煙突の見える場所
1953年/日本
抒情派監督五所平之助の本領発揮
shinakamさん
男性
総合 80点
ストーリー 80点
キャスト 80点
演出 80点
ビジュアル 80点
音楽 80点
邦画初のトーキー映画「マダムと女房」の五所平之助が小国英雄の脚本で監督した下町人情ドラマ。五所監督は「生きとし生けるもの」のような社会派から「新雪」「挽歌」のようなメロドラマまで幅広いジャンルを手掛けているが、このジャンルは得意で4人の主役から脇役まで出演者がすべてイキイキしている。現役では山田洋次が最も近い存在だろうが、湿っぽくないのが特長か。
原作は椎名麟三の短編でシリアスなものだけに五所の意向を汲んだ小国の脚色によって<斬新な笑いを誘う庶民の生きザマ>が見事に描かれている。
その下町のシンボルが千住の<お化け煙突>と呼ばれた東電火力発電所4本の煙突。実物を小学生の頃バスの中で観たが、4本の煙突がしばらく行くと3本に見え感心した記憶がある。まるで中年夫婦の緒方夫妻と2階に間借りしている東仙子と久保健三の4人の心情のように、4本から1本まで場所によって本数が違って見える。
戦後の復興期は皆が貧しく生きるのに懸命だった。夫・隆吉は日本橋の足袋問屋に勤めているが家賃三千円の借家住まいを2階の2人に又貸ししてヤリクリ。家計簿をつけ節約に努めるが子供づくりもままならない。なのに妻・弘子は夫に内緒で競輪場で働くなど何処か秘密めいたところがある。2階の健三は税務署員で取り立てに疲れ果てている。仙子は上野の街頭ウグイス嬢だが健三の想いをよそに「好きだけど嫌い」と言ってみたりする。
そこへ突然弘子の前夫の置き手紙とともに赤ん坊が縁側に置いてあったので夫婦の仲は深刻な事態となる。当時徴兵や大空襲で大黒柱が行方知れずとなることは決して珍しいことではなかったが、2人の置かれた状況は決して喜劇的ではなく、むしろ悲劇が起きても不思議はない状況。
庶民の暮らし振りを臨場感もって伝えたのが生活音で、両隣が法華経の太鼓や念仏、ラジオ修理の雑音に囲まれている。<ラジオがNHKではなくJOQR(文化放送)というところは民放が開始されたという時代背景を物語っている。>プライバシーを守れる住宅環境ではなく赤ん坊の泣き声は近所中に鳴り響いてしまう。
原作はクリスチャンである夫が混乱期とはいえ二重結婚してしまうことへの悩みをシリアスに描いているが、本作は赤ん坊をキッカケに4人の複雑な心情の変化を見事に浮き彫りにさせている。上原謙扮する隆吉は優柔不断で短期だが真面目な小市民。田中絹代扮する弘子は不幸な過去を封印して今の生活を守ることが生き甲斐の女房。芥川比呂志扮する健三は「正義」「愛している」という言葉を振りかざす今風の若者だがお人好し。高峰秀子の仙子は可愛がっていた兄の子供を亡くし結婚に慎重になっている。人間の複雑な心境の変化が傍から観ると喜劇そのものなのだ。