今回ご紹介するのは「バッテリー」(著:あさのあつこ)です。
-----内容-----
「そうだ、本気になれよ。本気で向かってこい。ーー関係ないこと全部すてて、おれの球だけを見ろよ」
岡山県境の地方都市、新田に引っ越してきた原田巧。
天才ピッチャーとしての才能に絶大な自信を持つ巧の前に、同級生の永倉豪が現れ、彼とバッテリーを組むことを熱望する。
『これは本当に児童書なのか!?』
ジャンルを越え、大人も子どもも夢中にさせたあの話題作が、ついに待望の文庫化!
-----感想-----
佐藤多佳子さんの
「一瞬の風になれ」、森絵都さんの
「DIVE!!」と並び
「三大青春スポーツ小説」と呼ばれる三作品の最後の一つ、「バッテリー」をついに読み始めました。
「バッテリー」は少年野球を題材にしていて全六巻で構成されています。
主人公は4月から中学一年生になる原田巧。
少年野球のピッチャーをしています。
3月の終わり、巧と父の広、母の真紀子、弟の青波(せいは)が「おろち峠」という場所で車を降りて一息ついている場面から物語は始まります。
電気メーカーの営業の仕事をしている広はこの春転勤になり、家族は広島と岡山の県境にある新田という市に引っ越すことになりました。
おろち峠のふもとに新田市があり、そこに母方の祖父(真紀子の父)の家があり、家族はそこで暮らすことになります。
祖父の家に行ってからは色々なことが分かりました。
巧は4月から新田東中という中学校に通います。
野球部は昨年の県大会のベスト8が最高でしかも主力の三年生が卒業し、今年の力はかなり落ちるとのことです。
しかしこの時の父との会話で巧は「勝ってあたりまえのチームで全国大会に出るより、原田がいたから行けたって言われるほうが、おもしろいじゃないか」と言っていて、この巧の自信は凄いなと思いました。
小学校を卒業したばかりとは思えない不遜さを見せています。
また祖父は井岡洋三といい、新田高校を率いて甲子園出場春4回、夏6回を成し遂げた高校野球の物凄い監督だったことが明らかになります。
14年前に監督を辞めてから新田高校の甲子園出場はなしとあり、その指導力の凄さが伺われました。
父も母も巧にこのことを教えておらず、巧は自分で調べて祖父が高校野球の凄い監督だったことを知りました。
なぜ父も母も野球少年であり甲子園出場を目指す巧にこのことを言わなかったのかが気になりました。
祖父の洋三について、「父さんと母さんが結婚するとき、じいちゃんに反対されてな」や「おまえは、じいちゃんと暮らしたことがあるんだぞ。青波が生まれたときだ」など、昔のことを話し始めた広に対し、巧は次のように冷めたことを言っていました。
「いや、大人ってさ、知りたいことは何も教えてくれないくせに、なんで関係ないことばっか、しゃべるのかなって思ってさ。おれ、ランニングに行くよ」
これは印象的な言葉でした。
知りたいこと(祖父の洋三が高校野球の凄い監督だったこと)を何も教えなかったのは、広は巧に「わざと黙ってたわけじゃない。もう、ずいぶんむかしのことだし、今のおまえに関係あるとは思わなかったんだ」と言っていましたが、実際には何らかの知ってほしくない理由があるのではと思いました。
そして「なんで関係ないことばっか、しゃべるのかな」については巧が幼い頃から成長を見てきた「思い出」がそうさせるのだと思います。
巧自身は小さい頃のことで覚えていなくても父の広は巧が洋三と暮らした時期があることなどをしっかりと覚えていて、洋三にまつわることで「高校野球の凄い監督だった」以外のことなら巧に色々聞かせたくなるようです。
真紀子が洋三に「巧ってね、本当に人に頼み事をしないの。頼るのが嫌みたい。相談さえしないの」と言っていました。
非常にプライドが高く不遜な態度を取る場面が何度も出てくるのでこれは納得です。
また、巧がリトルリーグに入りたがっていたのを真紀子が「野球させたくなかったから」という思いで反対して諦めさせたことも分かりました。
どうも広も真紀子も巧を野球から遠ざけたがっているようでやはり何かあるなと思いました。
ランニングの帰り道、道に迷った巧は永倉豪と出会います。
豪も4月から中学生になり巧と同い年とのことですが、同級生の中でかなり背が大きい巧よりさらに背が大きく体格もがっしりしている豪の姿に巧は驚きます。
豪は新田スターズという少年野球チームで県大会にも出場していて、巧がホワイトタイガースというチームで中国大会の準決勝まで行ったことを知っていました。
ポジションはキャッチャーで、巧が「キャッチャーなんだろ。おれの球、受けてみる?」と言ってみたことから二人は投球練習の約束をします。
巧は自身の剛速球をキャッチできる豪に、豪は巧の圧倒的な球の威力に、それぞれ驚くことになります。
巧の弟の青波は未熟児で生まれてきてずっと体が弱く、体調を崩すことがよくあります。
しかし野球に打ち込む兄の巧の姿を見て青波も野球をやりたがるのですが、母の真紀子が「体が弱いのだから絶対駄目」と猛反対するのに加え、巧も「お前には無理だ」と決めつけまともに取り合おうとしませんでした。
巧に「無理だ」と言われるたびに青波は「そんなことない!」と反発していてその姿が印象的でした。
常に不遜な態度を取る巧ですが豪と話している時に初めて年相応の反応をする場面があり、巧と豪は仲良くなりそうな気がしました。
また巧が「ガキっぽいな」と言った時の豪の反応は興味深かったです。
「ガキっぽいな」
「なんで、ガキだといけんのんじゃ」
「原田の球がすごいのは、ようわかっとる。けど、すごい球を投げても、ガキはガキじゃろ。もう少しで中学生になるガキ。そういうことじゃろ」
ガキに対する豪の指摘は良いと思いました。
巧はガキと思われるのが嫌なようですが、客観的に見て小学校を卒業したばかりの12歳はどう見ても子供でありガキです。
豪は自分が子供だということをきちんと分かっていてそこが巧より大人だと思いました。
「野球は一人ではできない」という言葉が三度に渡って出てきたのは印象的でした。
洋三、豪、そしてかつて洋三率いる新田高校で甲子園に出場した稲村という社会人の三人がこの言葉を言っていました。
この「野球は一人ではできない」は何かと傲慢さのある巧に足りない考えだと思います。
巧は自分の投げる球に絶対の自信を持っていますが、それを受け止められるキャッチャーがいなければ投手として試合に出ることはできないのです。
野球少年達の物語に親の思いが割って入っているのが印象的でした。
豪の母、節子は「野球は中学に入るまで」と決めていて、豪には中学に入ったら勉強をたくさんさせ、家がやっている病院を継いでほしいと考えていました。
しかし巧と出会ったことで豪が「原田がいるのにいっしょに野球をしないなんておかしい」と言い中学校でも野球をやると言っていることに困り、巧に「豪に野球をやめるように言ってほしい」と頼んできました。
「野球をやっても将来につながるとは思えないが、勉強なら将来につながるし、病院を継ぐための土台が作れる」と、一応は子どもの将来を考えているようですが、とにかく野球をやめさせるという考えありきのため、豪の気持ちを完全に踏みにじっているのが問題だと思います。
勉強は無理やりさせてもあまり身にならないと思いますし、本人をうんざりさせてしまうと思います。
巧がキャッチャーについて「永倉じゃないとだめだ」と言う場面も印象的でした。
最初は豪のことを馬鹿にしたような態度を取っていましたがいつの間にか全幅の信頼を寄せていることが分かりました。
また巧は心の中で豪に「かなわねえな」とも言っていて、常にふてぶてしい巧がそんなことを言うのはかなり珍しいと思いました。
態度はふてぶてしくても、豪の面倒見の良さや周りのことを常に見ている気配りを認識できる子ではあるようです。
本格的にバッテリーを組むことになった巧と豪は間もなく中学一年生になります。
二人が新田東中学校の野球部でどんな活躍をしていくのか楽しみにしています
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