな演奏をし、そこからスピードと迫力を増し、オーケストラも力強く支えていました。
ミステリアスな上に力強いので、音色に重厚感があります。

ところどころ、パーカッションの「バーン!」という音色が良く、席から姿は見えませんでしたがシンバルかなと思いました。
ティンパニ(大型のドラムのような楽器)の作る、音色の「底」の部分を支える音も良いと思いました。

一楽章を聴いている時点で、ソリストが物凄く上手いと思いました。
ずっとミステリアスな音色ですが、ミステリアスさを保ちながらゆったりしたり大迫力になったりスピードを上げたりと、様々な変化を上手く付けていました。
ソリストの音色が大迫力になり、オーケストラもそれを引き取って大迫力な演奏をします。

ソリストが、パーカッションが静かな音で支えるだけのほぼソロ演奏になる場面があり、響きがとてもミステリアスでした。
今度はオーケストラが大迫力に演奏し、ソリストも入り、小刻みに演奏します。
管楽器は息を使って演奏するので、息を止めたり吐いたりを高速で行う小刻み演奏は大変だと思います。
ソリストが迫力を増してからピタッと止まり、オーケストラがそれを引き取って大迫力に演奏する場面が何度もあったのも印象的でした。


二楽章
管楽器の少しひょうきんな響きの速い演奏で始まり、ソリストも入りこちらも速い演奏でした。
全体で速い演奏をして行きます。

ソリストの演奏にコミカルさが出るようになります。
やはり速い演奏で、オーケストラも速い演奏で支えていました。
そこからソリストの演奏がゆったりと伸びやかになります。

ソリストがどんどん音を下げて行き、下がりきったところでオーケストラがそれを引き取って大迫力に演奏します。
息の合ったコンビネーションだと思いました。
それぞれの音のリズムは全く違いますが、「連続した音楽」という印象を強く持つ良い演奏でした。

オーケストラが静かな演奏になり、その中でハープが目立ちます。
ハープの音はゆったりとしたさざ波のような印象があり、たまに目立つととても心地良く感じます。

全体で凄く盛り上がる演奏をし、途中からオーケストラだけで盛り上がる演奏を続け、ミステリアスにも聴こえました。
再びソリストが入り、コミカルで速く、ミステリアスな演奏をしました。
この曲には終始ミステリアスな雰囲気があります。

全体が物凄い盛り上がりになります。
ゆったりとしていますが大迫力の音色で、最後も物凄い盛り上がりで終わりました。




(進正裕さん演奏が終わって客席に礼をしている場面。)




(進正裕さん一度退場してから拍手に応えて再登場し、オーケストラも立ち上がって全員で拍手に応える場面。
これにて今年の「新進演奏家育成プロジェクト オーケストラ・シリーズ」が終演となりました。)


今年は最終演奏者の後、拍手に応えて演奏者全員で再登場する場面がなかったです。
また昨年と同じく演奏者全員による、観客が帰る時のお見送りもなく、何とか演奏会が開催されましたが新型コロナウイルスの影響は依然として大きいと思いました。
早くこういった大規模なコンサートが気兼ねなく開催できるようになってほしいなと思いました。


今回の演奏会、4人とも上手かったですが中でも最後に登場した進正裕さんはかつて何度か演奏を聴いたこともあり印象的でした。
エリザベト音楽大学の2018年度卒業演奏会にも出演されていて、卒業後は大学院進学で神奈川県に行かれ、私は約2年ぶりに生演奏を聴きました。
やはり上手く、2年の間にさらに上手さが増したように感じ、別の地域に旅立たれた人がこうして演奏会という舞台に舞い戻ってきて、それを聴きに行けるのは素敵なことだと思いました。
そしてどの演奏者さんも今回の広島交響楽団との共演が大きな経験になり、今後更に活躍するのがとても楽しみです



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プロフィール

川本伶美(オーボエ)

広島県出身。3歳よりヴァイオリン、7歳よりピアノ、14歳よりオーボエを始める。
広島県瀬戸内高等学校を卒業後、東京藝術大学に入学。現在1年在学中。
これまでにオーボエを板谷由起子、和久井仁の各氏に、現在、吉井瑞穂氏に師事。
室内楽を須川展也氏に師事。
第41回ハイスクール・ミュージック・コンサート最優秀賞受賞。
第36回中国ユース音楽コンクール管楽器部門最優秀賞受賞にて記念演奏会に出演。
第29回日本クラシック音楽コンクール全国大会オーボエ部門第3位(第1位、2位なし)。



若林麗(ヴァイオリン)

広島市出身。3歳よりヴァイオリンを始め、桐朋学園子供のための音楽教室(広島教室)に入室。
第67回、第69回全日本学生音楽コンクール大阪大会小学校の部、中学校の部入選。
第25回日本クラシック音楽コンクール全国大会ヴァイオリン部門中学校の部第4位。
第9回べーテン音楽コンクール全国大会弦楽器部門中学校の部第1位。
第11回べーテン音楽コンクール全国大会弦楽器部門高校の部第1位。
第1回桐朋ジュニアコンクール in 広島にてグランプリ受賞。
第33回広島サマーコンサートにてヤマハ賞受賞。
いしかわミュージックアカデミー、霧島国際音楽祭、京都フランスアカデミー、ニース夏期国際音楽アカデミーなど国内外にてマスタークラス受講。
2020年3月、桐朋女子高等学校音楽科卒業、成績優秀者による卒業演奏会に出演。
現在、桐朋学園大学音楽学部1年在学中。
これまで村上直子、浦川宜也、篠崎功子の各氏に師事。



柴田優香(ソプラノ)

山口県岩国市出身。エリザベト音楽大学演奏学科声楽専攻に特別奨学生として入学。現在4年在学中。
来年度には5年プログラム生(早期卒業制度)として大学院卒業予定。
エリザベト音楽大学ザビエル賞受賞。
岩国優秀文化賞受賞。
第25回日本クラシック音楽コンクール優秀賞受賞にて、全国大会出場。
第70回全日本学生音楽コンクール入選。
第59・60・63・64回山口県学生音楽コンクール金賞受賞。
第12回東京国際声楽コンクール大学生部門第5位。
広島シティーオペラ主催オペラ『ジャンニ・スキッキ』ラウレッタ役でオペラデビュー。
花キューピットオープンにて国歌独唱。
これまでに岡村美瑳、赤川優子、枝松瞳、折河宏治の各氏に師事。



進正裕(サクソフォン)

1996年島根県浜田市生まれ。
3歳からピアノを、12歳からサクソフォンを始める。
エリザベト音楽大学演奏学科管弦打楽器サクソフォン専攻を卒業。
同大学卒業演奏会に出演。
第21回大阪国際音楽コンクール木管楽器Age-U部門において第1位を受賞、第30回日本クラシック音楽コンクールサクソフォン部門大学の部において第2位(最高位)を受賞、第1回東京国際管楽器コンクール木管ソロ部門において第3位を受賞。
その他、国内のコンクールにおいて多数入賞を果たす。
第16回サクソフォン新人演奏会、第35回ヤマハ管楽器新人演奏会に出演。
サクソフォンを有村純親、大森義基、正田桂悟、室内楽を赤坂達三、小山弦太郎、宗貞啓二、即興演奏を平野公崇の各氏に師事。
現在、昭和音楽大学大学院修士課程に在学中。
(株)クライスエムイー『まなぶ音ライン』講師。



末廣誠(指揮)

桐朋学園大学修了。
1989年、N.リムスキー=コルサコフのオペラ『サルタン王の物語』の日本初演において訳詞及び指揮を担当し、高い評価を受ける。
以降オペラを数多く手がけ、豊富なレパートリーを誇っている。
バレエでも多くの作品に参加しており、舞台作品における技量は各界から厚い信頼を得ている。
1990年ハンガリーにおいてサボルチ交響楽団を指揮。
同年、ワイマールで開催された国際セミナーでイェーナー・フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、チューリンガー・アルゲマイネ紙に”真にプロフェッショナルな指揮者”と称賛される。
1991年、第4回フィッテルベルク国際コンクールにおいて第1位ゴールドメダルとオーケストラ特別賞を併せて受賞する。
翌年よりポーランド国立放送交響楽団をはじめとする各地のオーケストラに招かれ、クラコフ放送交響楽団の首席客演指揮者に就任。
また、国立シレジア歌劇場においてヨーロッパにおけるオペラデビューを果たし、定期客演指揮者として多くの作品を指揮している。
帰国後は群馬交響楽団を経て1995年から1999年まで札幌交響楽団指揮者を務め、多岐にわたる活動を続けている。
2016年には、ウィーン楽友協会合唱団のモーツァルト「レクイエム」を指揮し大好評を得た。
高いレベルの演奏を引き出す手腕には定評があり、今後の活躍が期待されている。
また、執筆活動のほか演奏会の司会や企画にもその才能は遺憾なく発揮されている。
レッスンの友社よりエッセー「マエストロ・ペンのお茶にしませんか?」を刊行。

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関連記事
新進演奏家育成プロジェクト オーケストラ・シリーズ 第54回広島


※「コンサート、演奏会記事一覧」をご覧になる方はこちらをどうぞ。

CHRISTMAS IN PEACE CONCERT 2019

2021-02-21 20:54:25 | コンサート、演奏会


(左から木村紗綾さん、重野文歌さん、向井真帆さん。)

2019年12月25日、広島県廿日市(はつかいち)市の「ウッドワンさくらぴあ 小ホール」で行われた「CHRISTMAS IN PEACE CONCERT 2019 星空に輝く若手音楽家による平和の響き」を聴きに行きました。
このコンサートには何度も演奏を聴いたことのあるヴァイオリン演奏者の木村紗綾さん、さらに「一楽章f未完成 Violin & Cello Duo Concert」で演奏を聴いたチェロ演奏者の向井真帆さんが出演されるので興味を持ちました。
コンサートは全部で5曲あり、前半3曲は木村紗綾さん、向井真帆さん、さらにピアノ演奏者の重野文歌さんの3名が演奏し、後半2曲は弦楽アンサンブル(弦楽器による編成)「ヒロシマ・ピース・オーケストラ・ストリングス」が演奏しました。
かなり盛り上がったコンサートで、2019年に聴いた最後のコンサートでもあります



1. ヴァイオリンソナタ第21番K.304:W.A.モーツァルト



(左から木村紗綾さん、重野文歌さん。この2人で演奏しました。)

木村紗綾さんは1曲目演奏後のトークで喋るのが得意ではないので頑張ると言っていました。
今日出演するのは総勢12人とのことでした。
また重野文歌さんとは1年前に初共演したとのことで、その縁で今回もご一緒したようでした。

一楽章
物悲しそうな始まりで寂しそうでした。
タッタッタッタ!とヴァイオリンとピアノが力強くなる場面があり、そこが良かったです。
良いアクセントになっていて、ピアノもかなり上手いと思いました。


二楽章
ピアノのソロ演奏で始まり、高音で物悲しかったです。
ヴァイオリンも始まり、こちらも高音で悲しそうに聴こえました。
安らぐ雰囲気のピアノソロがあり、そこに同じく安らぐ雰囲気のヴァイオリンが入りました。
両方が合わさって悲しげですが安らぐ音色になっていました。
激しさが現れる場面もあり、同じ悲しさにも濃淡が表されていました。




(重野文歌さんトーク中。)

今日はよろしくお願いしますの後、2曲目の紹介がありました。
重野文歌さんの演奏を聴くのはこの日が初めてだったのでどんな演奏をされるのか興味深かったです。



2. 無言歌集 第6巻 作品67より 第1曲、第2曲:F.メンデルスゾーン

第1曲
凄く安らぐ音色で始まりました。
そのまま穏やかな安らぐ音色が続いて行きました。

第2曲
第1曲が終わって一度途切れてから、スピードを上げて演奏が始まりました。
こちらは華麗な音色でロマンチックな雰囲気を感じました。
メンデルスゾーンは曲が優しげであったりロマンチックという話を聞きますが、2曲とも短い曲の中にらしさを感じました。



3. ピアノ三重奏曲第1番ニ短調 作品32:A.アレンスキー



(左から木村紗綾さん、重野文歌さん、向井真帆さん。ピアノ三重奏曲はピアノ、ヴァイオリン、チェロの編成で演奏されます。)




(演奏の様子。)

一楽章
悲しげな始まりで、どこか気高さもある音色の主題(クラシック音楽で、何度か演奏されるその楽章の軸になる音色)でした。
3人で凄く力強い演奏をする場面がありました。

再び冒頭の主題になります。
最初にピアノとヴァイオリンで演奏し、そこにチェロも入り、3人で凄く力強く演奏していました。
この楽章は主題の演奏が何度も繰り返されるのがとても印象的でした。
最後の方では、まずチェロが低音で主題を演奏し、次にヴァイオリンがチェロよりは高い低音で主題を演奏し、最後にピアノが高音で主題を演奏する3連続の場面があり、かなり良かったです

ピアノが物凄く良い場面があったのも印象的でした。
凄く速く、強く弾き、それでいて凄く滑らかでした。 
速く強く弾くのと滑らかに弾くのを兼ね備えた弾き方をするのは難しいと思います。


二楽章
弾むように始まり、ピアノの弾み方が凄く良かったです。
柔らかな弾力があるなと思いました。
3人の連携が良く、ピアノが弾む中でヴァイオリンとチェロは短く切るような演奏をしていました。
同じ演奏を何度か連続した場面があり、ピアノを中心にヴァイオリンとチェロが支えていて凄く良い音色でした


三楽章
チェロとピアノで悲しそうに始まります。
チェロが中心で、そこにヴァイオリンも入って行き3人で悲しそうな演奏をしました。

ピアノの音色が軽やかになります。
ヴァイオリンが凄く高音で演奏し、こちらも悲しそうではなくなりました。
そこからヴァイオリンが悲しそうな演奏になり、ピアノが掛け合うような演奏をし、チェロはピッチカート(弦を指でポロンポロンと弾く演奏)で支えていました。
最後は静かに終わりました。


四楽章
3人での激しい演奏で始まります。
ピアノをヴァイオリンとチェロで支え、凄く力強い演奏でした。
チェロとピアノ、ヴァイオリンとピアノでそれぞれ同じ演奏をした場面があり、もの悲しさがありながらも軽やかさも感じる音色がかなり良かったです。
どんどん高音になりながら盛り上がって行き、これもかなり良かったです。
ピアノが軽やかに演奏しているところにチェロがゆったり軽やかに入り、さらにヴァイオリンもゆったり軽やかに入って行く場面があり、一つずつ音が重なって行く雰囲気が良かったです。
最後は3人で静かに終わり、「余韻」の良い終わり方でした




(演奏終了時。颯爽とした、とても爽やかな雰囲気になったのが良かったです。コンサートの象徴的な場面だったように思います



4. 『和声と創意の試み』作品8より 協奏曲第4番「冬」:A.ヴィヴァルディ



(4曲目から弦楽アンサンブルが登場。木村紗綾さんと向井真帆さんは衣装が変わりました。)





(木村紗綾さんがソロヴァイオリンを務めます。)




(弦楽ストリングス全景。)

緊迫した不穏な雰囲気の音色で始まります。
そこからソロヴァイオリンが凄く緊迫した演奏をしました。
やがてどこかで聴いたことのあるリズミカルでドラマチックさを感じる音色になります。
ヴィヴァルディの「四季(『和声と創意の試み』に入っている「春」「夏」「秋」「冬」の4曲の総称」は、「春」が学校の卒業式で誰しも一度は耳にしそうな有名曲ですが、「夏」「秋」「冬」もそれぞれに良さがあります。

弦楽アンサンブル全体が支える中で、ソロヴァイオリンが高音で穏やかな演奏をしました。
ソロヴァイオリンが緊迫した演奏をして、チェロの向井真帆さんが支えている場面もありました。
全体での低音の小刻み演奏の場面には凄みを感じました。



(4曲目終了後にトークをする木村紗綾さんと岡田倫弥さん。)

最初に木村紗綾さんがトークをし、2人は同い年で3年前の「威風堂々クラシック in Hiroshima」で出会ったとのことです。
その時岡田倫弥さんはオーボエを吹いていて、数年後にまた出会った時に指揮者をやっていて驚いたと言っていました。
その後オーケストラを作るからソリスト(ソロ演奏者)をやってくれないかと木村紗綾さんの滞在するチェコのプラハにメールを送って来られたとのことです。

次に岡田倫弥さんがトークをし、広島には音楽大学もありますが色々な演奏者が集まる場がないのが気になっていたとのことです。
そこでオーケストラを作ろうと思い立ったとのことで、本当に作る行動力が素晴らしいなと思います。
また、私達は「盛り盛りプログラム」が大好きとのことで、このコンサートも演奏時間の長い曲が3曲目と5曲目に置かれていて、体力が切れないようにするのが大変だと思います。



5. 弦楽セレナード ハ長調 作品48:P.チャイコフスキー



(5曲目演奏前。オーケストラ全景。)

一楽章
テレビのCMなどで誰でも一度は耳にしていそうな悲しそうで神聖な雰囲気の有名メロディで始まります。
チェロの「ドレミファソラシド」の1音ずつ上げる演奏の後、また全体が冒頭の音色になります。
今度はソロヴァイオリンの「ドレミファソラシド」の後、全体が冒頭の音色になります。
有名メロディが繰り返されるうちに、曲の音色に引き込まれて行きました。

派手で力強い演奏の後、小刻みで華やかな演奏になります。
ヴァイオリン、チェロの順で、同じ音色の演奏を掛け合っていました。
全体が凄く力強くなり、その力強さが続いて行きました。
再び冒頭の音色になり、チェロの「ドレミファソラシド」の後、全体でやや悲しげな演奏をしました。


二楽章
全体での明るい演奏で始まりました。
ヴァイオリンが凄く高音の演奏をして華やかでした。
そこからまたヴァイオリンが凄く華やかな演奏をして、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが支えていました。
最後は全体がピッチカートになって終わりました。


三楽章
穏やかで伸びやかな演奏で始まり、少し悲しさも感じました。
チェロの力強く悲しげな音色がかなり目立ちました。
そこにヴァイオリンも加わり、力強いのに悲しそうな音色が印象的でした。

ヴァイオリンが凄く高音で、力強く悲しそうな演奏をします。
そこから静かで穏やかな演奏になり、音の伸びが良かったです。

スピードが上がって力強い演奏になります。
ヴァイオリンが「ドレミファソラシド」を何度も繰り返す場面がありました。
そして満を持して第一楽章冒頭の音色が再び登場します。
さらにソロヴァイオリンの「ドレミファソラシド」からもう一度第一楽章冒頭の音色になり、最後は凄く盛り上がりました




(5曲目終了時。オーケストラ全景。)



時期が12月25日のクリスマスで、ホールにもどことなく教会のような雰囲気があり、神聖さを感じるコンサートでした。
特に最後の「弦楽セレナーデ」は音色にもかなりの神聖さがあり、心が清められるようでした。
今振り返ってみるとプログラム構成も神がかっていて、2019年に聴いた最後のコンサートがこのコンサートで良かったなという思いになります。
またこの方々によるコンサートが開催されたらぜひ聴きに行きたいと思います



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プロフィール 2019年12月時点

ヴァイオリン 木村紗綾

広島市出身。3歳よりヴァイオリンを始める。15歳で渡欧。プラハ音楽院に首席入学。
第50回コツィアン国際ヴァイオリンコンクール第1位、第38回チェココンセルヴァトワール・ギムナジウム国際コンクール第1位、第2回ヴィッラフランカ・ディ・ヴェローナ国際コンクール第1位、併せて聴衆賞を受賞するなど国内外のコンクールで入賞。
ドヴォルジャーク音楽祭にて指揮者、ヤロスラフ・クルチェク氏とバッハのヴァイオリン協奏曲を共演。
2016年よりチェコフィルハーモニー管弦楽団オーケストラアカデミーに在籍中はプラハの春音楽祭、スメタナ音楽祭等に出演。
2017年イタリアで開催されたインターハーモニー音楽祭ではコンサートミストレスを務める。
2011年度中村音楽奨学金奨学生。
2016年からは世界的指揮者、大植英次氏と威風堂々クラシック in Hiroshima、チャリティーコンサート等でソリスト、コンサートミストレスとして多数共演。
これまでに村上直子氏、石川静氏、中村英昭氏に師事、現在プラハ音楽院にてイージー・フィッシャー氏に師事する傍ら、チェコフィルハーモニー管弦楽団、プラハ交響楽団などの客演奏者としても国内外で活動中。



ピアノ 重野文歌

呉市に生まれる。
5歳より母親の手ほどきでピアノを始め、2004年秋にヒロシマ・スカラシップ中村奨学生として英国のユーディ・メニューイン音楽院に編入。
2009年にベルリン芸術大学に入学する。
ディプロマを取得した後、2017年にドイツ国家演奏家資格を取得し卒業。
2013年アルトゥール・シュナーベルピアノコンクールにて第3位。
2014年スタインウェイ賞、2015年ユージリオ・ピアノアワードコンクール第3位、2016年モーツァルテ国際ピアノコンクール第2位等これまで数々の国際コンクールに入賞。
これまでにドイツ、イギリス、イタリア、フランス、スペイン、オランダ、トルコ、日本などで演奏し、近年ではソリスト、室内楽奏者としてヨーロッパ各国の音楽祭に招待されている。
また2011年から2017年までユーディ・メニューイン・ライブ・ミュージック・ナウ奨学生として慰問コンサートも精力的に行った。
2017年より2年間ベルリンの音楽学校で後進の指導をしたのち、イギリスに拠点を移し、現在は母校メニューイン音楽院にてピアノ科非常勤講師を務めている。
これまでにマーセル・ボデ、レナーナ・グートマン、パスカル・ドヴァイヨン、村田理夏子各氏に師事。
全日本ピアノ指導者協会演奏会員。



チェロ 向井真帆

広島県廿日市市出身。
12歳よりチェロを始める。
愛知県立芸術大学音楽学部を卒業。
2018年9月より1年間ドイツのケルン音楽大学へ交換留学を経て現在愛知県立芸術大学大学院博士前期課程2年に在学中。
第11回ベーテン音楽コンクール全国大会第1位。
受賞者コンサートに出演。
第10回セシリア国際音楽コンクール室内楽部門第3位。
第18回大阪国際音楽コンクール室内楽部門ファイナル入選。
2018年兼松信子基金奨学生。
コジマムジカコレギア第25回定期演奏会にてオーケストラと共演。
ヒロシマ・ピース・オーケストラ第2回演奏会にてソリストを務める。
第38回広島市新人演奏会に出演。
学内の選抜オーディションにより、「室内楽の夕べ」、「室内楽の楽しみ」に出演。
ヴィオラスペース名古屋2017に出演。
ジェム弦楽四重奏団としてPhoenix OSAQA2015、2016受講。
ルドヴィート・カンタ、H.C.Schweikerの公開レッスンを受講。
これまでにチェロをマーティン・スタンツェライト、花崎薫、H.C.Schweikerの各氏に、室内楽を花崎薫、天野武子、百武由紀、C.Beldiの各氏に師事。



指揮 岡田倫弥

広島市出身。
広島大学教育学部第四類(生涯活動教育系)音楽文化系コースを卒業後、同大学大学院を修了。
現在、昭和音楽大学大学院修士課程音楽芸術表現専攻(指揮)に在籍中。
第37回霧島国際音楽祭マスタークラスで高関健、下野竜也各氏の指導を仰ぐ。
また、熊本県立劇場主催の指揮者講習会にて、山田和樹氏から指導を仰ぎ、その際、横浜シンフォニエッタを指揮。
これまでに指揮を鈴木恵里奈、磯部省吾氏から学び、現在星出豊氏に師事。



弦楽アンサンブル ヒロシマ・ピース・オーケストラ・ストリングス

ヴァイオリン
木村紗綾 澁谷華純 原辺芽依 西山夏未 大田響子 山本一喜

ヴィオラ
長岡佑磨 園部真秀 山本絵里奈

チェロ
向井真帆 阿曽沼裕司

コントラバス
守谷みさき

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木村紗綾さん出演のコンサート、演奏会
威風堂々クラシック in Hiroshima 2018
威風堂々クラシック in Hiroshima 2019
安田女子中学高等学校 第8回復興支援チャリティーコンサート
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「戸村飯店 青春100連発」瀬尾まいこ

2021-02-07 18:12:51 | 小説


今回ご紹介するのは「戸村飯店 青春100連発」(著:瀬尾まいこ)です。

-----内容-----
大阪の超庶民的中華料理店、戸村飯店の二人息子。
要領も見た目もいい兄、ヘイスケと、ボケがうまく単純な性格の弟、コウスケ。
家族や兄弟でも、折り合いが悪かったり波長が違ったり。
ヘイスケは高校卒業後、東京に行く。
大阪と東京で兄弟が自分をみつめ直す、温かな笑いに満ちた傑作青春小説。
坪田譲治文学賞受賞作。

-----感想-----
大阪の庶民的な中華料理店の二人の息子が主人公ということで、大阪弁がたくさん登場するのはもちろんのこと、会話にも大阪的なノリがたくさん見られました
ヘイスケとコウスケの父が店主を務める戸村飯店はラーメンやチャーハンが主なメニューの庶民的なお店で、安くて美味しいのでそこそこ繁盛しているとありました。
物語は第1章から第6章まであり、それぞれコウスケの視点とヘイスケの視点の物語が交代で進んで行きます。


第1章の語り手は高校2年生のコウスケで、高校の学年末テストが終わってもうすぐ卒業式の時期に物語は始まります。
コウスケはクラスメイトの岡野から兄のヘイスケへのラブレターの代筆を頼まれます。
コウスケはヘイスケと仲が悪いですが、岡野の頼みを断れずにラブレターを手伝うことになり、岡野のことが好きと胸中で語っていました。

ヘイスケは4月から東京の専門学校に行きます。
小説のことを学び小説家になると言っていますが、コウスケは本当に小説家になる気があるのか疑っています。
ヘイスケのことを「最低な人間」と評していて、要領の良い立ち回りを嫌悪していました。
第1章を読んだ時点では私もヘイスケは最低な人だなと思いましたが、読み進めて行くうちにヘイスケが抱えてきた悩み、そしてヘイスケが持つ良さが見えてきます。

季節が「春」になる時の空の描写が良いと思いました。
ついこの間まで殺風景だった空も、少しずつ淡い色に変わっている。
もう完全に冬が終わるのだ。
いい季節だな。
情緒なんてものを持ち合わせてない俺でもそう思う。

晴れた日の冬の空は澄んだ青色になり、色のグラデーションがあまりないのに対し、春の青空は淡い色合いをしています。
またコウスケは冬の澄んだ青空を「殺風景」と表現していて、冬は雲のほとんどない日がよくあるので見方によっては殺風景とも言えるなと思いました。
コウスケは自身を「情緒なんてものを持ち合わせてない」と言っていますが、この場面を見てそんなことはないと思いました。

戸村飯店は出前もしていて、コウスケが出前を届けに行くと飴やチョコをくれる人が多いです。
これは大阪らしい雰囲気だと思いました。
私が昔大阪に住んでいた時も、ある駅の前で露店を出してたこ焼きを売っていた人は、買いに行くとお願いしなくても気前良くおまけしてくれることがよくありました。

コウスケは手伝える時はお店を手伝っています。
そういうものだと昔から思っていたとあり、全く手伝わないヘイスケとは大きく違います。
ヘイスケは常連客からもお店を放って用もないのに東京に行くボンボンだと思われていて、ある日広瀬のおっさんという常連客に「お前はなってない」という具合に詰め寄られていました。
誰が相手でものらりくらりとかわして行くヘイスケですが、お店の常連客からも目を付けられていたら居たたまれないなと思いました。

コウスケは一緒に住んでいても本当の兄がどんな人間なのか分からずにいます。 
ある時ふとヘイスケがこの夏、コウスケのふりをして書いてくれた太宰治の「人間失格」に書かれていた言葉を思い出します。
「僕も主人公と一緒だ。僕だって、生まれてきてすみませんと思っている。人間失格とまではいかないけど、この家の、この町の人間としては、失格なのかもしれない」
これはヘイスケ自身の思いなのかも知れないと思いました。


第2章の語り手はヘイスケになります。
4月になり、ヘイスケは東京にある花園総合クリエータースクールという専門学校のノベルズ学科に入りました。
「今まで、その場所に順応していると感じたことは一度もない」と語っていて、大阪の住んでいた町の雰囲気にも馴染めず息苦しさを感じていたことが明らかになります。
またヘイスケが花園総合クリエータースクールに入ったのは、1ヶ月経って自身に合わなかったら入学金返金で辞めることが可能だったからとありました。
「俺は小説家を目指したことはなかった」とはっきり語っていて、コウスケの予想が当たっていました。
「ただ家を出られさえすれば、なんでもよかったのだ。」とあり、そうまでして出たかったのかと驚きました
コウスケからヘイスケに語り手が変わるとコウスケの視点とは全く違うヘイスケの姿が見えてきて興味深かったです。

ヘイスケは大阪の人ではありますが、会話にオチを付けたり周りを笑わせるのは苦手にしています。
「キャラクター構成発想講座」で講師の岸川先生から自分で作ったキャラクターで履歴書を埋めてという課題を出され、周りが奇抜な履歴書を作る中、ヘイスケは自身の生い立ちをモデルにしたごく普通の履歴書を書いてしまいます。
ところが岸川先生がそれを読み上げると他の人達からは大ウケしてヘイスケは戸惑います。
「ここで、こういう普通の履歴書持って来るあたり、やるよね」と、狙ったわけではないですがみんなにウケていました。

ヘイスケは家城(いえき)さんというクラスメイトの女子に連れられて来た「カフェレストランRAKU」で戸村飯店のほうが良い食材を使っていると気付きます。
その様子は料理を的確に分析していて、コウスケが語り手の第1章ではちゃらんぽらんで駄目な兄として描かれていましたが、やはり料理店の息子だなと思いました。
ヘイスケはRAKUでアルバイトをしたいと言い、店長の品村も乗り気になり採用されアルバイトが始まります。
一週間ですっかり要領を得ていて流石に器用な人だと思いました。

RAKUのバイト仲間のマキちゃんに「気取ってないね」と言われてヘイスケは喜びます。
「戸村飯店で、俺はしょっちゅう「気取ってる」「ええ格好しい」「すましとる」と、言われた。」とあり、ヘイスケの無理のない自然な形での立ち居振る舞いは、大阪よりも東京向きなのだろうなと思いました。
「馬鹿笑いをして阪神タイガースを心底愛してないと、戸村飯店ではええ格好しいなのだ。」とあるのも印象的で、大阪的なノリの良さがないとそう言われるようです。

花園総合クリエータースクールをすぐに辞めるつもりでいたヘイスケですが、何と岸川先生から告白されて付き合うことになります。
岸川先生は今までほとんど話したこともないのにヘイスケが早々に学校を辞めるつもりでいることも見抜いていて、鋭い人だと思いました。


第3章の語り手はコウスケです。
戸村飯店の常連客達がヘイスケがいないのを寂しがっていて、これは意外でした。
「主役ではないがあいつがいないと場が締まらない」といった言葉があったのが印象的で、今まではいけ好かないと思っていたのが、いなくなってみると存在の大きさを感じたようでした。

「七時を過ぎてるのにあほみたいに明るい空。時間の猶予がまだたくさんある気がする。夏が真ん中に向かっていく。俺が一番好きな季節。」
7月の夏休み直前の頃と思われ、「夏が真ん中に向かっていく」は良い表現だと思いました。
「真ん中」は気候の面でも気持ちの面でも特に夏らしくなる時期で、そこに向かっていく時期はワクワクします

合唱祭でコウスケのクラスは「大地讃頌」を歌うことになり、コウスケが指揮を務めます。
最近気になっていた曲なのでこれは印象的でした。

コウスケは「大地讃頌」でピアノを弾く北島と仲良くなり、家に泊まりに行った時にヘイスケとも毎日同じように寝ていたことを思い出します。
北島はお坊ちゃん的雰囲気を持つ爽やかな好青年で、夕飯にビーフストロガノフが出てきて食べたことのないコウスケは面食らっていました。
コウスケの家にも行きたいと言う北島にコウスケは次のように言います。
「家中、中華のにおいやし、家族中あほみたいなことしゃべっとるし、ガラの悪いおっさんらが入り浸ってるし。だいたい、ストロガノフもゴルバチョフも一生食卓に並ばんような家やねん」
すると北島は「おもろそうやん」と言い、コウスケにとってはとても自慢出来ないと思っているような家でも、全く違うタイプの北島からは魅力的に見えるのだと思います。

一学期終業式の日、北島が戸村飯店に泊まりに来ます。
北島がコウスケが岡野を好きなのは全校生徒みんな知ってるんちゃうん?と言うとコウスケは動揺していて、この会話が面白かったです。
またコウスケ達が通っている高校の名前は野川高校と分かりました。


第四章の語り手はヘイスケです。
ヘイスケは岸川先生と付き合いアリさんと呼ぶようになりました。
アリは8歳年上とあるので27歳だと思います。
専門学校を辞めてカフェRAKUでのアルバイトに専念し、すっかり板に付いていました。
「ヘイスケがアルバイトをしてからRAKUに来る女性客が増えた」とありましたが、当のヘイスケは「女の人にしか人気ないんはあかんなあ。しかも、若い女の人だけっていただけんね」と言い、「老若男女に好かれないとあかんやん」と言っていました。
最初はちゃらんぽらんなイメージのあったヘイスケですが、お店を繁盛させるためには特定の層だけでなく様々な層から好かれないといけないという真摯な思いを持っていることが分かりました。

東京では関西のノリが大いにウケるから「おおきに」や「毎度」などを積極的に使うようになったとあり、ヘイスケが順応性の高さを見せていました。
店長の品村はアルバイトの意見でも素直に聞き入れて「ありがとう」と言う人で、これは意外と凄いことではと思います。
世の中には自身より職位が下の人の意見を軽く扱う人も居る中で、品村は「誰の意見か」よりも「どんな意見か」で物を考えられる人なのだと思います。

小学校一年生の時の回想があり、ある日ヘイスケとコウスケが二人揃って父親から包丁を渡されジャガイモを切ることになりました。
長男でもありさらにコウスケと違って父親に似て手先が器用なヘイスケは期待に応えたいと思っていました。
ところが気負いからか指を切ってしまい、後日もう一度二人揃ってジャガイモを切ることになった時も指を切ってしまい、以来ヘイスケは戸村飯店の厨房に入らなくなりました。

10月半ば、戸村飯店常連の竹下の兄ちゃんがいきなり東京にやって来て今日一日付き合ってくれと言います。
今度の土曜と日曜に東京に家族旅行に行き、ディズニーランドに行くのでヘイスケに案内してもらって先に下見をしようとしていました。
第1章では竹下の兄ちゃんもヘイスケを良く思っていないように見えたので、親しげに訪ねて来たのはとても意外でした。

竹下の兄ちゃんはヘイスケが自身を苦手にしているのを見抜いていました。
さらにヘイスケをのことを「軽そうに見えるがほんまは慎重派」と言い、よく見ているなと思いました。
二人の会話が弾んでいるのが印象的で、こんなに弾むのかと驚きました。

ヘイスケは悪い意味で理論的で、この人にはこうして、あの人にはこうして、と一人で頭の中であれこれ考えて先読みして動いていて、「一人よがり」に見えました。
ただし第4章の最後、関係がぎくしゃくしてしまっていたアリとの場面で変化が見られたのは良かったです


第5章の語り手はコウスケです。
二学期終盤に行われた最後の三者面談でコウスケが店を継ぐと言うと父親が激怒します。
コウスケが「俺の考え方の何があかんねん。店継ぐって言うとるやろ」と反発すると父親は「誰が店継いでええって言うた?」と言い、これは父親に腕を認められてからにしろということだと思いました。
さらに事前相談なしで突然「継ぐ」と言っても良い気はしないと思われ、物事には順序があるのだと思います。
教師にも父親にも大学進学を勧められコウスケは戸惑います。

コウスケは進路の相談をしにヘイスケに会いに行きます。
大嫌いなはずのヘイスケに頼ったのが印象的で、土壇場で進路が暗礁に乗り上げそれだけ困っていたのだと思います。
東京に行ってヘイスケと話す中で「兄貴がすってたのはごまばかりではなかったのかもしれない」と胸中で語る場面があり、ヘイスケを見る目がそれまでとは変わりました。


第6章の語り手はヘイスケです。
ヘイスケは品村からRAKUの正社員にならないかと誘われます。
そんな中、春休みの終わりの頃ラジオから流れてきた曲がきっかけで突然大阪に帰りたい気持ちになります。
かつて嫌っていた場所を懐かしんで帰りたくなる心境の変化が印象的でした。
「戸村飯店に集まる人の素晴らしいところ。~」と苦手にしていた人達の良さを語っていたのも印象的で、この心境になったのが嬉しかったです。


第1章から第6章まで、1年の時間が流れました。
その中でヘイスケ、コウスケそれぞれが序盤とは大きく違う心境になって行ったのがとても印象的でした。
ヘイスケは念願叶って戸村飯店を出て行ったことで、コウスケも念願叶ってヘイスケがいなくなったことで、それぞれが新たな日常を過ごす中で、かつて嫌いだった物の見えていなかった良さを見出していました。
二人とも門出を迎えていて、ぜひその先が良い人生になっていってほしいなと思う素敵な終わり方でした


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