井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

根付け

2015-05-29 | 日記

根付を集める趣味は今のところないので、これが手持ちの全てである。

一番下の金属は、折り鶴である。

ただ、蜻蛉は何となく凝り始めて着物から半襟、扇子、手ぬぐいに至るまで
揃えているので、蜻蛉の根付がもしあったら欲しい。(ネットで探したらすぐ、銀細工の蜻蛉が見つかったのだが、残念ながら帯に留めるための金具がついてなかった)

こんなことを書きながら、亡き脚本家市川森一さんの言葉を思い出した。

「テレビであなたをたまに見てるけど、あんなに和服が身に馴染む在日の人はいないよ。あなたは紛れもなく日本人だ」

私が「日韓併合が終わる直前の京城(現ソウル)で生まれたもので、時々在日説が出まわるんですよ」と言った時の、市川さんの反応である。

ユニークな世界観をお持ちの脚本家だった。「淋しいのはお前だけじゃない」など、
作家性の濃いドラマをお書きの方だった。「黄金の日日」という大河ドラマも
市川さんだったと思う。

当時世田谷区深沢にあった三田佳子さん邸で市川さん、唐十郎さん、私と脚本家3人が招かれて、一夜飲み明かしたことがある。

ドラマを見ていて、あ、これは誰それさんが書いたな、と脚本家名が解る時代はもう終わったのかもしれない。

市川さんといい、唐十郎さんといい、文体と世界観をお持ちの方である。

 

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敢えて韓国民の身になって考えてみた

2015-05-28 | 歴史・政治

佳子さまを慰安婦に、と口走ったマイナーながらジャーナリスティックな
仕事をしている男の取材を日本の週刊誌がしているのを、
ちらっと読んでみたが、ご本人確信犯で反省の弁とてない。

韓国人たちの言い分を、ネットで翻訳ながら読んでみて、
なぜこうも道理が通じないのか、歴史の真実というものを見ないのか、と
嘆息するのだが、実のところ相手は日本人に対して同様のことを
思っている。

これでは、いつまで経っても何をどう議論しても平行線である。

要するに、韓国国民には事実が伝えられていない。幼児期から史実に反することを
教えられていて、その教えられた中身について疑うということをしない。

ただ、わずかの韓国人は気づいている。自分たちが教わっていることは
真逆のことではないかと。

日本の場合は、皮肉なことに別の意味で真逆を教えられてきた。
つまり「一方的に日本が悪い」という「嘘」を。というわけで、長いこと韓国民と日本国民の
意見は一致していたわけだ。それで、それなりに「上手く」行っていた。
日本人は漠然と「何か悪いことをしたんだろうなあ」と思いつつ、そこには触れず、
というより、そもそも韓国という国にさして興味も示さず、時がそれなりに
平穏に流れていたわけだ。

韓国人の歌手が自然に受け入れられ歌がヒットして、でもそれをわざわざ
韓流などと、区分けしない時代があった。

ところが、韓国が国策として韓流を売り込むようになり、それに伴い、
ゴリ押しと言われる強引なやり口が見えて来て、だんだん日本人が
「妙だな」と思い始め、そこにかぶせるように思い起こせば日韓共催の
ワールド・カップでの韓国側の仕打ち、それからフィギュアにおける
不透明なあれこれで、それまで無関心だった日本人の心にクェスチョンマークが
芽生え、それから学び始め、種々知ってくると学校で教わったことの
多くが嘘に近かったと衝撃とともに思い知る人達が増えて来て、現在に至る。

国家が国民に教えこんでいることを、韓国国民が事実だと思い込んでいるとしたら、
謝罪もせず独島(竹島)は自分のものと言いはり、20万人もの性奴隷を
駆り集めた最悪日本、侵略して名前も言葉も奪い奴隷扱いにした日本、なのである。
怒って当たり前、憎んで当然である。教えこまれたことが事実であるならば、だが。

結局、韓国という国家が国民に嘘を教えこんでいるという事実に気づくまでは
永遠に韓国側の憎しみは止まらない。日韓友好など無駄である。
従って、政府レベルで対応するしか、基本の解決策はない。

慰安婦について安倍首相が「人身売買」という言葉を使うのは、河野談話に自縄自縛された中で、精一杯の言い方なのであるが、韓国民はそれがけしからぬと、憤るのである。
売買ではなく強制連行なのに、と。
14歳の少女が実際にかどわかされ、性的暴力を受け、叩かれたり、
生きたまま火に投じられていたと、本気で信じこんでいれば
平然とした顔の日本人は悪魔であろう。
募集は17歳、募集広告によっては18歳からである。14歳などあり得ない。
それに、14歳という年齢を現代の感覚で、酷いと思い込むのも違う。
成熟が今よりうんと速い頃の14歳である(実際は17歳からの募集)。

事実の側から見れば「人身売買」というのすら正確ではなく、内実は募集と応募である。
現在の自発的売春とさして変わるところはなく、ただ朝鮮国内の個々の事情で
親により、あるいは女衒により人身売買に近いことはあった。だが
日本がそれに対して責任を負ういわれはない。

といくら、日本人が説明しても韓国人は聞く耳は持たない。
当然だろう。国がそこまで大嘘をついて国民を騙すことはしない、と
普通は思う。だが壮大に騙している。敗戦時はGHQがそれに加担していたし、
彼らのやり口は「何が何でも日本人が悪い」で、韓国人は犠牲者である、という
構図作りもアメリカがやった。マスコミへの規制法であるプレスコードで
朝鮮人への批判を禁じたのもその一環である。
在日と言われる人々でさえ、この日本に暮らしながら本国発の捏造を
事実として、在日社会の共通認識で暮らしている。

韓国人と日本人の対論を、時折ネットで見るが食い合わないこと
おびただしい。日本人がいくら例証を上げても、韓国人は幼稚園の頃から、
いやその前から社会から親から教えこまれたことを、真実だと信じこんで
いるから、日本人が事実を認めず嘘を突き通していると思い込んで・・・・
思い込まされている。

どうすればいいのか。

日本が国家の総力あげて対処するのがいいのだが、やりそうにもないし
アメリカとの関係で、困難でもある。事実を暴けば源流はアメリカにあることが
露見してしまい、アメリカはそれを望まない。その意味では
いまだ敗戦国としての無力状況が続いている。

結局迂遠ながら、民間でこつこつやるしかなく、しかしあちらは
国家規模でかかって来る。個人レベルで対処するのは限度がある。
しかし、言われっぱなしでは余りにも理不尽であろう。

できれば、国家が経済制裁を行うのも辞さぬと腹をくくって欲しいのだが。
今の流れならアメリカもそう、阿漕(あこぎ)な介入もして来ないだろうと思われる。

韓国民の多くは、韓国が日本を失ったところで、どうということもないと
本気で思い込んでいる。これもまた、国威発揚で国からそう思い込まされている。
「韓日断絶」の声も最近は、ひんばんである。
いっそ、断交とは言わぬがそれに近いぐらい日本がいったん遠ざかってみたら、
どうなのだろう。

遠からず韓国民は、自国の置かれている位置を思い知ることになる。
思い知ったところで、事実にもとる反日教科書を改めるよう申し入れればよい。
・・・・と、口で言うのは簡単だが敢えて書いてみた。
事実がないがしろにされたところの、二カ国間の論争など
永遠に不毛で憎しみ以外、何も生み出さぬからである。

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虚偽で日本を貶める韓国

2015-05-26 | 歴史・政治

なかなか、実感として日本が日々侮辱され、虚偽が世界にばらまかれていることを
感じにくいのかもしれません。日本人は相変わらずおとなしいようです。

韓国でのテレビ放送の実態を見てみてください。以下のURLにある動画です。

http://news.tvchosun.com/site/data/html_dir/2015/05/26/2015052690095.html

韓国語は解りませんが、強制された慰安婦という定番の捏造を報道していることに
間違いはないでしょう。

ところが少々、事情を知っている者なら、逆に強制の慰安婦などいなかった、という
証明になる写真が数枚紛れ込んでいることに、気づくはずです。

まず、日本におけるほぼ日本女性相手の慰安婦募集情景。
そう、「募集性」であり、慰安婦は日本人のほうが多かったのです。
そしてその日本女性からは誰一人、強制性や虐待の事実は語られていません。
朝鮮人慰安婦が格別に虐待されていたなどという証言も皆無です。

また、一枚の写真は米軍が慰安婦から聞き取り調査をしている情景ですが、
この時慰安婦が語った内容は「休日にはピクニックや買い物に行く」等々、
虐待や強制とは程遠いものであり、その聞き取り調書は米国の公文書館にあります。
調書は彼女たちを、キャンプフォロワーと規定しています。
つまり、軍の後を追いながら春をひさぐことを生業にしている女性たちである、と。

そして、朝鮮戦争当時の韓国人慰安婦たちの写真も紛れ込んでいます。
朝鮮戦争の時の、韓国の朴正煕元大統領が設営した慰安所に
日本は何も関係ありません。

韓国の報道番組で、こういうでたらめが流されていることを日本人は
知っておいたほうがいいですね。

「鬼郷」というタイトルで、在日の人達協力で慰安婦に関する捏造映画が
韓国で撮影中のようですが、正確な史実を知り得る日本という環境にいてもなお、
聞く耳持たず学ぶ気とてない人たちがいます。

韓国本国では学校で著しい嘘が教えこまれていて、日本政府レベルで本気に動かねば
濡れ衣は晴れないし、国民も事の深刻さを自覚せねば無関心で、
嘘の歴史はますますその残虐度を増しながら世界に定着してしまいます。

アメリカでは公立高校の教科書に「天皇が、14歳から20歳の韓国人女性20万人を性奴隷として軍隊に捧げた」という意味の記述がなされていて、日本政府からの
抗議は却下されています。なぜ抗議というレベルではなく、訴訟でもなんでもいい、
本気で対処しないのでしょうか。

アメリカの都合で動かされる敗戦国日本ですが、現在は風が、これまたアメリカの都合でながら、日本に吹いています。今がチャンスですが政府に動きは今のところないようです。

 

http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2015/05/16/0200000000AKR20150516021300073.HTML

 

日本国と天皇陛下と二重の侮辱を受けているわけですが、日本国民は多くがこの事を知りません。

竹島も、奪還の機を逸したまま徒に時が経ち、性奴隷とやらのいもせぬ女達のあざといフィクションもまた、機を逸すれば、永遠に事実として定着してしまいます。

日本人はなぜこのような侮辱に無関心なのでしょうか?
私などはほとほと理解に苦しむのです。

日韓友好などの前に、きちんとかたをつけておかねばならぬことが、ありはしませんか。
それらを棚上げにした友好など、蜃気楼ですぐ壊れ果てます。
何度も何度も同じことを戦後70年間繰り返してきています。

河野談話の継承拒否は、政府レベルでは出来ないと思います。政府がいったん
公式に口にしたことですから。心情のみを言えば、河野洋平氏を国会に呼んで、
談話を出した事情を詳らかにすべきだと思いますが。

政府ができぬなら民間で、河野談話の内容がその当時の韓国政府との
取り引きで出されたこと、その取り引きでの約束を韓国が破っていることなど
言い続けるしかありません。

もう一つ、対外的に有効な手立ては、河野洋平氏が個人の立場で当時の状況を正直に
告白することですが、河野氏が談話についての自己正当化をあちこちで語っているのを
見れば、河野氏が正直なことを今後も発表することはありませんね。
村山談話の村山富市氏も、自己正当化一直線、国守るより自己保身に汲々と
していらっしゃるようにお見受けします。

阪神淡路大震災の時、大嫌いな自衛隊出動を命令するにためらったのかどうか、
知りませんが、采配ののろさで、死ななくても済んだはずの人々が大勢亡くなった。
そのことへの反省の弁すら村山氏にはありません。

自らの偏った史観をベースに発した談話で、その後の日本がどれほど貶められ、
子供たちが負の財産を未来永劫背負っていくか、そのことへの思いもないのでしょう。

 

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日本の微笑

2015-05-26 | 日記

信号のない短い横断歩道。トラックが一台、渡りそびれてじっと人並みが途切れるのを
待って止まっていた。

ところが人波はいっこうに途切れず、トラックは待ったきりである。
やっと人波が途切れようとすると、一人が渡り、トラックは止まったまま。
ほんの数秒間、立ち止まってあげればトラックは横断できるのに、
誰も止まらない。

と、私がそこまで観察していたのは、私は立ち止まっていたからである。
気性の荒い人なら強引にトラックの鼻先だけでも突っ込んで、流れを遮るだろうに
と思いつつ、途絶えない人波に索然とした気持ちを味わっていた。
「かつての日本人なら、こんな時譲っていたよなあ」と。

中国や、韓国、フィリピンならけたたましいクラクション、怒声、トラックと
人波との喧嘩である。

多民族共生ということは、そういう刺々しい日常に日本がなることを意味する。
運転手さんが、静かに待っているだけ、ここはまだ日本なのだ。

そういうことを思いながら、私も辛抱強く佇んでいたら、やっと一瞬
人波が途切れ、トラックはさっと動き、そして運転手さんが
私に向けてありがとう、と目で語りかけながら、片手を上げた。

斜めにさす夕日が、その穏やかな笑みを湛えた顔をつかの間、
スポットライトのように浮かび上がらせた。
日本の微笑だと思った。

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洗い張り

2015-05-25 | 和服

洗い張りに出していた越後上布が、しつけ糸をつけて

仕上がってきた。

ついでに身幅も出してもらった。

和服は一見高価なこともあるが、一生ものであり、コストパーフォーマンスは

非常に良い。

越後上布は織手がいなくなっているとかで、これは現在求めれば

2〜300万円だそうだが、30年前に誂えた当時はそんなには払ってはいない。

値が上がっても、むろん売る気はないから関係は無く、

それより織手の払底が気にかかる。

これだけは遺言をつけておいて然るべきところに

寄贈するようにしておいたほうがいいのかもしれない。

このクラスになると、文化財の域だろうから。

 

 

色が正確に出ないが、上下の中間ぐらいのところ。

やってもらったのは、人形町の「たんす屋」さんだが、行く途中

行列ができていたのは、シャモ鍋の店である。

「たま秀」といい、創業が1700年だそうだ。

私は鶏は不得手だが、好きな人はちなみに地下鉄人形町駅A2出口から徒歩数秒。

甘酒横丁の近くである。

人形町は歩くと、ふと意識が江戸時代にワープするような気がする時がある。

甘酒横丁を歩いていたら、創業明治40年という、がんもどきを商う店で「味付け湯葉」というの

売っていたので買ってみた。

この店では、甘酒も商っていて、甘酒のソフトクリーム、豆乳のソフトクリームもあり

店の前の縁台に腰を下ろして人々が食べている。

人形町という町名の由来は、むろん人形作りが多くいたことからのようであり、

芸者の置屋、芝居小屋などもあり、町にそこはかとなく残る色っぽさは

そのせいだろうか。

 

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