井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

スポーツ界に正義の風よ、吹き抜けよ

2014-11-25 | 日記

寝こむ程の風邪からはわりに素早く立ち直ったのだが、いつもは
スパッと吹っ切れる症状なのに今回は「後遺症」が長い。

咳が頻繁でくたびれる。変な言い方だが咳に飽きてくる。

たとえば高熱はがん細胞や、悪しき菌を殺してくれる、と
思って耐えられるが、咳の役目がわからない。

これって、細菌を吐き出しているのか? 無知な疑問で笑ってくださっていいが。

平常時の咳は無論肺の異常のお知らせであり、私がヘビースモーキングによる
肺の衰弱化の際、警告を発してくれたのは咳だった。

ベッドにいることが多く、テレビをつけている。すると町田樹選手の
フランスにおける滑りが写って見惚れた。高橋大輔氏が去ってから
つまらなくなっていたのだが、町田選手よいたか、という感じ。

優美繊細に加えて、オトコっぽい野性味や荒々しさがあるのが
町田選手の特色なのだろうか。

フィギュアはどのみち知らない。詳しくない。たまた見かけて「へぇ」と
見入る程度。

織田信成氏には、ぜひ祭りの法被と下履きを衣装にねじり鉢巻で
ひばりさんの「お祭りマンボ」か笠置シズ子さんの「買い物ブギ」で
滑って欲しかった。

ところで、私は橋本聖子氏による高橋大輔選手へのパワハラ・セクハラが
スケート連盟でいとも無造作に許されてしまったことに、大変不本意な
思いを抱いている。

仕事柄想像力は発達しているほうで、橋本聖子氏が高橋大輔さんを
力づくで抱き寄せている一枚の画像で、私は舌を突っ込んで、なまぬるく
口中をかきまわしている、その感触までリアルに感じ、気色悪い
思いをした。二十代の男性であれを平気な男は、さほどいないだろう。

連盟の橋本聖子氏へのお咎め無しは、高橋氏が男性だから、どうということもないだろうという判断なのだろうか。

だったら、それは決定的に違う。中には女性から触れるだけで、鳥肌が立つくらい嫌悪感を抱く男たちもいる。高橋大輔氏がそうだというわけではないが、
人が性的接触に対して抱く好悪の感覚は人それぞれで、嫌悪感も
苦痛も人が、尺度を決めることではない。
という意味でもスケート連盟の人たちの粗雑な神経に首を傾げている。

と、私がひとごとならず不快の念を漏らすのは私の知り合いで
某大企業の重役まで上り詰めた人が、配下の女性に軽く
キスしただけで、それまでの華やかな業績にもかかわらず、
馘首されたからである。

結局離婚へと至る滅びの道筋が軽いキスであった。
容認するわけではないが、橋本聖子氏の、相手の頭まで抱え込んでのディープキスではない、戯れの軽いキス。

相談を受けながら、また苦しみを目の当たりにしながら
男がするセクハラ・パワハラへの社会的制裁の凄まじさを
肌身で思い知っているだけに、橋本聖子氏の性的嫌がらせが
いともあっさり看過される、男女差別ぶりにやりきれない
思いと憤りを抱くのである。

それやこれやをきっかけとして、スケート連盟他フィギュアの
世界を調べ始めたら、腐臭の凄まじさに顔を背け、もう
二度とフィギュアは見ない、と思ったくらい私には衝撃であった。

世の中常に表の顔の他、裏の顔があることは承知しているけれど、
スポーツまでもか、と味気ない。

フィギュアの世界がサッカーよりも、あるいは汚染されている。

素人なので失礼なことを言ってしまうかもしれないが、スケート連盟と
選手との関係など、あたかも角兵衛獅子と親方ではないか。
選手を権力という鞭でこき使って、得る莫大な収入は選手たちに
正当に還元されているだろうか。医師の帯同、移動時のファーストクラス、
せめてビジネスクラスまで配慮されているのだろうか。

点数も大変奇妙なのは、バンクーバ以来、スケートファンならずとも、多くの
日本人が気づいたところではないだろうか。悪い白日夢かと思うような採点がまかり通っている。

そういうことにいきり立っているファンに、なぜ抗議しないの? と訊いたら。
「してますよ!! しかし組織を立ち上げてまでスケ連に抗議しても無視されて終わりなんです!!」

困ったことだ、と思っていた矢先「次世代の党」http://www.jisedai.jp/outline#sec4

が、

 

次世代の党緊急座談会「国際試合に公正なジャッジを〜Fair Judgement for all Athlete!」

政治家が初めて声を上げてくれたと思う。

フィギュアの歪みにバンクーバーで気付き、それが政治的な目覚めにつながった人も多い。サッカーは、日韓共催サッカーで、日韓問題の本質を悟った人たちもいる。

スポーツも今や、ロビー活動が幅をきかす政治であろう、否応なく。

だったら政治でアプローチするしか、改革の道はないのではないか。

・・・・・と考える人は「次世代の党」を応援されてはどうだろう。

個人名はご贔屓の政治家の名を、比例には「次世代の党」を記入という方法もあるだろう。

個人的には中山成彬氏に落ちて頂きたくない、と痛切に願っている。

 

2013年3月8日衆議院予算委員会 質疑

 36分30秒当たりから

 

名だけで、無条件に投票する習慣も終わりにしたい。
屑に投票し、入党させ議席を増やしても党を食い荒らす白蟻を
増やすだけのことである。

今回の選挙はおそらく、放置していてもまた自民党であろう。
それならこの際、自民党を自浄させる如き投票の仕方もあろうではないか。

私自身がさして意味も見いだせない選挙にシラケていて、
その上結果は見えている茶番劇に寒風ついてわざわざ出向くことも
ないかもしれないとまで、一度は思い・・・・・しかし、とつらつら思い返し、
ああそうか、自民党に自浄を促す投票の仕方もあろうし、比例で
スポーツ界に正義の風を吹かすことも可能ではないか、だったら
やっぱり投票所には足を運ばねば、と今は思っていいる。

投票を怠ったことはないのだが、行くのやめようかと思うくらい
唐突な解散には納得せず、また腹も立っていた。

しかし、水間政憲にいわせれば、「実は安倍さん対財務省の戦い」だと言われればそういう見方もあるか、と思わぬでもない。

水間さんが何が何でも安倍さん支持というわけではなく「移民受け入れ政策」などには反対をしていらっしゃる。私も移民大量受け入れは、烏滸の沙汰であろうと思っている。(安倍さんが何かを言ったからといって、それが全部安倍さん個人の真意だというわけでもない。“複雑な”党であるから)

その水間さんが、比例区には「次世代の党」をと呼びかけていらして、似たような事を考える人もいるな、とそこは嬉しかった。

 http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/

 

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高倉健が作り上げた高倉健という「男」

2014-11-24 | ドラマ

健さんと誰もがそう呼ぶ。ファンに愛されたくて、そのために

生涯を捧げたような方だ。本望だろう。

健さんの本に「あなたに褒められたくて」という著書があり、未読だが仄聞するところによると、母恋の記であるらしく、愛する母のために演じていたというようなことであるらしい。

しかし、私は思うのだが健さんの含羞でそうは言わないが常に「人々の愛が欲しい」
方でもなかったか。そのために、ひたすら銀幕で観客の求める男を演じ続け、
見えているようで全く見えていない私生活では、人々の視線をカメラ代わりに
これもまたひたすら演じ続けた。

息が詰まりそうになると、海外の某所へ遁走して、そこでのみ高倉健という
「役」から降りていらしたのだと思う。海外でも知られた方なので、私の耳に入る
その国のその地方の中でも、田舎のほうに身を潜めていらしたのでは
ないかと思う。共に息を楽に出来る人がそこにはいた、と思う。

共演した女優さんが私にこう訴えた。
「高倉さんと寄り添って歩くシーンがあるのだけど、私寂しくて、寂しくて。だって高倉さんの意識が私のほうに全然来ないのよ」

それを聞いた時の私はさもありなんと思い、しかしその時はどちらかというと
否定的な思いが伴っていたが、今は肯定する。

世界の高倉健だもの。

脇にいる女優に意識など向けず、ひたすらご自分がスクリーンにどう写っているかだけに集中なさればよろしい。

一時代を作ったスターであると同時に、偉大なるアイドルでもあり続けたのだから、スポットライトは常に健さんに当たっていれば良いので、女優はその陰にいればよい。健さんだからこれが言える。

カメラの写し方にもクローズアップ、バストショットとこだわりがあり、だからそれを仕切ってくれる監督としか組まない。概ね降旗康男監督だった。降旗監督とはしばらく年賀状のやりとりをしていたことがある。

正直に言えば、私が健さん主演映画のオファーをお断りしたのは
先に書いた理由の他に、心のなかで呟いた理由もう一つ、ある。

(何を書こうとどうせ、健さんプロモーション・ビデオになるんだろうし、またそういう脚本しか受け入れてくれないだろうし、私は悪いけど健さんへの仕え人の一人にはならねーよ)

今はじめて、その時の気持ちを書いた。

書いたのは、去られてさしさわりがなくなったからではない、そのことを
私が包み込み許容し、肯定的に捉えられる年齢になったからだ。

健さんを神輿に乗せて担ぐ人しかスタッフには要らない。
いたって当然のことである。

だって、世界の高倉健だもの。

今だったら私も全身全霊で、高倉健というスターに仕える。仕えられる。
オファーを頂いたとき、私は若すぎた。
駆け出しのペーペー脚本家が、高倉健にタイマン張るの図。
要するに私に高倉健に向けて書かせるのではなく、私の本に
高倉健を添わせろ、と。
それなら書いてやらないでもない、と。
いっそ、可愛らしいくらい愚かの極みである。
若さの勘違いというものは本当にどうしようもないものである。

今なら健さんに奉仕しつつ、自らを活かす道を探す。
あるいはいっそ、無我に徹してひたすら高倉健を輝かせるための
本を書く。

共演の女優は言った。

「スタッフから大事に大事に扱われていることが感じ取れないと、
すねて、ロケ先から東京に帰っちゃうのよ。お姫さまだから」

聞いた当時は否定的に聞いた。今は肯定である。

当然である。高倉健は常に常に、現場の意識の中心にいなくてはならない。

だって、高倉健だもの。

そのくらいの自己愛と矜持があって、スターになれる。

健さんが凡百と違っていたのは、人に要求するかわりに
ご自身も出番がないときに、ロケ地の片隅に佇むなどして
努力を怠られなかった。

嘘か真か知らぬのだが、私のとても好きな浅丘ルリ子さんの
エピソードがある。

監督がルリ子さんに、化粧を取るよう要求したら、

「出来ません。だって、これが私の素顔ですもの」

名セリフというべきだろう。

人の目にはこう見えて欲しい、と願ったそのままの姿を
最後まで演じきった健さん。

高倉健という仮面を取ったら、そこには素顔すらない、ただ虚(うろ)があるのみだろう。

見事で鮮やかで、幸せな一生であった。

健さん、生意気な若造であった井沢満です。音楽のプロデューサー宛の
お手紙で、フルネームを書いて頂きましたが、もうご記憶では
ないかもしれません。

今はじめて素直に言えます、
あなたが好きです。仕事を一緒にしなかったこと、とても悔いています、と。

私はきっと、すねてそっぽを向いていたのです。あなたという存在が放つ
光のまばゆさの中で、影にしかなれないであろう自分が悔しくて。

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「男」を演じる  さようなら高倉健さん 

2014-11-22 | ドラマ

 

 高倉健さんと縁が出来そうになっては、潰えて来た話はこの間書いた。

何度か玄関先まで行くのだけど、戸は開けられぬままだったご縁である。

自分のほうが断ったこともあれば、他の理由であったこともある。

健さんが久々にテレビの連ドラに出られたことがあり、いつもなら

絶対に私に声をかけてくださるプロデューサーがその時は

他の作家へ依頼したというようなこともあった。

健さん主演の映画の依頼を私が、すげなく断るその現場にいたのが

そのプロデューサーであったので、それが原因なのかどうか

お訊きしていない。

 

テレビでは健さん讃美一色で、私などひねくれ者は少々、

気恥ずかしくなるのだが、かといって健さんが人格的に優れ

人としても仕事人としても誠実でストイックな方であったことには

異論がない。

共演したことのある某女優さんから「高倉さんはお姫様よ」

と耳にしたことがあり、その真意は聞き返さなかったが、

およそものを創造する人間に、女性的要素が皆無などということはあり得ないので、おそらくはそういう意味なのだろうと聞き流した。

実生活では寡黙ではなくむしろ饒舌な方であった、とも複数から聞く。

考えてみればその時々の役柄の他に、健さんは終生高倉健という

寡黙な「男」を演じ続けてきた方であると思う。そのことの凄みに私は

ひれ伏す。余程の意志がなければ日常生活を演じ通せるものではない。

ストイックである。

いったい、どこで息をついていたかというと、海外の某所であるのかもしれない。

海外に向かうときの健さんは、リュック一つを背負って、いつにも増してお喋りで、

去りゆく後ろ姿が文字通りスキップなさっていた、と遭遇した女優さんが

話してくれた。

その海外の某所にきっと、素顔の健さんがいらしたのだと思う。

そして健さんをくつろがせる誰かが。

私生活が謎だとされるが、謎も何もオフの時は専らその海外の

某所にこもっていらしただけだ。日本人で見かける人とてない某国某所。

しかし、男を演じていらしたと言っても、持って生まれたフェロモンはおありで、

私が豪州にいる頃だから昔も昔、あちらの女性が高倉健に眼の色を

変えていた。

高倉健さん主演の「旋風太郎」という映画のロケを別府駅の埠頭で

見かけたことがある。

ところがそこにも、健さんの姿はなく若い日の三田佳子さんがいらした。

よもやそこで見かけた女優さんと後年、公私ともに親しくお付き合い

させていただこうとは、夢にも思わなかった頃であるが、縁ある御方とは

こうやって先触れのように一方的にながら出会う。

白川由美さんもそうであった。

三田さんはその後都内で、車中にいらっしゃるお姿を拝見したこともある。

お付き合いが生じるまだうんと前の話である。

そして高倉健さんに関して言えば、あちらが私の名前を書簡で

書いてくださるほど近くまで行くのに、現実にはかすりもしないのである。

これもこれなりの「御縁」であろうか。

そもそも、あちら側から会いたいと言って来た時、なぜ

私は行かなかったのだろう。

地方のロケ先だった。

若気の至りで今まで話すことはなかったのだが、「人に物を頼むのに、

自ら出向かず、出て来いとは何だ」というごときことであった。

今書きながら顔から火が噴き上げる。

まだ駆け出しの新人の頃である。鼻っ柱の強い生意気な新人として

私は評判が悪かったけれど、それにしても酷い。

とにかく尖りまくっていた。

・・・・・今はもっと平らである。さすがに。

 

 

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「わが家」ロケ

2014-11-21 | ドラマ

今朝、冬の三浦半島を撮りにロケに出かけたと、プロデューサの深迫さんから

メールあり。

雪を頂いた富士山の遠景や、冬の海の風情が撮れたとのこと。

水仙はまだシーズンではなかったろうか。

取材に訪れた時は、水仙が群生していたのだが。

 

ギャラリーが新設されている。「わが家」HP.

http://www.mbs.jp/wagaya/

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頑丈

2014-11-21 | 日記

あまり、酷い風邪は引かない方なのだが、立ってる足元がふらつくほどの熱、

声がかすれて出ず、胸を圧迫する強い咳。

風邪は一晩で抜けるたちだが、さすがに今回は少し寝付くかと思ったら

今朝はもう立ち直っていた。

やれやれ頑丈なこと。

 

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