晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「さざなみ」(15・英) 75点 

2016-09-29 11:21:56 |  (欧州・アジア他) 2010~15

 ・ リアルな描写がふんだんに!夫婦での鑑賞は避けたい!?


   

 アンドリュー・ヘイ監督は長編3作目だが、デヴィッド・コンスタンチンの短編「In Another country」を自身で脚本化、巨匠I・ベイルマンを想わせる深い人間観察を冷徹に描写してベルリン映画祭で俄然注目を浴びた。原題は「45年間」。

 英国ノーフォークで穏やかに暮らしているジェフとケイトのマーサー夫婦。子供はなく、愛犬との散歩を日課とするケイトは結婚45周年記念のパーティ準備に勤しんでいる。

 そんなある日、1通の手紙がジェフ宛に届く。それはかつての恋人がスイスの雪山で遺体発見されたという知らせだった。

 妻ケイトの視点を通して、男と女の恋愛観の相違を対照的に描いて人間同士の絆とは?を問いかけるヒューマン・ドラマ。

 ケイトに扮したシャーロット・ランブリングが、理性と感情が揺れ動く微妙な心理状況を表情ひとつで使い分ける演技でオスカーにノミネートされている。

 若い頃の妖艶さで魅了してきた女優が年齢を重ね、そのシワまでが表現手段であるかのようなリアルな演技は、「まぼろし」(01)、「スイミング・プール」(03)などと並んで彼女の代表作と言っていい。

 夫ジェフを演じたのはトム・コートネイ。長年妻には黙っていた秘密を晩年に打ち明けることで、自分に正直になったのは男として良くあるハナシ。ただ<僕のチャズ>と呼び、「お前に彼女の何が解る?」とケイトにいう無神経さはイタダケナイ。

 45周年で涙の感謝スピーチは本音でもあり完璧だったが、果たして50年前の若い恋人の存在は消し去ることができただろうか?

 「長距離ランナーの孤独」で名の知れたT・コートネイは、男の愚直さをリアルに演じてS・ランブリングとともにベルリンの銀熊賞(主演賞)を受賞している。

 本作で重要な役割を果たしているのが音楽で、ケイトには歌詞がジェフの気持ちを代弁しているように聴こえる。

 二人が知り合って踊ったのがプラターズの<煙が目にしみる>。切ないバラードだが歌詞は(彼女は行ってしまった。僕は独り・・・)、45周年パーティで踊るにはあまりにも残酷!

 カーラジオから流れる曲が<ヤング・ガール>で(君はまだ若すぎる)。さらにエンディングに流れる<Go Now>は(僕はサヨナラって言ったから、君は僕の前からさってくれ)。

 ケイトのざわつく心の内を、6日間の象徴的な出来事を綴り観客を引きずり込んで行くA・ヘイ監督。長年連れ添った夫婦での鑑賞はお勧めできそうもない。

 
 

 

 

「最高の花婿」(14・仏) 70点

2016-09-23 15:50:48 |  (欧州・アジア他) 2010~15

 ・ エスニック ジョーク連発、フランスならではのコメディ。


   

 昨年、フランス映画祭で「ヴェルヌイユ家の結婚狂騒曲」という邦題で上映された本作は、題名を変えて公開された。監督はフィリップ・ドゥ・ショーヴロンでギィ・ローランとともに脚本も手掛けていて、本国で歴代興業収入6位の大ヒット作。

 ちなみに歴代1位は日本未公開作品の喜劇で、2位は日本でもヒットした「最強のふたり」(11)。

 パリから170km程離れたロワール地方シノンで暮らすヴェルヌイユ夫妻。敬虔なカトリック教徒だが、4人娘でうち3人はそれぞれアラブ系、ユダヤ系、華人と結婚していて、教会で式を挙げることはできずにいた。

 末娘ロールの恋人シャルルがカトリック教徒と聞いて大喜びするが、現れたのはコートジボワール人だった。しかもシャルルの父は元軍人でフランス人に好意を抱いていない。

 名画「招かれざる客」(67・米)に似た設定だが、多様な人種・異宗教が原因で偏見が混在しているフランスの社会情勢を風刺したホーム・コメディで、そのエスニック・ジョークはタブーすれすれ。

 15年11月に起きたパリ同時多発事件後なら、恐らく公開が遅れたことだろう。ただ建国以来、移民を受け入れ多様な異文化コミュニケーションを理解する寛容な共生社会の国でもある。

 本作でも父クロードは、地元の名士で自称<ド・ゴール主義(保守派イデオロギー)者だがコミュニスト(反人種差別者)でもあり>、人種の違う3人の婿とも何とかやってきた。

 初対面の人との会話で政治と宗教とスポーツの話はタブーだといわれるが、ヴェルネイユ家ではもう一つ食事が加わりそうな雰囲気。異文化を受け入れることの難しさを、お祭り騒ぎの踊りやテンポの良い笑いで変える素晴らしさを見せられると思わず納得。

 貴族出身の監督は喜劇しか作らない人で自身もアフリカ系の婚約者がいる。主演の夫婦クリスチャン・クラヴィエ、シャンタル・ロビーともに喜劇畑のベテラン。美しい4姉妹、個性豊かな婿たちコートジボワールの両親など粒揃いの出演者が真面目に演じるほど面白いコメディに仕上がった。

 続編も企画されるようなので、その頃の社会情勢を超越した普遍性のある傑作を期待したい。

「ザ・パッケージ  暴かれた陰謀」(89・米) 60点

2016-09-17 12:01:37 | (米国) 1980~99 


・ G・ハックマンの存在感が光るポリティカル・アクション。


   

 「刑事ニコ 法の死角」のアンドリュー・デイヴィスは外れの少ない演出に定評があり、本作のあと「逃亡者」(93)でその名を広めた監督。

 主演のジーン・ハックマンは「ボニーとクライド/俺たちに明日はない」(67)、「フレンチ・コネクション」(71)を始め、長期間アクション映画には欠かせない俳優。

 その2人がコンビを組んだ本作は、ベルリンからワシントンまで囚人(トミー・リー・ジョーンズ)護送を命じられた米軍曹長(ジーン・ハックマン)が巻き込まれたソ連書記長暗殺事件を巡ってのサスペンス。

 東西冷戦が緩和され、核兵器問題が取り沙汰される時期にタイミングを合わせたこのドラマはG・ハックマンありきの映画で、本作で監督の目に留まりのちに「逃亡者」で名を挙げたトミー・L・ジョーンズ本来の見せ場は少なく、本格的共演と思って観ると期待外れ。

 このときG・ハックマンはまだ59歳、トミー・L・ジョーンズ43歳は働き盛りの年齢で、90年代からの大活躍を予感させるもの。

 共演に元妻で軍情報部中佐アイリーンにジョアンナ・キャシディ、その部下にパム・グリア、主人公ギャラガー曹長の上司ウィテカー大佐にジョン・ハード、元ヴェトナムで戦友だったシカゴの警部デニス・フランツと手堅い俳優たちが名を連ねているのも魅力。

 このドラマのように米ソ間で核全廃条約が締結されていれば、21世紀はもっと豊かな世界になっていただろうと思うと、このフィクションを絵空事として観ざるを得ないのはとても残念!

 

「戦争と平和」(56・伊・米) 70点

2016-09-14 16:08:48 | 外国映画 1946~59
 ・長編小説のあらすじを知るには最適なダイジェスト版。 

       

 ロシアの文豪・トルストイの文芸大作を、イタリアのカルロ・ポンティとディノ・デ・ラウレンティスの二大プロデューサーがハリウッドに声を掛け映画化が実現した。そのため、キャスト・セット・ロケとも莫大な費用を掛けた英語版の大河ドラマ風の208分で監督はキング・ヴィター。
 19世紀の帝政ロシア末期、ナポレオンによるロシア侵攻という歴史的な事件を背景に、ロシア貴族のピエールと伯爵令嬢ナターシャとの波乱万丈の恋愛ドラマ。

 トルストイが苦手な筆者には、あらすじを知るためのダイジェスト版として最適だが、原作愛好家には不満の残る作品だろう。

 ヒロイン・ナターシャには「ローマの休日」(53)で一躍スターとなったオードリー・ヘプバーンが扮し、可憐な姿を披露している。当時実年齢は27歳のはずだが、恋に憧れ自分の言動が周りにどう影響するかの分別がつかない若い娘を演じても、不自然さを感じさせない雰囲気は天性のもの。

 ナターシャは妻子持ちのアンドレイ公爵がお産で妻を亡くし後添えとなるが、アンドレイが戦地へ赴く間プレイボーイ・アナトーリーの誘惑に乗って逃避行を企てる。

 アンドレイを演じたのがオードリーの夫メル・ファーラーだった。2人はブロードウェイ「オンディーヌ」で共演した54年に結婚してまだアツアツの頃。M・ファーラーにとっては4度目の結婚だが、17歳年下のオードリーはこのドラマのナターシャのような一途な恋心で結ばれた感がある。

 間一髪アンドレイの親友ピエールに救われる。ピエールはナターシャが好きだったが私生児であり、年も離れているためプロポーズできないでいた。 
 ピエールに扮したのはヘンリー・フォンダ。生真面目だが屈折した心の持ち主でもあった。暴力を憎み出征しなかったが、妻エレーナの不倫相手とは決闘するという矛盾を抱えていた。

 前半は、ナターシャを巡ってアンドレイ・ピエール・アナトーリーなど貴族の暮らしぶりが艶やかに繰り広げられる。

 後半は一転して、ボロティノの決戦を中心とするナポレオン軍とクトゥーゾフ将軍の戦いが壮大に描かれ、戦争の悲惨さとともにナポレオンの失政振りや帝政ロシアの崩壊の先駆けの予兆を感じさせる出来事がシニカルなタッチで描かれる。

 ハリウッドの威光を見せつけるような大勢(1万5千人)のエキストラ動員、チネチッタでのモスクワ宮殿のセットでモスクワのパレードで始まり、雪の行進で終盤を迎えるこのドラマは、ナターシャの人間愛が芽生え大人の女性へと成長することで幕を閉じる。

 筆者はこれで納得したが、ハリウッド調のエンディングに不満のある方は、65~67年ソ連が威信をかけて製作した4部作をお勧めしたい。
 

 

 

      

「リリーのすべて」(15・英・独・米)75点

2016-09-12 11:56:27 |  (欧州・アジア他) 2010~15

  ・ 自分らしく生きることが難しかった時代のラブ・ストーリー

         

 ニコール・キッドマンが映画化を企画して以来、10年余り漸く完成した本作。

 20世紀前半オランダの画家夫婦アイナーとゲルタの愛の物語。原作は世界初の女性性転換手術を行ったアイナー・ヴェイナーの生涯をモチーフにしたフィクション「ダニッシュ・ガール」。

 監督・はラッセ・ハルストムが降板、「英国王のスピーチ」(10)、「レ・ミゼラブル」(12)のトム・フーバーが担当した。

 <女性の性に目覚めた男性>という難役に挑んだのはエディ・レッドメイン。「レ・ミゼラブル」でマリウス役を演じていたとき、監督から声を掛けられ出演を即答したという。

 アイナーからリリーへ変化していく過程を、姿形はもちろん身振りや仕草まで成り切って、「博士と彼女のセオリー」(14)に続いてオスカー・ノミネートされている。残念ながらデカプリオに譲ったものの遜色ない演技だった。

 N・キッドマンが熱望したゲルタ役は、シャーリーズ・セロン、グィネス・パルトロー、ユマ・サーマン、マリオン・コティヤール、レイチェル・ワイズと難航したが実現せず。オーディションで選ばれたのがスウェーデン若手のアリシア・ヴィキャンティ。

 実像とは大分違うようだが、夫がアイナーからリリーへ変化していく様子を苦しみながら理解しようとする妻の苦悩や葛藤を乗り越え、寄り添う妻の複雑な心境を見事に演じた。オスカー助演女優賞を射止めたが主演でも良かったのでは?

 自分らしく生きることが難しかったこの時代、命の危険を冒してまでも性転換手術を受けたリリーの勇気とその最大の理解者ゲルタのラブストーリーは決して悲恋ではなかった。

 同時に頭では理解できるが、その気持ちについて行けない自分がいたのも事実。

 

 

 
 

「キャロル」(15・米) 80点

2016-09-09 14:26:58 | (米国) 2010~15

  ・ 50年代のアメリカを完璧に再現した、禁断のラブ・ストーリー


    

 「太陽がいっぱい」で名高いパトリシア・ハイスミスの原作「ザ・サプライズ・オブ・ソルト」をもとにフィリス・ナジーが脚色、トッド・ヘインズ監督で映画化された。

 52年NYのデパートでアルバイトしていたテレーズが、娘のプレゼントを買いに来た華やかで魅力的なキャロルに一目で惹かれてしまう。

 キャロルは艶やかな金髪で豪華な毛皮のコートを身に纏う4歳の娘を溺愛する女性。ただいま夫とは巧く行かず離婚調停中で過去には女性関係もあった。

 テレーズは恋人リチャードがいるが、プロポーズを受けこのまま結婚することに漠然と不安を抱いている。写真家に憧れていたが、無理だと自覚もしていた。

 そんな生まれも育ちも違う2人が偶然巡り逢って、激しく惹かれ合う恋の行方を描いたラブ・ストーリー。

 障害が高いほど、恋は燃え上がるもの。今でも偏見がある同性愛が、60数年前禁断の恋であったことは想像を超えるタブーだったのは間違いない。

 キャロルに扮したケイト・ブランシェットは、タバコをくゆらせ、香水と真っ赤なルージュとマニュキア。その佇まいだけで魅力を振りまいてその風貌・言動に秘められた憂いも感じさせ、まさにオスカー女優の貫禄。そのブルーの瞳はテレーズを虜にするが、少し怖いほど。

 対するテレーズ役のルーニー・マーラは素朴なファッションを身に纏い「天から落ちてきたヒト」とキャロルに言わせるほど。その無垢な魅力は、「ドラゴン・タトゥーの女」(06)とは両極の役で、かつてのオードリーを思わせる。

 その2人が心の内の葛藤を振り払うように惹かれ合い、<心に従って生きなければ、人生は無意味>というキャロルの言葉を実践するようにNYからシカゴへの逃避行へ。

 結末は?2週間後には後悔するとリチャードに言われたテレーズ、離婚調停中のキャロルには致命的な事態をどう受け止めたのか?

 F・ナジーのシナリオは、ホテル・リッツのレストランでのシーンが冒頭と終盤でどうなるかを想定しながら、観客をラスト・シーンへ誘って行くストーリー展開が見事。

 T・ヘインズは「エデンより彼方に」(02)で、50年代の上流社会のタブー(同性愛・白人と黒人の愛)を描いて手腕を発揮している。

 今回はさらに綿密な時代の再現を図り、パーフェクトな画面作り。詩情豊かなソフト・フォーカスを多用し、60数年前のアメリカへ観客を導いてくれた。
 
 

 

「リクルート」(03・米) 60点

2016-09-06 17:30:57 | (米国) 2000~09 

  ・ A・パチーノ、C・ファレルの競演でCIA諜報員の育成過程が見どころのサスペンス。


   
     

  「カクテル」(88)、「13デイズ」(00)など手堅い演出に定評があるロジャー・ドナルドソン。最大の売りはアル・パチーノ、コリン・ファレルの競演によるスパイものであること。

 MIT(マサチューセッツ工科大)の首席大学生ジェイムズ・クレイトン(C・ファレル)が、CIAのベテラン・リクルーターのバーク・ウォルター(A・パチーノ)にスカウトされ、優秀な企業の誘いを蹴ってCIAの採用試験に応募する。

 それは、90年ペルーで石油企業の社員だった父親が飛行機事故で亡くなった訳をバークが仄めかしていたからだった。

 CIAの協力でその施設や採用プロセスが明かされるが、映画的にそれほど驚く事実はなく、想定している範囲内。それでも、過酷な訓練の過程が明かされるのは初めてとのことでフィクションといえども興味深い。

 ファームと呼ばれる山奥の特別訓練施設では様々な訓練が施されるが、ベテラン教官でもあるバークの手は緩まない。それは本物の諜報員を育成することと、CIAの英雄でもあるNOCに選ばれる試験でもあった。

 人を騙す訓練では「女を口説く訓練」もあって、ジェイムズはバーで知り合ったレイラ(ブリジット・モイナハン)を口説くことに成功するが、彼女はCIAの訓練生だった。

 さらに「尾行」の訓練では本当に敵の工作員の拉致か惑わされ、拷問まで受ける羽目に陥る。果ては落第させられたと思ったのが、バークのテストでCIAの内勤職員として二重スパイ容疑者の摘発業務を任命される。

 その容疑者はレイラだった。どこまでが訓練でどこからが実践なのか分からないまま翻弄されるジェイムズの姿をカメラは追いかけて行く。

 C・ファレルはいつもの無精髭でラフなスタイルながら冷徹な人間関係とは無縁な熱い男を体を張って演じていて、ファンの期待を裏切らない。ただ嘗て同じような役を演じたトム・クルーズやブラッド・ピットとは違って、頭脳明晰なエリートには見えない。そこがリアルといえばリアルだが...。

 A。パチーノは得体の知れない謎の男を演じたら右にでるものはいないという得意な役柄を楽しそうに演じてC・ファレルを引立てながら、自分の世界は譲らないオーラで最後まで引っ張ってくれる。

 ただ、ラストでのアリアでは哀しい窓際サラリーマンを思い出させて期待外れの面も。これは本人よりもシナリオのせいだろう。

 2人のキャラクターを最大限生かしたサスペンスはテンポの良い115分で、熱風の残暑を一瞬忘れさせてくれた。 

「マネーショート 華麗なる大逆転」(15・米)80点

2016-09-04 14:14:03 | (米国) 2010~15

 ・ 経済破綻をコメディ・タッチで描いたA・マッケイの手腕に拍手!


   

 「マネー・ボール」のマイケル・ルイス原作「世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち」をコメディ出身のアダム・マッケイが監督、チャールズ・ランドレフと共同脚本化した<リーマンショック時に実在した金融トレーラーたちの物語>。

 リーマン・ショックの元凶は、低所得者層への高金利住宅ローン(サブ・プライム・ローン)を業者から大手の投資銀行が買い取って不動産担保証券(モーゲージ債)<MBS>化した。

 さらにそれを組み込みローンや公社債を担保に発行した債務担保証券<CDO>とする。世界中に広まって利益を享受していたが、07年住宅バブル崩壊でサブプライム・ローンの不良債権化を引き起こしてしまった。

 ベア・スターンズは政府に救済されたが、08年リーマン・ブラザースが破綻したことでこの不名誉な名称となった。

 A・マッケイはこの金融用語を入浴中のマーゴット・ロビーが住宅ローンの危険性を語ったり、セレーナ・ゴメスやリチャード・セイラーがMBSの概念を用語解説したりすることで、分かったような気分にさせる。

 とくにシェフのアンソニーが、CDOを腐った魚を混ぜて作ったシチューで如何に酷いものかを説明するのが秀逸。

 登場する金融トレーダーのメインはクリスチャン・ベイルが演じたヘビメタ・ドラマーの元精神医のマイケル・バーリ。裸足でT・シャツ、短パン姿の異端児は、綿密なリサーチで銀行家や政府に住宅金融商品が債務不履行になることを訴える。いづれも相手にされず、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)という一種の保険証券を考案する。

 損失が発生したとき保証してもらう保険のようなもので、これを買うのは<アカの他人が死にそうだと思う人へ勝手に保険をかけるようなこと>。しかもオプション取引(一定期間に商品を現時点で売る権利)。格付けAAAであるMBSの値下がりを賭けた逆張りを大手ファンドがするはずもない。

 たまたまマークの資料を目にした銀行マン・トレーダーのジャレッド・ベネット(ライアン・ゴズリング)は、ヘッジファンド・マネージャーのマーク・バウム(スティーヴ・カレル)を巻き込んでCDS購入を勧誘する。

 金融界の腐敗ぶりに怒りを隠さないマークは、状況視察したフロリダでサブプライム・ローンのいい加減さに衝撃を受け、歯止めを懸けるためCDS買いに加わる。

 もう一人若き投資家ジェイミーとチャーリーのバックアップのため引退していた伝説のトレーラー、ベン・リカードが復帰する。ベンにはプロデューサーとしても名を連ねるブラッド・ピットが扮し、出番は少ないがオイシイ役を演じている。

 「俺たちが勝つことは多くの人たちが負けることを意味するんだ。もちろん死人も出る。」というセリフは第二・第三のリーマンショックを生んではいけないという金融界への警鐘を鳴らす言葉でもある。

 こんな難しい経済の仕組みをポップに分かりやすく?描写したA・マッケイの手腕に拍手を送りたい。

「スポットライト 世紀のスクープ」(15・米) 85点

2016-09-01 12:24:29 | (米国) 2010~15

 ・ 真のジャーナリズムを問うオスカーW受賞作。


   

 「扉をたたく人」のトム・マッカーシーが監督・ジョシュ・シンガーと共同脚本化した、<01年カソリック神父が少年を性的虐待した「キーガン事件」をもとに、02年地元紙記者たちが特集記事を発表するまで>を緊迫感たっぷりに描き、作品・脚本のオスカーW受賞した作品ドラマ。

 創業1872年の老舗新聞社「ボストン・グローブ」に親会社ニューヨーク・タイムズから派遣された新任編集局長マーティ・バロン(リーブ・シュレイバー)。

 着任間もなく人気特集記事欄<スポットライト>チームに、神父による性的虐待事件を取り上げるよう指示。ベン・ブラッドリー部長(ジョン・スラッテリー)は、定期購読者の53%がカソリック信者で部数が落ち込むことを懸念するが、よそ者でユダヤ人の局長に押し切られる。

 チームは、地元で人望厚いデスクのロビー(マイケル・キートン)、熱血記者マイク(マーク・ラファロ)、祖母が熱心なカソリック信者の紅一点サーシャ(レイチェル・アクアダムス)、地道なデータ分析専門のマット(ブライアン・ダーシー・ジェイムズ)の4人編成。

 関係者から情報を得ながら、被害者から話を聞き出し、過去に起こった事件を膨大な資料から引き出して行く作業は、いうほど簡単なことではないことが丁寧に描かれる。

 まさに事実を明らかにすることの難しさを実感する4人。ロビーはゴルフ仲間で親友の教会弁護士から「君のためにならない」と断られ、マイクとサーシャはキーガン事件の被害者・弁護士から取材してもはぐかされる。

 まして被害者たちは低所得者家族の子供たちが多く、示談金で親が処理した事件の過去の傷に触れられたくない。加害者の神父が正直に話すはずもない。

 だが、少数派の味方がいることも判明。被害者集団訴訟のアルメニア人弁護士・ギャラベディアン(スタンリー・トゥッチ)、被害者の会SNAP、聖職者犯罪心理療法士リチャード・サイプだ。

 ただ事件を記事にしてもメディアの扱いはスポット的で、大きなうねりにはならなかった。<スポットライト>は地道な調査が裏付けで、単なる一神父の過ちではなく6教区30年で130人もの被害があったことを記事にしたことがキッカケで、全米さらに世界へ被害者訴訟が拡散していった。

 地域と宗教という密接度を超えてタブーへ切り込んだころが真のジャーナリズムである証明となった。

 古くは「大統領の陰謀」(76)で新聞記者、「インサイダー」(99)でTV局に憧れた若者がいたという。現在インターネットの普及でTV・新聞などのジャーナリズムの在り方が危機にある。まさに一石を投じた傑作だ。