井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

神代文字

2016-09-28 | 日本語について

日本とはどんな国か?

と問われれば、答えは2つであろうかと思われます。

「すめらぎのいつくしき国」であり、「言霊の幸はふ国」です。

つまり天皇陛下がおわし、魂の宿った言葉が豊穣な国、これが
日本という国の特質でしょう。

思うに、原初的なアニミズム(自然界の石、草木などありとあらゆるものに魂が宿るという思想と、シャーマニズム(呪術)が、古神道の原点であるような
気がしていますが、そのシャーマンの最高位がすめらぎ、すなわち
天皇ではないかと愚考しています。

言葉に宿る魂を用いて、神々に祈るのがシャーマンたる天皇であり、
その天皇がそのまま国体である、というごときことでしょうか。

言葉と神との関わりは旧約聖書にもあります。
「原初に言葉ありき」と。『ヨハネの福音書』にいわく
「初めに言葉ありき、言葉の命は光であった」

キリスト教圏では神が「光あれ」とアファメーション(宣言)してから
世界が始まった、という感知の仕方をしています。

日本では、言葉そのものの振動が宇宙を形成した、とわたくしは
思っています。マントラ(真言)も、おそらく言葉の意味ではなく
その特有の音の震えが、宇宙に呼応するのでなかろうかと。

ノーマクサーマンダバーザラダンセンダンマーカロシャダソワタヤウンタラタカンマン

わたくしの好きな不動明王の真言です。

言葉とはすなわち音声であり、音声とは
振動であり、その振動の大いなるものがビッグバンという宇宙の
はじめなのかもしれません。仏教でいえば三千世界の始まりと
いったところでしょうか。

あらゆる存在は「振動」だとされています。vibration
宇宙は宇宙自らがその震えにより存在した、というほうが
神の創造物としての世界観よりも、わたくしの感性には
そぐわしく思われます。

お断りしておきますが、わたくしの思い込みと想像を混じえて記しています。
学術的分野における定説は知りません。

神の存在と言葉とは抜きがたく相関関係があると思いますが、
日本に言葉が豊穣であるということは、すなわち神々が豊かに
住まう国であるということでしょう。

言霊の幸わう国だという認識は、『万葉集』にあります。柿本人麻呂の、
磯城島(しきしま)の 大倭(やまと)の国は 言霊の助くる国ぞ まさきくあれ」

日本というこの国は、言葉に宿る魂に助けられてある国なのだ。幸多くあれ。

祝詞(のりと)が発生したゆえんでしよう。めでたい言葉を唱えれば、
その響きが宇宙の森羅万象に相呼応して、幸を運んでくるぞ、と。

このような、言葉の豊かな国に独自の書き文字がないことを、わたくしは
かねがね不思議なことに・・・・というより納得できない思いを抱いて
おりました。

そのような納得できなさの中に、時折隙間風のように忍び入って来るのが
「神代文字」(じんだいもじ、かみよもじ)という言葉でした。

漢字の伝来以前に、古代日本に存在していた文字だと言われています。
これに対しては諸説ふんぷんですが、わたくしは直感的に、神代文字は
あった、と思っています。

これほど豊穣な言葉の持ち主である民族が、書き文字を持っていないというのが不自然です。知能も相当高い民族です。

ならば、なぜ中国由来の漢字が主流となったのか、わたくしの仮説は
漢字の伝来、それから派生したひらがなの時代になると神代文字は
もっぱら、秘密をむねとする神事を記すことに使われるように
なったのではないか、ということです。
忍者のハウツー本のように「秘事ニシテ流布セズ」。
密教のお次第書にも「ロイ」と言われるものがあり、大事な作法は
「口伝」で伝え、書き記さないということがありました。
「ロイ」とは「口伝」の呼び名で、漢字をバラせばロイとなります。

もっぱら神聖を大事に、衆愚の目に触れさせずという意味もあったのでしょう。

神代文字は、現在神社の護符などで見られます。

なお、上記は井沢満の独断に依る記述なので、よゐこの皆様は
決して記憶に定着させませぬよう。

文中、タイピングミスその他の瑕疵については後ほど推敲致します。

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日韓併合の中の日本語について

2016-09-27 | 日本語について

ふと見始めた韓国ドラマが面白くて、延々41話、3日間で
見終わるかな・・・・・と思っていたのですが、41話は勘違いで
全部で50話。オーマイガー、なのですが、朝な夕な、延々と
見続けているとドラマの中の人物たちと別れ難く、
まだ続きがあることに、ほっとしたりしてるのですが、
それにしても、意識して聴くと韓国語に溶け込んだ日本語の
なんと多いこと!

韓国ドラマと日本語

理由を考えるのですが・・・・
まず日韓併合が、現在韓国が言い立てる如く不幸な体験であったなら、
こうも日本語が自然に暮らしの中に溶け込んではいないと、思うのです。
わたくしも昔は、思い込まされていたのですが「日帝が名前と言葉を
奪ってしまった」のだと。それは嘘です。
各学校の校長(韓国人)の裁量に委ねられていて、日本語を教えるも
教えないも自由でした。
日本語とハングル併記の当時の教科書も残っています。
日本の兵隊として戦士なさった朝鮮の方々は、元々の
お名前のまま祀られていて、日本名ではなく、これも選択性で
日本名を強制されたわけではありません。

韓国語にいまだ残る多くの日本語が意味するところは、日韓併合が
おおむね過酷なものではなかったのではないか、ということです。
一部で喧伝されている如く、奴隷のように扱われていたとしたら
そんな国の言葉など、自国語の中に取り入れるはずもないでしょう。

また、韓国側が言い立てるのは「文化の劣った日本に、我々
韓国の高い文化を授けてやったのだ」ということですが、それなら
なぜ日本語の「契約」だの「要素」だの「民族」だのいう言葉を
取り入れているのでしょうか?
その概念が朝鮮半島では乏しかったからではないのですか?
また朝鮮語の語彙が不十分だったので、日本語で補填したのでは
ありませんか?
茶道も生花や剣道などと同じく、韓国発だと主張していますが
ではなぜ、朝鮮語オリジナルの「茶」という言葉の手持ちがなく、
「チャ차」と、日本語から借りて使用しているのでしょうか。

日韓併合後も、言葉によっては「洗濯機」など、日本から取り入れた
言葉がありそうです。

深く考え込んでの結論ではないので、すべてクェスチョンマーク付き
なのですが、当たらずと言えども遠からずだと思っています。
韓国語に取り込まれた日本語を材料に、日韓併合を考察すると
興味深い景色が歴史の一角に姿をあらわすかもしれません。

韓国の人々も、いかに多くの日本語を母国語の中に取り入れているか
知ったら驚愕して言葉狩りに乗り出すかもしれません。
でも狩るには、あまりにも多くの日本語が韓国語として定着
してしまっているようです。

 

ミスタイピン他、拙文の遺漏は後ほど推敲致します。

 

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雲容煙態

2016-09-26 | 

日々、新たな言葉を収集して手持ちの語彙を増やしていきたく願っていますが、
長年多読で、そこそこの言葉数は持っており、毎日未知の言葉と出会うというわけにも行きません。むろん、自ら積極的に毎日辞書を読むということを
習慣にすれば、日々語嚢(これ造語ですが)は豊かになるのでしょうが、
日々の暮らしに辞書読みを義務化するのも楽しくはなく、また言葉は
それぞれの文脈に於いて生命を帯びるのであり、やはり書物で出会うのが
一番です。
ところが最近では、編集者さえ読めない漢字があるようで、作家も軒並み
平易な言葉を使うので、新たな言葉との出会いがありません。
三島由紀夫を読めば、未知の言葉との遭遇などしじゅうありました。

しかし今朝はテレビの、それも天気予報で新たな言葉を得ました。
それは「雲容煙態」(うんようえんたい。雲容烟態とも書く)で、
雲や霞などの空の様子が刻々と変化するさまを表し、不安定な
最近の空模様を指すに、ふさわしい言葉かと思われます。

社会の動きも、天候と同じく「雲容煙態」で、ちょっと報道から目を
逸している隙に事態が変化しています。

「生前退位」については、女性天皇(愛子さま天皇では結局、女系天皇になるわけですが)論が同時に論議されるようになり、生前退位とは本来、何の脈絡も
ないのに、テレビも当たり前のように女性天皇論を始めています。
NHKへの「リーク」やNHKの「スクープ」など皇室に関しては本来あり得ないことが起こり、女性天皇など悠仁親王殿下がいらっしゃるのに、これまたあり得ず無礼極まりない論です。
言えば、企みでことは運ばれています。

皇統が絶えることなど、まだ目前には存在しない危機感が必要以上に
煽られてもいます。悠仁親王が早婚で、複数の男子を生される可能性だって
あるのに。確率で行けば、必ずしも高くはありませんが、低いというわけでも
ありません。愛子さまお一人で、秋篠宮家にも女子ばかりという状況で、
すわ皇室典範改正で女性天皇可とされるか、というきわどい時に
大仰ではなく奇跡的に授かった親王なので、2度目の奇跡があっても、
おかしくはないだろうと、わたくしは実はこの点に於いては楽観的なのです。
微弱な霊感寄りの・・・・・・霊感未満、直感以上のアンテナでそうキャッチしています。

ただ、NHKのリークそれに伴って唐突に現れた女性天皇論、そして中身もないのにタイトルだけでかでかと全国にばらまかれた、あたかもプロパガンダのようであった「皇后は生前退位に反対だった」という文藝春秋のカラ文言。意図的に何かが動いていて、いかに奇跡の御子がおわそうと、危うい路線は敷かれつつあるとは感じています。

歴史上女性天皇はいました。しかし、一時的なことで血脈は全て男系へと戻されています。そして男系で2676年間(皇紀)つながれて来たのが現在の皇統です。
なぜ男系でなければならぬのか。
それは
血脈をたどると神武天皇のY遺伝子に必ず辿り着くという、血統の安定感がそこで崩れてしまい、祭祀王としての男子の血の純度が、濁ってしまうのです。

血統とか血とか言うのは、現代の平等論から著しく逸れる概念ですが、
しかし皇室は、世間一般の価値観の遠く埒外にあることで、その最も良い意味に於ける純粋性と特殊性を保って来たのであって、世間一般の風に吹き晒された途端、瓦解してしまう何かがあります。極めて感性的でロジックとしては脆弱ですが、そもそも皇室は非論理の世界です。神話が実在であろうと、フィクションであろうと、そこを受け容れなければ皇室は単なる「機関」と成り果てます。

皇室とは、国民がこぞって見る聖なる夢のようなものであるのかもしれません。
1億人が同じ夢を見るなら、それはもはや現(うつつ)でしょう。その現が
あればこそ、日本はずっと同じ民族による日本であり続けました。

皇室へ忍び寄る危機として、国連の女子差別撤廃委員会の動きを観察しています。ここは、必ず女子への差別だとして、天皇は男子に限るという点を国際世論を喚起しつつ日本にゆさぶりをかけて来ます。「女子差別撤廃条約」を締結したのは、雅子妃のご尊父であらせられる、小和田恒氏です。

https://www.youtube.com/watch?v=iN0yuPdY8x4 小和田恒 条約局長が女子差別撤廃条約を締結した。 
 0:30より数十秒

国連が女子差別撤廃を旗印に日本に揺さぶりをかけて来たら、ぐちゃぐちゃにされる、と述べているのはジャーナリストの水間政憲氏ですが、わたくしもその点を懸念しています。国際世論を煽りつつ、日本のマスコミもそれに乗り、「生前退位」がもたらすあれこれも、女性天皇擁立の危険性も解らず90パーセントの国民が賛成するような寒々しい状況なので、極めて危なっかしいのです。

憲法違反を歴然と犯してまで、何かがなされようとしていることを
知って頂きたいと思います。諸事に停滞を及ぼす皇室典範改正やら
特措法などではなく、すっきりと摂政制度があるのに、なぜそれが
忌避されるのか、考えようともしない人たちが多いのはまことに
残念なことです。一人でも身近な人に伝えて頂けたら、と切に願って
やみません。

しかしながら、安倍政権が妙なたくらみに、いささか抵抗しようと
しているらしい様子はうかがえ、そこはせめてもの救い。

末尾に、思考のよすがに記しておくと、村山談話や河野談話に先駆けて、日本悪人論の自虐史観を唱えたのは、昭和六十年十一月八日、衆議院外務委員会での小和田恆外務省条約局長(当時)です。

一見バラバラに散らばった情報のピースをはめていくと、真実の絵柄が見えて来るのは、あたかもジグソーパズルのようです。

(誤変換他、拙文の遺漏は後ほど推敲します)

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韓国ドラマと日本語

2016-09-25 | ドラマ

どういうはずみか、ネットで探しものをしている最中に
ふと、見た韓ドラの一話目が妙に面白げで、うっかり連ドラにはまると莫大な時間を消費するのでおっかなびっくりなのですが、次を見たら更に次が見たくなり・・・・
というふうで、DVDを借りようと調べてみたら、扱っていず、
仕方なく、ネット配信というのを初めて利用しました。
ネットには五話目までしかなく、続きを見たければ有料でダウンロードしなさい、ということで、まんまと術中にはまった私です。

画面の大きいデスクトップを使用していて、動画もフルスクリーンにすると
それほど見づらいわけではありません。
ドラマも映画も、特注でヒノキで作ってもらったベッドに寝そべって見るのが
好きなので、パソコンの前に延々座っているのはしんどいのですが
物語の展開の面白さに病みつきになっています。

韓流に対しては悪口も多く、当たっている部分がないわけではありませんが、
面白いものは麻薬的に面白いところがあるのは、一度ハマった人は
身に覚えがあるでしょう。一度、コメ欄にあった書き込みで「韓流の俳優は、役柄がまず好きになり、その役柄を通してその俳優にのめり込む」とあり、これは言い得て妙で、最初変な顔だなあとか、主役にしては背が低いなあ、と思っていてもドラマの展開が面白く、人物が生き生きと動いているのを見ているうちにその役柄が好きなのか、その役柄を演じている役者自体がいつの間にか好きになっていたのかという、一種の「あやかし」が韓ドラの真髄かもしれません。
最初日本人の感性で、ちょっと気味悪いなぁと感じていても見慣れると、
これが癖になり、くさややなれずしに開眼するようなものかもしれません。

日頃、韓国批判の多い私ですがそれは日韓関係の偏頗さに業を
煮やしているからであり、韓国の映画やドラマに優れた作品があることは
素直に認めます。
コン・ユという役者さんと仕事をしたいのですが、目下の日韓関係の
冷え込みぶりから実現は当分ありません。
以前、韓流のスターさんを迎えて脚本を書くことになっていて、そのために
釜山港に帰れを、打ち上げ用のカラオケとして韓国語で覚えたのですが、
企画自体が流れ、歌う機会もなく終わりました。

「日韓通貨スワップ」の再締結が言われていますが、これはほぼ
一方的な日本の支援であり、韓国最大の海運最大手、韓進海運の経営破綻もありリスクも高いのですが、結ばれることになるのかもしれません。韓国が倒れたら日本も影響を受けるからという説もありますが、締結の危険度に比べれば
まだしもましです。でも韓国を助けたい、貢ぎたい政治家が舛添さんはじめ、
相当数日本にはいます。日本ならではの特殊事情であり、韓国中国を隣国に持たず、また腐れ縁がなければ、相当額の無駄な出費から日本は自由になり保育所や高齢者施設の待機も解消されます。

話があちこち飛びますが、ドラマに話を戻すとセリフの幾つかに、日本語と共通する言葉が出てきて、これはひょっとして日韓併合時代の名残なのではないかと、思うことがあります。韓国では日帝時代の文化の追放に躍起なのですが、
日常会話に溶け込んだ言葉までは気づかず使い続けているのかもしれません。

写真を「サジン」、字幕で「契約」と日本語で出る言葉は韓国語で聞いても
「けいやく」と聞こえるのです。そういう言葉が幾つかあります。
もっとも言語学者ではないので、確定的なことは言えません。

今日は韓国ドラマを枕に、「遣日使」についていささか解説しようと思っていたのですが、前ぶりが長くなり過ぎて書けそうにもありません。
「遣唐使」という言葉のほうが定着していて、日本は常に中国から
学んできたと思われがちですが、日本へ海外から学びに来ていた、
それが「遣日使」なのですが、いずれかの機会に語りたいと思います。
ただし、遣日使という言葉が自体が定着して存在しているわけではありません。
ただ、そういう事実があった、ということを遣日使という言葉で表現なさったのが、田中英道・東邦大学名誉教授です。

韓国に日本語が、いつの間にか溶け込んでいるというのは私の
仮説に過ぎませんが、中国には日本製の“和製漢語”ともいうべきものが
たくさんあります。
明治初期の日本人が作った造語です。

芸術・科学・技術・哲学・理性・自由・権利・義務・宗教・進化・経済・人民・共和国・革命・神経・国会・司法・立法・行政・宇宙・客観・主観・典型・営業中他おびただしい数が、「和製漢語」であるところの日本語なのです。

言葉がその国の文化を形成するベースになります。なぜなら、人はものを考え発想するとき、言葉を脳裏で組み立てます。発想のツールとしての言葉が多いほど、思考も豊かで自由です。

ノーベル賞の季節になると、日本があんなにメダルを取れるのに韓国でほぼゼロはなぜ? という議論が毎年繰り返されます。韓国語に同音異義語が多いことなど、言葉の貧しさにもよるのかもしれません。
漢字をほぼ捨て去り、忘れたことも発想を乏しくさせてはいないでしょうか。
中国に関しても、いま漢文を正確に読めるのは日本のほうだと言われています。

とはいえ、人ごとではないのであって、日本語も随分見識の低い人々によって伐採された漢字が多く、その分やせ細っています。
子供の頭脳は大人が考えるよりはるかに柔らかく、広大無辺の可能性を秘めています。言葉を制限することは脳の領域を狭くすることです。

・・・・・・・・・韓国語の中の日本語について、調べてみました。
物知りはいるものですね。以下の言葉が、韓国語化した元々は日本語の一部なのだそうです。

h

ttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1123546346

1。家族「ガジョク」가족
2。約束「ヤクソク」약속
3。分野「ブンヤ」분야
4。無料「ムリョ」무료
5。洗濯機「セタッキ」세탁기
6。かばん「ガバン」가방
7。微妙な三角関係「ミミョハンサンカクグアンゲイ」미묘한 삼각관계
8。余裕「ヨユウ」여유
9。ちゃんぽん「チャンポン」짬뽕
10。知恵「チヘ」지혜
11。教室「キョシル」교실
12。雇用「コヨン」고용
13。瞬間移動「スンガンイドン」순간이동
14。茶「チャ」차
15。時間「シガン」시간
16。継続「ケイソク」계속
17。多様「タヤン」다양
18。可能「カヌン」가능
19。教授「キョス」교수
20。有名「ユミュン」유명
21。世紀「セギ」세기
22。準備「ジュンビ」준비
23.娯楽施設「オラクシソル」오락시설
24.救助「クジョ」구조
25.ラーメン「ラミュン」라면
26.炭酸「タンサン」탄산
27.無条件「ムジョコン」무조건
28.治療「チリョ」치료
29.困難「コンラン」곤란
30.連絡「ヨンラク」연락
31.木曜日「モクヨイル」목요일
32.民族「ミンジョク」민족
33.披露宴「ピロヨン」피로연
34.到着「トチャク」도착
35.同僚「ドンリョ」동료
36.遅刻「チカク」지각
37.把握「パアク」파악
38.要素「ヨソ」요소
39.判断「パンダン」판단
40.審査「シムサ」심사
41.仮面「カミュン」가면
42.酸素「サンソ」산소
43.炭素「タンソ」탄소
44.水素「スソ」수소
45.二酸化炭素「イサンファタンソ」이산화탄소
46.水族館「スジョクカン」수족관

     ーーー転載おわりーーー

上記はほんの一部でまだごまんとあるので、韓国が「日帝残滓廃絶」とかで、日本由来の罪もない植物をいかに引っこ抜いてみたとて、韓国語には大量に日本語が紛れ込み、もはや韓国語と化している状況では、「日帝残滓廃絶」は無理というものです。

 

 

変換ミス他文章上の遺漏は後ほど、訂正します。

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雨の日の音楽会

2016-09-24 | 日記

お招き頂くのが恒例となった、美輪明宏さんの秋の音楽会に
行って参りました。

お見苦しくて申し訳ないのですが、傘と着物だけ見ていただれば。
白髪にしたくて、白いワックスを塗っているのですが画面では
よく見えません。

木綿の着物に、綿麻の絞りの羽織です。コンサートに綿は
失礼かと迷ったのですが、仕立ておろしに免じて
ご寛恕願うことと致しました。傘は美輪さんのテーマカラーである
紫にちなみました。

美輪さんの音楽界は歌もさることながら、トークも絶妙で
興深いのですが、今回の音楽界のテーマは「生きる」ということで、
選曲もそれに添ってなされていて、美輪さんが尊敬する
職種の1つがサラリーマンだそうで、サラリーマンの忍耐と
苦難を作詞作曲したのを歌われました。

そのトークと歌を聴きながら、サラリーマン社会の大変さを
改めて思ったわけですが、それと同時にある音楽グループの事務所
脱退劇のことが、頭をよぎっていました。

会社内の差別、いじめ、上司の横暴など普通に存在します。
給料は我慢料と言われます。
日々満員電車や社内の理不尽に耐えながら皆さん営々とやっているわけで、
何も芸能界がその意味で特殊だというわけではありません。

しかし、それぞれのファンにとっては「かばいたい」ので、社会通念や
働くものの倫理を逸脱したメンバーたちの選択ミスを認めたくないので、
「犯人」を他に求めるのです。
芸能の業界にいる人で、彼ら4人とマネージャーの行為を
よしとする人はいません。

音楽会の後、テレビ局のプロデューサーと食事に行ったのですが、
その席でも事務所とメンバーとの話が出て、私たち彼らと
共に仕事する身から見れば、例外なく残る選択が
正しいと口にします。生き延びようとするならば。
芸能の世界のみならず、仕事という形で日々忍耐で勤めている
人々にとっては、今回の出来事の理非曲直がどこにあるか、
シンプルに解るはずです。
仮に五人揃って事務所を出たからといって、そのグループが
芸能界に存在できるわけではありません。
何も事務所の横暴とか、芸能界の悪癖や歪みということでは
ありません。どの業界でも、そこには踏み外してはならないルール、「仁義」と
言ってもいい、が存在するのでそれを破る人たちに、風は甘くはありません。
それだけのことなのですが、伝わらない人たちがいることに
いささか、驚かされました。
時には事務所の、メンバーたちの
車に同乗してその車を追いかけてくる
ファンの姿を車から見ていた私にすれば、その熱狂ぶりは
解らぬわけでもないのですが、思い入れが強く深いからと言って
世の中の掟が覆るわけもなく、逆らう者への掟は厳しいのです。
円満退社したタレントたちは、とりわけ妨害されることもなく
ちゃんとやっていけてます。

というごときことを書くとまた、一部ファンたちの反感をそそるのでしょうが、
事実は事実です。「公開処刑」と言われたあれに耐えてまでも
残ることを選択したのは結局4人なのだし、しかしそれが事務所側の
強権による人権問題だと言い立てるのはそれも少々違います。

彼らは、事務所側が懇願したファイナルコンサートを拒否する自由を
持っていたでしょう?
そして最終的には解散という事務所に多大な損失を与える自由も、
話し合いにより手にしたわけなので、一部ファンたちが思い込んで
いるように
奴隷のように縛られていたわけでもありません。
ファンも概ねそこらへの常識は心得ている人たちが多いと思うのですが、
一部突出した人たちが騒いでいるのでしょうか。
独立するという言葉が使われていますが、それは違います。
事務所を出たからと言って、文字通りの独立はないので
やはり、芸能界に深く大きな足場を持つ事務所に依らざるを得ず、
船を乗り換えるだけのことです。しかし、彼らを受け入れる船は
ありません。そんなこと、最初から解っていることです。
となればマネージャーが会社を起こし、やっていくしかないわけですが、
グループ名にも著作権があり、使用できないのだから
グループはその時点でその意味では消滅。業界仁義に背いた
彼らを使うテレビ局もないので、その意味でも消滅なのです。
じゃあ個人でやろうかと言っても、それも同じことです。
その厳しい現実に愕然と気づいたから、彼らは戻ったのです。
戻る自由もあったし、グループの結成者であるオーナーの懇願にすら
耳を貸さずコンサートを拒否する自由も、グループを解散する自由すら彼らは手にしていました。
一部で言い立てられているほど彼らが、強権的に縛られている
わけではありません。私はオーナーの一人をよく存じ上げているので
一部ファンたちが悪者として血祭りに上げる部分が皆無とは
言いません。ただ、俯瞰で見れば上記に述べた如くです。
業界の人々がやはりいちように口にするのが、女房子持ちだと、
やっぱり慎重だよね、ということです。組織に所属していれば
サラリーマンと同じく、ギャラは我慢料なのだし、その我慢も家族のためと思えるので、慎重なのでしょう。
 

いずれにしても、それぞれのファンが誰かを悪者にして口を極めて
罵ったところで全てを決めたのは彼らなのであり、残った彼らの
肩身を狭くするので、もはや黙って個人としての、それぞれを応援をするのが
彼らのためでしょう。グループとしての作品は残っているのだし。

音楽会でたまたま、サラリーマンという機構の中で生きる人々のことが
語られたので、また要らぬことを書いてしまったのかもしれません。

美輪さんが歌われている間、舞台が上のほうにせり上がるのを
「見た」のですが、錯覚だろうと気にもとめずにいました。
しかし、その後の食事の席でそれを何気なく言ったら、
やはり見たという人がいて、それも2回と回数も一致したので、
霊的な視界では、舞台ごと何十センチか浮き上がったのは
「事実」だったのでしょう。

もう数十年ほども前のこと、美輪さんに夜中のある時間に、ある
方法で神々が会議しているのを見ることが出来るよ、と教わった
事があり、その時はへえと聞き流したことが、このところ
気になっていて、楽屋でうかがおうと思っていたのに
失念しました。来年春は三島由紀夫の「近代能楽集」をやられるそうなので
その時に、改めて伺おうと思っています。

神様たちの会議などということに何ら疑問を持たず、あ、見てみようかな、と
思う私が変なのでしょうか。数十年前にうかがって、耳を素通りさせていたのに、
このところ、急に見てみたくなったのです。

(文章上の遺漏は、後ほど加筆訂正します)

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