井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

オバマ大統領の原爆慰霊碑献花

2016-05-28 | 歴史・政治

実質的に、アメリカからの謝罪でしょう。謝罪も反省もその文言は
時期尚早でいまだ、使えませんが世界はアメリカの謝罪として
概ね受け取ったと思います。

さればこそ、韓国では「戦犯国である日本が被害者ぶるな」と
ネットも報道も熱くなっているわけですが、彼らの矛盾は
一方で原爆投下は日本へ下した神の懲罰と言いながら、
その一方で韓国人犠牲者にオバマ大統領は謝罪と補償をと
言っていて、その矛盾にも気づいていないようです。

旭日旗を戦犯旗と言って忌避するのですが、そもそも日本が
戦犯国であるなら、戦争当時日本兵として戦った朝鮮兵は
「戦犯」・・・・戦争犯罪者なのでしょうか。

靖国神社には、およそ2万1千柱の朝鮮出身兵の皆さんが
英霊として祀られています。この方たちが戦犯ですか?

無理やり連れて来られた人たちではありません。
多くが積極的志願兵でした。

Wikiに詳しいです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA

Wikiより朝鮮人志願者の数と倍率表です。

中には、警察による圧力でいやいや応募した青年もいるとされていますが、中にはそういう人たちもいたでしょうが、そんな人達だけでは競争倍率50倍とか、60倍とかにはならぬでしょう。

どうしても日本の軍隊に入れてくれと、血書を認めることも青年たちの間では、流行ったのです。朴槿恵大統領の父上、朴正煕元大統領もそうです。
極貧の家の青年でしたから、日本軍が拾い上げていなければ、
その後の大統領の座もなかったでしょう。

戦犯国といっても、敗戦したらどの国も戦犯扱いなのであって、とりわけ東京裁判の偏り方と不公正さは、つとに知られたことではあります。

日本軍の思わぬ強さと優秀さに愕然としたアメリカが、日本人の足腰を徹底的に砕いたのが、戦後のGHQ施策とGHQ制作の平和憲法なのですが、しかしアメリカはじき、日本の両手両足を縛っていることのまずさに気づきます。

それが終戦5年後の朝鮮戦争でした。そこでアメリカは日本に警察予備隊を持たせます。それが陸上自衛隊の前身です。

そして自衛隊と、日米同盟は徐々にアメリカにとっても重要度を増して行き、
現在に至ります。

オバマ大統領による“謝罪”もその流れにあると見ています。中国の軍事的台頭を見ていると、日本が大いなる盟友であるわけで、それかあらぬか日本政府もついに、核兵器を持つことの可能性を頭から否定はしなくなりました。
護国のための核兵器保持は九条違反ではない・・・・と。

トランプ氏がもし大統領就任となれば、日本の軍事的独立をさらに
促されることになるのかもしれません。独立はすなわち更なる同盟国としての
強化だという考え方もあるでしょう。

彗星のごとく現れたオバマ大統領も、メッキがはげた感がありますが、
広島における演説は相変わらず巧みで格調高いものでした。
原稿は四方八方に目配りの効いた、欠点ゼロの完璧さで
私などはその美しい修辞に終始する内容に、逆に心打たれることは
なかったのですが・・・・
しかし、主観に走った感動的情緒的原稿もまずいわけなので、あれで満点です。過剰になると、アメリカの謝罪と懺悔と受け止められかねないから。

被爆者の突然こみ上げた涙は予定調和を破るリアリティで
それを抱き寄せたオバマ大統領はそれゆえ、唯一感動的な
シーンになりました。

備考

(総理府)警察予備隊→(保安庁)警察予備隊→(保安庁)保安隊→陸上自衛隊
(海上保安庁)海上警備隊→(保安庁)警備隊→海上自衛隊

・・・・・・・とこんな文章を書いてから、机の周りを整理していたら靖国神社さんからの封書が出てきて、「春の例大祭」へのご招待状でした。封切らぬままどこかにまぎれていたのでしょうが、まさにこんな日に忽然と現れるとは
シンクロニシティなのかもしれません。

そういえば、今年はご案内が来ないなあ、と思っていたのでした。
秋の例大祭は逃さないようにしよう・・・・。

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伊勢神宮

2016-05-27 | 日記

サミットの場に安倍さんが伊勢神宮を設定なさったのは
賢明だったと思います。そしてそれを「日本人の精神性」と
表現なさったことにも。

日本人は無宗教なのに、なぜ道徳性が高いのかと
海外では不思議がられますが、海外で思われるような
色の濃い宗教性はないにしろ、無宗教ということはありませんね。

ありようは神仏キリスト教混淆のファジーさで、しかしながら日本人の精神の奥底(奥底)には、古代日本人の霊性としての神道が知らず知らず息づいています。

それにしても、いささか残念であったのがテレビのインタビューで
伊勢神宮を説明なさる安倍昭恵さんの言説の拙さで、なぜ
事前にお勉強して言葉を推敲、まとめていらっしゃらないのかな、と。
せっかく日本人の精神性の大元である伊勢神宮を語る機会であったのに、
「きらびやかな建物ではないよさ」程度のご説明で歯がゆく思いました。
せっかくご亭主が「日本の精神性である」と美しく端的に提示なさっているのに。

例えばですが・・・・・西欧では石の建物に永遠性を求めるが
伊勢神宮は式年遷宮に見られるように、建てては壊し新たに清浄の宮を建て直し、破壊と再生を繰り返すことが、日本人の捉えた永遠性なのです、と。
その象徴が、伊勢神宮なのですよ、と。

総理夫人の立場で、あれこれ積極的に発言なさるなら、事前になぜもっとお勉強され、言葉を収集整理、その上で推敲なさらないのかな、といぶかしいのです。その言論の粗雑さに。

言葉というものに対して、畏れと敬意を持って頂きたいのです。
日本は神道の国でもありますが、言霊のさきわう国でもあります。

ちなみに、ここでいう神道はいわゆる宗教枠に収まるものではありません。
それこそ、日本の精神性であり、古代日本人の得た霊性としての
神道・・・・・神へと至る「道筋」なのです。

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舛添さんへのぬるい追求

2016-05-27 | 歴史・政治

法の抜け道を知悉しつつ、のらりくらりと時間稼ぎをしている
舛添さんを、肝心の都議会と政府与党が追求しません。

本人が言い張ればどんな嘘でも通ってしまう公金の使いみち、
それを追い落とせるのは「百条委員会」しかないのですが
その都議会の過半数を締める自民・公明が「知事の答弁を聞いた上で、必要に応じて対応を検討すべきだ」と、ずるずる問題の引き伸ばしを謀っているので、しょうもありません。

今更、答弁も何も協議も何も、都民も国民もテレビという媒体でさんざん、その嘘、その汚さをまざまざと、見せつけられ吐き気を催しているというのに。

挙句、選挙前の不祥事は構わないと言い出す始末。知っている都民は選挙時にさんざん、そこを指摘して反対、都議会のBBSは抗議と憤りに溢れ、余りにその数が多く、都議会ではメンテナンスを口実にBBSを閉ざすという卑劣さを見せたというのに。
舛添氏のダーティさを知っていて推したんじゃないか。

政治よ、お前は汚い。汚すぎる、と今更ながら。

舛添氏を辞職に追い込んだとしても、次の選挙で勝てる候補が見当たらないからというのも、追い詰めない理由に上げられているのですが、そもそも舛添氏のやりくちをさんざん身近に知っていて、この男はいずれ馬脚を現す、とは思わなかったのでしょうか?

私ごときが出馬した時点で今日あるを、予測していましたが。

党にいて、その小ずるさもセコさも、じゅうじゅう承知で、その場しのぎで舛添氏を応援したのだから、破綻する可能性はあったでしょうに。その時の手当も考えてなかった?

正体を見せた時点で、辞職要求の声が高まる、その時どうするかという対処すらしていない政治の稚拙さよ。

4年後の選挙が五輪・パラリンピックに重なるという理由にならない理由を上げてもいて、これは一過性の祭りと、都民にとっては毎日続く暮らしとどちらを優先するのかという問題で、選択肢はないはずです。
いかがわしい五輪などより、都政優先です。さなきだに、都政は国家とも密接にリンクしているのですから。

徳洲会グループからの5千万円で辞めさせた猪瀬さんなど、足元にも及ばないくらいの舛添氏の金銭的ダーティさなのに、都議会も政府与党も情けない、ほとほと情けない及び腰。

リコールもハードルを高くしすぎていて、あたかも不成立を前提にしたかのよう。早急に見直しをすべきでしょう、せめてこの機会に。

 

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不忍池で雀と遊んだ

2016-05-26 | 日記

上野に美味しいステーキ屋があるので、行かないかと友人からの誘い。

あの界隈の地理が不案内なので、間違っているかもしれないが

たぶんアメ横だったと思う。

外にテーブルを出して飲み食いしている横丁の喧騒を歩いていると

バンコクを思い出した。聖も俗も混沌と湿度の高い熱気に溶け込み、

なんでもありの、あの放恣な街。

ステーキ屋はまぁまぁ。とびきり安かった。

腹ごなしをかね、また緑の気を浴びたくて忍ばずの池に足を伸ばしたら、

池の畔で、雀に手でカップケーキを食べさせているおばさんがいて

「慣れてますねえ」と声をかけたら、「あなたにも、出来るわよ」と

ケーキを分けてくださった。

手にケーキをもった途端、羽音と共に雀が飛んできて

手に止まり、ケーキをついばんだ。

雀は用心深い鳥で、こんなことするとは思ってなかったので

びっくりしたし、また嬉しかった。

 

 

 

雀にしばらく遊んでもらってから上野公園へ。私の脳裏では忍ばずの池も
上野公園も一緒のエリアなのだが、別らしい。

ここらは「わが家」でロケに使わせて頂いたところだ。

やたら石碑が多い。

包丁塚や鳥の碑(たぶん、軍鶏鍋とかそういうので暮らしてる店の人が
建てた?)などは珍しくはないけれど、ふぐの碑や果ては眼鏡の碑には
笑った。

  

日本はとにかくなんでも、供養する。その心は失くしたくない。

 

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美輪大明神詣で

2016-05-25 | 日記

春の芝居、秋のコンサートとまるで春と秋のお彼岸なみに

美輪大明神をお詣りに出かけ、お陰さまでご先祖も

だいぶ成仏しました、と美輪明宏さんご本人に申し上げたら

笑っていらっしゃいましたが。

ちょっと霊的感受性があると、会場内がとりわけコンサートの時、

場が不思議な次元上昇する感じを味わうので、ご先祖浄化は

あながち、冗談ばかりではありません。

後にも先にも予知映像というものを見たのは一度きりなのですが、

ある日、ふっと何の脈絡もなく私の母が美輪さんのコンサートに出掛けている

映像が浮かび、なんだろうと思いながらもよもやそれが予知であったとは

思いもせず。

母は九州在住で車椅子、要介護の身、また美輪さんがその時九州で

コンサートをなさることなど、私は知りません。

妙な映像を見た翌日です、母のお世話をしてくださっている方から

美輪さんのコンサートチケットが取れたので、お母さんを連れて行きます、と。

仰天した私は、美輪さんの事務所に電話して九州会場のチケットを

押さえて頂き、私も九州へ飛んで母の付き添いで会場まで

足を運び、コンサートの前後に母とお世話くださっている人達と

共に、美輪さんに会って頂き、本当は撮影禁止なのですが写真も

一緒に撮って頂いたのでした。

不思議なお方です。私とは政治上のスタンスは異なるので、私と美輪さんとの

ご縁を不思議がる人もいるのですが、私はいちいちその方の政治スタンスを

チェックしてからお付き合いをしたりしなかったりはしません。

母はコンサート中、号泣のさまできっと強烈な思い出になったでしょう。

私の友人のお母様が、ぜひコンサートに出かけたいとおっしゃっていると

友人から相談を受けたのですが、私の招待枠は本来私一人なのに

すでに複数名を無理をお願いして相乗りで、使い果たしているので、

人の持っているファンクラブ枠を使わせてもらうことにして(その方は、行かれないというので)、

初めて自分でチケットを手配したのですが、これがまぁ難儀なこと。

A4サイズの紙の4倍もある厚手の立派な用紙に、図解付きで

チケットの申込方法が三段階ぐらいに分けて書かれてありこれが

初めての者には難解。とりわけ私が不得手なのですが。

四苦八苦して、やっと一段階目は電話で申し込み抽選ということが

解りました。4ヶ月も先の公演なのに、ファンクラブ内だけで

抽選なんですよ。

そのファンクラブも、募集を打ちきったのが、4,5年前なのです。

抽選に外れたら、次は早い者勝ちらしいです。

地方はまだゆとりがあるかと思いますが、東京はほぼファンクラブ内で

チケットは売り切れ、一般は入手がかなり困難かもしれません。

かと言って、武道館でやられる方ではないのです。というのは

おそらく「気」が広すぎては行き渡らないからでしょう。

というわけで、長年無造作に招待枠で人も連れて出掛けていた

私なのですが、自分でチケットを手配してみて、そのプラチナぶりを

やっと実感したしだい。

友人とその母上とは無事、S席抽選に当選。母上は狂喜していらっしゃるそうで

よろしかったです。

 

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