井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

日本の恥さらし大会か、東京五輪

2015-09-02 | 日記

もともと、私が五輪開催にはある理由で疑問符を持っていたことは、理由の一端とともに過去、述べたことがあります。

このところの不祥事続きに、いよいよ返上して欲しいような気にさえなっているというのは、競技場、エンブレム、と考えられない初歩的不祥事が続き、しかも主催者側の対応がぬるく、責任の所在が皆無、醜い姿をさらしてくれるからで、いつから日本、こんな潔くない国になったのか・・・・と。あるいは私が日本という国に対して幻想を抱きすぎているのか。

舛添都知事は、エンブレムは「残念」という感想で佐野氏の説明責任に言及。李氏朝鮮の王宮守衛の衣装にたとえられる、ボランティア案内人制服のダサさは他人事にけろっと言い放つし。この方も相当批判され、あの制服の選考方法に疑惑が出されているというのに。当初はエンブレムも「問題ない」と言い放っていたのに?

なかんずく致委員会が作成した立候補ファイルの文言。7月24日〜8月9日の大会期間について

 

「この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」

こんなもの、詐欺ではないですか。競技場、エンブレムと続いて海外では「日本らしからぬ杜撰さ」「恥ずべき事態」と言われているところへ、この大嘘もいずれ俎上に上がるかもしれません。

招致したい一心で、呼んだら後は適当にヘラヘラごまかそう、と嘘をつく。最も恥ずべきことではないのですか?
いつから、自らの権益のために、こんな小汚い嘘をつく国に成り下がりました?

誰が、この詐欺的文言を作成したのでしょうか。ぜひ、この文章の作成者の姓名と所属を知りたいと思います。そして最終責任の所在は、誰にあるのでしょうか。これも、追求されたらのらりくらり、逃げるのでしょうか

いったい、いつからここまで無責任に卑しく成り下がったのか、こういう薄汚さを見せ続けられるのなら、五輪なんぞ、よそにやっちまえ、とこれは感情論なのですが。もともと、ふさわしいバルセロナが外され東京に決まった時から胡乱な印象で、あれこれ探った結果、あまり美しくない構図を想像してしまった私としては、東京開催のメリットよりデメリットが上回ります。

エンブレムに対しては、私は専門外だし確信を持ってものが言える立場でもないので、遠慮しいしいわずかに声を発しただけですが、その節度の糸がプチリと切れたのは、武藤敏郎事務総長の対応ぶりです。

「国民の理解が得られない」と、あたかも内部には何の問題もなく、外部の国民が、と言わんばかりの横柄な口ぶり。

責任の所在は明らかにせず従って謝りもせず、白紙撤回だから問題ないと、と言わんばかりのあの傲岸さ。日本という国を汚し、国民に恥をかかせたこともご自覚ではない。カエルのツラに何とかで、その表情の醜さ、語り口の卑しさ。あまつさえ2位、3位は言わぬと開き直られる。
税金を使ってのイベントなので、公表は義務でしょうに。

いえそれ以上に、疑われている選考過程の不透明さ、はっきり言えば談合疑惑について、きちんとなさるべきでしょう。

まず、応募資格が異常なのです。 

【東京ADC賞やTDC賞、ONE SHOW DESIGNなど組織委員会が指定した国内外の7つのデザインコンペのうち、2つ以上を受賞しているデザイナー】

こんな限定条件、出来レースの下地作りではないのですか。

何を基準にこれらの賞の受賞者限定なのか? たとえば、海外の大変権威のある賞を得たデザイナーがいたとして、彼がこの条件をクリアしてなければ、応募は出来ないのです。才能があっても、受賞歴のない若者は最初から外されています。五輪の精神とは逆行。

賞に関連した主催者側の、手のうちにある人選ありきではないのですか。

人脈を見れば、身内間でのたらい回し。一方で審査員になって、受賞させ、次は立場を逆転させて、身内で賞の与えっこ。

業界内では「広告代理店を軸に内輪で商標の著作権ビジネス展開」が狙いだと、指摘されています。昔、コミックの原作でいささか売れた経験があるので、著作権ビジネスの濡れ手に粟は、実感で知っています。そして、その利権をめぐって、わらわらと妙な人物が寄って来ることも。

私のヒットは個人的僥倖だったのですが、エンブレムに関しては人工的に著作権利権がうごめき仕掛けられてはいないでしょうか。

競技場も怪しかったと私は思っています。当初のあのあり得ない、法外な建設費。国民が黙っていたら、そのまま誰かが、どこかが巨額を手にするところでした。バレても誰も傷つかず、責任の所在なく、皆平然、何事もなかったように。
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長に至ってはあのありえない巨額に「たった」発言。

国民を愚弄しなさんな、と申し上げたいのです。国家的イベントに使われるエンブレムなら、大勢が納得できるものでありたいのは、当然でしょう。
むろん、好みが分かれる分野ではありますが、あの黒を用いた陰気なエンブレムは最初から不評さくさくで、あれがなぜ選ばれたのか、という根強い不信感も、ネットでの根気のいい追求になったのでしょう。

何かが、変だぞと。1つのいい加減さを許すと、今後も続きます。その思いもあったのかもしれません。

入選時点で、他に似たデザインがあるという時点で、ぺけなのではないですか?「他に似たデザイン」とは、盗用疑惑の別の言い方ではないのですか。

修正させ、そしてまた修正要求。2ヶ月間もかけて、あの葬式エンブレム。あくまでも当初の該当者にこだわる不自然さ。最初から入選者ありきの出来レースではないですか、こんなもの。他の応募者を足蹴にする話です。

森喜朗会長は、報道陣が「残念な結果になってしまいましたが」と問いかけると、

「何が残念なんだ」

・・・・・・鈍感力の大変強い、政治家にはピッタリのおじさんではありましたが、ここまで酷いと、SEALDsの語彙乏しい若者たちのように、下品に幼稚に罵声を浴びせたくなります。

新国立競技場問題と重ねて「五輪開催に対する疑念を、エンブレムの発表でそらしたいと期待している」と報道したのは、五輪を開くブラジル・リオデジャネイロが拠点のテレビ局グロボです。

海外も注意深く見守っています。どうぞ、先人がせっかく積み上げてきた日本人の信用を五輪で突き崩すことのないように、と願っています。これではむざむざと日本の評判を落とすための五輪になってしまいます。

エンブレムだけの問題ではありません。巨額が動くところ必ず湧く利権ボウフラがこれ以上湧かぬよう、国民はしっかりと見張っているでしょう。ネットの功罪のうち多大なる功のほうです。

・・・・今ふと気づいたのですが、私が五輪で浮かぬ顔をしているのは、招致そのものへの疑念に加え、森喜朗氏と舛添要一氏をそもそも心が人として容認しかねているのでした。つまり信用ならない。
舛添氏に関しては朴槿恵大統領と対面した時の、あの上目遣いの卑屈で忠実な犬のような目つき。ウィリアム王子をお迎えした時、ウィリアム王子に手を振る沿道の人達に向けて満面の笑顔で、自分が手を振り返していた勘違い。

業界内部でつながっている人脈図で、分かりやすい画像があったので、こちらから拝借しました。h ttp://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/

 

ある程度情報を得て、この表を見ていると気持ちが悪くなります。

この画像を拝借したサイト主さんの記述によると、

>最近は、良く「五輪エンブレムの審査委員長の永井一正の息子の永井一史が「おもてなし制服」の責任者だという書き込みを見かける。
(参考)
78 :名無しさん@1周年:2015/09/01(火) 17:20:15.13 ID:gkQOqFGC0
一番最悪なのがこの親子だから

永井一正(親)
エンブレムの審査委員長

永井一史(子)
東京都 東京ブランドクリエイティブディレクター
おもてなし服の責任者
http://i.imgur.com/JPq0JgC.png 

 ーーーーここまで転載ーーーーー

こちらもいずれ、もし事実なら明らかになるのではないでしょうか。

次のエンブレムは妙な縛りなしに、作品主体で選ばれますように。

私は先の東京五輪は、わりに至近に接した人間で、ドラマ「わが家」の人物に託してその時の思い出を語りましたが、あの五輪の時にこんないやらしい話はありませんでした。終戦間もなく、日本人皆が前を向いて生真面目に頑張っていた頃です。あるいは、世間知にまだ疎かった私が気づかなかっただけなのでしょうか。

日本人が日本人らしい晴朗な特質を失って、利権優先に走り始めたらそれはもう日本とは違う、別の国です。しかし「お天道さまに顔向け出来ない」という感性の国民はまだまだいると、信じています。だからこそ、エンブレム問題も陰から日なたのほうに引きずり出され、尻尾を現したのだと。

それと、与党の中から森喜朗会長、武藤事務総長に対して責任を取って辞任せよとの声が出ていることも、まだまだ捨てたものではない、と思っています。

http://news.yahoo.co.jp/pickup/6172902

武藤事務総長は元財務事務次官だそうで、と聞けば会見時のあの不遜な喋り方、恥の知らなさかげんも納得が行きます。

仕事上、お偉いお役人さんにもお会いしたことはあり、全部が全部頭の悪い人格低劣者ではないということはよく承知していますが。人格高く、頭脳が本来の意味でいい人も存じ上げています。

しかしながら、いったいに高級官僚と言われる人々の受験脳の秀逸さに比して、地頭の悪さについては過去に書いたので省きます。

品性の低さは頭の悪さです。顔と態度がでかいが、脳みそ小さいどなたかへ。

      ーーーーーーーーーー

 

備考

(私の推理もさして的はずれではなかったようで・・・・)

◆コンペ応募者に不信感「佐野氏ありきの選考だった」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150902-00000043-nksports-soci 

日刊スポーツ 9月2日(水)10時13分配信

 

◆競技場に続いて無駄に捨てられた税金。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150902-00000021-mai-soci

 7月24日のエンブレム発表以降、都はエンブレムを印刷した物品の発注を進め、1日現在の契約額は約4652万円。うち知事の記者会見で使われるバックパネル(4万2012円)とポスター100枚分(29万7000円)は支払い済みだ。

このほか、既に納品されているポスター2万枚▽のぼり旗540枚▽紙袋4000枚▽空港に設置した掲示物16枚−−の計約277万円分も支払いは避けられそうにない。

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安保法制案反対デモに日の丸がないのはなぜだろう

2015-09-01 | 歴史・政治

素朴な疑問なのです。国思うデモにはつきものの日の丸が、反対派のデモで見かけないのは、なぜだろう? と。

何人かぐらいは日の丸を手にした人たちを見かけるほうが自然だと思うのですが、1人たりと見たことがありません。

存外、「外国人」が多く入っているのではないかと・・・・思ったりもするのですが、反原発デモでもそういえば、日の丸が翻っていた事はなく、代わりに朝鮮太鼓(チャンゴ)が鳴り響いていたりするのでした。

各種反対デモの横断幕やプラカードにやたら、ハングルと中国の簡易文字を見かけます。

 

 

今回の安保法制案反対デモの中にも、ハングルや中国の簡易文字が目立ちます。

 

下の幟の画像、「戦後民主主義」という簡易文字、これは日本人は書けませんね。
あるいは、この手のデモには敢えて中国文字やハングルを使うという習慣でもあるのでしょうか。それはそれで、異常なことだと思いますが。

中学生なら読めないような、中国の簡易文字が並んでいます。

 

画像はこちらから拝借しました。h ttp://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/

理屈で言えば、外国人でも日本に住み着き、税金をまともに払っている人たちもいるのだから政治に口を出す権利がある・・・ということなのでしょうが、これを逆に日本人が、中国や韓国でやれるか? と考えれば、アンフェアな感は否めませんね。

外国人による内政干渉では、姜尚中カン・サンジュン)氏の言説に、むっとした日本人も多いのではないでしょうか。

姜尚中氏「今年4月に日米安保の新ガイドラインが両政府の間で取り決められた時から、もう『勝敗』は決定済みで、後はそれを国内法の手続きによってどう合法化するかの問題にすぎないと思われているようだ」

という分析自体は私もそのように思っていましたから、同意見ではあるのですが・・・・(これを言っちゃあ、おしまいよ的意見でもあります。結論ありきの法案に対して、現在の騒動は茶番とも言えなくもないかもしれません。米側からの強い要求、それ自体が間違っているとは思っていませんが)

ただ茶番でも、だれがどの陣営に属しているか明確に炙りだされた反対運動でもあります。

法案が成立すれば日本は法治国家と言えるのかどうかさえ、危うくなってしまいかねないはずだ」

という姜尚中氏言い分には、論理の筋はとりあえず通っていなくもないが、反発を覚える日本人も多かろうと思います。朝鮮日報の記事を紹介したに過ぎない産経新聞の韓国支局長を長期に軟禁状態にしたり、日本から盗まれた仏像を返さなかったり、「人治国家」は韓国ではないか、と。人の国をあげつらう前に、自国を論じてはいかがか、と。

「憲法改正の手続きを経た上で法案の制定を図るべきだ」とも姜尚中氏はおっしゃるのですが、GHQ憲法とも呼ばれる日本の憲法は、改正するためのハードルが異常に高く設定してあり、改正の条件が整うまで待っていては「今目の前にある危機」に、間に合わないというのが安倍政権や、賛成派の考えでしょう。

改憲など諸外国では、諸情勢の変化に則して日常茶飯事になされているのに日本では不可能に近く、というのはやや大仰かもしれませんが、改憲のための条件を満たすには不必要なくらいに、厳しい関門があるのは事実です。

憲法を守らねばならぬ、というのは原則ですが、その憲法の成立じたいに納得していない日本人が大勢います。戦勝国が日本弱体化を狙って短時日に作り上げ押し付けてきた憲法を、後生大事に祭り上げることが果たして正しいのかどうか、国あっての憲法であり、その憲法が国の両手両足を縛り上げ、国防にあたって両手両足を縛り上げ、不自由な状態にしていないか・・・・

平和憲法で国が守れるなら、世界各国防衛費に莫大な費用をかける代わりに九条を持つでしょう。しかし憲法発布以来68年間、一カ国たりとも日本に続く国がありません。永世中立国のスイスは国民皆兵制であり、各家庭に武器が備えられています。
攻め入って来たら、国民が打って一丸国を守りぬくぞということです。
防衛には、武力が必須だというのは世界の共通認識でしょう。
九条は平和を担保しません。日本の平和70年間を保ったのは、アメリカの核の抑止力です。

‥‥‥・・とこういうことを書くつもりではなかったのに、のっけに筆が大きく逸れてしまいました。

安保法制案反対の横断幕や、プラカードに見られる簡易文字を枕に、漢字について述べるつもりでいたのでした。

もはや、漢文を中国人は読めません。読めるのは日本人でしょう。持ち込まれた漢籍を、生真面目に約1300年間読み込んできた日本人が今や漢字の何たるかを知っています。

ご承知のように、中国は元来言葉もそれぞれ異なる多民族集合体なのであり、国民国家への歩みを始めたのは1912年のことで、中国4千年の歴史というのは、「大陸」の歴史であり、中国という国家の歴史ではありません。

漢字を編み出した漢民族は、紀元2世紀のころ、北方騎馬民族に滅ぼされとっくに現在の中国にはいません。高い文化を有していた秦や漢の人々はもうほとんどいず、騎馬民族の席巻する国となっています。
秦や漢の文化を途切れること無く学び継承して来たのは日本です。
論語も漢詩も、今の中国人には理解出来ません。

中国といえばその文化の厚みに敬服して来た日本人ですが、どうも昨今、その文化度の低さにアレレと思い始めている日本人も多くなりましたが、結局上記述べたようなことです。

いつか、改めて書いておくべきでしょうが、日本の編み出した、概念を表す日本語を現在の中国人たちは使用しています。そういう、中国が使用している「和製漢語」の例は以下のとおりです。

文化、文明、民族、思想、法律、経済、資本、階級、分配、宗教、哲学、理性、感性、意識、主観、客観、科学、物理、化学、分子、原子、質量、固体、時間、空間、理論、文学、美術、喜劇、悲劇、社会主義、共産主義

言葉がなければ概念が成立しないわけですから、中国は思想の上でも日本の力を借りていることになります。

また遣唐使・遣隋使という言葉のみが麗々しく残り、日本が中国から全てを貰って来たような錯覚を日本人も、中韓の人たちも持っていますが実際は日本に学びに来る「遣日使」のほうが多かったのは、以前記した通りです。

韓国は、「天皇」とは絶対に言わず「日王」と1ランク格下の呼び方を意地になってするわけですが、長きに渡り中国の属国であった自国と日本を同等にしたいからに他なりません。同じ属国でも、日本よりは自分が上、と思い込んでいるので、その格下の日本に併合されたというのが、悔しくて悔しくて憎悪にまで転嫁されて行き、しかし一方アニメやら、ビールやら他もろもろ日本産が好きで好きでたまらないので、心がねじれてしまいます。

自尊心を保ちたいなら、無理やり植民地化された、などと被害者ぶるより自らも望んでの合邦だった、というほうが良かろうと思うのですが。

日韓併合時に、日本は清國から「三跪九叩頭の礼」で這いつくばせられていた相手を「韓国皇帝陛下」と立てているにもかかわらず、です。韓国の人たちは日韓併合をいかにも暴力的になされたように言いなしますがそれは事実ではありません。日本を打つためのでっち上げです。韓国の人々は日韓併合時の条約の条文を読んでみればいいのです。「韓国皇帝陛下」という呼称をはじめとして、いかに日本が韓国を立てていたか、一目瞭然です。

日本が韓国を併合するまでいた、李朝後期韓国の貴族階級は自分たちを「礼義を識り、漢詩漢文を巧みに操り、儒教の経典に精通した中華文明の体現者」として規定。あくまでも中華が上の認識。その一方で庶民のことは、「夷狄禽獣の類い」と見下していました。

何かにつけ、相手と自己を引き比べどちがが上か下かを決めつけたがる性質は李氏王朝以来の、民族的性格なのかもしれません。
かといって、ほとんどが身分的には両班の言う「夷狄禽獣の類い」だったわけですから、余計性格がねじれるのでしょう。

日韓併合により日本は、一握りの貴族階級から「獣」扱いされ名前すらなかった、大半の朝鮮の人たちの人権を取り戻してあげたのです。名も名乗れるように戸籍制度を整えてあげました。

民族の性格は性格としてご自由に、ですが引き比べる相手がほぼいつも日本で、しかも前提に「ウリ(韓国)のほうが上だ」「上でなければならない」「なぜなら、中国によく仕え、その文化を体現したウリのほうが日本人より優れている」という思い込みがあるので、厄介です。

あなたの国が素晴らしいと自称することを否定はしませんから、いちいち、どうぞこっちを見ないでくださいね、ということです。

人もそうですが、自分に自信のある人間は、人と比べて一喜一憂はしません。

中国の抗日70周年記念軍事パレードに、朴槿恵大統領が参加なさるのはよいことです。国連事務総長である潘基文氏と共に習近平氏と並べば、韓国は当分の安定反日路線で、日本もそれに対してどっしり構えていられるし、ことここに及んで日韓友好や、朝鮮通信使行列などやる人たちが、相当間抜けに見えてくるでしょうから。村山富市氏も参加するそうで、名だたる反日者達と並ぶことで、村山市の売国ぶりに構図として気づく日本人も多かろうと思います。

結局韓国は昔の身分、中国の属国へとお里帰りするのかもしれません。
日本の併合時代、日本は韓国を属国扱いしていません。それを中国の支配下で思い知ってくれるとよいのですが、無理かもしれません。

 備考 http://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/jm43-4.htm
韓国併合ニ関スル条約(明治43年条約第4号)

 

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安定の韓国 反日路線

2015-08-31 | 歴史・政治

朴槿恵大統領が中国の抗日戦争勝利70周年の軍事パレードに参加とのことで、これは予定通り。

日米を明確に敵に回す表明ですね。

国連の潘基文事務総長も出席とのことで、マメなことです。
無論、中立を守るべき国連事務総長の立場で、本来はいけないことですが
彼の立場は非常にはっきりしていて、言ってしまえば「国連なんか、どーでもいい。次の韓国大統領選が全てだもんね」です。

軍事パレードに参加する理由をもっともらしく述べていますが、屁理屈でまともに反論する気にもなりません。要するに自らが大統領選に立つための、韓国向け人気戦略であって、案の定韓国ではヤンヤの喝采、韓国の国民は手の内を読むということをしないのでしょうか。

韓国内で非常に評判の悪い朴槿恵大統領も反日を看板に登場、でも反日だけでは国家の切り盛りは出来ないと、韓国民はまだ思い知っていないようです。

潘基文事務総長は何一つ成果を出していないという、無能事務総長として評価が定着している人です。

国連で無能な人が、国の仕切りに手腕を発揮するはずもないのに、でも次の韓国大統領はこの人でしょう。

それも、いいのではないですか。韓国はまた当分、反日だけが売りの大統領を仰いで、反日一直線でしょう。

「反日」を国是に気を取られ、エネルギーをそがれていては、国の発展は望めません。
しかしそれも余計なお世話。

ことここにいたって、日韓友好など無駄なことはしないほうがよろしいでしょう。
できるだけ遠ざかっておくことしか、てはないようです。

潘基文氏の軍事パレードに参加することに対して日本政府が抗議、韓国は「日本の嫉妬」とかわけわからんことを、言っているようですが、わけわからんのもお約束。わけをわかろうとしても、この国に対しては無駄な努力です。思考回路が他国の人々と、著しく異なっています。

国連分担金は、日本はカットすべきでしょう。ユネスコも同じく。
しかしそれを、しないのが日本の外交なのです。
国民が突き上げるしか、体質は変わらないです。

軍艦島のユネスコ登録以来、外務省の人々の頭の悪さに仰天しているのですが、外務省は今後も日本国民の心情とはかかわりなく、韓国中国との友好路線を貫くのでしょう。

外務省の人々の頭の悪さ、というのはむろん受験脳の部分ではありません。
人としての、まっとうな脳が機能していない人たちが多いのでは、という意味です。人としての、が言い過ぎなら日本人としての、でもいいです。

日本の敗戦以降、外務省ではGHQの意向に沿う反日的志向の人たちが出世を約束されていました。70年経っても、まだその時の体質が消え失せてはいないのかもしれません。その言動を知るにつけ、この人達まっとうな日本人なのだろうか、という思いに駆られます。

話は一転しますが・・・

安保法制案反対デモに、なぜか反日韓国人が'中国人も)たくさん混じっていることに気づいているでしょうか。日の丸が見事に一本も見当たらないことにも。日本を心から思うデモなら、なぜ国旗がないのでしょう?

テレビで反対デモを派手に取り上げる割に、実は国民は冷静に突き放して見ているのだろうなあ、と思われるのはこのところの内閣支持率アップです。

国会前のデモの人数が警視庁発表が3万人とされていて、画面上は盛り上がっているようですが、3万人は一人の歌手がコンサートで集められる程度です。
GLAYなど1回のコンサートに20万人動員です。60年安保の時のデモ人数は13万人でした(警察発表)

内閣支持率を思えば、テレビのビジュアルな印象ほどには盛り上がっているわけではなく、国民は意外に冷静なのかもしれません。

テレビでは幼い男の子連れのお母さんを必ず取り上げて「この子が戦争に行かないように」というのが1つの定番となっていますが、安保法制案で人は戦争には行かされません。テレビはお母さんの間違った認識による発言を流すきりで、フォローもないのでさして考えない人たちは、安保法制案=戦争に行く、と思い込んでしまいそうですね。

幼い子に、シュプレヒコールを叫ばせるのは止めたほうがよろしいでしょう。
その子が自分の考えで叫んでいるわけではありません。
そんなことをすると、幼児期から日本を攻撃する絵を描く韓国人の子と変わりありません。小学校の竹島にまつわるシミュレーション演劇で、日本人を殺す児童たち。
民度の問題です。同じに成り下がりませんよう。幼児を自らの思想の道具に使うのはよろしくないし、反対派のレベルが問われます。

命を大切に、と言いながら実は九条が国の守りの自衛隊員を命の危険にさらしていることは、知らないようです。中国の戦闘機が領空侵犯ギリギリに来て、自衛隊機をレーダー照射しても、相手が撃ち落とさない限り、応戦できない。つまり、一番機は撃ち落される運命にあるのです。

尖閣に、中共軍の船が台風にまぎれ難破を装って上陸して来ても、相手が武力を行使するまで何も出来ません。

かつて中国船が日本の船に体当りして、テロなのに手出しも出来ず、船長以下釈放してしまいました。明らかに素人の船長ではなかったにもかかわらず。こうして中国はジリジリと日本の出方を試しつつ、侵略のその日を虎視眈々と狙っています。

安保法制案に反対する人たちの声もしっかり聞いてみようと耳を澄ますのですが、紋切り型の繰り返し、シュプレヒコールで内容がありません。

当初は政府も、具体的な国名を上げることも、なぜ安保法制案が必要なのかも、説明をはばかっていましたが、国民の余りにも理解の無さ、誤解に最近は明確に中国の逼迫する危険性を述べ、なぜ安保法制案が必要なのか、突っ込んで説明するようになっています。

反対者の声に耳を傾けるにやぶさかではないので、反対なら政府が具体的に出してきた説明に対して、具体的に反論して欲しいのです。

「戦争反対」と叫ばれても、賛成者の人たちも戦争には反対しています。
また徴兵制を望んでもいません。

心情だけで戦争反対と叫んでも戦争は絶えはしません。

「子供を戦争にやらせたくない」と言われても、安保法制案で、別に子供たちが戦争に追いやられるわけではありません。ありもしないことを危惧して叫ばれても説得力がないので、ぜひ法案内容を精査して、その上で反対の理由を具体的に述べて欲しいのです。

九条で戦争が防げるなら、なぜ各国、国防費に膨大な金額を割く代わりに平和憲法を持たないのですか? 日本国憲法発布以来68年間も経過しているのに、どの国も日本にならおうとはしません。紙に書いた文言で侵略から国を守れるとは誰も信じてないからです。
九条など七夕の笹の葉に吊るした短冊みたいなものです。願いでしかありません。短冊に書いた願いが叶うなら世界中で短冊に願いを書くでしょう。

安倍総理を密教の呪詛法で殺す、やら「安倍をたたっ斬る」と叫ぶ大学教授やら、平和を叫ぶ割には殺伐としています。それと反対派に共通に感じるのが語彙の貧弱ぶりです。

60年安保の時はデモ人数からして、おそらく今の10倍ほども世論は盛り上がっていましたが、その時安保の条文をろくに読んだことがない人がほとんどであった、と言われています。私も恥をお話すれば学生間の部活の付き合いで、お義理で国会までインターを歌いながらデモに行ったくちですが、安保の条文など読んでもいないし、内心しらーっとしてましたから、そのての学生もあるいは混じっているのかもしれません。

「アジアの玄関口に住む僕が、韓国人や中国人と話して、遊んで、酒を飲み交わし、もっともっと仲良くなってやります。僕自身が抑止力になってやります。
抑止力に武力なんて必要ない。絆が抑止力なんだって証明してやります」と主張する大学生の無邪気な演説、それに湧き上がる拍手に腰を抜かしましたが、自分の学生時代の幼さを思うと、笑えません。

しかしながら「絆」が志だけで結べるものなら、竹島も北方領土も、拉致被害者もとっくに、日本に戻って来ています。

「戦争反対」をこの学生たちは、中国の軍事パレードで叫べるでしょうか?
主張が真に正しければ、出来るはずですよ?

後年、安保の立役者であり安倍総理の母方祖父である岸信介氏を、アメリカ大使官邸で見かけましたが、コーヒーに角砂糖を入れる時トングを使わず、指でつまんで入れるのが印象的でした。そんな浅い印象であり、安保のあの字も脳裏をよぎりませんでした。無関心派であって、それがいいこととは全く思いませんが、対象を精査もせず、一知半解で賛否を言い立てるよりは、まだしもマシではないかとは、思うのです。

反対対象に対して、声を発する前に、冷静な精査を。そう願っています。その上でなら、喜んで反対派の意見に耳を傾けます。

 

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日本の美学 グラデーションという曖昧

2015-08-30 | 日記

冷えるな‥‥・・と思ったら、てきめん風邪。
熱が出てしかし癌細胞は熱に弱いので、時々高熱は出したほうがいいのだ・・・・
と科学的根拠はいざしらず、そう思っているほうが耐えやすい。

大体一晩で抜けるので、短時間の体内浄化のつもりでいる。

料理やに行ったら、配膳の若い子たちに「ぬる燗」と「人肌」が通じず、熱燗が来たという話を書いたら、皆さんからさまざまご感想を頂いた。

中に「雪冷え」が好みだと書いてきた方がいらっしゃる。そうだ、この機会に
日本酒の温度による呼び名を整理、覚えておこうと思い立ち調べて驚いた。

何と、酒の微妙な温度変化に応じて10も、呼称があるではないか。

 

雪冷え ゆきびえ 5℃

花冷え はなびえ 10℃

涼冷え すずびえ  15℃

常温   じょうおん 20℃

日向燗  ひなたかん 30℃

人肌燗   ひとはだかん 35℃

 ぬる燗    ぬるかん 40℃

 上燗     じょうかん 45℃

 熱燗     あつかん 50℃

 飛切燗   とびきりかん 55℃以上

 

日本人の舌の繊細なこと。5度の温度差にこだわるか・・・・・

温度の移ろいに、繊細な名称をつけるのが日本人なら、色彩に対しても
同様で「四十八茶百鼠」である。

茶色 

枇杷茶(びわちゃ) 芝翫茶(しかんちゃ) 焦香 (こがれこう) 胡桃色 (くるみいろ)・・・など40種類。

 

鼠色 

薄梅鼠 (うすうめねず) 暁鼠( あかつきねず) 鳩羽鼠 (はとばねずみ)など・・・100種類

数えたことがないので、本当に茶の呼称が四十八種、鼠色が百種あるかどうか知らないのだが、それにしても微妙に色のトーンを変えながら、曖昧模糊とした同種色(gradation)に至るまで、目配りする日本人の美的感受性の凄さ。

言語学者ではないので、他国の言語と比べることも出来ないが、文句なしに日本語が突出しているのではないか。オーストラリア人の友人が「英語が世界で最も優れた言語だ」と昔から何十年間言い続けていて、私は反駁するほどの英語力がないので、歯がゆいのだが、英語ごときが笑止である。
英語の一人称に一体何種類の言葉があるか。比べて日本は。
英語のbrownにいくつ、呼び名があるか、と言えば分かりやすいのかも
しれない。

英語はビジネスを、フランス語は愛を語る言語だという。
なら、日本語は美を語る言葉だと言おう。

それにつけても、昨今の若者たちの語彙の乏しさが懸念される。
言葉は単に表現のツールではない。発想の源泉でもあるので、人は考える時、言葉を脳裏に組み立てながら、考え発想している。

ビジネスまで含め、語彙の乏しさは発想の乏しさにも通じる。

日韓併合時代に生きていた韓国の老人は、ちょっと複雑な事を考えるときは、知らず知らず日本語で考える、と聞いた。

ちゃんとした本も読まない読めないこの時代、日本語をさてどうやって守ったらいいのだろう。

 

お知らせ

憲政記念館内咢堂塾で、今年もまた話をさせていただきます。

http://www.ozakiyukio.jp/gakudojuku/main.html

9月5日(土) 13時半 〜2時間

日本語を素材として、日本をテーマに語ってみたいと思っています。

昨年、聴講希望のコメントを頂戴しましたが、単発受講は出来ないそうです。

 

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「国のカルマ(業)」とブーメランを承知で言ってみる

2015-08-29 | 日記

東京は昨日今日と、涼しい日が続いています。

評価が韓国内でも地に落ちていた朴槿恵大統領の支持率が急上昇したというので、何事かと思えば、北への対応が毅然としていたからだそうで、
うーん・・・・・。

「ソウルを火の海にするぞ」はもう何の説得力もない脅し文句なのだし
北の「攻撃する、する」詐欺は有名です。先代はまだしも狂気的なカリスマ性を
感じていたので、万が一にもミサイルのボタンを押さないとも限らない・・・
という緊迫感がそこはかとなく、ないでもなかったのですが、
息子さんには、それほどの狂的な迫力は感じません。でも、処刑は無造作に
やらかしてしまうし、100%安全かと言えばそうでもないのでしょうか。
気の毒に安倍総理も静養を棚上げに待機せねばならないほどには「緊迫感」は
あったのかもしれません。

私はこのところ、とみに思うのですが北と南って、当たり前のことながら、地べたに線を引いて分けられているだけで、同一民族なんですよね。
性格の基調は同じでしょう。

さて、中国天津での爆発事故ですが、思っていたより更に切実な深刻さのようで、爆発の倉庫にはシアン化ナトリウムという有害物質が700トンも貯蔵されていたそうで、用途は何だったのでしょう。

公表100名強の犠牲者となっていますが、そんなものではないでしょう。
韓国でのMERSによる被害者数も、公表の*倍だとある筋から聞き及んでいますが、中国の爆破事故も100名ではきかないのではないでしょうか。

インターネットというのは、本当に凄くて中国当局が隠しても被害者の死体から、爆発で吹き飛ぶ人、火だるまに燃え上がる人‥‥・・など、動画さえアップされています。真実が隠せない時代になりました。

微量で致死量に達するシアン化ナトリウムは下水からも抽出されていて、魚が岸辺を埋め尽くすぐらいに、びっしり浮かんで死んでいますね。

爆発のとき、水をかけたので、化学反応を起こしてさらなる爆発の誘引となったそうですが、これも不思議な気がします。猛毒シアン化ナトリウムが700トンも貯蔵されていたら、万一の時のために消防署に、告知がされてませんかしらね。されてなかったのでしょうね。あるいは秘密裏だったのかもしれません。

汚染物質は風で日本にも運ばれてくるはずだったのが、生じた台風が逆方向に吹き払ってくれたようです。

最近のデータによると、大気・水・食料汚染のせいで、30秒に1人健康ではない(婉曲に言ってます)赤ちゃんが誕生しているそうで、画像も見ましたが残酷です。あと火力発電の石炭で、大気汚染による死者が1日に4千人だそうで、 人口が多い国とはいえ、凄まじいですね。

http://www.sankei.com/world/news/150814/wor1508140030-n1.html

 【中国、大気汚染禍で1日4千人死亡 発電用の石炭排出が元凶 米国では「不健康」の大気レベルに約4割が居住】

上海のドラマ祭で、作品を2年間連続でノミネートして頂いて、うち一回は私も行ってきたのですが、お招き頂いた身で恐縮ですが、早朝なのに空気が臭いことに驚き、水は用心していたのに、お酒を飲んでしまい、その中に氷が浮かんでいることを見過ごしてしまうという初歩ミスをやらかし、帰国後胃の違和感にクリニックに行ったら、何とかいう病気でまあ投薬でおさまりましたが。

中国は大気汚染に加えて、やがて水飢饉の時節も到来するのではないでしょうか。韓国と連動するように川が干上がり始めています。

日本の水資源を守っておかないと、あちらにいったん入り込まれたら、汚れます。嫌な言い方ですが、衛生観念と公共心が日本人と異なります。

連動というなら中国と、韓国の国境にある白頭山(ペクトゥ山)が近い将来大噴火すると日韓の科学者が予知していて、爆発するとえらいことになります。
まず白頭山の麓近くには原子炉があります。
それと、噴火で氷や雪が溶けて大洪水が中国と韓国を襲うそうで、火山灰で空は視界が閉ざされ飛行機が飛ばないと、言われています。大変なことです。
日本でも気温が1,2度だったかな、下がるほどの影響は受けるとか。しかし当事国ほどのことはありません。などと書くと、富士山噴火や直下型をつつかれそうです。

中国では不動産バブルの崩壊に続いて、株価の下落。多事多難です。
抗日70周年とやらで、国を一本に束ねるために日本を憎しみのターゲットとして、頑張っていますが国内が見た目より、うんともろくなっているかもしれません。思うに憎しみをベースにした結束力やパワーは、よき結果には結びつかないのではないでしょうか。ビジョンとして常に、憎悪と復讐というネガティブなものを脳にインプットし続けるわけですから。潜在意識に主語はない、とも言われます。相手の不幸を願っていると、潜在意識は相手を選別せず自分に向けられたものとして、受け取ってしまうというメカニズムがあると説く人もいます。
「人を呪わば穴ふたつ」はそういう精神上のメカニズムを言ったものかもしれません。

安部総理呪詛の祈祷をやる人たちがいるようですが、怖いことを。
密教系の作法でやっているやに漏れ聞きますが、同じく密教系に
呪詛打ち返しの法があるので、力のある高僧がそれを修したら、
やっている彼らに呪いが返ります。それでなくても、主義主張の異なる人の
死を祈るとは、「戦争法案」だとして、戦いを忌避する人たちのやることでは
ないでしょう。

話が逸れてしまいましたが、ハンストの学生たちのぬるさにも、相当驚かされました。医師のケア付き、スポーツ飲料付き、マンガ本付き。
ハンストは、己の主義のために命を捨てても良い、と腹をくくった人がやることだと思っていました。

安保法制案について、具体的に私は賛否を述べたことがありませんが、しかし
感じるのは、反対側の人たちの言葉の汚さ(とりわけ女子高生の罵倒には、耳を塞ぎたくなります)。そして今度の呪詛に、人間の品格ということを感じてしまうし、ハンストの場になぜチャンゴ(朝鮮太鼓)が鳴り響くのか、いぶかしむのです。朝鮮太鼓は、原発反対デモにも付き物ですね。

賛成デモに付き物の、日の丸や時に和服が反対デモにはなく、プラカードの文言が英語やハングルであることにも微妙な感想を抱いています。

それた話題を元に戻します。

AIIBに日本が参加しなくて結構なことでした。参加した国は道連れかもしれません。株も経済も知らないので、漠然と情報により感じるだけなのですが。
勘はそんなに悪いほうではないのです。

中国の国防動員法との兼ね合いもあり、日本の企業の中国進出は止めたほうがよいように思います。可能なら撤退を。実業畑は不得手で、もの知らずの私が言うのもなんですが。ビジネスの相手は、インドやミャンマーにシフトしたほうがいいのかもしれません。

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