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晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「新幹線大爆破」(75・日)70点

2020-06-11 12:12:30 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)


 ・ 製作裏話に映画作りへの魂を観た!


  国鉄が<安全な超特急が謳い文句>の新幹線を爆破するというパニック・映画を作ろうとしたのは、衰退が見え始めた実録路線からの脱却を狙っていた東映・岡田社長の肝いりでスタートした。
加藤阿礼の原案を佐藤純也が監督・共同脚本化、高倉健・千葉真一・宇津井健を始め山本圭・志村喬・丹波哲郎・永井智雄・渡辺文雄など多彩な顔ぶれが出演。

 ある日東京駅発ひかり109号に爆弾を仕掛けたという脅迫電話が掛かる。ATS(列車自動制御装置)・CTC(列車集中制御装置)による安全神話を覆すような時速80KM以下に速度を落とすと爆発するというもの。
 誰も殺さずに巨額の身代金(500万ドル)を得ようとしたのは沖田(高倉健)という男で町の零細工業経営者。沖縄出身の集団就職青年大城(織田あきら)と過激波崩れの古賀(山本圭)が加わっていた。

 国鉄の新幹線爆破をどう防ぐのか、乗客の安全をどう守るのか極限状態での焦りと緊張ぶり、警察の犯人逮捕を最優先した捜査、高度成長の時代に取り残された犯人たちの犯行にいたる背景などを描いた娯楽超大作だ。

 いまなら鉄道会社のタイアップで全面協力のもと乗客安全のため奮闘する職員たちの美談で大ヒットする作品が想定されるが、映画としての迫力や魅力には乏しいのでは?

 国鉄と東映は従来から良好な関係にあり、本作でも協力を得られるものと踏んでいた。国鉄もシナリオを見て「新幹線危機一髪」という題なら協力しても良いということだった。
 ところが、岡田は頑として譲らない。映画屋としてのカンが働いたのだろう。国鉄の協力なしでも断固製作するという号令をかけた。

 今なら許されないことだが、新幹線走行映像は盗み撮り、セットで本物そっくりの12両編成の新幹線を作り、ミニチュアで遠景を撮影したり、私鉄(西武)の協力を得たり、北海道の原野で本物の貨物列車を爆破したりアラユル知恵を絞っての挙行だったという。

 あら探しをすれば切りがないほどの映像だが、その迫力は映画作りのエネルギーが画面を通し観客に迫ってくる。

 主演した高倉健はシナリオを読んで、どんな役でもいいからとオファーして実現した。岡田は菅原文太を指示したが、新幹線が主役の映画だと拒否、当初宇津井健が演じた倉持運転司令長役だった高倉に回ってきたもの。
 結果はW健がはまり役となったが、その分サスペンス・アクションのテンポが中だるみしたのは否めない。

 紆余曲折のため封切り二日前に完成したという信じられない状況で宣伝もままならず、興業成績も振るわなかったが、その後犯人側のシーンを大幅カットしたフランス版が大ヒット。
 さらに「スピード」(94)が参考にしたという話題もあって国内でもDVD化されるなど評判を呼び映画が再評価されている。

 熱い男たちの映画は、今観ても面白い。






「緋牡丹博徒」(68・日)75点

2020-06-03 12:21:29 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)


 ・ 藤純子主演任侠映画シリーズ8作の第1作。


 鶴田浩二、高倉健という東映任侠映画の大スターが脇に回って藤純子を任侠スターとして育て上げたシリーズの第1作目。監督は「関の彌太っぺ」(63)の山下耕作。若山富三郎、清川虹子、大木実などベテランが脇を固め高倉健が特別出演している。

 明治の中頃、熊本・五木で一家を構える矢野一家の一人娘・竜子が殺された父の仇を求め、”緋牡丹のお竜”と名乗り賭場を流れ歩く・・・。

 佐久間良子・三田佳子に去られ、スター女優不在となってしまった東映が、当時22才の藤純子をスターに育てようと当時京都撮影所所長だった岡田が企画し、藤の実父・俊藤浩滋プロデューサーをくどきおこした起死回生作。

 冒頭の襲名披露にはじまり、仁義を切るときの凛としたした美しさと女を捨てたという台詞とはウラハラな健気な風情は、一気に観客の心を奪い彼女の出世作となっていく。

 義理と人情のしがらみの世界に生きながら不正には目をつぶらず立ち向かって行く姿は、当時学生運動の挫折で無常観に苛まれていた若者にも元気を与えた。
 健さんの背中の入れ墨で涙した世代も緋牡丹の入れ墨は控えめながら好感を持って受け入れられ、若山富三郎演じる熊坂虎吉や山本鱗一が演じた子分・フグ新のような気分にさせられる。

 第2作でメガホンを撮った鈴木則文の脚本も男と女の機微を絡ませる構成が巧みだ。豪華俳優の脇役陣が見せ場を作れるようなシチュエーションもキッチリとあって、喜怒哀楽を交えながら初々しいヒロインを盛り立てて行く。

 名匠・山下耕作は女の儚さ一途さを持ちながら度胸もあるというヒロインの人物像を的確に捉え、特に澄んだ眼の美しさと牡丹の白と赤の変化が深く印象に残る演出には定評がある。

 敵役として奮闘したのは大木実。実年齢では高倉健より6才年上ながら兄貴と慕い、這い上がるためには辻斬りまでした元会津藩の武士という役柄は、ウソをついてでも我が身を守ろうとする人間の弱さを演じている。

 ゲストの健さんは出番は少ないながら美味しいところは持って行く役柄。「私のために!」「違う、俺のためだよ」というラストシーンがそのあらわれ。

 大ヒットとなった4年間で8作のシリーズは藤純子の婚約引退発表で幕を閉じたが、東映任侠路線の隆盛期を飾る作品となった。
 監督は山下耕作2作品、加藤泰3作品、小沢茂弘2作品、脚本も担当した鈴木則文1作品と受け継がれ、俳優も鶴田浩二、高倉健、菅原分太、里見浩太郎、松方弘樹などがそれぞれ存在感を魅せファンを喜ばせてくれた。

 筆者には、少年時代からお馴染みの東映のマークで始まるわくわく感を映画館で最後に味合わせてくれた時代だった。

  
 

 

「椿三十郎」(62・日)80点

2020-01-17 15:54:24 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)

「用心棒」の素浪人・桑畑三十郎が、お家騒動に揺れる藩に現れ「椿三十郎」として再登場した。
 シリアスな西部劇調の前作に対し、ユーモア味溢れる本作。この二人にコメディは不似合いだというイメージを覆す、人間味のある素浪人として蘇った。
 原作は山本周五郎の「日々平安」で、黒澤は助監督・堀川弘通のために企画していたが、東宝は小林桂樹かフランキー堺主演のコメディには制作費が掛かりすぎるとのことで没。用心棒の大ヒットで続編を要請されたため、主人公を三十郎に変えての改訂版となった。
 藩の不正に若侍9人が決起、大目付菊井六郎兵(清水将夫)に直訴が叶って喜ぶ密談の最中に三十郎(三船)が登場、知略と凄腕で若侍たちを助けるというハナシ。黒澤作品にしては96分という短さで展開に一切無駄がなく、テンポの良い勧善懲悪物語に仕上がった。台詞も現代的で黒澤・時代劇入門編として最適だ。
 カラー全盛の時代ながらモノクロで時代感を醸成し、リアルな殺陣とともに東映時代劇を衰退させ血の色を緩和させる役割を果たしている。そのためパートカラーに失敗し断念した赤い椿を黒く塗り、赤を観客に納得させてもいる。
 主演の三船を始め宿敵・仲代達矢、志村喬、藤原釜足などお馴染みの面々に、若大将シリーズで人気絶頂の加山雄三、サラリーマン・シリーズで円熟期の小林桂樹、往年の大女優入江たか子、加えて団令子など豪華な布陣。
 なかでもコメディリリーフとして人を斬るのはいけないことと諭す入江と、終盤登場する昼行灯・城代家老役の伊藤雄之助が教訓的な台詞で絶妙なバランスを取る役割を果たしている。
 40秒で30人を斬る三船の殺陣や、仲代との決闘シーンはウソをエンターテイメント化する黒澤演出の真骨頂が発揮されている。その後の時代劇に多大な影響を与える意味でも映画史上に残る名シーンだ。
 黒澤にとっても三船にとっても三十郎を超える傑作時代劇はその後生まれなかった。ましてカラーでリメイクした森田作品は筆者には未だに食指が動かない。

「炎の城」(60・日) 60点

2018-09-09 14:04:42 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)

・ ハムレットを時代劇にした名匠・加藤泰作品に一見の価値あり。




時代劇の雄・東映がマクベスを題材にした黒澤明監督・三船敏郎主演の「蜘蛛の巣城」(57)に対抗して映画化したのは、ハムレットを戦国時代の瀬戸内に舞台を移した時代劇。
<壮烈な失敗作>と述懐した名匠・加藤泰が監督。「ぼく東綺譚」(60)の八住俊雄が脚本化、東映スター大川橋蔵が主演している。

明から帰国した若君・王見正人(大川橋蔵)は、父が叔父の師景(大河内傳次郎)に謀殺され、母時子(高峰三枝子)まで奪われたことを知る。
さらに圧制に苦しむ農民たちを観て、葛藤の末復讐に立ち上がる・・・。

叔父と母の再婚、恋人の父を殺害、正人(ハムレット)を導く父の霊など、原作を踏襲した悲劇を絢爛たる色彩で描いて、黒澤の陰影あるモノクロ映像に対抗。

断崖絶壁での処刑シーン、ダイナミックな殺陣、燃え上がる城など吉田貞次の迫力あるカメラワーク、伊福部昭のテーマ音楽(ゴジラと同じ)がマッチして随所に加藤らしさは出ていた。
ただクローズアップは多用されていたが、得意のロー・アングル映像は観られずファンにとって物足りない。

その後の「瞼の母」(62)、「沓掛時次郎 遊侠一匹」(66)や「緋牡丹博徒シリーズ」のような任侠ものに観られる叙情詩に本領を発揮した監督には本作は肌が合わなかったのでは?

個人的には橋蔵より錦之助のほうが適役だった気がする。橋蔵は「新吾十番勝負」のような美剣士がお似合いで苦悩する若君には見えなかったし、狂い方もオーバーアクションが気になった。

師景の大河内、時子の高峰は流石の存在感で、恋人雪野の三田佳子が初々しい。

加藤が<失敗作だ>と自戒の言葉を残した最大の理由はラストシーンにある。不条理な悲劇を活劇風にしてしまったのは、スター中心である当時の邦画システムによる弊害だ。

「冬の華」(78・日)70点

2016-02-22 13:05:16 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)

 ・ 「駅/STASION」へのプロローグとなった、高倉・降旗・倉本トリオ。

                   

 「昭和残侠伝」・「網走番外地」シリーズコンビの降旗康男監督、高倉健主演が東映に復帰、TVドラマで縁のあった倉本聰が脚本を書いた異色の詩情あふれるヤクザ映画。

 親分を裏切った叔父貴を殺した秀次(高倉健)は、15年の刑に服役。その間、叔父貴の娘・洋子(池上季実子)を気に掛け、<ブラジルの叔父>と偽り<あしながおじさん>を続ける。

 服役を終えて堅気になろうとしながらも、破滅していく切ない男の姿を描いている。

「第三の男」アントン・カラスのチター、「禁じられた遊び」ナルシソ・イエペスのギターを想わせる全編に流れるクロード・チアリのギター・メロディが詩情を煽るが少し過剰気味も。

 横浜・馬車道のクラシック喫茶で、チャイコフスキーのピアノ・コンチェルト第一番を聴きながら<叔父さま宛に手紙を書く>洋子の姿は、従来のヤクザ映画には見られないシークエンス。

 それを遠目で観ながら、黙って立ち去る俊次は義理堅く不器用な昔気質のヒーローそのもので、倉本が高倉のイメージをそのままシナリオにしているよう。

 その後もイメージはヒット作「駅/STAISION」(81)へと繋がっていく。
 
 高倉を慕う俳優たち田中邦衛(好演)・小林稔持・夏八木勲・山本麟一・今井健二らが脇を固め、池部良・藤田進・小沢昭一・大滝秀二などのベテラン、北大路欣也・賠償美津子・三浦洋一など若手が競う健さん最後の東映ヤクザ映画のエピローグ作品でもあった。
 

「日本侠客伝」(64・日) 70点

2016-02-20 10:35:02 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)

 ・ 義理人情の世界をたっぷり描いた、マキノ節全開!

                   

 高倉健のヒット・シリーズ「日本侠客伝」11作の記念碑的な第1作。監督はシリーズ9作を手掛けた巨匠・マキノ雅弘。

 深川木場の材木を一手に取り仕切っていた運送業者・木場政組。新興の沖山運送が政治家や軍と手を組み、何かと争いのタネとなっていた。

 争いを好まぬ組長の死をキッカケに、沖山兄弟(安部徹・天津敏)は木場政組の取り潰しを画策し、利権争いが益々激化していく。

 小頭・辰巳の長吉(高倉健)を始めとする昔気質の任狭に生きる男たちと、それを支える女たちの一途さが切なく描かれていてマキノ・ワールド満載。

 「人生劇場 飛車角」で、ハマリ役・宮川を好演し主役に抜擢された高倉健。本来主演する筈だった中村錦之助がスケジュールを理由に断ったため、シナリオが大幅に書き換えられて除隊した組員・長吉として開始20分後の登場となった。

 錦之助は、木場政の客員ヤクザ・清治役で特別出演扱いとなり、先代に借りた恩を返すため理不尽な沖山へ単身乗り込んで惨死する。このパターンはシリーズに受け継がれ、鶴田浩二、若山富三郎、池部良など大物俳優が担うことになる。

 マキノは切った張ったの大立ち回りより、<男と女の微妙な色恋沙汰を描くのが得意>で、本作も3組のカップルを登場させている。

 長吉といろは亭の娘おふみ(藤純子)の純愛、長吉を想う辰巳芸者・粂次(南田洋子)への赤電車の鉄(長門裕之)の一途な恋、清治と命懸けの駆け落ちをして一人娘(藤山直美)と暮らすお咲(三田佳子)。

 いずれも切ない別れが待っていてこの伏線があってこその刃傷沙汰が映えてくる。

 兎に角豪華キャストで、木場政組には田村高廣、大木実、松方弘樹が登場するが「次郎長三国志」の監督だけあって夫々見せ場があるのは流石。

 幼少の頃から東映時代劇で育った筆者にとって、本作を契機に<昭和任侠もの><実録ヤクザ映画>へ舵を切って行く東映映画との決別を予感させる作品でもあった。

 

 

「日本のいちばん長い日」(67・日)80点

2015-08-19 15:56:06 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)

 ・ 終戦70年に最も相応しいドキュメンタリー風戦争ドラマ。

                  

 大宅壮一(実際は半藤利一)のノンフィクション小説を、東宝が創立35周年記念オールスター・キャストで映画化。

 監督は戦争アクションものを得意とした岡本喜八。橋本忍の脚本は45年8月14日正午から15日正午まで、日本の軍部や政府内部の中枢機関がどのような動きだったかが順を追ってドラマチックに描かれていて、まるでドキュメンタリーのような緊迫感ある味わい。

 モノクロで描かれた157分は、まさに戦後70年目に最も相応しい戦争ドラマだ。

 7月26日早朝日本に無条件降伏を求めるポツダム宣言が海外で傍受され、翌日官邸で緊急会議が開かれる。阿南陸相の強硬な反対により、会議は紛糾し、結論は持ち越された。

 広島に原爆投下、ソ連参戦、長崎原爆投下と事態は益々悪化の一途を辿り、このままだと本土決戦か?という10日、政府は天皇の大権に変更がないことを条件に受諾する旨、スイス・スウェーデン日本公使へ通知。

 12日、連合国側の回答は天皇の地位条項にあるSubjyect Toの解釈が<隷属か制限か>で大論争となる。

 仲代達矢のナレーションで始まるこのドキュメンタリー・フィルムを交えた20分余りのプロローグは、日本人なら目に焼き付いておかなければならないシーン。

 8月14日特別御前会議で、天皇は東郷外務大臣(宮口精二)の意見に賛同し終戦を決意。

 ここから長い1日が始まる。大半の兵力を失った海軍は兎も角、100万の兵力を抱えた陸軍は戦闘体制は崩れていない。本土決戦で勝利してから有利な和平に持ち込みたいという意見が大勢だった。

 ご聖断が下った後、もっとも厄介なのは終戦反対派の陸軍青年将校たちのクーデター計画を抑えること。

 海軍育ちで二二六事件で命を狙われた鈴木貫太郎首相(笠智衆)、阿南陸相(三船敏郎)は気心が知れた中、お互い苦しい胸の内を知りながらご聖断を仰がなければ物事が進まないという辛さを共有していた。

 あくまで終戦を果たしその責任を背負った鈴木と陸軍の創意を担った阿南。阿南を過度に英雄扱いすることをギリギリで避けながら、2人の苦悩は対照的に描かれている。

 ドラマは血気に逸る将校たちの動きを追いながら、中枢人物以外に終戦という幕引きに携わった人々がどのように行動したか?が緊迫感をもって描かれる。

 官邸、宮内省、侍従、日本放送協会などで実務に携わる人々の生死を懸けての行動が、軍部の愛国心とは違った愛国心によって、15日に終戦を迎えることとなったのだ。

 岡本の卓越した編集技術、俳優たちの適格な演技と相俟って、見事な群像劇に仕上がっている。

 あまりにも遅きに失した感は否めないが、広島・長崎の原爆被災、東京など大都市爆撃、沖縄の激戦など多大な犠牲を負いながら、最悪の本土決戦を避け国体維持を果たした玉音放送。

 自刃した阿南陸相やクーデターの首謀者畑中少佐(黒沢年男)が、戦後の復興を見たらどんな想いだったろうか?

 リメイクが公開中の現在本作を観て、戦争という犯罪は、正義の名のもとに一旦突入すると歯止めの効かない魔物だと改めて知る思いだ。

  
 

 

 

 

「沓掛時次郎 遊侠一匹」(66・日) 85点

2015-06-14 17:00:07 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)

 ・ 加藤泰・錦之助コンビによる東映最後の股旅映画。

                 

 戦前4回、戦後4回映画化された長谷川伸原作による股旅物の代表作のひとつ。なかでも市川雷蔵主演・橋幸夫主題歌の大映作品(61)と並ぶ秀作といわれる加藤泰監督・中村錦之助主演で、渥美清・池内淳子が共演する東映最後の本格股旅映画。

 時次郎を慕う弟分・見延の朝吉(渥美清)は、一宿一飯の恩義で佐原の勘蔵一家のために牛堀の権六一家へ単身殴り込みをかける。

 多勢に無勢で嬲り殺しになった朝吉のために2度と長脇差を抜くまいと誓った時次郎だったが、またも抜く羽目に。

 旅立った時次郎は渡し船でおきぬ(池内淳子)と太郎吉親子と一緒になり、熟れた柿を渡される。その親子は、中野川一家最後の生き残り・三ツ田の三蔵(東千代之介)のおかみさんと幼い息子だった。

 掛札昌裕の脚本は、原作にはない一宿一飯の恩義という<ヤクザ稼業の不条理な掟>を強調する逸話から始まる。

 ここでは、人の善い朝吉(渥美清が好演)がイキイキと動くことで<義理人情の世界の虚しさ>を観客に沁みこませる役割を果たしている。

 さらに娼婦お松(三原葉子)と女親分お葉(弓恵子)を配した男と女の一期一会も絡まって、実に絶妙な王道の股旅映画の世界が繰り広げられる贅沢な冒頭部だ。

 初期の東映時代劇を背負った錦之助と千代之介が、掟通りに果たし合いをするシーンは西部劇の決闘のよう。

 脇に廻った千代之介の佇まいは「任侠清水港」(57)での2人の競演でも感じたが、錦之助とならでではの雰囲気があって、他の共演者では醸し出されない独特の世界観だ。

 股旅映画が任侠映画・実録ヤクザ映画に取って代わったこの時代、ひときわ感慨深いシーンでもある。

 加藤泰は独特の美意識を持った監督で、戦前の名監督山中貞之助を叔父にもち、伊藤大輔に師事した苦労人。

 そのローアングルとフィックスによる長廻しに酔しれてしまう映画ファンも多く、筆者もそのひとり。

 その典型が、一年後高崎宿で再会する時次郎とおきぬの名場面。宿の女将(中村芳子)に身の上話しをする映像は実に6分あまりの長廻し。

 門付けのおきぬだと分かって外に飛び出し再会するシーンはこの映画のハイライトで、何度見ても見入ってしまう。

 加藤泰・錦之助の黄金コンビは本作を最後に別々の世界で活躍の場を求める羽目になったが、筆者にとって「瞼の母」(62)とともに永遠に記憶に残る作品となっている。

  
                 

「婚期」(60・日) 75点

2015-02-08 08:37:35 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)

 ・現在なら禁止用語満載、吉村・水木コンビのホーム・コメディ

                    

 邦画最盛期時代、女性文芸作の巨匠・吉村公三郎監督、水木洋子オリジナル脚本によるホームコメディ。ともに数々の文芸作を映画化しているが、このコンビによるコメディは貴重。

 ホテル春山荘を経営する事業家・唐沢家には、主人・卓夫(船越英二)と後妻・静(京マチ子)と小姑29歳の波子(若尾文子)24歳の鳩子(野添ひとみ)の妹2人、弟の5人が同居している。

 家事を担当するのは静と婆や(北林谷栄)で、波子は自宅で書同教室を開くオールドミス、鳩子は劇団の売れない女優で2人は静が邪魔で仕方がない。

 こんな家族構成で嫁と小姑の争いといえば深刻になりかねないが、テンポのよい演出と小気味いいほど言いたい放題の台詞で、新鮮なホームドラマとなっている。

 もっとも現在ならTVでは絶対放送できない放送禁止用語のオンパレードで、この頃は平気で使われていたのが時代を感じさせる。

 吉村公三郎は原節子、高峰三枝子、京マチ子、山本富士子、岸恵子など大女優を育てた女性映画の巨匠だが、本作では高峰・京に若尾文子、野添ひとみを起用して、従来のイメージとは違う新しい魅力を惹きだしている。

 水木洋子は今井正、成瀬巳喜男など名監督の脚本を手掛けていて、女性脚本家の開拓者であり第一人者。「ひめゆりの塔」(53)、「山の音」(54)、「浮雲(」55)、「キクとイサム」(59)など数え上げればきりがない。

 このコンビに宮川一夫(撮影)、間野重雄(美術)、池野成(音楽)という錚々たるスタッフが加わった本作は見所満載。

 なかでも、波子のお見合いが壊れ家族でコタツを囲んでの言い争いは圧巻だ。

 適材適所のキャスティングのなかで、メガネに着物姿の若尾文子と、ちゃっかり者でとぼけた味の婆や・北林谷栄の演技が秀逸。

 何といっても、高度成長期になって<従来の女性の強かな生き方と新しいタイプの女性がどう生きて行くのか>を切り取った水木洋子の脚本が、着地も見事で素晴らしかった。

「股旅 三人やくざ」(65・日) 85点

2015-01-23 08:38:20 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)

 ・ 三話とも<究極の股旅もの>を纏め上げた沢島忠監督の職人芸。

                    

 時代劇には珍しい三人のオリジナル脚本を沢島忠が監督した変則オムニバス。

 第一話 秋の章 笠原和夫・脚本 仲代達矢・主演

  渡世の義理で関八州の役人を二人斬った兇状持ちの千太郎(仲代)は、一宿一飯の草鞋を脱いだ麹屋金兵衛(内田朝雄)一家で遊女おいね(桜町弘子)の見張りを頼まれる。おいねは猪之助が所帯を持とうといってくれたことが生き甲斐で足抜けをしようとしたのだ。猪之助は千太郎が斬った男だった。

  改めて正統派股旅ものを観た想い。秋の風景に三度笠に長脇差の仲代のシルエットが映える。
  映画出演50本目の仲代は、正統派2枚目だがニヒルな役が多く、こんな真っ当な渡世人はあまり記憶がない。
  今回はストイックに演じて好感が持てた。

  相手役の桜町弘子がいい。町娘やお姫様スターの印象が濃い彼女が薄幸な遊女役を見事に演じ、生涯最高の演技をしたのでは?と思えるほど。
  笠原和夫の脚本は彼女をこれでもかというほど、不幸な境遇に置いて同情を一身に集める。

  なにしろ顔もろくに覚えていない一夜だけの男が、所帯を持とうと言ってくれただけで足抜けをしようとするのだから。
  二夜共にした千太郎に情が移るのも無理はない。

  二人の引き立て役として、浪花千栄子と田中邦衛が出ているのも贅沢な配役だ。

  千太郎が取った行いが泣かせる。これぞ男の義理・人情を地で行くシーンで幕切れとなる。

 第二話 冬の章 中島貞夫・脚本 松方弘樹・主演

  賭場でいかさま博打の掛川の文造(志村喬)を救った源太(松方)は、雪の降りしきるなか誰もいない茶屋に逃げ込んだ。互いの身の上話をするうち茶屋の娘みよ(藤純子)が帰ってくる。年老いた文造は亡くなったみよの母を知り合いだと言い、懐からいかさまで儲けた金を出して渡そうとするが・・・。

  父親が博打好きで首を吊ったため、田畑を失いヤクザになった源太と、幼いおみよを捨てた博打好きで家を離れた文造が織りなす父と子の物語は、芝居で演じる世話物のよう。
  中島貞夫は若い松方を大ベテラン志村にぶつけて演技の火花を散らせようという脚本を書き上げた。
  何しろこの年だけでも13作に出演している志村は、ここでも存在感たっぷり。
  19歳の藤純子の田舎娘役は貴重な映像で、志村とは親子というより孫娘にみえた。

  松方は予想以上の大健闘だったが、志村の貫録に圧され気味なのは止むを得なかった。

 第三話 春の章 野上龍雄・脚本 中村錦之助・主演
  腹を空かした風来坊・久太郎(中村錦之助)は村で思いもしない手厚いもてなしを得て、長の三右衛門(遠藤辰雄)から代官の悪役人・鬼の半兵衛(加藤武)を斬って欲しいと懇願される。抜き差しならなくなった久太郎は半兵衛に挑むが、軽くあしらわれ村人から冷笑される。

  絵から抜け出たような二枚目ヤクザの名作が多い錦之助のイメージを、逆手に取った野上の脚本が秀逸。
  コミカルな役もこなせる錦之助の真骨頂を魅せる痛快コメディ。

  楽屋落ちでは?と思わせる入江若葉の田舎娘・おふみとの競演は宮本武蔵のコンビ。
  遠藤と加藤の役も本来なら逆のイメージだし、渡世人・木枯らしの仙三役・江原真二郎は紋次郎のパロディか?と思わせるが、こちらの方が先。おまけにまるっきり違うドライな男なのが、笑わせる。

  春の菜の花が画面いっぱいに広がる幕切れは、沢島得意の軽快な時代劇の真打ちに相応しい。

 筆者は男の郷愁と女の情愛をたっぷり謳い上げた第一話が好きだが、評価は圧倒的に第三話が高い。
 沢島監督、三人の脚本家、古谷伸の撮影、佐藤勝の音楽が相まって三話とも究極の股旅映画として記憶に残る名作だ。