晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「浪花の恋の物語」(59・日) 80点

2014-11-27 15:32:00 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

 ・ 若かりし錦之助が、伝統芸能の様式美で活かされた佳作。

                    

 スケールの大きな作品で定評のある巨匠・内田吐夢監督が、近松門左衛門の原作・人形浄瑠璃「冥途の飛脚」、歌舞伎「恋飛脚大和往来」をもとに成澤昌茂の脚本により映画化。

 亀屋忠兵衛を演じた中村錦之助の魅力が全編に溢れ、相手役の梅川役・有馬稲子との初コンビもぴったりで、若き美男美女に相応しい世話物に仕上がっている。

 作者の近松役の片岡千恵蔵が狂言廻しの役割を果たし、随所に登場して2人の悲恋を同時進行で観る展開がユニーク。哀しい結末ながら救いを持たせるラストに昇華させたことで、坪井誠のカメラと鈴木孝俊の美術と相まって伝統芸能の様式美を堪能できる。

 歌舞伎狂言で有名な本編は、浪花飛脚問屋の婿養子で真面目な忠兵衛と、金のために身を売った遊女・梅川の哀しい心中物だが、映像で再現するには余りにもストレート。出演者たちの演技力とそれを活かすスタッフの技術力が試される作品だ。

 歌舞伎と断絶した錦之助の所作は、まさに花形役者をまざまざと魅せて封印切りのシークエンスは思わず大向こうから掛け声が掛かりそう。有馬稲子は儚さを漂わせる抑えた演技は従来のイメージを一新させた。ふたりの道行きはまるで大舞台を観るようで、実生活でも結婚したのも納得。

 主演の2人とそれを支えるベテラン脇役陣の演技に感動させられた。片岡千恵蔵の近松は貫録十分で
冷徹な中にも温かな眼差しで三幕の世話物狂言に仕立て上げた大作家の存在感を示してくれた。

 女手ひとつで亀屋を切り盛りする女丈夫の義母に田中絹代、女郎屋の主・槌屋治衛門に進藤英太郎、やり手婆あの浪花千栄子は、まるでこんな人物だったに違いないと思わせる本物感がある。

 男優では忠兵衛を遊びの世界に惹き入れながら、ドライに割り切る遊び人・丹波屋八衛門役の千秋実が如何にもという演技で観客から反感を買う。小豆島の大尽・布袋屋藤兵衛は世話物には欠かせない女好きの好々爺をノビノビと演じていて愛嬌のある敵役。

 これら脇役陣の確かな演技は単純なようで芸歴がないとナカナカ難しく、内田吐夢ならではの演出が彼らの能力を巧く引きだしたともいえる。

 <金が敵の世の中>は今も昔も変わっていない。普遍のテーマを基にした悲恋の逃避行は、死ぬことも許されないのか?と嘆く梅川に、せめて想いを遂げさせてやりたいという近松の願いが伝わってくる。

「羊たちの沈黙」(91・米) 80点

2014-11-23 12:46:00 | (米国) 1980~99 
 ・サイコ・サスペンスの傑作だが、初見では面白さが分からない?

                    

 この年の賞を総なめしたトマス・ハリスのサイコ小説シリーズ2作目の映画化。アカデミー作品、監督(ジョナサン・デミ)、主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)、主演女優賞(ジョデイ・フォスター)、脚本(テッド・タリー)の主要5部門を受賞している。

 公開時はA・ホプキンスの演じたレクター博士の特異なキャラクターが最大の話題となった。筆者も早速映画館に駈けつけたが、想像していた恐怖映画ではなく寧ろ30歳前にしてJ・フォスターの可憐さが印象的だった記憶がある。

 その後何度か見直してみると、A・ホプキンスの猟奇殺人犯容疑者で元精神科医という複雑な役柄を見事にこなした演技が際立って見え、女性FBI訓練生クラリスに興味を持った奇妙な交流が物語の核となって行く展開に納得している自分がいた。

 J・フォスターは女性蔑視の世界で頑張っている頭脳明晰な野心家を好演、「告発の行方」(88)以来2度目のオスカーを獲得した。想えばこの頃が彼女の全盛期だった。その後は作品を選びながらコンスタントに出演しているが、童顔がネックとなって?ヒット作には恵まれていない。近作「おとなのけんか」(11)で健在ぶりを魅せてくれたが、これからも顔を見せて欲しい女優だ。

 クラリスのトラウマに興味を持ったレクター博士が、連続殺人事件解決のヒントと交換条件に自らの自由を得る手並みが、あまりにも鮮やかで圧倒される。

 太った女性を殺し皮をはぎ、女装癖とメンガタスズメを育てる連続殺人犯<バッファロービル>。名だたるFBI捜査官を迷わせる犯人でありながら余りにも、あっけなく犯人逮捕の経緯に辿りつくのが、不自然な気がするが・・・。

 ここは天才的洞察力のレクター博士に敬意を表して、流れに乗ってクラリスの奮闘ぶりを楽しみたい。

 古い友達とは? 夕食に行くとは? 続編の期待が込められる見事なエンディングに拍手を送りたい。
 

「浮草」(59・日) 80点

2014-11-21 17:56:59 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

 ・晩年の小津作品では義理人情世界を描いた異色作。

                    

 松竹の至宝・小津安二郎が唯一大映で監督した本作は、晩年の小津作品では異彩の輝きを放っている。

自身のサイレント映画「浮草物語」(34)のリメイクなので、東京で暮らすサラリーマン一家での家族を描いた一連作品とは趣が違って、戦前の旅廻り一座の人間模様や、地方の漁港での暮らしぶりが余情豊かに描かれた異色作だ。

 筆者が幼少の頃、母親と一緒に観た旅廻り一座。映画館がなくても股旅ものに、幕間に踊りがあってもうひと芝居ある3本立ては、子供心に興奮して観た記憶が蘇る。

冒頭で一座が興行を前にビラ配りをしながら若い衆が女探しをする風情が、旅廻り役者と土地のひととの関係が観られて何故か<古き良き時代の?日本>を観るようで面白い。

 一座の座長は初老の嵐駒十郎で先代・中村鴈治郎が扮している。ドサ廻りの役者にしては風格がありすぎる気もするが、人生の紆余曲折を経ながらなお色気を感じさせる旅役者ぶりを演じて流石。

 一座の花形で座長との仲も夫婦同然のすみ子を演じるのは京マチ子。気風が良いが情が深く嫉妬深い。女剣劇の国定忠治はワザと棒読みの台詞で如何にもという芝居で雰囲気が出ていた。大女優の芸の幅を感じさせる役柄で、こういう女を演じても魅力が画面から溢れ出ている。

 久しぶりにこの漁港に来たのは訳がある。一膳飯屋・お芳との間にできた息子・清に会いに来たのだ。清は成長し地元の郵便局に勤めている。親子の名乗りはしないまま伯父・甥としての再会だ。お芳は杉村春子・清は川口浩が演じている。小津作品の常連・杉村の抑えた演技には感服する以外にない。ちょっとした眼の演技でヒトトナリや感情が浮かび上がってくる。

 お芳の存在に嫉妬したすみ子が、一座の若手・加代を使って清を誘惑すること。この経緯がなかなかお洒落で、電報を頼むふりをして電文で清を誘うという手口。若さから自然に湧き出る色気を若尾文子が発揮している。純情な清は<赤子の手を捻る>より簡単なことだったが、世の中は皮肉で<嘘から出た実>となってしまう。

 ハイライトは雨宿りの軒下で道路を挟んでの駒十郎とすみ子の罵り合い。溝口健二のコンビだったカメラ・宮川一夫のアイデアを小津がそのまま受け入れ、イキイキとした男と女のヤルセナイ情愛がコダマする名場面となった。

 ローアングル、固定カメラ、カットバック、同一画面での人物並列描写などいつもの様式美も健在だが、俯瞰で撮った映像も新鮮で、台詞も多くアップも多用して小津作品の定番を覆している点も見逃せない。

 庭の鶏頭など赤が絶えず画面を飾り、夜汽車のテール・ランプで完結する情感溢れるラストシーンが2人のこれからを暗示するようだ。

 小津は北陸を舞台に進藤英太郎、淡島千景、有馬稲子、山田五十鈴で映画化を企画しロケハンまでしたが、雪が少なく断念したとのこと。本作と見比べて遜色のないキャスティングだったので実現して欲しかったが、溝口健二と大映で撮る約束を果たした本作はカケガエのない作品となった。

「戦略大作戦」(70・米) 70点

2014-11-15 12:03:26 | 外国映画 1960~79

 ・ 意外なテイストに戸惑いつつ、深刻ぶらない戦争アクション。

                    

 「荒鷲の要塞」(68)に次いで、ブライアン・D・ハットン監督、クリント・イーストウッド主演の戦争アクションもの。前作がスパイ・アクションだったのに対し、どちらかというとブラック・コメディ風。

 ヨーロッパ戦線連合軍の脱落者たちが、ドイツ軍の隠した金の延べ棒を略奪しようとするストーリーは荒唐無稽ながら、戦争シーンは意外にもリアリティがあって深刻ぶらない戦争アクションに仕上がっている。

 とくにマニアからはドイツ軍のタイガー・タンク、米軍のM・シャーマン戦車の登場が評価が高いようだ。

 C・イーストウッドがコメディ?というミスマッチと思われる意外なテイストと、両脇を固めるテリー・サラヴァス、ドナルド・サザーランドのベテラン2人のそれぞれの味わいがミックスして、144分の長さにも拘わらず最後まで楽しめた。

 C・イーストウッドはマカロニ・ウェスタン2作でハリウッドに復帰、「ダーティ・ハリー」シリーズでブレイクする間の作品。相変わらずの渋面だが、元中尉で誤った命令から味方を攻撃したことで2等兵に落とされたケリー役がイメージどおりで、ラロ・シフリンの音楽が盛り上げる。

 その上司がT・サヴァラス扮するビッグ・ジョー曹長で、手柄を立てても横取りされてしまい不満を抱いている。合流するのが壊滅した戦車隊員のD・サザーランドが演じるオットボール曹長。

 ウマが合わない2人だが、愛国心より金の延べ棒を私物化するという目的は一緒。他にも戦闘経験のない主計担当曹長・ハスラーなどが、金の延べ棒を隠している小さな村の銀行目指し進撃して行く。

 途中味方の爆撃で壊れた橋や地雷爆弾を仕掛けた場所などがあり、スペクタルとリアリティ・シーンの戦車の登場まで、変わり者の兵士たちが繰り広げるストーリーは一種ゲーム感覚という風情。

 そういえば日本でも岡本喜八の<愚連隊>もの、勝新の<兵隊やくざ>ものなど、ヒット・シリーズ作品があったのを想い起こした。

 本作はシリーズにはならなかったが、こんな呑気な戦争アクションはその後見当たらない。その意味では貴重な作品といえる。
                    

「ジェロニモ」(93・米) 80点

2014-11-13 11:30:16 | (米国) 1980~99 

 ・米国先住民最後の英雄を、騎兵隊からの視点で描いた西部劇。

                    

 「ジェロニモ」といえば、アメリカ建国にとって欠かせない最後の先住民アパッチの英雄。西部劇では略奪や殺戮を重ね、白人たちを脅かす悪の象徴。

 だが、もともと侵略をしたのは移住してきた白人たちで、どちらが正義だと言えばむしろ逆の立場。映画界もジョン・フォードが描いた西部劇は通用しないと、さまざまな西部劇が製作されてきたが本作もそのひとつ。

 ジョン・ミリアスの原案・共同脚本でウォーター・ヒルが監督、ライ・クーダーの音楽、ロイド・エイハーンの撮影と豪華スタッフが新しい視点の西部劇に挑んでいる。

 アパッチを保留地区に閉じ込めた史実をもとに、それに抵抗したジェロニモ(ウェス・ステューディ)に関わった主要人物が登場し、彼の人物像を明らかにして行く。物語は若き将校・デイヴィス中尉の回想で進み、前年「青春の輝き」でデビューしたマット・デイモンがナレーションも務めている。

 その上司でジェロニモへの理解・友情に篤いゲイウッド中尉(ジェイソン・パトリック)がメインだが、主役陣のひとりという感じ。騎兵隊隊長のジョージ・クルック准将にジーン・ハックマン、アル・シーバー隊長にロバート・デュヴァルのベテランが扮し、このドラマに存在感を増している。

 滅亡して行く民族の哀しみが全体で伝わってくる物語は、全体に派手さはないものの所々でメリハリの利いた戦闘シーンも描かれている。特に馬に跨っての一騎討ちは見所のひとつで前半J・パトリックが魅せた馬の扱いは目の肥えた西部劇ファンも唸るシーンだ。

 このドラマでもっとも象徴的な存在は、騎兵隊に従いアパッチ追討に加担したチャト(スティーヴ・リーヴス)の存在。終息後はジェロニモたちと一緒に刑務所入りするハメになる。彼がテキサスのならず者達に捕らえられるのを救って落命したシーバーが生きていたら、どう思うだろうか?

 アメリカ建国の歴史に汚点を残した先住民対策で理解と友情を示した人物たちはそれぞれの想いでその後を過ごしたことを余韻にこの西部劇はエピローグとなる。西部劇ファンには物足りないかもしれないが、筆者にはハリウッドの良心を感じる作りに好感を抱きながら観た。

「春との旅」(09・日) 80点

2014-11-08 15:42:58 | 日本映画 2000~09(平成12~21)

 ・小林政広監督・仲代達矢の集大成とベテラン脇役陣の演技比べ作品。

                    

 映画ファンを自称する筆者だが、不覚?にも小林政広監督作品は今まで観たことがなかった。本作を観て力量の程を実感するとともに、従来作品を見比べて集大成だったのでは?と感じた。

 さらに仲代達矢も数々の映画のなかでも、これがある意味で一区切りとなる好演であった。若かりし頃のエネルギッシュでシャープな演技、黒澤明作品で魅せた脂っこさも忘れられないが、どちらかというとオーバー・アクションが好みではなかった。ところが本作はフレーム内に収まった抑えた内面の演技で改めて感心させられた。

 <春>とは、北海道の増毛で暮らす元漁師・忠男の孫娘の名前。給食係として働いていた小学校が廃校になり失職して上京して職探しをしたい春。2人が忠男の受け入れ先を求めて姉・兄弟を訪ねる旅を通して、さまざまな家族・暮らし振りを垣間見るロード・ムービー。

 ニシン漁の夢を諦めきれず頑固に生きてきたが足が不自由になり漁も儘ならず、一人娘を自殺で失い残された孫娘に生活を委ねてきた忠男。

 長兄・重男夫婦(大滝秀治・菅井きん)夫婦を手始めに、仲の良かった弟、旅館経営で頑張っている姉(淡島千景)、不動産業を手広くやっている末の弟・道男夫婦(柄本明・美保純)を訪ねるが、身勝手な忠男を引き取り面倒を観る兄弟は現れない。

 豪華なベテラン俳優たちが、まるで演技比べをするように次々と現れ、仲代と競い合う様子は見応え充分だ。それぞれの事情を窺わせる台詞が散りばめられ、それを時にはにはロングショットで時にはアップでカメラが追う。

 淡島千景は長い芸歴でこれが遺作となってしまったが、ダメな弟を叱りつけ容赦なく追いかえしながら、見送る姿に姉としての愛情と惜別の瞬間を魅せ、さすが大女優の風格だった。

 小林監督のシナリオは、女性の理想像を願いながら描く監督のようだ。刑務所入りの夫を食堂経営で支える義妹・愛子役の田中裕子、末弟・道男の妻・明子役の美保純、自殺した娘婿・真一(香川照之)の後妻・伸子役の戸田菜穂など、殆ど初対面の2人を想いやりを持って迎え・見送っている。

 主演した大御所・仲代とペアで終始出ずっぱりだった春役の徳永えり。祖父への思い遣りと嫌悪が複雑に絡み合う。旅を続けながら、胸の内を吐き出した父への想い。監督の拘りの演出に耐えながら田舎の純粋な少女になりきった渾身の演技は、敢闘賞をあげたい。

 北海道・東北を殆ど順撮りしながらオール・ロケした映像は、北の風土・情景が映し出されている。その東北も3.11の震災で失ってしまった。2人の旅はもう再現不可能なのが感慨深い。

 日本映画の両巨頭・小津安二郎と黒澤明を意識したテーマと斬新映像は、誰もが意識していて小林政広もそのひとり。間違いなく本作によって受け継がれたというのは言い過ぎだろうか?

「セブンイヤーズ・イン・チベット」(97・米) 75点

2014-11-04 17:42:23 | (米国) 1980~99 

 ・中国とチベットの関係に一歩踏み込んだハリウッド映画の限界。

                    

 オーストリアの登山家ハイリッヒ・ハラーの自伝をもとにジャン=ジャック・アノー監督、ブラッド・ピット主演で映画化。

 '39年ナンガ・バルパット登頂隊に参加したハラーは雪崩で断念して下山する。折りしも大戦が勃発したためインドで英国軍の捕虜となり、何度も脱走を重ね5回目に成功。再会した隊長ペーターととともに悲惨な2年間の逃亡劇の挙句、チベットのラサに潜入する。外国人居住が許されなかったチベットだったが、ツァロン高官に救われ生活した7年間を描いている。

 高慢で独り善がりだったハラーが、妻やまだ見ぬ息子への想い、男同士の友情、自然への畏敬、幼いダライ・ラマ14世との交流によって徐々に心境が変化するさまを織り込んだドラマチックなストーリー。

 公開当時の記憶は定かではないが、ジョン・ローン主演の「ラスト・エンペラー」(87)に似た印象があった。ブラピを観るために足を運んだ女性も多いと聞くが、今見直すと中国とチベットの関係が象徴的に描かれ、短絡的な表現ながらハリウッドとしては思い切って踏み込んだ作品となっている。

 終盤で登場する中国共産党・中国人民解放軍全権大使の無礼で傲慢な描かれ方や、チベット人を大虐殺した映像は、中国では上映禁止はいうまでもなく、ジャン=ジャック・アノー監督、ブラッド・ピットの中国入国禁止措置は未だに解けていない。

 撮影はチベットでは許可が下りず、アルゼンチンでポタラ宮殿を再現し100人のチベット僧を動員したという大掛かりなものとなった。さらにネパールでのロケでヒマラヤの絶景が描かれ、無許可でチベット撮影もされたという。このあたりは当時のハリウッドの対中国に対する自信の現れでもあった。

 主演したB・ピットは、出ずっぱりの奮闘ぶりで彼の代表作のひとつ。ジョン・ウィリアムズの音楽・ヨーヨーマのチェロ演奏をバックに、頂上を極めることが至上主義の西欧思想のハラーが自我を捨てるチベット仏教精神に触れ、癒されて行く。フィクションでアレンジされた妻や子供との物語も、彼の孤独なイメージにはぴったりだが、焦点がボヤケテしまった感もある。

 オーディションで100人の中から選ばれたという幼いラマに扮した少年が、聡明で好奇心旺盛な雰囲気が出ていてもうひとりの主役といえる。金髪が珍しいラマがハラーの頭を撫でるシーンが印象に残る。

 その後チベットは自治区として中国の一部となり、ラマ14世はインドに亡命。現在も独立運動が耐えることはないのはご存知のとおり。

 ハリウッドと中国との関係はニューズ・ウィークによると人気冒険小説「チベット・コード」を共同製作し友好関係にあるという。9世紀のチベットを舞台にチベット犬の専門家が仏教の秘宝探しをするという物語で、同誌によると<チベットを裏切るハリウッド>とある。

 歴史は当時の権力者で塗り替えられるのが世の常。この作品は香港返還の年に完成しただけに複雑な思惑が絡むのも事実。この映画の評価に個人差があるのは当然だが、筆者にはハリウッドの勇気を称えるとともにその限界を感じざるを得ない。

 

 

「プライベート・ライアン」(98・米) 85点

2014-11-01 14:37:29 | (米国) 1980~99 

 ・ 家族愛をもとに愛国心を滲ませた戦争ドラマの秀作。

                  

 ’44年6月に連合国軍が決行したノルマンディ上陸作戦を舞台に、米国軍兵士8人がひとりの2等兵を救出に向かったヒューマン・ドラマで従来の正義をかざした戦争アクションでも反戦批判映画でもない。

 S・スピルバーグが2度目のオスカー監督賞を受賞、冒頭の20分ほどのリアルな戦闘場面が映画史に残るシーンとして名高い。主演したトム・ハンクスと前年注目を浴びたマット・デイモン以外は、地味な配役がドラマの真実味を増す効果を醸し出している。

 確かにすざましい音響の中、兵士たちが炎に包まれ爆死、内臓が剥き出しになったり腕を失った兵士が自分の腕を持って彷徨したりする残酷なシーンが、次から次へと繰り広げられる。血の海が生々しくこれからの展開がどうなるのか?観ていて不安になる。

 そんな上陸作戦が展開されたオマハ・ビーチで中隊長ジョン・H・ミラー大尉(T・ハンクス)が受けたのは、101空挺師団のジェームス・ライアン2等兵(M・デイモン)を戦地から探し帰国させることだった。

 その価値の是非論に疑問を抱かせないよう、事前に兄たちが戦死して独り帰国を待つ母の姿が抒情たっぷりと映像に映る。国民が愛国心を失わせないための軍幹部による特命事項であることを、隊長のみが知ることとなる。

 6人はもともとミラー隊長から選ばれるが、ひとりティモシー・E・アパム伍長は別部隊の地図作成・情報処理のスペシャリスト。実戦経験のない彼が選ばれたのはドイツ・フランス語が堪能なこと。死の恐怖と戦友の命を救うための闘いに葛藤するシークエンスが痛々しい。唯一非常時に普通の神経を備えている役割を果たし、観客との橋渡しをする役目となっている。

 スピルバーグは敬愛する黒澤明の「七人の侍」に倣って、ドラマの進行とともに部下7人のキャラクターを描いている。リーダー・ミラー大尉は、着任前の経歴が謎の冷静沈着で部下想い。トム・サイズモア扮するマイク軍曹は、隊長の右腕だが肥満体で足は遅い。エドワード・バーンズ扮するリチャード1等兵は、ブルックリン出身の短気で思った事は口に出して言う。バリー・ペッパー扮するダニエル2等兵は、左利き狙撃の名手で信心深く、ヴィン・ディーゼル扮するカパーゾ2等兵は、人情味溢れる子供好き、アーウィン・ウェイド扮するリビシ衛生兵は、とても人あたりがいい。

 冒頭悲惨なシーンで死ぬことのあり様をリアルに描くことで、正義とか愛国心の矛盾が浮き彫りにされて行く。死ぬ間際の兵士が叫んだのは「ママ~!」だった。日本では「天皇陛下万歳!」が建前で、実際は「おかあ~さ~ん!」なのと同じで世界共通。

 ミラー大尉もこの命令を早く終わらせ家族のもとに帰るために頑張ってると本音を吐いている。ライアンが仲間を置いて帰国できないと言い張ったために、さらに犠牲者が増えることに。犠牲者にはもちろんドイツ兵にも帰国を待つ愛する家族がいる。星条旗がはためくエピローグは、矛盾と皮肉を込めたスピルバーグらしい幕切れだ。