晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「アリスのままで」(14・米)75点

2016-01-31 18:00:27 | (米国) 2010~15

 ・ 難病を抱えた本人と家族の在り方を丁寧に描いた良作。

                   

 コロンビア大学教授で言語学者が50歳の誕生日に、ハイキャリアの長女夫婦・医学院生の長男が祝いに駆けつける。

 子供たちに囲まれ医師の夫から「僕の人生を通じて最も美しく、最も知的な女性」と言われた彼女の唯一の気掛かりは、ロスで女優志望の次女の将来ぐらいで絵に描いたようなエリート家族の順風満帆な人生だ。

 その彼女が若年性アルツハイマーと診断され、家族にも遺伝するかもしれないという。

 この病名の映画といえば「明日への記憶」(06)・「私の頭の中の消しゴム」(04)が有名だが、筆者はどちらかというと苦手なジャンルで未見。自分が65歳を遥かに超えて、森繁久弥の迫真の演技が強烈な印象の「恍惚の人」(73)のほうが切実になってしまっている。

 原作は大学教授でアルツハイマーに詳しい神経学者のリサ・ジェノヴァのベストセラー「静かなるアリス」で、主人公アリスを演じたジュリアン・ムーアがオスカー主演女優賞を獲得している。

 知性・教養があり、言語とともに人生を託していた彼女が講座で単語を忘れ、得意な料理ができなくなり、人の名前を覚えられず、キャンパス内のジョギング中に帰り道が分からなくなって、とうとう自宅のトイレの場所が分からず失禁してしまう。

 若年性は若くて物事をよく考える人ほど進行が速いというが、その微妙な変化を見事に再現したJ・ムーア。その苦悩と覚悟の描写をとてもリアルに演じてオスカー受賞も納得。

 発病間もないときにパソコンに入れたファイル名バタフライのメッセージは、自分であるという尊厳を保ちたいという思い。夫と過ごす最後の夏も、穏やかな人生を享受することを願ってのもの。

 本作はフィクションだが、難病を抱えた当事者とその家族がどう対応すべきか?のハウツーものとしても興味深い。

 アリスが望んでいたのは長女アナの出産、長男トムと卒業、次女リディアの安定した将来を見届けること。すべてが実現してもその事実を彼女は自覚できないだろうが、観客が代わって確認することになる。

 特に何かとぶつかり合っていたリディアがアリスに寄り添う姿は、ご都合主義と言われてもこの映画を心温まるものにしてくれた。

 これはALS(筋萎縮性側索硬化症)を抱えながらパートナーのウォッシュ・ウェストモアランドに支えられ、オスカー授賞式を見届けて亡くなったリチャード・グラッツァー監督の願いでもあったと思う。
 

 

 
 

「赤い河」(48・米) 85点

2016-01-28 17:39:32 | 外国映画 1946~59

 ・ H・ホークス監督、J・ウェイン主演による本格的な西部劇。

                   

 
 開拓民から身を起こし10000頭の牧場主となった男が、様々な苦難を乗り越えテキサスからカンサスまでのキャトル・ドライブする姿を描いた本格的西部劇。

 あらゆるジャンルでその才能を如何なく発揮した巨匠・ハワード・ホークスが、ジョン・フォードの秘蔵っ子ジョン・ウエインと初コンビを組んで、カウボーイという地道な男の仕事を通して人間関係の微妙な摩擦を描いた骨太な作品に仕上げている。

 主演のJ・ウエインは当時40歳。まだまだバリバリの壮年期だが、序盤を除き初老の頑固な西部男ダンソンを演じ、本作ではモンゴメリー・クリフト演じる若いカウボーイ・マットの父親的存在でイメージぴったりの役柄。

 H・ホークスという監督は俳優の新しい個性を惹き出すことが得意で、映画を観たJ・フォードの褒め言葉「あの木偶の坊に演技ができるとは思わなかった」と言った伝説が残っている。

 J・ウエインの演技を際立させるために相棒役ウォルター・ブレナンを起用していることも見逃せない。

 もうひとつホークス作品の特長は無駄がないストーリーの展開で、133分の長編なのに中弛みが全くない。アクションは勿論ラブ・ロマンスやコミカルな場面もあり、人間関係の葛藤もしっかり描かれている。この時代なので先住民(アパッチ・コマンチ)が悪者扱いはあっても過度な表現はなく、死者は必ず埋葬される。

 牛の大群が疾走シーンは本作のもうひとつの必見要素となっていて、職人気質旺盛なホークス本領発揮のシークエンス。

 後に姉妹編「リオ・ブラボー」(59)でお馴染みとなった<ライフルと愛馬>の素歌<セトル・ダウン>とともに展開する西部開拓史の1ページを描いて、AFI(アメリカ映画協会)が選んだ西部劇ジャンルで5位になっているのも頷ける。
 

 

 

 
 

「ブリッジ・オブ・スパイ」(15・米) 85点

2016-01-22 18:37:31 | (米国) 2010~15

 ・ 巧みな人間描写で惹きつける、東西冷戦時代のサスペンス。

                   

 「プライベート・ライアン」(98)のコンビ、S・スピルバーグ監督、T・ハンクス主演による<U-2撃墜事件を背景に関わった人物を描いたサスペンス・ドラマ>。

 50年代は世界のリーダーを自負していた<善きアメリカの時代>。ソ連の抬頭とともに冷戦時代に突入した60年5月、アメリカ偵察機U-2搭乗のパイロットがソ連領域で撃墜され、禁固3年労働7年の刑期で収容されている。

 本作は、囚人としてソ連に留置されているパイロットを帰国させるために尽力した弁護士ジェームズ・ドノバンの物語。

 東西核戦争の危機が囁かれる57年、NY・ブルックリンでソ連の老スパイ、ルドルフ・アベルがFBIに逮捕される。その国選弁護人に推挙された保険法専門弁護士・ドノバンは、渋々引き受けるが法と憲法を遵守する精神は失っていなかった。

 前半はドノバンとアベルの奇妙な男の友情を描いた静かな展開だ。アベルは常に冷静で、毅然とした態度は国家に忠誠を誓った生粋のスパイでありながら、肖像画を描きショスタコーヴィッチの音楽を愛する芸術を理解する男でもあった。ドノバンが人間の尊厳を守ることを、一層熱意を込めることに値する人物でもあった。

 演じたT・ハンクスの人間性もぴったりだったが、それにも増してアベルを演じた英国舞台俳優マーク・ライアンスの素晴らしさが、好い映画の予感をさせてくれる。

 アベルの裁判と同時並行的にCIAがソ連の核兵器開発状況を偵察するためのU-2が開発され搭乗人物の人選模様が入る。若い兵士が突然機密命令を受け隔離され、毒針入りのコインを持参した命懸けの飛行に駆り出される。ソ連機に撃墜され捕虜となったパワーズはそのまま拘束される。

 61年8月ベルリンは壁で分断され、アメリカ人学生フレデリック・プライヤーがスパイ容疑で逮捕される。密かに政府からアベルとパワーズの交換を委託されたドノバンは、主権を認めさせる絶好の機会を狙う東独相手に、プライヤーの返還も迫る賭けに出る。

 東西ベルリンに架かるグリーニック橋で人質交換を行う終盤まで、リアリティ溢れる静かな緊張感が途切れない。

 人権を保障されないパワーズ・アベル・プライヤーの3人は、国家のプライドとともにどのようにもなってしまう渦中にいたドノバン。アベルが少年時代観た「ストイヤー・ミズィーク 不屈の男」は、ドノバンにそっくりだった。

 スピルバーグの力量と俳優たちの好演があって、マット・チャーマンの脚本を肉付けしたコーエン兄弟のシナリオの見事さ、ヤヌス・カミンスキーの臨場感溢れる映像、トーマス・ニューマンの抒情たっぷりな音楽、当時の臨場感を再現したスタッフの技量など非の打ち所がない。

 ドノバンが<人間味溢れる完璧な善きアメリカ人>でありすぎることが欠点だろうか?

 

  


「野良犬」(49・日)80点

2016-01-19 15:46:10 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

 ・ 刑事ものの原型となった黒澤・三船コンビのサスペンス・ドラマ。

                  

 戦後の傷跡が残る東京。満員バスでピストルを盗まれた若い刑事がその行方を必死になって追うが、その間に強盗事件が発生し実弾が刑事所有のものと判明する。ベテラン刑事とコンビを組んだ2人が、地道に事件を捜査する様子をドキュメント・タッチで描いたサスペンス。

 黒澤明が三船敏郎とコンビを組んだ「酔いどれ天使」(48)、「静かなる決闘」(49)に続く3作目
で初の刑事ドラマ。脚本家・菊島隆三との初コンビによるもので、本作が一連の刑事サスペンスの原型となった。

 戦後の闇市を汗を拭き拭き必死に歩き回る青年刑事の姿はとてもリアルだが、これは助監督・本多猪四郎の盗み撮りによるもの。山田一夫カメラマンとともに新橋・上野の闇市を無許可で撮った戦後の映像は、貴重な文化遺産でもある。刑事の足は三船ではなく本多のものだったという。名作「第三の男」(49・英)と並ぶ苦心の映像だ。

 警視庁のエリート青年刑事・村上(三船敏郎)と所轄(淀橋)ベテラン刑事・佐藤(志村喬)の描かれ方が味わい深く、若さゆえ情にほだされ易い村上と、人情刑事だがリアリストで職務に忠実な佐藤のコンビは後の刑事ドラマのお手本となっている。

 猪突猛進して歩き回る村上と、スリのお銀(岸輝子)とアイスキャンディを食べながら情報を巧みに引き出す佐藤に捜査手法の違いを見せ、双方が上手く絡み合って犯人を追い詰める様子はなかなか見応えがあった。

 野球場(後楽園)での巨人VS南海戦のロケもなかなか貴重な映像だった。少年時代のヒーロー川上が映っていたのは感動もの。ただ、売り子の協力で5万人の中から拳銃ブローカーを見つけるのは至難の業では?

 本作の最大の見所は犯人逮捕のラストシーン。復員兵で全財産のリュックを盗まれた同じ境遇だった刑事と犯人。のどかなソラチネアルバム・ピアノ曲と子供たちが歌う<蝶々>とともに2人が縺れ合うシークエンスは、画期的な対位法と呼ばれ、類似の手法は「ゴッドファーザー」シリーズを始め数々の名作にも見受けられる。

 ヤクザ(酔いどれ天使)、青年医師(静かなる決闘)から本作の刑事と役柄を変え、黒澤に揉まれた三船のスケールの大きさを感じる作品でもあった。

 

 

 
  

「海街 diary」(15・日) 70点

2016-01-11 17:03:35 | 日本映画 2010~15(平成23~27)
 ・コミックファンも満足?是枝監督・脚本のファンタジー。

                   

 今や日本映画のエース的存在の是枝裕和監督が、マンガ大賞を受賞した吉田秋生のコミックを実写化。

 香田幸・佳乃・千住の3姉妹が住む鎌倉に、山形に住む異母妹すずを迎え4人で暮らすことになり、心のわだかまりを超え真の家族となれるか?を丁寧に描いたファンタジー・ドラマ。

 物語は生と死という根源的なテーマを潜在化しながら、ドラマチックな展開を抑制した全編に優しさが溢れ、その静謐な佇まいは原作ファンの期待を裏切らない。

 その分従来の是枝作品にあった毒気が薄れ、物足りなさも感じた。出品したカンヌ映画祭では舞台やテーマが小津作品に似ていると思われ、日本人ならではの感性は理解できなかったようで、空振りに終わってしまった。どちらかというと本人は成瀬を信望しているので不本意だったのでは?

 豪華なキャスティングである。長女に綾瀬はるか、次女に長澤まさみ、3女に夏帆を配し、異母妹に広瀬すずという4姉妹は、かつて「細雪」(83)の岸恵子・佐久間良子・吉永小百合・古手川祐子に近い豪華な顔ぶれ。

 性格描写もキッチリしていて、しっかり者だが周りにも厳しく自分の不倫に葛藤する長女、前向きで明るいがルーズなところがあり年下の恋人に甘い次女、ひょうきんだが冷静に物事を見極める3女。

 ヒロインすずは、本来明るい素直な子だが気丈で感情を表わさない。サッカー・クラブ「湘南オクトパス」で本領を発揮、徐々に馴染んでいく。

 祖母の7回忌で突然現れた3姉妹の母・都(大竹しのぶ)が幸と和解し、すずも本音=不倫相手の娘であることの苦悩を吐露する。

 桜・紫陽花・紅葉で四季の移ろいや七里ヶ浜の風景が心を和ましてくれる。この手の作品に欠かせない食事シーンも生シラス丼・シラストーストなど土地料理とともにさり気ないカメラワークで楽しませてくれる。

 テレビマンユニオンのAD時代を知っている是枝ファンの筆者としては、すべてに欠点はないが、物足りなさも残った。次回作に期待したい。

 
 

「静かなる決闘」(49・日)75点

2016-01-09 12:33:46 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

 ・ 黒澤・三船の2作目は名作「赤ひげ」への序曲、高潔な青年医師のヒューマン・ドラマ。

                   

 「酔いどれ天使」(48)に続く黒澤・三船コンビの2作目は、題名からは一見西部劇を連想させるが、菊田一夫の戯曲「堕胎医」を谷口千吉とともに脚色した、青年医師のヒューマン・ドラマ。

 前作でヤクザを演じて鮮烈な印象を残した三船は、ヤクザ俳優のイメージを払拭するような誠実な人柄の医師を演じてノビシロのある俳優へと踏み出し、コンビ3作目「野良犬」(49)でブレイクして行く。

 南方の野戦病院で緊急手術の際、不注意で小指の傷から患者の梅毒を感染してしまった軍医・藤崎恭二(三船敏郎)が終戦後独りで病と向き合い葛藤する。

 許嫁・美佐緒(三條美紀)にも産婦人科医の父・考之輔(志村喬)にも打ち明けず、人として当たり前の欲望(愛情)と梅毒感染を防ぐという良心との狭間に悩みながらも誠実に生きようとする藤崎。

 公開された49年・性病予防法が成立していて、一般への警鐘を込めたPR映画のようだが、それほど梅毒は結核と並んで不治の病で、現在なら新型インフルエンザかHIV感染のような存在だった。

 医師でありながら梅毒感染者であることが広まれば、まともな日常を奪われたうえ何も知らない美佐緒の人生を犠牲にすることになる。

 対照的な人物として保菌者の患者・中田(植村謙二郎)が登場する。藤崎の前に現れた中田は放蕩無頼な生活で妻(中北千枝子)を妊娠させている。狂って行くプロセスは正視に耐えない。

 藤崎が何かと気を掛けてくれた見習い看護師・峰岸るい(千石規子)の心の変遷が見所だ。元踊り子でアプレゲールだった峰岸は当初藤崎を偽善者と観ていたが、感染者への軽蔑からその事実を知って尊敬へと変わって行く。千石の好演も相俟って黒澤には貴重な女ごころを描いている。

 お嬢様・美佐緒との別れは時代を感じ陳腐な感は否めないが、志村喬の重厚な演技とともに晩年まで女優を続けていた三條・千石の若かりし映像が観られたのは懐かしく感慨深い。

 原作では主人公が発狂するが、GHQ<民間情報教育局>の指導もあって心が和むラストシーンになった。黒澤は不本意だったかもしれないが、筆者はホットした。

「きみはいい子」(15・日)80点

2016-01-05 15:27:13 | 日本映画 2010~15(平成23~27)

 ・ また一人、有望な若手監督が出てきた。それは、呉美保。

                    

 14年モントリオール映画祭の監督賞を受賞した呉美保(38歳)。受賞作品「そこのみにて光輝く」は見逃したが映画ファンには注目のヒト。念願叶って本作を鑑賞して、その能力の高さに舌を巻いた。

 原作はこれまた若手作家の中脇初枝(41歳)の短編5話で、そのうち3話を高田亮が脚本化している。

 坂のある町(小樽)を舞台に、新米小学校教師・岡野(高良健吾)、単身赴任の留守を守り娘あやねとマンション住まいの雅美(尾野眞千子)、誰とも会話のない独居老人あきこ(喜多道枝)の3人を中心に日々の営みを切り取った群像劇。

 筆者には登場人物に近い身内がいないので、ニュースで見る現代社会の社会問題をリアルに切り取って見せるこのドラマは、作り方如何では単なる他人事にしか映らなかったことだろう。

 感動の涙溢れるテイストを一歩手前で抑えた、かなり的確でバランスのいい作品で、同時に観た「海街diary」(是枝裕和監督)と比べても遜色ない。緻密な構成による脚本の出来の良さとそれを支えた出演者たち、その全てを巧みに演出した監督の手腕によるものだろう。

 なかでも自閉症の小学生役の加部亜門やあやね役の三宅希空を始め、子供たちの自然な演技は大人顔負け。子供と動物には敵わないと大人の俳優は嫌がるが、高良健吾・尾野眞千子というTVドラマでもお馴染みの俳優が役柄を真摯に取り組んでいるのに好感が持てる。

 そして我々世代には幼かった娘と観ていた「フランダースの犬」の声優・喜多道枝が素晴らしい。80歳の実年齢を活かし、認知症の兆しにおびえながらも人としての優しさを忘れない老人役は、心の救いとなっている。

 脇を固めるママとも池脇千鶴と先輩教師の高橋和也の夫婦も監督の厚い信頼に応えたし、不安を抱えながら子育てする富田靖子も安定感ある演技を魅せた。

 小学校は世相の縮図だというが、虐待・いじめ・モンスターペアレント・学校崩壊が当たり前のように描かれているのに今さらながら驚かされる。

 公園のママ友にも、うわべだけの交流が却って心の傷を深くしている現状がある。

 呉監督は、逆に突き放さないように留意しながら希望のある物語に仕上げているが、少し甘めのエンディングに若干の物足りなさを感じたのは贅沢な注文か?

 

「荒野のストレンジャー」(73・米) 80点

2016-01-02 15:07:00 | 外国映画 1960~79
 ・ C・イーストウッドの監督2作目は異色のミステリアス西部劇。

                 

 本作は、彼の監督2作目で原点ともいえる西部劇だが、イタリア帰りのガンマンは異色の漂流者だった。

 湖畔の田舎町ラーゴに現れた謎の漂流者(C・イーストウッド)は、バーで絡んできた3人の男をあっという間に撃ち殺し町の噂になる。

 3人の男は町で雇った用心棒で、1年前刑務所へ送った3人の無法者の復讐に備えていた男たちだった。

 町の有力者は漂流者の言いなりを条件に男を雇うことになる・・・。

 例によって無口で髭面でコートを靡かせたスタイルはマカロニウェスタンそのものだが、展開にはかなり違いがある。

 何しろ不気味な電子音で登場した彼は、3人を射殺後近寄ってきた女・カリー(マリアンナ・ヒル)をイキナリ納屋で犯しホテルに居座る謎の男で、とても正義の使者とは窺えない。

 彼が夢の中で見るリンチは果たして何を意味するのか?

 イーストウッドは尊敬するセルジオ・レオーネの作風を踏襲しながら、刑務所から復讐にきた3人を倒す完全懲悪もののマカロニとも正統派とも言えない異色の西部劇に仕立て上げた。

 この主役を「西部開拓史」(62)こそ西部劇だというジョン・ウェインに頼んで断られたのも頷ける。何しろ町中を赤いペンキで塗りHELLと描いた看板は不気味で、破壊の町である象徴。農地を耕し牛を飼い、大家族で暮らす町は一切出てこないのだから。

 この町の存在理由は鉱山あってのもので、住民はその利害で法も道徳感も変えられてしまう不条理な世界であること。自衛のための銃訓練もなんの役にも立たない。

 かつて不条理な死を遂げた連邦保安官が蘇った亡霊のような漂流者がカッコいい。その背景を勘ぐることなく、モノレイクの美しい風景とともに流れに乗って理屈抜きに楽しんだ105分だった。