井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

文化庁芸術祭 授賞式

2016-02-09 | ドラマ

 

昨日は「わが家」で頂戴した、文化庁芸術祭優秀賞の授賞式で
明治記念館に行ってきました。

方向音痴でいつも新たに訪れるときは早めに家を出るのですが、
明治記念館は確か、佐藤正久さんのパーティであったか
宇都隆史さんのそれであったか、訪れたことがあるので
気が楽でした。

やはり木綿の和服は着ずに正解でした。歌舞伎界、落語界、
舞踊界、邦楽界と着物を日常に着ていらっしゃる方が
多く、木綿では気後れするところでした。

会場では松本幸四郎さんにご挨拶が出来ました。
あと文化庁の青柳正規・長官と。「わが家」をご覧になっていてくださいました。

ヤンキー先生こと、義家弘介さんが
文科省の副大臣になられたことは
知らなかったのですが、昔からファンなのでミーハーで
ご挨拶しようと思っているうちに、帰られてしまいました。

余談ですが・・・・

式と懇談会が終わってから「わが家」のメンバーとお茶を
飲んでいたら、SMAPの新しいマネージャーさんが
通りかかり、私は挨拶はしてないのですがスタッフが
名刺をもらったのを見たら、綺麗な銀色・・・・メタリック
カラーに黒の文字でした。

 

後述  自分の画像は撮って頂いたものをメールで送って頂いて
あるのですが、むさ苦しいのでアップを控えていました。
でも、
着物に興味のある方からコメント欄に見たいと言って
頂いたので、顔は外して
アップしておきます。

 

 

着物の、亜麻色とそれから同種色濃淡の縞も、羽織の深緑も
出ていません。
写真の時は、もっとメリハリの聞いた配色や色合いが解りやすいでしょうね。
羽織紐の脇の緑は、関係者目印のリボンです。
安全ピンを着物に刺すのが嫌なので、妙な位置に止めていました。

白足袋に白い草履です。長襦袢も白にしました。

それにしても・・・ 大臣はじめ、文科省の方々は概ね着物を召さない
男性陣だからか、安全ピンのピンで着物の繊細なシルクが
悲鳴を上げることはご存じないのでしょう。

男は羽織袴、女性は高価な訪問着も多いので、ピンは
まずいです・・・

誰か伝えてくれないかなあ・・・・
せっかく文化庁長官にお目にかかれたのに、その時
申し上げればよかった・・・・と言っても祝いの席で
クレームも場違いでしょうね。

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神田明神下へ

2016-02-07 | 日記

頼んであった着物が仕立て上がったというので、神田明神下の
メンズ着物の店に受け取りに行ってきた。
秋葉原駅から歩くのだが、歩行者天国で車がないので
人混みは相変わらずだが、のどかである。

昼飯を界隈で済ませ男坂を上り詰め、そ
れから本殿にご挨拶してから女坂にある
お店に向かうのがパターンだが、今日は日曜日なので
参拝の列が長く出来ていて、わたくしは離れたところから
二礼二拍手一礼でご挨拶させて頂いた。

混んでいて嫌だとは全く思わず、神社の隆盛ぶりを嬉しいことに思う。
和服と共に神社も日本人の心の在りどころなので。しかも
秋葉原で中国からの群衆を目にしながら来たので。
お金を落としてくれるのはいいが・・・・・まぁ、ねぇ・・・・・・。
マナーの悪さをあげつらうのは、もう飽きた。

店には男たちが来ていて、なかんずく若者の姿があったのが
嬉しかった。会話が聞こえてくるのだが、結婚間近の
カップルであるらしかった。
こうして少しでも着物が時代に引き継がれて行って欲しい。
着物は単に衣類ではなく、日本の精神が宿っている。
心意気が、情緒が。しごきを引き抜く時の衣擦れの音は洋服にはない。

若者が求めた長襦袢を、ちらっと見たら半襟が白だった。
男の白は素人衆はまずいというのは常識であったが
今はゆるやかになっているようだ。
私も白襟の長襦袢が好きで着るのだが、もし言われたら
「時代劇で雷蔵さんも着ているし」と、言い訳を
用意していたのだが、もうそれも必要ないようだ。

わたくしのほうは、ベロアレースと言ったかなあ、洋服の
カーディガンとしても使えそうな生地で、黒い羽織を
長めの丈で仕立てて頂くことにした。

相変わらずデジカメのコードが見つからないので画像は
アップできないのだが。いずれ。

この店の会長さんの写真を拝見したら、60お幾つだというが、
着物に革靴は珍しくもないとして、下にワイシャツを着込んで
蝶タイを締めていらっしゃるのは、流石に驚いたが不自然ではない。
こういう遊び心の横溢した店をわたくしは、ずっと探していた。
しかも、男物が隅に追いやられているのが常なのに、
こちらは男物専門店なのである。
女性もかえって、ここの反物で仕立てられたら斬新ではなかろうか。
選び方では、粋になるのではないかなあ。

明日は「わが家」で頂戴した芸術祭優秀賞の授賞式で、この間
誂えた木綿の、ちょっと面白い着物にベルベットの黒の
羽織で行くつもりでいたのだが、ふと店長さんに相談してみたら、
そういう場に、木綿はやはり・・・・・ということで、急遽
本日受け取った絹物にすることにした。
亜麻色・・・・ともう一つ和名が該当しそうな微妙な色合いの
着物である。こういう、色と色のはざかいをゆらゆら揺曳しているような
色が着物にはある。洋服にはない、夢めく色。
幅広の、地色とは少し違う色合いのほのかな縞が乱調子に入った紬である。

幸四郎さんも確か個人で受賞なさっていたかと思う。もし、いらしたら、
木綿はやはり物知らずだと思われそうな。

羽織は黒のベルベットでもいいのか、それとも絹の濃緑のにするか・・・
黒のベルベットは、裏地が朱に銀鼠の縦縞である。そう指定させて
頂いた。裏地は華やぎたい。

さてコメント欄に日韓併合前の韓国の橋は、いかなるもので
あったか、と書き込みを頂いたが以下のごとくである。

 

お江戸日本橋とか、そういうのと比べると落差が激しいですね。
日本には太鼓橋などというものも、すでにありました。

 

明治期の亀戸天神の橋。

江戸末期の日本の橋。

朝鮮通信使が日本に来て、聞くと見るでは大違い、日本の
豊かさと文明の高さに仰天するのですが、その際、
彼らは日本の水車の技術を持ち帰り、作ろうとするのですが、
技術が追いつかないのです。

以下は、李氏朝鮮の貴族(リャンパン)の画像ですが・・・・・

天蓋もない、一輪車です。
輪を均等に作る技術がなかったのです。
日本には平安時代にすでに、天蓋付き、金細工漆塗りの二輪車である
牛車がありましたね。

日本は8世紀にすでに、これ。朝鮮では19世紀になっても、
上記の石炭運びの猫車のような、それです。

朝鮮の文化のことを言うと、少し気が滅入ります。
貶めたくて言っているわけではないのに、普通に
事実を述べれば述べるほど、貧相な景色しか
描けないのが韓国という国です。

日本と比べたいわけでもありません。比べ物になるとも
思っていません。
ただ、朝鮮通信使は文化の高い韓国から、文化度の低い日本に
請われて教えに来てやったというような嘘つきたちに
黙っていることはよくないと、思っています。

わたくしたちの先祖の謂れもない悪口を言われ、築き上げてきた
世界に誇る文化も日本由来ではない、などと言い触らされるのは
無礼だし、きちっとお返しすべきでしょう。

日本が併合した時に、なぜ韓国が世界の最貧国の一つであったのか、
冷静に考えてみればよいのです。貧困に中にあったのが恥ずかしいのではなく、富んで近代的であったと嘘をつくほうが恥ずかしい。 
もう一つ、過激なようで実は当たり前のことを言ってしまいますが、
中国に長年、奴隷国として虐げられ搾取され、美女を貢がせられて
来た国がなぜ、近代化の礎を築いてあげた日韓併合を、悪しざまに罵るのでしょうね。
細部で齟齬はあったでしょうが、清の隷属国状態から比べれば、
天国であったはずなのに?

感情的に面白くなくても事実は事実。武力で占領したわけではなく、
国際法にもとったわけでもなく、ことさら悪政を敷いたわけでもなく、
日本から持ちだしてせっせと援助したのが事実です。

清に隷属していなければ、ロシアの圧政下に置かれる運命にありました。
穏やかで良心的な日本でよかったではないか、というのは傲慢なのでしょうか。
事実だとわたくしは思っておりますが。

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日本は朝鮮の領土?

2016-02-07 | 日本語について

和牛から日本刀まで、韓国起源だとする国なので
少々のことには驚かないのですが、「日本列島は、本来韓国の
領土である」とまで言い始めています。

その理由というのは、「言葉が似通っているから」だそうで、
要するに日本語は本来韓国語である。
従って、日本は韓国の領土である、という言い分です。

さてその似通う言葉の例に上げられているのが・・・・

数詞「3(みっつ)、5(いつつ)、7(ななつ)、10(とお)」が、
古代高句麗語の「3(ミル)、5(ウジャ)、7(ナヌン)、10(トォク)」と
同語源だというのです。

じゃあ、残りの1,2,4,6,8,9は? と問い返したくなりますね。
しかも、5の(ウジャ)が日本語とどう関係あるのでしょうか?

10までの数え方のうち、日本語と似ているといえるのは、せいぜい
2つ、おまけして3つ。これで韓国発祥だと言われてもなあ。

それに高句麗を即、韓国とすることにも無理があるでしょう。

日本語の記者を韓国ではキジャと言い、ヤクザをヤクジャと
言います。明らかに併合時代に韓国に入り込んだ日本語ですね。
写真をサジンと言いますがこれも、日本の統治下にあった頃の
名残りではないでしょうか。

ちなみに、韓国人は「さ行」の発音が苦手で「産業」が「残業」に
なるそうです。記者のキジャ、ヤクザのヤクジャ、と同じことでしょうか。

これをしも、日本語は韓国起源の証明にさせられてしまうのでしょうか。

ならば、これはいかが。

国民、自由、平等、権利、民権、人権、討論、社会、政府・・・ほか多数

日本に西欧の概念が入り込んできた時、日本ではすみやかに
それらを自家薬籠中のものとして取り入れ、日本語として
定着させました。

それらの言語をそのまま使っているのが韓国と中国です。

さすがにこれは、韓国発祥だとは言わないだろう・・・・と
思っていたのが、花札です。韓国ドラマでは頻繁に
登場します。

花札の絵柄の小野道風があるので、日本発祥であると
認めざるを得ないだろうと思っていたのですが、甘かったようです。
小野道風は、韓服を来た韓国人に差し替えられているのです。

考えてみれば、イエスキリストに韓服を着せ、聖母マリアに
チマチョゴリを着せて平然としているお国柄なのでした。

花札の語源は、札に四季折々の花があしらわれているからで、
韓国でも花闘(ファトゥ)と言います。
その中の一つが藤。韓国花札でもうっかり描かれていますが、藤は
日本が原産地です。日本の固有種です。
花札が韓国発祥なら、藤はないでしょう。
あと菖蒲の絵柄に、池にしつらえられている木の橋のごときもの、
これ呼び名を知らないのですが、どなたかご存知でしょうか。
これも日本独自だと思いますが? 中国由来かなあ?
(中国で見たような、見ないような記憶が曖昧)

名称は「渡り板」かもしれません・・・・・。
⇒ 「八ツ橋」だそうです。

中には小野道風の顔がドラえもんに置き換えられているのもあり、
二重のパクリで、あっぱれです。

ドラえもんのアニメも、登場人物のお祖母ちゃんはチマチョゴリに
なっています。だから来日して、ドラえもんが実は日本発であることに
驚く韓国人も多いのです。

花札には桜に幔幕もありますが、この幔幕も日本独自のもの。
韓国版ではどのように、処理しているのか見てみたら
当たらずとも遠からず、という感じの幕が描かれていました。

花札が、ポルトガル人のもたらしたトランプに由来するのは
事実ですが、絵柄も遊び方も異なるので
ポルトガル発祥は言い過ぎ・・・・・トランプに触発されて
開発されたのが花札である、が正確でしょう。

そのうち神道まで韓国発祥だと言われそうなので、先手を
打っておきますが、諏訪大社の祭祀は縄文時代の
儀式から来ています。

縄文時代に韓国という国はありません。

・・・・・・と結んで、ふと「よもや」と思いながらも、調べたら
「神道も神社も韓国起源」という説は、すでにあるようです。
なんてこった。
そのうち太陽も韓国起源になるのでしょう。

しかしながら、考えてみればこれぞ韓国発祥、とされるものがありません。
オンドルは他国にあるし、マッコリもいわばどぶろく、菌は
日本から戦後韓国人により持ち帰られたものが使われて
います。
キムチも、秀吉軍がもたらした唐辛子がなければ生まれて
いないし。

朝鮮白磁が唯一オリジナルでしょうが、陶磁器というくくりで
行くなら、韓国に限ったことではありません。

結局「何もない」のです。ないから、全部自分のところで生まれた、と
言い張りたくなるのかもしれません。

オリジナルといえば、トンスル(糞便酒)がありますが、これを
あげつらうのは、いささかお気の毒。

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ふぐと、のどくろのハシゴ

2016-02-06 | 食べ物

昨夜は、急に思いたち弟とふぐを食べに行き、
そこへ「わが家」の、PDでいらっしゃる

MBSの竹園さんが加わり、そうこうするうち弟の息子、私にとっては
甥っ子が加わることになったのですが、ふぐは流行っている店の
当日に突っ込ませてもらった予約なので、2時間の時間制限
(要するに後の客が、控えている)
甥っ子が現れる前に、時間制限オーバーなので、
竹園さんとはそこで散会、次に行ったのは近くの
のどくろの店です。飲み屋のハシゴはありますが、料理のハシゴは
わたくしも初めてだったかもしれません。
途中で現れた甥っ子に食べるほうはまかせて、
弟とわたくしは、刺し身をさかなにもっぱら飲んでいました。

勘定してないのですが、一合のお銚子を6本ぐらいは一人で空けた
記憶。

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ついに出た和服の政治家!

2016-02-06 | 和服

TPPの是非はとりあえず、置いておくとして・・・・

政治家の和服が嬉しいのです。

和服を着る政治家の会のようなものは存在していて

男議員は紋付き

羽織袴なのですが、公の席では初めて見ました。

 

昭和の時代には、皇族も羽織袴の写真があります。

何度か書いたことですが、洋服は西洋の男の体系に誂えられました。

最近の若い子は、足が長く洋服もそれなりに似合うのですが、

本当に、日本人だなぁと思うのは、初めて着ても羽織袴は
皆、似合うのです。

伝統を後の時代につなぐのも、皇室の御役目だと思いますが、
皇太子妃がお着物を召されないのが、残念です。

皇室からの注文で、ほそぼそと伝統の糸をつないでいた
業者が、高級な布を織る機会が激減、
伝統が危うくなっているよし聞き及びました。

海外にお出になる際、日本の皇太子妃がなにゆえ
海外ブランドの洋服なのか、寂しい思いが致します。

 

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