読書日和

お気に入りの小説やマンガをご紹介。
好きな小説は青春もの。
日々のできごとやフォトギャラリーなどもお届けします。

「一瞬の風になれ 3 ドン」佐藤多佳子

2014-05-31 15:14:59 | 小説
今回ご紹介するのは「一瞬の風になれ 3 ドン」(著:佐藤多佳子)です。

-----内容-----
高校の最終学年を迎えた新二。
入部当時はまったくの素人だったが、今では県有数のベストタイムを持つまでに成長した。
才能とセンスに頼り切っていた連も、地道な持久力トレーニングを積むことで、長丁場の大会を闘い抜く体力を手にしている。
100m県2位の連、4位の新二。
そこに有望な新入生が加わり、部の歴史上最高級の4継(400mリレー)チームができあがった。
目指すは、南関東大会の先にある、総体。
もちろん、立ちふさがるライバルたちも同じく成長している。
県の100m王者・仙波、3位の高梨。
彼ら2人が所属するライバル校の4継チームは、まさに県下最強だ。
部内における人間関係のもつれ。
大切な家族との、気持ちのすれ違い。
そうした数々の困難を乗り越え、助け合い、支え合い、ライバルたちと競い合いながら、新二たちは総体予選を勝ち抜いていく――。

-----感想-----
※第一部のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。
※第二部のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。

神谷新二や一ノ瀬連たち春野台高校陸上部の青春を描いた三部作の完結編。
冒頭からしばらくはオフシーズンの冬季練習です。
最終学年となる高校三年生でのインターハイ路線(地区大会→県大会→関東大会→インターハイ)に向けて、それぞれの課題と向き合う大事なトレーニング期間となります。

冒頭は、新二が手術を控えた兄の健一をお見舞いするところから始まります。
かなりギクシャクしてしまったこの兄弟、何とか元通りの関係に戻れたようで良かったです。
新二も健一の前向きな姿を見て、自分のやるべきこと、”走ること”に一層気持ちを強く持ったようでした。

3月末には鷲谷高校と桜が丘高校との合同合宿がありました。
その合同合宿で春高顧問の三輪先生が、短距離王国鷲谷の顧問の大塚先生にすごい宣言をします。

「今年は4継、鷲谷に勝ちますよ。100mも、総体の決勝で勝負しましょう」

4継(4×100mリレー)で今まで一度も勝ったことがない鷲谷を倒し、さらに100m個人では総体の決勝(インターハイ全国大会の決勝)で勝負だと言うのです。
三輪先生は、それを実現してくれるのは連と新二だと言います。
三輪先生のものすごい期待に驚く新二ですが、第一部の頃から着実に力を付けてきていて、全く無理というわけでもなさそうです。

そして三年生になり、春野台高校陸上部にも新入部員が入ってきました。
目玉は短距離ブロックの鍵山義人。
それまで4×100mリレーのメンバーは根岸、桃内、連、新二の4人でしたが、ショートスプリントを得意とする鍵山の走力はロングスプリントを得意とする根岸の走力を大幅に上回っていて、根岸に替わってリレーのメンバーになることが期待されています。
しかしこの鍵山がなかなかの問題児で、天才スプリンターである連に激しく憧れていて、常に連にまとわりついてあれこれ褒めたりしています。
当然連にはうざがられ、しかも二年の桃内のことは気に食わないのかほとんど無視しているので、桃内も相当鍵山にイラついています。
部長である新二はこの状態を放っておくわけにはいかず、どうにかできないものかと苦心します。
ただ、以前「他人の身体を借りてきてでももっと速く走りたい」と言っていた根岸はこの件について

「あいつが気に食わねえなんて言ってる場合じゃねえだろ。ウチにこれだけのショート・スプリンターが四人もそろうって奇跡を噛み締めろよ」

と言っていました。
鍵山、桃内、連、新二の四人ならインターハイ出場も夢ではない最高のリレーチームになります。
根岸は自身が出場にこだわることより、春高が最強の布陣で試合に臨むことに重きを置いていて、これはすごく大人だなと思います。
当然悔しさもあると思います。

しかしその鍵山が厚木で行われた県記録会で故障を発生。
一年前に連がやったのと同じ左太腿の裏側、ハムストリングスの肉離れです。
春高陸上部の歴史上最高のチームが出来上がるかと思いきや、なかなか上手くはいかないものです。
そんなわけで、インターハイ路線の序盤は鍵山なしで戦うことに。

ちなみにこの年のバトンパスは今までやってきたオーバーハンドパスからアンダーハンドパスに変更になりました。
鍵山を加えた4継メンバーを想定しての変更で、アンダーのほうがオーバーより、四人のタイム差が少ないメンバーに有効とのことです。
オーバーハンドパスが手のひらを上に向けた受け手に対して、上からバトンを渡すのに対して、アンダーハンドパスは手のひらを下に向けた受け手に対して、下からバトンを渡します。

この第三部では、100m、200m、4×100mリレー以外の競技についても結構試合シーンが描かれています。
女子の3000mではエースの鳥沢や新二が想いを寄せる谷口若菜が県大会出場をかけて走りました。
劇的な幕切れでかなり良かったです

新二もついに追い風参考ではなく公式な記録として10秒台を出します。

ラストはきつかった。とにかく手足がバラけないように必死で踏ん張ったけど、筋肉を制御する力が残っていなかった。100mなのにもがいてるみたい…。

という心境を見て、何だか昨年の4月にゴール前でフォームを崩しながらも10秒01の記録を出した桐生祥秀選手のことが思い浮かびました。
100mという短い距離でも最後は力を使い果たしてしまうようです。

地区予選を突破して臨む県総体の会場は、最初の週が川崎フロンターレのホーム・スタジアムである等々力陸上競技場、次週が三ツ沢公園陸上競技場です。
この県総体で新二は100mの自己ベストを更新して初めて決勝の舞台を走ります。
連や仙波、高梨と同じ舞台です。
そして決勝、

「位置について」
「用意」
「ドン!」

の場面はしびれました。
新二も連も6位以内に入り堂々の南関東大会出場決定です
さらに200mでも新二と連、そして4×100mリレーでも南関東出場が決定。
特にリレーの走りは凄かったです。
メンバーは1走が根岸、2走が連、3走が桃内、4走が新二。
ここまでの物語で間違いなく最高のリレーでした。
2位でバトンを受けたアンカーの新二は、1位を走る鷲谷高校のアンカー、仙波を追います。
三輪先生の
「仙波を後半で追い上げる選手を、俺は高校生で初めて見たぜ」
の言葉が物語るように、その走りは王者仙波も驚くほど驚愕のものでした。
そして三輪先生は

「勝負できる。南関東で。鷲谷と」

とついに鷲谷と勝負できるチームになったことを確信。
根岸と鍵山が交代する南関東大会では鷲谷を倒せる可能性が出てきました。
ただし南関東大会では鍵山ではなく安定感がある根岸を出そうという意見が新二や桃内にはあり、南関東でのリレーのメンバーをどうするかで揉めていました。
故障明けで問題児でもある鍵山より、根岸のほうが確実に南関東を勝ち抜いてインターハイに行けると考えたのです。
その話し合いの場での根岸の言葉は胸を打ちました。

「俺は、このチームが総体で優勝することを信じている。俺が入ったら、それは無理だ。でも、鍵山が完全にフィットしたら可能性がある。おまえら、誰も、そういう夢を見ねえのか?」
「日本一だ」
「全国で走るんじゃない。全国で勝つんだ。最後に」


根岸の夢はインターハイ出場ではなく、インターハイ優勝(全国制覇)
そのためには自分ではなく鍵山を出して経験を積ませるべきだと鍵山を推す根岸、立派でした

いよいよ南関東大会の舞台、千葉県へと出発です。
千葉総合スポーツセンター陸上競技場で四日間に渡ってインターハイ出場をかけた最後の戦いが繰り広げられます。
物語はここで最高潮を迎えます。
リレーは予選で硬さが出て大苦戦、しかし何とか突破、100mは新二も連も順調に予選、準決勝を突破。
そして
「ただいまから南関東男子100m決勝を行います」
「出場選手の紹介をいたします。第1レーン…」
「第4レーン、310番、一ノ瀬くん、春野台、神奈川」
「第5レーン、311番、神谷くん、春野台、神奈川」
この場面は読んでいてかなり気持ちが盛り上がりました
ついに決勝の舞台にやってきました。
この舞台には当然仙波もいますし、南関東屈指の強豪たちがずらりと揃っています。

そしてリレーも、
「ただいまから、南関東男子、4×100mリレーの決勝が行われます」
「第6レーン、鷲谷、神奈川、西くん、高梨くん、堺田くん、仙波くん、第6レーン、神奈川」
「第7レーン、春野台、神奈川、鍵山くん、一ノ瀬くん、桃内くん、神谷くん、第7レーン、神奈川」

とうとう迎えた決勝、鷲谷高校との対決

「位置について」
行けよ、鍵山。信じている。
号砲が轟いた。


物語はこの南関東大会で終わってしまうのですが、その先のインターハイでの戦いも読んでみたいと思う、素晴らしいラストでした。
表彰式で風にはためく春野台高校陸上部の部旗が思い浮かんできます


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「一瞬の風になれ 2 ヨウイ」佐藤多佳子

2014-05-28 23:59:59 | 小説
今回ご紹介するのは「一瞬の風になれ 2 ヨウイ」(著:佐藤多佳子)です。

-----内容-----
冬のオフシーズンを経て、高校2年生に進級した新二。
冬場のフォーム作りが実を結び、スピードは着実に伸びている。
天才肌の連も、合宿所から逃げ出した1年目と違い、徐々にたくましくなってきた。
新入部員も加わり、新たな布陣で、地区、県、南関東大会へと続く総体予選に挑むことになる。
新二や連の専門は、100mや200mのようなショートスプリント。
中でも、2人がやりがいを感じているのが4継(400mリレー)だ。
部長の守屋を中心に、南関東を目指してバトンワークの練習に取り組む新二たち。
部の新記録を打ち立てつつ予選に臨むのだが、そこで思わぬアクシデントが……。

-----感想-----
※第一部のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。

第二部のスタート時はお正月明けの1月。
短距離は10月末から3月末までの5ヶ月間はまったく試合がなくて、鍛錬期と呼ばれるハードなトレーニング期間になります。
神谷新二や一ノ瀬連たち春野台高校陸上部の面々はオフシーズンを各自の課題に沿ったトレーニングをしながら過ごしています。

そして春が来て、もうすぐ高校二年生になる三月末。
横浜市内にある鷲谷高校と平塚市にある桜谷高校の三校での合同合宿がありました。
仙波一也に次ぐ鷲谷高校のNo.2、高梨正己とのやりとりは結構面白かったです(笑)
他校の生徒なのに、妙にフレンドリーに新二に話しかけてくるんですよね。

二年生になって、さっそく始まったインターハイ予選。
順調に地区予選を突破して迎えた県大会。
連の個人種目以外で春高が一番南関東に近い種目である400mリレーで決勝に残り、そこで6位以内に入れば南関東大会に行けるという大一番。
メンバーは1走が一年生の桃内、2走が連、3走が三年生で部長の守屋、4走が新二です。
この決勝の400mリレーの描写が凄く良かったです
第一部の時から通して、今までで一番良かったです
全速力で走って激戦を繰り広げているのがよく分かり、手に汗にぎる読み応えでした。
そして見事アンカーの新二が6位以内でゴールに飛び込んで、南関東大会への出場が決まり、歓喜に沸くリレーメンバー。
しかし、連の足に異変が…
サポートのメンバーに両側から抱えられ、片足を引きずってみんなのもとにやってくる連を見て、一気に凍りつく新二たち。
左太腿の裏側、ハムストリングスの肉離れです。
全治は約一ヶ月で、顧問の三輪先生は連の南関東大会出場を「無理」と決定を下しました。
ここで日頃はやる気やハングリーさをあまり見せない連が珍しく必死に食い下がります。
「無理に間に合わせたりしたら、怪我がもっとひどくなる。そんなことはさせられない」と言う三輪先生と、「個人の100mはいいからせめてリレーだけでも出たい」と言う連で意見が対立していました。

その後は迫り来る南関東大会に向けて怪我を回復させながら練習をしていく連ですが、異様な光景になっていました。
いつもは練習をやらなくて怒られていた連が、やりすぎるといって怒られているのです。
先生の目を盗んで本数を多く走ったり、ペースが速すぎたり。
連の南関東大会への執念は凄まじく、新二は以下のように心境を吐露していました。

今回の件は、正直、少し驚いている。連はあっさりした―あっさりしすぎの―性格だから、ここまで南関東の4継にこだわることが不思議な感じがする。医者や先生に逆らってまで我を通すような粘り強さやこだわりがあいつにあるなんて知らなかった。

やがてなぜ連が400mリレーにここまでの執念を見せたのかが分かりますが、最後は説得を受け入れ、出場を断念します。
どうしても出場すると言う連に三輪先生はかつてないほど大激怒して、ものすごい怒鳴り声に部員みんな集まってきてなかなか緊迫した場面でした
いつも勝手でマイペースな連でも、誰かのために走ろうとする時はこんなに熱くなるのかとも思いました。

エースの連を欠いての出場となった南関東大会の400mリレーは、残念ながら予選敗退。
三年生で部長の守屋が出る大きな大会はこれが最後で、陸上部にも代替わりの時が来ます。
守屋が指名した新部長は、なんと新二。

「おまえが先頭に立てば、みんなついてくるよ。一年以上ずっと見てきたが、神谷は、選手としても人間としても信頼できる。まじめでファイトがある。明るくてみんなに好かれる。後輩の面倒見がいい。人のことがよく見えていて、力になってやろうとする。そういうことが無理なく自然にやれてる。適任だ」

と新二のことを大絶賛していました。
思わぬ高評価に驚きつつも、守屋から部長を引き継ぐことに決めた新二。
この時守屋が天才スプリンターである一ノ瀬連について言っていたことが印象的でした。

「特に、部長になってからは、俺に何ができるんだろうって真剣に考えたね。ロング・スプリントでまだよかったけど、同じ短距離ブロックで、明らかに競技者として力が劣るわけだ。いくら俺が先輩でも、選手としては格が違う。こんな相手をどう扱うんだって」

連は後輩とはいえ、競技者としては明らかに守屋より格上で、やはりそこは常にハードボイルドで威風堂々な感じの守屋でも思うところがあったようです。
俺についてきてくれるのだろうか…と不安の気持ちがありました。

今作では新二の恋心についても描かれています。
同じ陸上部の同級生、谷口若菜に密かに想いを寄せる新二。
二人連れ立って新二の兄、神谷健一のサッカーの試合を見に静岡県の磐田に行った時はデートとも言えない単なる応援でしたが、初々しくて良いムードだったなと思います
ちなみに健一は高校を卒業して、ジュビロ磐田に入団してプロのサッカー選手になっています
まだサテライトと呼ばれる下部組織での試合ですが、やがてはトップチームで試合に出るのが目標です。

健一の試合を見て帰ってきてから、自分ももっと頑張りたいと思った新二。
顧問の三輪先生に頼んで、自分専用のハードな練習メニューを組んでくれと頼んだりしていました。
それをもとに、夏は日々の練習のほかに自主トレにも励んでいました。

努力したぶん、きっちり結果が出るわけじゃない。だけど、努力しなかったら、まったく結果は出ない。

新二の言っていたこの言葉は良いなと思いました。
やはり日々の努力が、良い結果につながっていくと思います。

そうして迎えた新人戦。
地区大会を突破し、三ツ沢競技場で行われる県大会に参戦です。
この県大会で新二は、100m個人準決勝で追い風参考とはいえ10秒91のタイムを叩き出します。
初めての10秒台です。
10秒台こそが連や仙波がいる世界で、ついに新二もその世界の入り口に立ったんだなと思いました。
決勝では不本意な走りになりましたがそれでも連、仙波、高梨以外には負けなくて、確かな成長を感じました。

第二部は新二にとってトップランナーへの過渡期といった印象を持ちました。
段々仙波や連との差が縮まってきています。
なので第二部は新二が力を付けてきて良い感じで終わるのかと思ったら、終わりませんでした。
予想外の展開が待っていました。
第二部の最終章のタイトルが「アスリートの命」で、嫌な予感はしていたんですよね。。。
新二の兄、健一に非常事態が発生します。
新二は取り乱した健一が放った言葉にショックを受けて、すごく沈んだ状態になって部長なのに部からも遠ざかってしまいます。
このまま重い雰囲気のまま終わってしまうのかなと思った最終盤、ようやく復活の時が来て、私は以下の場面が一番印象的でした。

谷口は、俺を見ても驚いた顔をしなかった。もう情報が行ってるんだろう。笑顔になった。自然な笑顔だった。信頼感にあふれていた。俺がそこにいることを少しも疑ったことのない、そんな落ちついた笑顔だった。

何が良いって、その場面がとてもリアルに思い浮かんでくるんです。
駆けつけた新二と、新二は来てくれるに違いないと信じて疑わなかった谷口若菜。
この場面を読んだ瞬間、泣きそうになりました

かくして、終盤に予想外の波乱のあった第二部。
それでも新二は必ずもう一度立ち直ってトップランナーへの道を進んでいくに違いないと思えるような、良い終わり方でした。
高校三年生、春野台高校陸上部最後の年になる第三部、どんな戦いを見せてくれるのか楽しみです


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「一瞬の風になれ 1 イチニツイテ」佐藤多佳子

2014-05-25 18:06:28 | 小説
今回ご紹介するのは「一瞬の風になれ 1 イチニツイテ」(著:佐藤多佳子)です。

-----内容-----
主人公である新二の周りには、2人の天才がいる。
サッカー選手の兄・健一と、短距離走者の親友・連だ。
新二は兄への複雑な想いからサッカーを諦めるが、連の美しい走りに導かれ、スプリンターの道を歩むことになる。
夢は、ひとつ。
どこまでも速くなること。
信じ合える仲間、強力なライバル、気になる異性。
神奈川県の高校陸上部を舞台に、新二の新たな挑戦が始まった――。
第28回吉川英治文学新人賞、第4回本屋大賞受賞作。

-----感想-----
過去何度か触れたことがある2007年の本屋大賞。
3位には三浦しをんさんの「風が強く吹いている」、2位には森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女」
両作品とも素晴らしい良作でした
しかし3位と2位ということは上にさらにあと1作品あるということで、それがこの「一瞬の風になれ」です。
ついに1位の作品(大賞受賞作)を読むことになりました

主人公は神谷新二。
神奈川県の相模原市に住んでいます。
小説スタートの時点では、新二は中学三年生でサッカーをやっていました
しかし正真正銘の天才サッカー選手でありユースの日本代表候補にもなった兄と違い、自分の才能のなさを痛感していた新二はサッカーを続けることを諦めます。
高校はサッカーの強い私立校ではなく、家から近い公立高校を選びました。

その高校には、幼馴染の一ノ瀬連も入学しました。
連は天才的な運動神経を持ち、中学では陸上部で二年の夏には全国大会に出て100mで7位に入ったほどの実力者です。
ただしやる気はなく、いつもだるそうにしている感じの人です。
そんな連を新二は体育の授業の50m走でやる気にさせ、走ることの楽しさを感じさせ、そして二人揃って春野台高校陸上部に入部することになりました。

顧問の三輪先生からのインターハイについての説明は結構ワクワクしました。
高校陸上最大のイベントで総体とも呼ばれ、総体予選には三つの大会があります。
まず各地区の予選があって、次が県大会です。
県大会でベスト6に入ると関東大会に進め、関東は南と北に分かれていて、神奈川は南関東です。
この南関東大会がインターハイの最終予選で、ここで6位以内に入ると、全国大会のインターハイ出場が決まります。
全国への道のりはなかなかに険しいなと思います。

新二や連が走るのはショート・スプリントと呼ばれる100m、200m、4×100mリレー(4継)です。
同じく新入部員の根岸康行は100mも走りますがロング・スプリントと呼ばれる400mを得意とするようです。

日々練習をしていき、やがてインターハイ予選の日がやってきます。
地区予選と県総体(県大会)は小田原の城山競技場で行われます。
これが新二が初めて目にする「試合」だったのですが、4×100mリレーの描写がすごくドキドキしました
「何位ですか?」
「3位だ」
「もっと声出せ、バカ」
「浦木先輩、ファイトー!」
「春高、ファイトー!」
何だか声援を送る姿がリアルに思い浮かんでくるほど臨場感たっぷりで良い描写でした

そして青春スポーツ小説らしく、強力なライバルも登場。
鷲谷(わしや)高校の仙波一也です。
新二と同い年で、中学校時代に連が全国7位になった大会で戦ったことがあり、その時は連に負けています。
しかし今は状況が違います。
その全国大会の後に陸上を離れていた連と違って、仙波は日々練習に励んでいました。
今や「一年生では県下No.1、神奈川で陸上をやっていれば名を知らない者がないという仙波一也」とまで言われています。
連が陸上を離れていた間に、実力的には逆転されてしまったようです。

ちなみに、中二で全国大会の100mの決勝に残るのは、超エリートということらしいです。
三年生がいる中で勝ち残ったということですからね。
ではなぜ連は、その後陸上をやめてしまったのか?
この謎は明らかにならないまま、第一部は終わってしまいました。

これまた青春スポーツ小説らしく、夏の合宿もありました
富士見高原にある合宿所で、神奈川の十の高校が集まる合同合宿です。
この合宿では、連のやる気のなさが目立っていました。
そして新二や根岸のなかなか真剣に練習をしない連への憤りが顕著になっていきました。

「俺は、おまえがみっともないのはイヤなんだっ!」

「神様にもらったものを粗末にするな。もらえなかったヤツらのことを一度でもいいから考えてみろ」

天才なのに、努力をしない連。
努力をするが、天才ではない新二や根岸。
新二は春野台高校では先輩達が居る中でも連の次に速い実力を持っていますが、連とはだいぶ差を感じています。
自分よりだいぶ速いのに、エースとしてチームを引っ張っていくべきなのに、ちっともやる気を見せない連にはやり切れない思いがあるようです。

この合宿の後は、国体予選を兼ねた県記録会というのが三ツ沢競技場で行われます。
そこに向けての大事な時期、やる気のなさからさらにとんでもないトラブルを起こしてしまった連には、

あの馬鹿野郎。いらねえなら、その才能、俺にくれ。

と一層憤っていました。
あまりに勝手すぎる連に、チームにも不協和音が生じます。
間もなく秋の新人戦が始まるというのにこんな状態で試合に勝てるのか、すごく心配でした。
それでも、そんな状態でもチームワークが大事なリレーを走ります。
そして、わだかまりを乗り越えて、次の戦い、新人戦の県大会へと進んでいきます。
そこでのリレーのバトンが渡る瞬間の描写は読んでいてゾクゾクしました
一年生、始まったばかりの新二や連の青春、次への期待が持てる終わり方だったなと思います。
第二部がどうなっていくのか、凄く楽しみです


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「第二音楽室」佐藤多佳子

2014-05-23 23:59:09 | 小説
今回ご紹介するのは「第二音楽室」(著:佐藤多佳子)です。

-----内容-----
学校と音楽をモチーフに少年少女の揺れ動く心を瑞々しく描いた School and Music シリーズ第一弾は、校舎屋上の音楽室に集う鼓笛隊おちこぼれ組を描いた表題作をはじめ、少女が語り手の四編を収録。
嫉妬や憧れ、恋以前の淡い感情、思春期のままならぬ想いが柔らかな旋律と重なり、あたたかく広がってゆく。

-----感想-----
School and Music シリーズの第一弾。
第二弾は以前読んだ「聖夜」という作品です。
今作も学校と音楽を題材に、素晴らしい青春物語を見せてくれました

この作品は以下の四編で構成されています。

第二音楽室
デュエット
FOUR
裸樹

第二音楽室は鼓笛隊(こてきたい)の五年生落ちこぼれ6人の物語。
主人公は一人称が「ウチ」の史江。
残る5人はノッポの久保田、男みたいなルーちゃん、のんびり屋の佳代、ダイエット強行中のジャンボ山井、無口で学校を休みがちな江崎。
鼓笛隊は五年生と六年生によって編成されています。
五年生は全員ピアニカで、六年生は太鼓や金管、アコーディオンなどの色々な楽器を受け持ちますが、それは全員ではありません。
そういった楽器を受け持てずに六年生でもピアニカになる人もいて、それが上記の6人というわけです。
史江は今まで”できないグループ”に入ったことはないらしく、この状況にショックを受けているようでした。
しかし、特に仲良しでもないこの6人が一緒に過ごすうちにちょっと一体感のようなものを発揮していくのは良かったです
そして会話がいかにも感受性豊かな子供で、読んでいて微笑ましくなることがありました^^

デュエットは、中学を舞台にしたわずか13ページの物語。
ショートショートが思い浮かぶような短さです。
音楽の実技テストを男女のペアで歌うことになり、さらに先生が
「せっかく男女で歌うのですから、お好きな方と約束するといいです。これぞと思う方に申し込みをしてください」
などと言うものだからクラスは悲鳴の嵐。
みんな誰に申し込むかで大騒ぎになっていました。
中学生ですからね、誰かが誰かに申し込めば即色恋沙汰として囃し立てられるような展開になります(笑)
短いながらも面白い作品でした

FOURは中学一年生のリコーダーアンサンブルの一年を描いた物語。
私のイチオシです
主人公は”スズ”こと山口鈴花。
そしてお調子者でふざけたことばかりやっている中原健太、とても背が高く、とても間の悪い西澤一人(かずと)、抜群の音楽センスを持つ高田千秋。
4人の音楽的センスに目をつけた音楽の先生の提案により、この4人でリコーダーアンサンブルをやることに。
ちなみにアンサンブルとはフランス語で「一緒に」という意味です。
結成の目的は、卒業式の卒業証書授与の時、BGMに音楽のテープを流す代わりに、4人がリコーダーの生演奏をするというものです。
スズがソプラノ、千秋がアルト、中原がテノール、西澤がバスで、練習に取り組んでいきます。
リコーダーにもこの4種類があり、上手く音色を重ねていけば美しいハーモニーになります

この作品の良いのは、春夏秋冬と一年を通しての物語なので、登場人物の変化が丁寧に描かれているところです。
春は甲高い声だった中原が夏休みの後半に学校に行った時に背が伸びて声変わりもしていてスズが驚いたり、スズが自分の恋心とどう向き合うか色々悩んだり。
初登場時には澄ました美人という感じだった高田千秋が結構毒舌な突っ込みを言うことがあったり。
西澤一人は音楽とは無縁な感じの風貌なのにすごく熱心にバス・リコーダーに取り組んでいるのが印象的でした。
そして、最も重要なソプラノで主旋律(メロディー)を吹くパートなのに感情表現が苦手なスズの悩み。
「私は、楽器で”歌う”のが苦手だった」と心境吐露していました。
技術はあっても、ただ吹くだけになってしまう傾向があるようです。
春先からのこの悩みがついに解決する時が来るのですが、そのスズの演奏の変化を敏感に感じ取る西澤もまた良かったです。
やはり鈍いように見えてもすごく良い感性を持っているのだと思います

裸樹(らじゅ)は、主人公の望(のぞみ)の序盤が痛々しかったです。
中学校では二年生の春に突然クラス中から無視等のいじめに遭って精神的に限界になり、不登校になってしまった望。
高校入学を機に、もう一度やり直そうと頑張っていました。
自らを「ノン太」と名乗り、お笑い系なことばかり言うボケキャラを作っている様は、凄く痛々しかったです。
そして自分のことを3クラス12人からなる友達グループの”末端構成員”と言っていたのも痛々しかったです。
その友達グループのリーダー格は名美、ミッチの2人です。
特に名美は同じクラスでもあり、望はとにかく名美を怒らせないように、ビクビクしながら生きていました。
万が一怒らせて無視でもされたら、また学校に居場所がなくなってしまうと恐れていました。
なので名美が不機嫌そうな表情になると言いたいことも言えずぐっと飲み込んでしまうことが多く、お笑いボケキャラの「ノン太」との差が半端ではなかったですね。

望と名美とミッチともう一人の若ちゃんの4人で、バンドを組んでいます。
ボーカルがミッチ、ベースが望、ギターが名美、ドラムが若ちゃん。
リーダー格で我の強い名美とミッチが好き放題やっているバンドです
私が名美にムカついたのが、自分は全然練習もせずギターを上手く弾けないのに、ベースの望が名美より上手くギターを弾くのを見て激怒して、それ以来望を無視したこと。
しかも「ギターは難しいんだよ、ベースが弾けるからっていい気になるな、お前が弾いてみろ」と一方的に望に突っ掛かっておきながらです。
要するに自分で蒔いた種で自分のメンツが丸潰れになり、それが我慢ならなくて望を逆恨みという感じで、最低な女だなと思いました。
しかし望も高校生になっても友達関係に四苦八苦していて可哀相でした。
望の心の支えになっていたのがタイトルにもなっている「裸樹」という曲。
いじめに遭った中学二年生の時も、高校に入って「ノン太」の仮面で必死にキャラを作っている時も、「ノン太」の仮面が取れてからも、常に望の心の中にあったのはこの曲です。
四編の中で唯一詳細な歌詞が出てきたこの曲、小説なのでメロディまでは分からなくとも、望の心に響いたであろう曲であることが、たしかに伝わってきました。


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同窓会のお誘い

2014-05-22 21:40:03 | ウェブ日記
先日、同窓会のお誘いがありました。
中学校の同窓会です
日程がだいぶ先なので「今のところ参加出来そうです」と参加予定で返信しておきました。
突然のお誘いに驚きましたが、随分と懐かしくもあります。

中学時代となるともうだいぶ昔になります。
卒業してから14年が経ちました。
私にメールを送ってきた同窓会計画メンバーで幹事の女性は子育て中とのことで、時の流れを感じます。

そして中学時代と言えば、2年生、3年生の時にお世話になった担任の先生。
私の学生時代全てを振り返ってみても最高の先生というくらい、素晴らしい先生でした。
もしかしたらあの先生に会えるのかなと期待しています。
会ったら「あの当時はお世話になりました」とお礼を言おうと思います。
他にも久しぶりに姿を見てみたい人がいますし、同窓会で久しぶりに中学時代を懐かしんでみたいと思います
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「すみれ」青山七恵

2014-05-20 22:57:13 | 小説
今回ご紹介するのは「すみれ」(著:青山七恵)です。

-----内容-----
一九九六年の秋から一九九七年の冬にかけて、レミちゃんはわたしたちと一緒に暮らした。
十五歳のわたしの家にとつぜんやってきて、一緒に棲むことになった三十七歳のレミちゃん。
むかし作家を目指していたレミちゃんには「ふつうの人と違う」ところがあった……。
季節の移り変わりとともに描かれる人の人のきずな、人間のみにくさと美しさ。
そして涙がおさえられない最後が待ち受ける。
いま筆力を最も高く評価されている、日本文学の正統な担い手による最高傑作。

-----感想-----
夜の海辺のような表紙が印象的な一冊
まず内容紹介にある「いま筆力を最も高く評価されている、日本文学の正統な担い手」という言葉、これは私もそのとおりだと思います。
「かけら」とこの作品を読んでみて、文章表現力の高さ、美しさを強く感じました。
作品は紛れもない王道純文学で、派手さはなくても全体を通しての文章表現力の高さで魅せてくれる作家さんです

「すみれ」の主人公は15歳で中学三年生の榎木藍子。
進路希望には福祉関係の仕事に就きたいと書きましたが、本当は小説家になりたいと思っています。
そして準主人公的存在なのが「レミちゃん」。
レミちゃんのことは1ページ目から出てきて、藍子15歳のこの年の秋、藍子たちの家に居候することになりました。
レミちゃんは37歳で、藍子の父と母の大学時代の友人とのことです。
詳しい事情までは明かされないものの、心に病気があり、それが回復して一人で暮らせるようになるまで、一緒に暮らして元気づけてあげたいという思いが父と母にはありました。
家族三人にレミちゃんが加わった特殊な状態の中、藍子の視点で物語は進んで行きます。

母の言うレミちゃん像は、
「レミは、昔はすごかった。目がきらきらして、才気走ってて、エネルギーの塊みたいだった」
とのことです。
しかしこれに対する藍子のレミちゃんへの印象は、
「だけどはっきり言って、わたしの知っているレミちゃんに、そんな面影はまるでなかった」
となっています。
何があったのか、レミちゃんはすっかり弱り、精神的にもおかしくなってしまっていました。

しかし弱ってはいても、感性の鋭さまで失われたわけではありません。
藍子の父と母は、家によく人を招いていました。
学生時代の友達や、会社の同僚や、タップダンス教室の仲間など、そういった人達を呼んで、よくホームパーティを開いていました。
その席に藍子とレミちゃんも居るのですが、隅っこでニコニコしている藍子に対してレミちゃんは「藍子、つまんないんならあたしと一緒に逃げよう」などと誘ってくるのです。
実際たいして面白いとは思っていない藍子なのですが、まさかニコニコして楽しそうにしている自分の心の内を見破られるとは思わず、ちょっと焦っていましたね。
そしてこの「ニコニコしているのが楽しいとは限らない」は伏線になっていて、終盤で今度はレミちゃんがニコニコしている場面がありました。
直後に非常に激しい修羅場があるのですが、この時レミちゃんはニコニコしていても、内心は泣き出したい、叫び出したい心境だったんだろうなと思います。
伊坂幸太郎さんみたいな分かりやすく「こう来るか!」という感じの盛り上がる伏線ではないですが、これはまさしく青山七恵さんらしい、綺麗な文章表現による純文学的伏線だと思います。

激しい修羅場とともに訪れた、最後の展開。
修羅場であるのに、悲しい展開であるのに、文章が流れるように滑らかであるため、妙にすらすらと読めたのが不思議な感覚でした。
レミちゃんが藍子に
「あたしの本当の本当の友達は、今までも、これからも、あんた一人だけ。だからお願い、藍子だけはあたしを忘れないで」
と言っていたのが救いかなと、私は思いました。


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「幻想日記店」堀川アサコ

2014-05-18 23:35:12 | 小説
今回ご紹介するのは「幻想日記店」(著:堀川アサコ)です。

-----内容-----
謎の美女、猩子(しょうこ)が営む日記堂。
山奥に佇むこの店では、人に読ませる目的で書いたのではない「本当の日記」を売っている。
日記は悩みと希望の生の記録。
人生の道しるべとなり、お客の悩みを救う。
なぜかタダ働きすることになった大学生・友哉(ともや)は「日記堂」のとんでもない秘密を知ることに―。
人気シリーズ第三弾!

-----感想-----
この作品は「幻想郵便局」「幻想映画館」に続く幻想シリーズの第三弾です。
2012年の8月に刊行された「日記堂ファンタジー」を大幅改稿の上、改題したとのことです。

主人公は鹿野友哉、三浪して大学に入った一年生です。
医学部への受験に二度失敗し、そこからさらに一浪し、文学部へと入りました。
両親ともに医者ということで自身も医学部へ進もうとした友哉ですが、色々考えて最後は自分の好きな文学を学ぶことにしたようでした。

物語の舞台となるのは「日記堂」。
安達ヶ丘という小山の、飛坂(とびさか)という坂を登って行ったところにあります。
そこの店主の名は、紀猩子(きのしょうこ)。
青い紬の着物を着て長い黒髪を一つに束ねていて微笑むと目が弓の形になる、謎の多い女性です
この日記堂で友哉は半ば無理やり、タダ働きさせられることになりました。

日記堂では、様々な人が書いた日記を販売しています。
その噂を知っている人は結構いて、日記堂には色々な人が訪ねてきます。

「こちらでは、読めば人生がパーッと開ける書物を売ってくださるとか」

人の書いた日記がそんなに参考になるものなのか?と私は疑問に思いましたが、猩子さんは以下のように言っていました。

「日記とは悩みと希望の記録。それは、同じ悩みや希望を持つ人の、生きるしるべともなりましょう」

「他の人の迷いを客観的に読み解くことで、ご自身の心を見極める目も養われるというものです。進むべき道も、おのずと見えてくるでしょう」

「中年の危機」という言葉も興味深かったです。
それまで懸命に働いてきた人が、中年に差し掛かった頃にぶつかる壁で、人生の後半に直面して、昨日に続く明日を思った時に、このままで良いのだろうか……と思ってしまい、落ち込んだり、原因不明の病気になったりする状態のようです。
その危機に際して、同じような悩みを持つ人の記した日記が力になってくれるようです。

また、特に印象的だったのが以下の言葉です。

「あらゆる書物の中で、一番に書き手の真実が記されているのは日記です。手記やブログなんてのは駄目ね。人に読ませようとした時点で、どうしても誤魔化しが入り込んでしまうのよ。無意識でも、自分というキャラクターを作り込み、それを演じてしまう。だけど、日記だけは生の言葉が書き込まれているものなの」

手記やブログなんてのは駄目ね、とブログも一刀両断されてしまいました
たしかに全世界に公開しているのを前提として書いているので、100%の生の言葉になることはほぼないですね。
そこはツールの使用目的の違いというものです。
しかし日記は人に見せるものではなく、自分自身のために書いているので、赤裸々な生の言葉が書かれています。
それこそが、同じ悩みや希望を持つ人の生きるしるべとなり、読めば悩みが解決するくらい、相当な参考になるということです。
前に進む力を与えてくれたり、自分自身の過ちを気付かせてくれたり、色々な効果があります。

猩子さんの場合は恐ろしいことに少しお客さんの話を聞けばどういう日記が合うか分かるらしく、すぐにピッタリと合うものを選び出してくれます。
しかもお代は、日記を読んで本人が満足してからで良いというのです。
値段は猩子さんの言い値で決まるのですが、大抵のお客さんはその値段で納得してくれるようです。

作品としてはファンタジーあり、ミステリーあり、古典文学も少々ありでした。
「幻想郵便局」とのリンクもあって、登天郵便局の配達主任・登天さんの意外すぎる正体が明らかになりました。

そしてホラーも少々。。。
「あなた方全員――。この話を聞かれたからには――」
やはり、余計なことを知ってしまうと、口封じの展開になるようです。

他にも「怪盗花泥棒」、さらには「ニセ怪盗花泥棒」との攻防もあり、終盤までもつれていました。
日記の中にも、泥棒に狙われるような希少価値の高いものがあるようです。
鍵は「ジャスミン」で、ジャスミンの香りが漂ってきたら要注意という感じでした。

非常に面白い物語で、すっかり幻想シリーズのファンになりました。
現在はシリーズ第四弾の「幻想探偵社」を連載中とのことなので、そちらもいつか読んでみたいなと思います


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採血が苦手

2014-05-17 17:55:56 | ウェブ日記
先日健康診断がありました。
そこで採血があったのですが。。。私はどうも採血が苦手なようです
過去に何度か、採血して気分が悪くなったことがあります。

看護師さんが「採血して気分が悪くなったことはありますか?」と聞いてきたので、「あります」と答えておきました。
そこで採血の時看護師さんが「ベッドに寝て安静にして採血することも出来ますが、どうしますか?」と聞いてきました。
私は「そこまでしなくても大丈夫かな」と思い、そう答えたのですが。。。これが間違いでした。

採血してからすぐに気分が悪くなってきました。
実際には吐きはしないものの、今にも吐きそうな物凄い気分の悪さです
気持ちが悪く、息苦しくもあり、次の検査を待つためにソファに座っていた私はかなり気分が悪そうな表情をしていたのではと思います。
両手も痺れてきて力が入らなくなりました。
看護師さんが通りがかったらSOSを頼もうかと思ったほどでした

しかしここで今度は気分の悪さがなくなり、苦しかった胸がフッと軽くなりました。
どうやら採血してからの気分の悪さが治まったようです。
そうしてホッと一息ついてみると、顔にすごく汗が滲んでいたことに気付きました。

ここまで気分が悪くなるとは思わず、採血との相性の悪さを改めて感じました。
次は大人しくベッドに寝て安静にして採血してもらおうと思います。
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「太陽の塔」森見登美彦

2014-05-16 22:58:22 | 小説
今回ご紹介するのは「太陽の塔」(著:森見登美彦)です。

-----内容-----
私の大学生活には華がない。
特に女性とは絶望的に縁がない。
三回生の時、水尾さんという恋人ができた。
毎日が愉快だった。
しかし水尾さんはあろうことか、この私を振ったのであった!
クリスマスの嵐が吹き荒れる京の都、巨大な妄想力の他に何も持たぬ男が無闇に疾走する。
失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ、日本ファンタジーノベル大賞受賞作。

-----感想-----
森見登美彦さんのデビュー作です。
以前から気にはなっていて、今回ついに読んでみました。

主人公の「私」は、京都大学農学部を休学中の五回生。
森見登美彦さん自身が京都大学農学部大学院修士課程修了なので、自身をモデルにしているのだと思います。
その「私」の手記という形で、物語はスタートします。
何の手記なのかというと、「私」の日常です。
しかし内容は全くもって普通の日常とはかけ離れていて、森見さんの作品の登場人物はデビュー作からぶっ飛んでいたんだなと思いました(笑)
そして森見作品独特の高慢ちきな語り口もデビュー作から健在だったようです。

「私」は長きにわたり、「水尾さん研究」なるものを行っていました。
「私」にとって初めてできた恋人で、それはそれは有頂天になっていたようでした。
水尾さんのほうは法学部の三回生とのことです。
1年前の12月に一方的に振られてからも研究は続いていて、水尾さんの平均的な一日の行動を曜日別に記録したレポートまで作っていて、ストーカーまがいなつけ回しぶりでした
本人は「ストーカーではない」と弁明していましたが、どう見てもストーカー的つけ回し行為にしか見えないです(笑)

物語を読んでいて、印象的なキーワードがいくつもありました。
それらをピックアップしてみると、
4畳半、下鴨幽水荘、招き猫、信楽焼きの狸、叡山電車、猫ラーメンなどです。
いずれも後の森見作品に何度も出てくるもので、デビュー作の時点であの独特な世界観を表すキーワードがずらりと並んでいたのかと驚きました
4畳半は「四畳半神話大系」「四畳半王国見聞録」で壮大な物語が展開されていますし、狸は「有頂天家族」で派手に活躍しています
あと、下鴨幽水荘は今作では「私」の友達である「高藪」という人が住んでいるのですが、他の作品で出てきた人物共々、このアパートはとんでもない人達の巣窟だなと思います
へんてこな人ばかりで、普通の人をまだ見たことがないような気がします。

森見さん作品の特徴として、「どこまでが現実で、どこからが空想なのかが分からない」というのがあります。
現実のつもりで読んでいても、いつの間にか空想的物語になっていたりするのです
このデビュー作でもそれが発揮されていて、特に街中に叡山電車が現れる時に現実と空想の間を行ったり来たりしながら、物語は進んで行きました

常に高慢ちきな「私」の、特に高慢ちきだったのが以下の語りです。
何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。なぜなら、我々が間違っているはずがないからだ。
このすごい自信はどこから来るのだろうと思います(笑)
実に高慢ちきで、それでいて滑稽な「私」とその仲間達でした。
後の森見作品へと続くデビュー作、楽しませてもらいました


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「かけら」青山七恵

2014-05-13 23:29:27 | 小説
今回ご紹介するのは「かけら」(著:青山七恵)です。

-----内容-----
家族全員で出かけるはずだった日帰りのさくらんぼ狩りツアーに、ふとしたことから父と二人で行くことになった桐子。
口数が少なく、「ただのお父さん」と思っていた父の、意外な顔を目にする(表題作)。
結婚を前に、元彼女との思い出にとらわれる男を描く「欅の部屋」、新婚家庭に泊まりに来た高校生のいとこに翻弄される女性の生活を俯瞰した「山猫」。
川端賞受賞の表題作を含む短編集。

-----感想-----
久しぶりに読む青山七恵さんの作品でした。
青山七恵さんは私より1学年上の83年世代で、この世代の女性作家といえば黄金世代です。
綿矢りささん、金原ひとみさん、島本理生さん、そして青山七恵さんと、強豪の名前が並びます。

2009年にこの作品に収録されている短篇「かけら」で、第35回川端康成文学賞を歴代最年少で受賞とのことでした。
その「かけら」ですが、ゆったり、静か、淡々といった言葉がピッタリの物語でした。
これは芥川賞受賞作である「ひとり日和」でもそうでしたし、青山さんの作風なのだと思います。
派手なことは何もないですし、これといって事件も起きません。
伊坂幸太郎さんのような物語の妙もないですし、森見登美彦さんのような面白い言い回しもありません。
それでもスムーズに読めるのが青山七恵さんの作品です。
それはなぜかと言うと、”上手い”からです。
派手さはなくても、人の心の機敏を丁寧に掬い取っていて、何気ない会話や心境の描写を見てハッとしたりします。
地味ながらも読ませてくれる、これぞ王道純文学だと思います

「かけら」は主人公の遠藤桐子(20歳)が父と長野県のさくらんぼ狩りツアーに行くという話でした
本当は家族5人で行くはずだったのが母と兄と兄の娘の3人がキャンセルになり、しぶしぶ父と2人で行くことに。
父との会話はあまり続かずすぐ終わってしまうことが多くて、その距離感にリアリティがありました。
帰りのバスでは最初父が寝ていて、起き出したら桐子は気まずかったのか寝たふりをしていて、それが「寝たふりかよ…」という感じで印象に残りました
この父と娘のぎこちない感じはどの家庭でもわりとよくあるのではないかと思います。
ただこのさくらんぼ狩りツアーを通して父の家では見せない意外な一面を見ることが出来て、桐子としてはお父さん株が少し上がったのではないかと思います。
直接の描写はなくても、そのように見えました。

「欅の部屋」では、以下のやり取りが印象的でした。

「ほんとに結婚するのかな」
「誰が」
「あたしたち」
「するよ。今、少しずつしてるよ」
「今?」
「そう。まさに今、結婚しつつあるんだよ」

次の年の春に入籍して結婚式をするにあたって、実感の湧かない彼女さんとのやり取り。
結婚しつつあるという表現が印象的でした。
まだ入籍も結婚式もしていない中でも、新居の準備や結婚式の準備をしている今は結婚しつつある状態ということです。
良い表現だと思います

そして、「かけら」を凌ぐ作品ではないかと思ったのが、「山猫」です。
主人公は小暮杏子、29歳。
旦那の秋人は大学時代の同窓生。
ある日、沖縄県西表島に住む松枝叔母さんから従妹の栞を杏子達の住むマンションに泊めてくれないかと頼まれます。
栞は高校二年生で、東京の大学に行きたいので何校か見て回りたいとのことでした。
そして栞が来るのですが、何だか気難しい感じで、何か聞いても一言しか答えてくれないことが多く、杏子はどう接したものかと苦心していました。
その苦心ぶりがいたたまれなく、表面上の文章は何気ない会話なのに、妙な緊張感が漂っていました。
何とか会話をしたい、心を開いてほしいと思う時って、ああいう雰囲気になると思います。

タイトルと、表紙の綺麗さが目に留まって手に取ってみた一冊。
読んでみて良かったです。
いつの間にか何冊も本を出されていますし、他の作品も読んでみたいなと思います


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