晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

『パニック・ルーム』 80点

2013-02-25 12:55:05 | (米国) 2000~09 




パニック・ルーム


2002年/アメリカ






D・フィンチャーの密室サスペンスは意外にもオーソドックス





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shinakamさん


男性






総合★★★★☆
80



ストーリー

★★★★☆
75点




キャスト

★★★★☆
80点




演出

★★★★☆
80点




ビジュアル

★★★★☆
85点




音楽

★★★★☆
85点





「セブン」「ゲーム」「ファイトクラブ」で独特の世界を創り上げてきた鬼才・デヴィッド・フィンチャーによるサスペンス劇。老富豪が住んでいた4階建てのタウンハウスに引っ越してきた母娘が、3人の強盗に入られ緊急避難用密室に立てこもって攻防を展開する。
デヴィッド・コープの脚本はヒッチコックを多分に意識したような密室サスペンス。フィンチャーはそれを映像化することに専念した結果、室内を縦横無尽に駆け回るスタイリッシュなカメラワークに最大のエネルギーを注いだのだろう。そのため鍵穴からカメラが入ったり、ハイスピードを使ってスリル感を煽ったり、フィンチャーらしいタッチが全面に出ていた。
ただし従来フィンチャーが映像化してきたテーマ性の重みはないのでそれを期待していると肩透かしをくらいそう。あくまでオーソドックスに3人の強盗と母娘を巡る密室劇なのだ。
母・メグはB級アイドルと浮気したため離婚した夫に家を買わせてこれからの生活を思案中。娘・サラは糖尿病を患う11歳。NYの大都会でそれぞれ先行きが不安な新生活なのだ。対する強盗の主犯は老富豪の甥で、パニック・ルームに莫大な資産があるのを知って、それを盗みにくる。誘われたバーナムは家庭の事情で金が必要で、警備会社の知識が豊富。無人の家に押入ると聞きその気になった。もう一人、凶暴な男ラウールは大金だけが目当てのマスク男。5人のそれぞれの事情でパニック・ルームでの攻防が展開する。そのハラハラどきどき感を観客が共有できるかが最大のハイライト。
ヒロインを演じたのはジョディ・フォスターでニコール・キッドマンのケガによる降板の代役。妊娠中にも関わらず床に叩きつけられるシーンなど大熱演。(N・キッドマンはノン・クレジットでB級アイドルの声で出演している。)サラを演じたのはクリステン・スチュワート。この頃はボーイッシュな少女で少年のよう。強盗の3人でヒトキワ目立ったのはバーナム役のフォレスト・ウィテカー。得てして単調なドラマに大きなアクセントとなって根っからの悪ではないため混乱のもとになる。終盤で離婚した夫や警官が登場してくるが、殆どこの5人でドラマが進行する。大人版「ホームアローン」という批評があって成程と思ったが、奇を衒ったサスペンスでガッカリする必要のない展開に一安心。






『太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男』 75点

2013-02-23 17:55:37 | 日本映画 2010~15(平成23~27)

太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男

2011年/日本

実話に基づくリアルさとエンタテインメント性の板挟み

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 75

ストーリー ★★★★☆75点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆75点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★★☆75点

ドン・ジョーンズという米国人が執筆した、サイパン島での大場栄陸軍中尉の抗戦ぶりを称えた原作「Oba、ラスト サムライ:サイパン1944~5」をもとに、平山秀幸監督・竹野内豊主演による日本での映画化。
3万いたサイパン島での日本兵がタッポーチョ山へ追い詰められ、総攻撃を仕掛け無残な敗戦を迎える。命令により「玉砕」を考えていた大場が、残された兵とともに民間人を守りながら次第に生き残って抗戦しようとする512日間を描いている。
硫黄島における栗林中将はC・イーストウッドによって日本側から観た太平洋戦争の一端を見事に描いていた。本作は栗林ほどのカリスマ性やリーダーシップは感じられない大場という人物を英雄扱いするのではなく、民間人を含め米軍から観た日本人観が中心だ。米軍から観ると自決した南雲陸軍中将など4人の司令官も不思議な行動だし、降伏せず徹底抗戦する大場達の存在も摩訶不思議。リーダーを「フォックス」と呼んだのも頷ける。
ドラマは徹底抗戦を最後まで主張する木谷曹長や極道あがりの堀内1等兵を統率する大場の苦闘ぶりや民間人の扱いに苦悩する人間大場の姿を通して戦争の虚しさを訴えようとしている。残念ながら実話の持つ説得性とエンタテインメントとしての戦争映画の整理がつかないままの完成となってしまった。
その原因のひとつには3班に分かれた撮影班の足並みが揃わなかったのでは?監督は平山秀幸以外に米国ユニットにチェリン・グラック、そして特撮ユニットに尾上克郎がつきソレゾレ見せ場を造ったため、纏まりに欠けてしまった。
出演した大場役の竹野内豊を始め山田孝之、岡田義徳など兵士たちは減量に努め衣装もリアルなイデタチであった。ただ堀内1等兵役の唐沢寿明の風貌が現実離れしていて違和感があったのと終盤の行進は美化し過ぎでは?民間人に扮したなかでは井上真央の体当たりぶりが目立った。総じて俳優たちの頑張りにも関わらず報われなかった印象が強い。
<私は誇れるようなことは何ひとつしていません>という大場の言葉が象徴する<日本人の組織力に忠実で謙虚な心根>が、今の日本人に長所として伝わっていればいいが...。


『モダン・タイムス』 85点

2013-02-22 16:45:25 | 外国映画 1945以前 




モダン・タイムス


1936年/日本






先見性と普遍的なテーマの合流を果たした傑作





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shinakamさん


男性






総合★★★★☆
85



ストーリー

★★★★☆
80点




キャスト

★★★★☆
80点




演出

★★★★☆
85点




ビジュアル

★★★★☆
85点




音楽

★★★★☆
85点





ラブロマンスの名作「街の灯」(’31)以来5年の沈黙を破って公開されたC・チャップリンの傑作。大恐慌時代、流れ作業の機械部品のように使われてしまった工員が貧しい少女と出逢い、幸せを夢見て奮闘する物語。少女を演じたのはチャーリー3度目の妻ポーレット・ゴダートで、2人で来日したことがあり、次回作「チャップリンの独裁者」(’40)でもヒロインで出演している。いままでの儚い少女とは違って行動力に溢れる役を演じている。
まるで部品のようにナットを締める仕事のスピードアップを強要され、おかしくなって精神病院へ入れられる主人公。歯車の一員としてしか認められない人間を大量に作る機械化文明の痛烈な批判が込められている。21世紀の今日も決して解決していないテーマの先見性は、とてもスラップスティック・コメディとは思えない。少女と出会って2人で住む家を持とうと頑張る主人公は、現代人にとっても普遍的な愛のテーマ。機械文明を批判したガンジーと会って<便利さの追求と幸福の追求は別のものだ>と教えられたのもヒントになっている。先見性と普遍的なテーマを融合させて完成した本作は、メッセージ性が色濃く出ていて、あざとさも感じるほど。
これまで喜劇王チャーリーの名声を投げ打ってでも本作に賭けようとした意気込みが窺える。おなじみの山高帽にステッキ・ドタ靴の放浪紳士の姿では現れず、産業社会のなかで幸せを求める工員として生まれ変わったチャーリー。ルネクレール監督の「自由を我らに」をコメディにしたようだという批判もあるが、ペーソス溢れるチャーリー節は健在だ。
トーキー主流のこの時代に得意技のパントマイムと踊り・スケーティング、特撮や大量のエキストラ動員と工夫の限りを尽くした映像はサイレントへの惜別となった作品でもあった。インチキ語の「ティティーナ」はチャーリー初の音声として後に取り上げられたが公開当時は話題にも上らなかったとか。なにしろ評論家には「新しみのないサイレント映画」として酷評され、「共産主義的な作品」としてマークされたというほど。
最高傑作と言われた有名なラスト・シーンをどう評価したか改めて聴いてみたい。






『チャイコフスキー』 80点

2013-02-16 15:26:50 | 外国映画 1960~79

チャイコフスキー

1970年/ソ連

正統派の伝記映画

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★★☆85点

ロシアが誇る作曲家・チャイコフスキーの生涯をその音楽とともに綴った正統派の伝記映画。西部劇の音楽で名高いディミトリ・ティオムキンが製作総指揮・音楽監督を務め、アカデミー賞外国映画部門で黒澤明の「どですかでん」とともにノミネートされたが受賞はならなかった。
母親との別れの幼い頃からチャイコフスキーの繊細な心の内面を感じさせる冒頭があり<、ピアノ協奏曲第1番>を作曲した青年時代へ。恩師ニコライ・ルビンシュタインに演奏不可能といわれトラブルに。評価を気にして落ち込むが、その世界を貫き通すエピソードは生涯続いて行く。2人は、のちに和解してルビンシュタインがパリで亡くなるまで友情は続いた。
チャイコフスキーの音楽に欠かせないのは実生活に関わる精神的苦悩の数々。なかでも富豪の未亡人フォン・メック夫人との13年間にも亘る文通。その数が1200通もあったというから驚かされるが、さらに一度も直接会ったことがないということに何故だろうという疑問が湧く。本作ではメック夫人が設定した晩餐会招待当日に逃げ出すシークエンスがある。純粋に彼の音楽を愛し続けたパトロンで在り得るハズがないのを察したチャイコフスキーは「夫人の期待に応えられない」という。<彼が目指した音楽に最も大切な心の内面を誰にも縛られたくない>という葛藤があったのだろう。一説には彼がホモだったからというが、本作では格調高く描かれている。下世話な筆者には訴えが弱いように感じた。別荘まで与えられ音楽活動に専念できるようにしてくれたメック夫人に対しての離反行為は、忠実な下僕アリョーシャが嘆くように凡人には量り知れない。
彼の人生にはイタリアのソプラノ歌手デジレ・アトレーとの別れ、教え子アントニーナとの唐突な結婚とわずか2ヶ月半での離婚など女性との別れが悲劇的に付き纏うが、そのたびに内面の成熟とともに音楽が高まって行く。その流れとともに彼の名曲が美しい風景とともに綴られミュージック・クリップのような風情が心地良い。
チャイコフスキーを演じたのはインノケンティ・スモクトゥノフスキー。「ハムレット」や「罪と罰」など名作でお馴染みだ。メック夫人を演じたのは「戦争と平和」のアントニーナ・シュラーノワ。2人は出会っていないが本作ではチャイコフスキーの空想の世界で出会っている。特権階級の娯楽であった音楽を大衆に伝える時代に現れた大作曲家の生涯を、旧ソ連の総力を賭けて描いた154分。数々の名曲・名演とともに、耳に心地良くそして目に潤いを与えてくれた。


『マルタの鷹』 80点

2013-02-15 16:48:08 | 外国映画 1945以前 

マルタの鷹

1941年/アメリカ

J・ヒューストン初監督、H・ボガート出世作の探偵ドラマ

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆75点

音楽 ★★★★☆75点

ダシール・ハメットの探偵小説をジョン・ヒューストンが、3度目の映画化に挑戦し見事成功させ、<ハードボイルドのひな型>として後世に名を残した。彼の初監督作品であるとともに、主演したハンフリー・ボガートの出世作ともなった。当初予定のジョージ・ライトが断ったため廻ってきた主演作をものにして、翌年の「カサブランカ」でその地位を不動のものとした。
SFの私立探偵サム・スペードのところへ妹を捜索して欲しいと依頼に来たワンダリーと名乗る女性がいた。相棒のマイルズ・アーチャーが引き受けるが、その晩射殺される。スペードはその真相を探るため女性を訪ねるが行方不明。<マルタの鷹>とはマルタ島の騎士団がスペイン皇帝に献上した純金の彫刻像のこと。像を巡り怪しげな男が現れるが、サムは相棒の妻と不倫の仲で警察に殺害容疑を掛けられる。
脚本家であるヒューストンは原作を忠実に踏まえシナリオを書き映画化しただけあって、原作の持つ独特の文体を反映した映像化にエネルギーを注ぎ込んだ。ドライで女好きながらどこか男の美学を感じさせる雰囲気が漂う主人公。H・ボガートは従来の悪役イメージを背負いながら演じたのも幸いして新しいヒーロー像が構築された。まさにスタイリッシュなボギーの世界はこれが原点となる。
サムを囲む女優は、謎の女にハリウッドきってのスキャンダル・女優のメアリー・アスター。同僚の妻にグラディス・ジョージ。秘書でお相手でもあるエフィにリー・パトリックが扮している。絶世の美女はいないがサムを巡る女たちとしては色とりどり。むしろ<マルタの鷹>を狙う怪しげな男たちが個性派揃い。小柄な洒落男のジョエル・カイロ役にピーター・ローレ。その雇い主で得体のしれない大男・ミスターGことガットマンにシドニー・グリーンストリート。その用心棒に一見冴えないエリシャ・クックJR。それに2人の刑事ワード・ボンドとバートン・マクレーンが絡む。
ハラハラ・ドキドキ感はないが、この事件の行方とともに<サムの男の世界>にどこまで浸れるかが見どころだ。


『マダムと女房』 80点

2013-02-14 16:56:17 | 日本映画 1945(昭和20)以前 

マダムと女房

1931年/日本

田中絹代の声に驚く観客の姿が目に浮かぶ

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆75点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆75点

音楽 ★★★★☆80点

邦画の歴史に欠かせない日本初の本格的トーキー映画。過去に字幕を入れた音声入りの短編はあったが殆ど会話だけの1時間ドラマは初めてだそうだ。音声を担当した名前を採って<土橋式トーキー>と呼ばれる。監督は小市民の日常を喜劇的に描くのを得意とする五所平之助で、音をフンダンに取り入れた小喜劇に仕上がっている。
洒落た洋館の油絵を描いている画家とそれを観ていた男が喧嘩となり風呂屋へ飛び込むが、そこは女湯で追い出され風呂から出た女性に仲裁されて始まる。まるでサイレント映画のような出だしだが、観客は台詞が聞こえるだけで驚かされる。
まして当時人気絶頂のアイドル田中絹代の女房が主人公の劇作家・渡辺篤に「ねえ、あなた~」と言っただけで観客はどよめいたという。
台詞だけでなく赤ん坊の泣き声、目覚まし時計、猫の泣き声、ネズミの足跡からミシンやマージャンの音まで、何気ない生活の音が次々と出てくる。同時録音したスタッフの苦労は想像に難くない。
製作時期(満州事変の年)を想うと、欧米列強に負けじと精一杯頑張っていた日本の国情が偲ばれる。まずタイトルが横文字である。右読みと字体が如何にも時代を感じるが当時としては極めてモダン。台詞にマダム・モガ・ジャズ・パパ・ママおまけにエロまで出てくるし、主人公は平屋の借家住まいだが隣は画家が描いた洋館である。なかで聴こえるのはジャズバンドの演奏だ。主題歌がサトウ八チロー作詞による「スピード時代」と「スピードホイ」とくれば勢いに任せアジア進出を急かされた国情にマッチしている。庶民の束の間の憩いの場である映画に、大らかな「ブロードウェイ・メロディ」「私の青空」を歌いながら歩く主人公一家の楽しそうな姿が憧れだったのかも。


『塀の中のジュリアス・シーザー』 70点

2013-02-09 16:52:14 |  (欧州・アジア他) 2010~15
 ・巨匠が描いた緻密な虚構の世界。     イタリアの巨匠パオロ・ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟がベルリン国際映画祭で金熊賞を獲得した異色作。題名にあるとおり、刑務所内で受刑者たちが演ずるシェイクスピアの名作「ジュリアス・シーザー」の舞台を描いたもの。2人とも80歳を過ぎてこのような緻密で意欲的な作品を出すエネルギーに敬意を表すが、筆者の好みではなかった。  第5幕第5場で始まる舞台は観客のスタンディング・オベーションで大好評のうちに幕を閉じる。演じた俳優達は大満足だったが、終了後は大人しく列をなして監房へ戻って行く。固く閉ざされたドアと施錠の音が鳴り響き、ここで観客は俳優達が受刑者であることを知らされる。ローマ郊外のレビッビア刑務所では演劇実習を更生プログラムにする試みがあること知った監督が実際に観て映画化を提案したという。ここから画面はモノクロに替わり6カ月前に遡って本番までが繰り広げられる。  筆者は予告編を観て彼らが受刑者であることを承知で鑑賞していたので、勝手にドキュメント・タッチで彼らの犯罪がどのような経緯かが描かれ、如何に舞台に立ったのかを想像したが、期待外れだった。  オーディションが始まり彼らが殺人・組織犯罪・麻薬売買の受刑者であることは間違いない。が、よりによって彼らが裏切りと暗殺の物語「ジュリアス・シーザー」を演じるのは製作者の意図的なものを感じる。  現に彼らは玄人裸足で素晴らしい演技を見せる。虚構である台詞と現実との境界で演技を中断したり、喧嘩をしそうになったりする。それがシナリオ通りで本当のことではないのでは?現にブルータスを演じた受刑者は本当の俳優になったイタリア版・安藤昇である。  巨匠2人が描きたかったのはローマ帝国の世界を刑務所という特殊な場所(監房・廊下・踊り場・中庭)を自由に舞台化することで醸し出される独特の空気感である。現実と虚構の境界線を取り払うことで時空を超えて<本当の自由と解放とは?>を観客に思考させようとしたのだと感じた。

『警察日記』 80点

2013-02-07 16:58:51 | 日本映画 1980~99(昭和55~平成11) 

警察日記

1955年/日本

久松監督・井手脚本のコンビ出世作

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆75点

伊藤永之介の同名小説を久松静児監督、井手俊郎脚色による映画化で2人の出世作でもある。戦後10年余り、まだまだ貧しい地方(会津磐梯山麓の小さな町)で繰り広げられる市井の人々の暮らしをユーモアとペーソスを交えながら描いた群像劇。田舎のバスが登場するだけで郷愁を誘う冒頭。乗客に花嫁が乗っていて、その荷物を馬で運ぶ男が祝い酒に酔いつぶれ、仏像泥棒と間違えられる。警察には人身売買、捨て子、万引き・無銭飲食など貧しさゆえの犯罪事件が次々と起こる。そのエピソードと村の出来事(火事や通産大臣の帰郷歓迎など)が絡んでドラマが展開される。
散漫にならずしっかりドラマとして流れて行くのは井手脚本の見事さと達者な俳優たちの演技を引き出した久松監督の手腕の賜物だろう。
巷間では二木てるみの名子役振りが高名だが、やはり森繁久彌の自然な演技が秀逸だ。当初出演予定のなかった彼が代表作となった「夫婦善哉」のクランク・イン遅れのためキャスティングされたのが幸運だった。子沢山の人情家巡査は素朴な味わいが滲み出て<人情味溢れる庶民の味方の警察>のお手本。42歳だった森繁が老境に入ったような控えめな演技を見せたのは演技力の確かさを示している。
もうひとつの顔は署長の三島雅夫で町の名士としてメンツを持ちながら戦前の暗いイメージを一掃する<明るい開かれた警察>を象徴している。無銭飲食の親子にかつ丼を食べさせ、身銭を切ってお金を渡したりする情もある。
町には1台しかない消防自動車が大活躍?する。いざ火事というときポンコツでエンストを起こしたり、農民の巡回行事用には規則で使わせなかったのに、有力者に押し切られ大臣歓迎のパレードには使われる寛容?さ。
捨て子を管轄するのは町役場・孤児収容所・保健所・民生保護委員とタライ回しにあったり、人身売買紛いの周旋屋を送検する権限争いのサマを風刺するシークエンスも寂が利いている。
文部省特選となった郷愁を誘う感動ドラマをつくりあげたのは高度成長期前のエネルギー溢れる市井の人々を演じ切った豪華なキャストと、磐梯山の雄大な情景を見事に映像化した姫田真佐久だろう。


『次郎長三国志 第三部 次郎長と石松』 75点

2013-02-07 11:15:58 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

次郎長三国志 第三部 次郎長と石松

1953年/日本

名匠・マキノ雅弘と名優・森繁の出会い

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 75

ストーリー ★★★☆☆65点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★★☆80点

村上元三の人気小説「次郎長三国志」をもとに名匠・マキノ雅弘が監督したシリーズ9作の第3話。映画界の草分け牧野省三の長男で戦前若干20歳から監督をしていたマキノが、戦後復活を果たした記念すべきシリーズ作でもある。本作で本格的に登場したのが愛すべきキャラクター・森の石松役の森繁久彌だ。まだ40歳だった森繁の若々しい演技が前半のハイライト。
初登場したのが色男・追分の三五郎(小泉博)。2人が惚れる壺振り・門付けを生業とする投げ節お仲(久慈あさみ)。壺を振る仕草や三味線で弾き語りする<端歌>が何とも色っぽい。
シリーズ作なのでタイトルほど次郎長一家の出番はないが、賭場で捕らえられ入牢して牢名主をヤリ込めるなど後半に出番が用意されている。
戦後GHQに禁止されていた時代劇に飢えていたファンにとってこの任侠時代劇は待望の作品。二代目・広沢虎造の浪曲<旅ゆけば~駿河の国の茶の香り~>でお馴染み。そのなかで最も人気があったのが<馬鹿は死ななきゃあ~なおらな~い>森の石松でこれからいよいよ佳境に入る。その広沢虎造が浪曲以外に<張子の虎三>という役名でコミカルな演技を見せていたのも話題のひとつだ。


『イエロー・ハンカチーフ』 70点

2013-02-03 17:09:07 | (米国) 2010~15

イエロー・ハンカチーフ

2008年/アメリカ

山田オリジナルを超えられなかった

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shinakamさん

男性

総合★★★☆☆ 70

ストーリー ★★★☆☆70点

キャスト ★★★★☆75点

演出 ★★★☆☆70点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★☆☆70点

山田洋次監督・高倉健主演の「幸せの黄色いハンカチ」(’77)を33年振りにリメイク。もとはベトナム帰還兵の実話をNYポストのコラムに書いたピート・ハミル原作(幸せの黄色いリボン)を山田監督が映画化したので里帰りしたともいえる。
時代(77から08)と場所(北海道からニューオーリンズ)が変わってもシナリオが殆ど変わっていないのに驚くが、あまりにもオリジナルに縛られて却って失敗したとも言える。
主人公のキャラクターは同じでも高倉健とウィリアム・ハートでは見た目がまるっきり違う。いくらオスカー俳優でも健さんの寡黙で素朴な一途さは再現できない。彼なりの人物像は流石だが、どうみても労働者階級のエネリギッシュさは感じられない。<俗っぽいストーリーを輝かせたW・ハート>というほめ言葉が精一杯だ。
待つ女を演じたマリア・ベロはもっと大変だったろう。どんなに状況設定しても待っている女とは思えない。美しさはあっても倍賞千恵子のように儚げで耐える女は現代のアメリカ女性に望むのは夢物語だ。
桃井かおりと武田鉄也の役は現代アメリカに合わせ年齢を下げてクリスティン・スチュアートとエディ・レッドマンが演じている。2人とも今はブレークしているが、公開時は売り出し途上。C・スチュアートがトワイライト・シリーーズで注目され始めた頃で、日本では「パニック・ルーム」の子役と後の「スノー・ホワイト」の白雪姫で名が知られた若手女優。E・レッドマンも「レ・ミゼラブル」のマリウス役でブレークしたイギリス俳優で、ここでの先住民の子という設定もイメージギャップがあった。2人とも悩みを持ったティーン・エイジャーでは桃井・武田のコミカルな役柄とはスタンスが違っていた。
4人とも好演したにも拘らず本国・日本とも興行的には失敗に終わってしまった。結局ロード・ムービー本家のアメリカ・リメイク版が、山田オリジナルを超えられなかったといえる。
「不自然な設定や地域色に頼り過ぎる点に小作品の欠点がある。それでも、この作品が持つ不思議な空気に夢中にならずにいられない」というタイム誌の評が適切だった。