晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

『黒いオルフェ』 65点

2012-02-29 11:53:42 | 外国映画 1946~59

黒いオルフェ

1959年/フランス

強烈なサンバと静寂なボサノバによる色彩美

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shinakamさん

男性

総合★★★☆☆ 65

ストーリー ★★★☆☆60点

キャスト ★★★☆☆70点

演出 ★★★☆☆70点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆80点

ギリシャ神話のオルペウスとエウリュディケの悲話をリオのカーニバルに場所を移したヴィニシウス・ヂ・モライスの戯曲を、マルセル・カミュが映画化。カンヌのパルムドール、米アカデミー外国語賞をW受賞した。ギリシャ悲話がもとになっていると知って喰わず嫌いだった筆者。今回初めでの鑑賞だが、予想どおりと想定外が混在した作品だった。
予想どおりだったのは、オルフェ(ブレノ・メロ)とユーリディス(マルペッサ・ドーン)の出逢いと別れのストーリーが不自然だったこと。シナリオには強引さが目立ち、2人の喜びも悲しみも唐突感があり共有できなかった。
想定外だったのは、リオの強烈な陽光とサンバのリズムの圧倒的な映像力。年に一度のカーニバルに熱中する唄と踊りは、まさに本物の迫力だ。これは現地での準備を徹底的に行いオールロケした成果だろう。カーニバルの準備に浮かれる街中、丘の上に住む貧しいヒトの集落から観た海岸と日の出、カーニバルで着飾り踊り狂うヒトの波どれをとっても映像のカタルシス。現地の録音とA・カルロス・ジョビンとルイス・ボンファの音楽が、ジャン・ブルーゴワンの撮影映像を一層際立たせている。
主役の2人を始め殆どの出演者がオーディションで選ばれている。子供たちの演技がイチバン上手く見えるほどだが、大人たちは踊りとなると別人のようにイキイキしていた。有名な「オルフェのテーマ・カーニバルの朝」が案外さり気なく挿入されていたのにびっくり。オルフェのブレノ・メロはギターの名人という役柄なのに弾き語りが覚束なかったのに興ざめ。実際はルイス・ボンファの演奏だったので文句はなかったが・・・。ジョビンの「フェリシダージ」(幸福)、ボンファの「オルフェのサンバ」(希望)も重要な効果的な場面で流れボサノバ好きには見逃せないが、貧しい暮らしから生まれたムラート(混血児)たちのサンバのリズムが圧倒した作品だった。


『真実一路』 80点

2012-02-27 11:03:54 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

真実一路

1954年/日本

川島雄三らしさが覗えた大船調ドラマ

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★★☆80点

昭和初期を舞台にした山本有三の小説を、川島雄三監督が松竹在籍10年目で初の大作を演出した大船調メロドラマ。真面目で優しい父・守川義平(山村聡)には、お見合いが済んで結婚間近な娘・しず子(桂木洋子)と小学生の息子・義夫(水村国生)には黙っていた母についての秘密があった。
はじめに「真実一路の旅なれど 真実 鈴ふり、思い出す・・・」という北原白秋の詩碑で始まる物語は、いかにも松竹伝統の格調あるメロドラマ風でスタート。後年の川島作品を知る者には、こんな時代があったのか?と認識を新たにさせられる。
序盤はしず子の婚約の行方と義夫の出生の秘密が主題と思わせたが、中盤に母・むつ子(淡島千景)を中心にがらりと舞台が変わる展開の面白さは、脚本の椎名俊夫の上手さだろう。
むつ子と一家との関わりが解き明かされると「子供を産めても、母親になれない女」の複雑な女性心理がテンポ良く描かれてゆく。
「ウソは良くないことだが、ときにはウソが真実より事実の場合がある」という夫。「愛することは与えることと自分の心の想うまま直情的に行動する」妻と見比べると、どうみても夫に軍配を上げざるを得ない。周囲に不幸をまき散らす身勝手なむつ子は、<女性の共感を得て涙を誘う60年前の大船調ドラマ>には程遠いヒロインである。
しかし家族制度を最優先する昭和初期、むつ子の人生を想うと<好きなヒトとは結婚できず、お腹の子供のため親の勧めた好きでもない男と結婚する>のは耐えられないことだったと同情に値する。家へ戻っても子育てができない母は、結局甲斐性のない愛人・隅田へ戻ってゆくしかなかったのだろう。このあたりのむつ子の描写は「人間の本性をシニカルかつ客観的視点で描く」川島らしさが覗える。
義夫の視点から観ると、突然現れた優しいおばさんが母親だと言われ、また突然いなくなるという悲劇にも関わらず、運動会で頑張るというシークエンスはあまりにも出来過ぎ。川島はオリジナルにはないヨーロッパの名画を連想させるエンディングをどうしても加えたかったのだろう。
本筋とはあまり関係ないが、義人の同級生が「地球に傷をつけることが歴史さ。いま内地でやっている戦争みたいに、なるべくでっかい傷をつけたヒトが英雄になるんだ」という台詞は、川島ならではの反骨精神のあらわれか?
むつ子を演じた淡島千景は今月87歳での訃報だったが、大女優の演技はここでも異彩を放っている。艶やかな着物姿が何とも言えずいい。終盤でのアップの表情は、むつ子に共感できない観客も納得のうっとりさせるカットだ。脇役では売れない画家でむつ子から慕われる弟・素香役の多々良純が、長丁場・2時間20分の狂言廻しの役割をうまく果たしている。


『恍惚の人』 85点

2012-02-25 15:46:39 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)

恍惚の人

1973年/日本

深刻なテーマを描きながら人間愛を謳う

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 85

ストーリー ★★★★☆85点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆80点

認知症をテーマにして流行語にもなった有吉佐和子のベストセラーを、文芸映画の巨匠・豊田四郎監督、松山善三脚本で映画化。森繁久彌渾身の演技で話題をさらった、シリアスな人間ドラマだ。「老人性痴呆症」を患っている義父・茂造の介護を背負った昭子の苛立ちや、孤独感に苛まれながらも人間同士の交流を量ろうとする闘いの日々が綴られる。
この時代は第二次ベビーブームの頃で、まだ老人介護問題などたいして話題にならなかった。認知症という概念もなく、「老人性うつ病という精神病の一種」と思われていて<ボケ>という言葉が一般用語であった。介護をするのは一家の嫁がするのが当たり前という社会通念だ。
昭子は実の息子である夫・信利にも嫁いでいった京子にも役割を分担してもらうこともできず、勤め先を辞め介護に専念せざるを得ない。健常者のとき何一つ優しい言葉を掛けてもらったことがないのに、老妻の死が理解できず「昭子さん!昭子さん!」と昼夜構わず叫び続け頼りにされる。
この病気は進行性で本人には自覚症状がないのが特徴。そのあたりを克明に描いていて関わる家族の戸惑いと困惑ぶりがとてもリアルである。
徘徊や空腹を訴えている間は何とか監視していても、コミュニケーションが取れない苛立ちは日常茶飯事。そして実の息子や娘の存在も認識できず、とうとう排泄も判断できなくなる。
40年経ってようやく介護福祉制度でバックアップ体制ができ家族の負担は軽減できても、本質的解決策は見つかっていない。かえって「老々介護」や「高齢者の孤独」という新たな問題が浮かび<介護福祉制度の崩壊>も危ぶまれている。こんなときこそ、この映画を観て認識を新たにして欲しい。
昭子は何も手伝ってくれない夫に不満を募らせながら、受験生の息子・敏にときどき面倒をみてもらい茂造に接するうち、美醜や好き嫌いの判別に人間らしさを感じるようになる。やがて昭子も認識できなくなっても「もしもし」という言葉が唯一心の交流となってゆく。深刻なテーマを描きながら人間愛を謳う松山脚本は、岡崎宏三のモノクロならではの陰影を捉えたカメラワークと森繁・高峰の絶妙のコンビによって映像化されている。
当時59歳だった森繁はいつもの軽妙なアドリブは一切なく84歳の孤独な老人役をときには愛嬌たっぷりに、ときには鬼気迫る表情で迫真の演技を披露している。老人会であった浦辺粂子を「ばばあは臭いから嫌い」といったり、若い篠ひろ子には素直だったりするところは男の本性を垣間見るよう。雨の中見つけた泰山木の白い花に見入ったり、ホオジロに「もしもし」と呼びかけるなど名シーンも見逃せない。
49歳だった高峰秀子は、中流家庭の働く女性が看護する立場を背負い、悩みを抱えながら強さとふとした優しさをみせる等身大の女性を好演。脇では茂造の娘・京子役の音羽信子のドライで利己的な素振りがヒトキワ光っていた。「臭いわね、この家」とは言いも言ったりだが、孫の敏が臭いを懐かしむ台詞でバランスを取っているあたり、松山善三の優しさだろう。


『にあんちゃん』 85点

2012-02-24 17:25:27 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

にあんちゃん

1959年/日本

今村昌平監督の出世作

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 85

ストーリー ★★★★☆85点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★★☆80点

10歳の少女・安本末子の日記を気鋭の今村昌平監督が映画化し彼の出世作となった。
佐賀・鶴の鼻炭鉱で鉱夫だった父を亡くした四人の子供たちの物語。「にあんちゃん」とは次女の末子が呼んだ2つ上の次男・高一のこと。長男の喜一は在日コリアンが理由で臨時雇用だったが、社員になるどころか解雇されて一家は路頭に迷いそうになる。
時代は主要エネルギーが石炭から石油に移ろうとしていた昭和28年。小さな炭鉱は戦前からの役割を終え、閉山を余儀なくされている。強制労働で日本で働いていたコリアンたちは最もつらい立場となってしまった。それでも子供たちは極貧の生活をしながら苦しさに負けない明るさが心を和ませ前向きにさせてくれる。周辺には、同じように貧しくても人情家の近所のオジサンやお兄さん・お姉さんもいて、まだ小学生の2人は地元に残ることに。
本作の今村演出は抒情的な表現は一切なく、起こったことを俯瞰で捉えリアルに描写して行く手法だ。従って反体制思想は微塵もなく、生きることにエネルギッシュな庶民の暮らしをそのまま切り取ることで観客の共感を得ることを心づもりしていたのだろう。見事にはまって<文部大臣賞受賞作品>として小学校で団体鑑賞することに。今村にとって自戒の念を抱かせ、反面教師となった作品でもある。
物語は末子(前田暁子)から観た<にあんちゃん>(沖村武)が主役で、長男の喜一(長門裕之)、長女の良子(松尾嘉代)は脇を固め、保健婦の吉行和子や先生の穂積隆信、近所のおじさん殿山泰司、廃品回収のお兄さん小沢昭一らの善意が支える構成だ。善意のオンパレードになってしまったのが残念だが、実話をもとにしているので限界があったのだろう。そのなかでヒトキワ存在感を持たせたのは坂田の婆役の北林谷栄。生活の基準は損得勘定だが末子がメゲていると「しっかりせんかい!」と励ましたりする。
末子は筆者と同学年でいまは子育てが終わり、ご主人・義父母と茨城在住とのこと。育った環境は違うが、小さいころの貧しさは大同小異だった。<にあんちゃん>の逞しさは心の支えだったに違いない。


『楢山節考('58)』 85点

2012-02-23 12:25:21 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

楢山節考('58)

1958年/日本

徹底した様式美で描いた姥捨て伝説

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 85

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆80点

深沢七郎の短編を巨匠・木下恵介監督・脚本によって映画化。歌舞伎の舞台を思わせる様式美で描いた<姥捨ての寓話>。この年、「隠し砦の三悪人」(黒澤明)「彼岸花」(小津安二郎)を抑えキネマ旬報1位となったが、ヴェネチア国際映画祭では7位だった稲垣浩監督の「無法松の一生」にグランプリをさらわれてしまった。
70歳を過ぎた老人は、口減らしのためお山へ捨てられるという寒村。69歳のおりんは嫁に死なれた息子・辰平に気立ての良い後妻・玉やんが来たのを機にお山へ行くことを決める。
寒村なるが故の風習だが、おりんは寧ろ嬉嬉としていて、33本もある丈夫な歯を恥じて石臼で前歯を折ってしまう。お山へ行くことは、神に召される喜びなのだ。ところが、隣家の又やんはひとつ上なのに、お山に行くことを嫌がり、息子は恥さらしものと言い食べ物も与えない。又やんは近所の食べ物を盗み食いしてまで生への執念を燃やす。
いまの道徳感では、親孝行息子が母親との別れを望まず泣く泣くお山へ連れて行く非情なストーリーだが、村全体のために犠牲になるという姥捨ての経済論理は少なからずあった。おりんは家族や村のため立派に務めを果たし、又やんはルールを守らない困った厄介者である。
そこまで見越しての作品ではないが、老人介護のため社会のひずみが生じて様々な問題を抱える現代への警鐘とも受け取られる。木下監督は原作の<家族の在り方・社会ルールへの問題提起>は意識していたに違いない。
良くこれほど大掛かりなセットが組めたとスタッフの技術力に感嘆するほどメルヘンの世界を創出している。これは絶対的自然崇拝の日本人にとって不可欠な映像でもある。紅葉や血の赤、雪や霞みの白、カラスの黒など色彩の効果も絶大で、竹本の三味線・長唄のBGMとともに監督の美意識の高さを感じる。終生のライバル<世界のクロサワ>がモノクロの世界に固執してしたのとは対照的で、日本初のカラー作品(カルメン故郷に帰る)を手掛けたことで足跡を残したひとでもある。
おりんを演じたちいさな大女優・田中絹代は49歳。前歯を抜いてまで役になりきった女優魂は伝説となっている。
のちの今村昌平は、オールロケでエネルギッシュな生と死を動物的に表現して、カンヌのパルムドールを受賞したが、木下作品なくして今村作品は評価されなかったかもしれない。


『暖流(1957)』 70点

2012-02-22 09:31:55 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

暖流(1957)

1957年/日本

増村安造監督、気合いのリメイク

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shinakamさん

男性

総合★★★☆☆ 70

ストーリー ★★★★☆75点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★☆☆70点

ビジュアル ★★★★☆75点

音楽 ★★★☆☆70点

岸田国士の原作で戦前吉村公三郎監督作品を大胆に脚色した増村安造の監督3作目。
大恩ある院長から病院を再建を託され上京した男が、看護婦から情報収集し粛正するかたわら院長一家の行く末に孤軍奮闘する。
増村はイタリアに留学してフェリーニ、ヴィスコンティに映画作りを学んだ新進気鋭の監督で「自分の映画の方法論は、近代的人間像を日本映画に打ち立てるもの」と自負してやまないだけあって、気合いのリメイクに挑んだ本作は斬新で大胆な演出が目立った。
どちらかというとドロドロとした人間関係になりがちな展開を、戦後の新しい女性像を組み入れあっさりと描いている。その象徴が院長の娘・啓子で、アメリカ留学帰りのお嬢様。インテリで傲慢だが意外とサバサバしてる。もうひとりは看護婦・石渡ぎん。終戦孤児で感情丸出し、一直線な性格で異常に明るくメゲナイ。この2人が繰り広げる恋愛劇に巻き込まれながら、主人公の日疋が、どう人生を歩もうとしているかがテンポ良く描かれている。
なんといっても圧巻はぎんに扮した左幸子の熱演。好きな男のためなら何でも嬉嬉として行動して逞しい。「愛は、すれっからしになることよ」と啓子に言ったり、いまでは禁句・死語の「妾でも2号でもいいから、待ってる」と東京駅の改札で叫んだりする。前作の水戸光子が演じた、耐え忍ぶ女のイメージをがらりと変えてしまった。
啓子に扮した野添ひとみは庶民派で良家のお嬢さまとはイメージが違うが、大きなひとみが感情表現が苦手な不思議な魅力を発揮している。主役の根上淳が霞むぐらい怪演したのは、啓子の義兄・泰彦役の船越英二の放蕩息子ぶり。「メケメケ ハモハモ バッキャヤロー」と意味不明の鼻歌を歌いながら白いスーツで胸に赤いバラで登場。「だって僕は君が好き~。」という可笑しな歌まで作ってしまう。ほかにも啓子の婚約者・笹島役の品川隆二も結婚観が呆れるほど破天荒。愛人宅で啓子に妻と愛人の違いを独自の理論で展開し、啓子に平手打ちを喰う。
増村の気合いが空回りしたきらいのある本作は失敗作だと思うが、従来の映画作りとは違った新しい風が吹いたことは間違いない。


『乳母車』 80点

2012-02-18 16:24:30 | 日本映画 1980~99(昭和55~平成11) 

乳母車

1956年/日本

文芸作らしい丁寧な画作り

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★☆☆70点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★☆☆70点

戦後の人間関係・恋愛模様を描いた石坂洋次郎の原作を、節度ある演出で定評のある田坂具隆監督が映画化。
鎌倉に住む大学生・ゆみ子は友人から父親に愛人がいることを知らされ、母親に尋ねる。母・たま子は知っているどころか相手を褒めるありさま。ゆみ子はどんな相手か知りたくて奥沢の家を訪ねる。出てきたのは愛人の弟・宗雄という大学生で姉はもう直ぐ帰るから待っていろという。
モノクロなのに映像が美しく、隅々まで照明が当たって良く見える。それでいながら深みが感じられ、鎌倉駅・東急九品仏駅・由比ヶ浜などロケ地がとても文芸作らしい静的な画作りが印象的。同じ場所でも同じ年製作の「狂った果実」(中平康監督)の動的な映像とは好対照だ。
その「狂った果実」に続く石原裕次郎の三作目作品でもある。役柄も<太陽族>とは好対照の姉想いで子供好きなエンジニア志望の大学生役。素直な演技は好感が持て、女性ファン拡大のキッカケとなっている。主演は芦川いづみだが、裕次郎の大スターへ進む第一歩となった作品といっていいだろう。
その芦川のいかにも良家のお嬢さんらしく初々しい魅力が、ヒット作となった最大の要因か?
ハナシは中高年の不倫ドラマで愛人に赤ん坊がいるという深刻な設定なのに、何故か一同集まって話し合いで問題解決するというドロドロにならない不思議な展開。戦後社会における<女の自立>を促すテーマが見え隠れしている。
張本人の父親は、クラシック音楽を静かに聞くのが趣味という実直な鉄工会社の常務で、恥じ入りながらも<これからも良好な関係を望む>と結構虫のイイことを言う。宇野重吉が演じていなければとんでもないと非難されそう。愛人役は新玉三千代が演じていて妙に清潔感があってらしくない。妻の山根寿子が着物が似合い、嫌なことには目を逸らす昔ながらのタイプ。あえて狙ったこの5人のキャスティングがズバリ当たって、絶妙なバランスとなっている。
<赤ちゃんコンクール>に出場するシークエンスがこの作品を観るヒトにホッとさせる展開として好印象を与えているのだろう。若い<にわか夫婦役>となる芦川いづみと裕次郎がとても微笑ましい。


『狂った果実』 70点

2012-02-17 15:57:01 | 日本映画 1980~99(昭和55~平成11) 

狂った果実

1956年/日本

当時はとても斬新だった

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shinakamさん

男性

総合★★★☆☆ 70

ストーリー ★★★☆☆70点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★☆☆65点

音楽 ★★★☆☆65点

<太陽族>という言葉が流行語を生んだ時代の石原慎太郎原作・脚本による辛口の青春ドラマ。期待の新鋭というふれ込みだった中平康の初監督作品で、当時とても斬新なカット割りとテンポの良さが話題となった。
大人に反抗する金持ちの息子で遊び慣れした兄が、純粋無垢な弟の初恋のヒトを奪ってしまう。兄は弟を想う気持ちと遊び半分でつきあってゆくうち弟への嫉妬心がないまぜとなって、兄弟の関係が壊れてゆく。前作「太陽の季節」でチョイ役でデビューした裕次郎が、兄の夏久役で本格出演、弟の春次役は16歳の津川雅彦でこれがデビュー作。2人の新人俳優に囲まれ魅惑的な女・恵梨に扮していたのはトップ女優・北原三枝。のちの大スター・裕次郎が北原三枝と結婚するキッカケとなり、ウクレレを弾きながらハワイアン風の挿入歌(想い出)を歌うシーンも楽しめる作品でもある。
スポーツカーを乗り回し高級クラブに出入りし、ヨット・ボート・水上スキーで海を謳歌する若者たち。傍から見ると憧れの生活だが、彼らにとって「退屈な暇つぶし」でしかない。ヒマを持て余し議論やケンカ好きな若者たちの暮らし振りがテンポ良く繰り広げられ、モノクロなのに湘南の海や陽射しが眩しく映る。石原兄弟はこんな青春時代を送ったのかと東京の下町で育った筆者にとって別世界を観るような気分で眺めていた。独身のお嬢様風だった恵梨が、実は米軍将校のオンリーだったというのも怪しげに映ったくらい何も知らなかった。4才年上の津川雅彦は、とても年上のお兄さんに見えた。
大スター不在の日活が、緻密な構成や美しい映像にこだわることなく、湘南を舞台に新人を集めエネルギッシュに作り上げた本作。トリュフォー・ゴダールを刺激しヌーべルバーグに影響を与えたというのはあまりにも有名なハナシ。本作が過大評価されたのでは?という気もするが...。


『アニマル・キングダム』 80点

2012-02-16 16:11:01 |  (欧州・アジア他) 2010~15

アニマル・キングダム

2010年/オーストラリア

居場所のない少年がもたらす究極の選択は?

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★★☆80点

88年オーストラリアで起きた警官2名射殺事件の容疑者が無罪になった実話をヒントにした犯罪ドラマ。デヴィッド・ミショッド監督の長編ドラマデビュー作で、映画化まで9年の歳月を要した<10年サンダンス国際映画祭グランプリ受賞作品>でもある。
母の急死で祖母の一家に引き取られた少年ジェイが辿る過酷な運命は、観ていて緊迫感がドンドン増して行き、サスペンス的な雰囲気がある。脚本家でもある監督は、緻密な構成と一切無駄のないシーンを積み重ねながら、居場所のない少年の葛藤をスリリングに描いて行く。
一家には3人の息子がいるが、一見優しく迎えてくれた叔父たちは強盗や麻薬取引を稼業とする犯罪者で、祖母は息子達を溺愛する陰のボス的存在でもあった。
長兄ポープの強盗仲間で親友でもあるバズが足を洗って株投資を本業にしようとしていた矢先、突然警官に射殺されてしまう。ジェイの躾けを気遣う存在でもあったバズの突然の死が、一家の崩壊の始まりでもあった。両親のいない無表情なジェイは、普通の高校生ではないにせよ犯罪や暴力とは無縁の環境から、いやでも犯罪に関わるハメに陥る。ポープの命令で盗難車を手配したことで、警官射殺事件の証言者として保護されることに。
殺人シーンは実に突然やってきて、その死に様はカット替わりによって瞬く間に映像から消え去ってゆく。そのため観客は絶えず緊張感を持って映像を観るハメになる。保護監察にした警察も一家の息の掛かった警官がいたり、ガールフレンドの家も安息の場には成りえなかった。居場所のないジェイの究極の選択は衝撃的だった。
ジェイを演じたジェームズ・フレッシュヴィルは、新人ながら達者な脇役たちに支えられ少年から青年になろうとする若者像をリアルに演じていた。あまり台詞がなかったのが良かったのかもしれない。祖母を演じたジャッキー・ウィヴァーは、<米アカデミー賞助演賞>ノミネートを始め数々の助演賞を受け注目されたが、ジェイの証言を機に一家を切り崩しを図った巡査部長役のガイ・ピアースの抑えた演技が光っていた。そしてポープこと長兄のアンドリュー役のベン・メンデルソーンの狂気を秘めた悪役振りは、本作にとって忘れられない強烈な印象的存在である。


『にごりえ』 85点

2012-02-12 12:28:52 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

にごりえ

1953年/日本

明治の女の哀感を鮮やかに描いたオムニバス

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 85

ストーリー ★★★★☆85点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆80点

樋口一葉の短編小説「十三夜」「おおつごもり」「にごりえ」を文学座が製作し今井正が監督した。明治時代の市井で生きた女3人の哀感を鮮やかに描いたオムニバスで、当時の季節感や生活感が映像から滲み出ている。
第一話「十三夜」は何も知らずに身分違いの家に嫁いだおせきが、十三夜に耐えかねて実家に戻るハナシ。母は同情するが、父は子供のために辛抱するよう説得。呼んだ人力車の車夫が幼なじみの六之助の落ちぶれた姿だった。冒頭から駿河台界隈のガス灯と十三夜に人力車が照らされたシーンは圧巻で息を飲む。
おせきを演じた丹阿弥谷津子と六之助の境遇の落差がお互いの気持ちを打ち明けず別れる。心の中にポット灯が点ったような別れだった。本作と同じ年に「君の名は」が大ヒットしているが、明治のメロドラマもはかなく美しい。
第二話「おおつごもり」は大恩ある叔父に頼まれ奉公先の奥様に二円の借財を頼むが、断られ手文庫のお金に手を出してしまうハナシ。そこには放蕩息子の長男・石の助が酔って眠っていた。
おみねに扮した久我美子は、貧しくても気立てが良く健気に暮らしながら、切羽詰まって思わず盗みを働く究極の選択をしてしまう気の毒なヒロイン。凛とした目が印象的だ。石之助の仲谷昇がナイス・ガイ振りを発揮してハラハラ・ドキドキをすっきりさせてくれる。年の暮の庶民と大家の金銭事情が浮かび上がって最後は心が和む第二話に相応しい幕切れだった。
第三話「にごりえ」は本郷丸山下の銘酒やの酌婦・お力と落ちぶれた源七のハナシ。やり場のない苦境から逃れられずにいる、お力に惚れた蒲団やの源七は、落ちぶれ長屋住まいとなった今も忘れられず店の前をうろつくが相手にもされない。源七の妻・お初は健気に内職をして細々と一家を支えているが、亭主のグウタラ振りについお力を罵り、源七に愚痴を言って離縁されてしまう。
題名が物語るように、このハナシを盛り上げるために前二話があったような作りで、お力の淡島千景、源七の宮口精二、お初の杉村春子とも好演である。淡島千景は元宝塚の大スターだが、お力の屈辱感を持ちながら漂わせる色香は秀逸で、のちの代表作「夫婦善哉」とは違った色っぽさ。お初の杉村は文学座の大女優で当時47歳。緻密な演技力で女ごころを全身で表現してみせた。この2人を相手にした宮口の男のどうしようもない心の葛藤も壮絶。
中尾駿一郎のカメラ・ワークが縦横無尽に巡る蒸し暑い夏の新開地と、薄暗い裏長屋の対比が見事。人間のサガを寂寥感を持って描いた第三話である。
文学座の団員総出演に、淡島、久我、山村聡を加え、明治の風情を映像化した貴重な作品に敬意を表したい。ちなみにこの年のキネマ旬報の1位は「東京物語」(小津安二郎)、雨月物語(溝口健二)、「煙突の見える場所」(五所平之助)を抑えて本作が選ばれている。