晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

『エル・スール』 85点

2011-11-30 15:15:36 | (欧州・アジア他)1980~99 

エル・スール

1983年/スペイン=フランス

父の苦悩と娘の成長を切り取った名作

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 85

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆85点

「ミツバチのささやき」以来沈黙を守っていたスペインのビクトル・エルセ監督が、アデライダ・ガルシア・モラレスの原作を脚色した10年目の長編第2作。父の苦悩と絶望を背景に娘が成長して行くさまを深く心に刻んだ静かな感動を呼ぶ名作だ。
題名「エル・スール」は<南>を意味し、今は<北>バスク地方の村に妻子と暮らす父・アグスティン(オメロ・アントヌッティ)の故郷。カモメの家と呼ばれる家の屋根にはカモメが南をさしている。何が起きたかを深みのある映像と静寂ななかに鮮やかな音声で伝えるプロローグはじつに見事で、15歳の娘エストレリャ(イシアル・ボリャン)が父とはもう会えないと予感して7年前にフィードバックする。
8歳の少女エストレリャ(ソンソレス・アラングレーン)にとって父は霊力の振り子で水脈を発見し、手のひらのコインで深さを測る奇跡を起こす大好きで絶対的な存在.。母フリア(ロラ・カルドナ)は元教師で少女の家庭教師でもある。大切な聖体拝受式を見届けるため南からきた祖母と一緒に来た父の乳母で如何にも南育ちのミラグロス(ラファエラ・アバリシオ)から秘密めいたハナシを聞く。幼いエストレリャにとっては意味が分からなかったが、どうやらフランコ政権支持を巡って祖父と対立して南にいられなくなったらしい。家の前の並木道を国境という父の意味はここにあった。その並木道を自転車で走り去るエストレリャが戻ってくると15歳に転換していた映像はこの作品の印象に残るシーンのひとつ。
父の苦悩はイレーネ・リオスという女優との別れの喪失感もあった。多感な少女がその名前から父の秘密を垣間見たときの衝撃は量りしれないものがある。監督はそのあたりを微妙な距離感で少女が大人への第一歩を踏み出そうとするさまを丁寧に描いている。聖体拝受式の祝宴でエン・エル・ムントの曲に合わせて父娘で踊ったシーンと2人が食事したホテルで隣から聴こえた同じ曲は父親にとって忘れられない音だったが、娘にとっては午後の授業に遅れる心配のほうが大切だった。さりげない娘の愚痴を聞いた父が「言いたいことを何でも言えるのは素晴らしいこと」といった言葉が彼の背負った過去が深く心に沁み入ってくる。
本編は95分で完成したが、監督はあと20分南へ訪れたエストレリャの挿話を入れるつもりが予算の都合で中止せざるを得なかった。ないものねだりを承知でエル・ノルテ(北)編を観てみたい。


『ミツバチのささやき』 85点

2011-11-28 12:59:18 | 外国映画 1960~79

ミツバチのささやき

1973年/スペイン

生と死について向き合う幼い少女を詩情豊かに

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 85

ストーリー ★★★★☆85点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆90点

音楽 ★★★★☆80点

10年に1度の寡作で有名なスペインのビクトル・エリセ監督による長編デビュー作。
内戦が終結してフランコ政権下のカスティーリャ地方にひっそりと暮らす元共和政支持者で知識階級だった養蜂家の父フェルナンド。人生を感じ取れる力を失い返事が来ない相手に手紙を書いている母テレサ、そして9才の姉・イサベルと6才の少女アナの4人家族。巡回映画で観た「フランケンシュタイン」が幼いアナには何故少女を殺すのか理解できない。詩情豊かなトーンはあまりにも静かで美しく圧倒的な映像美はまさにこれぞ映画だとあらためて気づかされる。姉が言ったウソをそのまま信じ、現実と幻想の区別がつかないアナが生と死について向き合った物語は、誰でも幼いころ体験したできごと。派手さはないので日本公開が完成後12年後だったのもある意味でこの映画らしい。
フランコ政権を隠喩していて、内戦下で過ごした両親は何処か暗さを背負い心に傷を負い苦悩の日々を過ごしている。姉はフランコ政権を無意識ながら享受し大人への第一歩を踏み出そうとしている。アナは姉のいうことを総て信じて従っていたが、負傷兵士を「フランケンシュタイン」と信じることで初めて自我が芽生える。独裁政権から抜け出す新しい時代を予期させる象徴として見ることもできる。
そんな穿った観かたをしないでも、絵画のような風景と可愛いアナの黒い大きな瞳を観るだけで、映画の原点をみる想いにさせられる。緻密な演出に応えたルイス・カドラードの映像は素晴らしいが撮影中視力を失ったという。もっとこのコンビで作品を残して欲しかった。
父フェルナンドを演じたフェルナンド・フェルナン・ゴメスは寡黙ながら不遇な時代を耐えながら生きる男を観客に植え付けて存在感を見せている。何より印象的だったのはアナを演じたアナ・トレント。純粋無垢で好奇心溢れる表情は何処までが演技か分からないほど。監督は作品の成否を握っていたこの役を、子供たちが遊び廻っているのを独りでひっそり見守っていたアナを観て起用を決めたというが慧眼である。


『男が女を愛する時』 75点

2011-11-24 12:57:03 | (米国) 1980~99 

男が女を愛する時

1994年/アメリカ

シリアスなテーマとM・ライアンのギャップ

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 75

ストーリー ★★★★☆75点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆75点

ビジュアル ★★★★☆75点

音楽 ★★★★☆75点

パーシー・スレッジ往年のヒット曲と同じタイトルでルイス・マンドーキ監督アンディ・ガルシア、メグ・ライアンの共演による映画化。主題歌もパーシー・スレッジが歌っている。
バツイチの母親役で、パイロットのA・ガルシアとカフェで出会い再婚するという序盤を観て、M・ライアンも大人役をするようになったかと思うが、だんだんシリアスな展開になってゆく。M・ライアンといえば「ラブコメ」という先入観で見ると、アルコール依存症に苛まれ孤独感に陥るヒロイン、アリスに戸惑ってしまう。
仕事柄家を留守にすることが多い夫マイケル(A・ガルシア)が優しく接すればするほど本当の自分が出せず葛藤のあまりキッチン・ドリンカーになるアリス。カウンセラーに通いリハビリ・センターに入院しアルコールから離れても夫婦の溝は埋まらない。
リハビリ・センターの入居者ゲーリー(フィリップ・シーモア・ホフマン)がアリスを頼りにして悩みを打ち明けるときの嬉しそうな態度に嫉妬するマイケル。アルコール依存者の配偶者のことを「共依存者」というそうだが、夫婦愛とはちょっとしたことですれ違う。このあたりがこの作品のテーマなのだろうが2人のイメージがどんな障害があろうとも乗り越えて愛を勝ち取るエンディングが待っているだろうと思わせてしまうところが弱点か?
先夫との娘ジェスを演じたティナ・マジョリーノが妹のケイシー役のメイ・ホットマンともども主役の2人を喰うほどの好演。「レインマン」のロナルド・パスとアル・フランケンのシナリオは、<重いテーマを背景にした大人のラブストーリー>を目指したのだろうが中途半端は否めない。
これを境にM・ライアンが本来のラブコメに戻ってゆくことになったのは皮肉な現象だ。


『ロープ』 80点

2011-11-18 14:30:06 | 外国映画 1946~59




ロープ


1948年/アメリカ






ワンロール・ワンカットの緊張感





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shinakamさん


男性






総合★★★★☆
80



ストーリー

★★★★☆
80点




キャスト

★★★★☆
80点




演出

★★★★☆
75点




ビジュアル

★★★★☆
85点




音楽

★★★★☆
75点





 A・ヒッチコックが実在した事件を戯曲化したパトリック・ハミルトンの<ローブ&レオポルド事件>を観て映画化。自身初のカラー作品でもある。
 マンハッタンのアパートで大学生2人が友人を絞殺して死体を衣装箱に入れたまま、関係者を呼んでカクテル・パーティをするという途方もない展開。
 近年では最初に殺人事件を観客に見せ緊張感を味わうストーリーは珍しくないが、40年代当時としては画期的なもの。ヒッチコックはその緊張感をスタッフ・出演者にも味わせるように「ワンロール・ワンカット」という独自の演出法で撮っている。
 約10分をカメラはノーカットで撮り続けるためには苦労の連続で、結局台詞はダビングしたらしい。おまけに観客をその場にいるような臨場感をもたらすためにリアル・タイム進行に挑んだ、如何にもヒッチコックらしい凝りよう。
 舞台と映画の面白さを加味した密室劇に仕上がっているが、ヒッチ初カラー作品のためバックの景色に注力し過ぎた感もあり、いつもの驚きはなかった。ヒューム・クローニンの脚色をアーサー・ロレンツがあとで台詞を入れた脚本が練られたものだったら完成度が増したと思う。
 いつもの金髪美人は登場せず、男2人の接近場面が多いと思ったら同性愛を暗示していたとか。宗教上表現が許されないなか工夫のあとが覗える。もうひとつ<殺人は芸術で優れた少数の者に与えられた特権>という優生思想はナチス・ドイツの理由なき殺人の背景を痛烈に批判している。
 なかなか現れないルーパート・カデル教授は、コロンボよろしく最後に登場、見事に殺人事件を見抜く。演じたジェームズ・スチュワートはこれがヒッチとの初コンビだったが、舞台俳優らしい長台詞を見事にこなしていた。劇中ジェームス・メースン、エロール・フリン、ケーリー・グラントなどヒッチお気に入りの俳優の名前を言うなど、楽屋落ちのユーモアも交え上手く溶け込んでいく。
 とても理不尽な事件を解放してくれるラスト・シーンは素晴らしく、センスの良さを感じる。






『マネーボール』 80点

2011-11-16 15:44:32 | (米国) 2010~15

マネーボール

2011年/アメリカ

中年男の再生ものがたり

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆85点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆80点

大リーグ「オークランド・アスレチックス」の現役GMビリー・ビーンの実話をもとにブラッド・ピットが等身大の中年男役で復活を遂げた。マイケル・ルイス原作「マネーボール理論」を当初S・ソーダーバーグ監督、スティーヴン・ザイリアン脚色で企画成立していたが、監督が降板し製作が難航していた。B・ピットが「カポーティ」のベネット・ミラーを口説いて完成に漕ぎ付け、脚本も「ソーシャル・ネットワーク」のアーロン・ソーキンが筆を加え、野球ファンでなくても楽しめる作りとなっている。
01年アスレチックスは、プレイオフでヤンキースにあと1勝というとき3連敗しシーズンを終える。来年こそワールド・チャンピオンへと意気込むGMのビリー(B・ピット)は、オーナーにこれ以上金は出せないといわれる。勝つためには巨額な費用が必要なのに数年前財政ピンチに陥った球団には無理なのだ。ビリーが取った手段はスター選手を放出し替わりに欠陥はあるが年棒が安い中堅選手の補填で賄うこと。古参の経験豊富なスカウトの猛反対を押し切り、インディアンスから引き抜いた野球経験のないイエール大経済学卒のピーター・ブランド(ジョナ・ヒル)という補佐の資料による決断だった。元大リーガーのビリーは感情の起伏が激しく挫折し、スカウトに転身してGM補佐からGMになった経歴の持ち主。アートハウ監督(フィリップ・シーモア・ホフマン)に選手起用まで口出しをするが巧く機能しない。GMは一般企業でいうと人事担当執行役員のような立場。権限もあるが現場の部署からは煙たい存在だ。選手をトレードしたりクビにするのが仕事といってもいいほど非情にならなければならない。
このドラマは超エリートに成り損ね、仕事一筋で家庭を顧みないため離婚した中年男が再生を賭けたストーリーである。ミラー監督は実写フィルムを活かした臨場感と35mmフィルムを使用した写実主義を全うしセミ・ドキュメント風に仕上げている。奇跡の20連勝も感動的であるが、ひとりジムでその瞬間を見届けたビリーの姿に野球ファンとして共感させられる。
多額のプライズ・マネーでレッドソックスに誘われたが、いまも現職に留まっているビリー。来年の松井秀喜の去就を握っている。このドラマのデービッド・ジャスティス以上の役割を果たせるはずの松井をどのように評価するのだろう。


『ダントン』 80点

2011-11-14 13:28:44 | (欧州・アジア他)1980~99 

ダントン

1982年/ポーランド フランス

A・ワイダならではの革命家描写

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★★☆75点

スタニスワヴァ・プシビシェフスカの「ダントン事件」をポーランドのアンジェイ・ワイダが監督したフランス革命同志2人の対立と崩壊をドラマチックに描いた歴史ドラマ。
2人とはジャコバン党のダントンとロスピエールで、醜男だが豪放磊落で庶民に人気のあるダントンに対し潔癖症で清貧を好む気質のロスピエール。自身の収賄嫌擬と権力闘争に嫌気がさし田舎暮らしをしていたダントンがロスピエールを中心とする公安委員会の恐怖政治を阻止するためにパリへ戻ってくる。
共同の敵である王党派の反乱やジロンド派の逮捕などは共闘するが本質的な思想の違いはもともと性格の違う2人には権力闘争以外に解決の道がなくなってゆく。
A・ワイダは50年代に抵抗三部作を作ったポーランド派を代表する監督だが、製作時は「連帯」による政治が混乱し祖国を追われた頃でもあり、革命経験がこの作品に色濃く反映されているような気がする。
国民公会での議論や裁判のシーンが最大のヤマ場で映画化するには難易度が高いドラマだが、ダントンを演じたジラール・ド・パルデューとロベスピエールを演じたポーランドの名優ヴォイツェフ・プショニャックの対照的な演技で充分盛り上げてくれた。2人だけの会談は亀裂して行くさまをまるで覗き見たような錯覚する緊張感を味わせてくれる。
ギロチンでの処刑場面など凄惨なシーンもあり心臓に良くないところもあるが、このドラマには欠かせない。フランス革命の西洋史に興味関心がなくても<権力を持った集団が、やがて腐敗して行くという人間の性>が描かれて充分楽しめる。


『海の牙』 80点

2011-11-11 11:52:15 | 外国映画 1946~59

海の牙

1947年/フランス

巨匠R・クレマン監督2作目の人間ドラマ

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆75点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆75点

「禁じられた遊び」(51)「太陽がいっぱい」(59)など日本人にも愛されたフランスの巨匠ルネ・クレマンの「鉄路の闘い」に続く監督2作目。
第2次世界大戦終了も間近の45年4月ストックホルムから出港した潜水艦で、ナチスの工作密命を受け南米へ向かったさまざまな人々の心理を、サスペンス・タッチで描いている。
乗り込んだのは、独国防省の将軍とその部下、ゲシュタポ幹部、ノルウェーの科学者とその娘、ナチ親衛派フランスの新聞記者、イタリアの実業家夫婦。そして航行まもなく実業家の妻がケガをしたために港町ロワイアンで拉致されたフランス人医師。
観客はこの医師ギベール(アンリ・ヴィダル)の視点で、狭い艦内という閉鎖された空間で繰り広げられる人間模様を観察することに。キッカケはベルリン陥落でヒトラーが死亡との通信が入ってから。それまで一見ひとつに纏まっていたようにみえた、立場も国も違う人々が疑心暗鬼になる。逃亡を図ったり失望のあまり自殺したり無気力になったりするなかで、ゲシュタポ幹部のフォルスター(ヨー・デスト)だけは初期の目的を貫徹しようと躍起になるさまは、まさに原題の「呪われた者たち」の雰囲気。
一部記録映像を使用したらしいがアンリ・アルカンの映像は臨場感溢れ、緊迫した空間を鮮やかに再現している。セミ・ドキュメンタリーでデビューしたR・クレマンは、あくまでドライなタッチで人間の愛憎を表現することにこだわり独自の世界を創り上げている。象徴的なのは、寄港先の連絡員ラルガ(マルセル・ダリオ)が射殺されるシーンや逃亡を企て未遂に終わった部下ウィリー(ミシェル・オークレール)とフォルスターの食糧倉庫でのシーン、将軍の愛人でもあった実業家の妻ヒルデ(フロランス・マルリー)がチェスを見学するアングルなど、まさに映画ならではの表現手法だ。ドラマとして多少もたつきはあるものの、60年以上前にこんな作品を作ったR・クレマンは、晩年商業映画専門で評価に恵まれなかったがフランスの巨匠であることは間違いない。


『ベリッシマ』 85点

2011-11-08 16:13:27 | 外国映画 1946~59

ベリッシマ

1951年/イタリア

ローマ庶民をイキイキと描いたヴィスコンティ 

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 85

ストーリー ★★★★☆85点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★★☆80点

「自転車泥棒」などの脚本を手掛けたチェサレ・ザヴァッティーニの原案をスーゾ・チェッキ・ダミーゴとルキノ・ヴィスコンティが脚色。戦後間もないローマの庶民生活をいきいきと描いたヴィスコンティ監督長編3作目の人情ドラマ。
幼い娘を映画スターにさせようとやっきになるマッタレーナのステージ・ママ奮闘記は、可笑しくて哀しい。素人俳優(子役)を使うことが多いネオ・レアリスモ全盛のイタリア映画界への皮肉とも取れるが、当時の映画が如何に庶民にとって憧れであったかがうかがえる。
マッタレーナを演じたアンナ・マニーニャはヴィスコンティお気に入りの女優で「郵便配達は二度ベルを鳴らす」に起用しようとしたが妊娠中で果たせず、彼女の起用が本作を演出する決め手になったほど。その期待に違わずイタリア女性の逞しさと人情味あふれる彼女の演技がこの作品を肉厚なものとしている。俳優の個性を生かしながら登場人物を掘り下げて行くヴィスコンティは、単なる下町人情喜劇ではなく人間の尊厳を見事に描いている。


『ウィンターズ・ボーン』 80点

2011-11-06 13:14:16 | (米国) 2010~15

ウィンターズ・ボーン

2010年/アメリカ

サンダンス・グランプリは「女性への応援歌」

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆80点

インディペンデント作品の映画祭・サンダンスで昨年グランプリを獲得した本作は「フローズン・リバー」(08)「プレシャス」(09)に続いて<現代の米社会から見放されたような貧困地区で前向きに生きるヒロイン>を描いている。
舞台は中西部ミズーリ州オザーク高原の荒涼とした寒村。17歳の少女が家族と住まいを守ろうと行方不明の父親を捜すため大人の世界へ踏み入れ奔走するストーリー。監督・脚本はデブラ・グラニクで女性らしくきめ細やかな映像やキャスティングはとてもリアル。深刻な内容にもかかわらず終盤までは淡々と進む展開はまるでドキュメンタリーのよう。村はアイルランド系移民が多く開拓時代から孤立した土地で、貧困や麻薬問題が根深いことを教えてくれる。
少女リーの環境は母親が心の病で幼い弟妹を抱え毎日を必死に生きるしかない。日々の食べ物にも不自由で隣人から差し入れをもらったり、リスを捌いて内臓も食べることを弟に教えたりする。同時に「食べ物を貰ってもいいが、物乞いをしてはいけない」と母親のように諭す凛とした姿には静かな感動を覚える。演じたジェニファー・ローレンスは「あの日、欲望の大地で」で、主役のシャーリーズ・セロンを喰うほど印象深い演技が記憶に残る新進女優。ここでは卑屈にならず困難に挑む不屈の精神を持ったヒロインを演じオスカー候補に上がった。一度も笑顔を見せず行動力ある必死な少女の姿が女性たちに共感を得たようだ。
彼女を見守る周りには親友・ゲイルや隣人ソーニャのような心優しい女性がいるが、男たちは掟を守ることで生きてきたせいか深く立ち入ろうとしない。土壇場になって唯一救いの手を差し伸べたのは伯父のティア・ドロップ(ジョン・ホークス)。麻薬中毒で最初はリーに関わるなと警告しながら、掟を破ってリーを闇社会の長老から救い出す。本当は心優しい男なのだ。J・ホークが老け役ながらいい味を出している。
終盤は想いもよらぬ展開を見せ決してハッピー・エンドとはいえない結末。伝統や独立心を重んじたヒルビリーと呼ばれた<山の民>は、その独特の音楽がうらびれた寒村に哀しく流れ、アメリカの貧困の深刻さを一層漂わせる。リーのような少女が笑顔を見せてくれることを祈ってやまない。


『南極料理人』 75点

2011-11-01 14:11:28 | 日本映画 2000~09(平成12~21)

南極料理人

2009年/日本

当たり前の生活の幸せ

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 75

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★☆☆70点

ビジュアル ★★★★☆75点

音楽 ★★★★☆75点

西村淳のエッセー「面白南極料理人」を映画化。沖田修一の監督デビュー作品でもある。
西村を演じた堺雅人をはじめ個性的な俳優を揃え、極限の世界で暮らした8人の男達1年半の物語。
昭和基地から1000km離れた氷雪以外何もないところで観察を続ける研究者をサポートするために海上保安庁から派遣された料理担当の西村。仕事とはいえ家族を残して1年半3食食事を作るという過酷な運命をどう受け止めてどうこなしたか?が独特のユーモアを交えエピソードを綴ってゆく。
映像で欠かせないのがその臨場感。ロケ地は北海道だったが零下50度を超える寒さや基地の建屋は本物のお墨付きだったようだ。
麻雀・ビデオ・卓球・氷上野球などの娯楽や誕生会などの記念日で癒す日々だが、最高の楽しみは何と言っても3度の食事。人間辛いトキには食の好みに偏りがあるらしく、タイチョー(きたろう)はラーメン命だし盆さん(黒田大輔)はバターを盗み舐めをする。日本のおじさんはイクラのおにぎり、海老フライ、ラーメンがごちそうで、フレンチのフルコースは似合わない。フード・スタイリストの飯島奈美が腕をふるった料理の数々は「かもめ食堂」「めがね」に負けずおいしそう。だが男たちはTVの料理番組のように美味いを連発しないで黙々と食べるのだ。
男たちには日本での生活があって妻子や恋人を残してここにきている。電話やFAXでしか通信手段がないちょっと前のコミュニケーションが妙に切ない。そして当たり前の家族との普通の暮らしがどんなに大切かを教えてくれる。
堺雅人の飄々としたなかに男の悲哀が見え隠れする今の父親像がとてもリアルだ。奥さんとケンカ中の生瀬勝久、南極の居心地が良くてバーをつくってカクテルに腕を奮うドクター豊原功輔、恋人にフラレ凍死しようとする高良健吾など男たちのエピソードが続くがむさ苦しくないのは極寒のあまり無菌状態の環境のせいか?
髭だけが時間の経過を教えてくれる。髭を剃って家に寝転びTVを観ているお父さんがどんなに偉大かを妻も娘も知らない。日本の男たちへの応援歌である。