井沢満ブログ

後進に伝えたい技術論もないわけではなく、「井沢満の脚本講座」をたまに、後はのんびりよしなしごとを綴って行きます。

「ある外交官の戦時秘話」 ヘタレ外務省に読ませたい

2016-08-24 | 歴史・政治

私の外務省への憤りがマックスに達したのは、軍艦島のユネスコ登録の時だったが、それ以前にも憤ろしく思うことはあった。

ことのゆくたてを語るなら、どの分野もそうなのだが所詮は敗戦時にまで遡り、GHQとの関係を見ねば戦後71年間の歴史は語れない。

GHQはありとあらゆる日本弱体化のための施策を、敗戦後息も絶え絶えの
日本に施していったわけだが、その殆どが成功している。おそらくほぼ唯一失敗したのは、日本語を奪うこと・・・・ローマ字化などの試みぐらいではないか。・・・・・いや、あと一つ古神道に根ざす日本人特有の精神性の崩壊にも失敗している。

愛国者は軒並み公職を追放され、あの戦争を「反省」し、東京裁判を
素直に受け入れる、「反日者」が教育界、司法界・・・・・とありとあらゆる分野に
GHQ絶賛賛助の庇護のもとにその勢力を伸ばしていき、外務省とて例外ではなく、反日的であるほどに出世階段を駆け上って行き、その代表格が小和田恒氏である。
(皇太子妃の実父であらせられるが、そのことと今回の小論とは切り離して
考えて頂きたい。外務省の敗戦時以来の体質を解明する時、小和田恒氏は
外せないのだ。皇室への尊崇の心情とは、別区分で語らせて頂きたいのである)

小和田氏は「日本ハンディキャップ論」を唱え、中韓への「ひざまずき外交」推進者とも称されるお方であり、とにかく中韓とは波風立てぬ主義のお方。言われたら言われっぱなし、なぜなら「日本は侵略戦争という悪事を行ったのだから、彼らとは対等ではあり得ず金銭でどこまでも償って行こう」というスタンスのお方。

それゆえ、保守といおうか愛国主義の一派が小和田恒氏を見る目は極めて険しい。なかんずく、土井たか子氏を相手の国会での答弁は許しがたく見做されている。

 

昭和60年11月8日(火 ) 第103回国会 衆議院外務委員会 第1号抜粋

前略)
▼土井委員
 つまり、国際的に日本は中国に対して侵略をしたということが是認されておる、国際的それは認識である、このことを日本もはっきり認めなければならぬ、こういう関係になるわけですね。
東京裁判で「平和に対する罪」という概念が新しく出てきているわけですが、「平和に対する罪」というのは内容は一体どういうものなんですか。外務省いかがでしょう。

中略

◆小和田政府委員
 ここで裁判を受諾
しているわけでございますから、その裁判の内容をそういうものとして受けとめる、そういうものとして承認するということでございます。

                抜粋ここまで

かいつまめば、小和田氏は「極東軍事裁判を日本政府は受諾したと繰り返し、A級戦犯を戦争犯罪人であると断定した。サンフランシスコ条約(第十一条原文の「judgements」を「裁判」と訳すか「判決」と訳すべきかということが日本の保守の間では言われていて裁判の全肯定ではなく、あくまでの個々の判決を受け入れたに過ぎない、と。

ところが、小和田氏は日本が東京裁判そのものを肯定した、という認識でその後の外交に携わられるのだ。「戦争犯罪人」の存在も認めている。

 

西尾幹二氏の小和田恒氏評は小和田氏はその師・横田喜三郎氏と同様に、何が何でもあの戦争で日本を一方的に、永久に、悪者にしたい歴史観の持ち主なのだ」「アメリカ占領下の日本無力化政策にいかなる疑問も不安も抱かなかった、既成権力にひたすら従順で用心深い小心な一官僚の姿である
 
愛国者には悪名高きかの「村山談話」「河野談話」のベースを作ったのが小和田恒氏であるという言い方も間違いではないだろう。
小和田氏の自虐史観は極めつけで、天皇陛下がタイ国を訪れた時の、晩餐会スピーチ(小和田氏の作文である)にも、それが如実である。
タイ王国から「反省の文言は要らない」とわざわざ言って来ているのに、反省の文言を強引に入れ込んだ文章を書き、天皇陛下に「読ませた」のが小和田氏である。
 
と、私はここまで小和田氏に託して字数を費やし、いかに外務省が敗戦時のGHQ主導を引きずって現在の体質を形成しているかを書いてきた。
いささか前置きが長くなったが、外務省にもGHQ追随の自虐史観者ばかりではなく、日本をまっとうに愛する役人もいた。
岡崎久彦氏である。当時の新聞記事から抜き書きしてみよう。                
 
「日本外交とともに」岡崎久彦 (2014年7月2日付け 読売新聞)

外務省本省から、バンコクで予定されていた天皇陛下のお言葉として、真っ先に先の戦争で日本のした行為を謝罪する案が出た。私は反対でした。タイには日本に謝罪を求める気持ちなど無いことを知っていましたから。タイ外務省に確認し、何も謝ってもらう必要はない、とのタイ側の意思を本省に伝達しました。
 

抵抗していたら小和田恒次官がこれで勘弁してくれと言ってきたのは、天皇陛下が、まず日本とタイがいかに仲がよかったかと、お言葉をずっと述べられる。そして最後に、最後に全東南アジアに向けての発言として、「先の誠に不幸な戦争の惨禍を再び繰り返すことのないよう平和国家として生きることを決意」 という言葉を述べていただくことにした''、という。

 
この箇所はタイではなく全東南アジアに向かっていう部分なのだから、タイ大使としては反対しにくい。私は一時、辞表を書くことも考えたけれど、それで黙っちゃった。最初の案を書き直させただけでも意味があったのかなあ。

              抜粋ここまで

岡崎氏の抗議と抵抗がなければ、タイ国における天皇陛下のお言葉はもっと、「謝罪と反省」に満ちたものになり、それは中国韓国も受け取るのだから、その後の日中日韓関係に影響を及ぼしただろう。天皇陛下の「反省と謝罪」は政治家の、数倍も重い。

現代にも、岡崎氏のごとき愛国の人物は外務省にもいたのだが、戦前の外交官はもっと祖国を愛することにかけては、ピュアだった。敗戦は、というよりGHQは余りにも巧みにWGIP(War Guilt Information Program)により、日本人に罪の意識を刷り込んで行った。

と前説が長くなったが、ある書物を読んでの感想をいくばくか記したく、そうしたら
この長さになってしまった。
「ハンガリー公使 大久保利隆が見た三国同盟 ある外交官の戦時秘話」髙川邦子・著(芙蓉書房出版)である。

大久保公使は、著者の父方祖父に当たる。

当時、現地でなければわからない戦争に関する情報をいち早く得た大久保利隆公使だった。

「ドイツは必ず負ける! それも1年から1年半後に」という切迫した情報を基に、枢軸同盟国の不利を日本に伝え、早急な終戦を説いた一外交官の精神と動きの足跡を、孫である髙川氏が細密に追った力作である。

長年の多読で、薄手の書物なら1時間で読み終える程度の速読法は身についている私が、一行ずつ立ち止まってはあたかも匍匐前進の読書を余儀なくされた。
そういう意味では、読者に前段階としての知識とそれから読解力を求め、知性を要求する書物ではある。

しかしながら、一寸刻みで読み解く内にいつしか、大久保利隆という男の生きた背景が行間から立ち上がってきて、私の職業柄もあろうが映画のシーンのように、人々の息遣いや汽車の汽笛、煤の匂いまでもが鼻腔を打ち、感興が湧く。

大久保はWikipedia に載る如き歴史上の著名人ではないが、史実の一角に於いてはまぎれもなくヒーローであろう。
ヒットラーに心酔する阿呆な日本人との対峙、昭和天皇にご進講するくだりなど、教科書からは漏れた歴史の一端が息づいている。

私が書くより、ふと見てみたAmazonの書評が要領よくバランスが取れていると思う。

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%85%AC%E4%BD%BF%E5%A4%A7%E4%B9%85%E4%BF%9D%E5%88%A9%E9%9A%86%E3%81%8C%E8%A6%8B%E3%81%9F%E4%B8%89%E5%9B%BD%E5%90%8C%E7%9B%9F-%E3%81%82%E3%82%8B%E5%A4%96%E4%BA%A4%E5%AE%98%E3%81%AE%E6%88%A6%E6%99%82%E7%A7%98%E8%A9%B1-%E9%AB%98%E5%B7%9D-%E9%82%A6%E5%AD%90/dp/4829506547

蛇足を承知で、いくらか私見を述べれば歴史にIFはないというが、しかしもし当時の天皇陛下がそして軍部が、大久保利隆の言葉を用いて、早急に戦争から手を引いていればどうだったか? と思わずにはいられない。

あの戦争はマッカーサーさえ後年アメリカで証言したごとく、侵略戦争などではなく「自衛のための戦争」ではあったが、開戦が果たして正しい選択であったのか、しかし戦争を避けていたら白人による有色人種の植民地支配は終わってなかったし、白人優位を打ち壊しての世界史の様変わりもなかったであろう。

いずれにしても、ルーズベルトのけしかけた戦争である。
古くはOSS時代に遡り、過激なレイシスト、ルーズベルトは生意気な黄色い猿を叩き潰すことに、以前から妄執を燃やしていたのだ。
そして時を得て、日本国の生命ラインを断つごとき対日石油禁輸措置と、ABCD包囲網。
ABCD包囲網は1930年代後半、四カ国が共同で日本に対して行った貿易制限に、日本が名付けた名称である。「ABCD」とは、アメリカ合衆国(America)、イギリス(Britain)、中華民国(China)、オランダ(Dutch)と、頭文字を並べた。

日本は立ち上がらざるをえない状況。引くも地獄、進むも地獄の二者択一を余儀なくされた。

著書の一節を引くなら、ムッソリーニ時代のチアノ外相は次のように記している。

「今やルーズヴェルトの策略は成功した。(略)日本にアメリカを攻撃させることにも成功したのだ」


その通り「攻撃させることに成功」したのが、アメリカなのだ。パールハーバーもあれは乗せられて「やらされた」ことであり「奇襲」などでは、実はない。アメリカは事前に掴んでいた。証拠がある。

余談に逸れるが安倍昭恵さんという方の行動の一定の文脈を逸した突飛な行動には、眉をひそめざるを得ない。
せっかく、オバマ大統領が広島を訪問して、少し事実というものに米国が向き合い始めている時に、パールハーバーなど慰霊に訪れて、せっかく日米間に醸成されつつあった「気分」を台無しに、古傷のかさぶたをひっぺがすようなことをなぜなさる? 夫がせっかくマリオで華々しく成功している時に? 官房長官は慌てて「私的行為」と弁明したが、首相夫人の肩書を背負っている期間は半ば公的行為であろうに。だからこそ、大々的に報道されもする。
「主人にも内緒」という沖縄の高江訪問も、意味が解らない。

一説には安倍さんとのバランス取りであるとか、ガス抜き要員であるとかいう好意的な味方もあり、私もいったんはそうかな、と一連の言動をつぶさに拝見するに、単に浅慮なだけだ、という結論に達した。発言と行動は独特な思い込みが動機で、その思想に一貫性があるとも思えぬ。韓国の夜郎自大な朝鮮通信使イベントへの介入、韓国語をわざわざ用いた「オルレ」の宣伝加担、日本毀損発言のミス・インターナショナル日本代表との結託などなど、そのとっちらかり方に驚かされる。そしてあろうことか党の公認候補への口出し。

個人的な思想はご自由だが、総理夫人の肩書がある間は謹んで頂きたく思う。「家庭内野党」を標榜しつつ安倍政権の足を引っ張りかねないお方。
安倍さんには、五輪までは首相の座にあって頂きたい。世界にその存在を知らしめるに足るだけの長期政権が日本には余りにも少ない。大臣に至っては誰が誰やら、いつの間にやら首がすげ変わる。任命を党内人事バランス取りや論功行賞的な狭い判断だけでやって頂きたくないのだ。大臣などお飾りに過ぎなくなってしまう。

書物に話題を戻す。

私が書物中、一番心に触れた箇所はここである。

《戦後70年が経過し、第2次世界大戦、とりわけ太平洋戦争を振り返るとき、「あれほど国力に差のあるアメリカに戦争を挑むなんて、当時の人は無知だった」、「だらだらと負ける戦を続けなかなか終わらせられず、愚かだった」という意見を耳にする。しかし70年前の人たちは本当に無知で愚かだったのだろうか。そして70年後の私たちは、本当に彼らより賢く、利口なのだろうか。社会や環境は時の流れとともに変わっても、人間の本質はそれほど変わるものではないだろう。》

その通りである。1割か多くて2割程度の覚醒者がいて、残りは衆愚なのだ。
どの国においても、どの時代でも常にそうなのだ。おこがましいが、そう思う。それゆえ指導者が大切であるし、また著者のいう如く、失敗を繰り返さぬためには「先人たちの足跡を謙虚に検証し、そこから現代に通じる教訓を汲み取る」ことに尽きる。

しかし思うのだが、人間は果たして石器時代からその精神に於いて、いくらかの進歩があっただろうか。戦争は絶えることもなく、核は増えるばかり。宗教さえ、喧嘩の種となって血が流れる。

「ハンガリー公使 大久保利隆が見た三国同盟」は、そういう意味で過去の物語ではなく、まさしく現代の人間の愚かしさと重なる記録でもある。

読後感として、小和田氏のことや筆の勢いで安倍昭恵氏のことに触れたがそれは私の恣意的なこと、髙川氏には無縁のことであり、全ての文責は井沢満にある。私という個人の価値観と史観を混在させての読後感なので、著者が構築しようとした世界観とはきしみを生ずる箇所もあるのかもしれない。

それにしても、久々に知的好奇心がうずく読書を堪能させて頂いた。
険阻な山道を辿って、頂上から歴史の一端を俯瞰した達成感がある。

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リオ雑感

2016-08-23 | 日記

閉会式を後追いで、YouTubeその他で見ました。

いいですね。

椎名林檎さんの音楽はじめ演出も良好です。

*後述 椎名林檎さんの曲は単純にいいな、と聴いたのですが
わけありなんですって?

 

arigatouとmarioの「rio」を引っ掛けた、安倍総理のスーパー・マリオも
よくやったと思います。タッパがあるし、ブ男でないので大きな会場でも
映えます。

小池百合子さんは、華やかでした。舛添さんだったら、どんなに
盛り下がったことか。

富士山が突起してくるCGも素晴らしかったし。

韓国がボロクソに言っているのは毎度のことで「ボイコットしよう」とまで
言っていて、お好きにすればいいと思うが、これはいかがなものかと
思われるのは、ジャマイカ人と日本人の母を持つケンブリッジ飛鳥くんへの
じめついた中傷です。

そんな中、ケンブリッジ飛鳥くんが「私は日本人です」と胸を張って言い切る
潔さが素敵です。

ベイカー 茉秋くんといい、顔も肉体も美しく、ハーフのよさです。

多民族共生反対、などと普段はわたくし、やらかしてますが「日本人です」と
言い切り、日本を大切に思ってくれるなら肌の色がどうあれ、大歓迎です。

古来、外国から来て住み着いた人たちは日本を尊重しながら
自然に溶け込み、日本人も客人という意識を次第に忘れ
自然に同胞として遇して来ました。

もともと、そういう国です。

五輪自体には、アンチな私ですがやるからには、つつがなく
立派にやり遂げて欲しいと思います。

リオでは、予想通りのひったくりその他のトラブルはありましたが、
テロなど大きなことがなかったのは何より。
ブラジルであれだけ出来るなら、日本もやれるでしょう。

小池都知事には、海外から来たお客さんたちへの地獄的な
湿度と炎暑対策をお願いしたいと思います。

特殊な仕様の舗装とか、マラソンコースはもちろんのこと、都内の随所に
冷水のミスト・シャワーが降り注ぐ仕掛けを設置して欲しいと思います。

妙な利権で莫大な出費をさせられるのを阻止して、五輪安全の
ほうにお金を回してくださるように。

・・・・・・しかし、韓国うるさい。なんで、いちいち比べて一喜一憂するかなあ?
バドミントン女子ダブルスで金メダルを獲得した日本の“タカ・マツ”ペアの監督が韓国人だと騒いでいますが、それがどうしたと言いたくなりますね。

監督は韓国人でも取ったのは日本人選手です。それに卓球には中国人指導者をつけているし、欧米南米諸国は柔道の指導者を日本から得ています。

肝心なのは選手が出す結果でしょうに?

他を気にせず、自らの足元を固めましょうよ、お互いに。日本の五輪を貶めながら、五輪旗の受け渡し式典の背後で、大きな太極旗を広げる根性が
たまりません。そういえば、パリの日本のアニメがテーマの、ジャパン・エクスポにも韓国は出店を出して、太極旗を掲げていますね、毎年。
誇りを持ち給えよ。嫌いな日本の片隅に、出店置いてどうするよ。

いっそ、閉会式には旭日旗を出してたら、韓国ではいっせいに
「東京五輪ボイコット」の声が高まって面白かったのに。
(面白がっちゃいけないけど)
なーに、ボイコットと言ってても、来るなと言われても彼らは来ます。
呼ばれてもいない、ジャパン・エキスポに出店を出して
太極旗を掲げる彼らなのだから。

そういえば、旗の受け渡しのシーンで、リオの市長や小池都知事の
背後で、大きな太極旗を広げていた韓国人がいました。
日本が嫌いなら「日本の場」に出てこないでおくれ、ジャパン・エキスポも同じく。

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私の好きな日本人

2016-08-22 | 健康美容

為末大氏が、スポーツ紙に以下を述べられています。

 

日本選手はなぜ謝るのか/為末大

http://rio.headlines.yahoo.co.jp/rio/hl?a=20160820-00000083-nksports-spo

 抜粋

現役時代にはあまり気がつかなかったが、引退してからミックスゾーンにメディア側として立って、あらためて感じたのは日本選手のインタビューの特異さだ。成績が悪かった時のアメリカ選手が、自分なりの敗戦理由と次の目標を語るのに比べ、涙を流しながら「期待に応えられずに申し訳なかった」と謝罪し続ける選手を見ていて胸が苦しかった。

 

  日本の選手のインタビューは似通っていると言われるが、私はその一端に、この謝罪の要求というのがあるのではないかと思う。負けた原因を分析したら言い訳と批判され、純粋な感覚を表現すれば負けたのにヘラヘラしていると言われる。選手にとっては競技をすることが一番大事だから、変なことで社会から反感を買いたくない。結局、一番問題が起きにくい謝罪一辺倒の受け答えになっていく。

 

                  抜粋ここまで

 

テレビで拝見する為末氏の談話は感じがよく、また五輪を体験した
経験者の言葉だし、また一つの正論ではあるので・・・・・

反論ではないのです。

ただ私の「好み」として、涙を浮かべ謝罪する日本人の魂を
嫌いではありません。

欧米の選手のように、「私」を主語に「分析」をとうとうと語られるより
万感の思いを込めた「すみません」が好きです。

日本人の稀有な特性の一つが、全体の中の一つの細胞として存在する
自分、という感性を持っていることかと思われます。

先の戦争では負けましたが、軍としての強さはダントツではないのかな、と
思ったりもするのです(戦争肯定論者ではありません。集団の中の一員という
自覚の有無を考えています)

豪雨で電車が止まった時の、整然たる静かな列や、災害時の静粛と
秩序正しさも、全体の中の一人が自分であるという感性があるから
だと思われます。

「私」より「私たち」という主語が先行するときも多いようです。

五輪も、国を背中に日の丸胸に、というメンタリティも嫌いではありません。
サッカーでゴールを決め「自分がヒーロー!」と叫んで、グラウンドを走り回った
韓国系の選手に違和感を覚えました。

もっともこれは、彼の先輩に当たるテレビ局の人にたまたま聞いたら
彼が「お前、ヒーローになれよ」と激励したから、彼は
それに答えたまでのことのようでした。事情を知れば、可愛いと
思ったのでしたが。

話が逸れましたが、皆の期待に添えなかった、すまない、と泣くそんな日本人が私は好きです。

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衣装で女を上げた小池都知事と、下げた稲田防衛大臣

2016-08-21 | 日記

小池百合子都知事が、夏の和服でリオに登場、やはり海外での
女性は和服であらまほしいと改めて思ったのですが、自身が
和服を着るので、いろいろ気になります。
ファーストクラスなら、キャビンアテンダントの待機場所を借りて
着替えることも出来るのに、ビジネスでは無理。いったん、ホテルへ
落ち着いてから着替えたのかな、とか。

何より着付け師は同行出来ないから自分で着られたのであろう、
ヘアはどうなさったのかな、とか。

一世一代の、世界に発信される公式の場の都知事は東京都の大看板なのだから、メーキャップアーチストと着付け師ぐらいは都の予算でどうぞ、といいたいところなのですが、舛添氏の後なので、妙なところが窮屈になってお気の毒です。

それでも、小池さんはその窮屈なところを縫って出発の羽田はスカーフに
帽子、リオ市長との対談では着物と、さすが昔キャスターだけあって、
ツボを心得ていらっしゃいます。

市長との席では白っぽい着物でしたが、五輪旗の受け渡しでは
おそらく華やかな着物・・・・・か帯になさるのでは、とアンチ五輪者としては
ようよう、浮き立つ思いです。(個々の選手の活躍まで、そっぽを向いている類のアンチではないので、念のため)

さてその一方、これは流石にまずい・・・・と思ったのが、稲田朋美防衛相です。
衣装がリゾート気分とか、叩かれているので最初はアフリカに行くのだから、
構わないじゃないか、靖国参拝中止も中国に言われたからではなく、アメリカからの押し付けも当然あり、単なる議員ではなく大臣になった時とは事情が違う・・・・

と実は擁護しようとしていたのですが、写真をみた途端、「こりゃ、あかん・・・・」

いかになんでも、はっちゃけ過ぎでしょう。時あたかも、終戦記念日、
靖国を後にしての旅立ちであり、マスコミは写真を撮るに決まっているのに、
あの、お気楽な格好と笑顔はだめですよ、自覚薄いでしょう。

なにもしじゆうエヘラヘラなさっていたわけでもなく、笑った一瞬を
キャッチされたのでしょうが、しかしマスコミそんなもの。よっく
お解りでしょうに、無防備な。防衛大臣が個人の防衛をないがしろに
なさっては困ります。

靖国参拝は4月にダークスーツでなさっているし、別に15日だけが
お参りの日でもなく、またジブチ共和国には「ソマリア沖海賊対策のための自衛隊基地」があります。そこに駐屯の陸海空自衛隊員を大臣自ら訪問されるのは、海外自衛隊には何よりの励み。中韓には靖国に参拝されるより、
いらっと来ることだろうから、そこはいいのではないですか?

ただ、まずかったのは衣装と笑顔でしょう。

大臣になったら、普通人や単なる議員とは異なるTPOがあります。

あと、これはいささか偏見めくのですが、大臣に就任した時の
あの階段に居並ぶお約束構図で、場を心得ぬ頓珍漢な
趣味の悪いドレスを着た女性大臣は、必ずといっていいほど、
すぐ飛ばされてます。衣装はバランス感覚の目印です。

お願い 匿名とかUnknownでの投稿は、発言への責任担保という意味で
おやりにならないでください。無記名の2ch的書捨てに場がなることを
好みません。常連の方はどうぞ一つのお名前で押し通されますように。
ありがちのHNはかぶるので、避けたほうが無難です。

なお皇室へのご発言に関しては、過激なもの以外は自由ですが、言葉遣いに
最小限の敬意を持たれますよう。

名と顔を晒しつつ、発言には100%の責任を負う覚悟のブログです。
ご配慮をお願いします。

これまで、全てのコメントを公開して参りましたが、アクセス数が
急激に増えて来ていますので、念のため。礼節を逸脱した
コメントは公開しかねます。ご了承ください。

 

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「生前退位」論に、なぜ「女性天皇擁立論」が抱き合わせとなっているのか

2016-08-20 | 日記

どなたと、お名指しは致しませんが保守言論界では著名なお方で
わたくしも、常日頃お考えには賛同している方が
天皇陛下の「生前退位」「お気持ち」について、
こう発言されている、とコメント欄にお知らせ頂き、
いささか困惑いたしました。

言葉全体に及ぶ反論は、範囲が広くそのための考証も多岐に渡り、
ブログの域を超えるので、数行に対してのみ反駁致します。

>「憲法」は昭和二十二年五月三日に施行された「法的世界」の問題である。
 「天皇」は、クロード・レブィストロースが指摘する
 「太古の神話から発する権威の世界」におられる。
 従って、「お気持ち」は、「権威の世界」に在り「法的世界」に在るのではない。
 よって、「法的世界」の憲法は、「権威の世界」の「お気持ち」に及ばない。
 つまり、そもそも「お気持ち」に
 「憲法」に違反するか違反しないかの議論はあり得ないのだ。
 これが「日本」なのだ。

フランス人の文化人類学者の言を用いずとも、
天皇陛下がわたくしども日本人にとって、「理屈」の埒外にある

お方でおわすことは、つとに承知しています。

たとえば、神武天皇が形而上の存在にせよ、あるいは実在のお方で
あったにせよ、三笠宮殿下のようにそこを否定されると
天皇陛下という、護るべき「神話」が総崩れしてしまいます。

それゆえ、「法的世界」(形而下)と、「権威の世界」(形而上)の価値観と
分けられる心情は、大変良く理解できるのですが・・・・

ただ、法は法です。天皇陛下ご自身が、皇祖神と代々先帝の御前にて
そう宣言されていらっしゃいます。

即位の礼、正殿の儀において、「即位を内外に闡明致します」という
国内外への誇らかな宣誓に続き、

「日本国憲法を順守し、日本国および日本国民統合の象徴としての務めを果たすことを誓い」

と、明確に述べておられます。これを否定なさるなら、陛下が皇祖神の前で
誓われた言葉が、嘘であったという甚だ心苦しい矛盾が生じませんでしょうか?

そして、天皇陛下御自らが平和憲法は守るべきもの、とお誕生日談話で仰せです。

「戦後,連合国軍の占領下にあった日本は,平和と民主主義を,守るべき大切なものとして,日本国憲法を作り,様々な改革を行って,今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し,かつ,改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し,深い感謝の気持ちを抱いています。また,当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。」
天皇陛下お誕生日に際し(平成25年)

実情は日本が作ったわけではなく、GHQ製です。

以下は釈迦の耳に説法ですが、


「日本国憲法では、天皇を『象徴』として定め(1条)、

『憲法の定める国事に関する行為のみ』を行い、

『国政に関する権能』を有しないと定めています(4条)。

国政に関する権能を剥奪したのはGHQです。明治憲法下において、軍部が「統治権」の総覧者であらせられる天皇陛下を盾に暴走。そのために剥奪された「統治権」です。

憲法改正派は、それを是とせず改正を唱えているわけですが、それに
アンチのお立場が天皇陛下(と皇后陛下)ではいらっしゃらなかったでしょうか?

改正派の思惑とは真反対に、天皇陛下が「立法権、行政権、司法権」を行使すること、またそこに影響を及ぼすことを、一方で拒否なさっていることではないでしょうか。

宮内庁の風岡典之長官は、今回の「おことば」を受けた8日の記者会見で、「憲法上の立場を踏まえたご発言」として政治的メッセージではないと、説明していますが、お言葉を受けて政府が動き始めている以上、政治的メッセージであることは、明白です。そのことの是非はさておくとして、お言葉が立法権と、行政権に現実、及んでいます。

憲法違反を違反と明確に認めないと、何かの「都合」で曖昧にするなら
日本国民の遵法精神に悪しき影響を及ぼしかねません。

天皇陛下は、ご自身が護持を主張なさる「平和憲法」においては
「象徴」という偉大な権威でおわしても、権力者ではありません。

国民がお言葉を聞けば、どうぞお心のままに、となるのが現実で
事実、90%の人が「生前退位」に賛成だと伝えられています。

ただ、お気持ちで一点明確でないのが摂政や代行でなぜ
いけないのか、という点です。
摂政や代行が可能であると国民が知れば、賛成の数は
相当数減る可能性があります。

摂政も代行も順位の必然で皇太子殿下となります。
それに対して否定するなら、次期天皇であるべきお方を
拒絶という、はなはだ矛盾した論理になりはしないでしょうか。

それと、非常に厳しく見据えねばならぬのが、「生前退位」論と
なぜか、「女性天皇擁立論が」あたかも抱き合わせのごとく
澎湃として湧き上がっている点でしょう。

内々政府も水面下で知りつつ、宮内庁は国民を欺いてまでの
(この点もいかがなものでしょうか)公共放送を使っての
計略的発表、リークという形を装った練りに練られた計画ですが、
そこになぜ唐突なまでに女性天皇擁立論がくっついてくるのか、
慎重な考察が必要でしょう。

今回の天皇陛下の「お気持ち」発表を擁護する保守は、
女性天皇を是とされるのでしょうか。

 

摂政設置

摂政は,皇室典範の定めるところにより置く(憲法第5条)。

天皇が成年に達しないときは,摂政を置く。また,天皇が,精神・身体の重患か重大な事故により,国事行為をみずからすることができないときは,皇室会議の議により,摂政を置く(皇室典範第16条)。

 

順序

摂政は,次の順序により,成年に達した皇族が就任する(皇室典範第17条)。

  • 1 皇太子(皇太孫)
  • 2 親王・王
  • 3 皇后
  • 4 皇太后
  • 5 太皇太后
  • 6 内親王・女王

 

権能

摂政は,天皇の名でその国事行為を行う。この場合には,摂政は日本国憲法の定める国事行為のみを行い,国政に関する権能を有しない(憲法第5条)。

 

訴追の禁止

摂政は,その在任中,訴追されない。ただし,これがため,訴追の権利は,害されない(皇室典範第21条)。

 

 

お願い 匿名とかUnknownでの投稿は、発言への責任担保という意味で
おやりにならないでください。無記名の2ch的書捨てに場がなることを
好みません。常連の方はどうぞ一つの名前で押し通されますように。
ありがちのHNはかぶるので、避けたほうが無難です。

なお皇室へのご発言に関しては、内容は過激なもの以外は自由ですが、言葉遣いに最小限の敬意を持たれますよう。

名と顔を晒しつつ、発言には100%の責任を負う覚悟のブログです。
ご配慮をお願いします。

これまで、全てのコメントを公開して参りましたが、アクセス数が
急激に増えて来ていますので、念のため。礼節を逸脱した
コメントは公開しかねます。ご了承ください。

コメント (8)
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