読書日和

お気に入りの小説やマンガをご紹介。
好きな小説は青春もの。
日々のできごとやフォトギャラリーなどもお届けします。

「ありふれた風景画」あさのあつこ

2016-08-27 22:27:51 | 小説


今回ご紹介するのは「ありふれた風景画」(著:あさのあつこ)です。

-----内容-----
地方都市にある学校で、ウリをやっているという噂のために絡まれていた瑠璃を、偶然助けた上級生の周子。
彼女もまた特殊な能力を持っているという噂により、周囲から浮いた存在だった。
親、姉妹、異性……気高くもあり、脆くもあり、不器用でまっすぐに生きる十代の出会いと別れを瑞々しく描いた傑作青春小説。

-----感想-----
物語は次のように構成されています。

第一章 少女たち
第二章 夏の始まり
第三章 セツナイという気節
第四章 秋の朝顔
第五章 冬風の音
第六章 温かな幹に
最終章 ありふれた街角で

高遠瑠璃は17歳の高校二年生で、南三原高校に通っています。
作品内の描写から島根県が舞台だと思います。
瑠璃はどこからかウリ(売春のこと)をやっているという噂を立てられそれが学校中に広まり、学校内で孤立しています。

ある日瑠璃は、彼氏に振られたのは瑠璃に彼氏が籠絡されたからだと思い込んだ長田(おさだ)志穂という三年生に屋上に呼び出されます。
一方的に因縁を付けてくる志穂に応戦する瑠璃。
一触即発の屋上に綾目周子という三年生が現れます。
周子には霊能力があるという噂があり、瑠璃と同じように学校中に噂が広まり孤立した存在となっています。
周子が現れた途端、辺りに沢山の鴉(カラス)が飛んできて異様な雰囲気になります。
その不気味さに志穂と二人の友達は逃げていき、結果的に瑠璃は周子に窮地を助けられました。
周子は鴉や桜と話ができる特殊な能力の持ち主です。
特に鴉の「タロウ」とは周子がタロウを助けてあげた時からの腐れ縁です。

この屋上での出会いがきっかけとなり、瑠璃は周子と話すようになります。
「運命」について周子は次のように言っていました。
「いいよ。しかたないよ。どんなに足掻いても運命って変えられないんだから」
これに対し、瑠璃は心の中で次のように語ります。
運命って、自分の意思で変えられるんじゃないですか、綾目さん。
私も運命は「これが運命だ」と諦めるのではなく、自分の意思で変えられると思います。
また、第一章の最後の一文は目を惹きました。
もうすぐ17歳を迎える瑠璃の夏が、一生に一度きりしかない17歳の夏が、眩しさの中で始まろうとしていた。
この後の展開が気になる一文でした。

一章では瑠璃の語りでしたが二章では周子の語りになります。
章によって語り手が変わる作品でした。

孤立している周子に対し、朱里(しゅり)という小学校の頃からの友人だけは、現在は特別親しくはないながらも、他の子達のように露骨に周子を嘲笑ったり気味悪がったりはせずに普通に話しかけてきてくれます。
そんな朱里を見て周子が心の中で思ったことは印象的でした。

自分の中の物差しで、自分と他者との距離を測れる者は案外に少ない。

これはそのとおりだと思います。
誰か特定の他者との距離を測る際、周りの人がその特定の他者をどう思っているかを意識してしまう人は結構多いのではと思います。

また、かつての周子に対する周りの反応は「変わり者」「魔女っぽい」程度だったのですが、「三年前の事件を境に急激に悪化した」とありました。
この三年前の事件がどんなものなのか気になりました。

瑠璃の誘いにより、瑠璃と周子は紫星山という山にピクニックに行きます。
その山について、「紫星山という雅やかな名をつけられた山の麓に着く」という描写がありました。
「雅やか」は普段小説を読んでいても目にする機会の少ない表現です。
私は「雅やか」には京都的な上品さ、及び着物女性の和の雰囲気のイメージがあります。
なので山の名前にこの表現が使われていたのは意外であり興味深かったです。

美しい言葉は良い。美しい言葉を使える人も良い。
周子のこの言葉も印象的でした。
中学生や高校生の頃は崩した言葉を使いたがる傾向がありますが、私的にも美しい言葉を使える人のほうが良いなと思います。

瑠璃の家の近所の花屋「フラワー・ショップ ミサキ」では加水(かすい)洋祐という瑠璃や周子と同じ高校の三年生がアルバイトをしています。
加水洋祐は長田志穂の元彼氏でもあります。
周子は持ち前の特殊能力から加水洋祐の姿を見て何かの異変を感じていて、加水洋祐の身に何が迫っているのか気になるところでした。
加水洋祐について瑠璃が「気になります?」と聞くと周子は「気にしてもしかたないけど……」と言っていました。
その時瑠璃は次のように言っていました。

「綾目さん、運命って変えられますから」
「運命って自分の意思で変えられますから」

再び運命は変えられるという言葉が登場していて、この作品の重要なテーマかも知れないと思いました。

加水洋祐の語りで始まる第三章では夏の終わりについての描写が印象的でした。
夏が終わる。ゆっくりと、しかし確実に日が短くなり、夜が延びてくる。真夏の熱やぎらつく光に惑わされて、永遠に夏が続くようにも感じてしまうのだけれど、ふと気がつけば、夕暮れの時刻が早まり、風の穂先が涼やかになっている。夏が終わるのだ。
私の感性とほぼ同じことが書かれていました。
8月下旬ともなると日中はまだまだ真夏の暑さですが空の雲や吹く風に秋の気配を感じることがあります。
そして夏至の頃には19時半頃でもまだ空に明るさが残っていたのが19時頃には暗くなり、確実に秋が近付きつつあることを実感します。

瑠璃には綺羅(きら)という二歳上の姉がいます。
綺羅は母親の真弓によって希望する都会の大学への進学を断念させられ地元の大学に進学させられたことから、母親に対する言動が尖り、二年近く経った今も鬱屈した対応をするようになっています。
鬱屈はなかなか消えないというのはよく分かります。

やがて瑠璃は周子のことが好きになっていきます。
女性が女性を好きになるという同性同士の恋愛感情を扱っていました。
周子も瑠璃の気持ちに気づいていて、この二人がどんな結末になるのかは気になるところでした。

フェミニスト団体や左翼団体に代表されるように、同姓愛について「理解しろ」と、理解することを強要する人達がいます。
私は同姓愛の人について基本的人権が尊重されるべきだとは思います。
しかし理解することを強要されるのには違和感があります。
私は男性は女性を好きになるのが、女性は男性を好きになるのが正常な状態であると考えます。
それに対し、同姓愛はそこから大きく逸れた特殊な状態だと思います。
この特殊な状態を特殊な状態と認めず、一方的に「理解しろ。理解しないのは偏見であり差別主義者だ」というようなことばかり言うから、同姓愛の人への理解が広まらないのではないかと思います。
こういったことが頭をよぎる瑠璃の周子への恋愛感情でした。

周子がパウンドケーキを作った際に、パウンドケーキは卵や砂糖やバターをそれぞれ1ポンドずつ使うからパウンドケーキという名前になったとあり、これは知らなかったので興味深かったです。
また、周子の「三年前」に何があったのかが明らかになる場面で、「おかしくもなさそうに笑う」という表現がありました。
蔑むような笑い方であり、私はそのような笑い方はしたくないなと思いました。

瑠璃の家は父親が不倫をして家を出て行ってしまっていて、母親の真弓はそれが原因で過食症になり、壊れかけています。
物語の終盤、真弓が思いの丈を瑠璃に話した時に瑠璃が思ったことは印象的でした。
母さんは誰かに聞いて欲しいのだ。声を出したいのだ。言葉にしたいのだ。
この「誰かに聞いて欲しい」というのは、心理学の本によると特に女性に多く見られる感情のようです。
たしかに自分の中に溜め込むより、誰かに話して気持ちを吐き出したほうが良いと思います。

作品全体を通して、文章に「諦め」や「ふて腐れ」の雰囲気が漂っている印象を受けました。
長い人生、そんな心境になる時期もあります。
瑠璃も周子もそこからもっと澄んだ心境になっていけると良いなと思いました。


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凄い校歌斉唱

2016-08-14 18:25:56 | ウェブ日記



動画は早稲田大学の卒業式における校歌斉唱です。
Youtubeを見ていて偶然この動画が出てきて、試しに見てみたらその歌いっぷりに驚きました。
とにかく熱いなと思います
こんな校歌斉唱は見たことがありません。

「都(みやこ)の西北 早稲田の森に」の歌い出しの時点では分からなかったですが、その後すぐにカメラが引くと男子も女子もかなりの人数が右手を掲げて振りながら熱く歌っていました。
特に袴姿の女子もその多くが右手を掲げて振っているのに驚きました。
これが早稲田魂かと思いました。

この大規模な講堂いっぱいに卒業式姿の卒業生がいて、その人達が一斉に校歌を斉唱するのは圧巻です。
これは卒業生にとっても良い思い出になるのではと思います。
私はこの熱い歌いっぷりはとても良いと思います
自分の学校に誇りを持つことの大事さを教えてくれる歌いっぷりであり、少しだけ早稲田大学の凄さが分かった気がします。
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「プロカウンセラーのコミュニケーション術」東山紘久

2016-08-14 17:02:50 | 心理学・実用書


今回ご紹介するのは「プロカウンセラーのコミュニケーション術」(著:東山紘久)です。

-----内容&感想-----
※「プロカウンセラーの聞く技術」のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。

「プロカウンセラーの聞く技術」の続編である本作も読んでみました。
タイトルに「コミュニケーション術」とありますが内容は「こう喋りなさい」と会話術を指南するものではなく、臨床心理士である著者が心理学の観点から会話の中で発する言葉にどんな意味が込められているのかなどを書いていました。

P9「屁理屈を言うのは、その人にそれ以上の手がないとき」
これは興味深かったです。
理屈での話し合いになると分が悪いため屁理屈に頼るようです。
また、屁理屈を言う相手に「屁理屈を言うな」と言うのは最も駄目な方法で、「相手の言う理屈に合わないこと(屁理屈)を相手の責任で押し進めさせるのが良い」とありました。
理屈に合わないことを押し進めれば必ずどこかで論理破綻するとのことです。

P22「「女・子ども」といわれるように、女性と子どもの心性には似たところがある。子どもと似た心性があるからこそ、子どもの心が理解できる。子ども心がないと、子どもの心はわからない。」
女性と子どもの心性は似ているとのことです。
これは「男は理性が先に立つ、女は感情が先に立つ」と言われるように、男性は論理型の人が多いのに対し、女性は感情型の人が多いのが関係している気がします。
子どもの場合は感情が全開なので、女性のほうがその心の内を理解しやすいのだと思います。

P32「交渉は、論理的なやり取りも必要ですが、心の納得が重要です。心が柔らかいと相手の主張を理解でき、そうするとお互いの心が開かれて、かたくなだった心も柔らかくなるのです」
これは大事なことだと思います。
相手がたしかに理屈に合うことを言っていたとしても、感情無視でひたすら理屈で押すだけだと相手はどんどん頑なになっていくと思います。
そして仮にその場では相手を押し切れたとしても相手の心には大きなしこりが残り、以降無理矢理押し切った人に対して心を閉ざすことになります。

P36「「でも」は、相手の話に同意せずに、自分の主張をするとき、相手に対して否定的なときに使われます。自分の意見を否定されたうえに、相手の意見を一方的に聞かされたら、その人と話をしたくなくなるのは当然でしょう」
私も会話の中で「でも」を連発する人には良い印象を持たないです。
なので私自身も会話の中では極力「でも」や「が」「けれど」など、逆説の接続助詞は使わないようにしています。

P40「日本文化は、母性文化だといわれています。母性文化は、年功序列や終身雇用のように個人差を明らかにせず、みんないっしょの文化です」
これは「面白くてよくわかる! ユング心理学」(著:福島哲夫)などにも書かれていました。
女性性の強い(年功序列な)日本社会に対し、欧米は男性性の強い(実力主義な)社会です。
21世紀になった頃から「日本も欧米を見習え」という声がどんどん強まりましたが、私の場合は「女性性が強い」という日本国民の元々の特性を無視してまで無理矢理欧米化させなくても良いのではと考えます。
「面白くてよくわかる! ユング心理学」のレビューに漫画「HUNTER×HUNTER」の念能力を例に書いたように、強化系(女性性の強い社会)の人が具現化系(男性性の強い社会)を極めようとしても相性が悪いため上手くはいきません。
それよりは自分の系統を極め、その自分の系統の補助として他の系統を学ぶほうが余程良いです。
なので「女性性が強い日本社会は悪い社会」と切って捨てるのではなく、女性性が強いという元々の日本国民の特性を理解してその良い面を生かしつつ、そこからより完成度を上げるために補助として欧米の良い面を取り入れるやり方のほうが良いと思います。

P43「自己主張をはっきりさせるのは日本では非常識ですが、世界の常識です」
これはそのとおりです。
ただし「自己主張と相手を無視して「我」を主張することとは別物です」ともあり、気を付けるべき点だと思います。

P71「夢ばかりの人は、人格のなかに幼児性をもっています。幼児性は、非現実な性格をもっていますので、うまく活用しますと、発明や発見につながります。発明や発見は、常識では生まれないからです」
幼児性は悪いことではなく、上手く活用すると凄い力を発揮するようです。

P77「現実吟味は本人にまかけないと、現実を正しく認識できない、これが心理の真理です」
興味深い言葉でした。
難しい高校に「行きたい」と言う生徒に対し、「君は何を寝ぼけたことを言っているのだ。君の成績ならA高校どころかB高校でも危ない。もっと現実を見なさい。そんなことを言っているひまがあれば勉強しなさい」と夢を壊して説教するのは逆効果で本人の勉強する意欲もなくなってしまうとありました。
そうではなく、「行きたい」という夢が叶う方向に乗ってあげ、本人にそれは叶うことなのかどうか現実吟味させたほうが良いとのことです。

P84「心理学では自分のなかに住んでいる悪魔のことを「影」と呼びます。影とは、自分のなかにある、自分自身が認めがたい自分です」
影はユング心理学の本によく出てきます。
影も自分自身を形作っている一部分だと認めてあげることが大事だと思います。

P87「人格の陶冶」
陶冶は普段聞かない言葉だったので印象的でした。
調べてみたら「人間形成」のことをいう古い表現とのことです。

P119「家族にとって、否定的にお互いを見ることは悲劇です。否定的家族のなかで育った人は、職場や集団でも、否定的見方で周囲を見がちになります」
これも印象的な言葉でした。
そうならないように気をつけたいと思います。

P132「「この人はひどい人です」と言った場合、女性が男性に対してこの表現を使うときは具体的な内容「ひどい言動」が相手に見られる場合が多いが、男性が言った場合はトータルでひどいと感じている」
同じ言葉でも女性と男性では意味が違う場合があります。
これを理解しておかないと言葉への誤解から互いに不信感を募らせることになります。

P157「心の侵犯のことを、心理的侵襲と呼びます。いわゆる「他人の心に土足で入る」のがこれです」
他人の心に土足で入るのは野蛮なことです。
かけた言葉が相手の心を踏みつけている場合があるので注意が必要です。

P183「信念は成熟とともに柔らかくなります。成熟しない信念は頑固で凝り固まった確信に至ります」
信念と頑固の違いを表す言葉で興味深かったです。
成熟した信念を持つ人には柔軟性がありますが、信念が成熟しない人は単に頑固になりその考えで凝り固まってしまっています。

P196「ストレスの解消にはおしゃべりが最適」
これは女性が自然にやっていることだなと思います。
カフェなどに行くと女性数人のグループがあちこちでお喋りをしています。
たしかにお喋りして心の中に溜まっているものを吐き出すのは凄く大事だと思います。
ストレス解消は女性のほうがしやすいのかも知れないと思いました。

今作も興味深いことが色々書いてありました。
人との会話を論理だけで押し切ろうとするのではなく、相手の心に気を配りながら言い方に気を付けることも大事だと思います。
もう一冊、作者は変わりますが同じシリーズに「プロカウンセラーの共感の技術」という本があるので、そちらも機会があれば読んでみようと思います。


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「コンビニ人間」村田沙耶香

2016-08-07 23:34:55 | 小説


今回ご紹介するのは「コンビニ人間」(著:村田沙耶香)です。

-----内容-----
36歳未婚女性、古倉恵子。
大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。
これまで彼氏なし。
日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。
コンビニこそが、私を世界の正常な部品にしてくれるー。
ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は恥ずかしいと突きつけられるが……。
「普通」とは何か?
現代の実存を軽やかに問う衝撃作。
第155回芥川賞受賞作。

-----感想-----
「コンビニエンスストアは、音で満ちている」と、コンビニの音の描写から物語が始まりました。
客が入ってくるチャイムの音に、店内を流れる有線放送で新商品を宣伝するアイドルの声、店員の掛け声、バーコードをスキャンする音、かごに物を入れる音、パンの袋が握られる音、店内を歩き回るヒールの音、これら全てが混ざり合ったのを「コンビニの音」と表現しているのが印象的でした。
そんなコンビニの音を聞きながら、古倉恵子はアルバイトをしています。
客の細かい仕草や視線を自動的に読み取るため、「耳と目は客の小さな動きや意思をキャッチする大切なセンサーになる」とありました。

恵子は物事の捉え方におかしなところがあり奇妙がられる子供でした。
幼稚園の頃、公園で小鳥が死んでいて、他の子ども達が泣いている中、恵子は母親に「お父さん、焼き鳥好きだから、今日、これを焼いて食べよう」と言っていました。
また小学生になったばかりの時、体育の時間に男子が取っ組み合いのけんかをして周りの子が「誰か止めて!」と言うのを聞き、「そうか、止めるのか」と思恵子はそばにあった用具入れを開け、中にあったスコップを取り出して暴れる男子の頭を殴り倒して止めていました。
先生に事情を聞かれた恵子は「止めろと言われたから、一番早そうな方法で止めました」と答えていて、職員会議になって母親が呼ばれていました。

恵子は大学一年生の時、新しくオープンする「スマイルマート日色町駅前店」というコンビニでアルバイトを始めました。
そこから同じお店で18年間アルバイトを続け現在は36歳になっています。
著者の村田沙耶香さんも36歳で作家をしながらコンビニのアルバイトもしているため、どうやら自身の経験が恵子のモデルになっているようです。
作家仲間からは「クレイジー沙耶香」と呼ばれ発想のクレイジーぶりに驚かれたりしているとのことで、恵子の常軌を逸した物事の捉え方も多少村田沙耶香さんがモデルになっているのかも知れないと思いました。

初めてスマイルマート日色町駅前店で働いた日、完璧にマニュアルどおりに動く恵子を社員が絶賛してくれて、恵子は胸中で「そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった」と語っていました。
しかし完璧なマニュアルがあって店員になることはできても、マニュアルの外ではどうすれば普通の人間になれるのか分からないとありました。
マニュアルのないところでは元々の物事の捉え方のあかしさが出てしまい妙な会話になってしまいます。

店には37歳でバイトリーダーの泉さん、24歳でバンドのボーカルをしながらアルバイトをしている菅原さんなどがいます。
恵子の喋り方は常に身近な人のものが伝染していて、今は泉さんと菅原さんをミックスさせたものが恵子の喋り方になっているとのことです。
また、服やバッグも身近な人の趣味に合わせ同じお店のものを買ったりしています。
物事の捉え方におかしなところがある恵子は喋り方も服やバッグの趣味も周りの人のものをトレースしたほうが社会的には生きやすいようです。
恵子は胸中で『周りからは私が年相応のバッグを持ち、失礼でも他人行儀でもないちょうどいい距離感の喋り方をする「人間」に見えているのだろう』と語っていました。
この淡々とした客観的な見方が面白かったです。

恵子にはミホという友達がいます。
学生時代は友達がいませんでしたが同窓会で再会した時にミホが話しかけてきてそこからたまに集まってご飯を食べたり買い物をしたりするようになりました。
恵子はマニュアルがない会話になるとずれた受け答えになるため、ミホの家に恵子や他の人が集まってお茶をしている時にもおかしな会話になっている場面がありました。
妹が考えてくれた「困ったときはとりあえずこう言え」という言葉を頓珍漢な場面で使ってしまったりと、恵子の会話は面白くもあり痛々しくもありました。
小学生の時に「誰か止めて!」という言葉を聞いて「そうか、止めるのか」と思いスコップで頭を殴って止めたことからも分かるように、あまりに言葉をストレートに受け止めすぎてしまうようです。
妹が言っていた「困ったときはとりあえずこう言え」も、困った時全てに当てはまると解釈してしまっていました。

ある日、白羽(しらは)という新人のアルバイトが入ってきます。
そこから徐々に恵子の日常が変わっていくことになりました。
白羽は35歳で婚活のために働き始めました。
非常に傲慢で自分勝手なところがあり、自分のことを棚に上げて他の人の悪口ばかり言っています。

恵子が周囲から自分が異物と思われているのを感じた時に思ったことは印象的でした。
正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。そうか、だから治らなくてはならないんだ。治らないと、正常な人達に削除されるんだ。家族がどうしてあんなに私を治そうとしてくれているのか、やっとわかったような気がした。
これはたしかに、「みんなが送っている日常の風景」から外れている人が異物として削除される傾向はあるなと思います。

恵子は白羽と色々話すことになるのですが、白羽は恵子のことも口汚く罵ってきますが、そんな白羽を恵子はすごく冷静に分析していて、その坦々とした冷静さが印象的でした。

恵子は変化したいと思っていて、そのために白羽を活用し、白羽も恵子に寄生しようとし、二人は特殊な関係になります。
そんな恵子の状況を知るとコンビニの人達もミホ達もみんな態度が変わって恵子から色々聞き出そうとしていました。
恵子にどうやら男ができたと思い、しかもその相手が白羽というどうしようもない男だということで盛り上がっているようなのですが、下世話だなと思いました。
ただし白羽は自分のことを棚に上げて他の人の悪口ばかり言っていたり、口から出任せばかり言っていたりで最悪なので、下世話にあれこれ言われても同情の余地はないです。
変わっていくコンビニの人達について恵子は『店の「音」には雑音が混じるようになった』と表現していました。

物語の終盤、恵子の考えるコンビニの姿が書かれていました。
コンビニはお客様にとって、ただ事務的に必要なものを買う場所ではなく、好きなものを発見する楽しさや喜びがある場所でなくてはいけない。
この言葉を見て、恵子は喋り方や服の趣味などは周りの人のものをトレースしていますが、コンビニについては確固とした自分の考えを持っているのだと思いました。
「私は人間である以上にコンビニ店員なんです」という言葉も印象的でした。
コンビニこそが恵子が唯一生きられる場所なのだと思いました。
生きやすい場所で生きていってほしいです。


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慌ただしい出張

2016-08-06 18:14:31 | ウェブ日記
7月の後半から東京の立川に出張しています。
慌ただしい出張になり、海の日のあった三連休明けの週が特に忙しくなりました。
日を追うごとに残業時間が長くなり、土日も出勤になりました。
23時頃まで残業でさらに土日も出勤となると、精神的に参ってきます。
次の週に一日だけ代休になったのでそこでゆっくり休んで乗り切ることができました。

久しぶりに慌ただしい日々になった今回、やはり残業や休日出勤が続くのは良くないなと思いました。
日を追うごとに体力的にも精神的にも疲れてしまいます。
一段落ついた際にはしっかり休んで気分転換することが大事です。
先週の土日は休みになったので土曜日は気分転換に明治神宮と靖国神社の参拝に行きました。
そして神保町に行き先日芥川賞を授賞した「コンビニ人間」(著:村田沙耶香)の単行本が発売されていたので買いました。
その後は神保町の欧風カレー店「ガヴィアル」に行きお店のお勧めであるビーフカレーを食べ、夜は立川に戻ってきて昭和記念公園花火大会を見に行きました。
久しぶりにデジカメで花火の写真を撮ったので後でフォトギャラリーを作りたいと思います。
日曜日は芥川賞授賞作「コンビニ人間」(著:村田沙耶香)をカフェでじっくりと読みました。

今週も連日残業でしたが20時には終わっていたので深夜残業と休日出勤が重なっていた時よりは体力面と精神面の負担が少なくて済みました。
この土日も休みになったのでゆっくり過ごしています。
そして長く続いた立川出張も来週で終わります。
会社に戻ってからはまた慌ただしくなりそうなので気分転換を意識していきたいと思います。
上手に気分転換してストレスを溜め込まないようにしたいです。
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