晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

『赤線地帯』 85点

2012-11-23 12:44:23 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

赤線地帯

1956年/日本

巨匠・溝口の遺作は娼婦たちの群像劇

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 85

ストーリー ★★★★☆85点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★☆☆60点

58歳という若さでこの年亡くなった巨匠・溝口賢二監督の遺作は、国会での売春禁止法案審議というテーマを同時進行させた社会問題を絡めた娼婦たちの群像劇だった。このため批評家からは「類型的」との評価が多く、あまり高評価を得られなかった。当時筆者は12歳で、リアルタイムでは観ていないが、溝口監督が日本を代表する監督でヴェネチア国際映画祭で2度賞を獲った有名な監督であるという認識があったくらいだから、若くして巨匠と呼ばれたのは頷ける。日本の5大監督(黒澤・小津・木下・成瀬)としてもっと評価すべきヒトだが、私的には娼婦に背中を切られたとか、好き嫌いが激しいとか何かと問題の多い人だったらしい。
本作は吉原の<夢の里>で働く、やすみ(若尾文子)、ゆめ子(三益愛子)、ハナエ(木暮実千代)より江(町田博子)、ミッキー(京マチ子)の5人を客観的に捉え、女の本質・本能や強かさなどを鋭く描いて魅せる。底辺に生きる女たちにはソレゾレの背景があってドラマの中でオムニバス風に暴いて行く成澤昌茂のシナリオは「西鶴一代女」(52)、「雨月物語」(53)、「山椒大夫」(54)と立て続けに本格時代劇で名を挙げた溝口に新機軸をもたらしただけに、これが遺作になったことは誠に残念だ。
5人のなかでもっとも強かで、観客にある種ホッとさせる?役を演じたのは若尾文子だ。口八丁手八丁で男たちを手玉に取る守銭奴でちゃっかりしている。<性典女優>というありがたくないニックネームを返上したのが「祇園囃子」での溝口作品で、主演の木暮実千代に引けを取らない好演だった。本作ではさらに磨きがかかっていた。その木暮は、イメージとは正反対の病持ちの夫と乳飲み子を抱え働くヤツレタ通いの娼婦役。黒ブチの眼鏡を掛け、「何が文化国家だ!自分は生きてみせる。そして次はどうなるか生きてこの目で見届けてやる」と言う強い女だ。
大女優の2人、三益愛子と京マチ子も娼婦役だ。<悲劇の母親女優>として一世を風靡し、作家で大映の専務・川口松太郎の夫人である三益が、息子に捨てられ気が触れる哀れな娼婦役を演じるというので大いに話題になったという。京マチ子は「羅生門」(50)、「雨月物語」(53)、「地獄門」(53)で<グランプリ女優>と呼ばれた大スター。出番はそれ程多くないがタイトルではトップに名前が出る所以である。父に反抗してズベ公になる楽天家ぶりはとても32歳とは思えないバイタリティ溢れる現代娘ぶり。もうひとり普通の主婦に憧れ、して結婚するが、女中替わりに使われ出戻りする町田博子。
5人にはその背景を見せる修羅場があって溝口得意の長廻しとなる。つまり5人が主役の作品である証明である。
脇を固める夢の里の経営者夫婦に進藤英太郎と沢村貞子が上手い。あるじは「政治が行き届かないところをカバーする社会事業だ」と必要悪を説き、女将は「吉原は300年続く商売だからそんなに簡単にはなくならない」と本音を言う。半世紀過ぎた今日姿かたちは変わっても現存する風俗営業の現実を言い当てている。客に現れる男たちの本音を十朱幸雄・田中春男・多々良純など達者な俳優が演じているのも懐かしい。絶賛されたラスト・シーンは、可もなく不可もなく感じた。


『無法松の一生('43)』 85点

2012-11-21 17:24:10 | 日本映画 1945(昭和20)以前 





無法松の一生('43)


1943年/日本







阪妻の豪放さと哀愁漂う優しさを惹きだした傑作





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shinakamさん


男性






総合★★★★☆
85



ストーリー

★★★★☆
85点




キャスト

★★★★☆
85点




演出

★★★★☆
90点




ビジュアル

★★★★☆
85点




音楽

★★★★☆
80点





岩下俊作の小説「富島松五郎伝」から伊丹万作が監督しようとしたが病弱のため断念、盟友の稲垣浩に託した<小倉を舞台に終生車夫として生きた男の一代記>。村田英雄の歌謡曲でもお馴染みである。
何よりの驚きは、今では考えられないほどの難関を乗り越えて戦時中にこんな純愛ものを完成させたスタッフのエネルギーの凄さだ。帝国陸軍がダナルカダルを撤退、山本五十六元帥が戦死し敗戦の影が漂い始めた年に、決して結ばれることのない軍人の未亡人への恋慕の想いがヒシヒシと伝わってくる映画が存在するだけで感動モノ。
当然当局(内務省・警保局)から不謹慎であると間接的でもそれと思わせるシーンは全てカットされ、おまけに戦後米国占領総司令部から軍国的なシーンもカットされ11分もの大幅カットの憂き目にあったにもかかわらず、今日観ても多少のあっけなさを感じるものの本質は脈々と生き続けている。
のちにシナリオどおりにリメイクした三船敏郎主演の作品がベネチア国際映画祭でグランプリを獲って面目を発揮したが、オリジナリティは失っていないものの演じる俳優や環境が変わることで漂う空気感が違って見えてしまう。究極の緊張感で作られた本作は作品のできよりスタッフのエネルギーで数段勝っている。
主演の阪東妻三郎は時代劇の大スターとして燦然と輝いていた俳優。それがしがない車夫の役をキャスティングされたときの困惑は計り知れない。それでも死ぬ気でやると言った言葉にウソはなかった。稲垣浩との真剣勝負が観客に伝わらないハズはない。不幸な生い立ちから学がないまま成長し、荒くれ者だが情に厚く弾けるような豪放さと哀愁漂う優しさが画面に溢れている。三船の豪快さ、三國連太郎の人間らしさ、勝新太郎の色気と後の無法松と比べても阪妻の人から愛されて止まない実直さはピカイチだ。
恋慕される吉岡未亡人役の園井啓子の控えめながら明治・大正の楚々とした女性らしさは後の女優と比較してもひけを取らない。広島で被爆して帰らぬ人となってしまったのも哀しい出来事で、もっと画面で活躍を観たかった女優である。
当時としては斬新なクレーン撮影による俯瞰の町並みや松五郎の少年時代の回想シーン、車輪のカットでトキの流れを表現するなど宮川一夫のカメラがヒトキワ光っていたが、稲垣の「ドイツ表現主義」が影響していることの証明でもある。途中で待たされた客が焦れてバタバタするさまや運動会での徒競争など、昔のサイレントの名残りも加え骨太で力感あふれる演出にコミカルさも加え誠にエネルギッシュ。運動会で未亡人が「あの子があんなにはしゃぐのはみたことがない」という台詞が無法松には一生の宝だったに違いない。蛇足ながら幼児期の息子・小太郎を演じた澤村アキオは後の長門裕之である。






『リオ・グランデの砦』 75点

2012-11-17 14:49:25 | 外国映画 1946~59




リオ・グランデの砦


1950年/アメリカ






ジョン・フォード騎兵隊3部作の最終章





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shinakamさん


男性






総合★★★★☆
75



ストーリー

★★★★☆
75点




キャスト

★★★★☆
80点




演出

★★★★☆
80点




ビジュアル

★★★★☆
75点




音楽

★★★★☆
75点





「アパッチ砦」「黄色いリボン」に続くジョン・フォード監督ジョン・ウェイン主演の騎兵隊3部作。
なかでも主人公が「アパッチ砦」と同じカービー・ヨークであることからその後日談の設定となっている。ヨークは大尉から中佐に昇格しながら妻子とは15年も会わずじまい。南北戦争時代、北軍に加わったヨークが、妻・キャサリンの生まれ故郷シェナンドー峡谷を焼き払ったことにより一人息子とともに別居状態が続いていた。その息子ジェフが父が管轄する国境警備隊へ新兵として入隊してくる。どうやら下士官養成学校を中退してきたらしい。おまけに息子を引きもどそうと妻までが追ってきて15年振りの再会となる。
 勇敢で部下思いの理想的軍人であるカービーが家庭人として妻と息子にどのように対処するかが見どころだ。
フォード一家の常連に囲まれカービーを演じたJ・ウェインの男の魅力がたっぷりと描かれる。
 妻のモーリン・オハラはウェインの相手役には欠かせない女優。ここでも若くして清楚で気品のある母親役を演じている。息子を演じたクロード・ジャーマン・ジュニアは「仔鹿物語」での名子役。成長して背丈が伸びたが新米騎兵らしいあどけなさが残っていて適役だ。
 フォード一家常連の演技比べがもう一つの見どころ。なかでもベン・ジョンソンがハリー・ケーリー・ジュニアと騎馬のローマ式立ち乗りをスタントなしでやってのけたのはお見事。渋い役柄で定評のあるJ・キャロル・ナイシュ演じるシェリダン将軍、キャサリンから放火魔といわれ意味が解らず医師役のチル・ウィルスに訊くヴィクター・マクラグレンの軍曹がユーモアたっぷりで味のある演技も楽しい。
 アパッチ族との馬車による疾走シーンは「駅馬車」のバート・グレノンの撮影が健在だし、連隊歌唱隊の美しい歌声は郷愁を誘う。
 製作費削減で苦労したJ・フォードだが、このヒットのお陰で名作「静かなる男」に繋がったという曰くつきの作品でもあった。






『十七人の忍者』 75点

2012-11-15 18:30:32 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)

十七人の忍者

1963年/日本

地味ながらリアルな集団時代劇第1号

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 75

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆75点

演出 ★★★★☆75点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★☆☆70点

リアルな時代劇小説の1人者・池宮彰一郎の脚本家時代のペンネーム・池上金男による集団時代劇。この年公開された「十三人の刺客」で確立した東映集団時代劇に先駆けて公開されている。監督は長谷川安人で映画作品は六本と少ないが、後にTV界に転じて「銭形平次」「大江戸捜査網」を始め多くの時代劇を手がけている。
将軍秀忠の死期が近づき家光の弟・忠長を担ぎ家督争いを企てた外様大名11名の連判状を、老中・阿部豊後守の命で奪取しようとする公儀お庭番・伊賀忍者の物語。
忍者ものでは前年大映・山本薩夫監督、市川雷蔵主演による「忍びの者」が先駆者だが東映はスター不在となり若手の里見浩太郎を起用したが、むしろベテランの大友柳太朗(伊賀三ノ組組頭・甚伍左)と近衛十四郎(才賀孫九郎)の対決をメインに<命より使命が大事>という忍者の宿命を描いている。大友も近衛も時代劇のスターらしい大見得を切るシーンがあるが却って全体の地味な展開とは違和感があるほど。若手の里見が先輩東千代之介を差し置いて主役になったのはモノガタリに必然性があったからでもあり、紅一点の三島ゆり子も同様。拷問シーンも今思うと可愛いもの。
彦根城を駿河城に見立てたモノクロ画面が引き立ち、荒唐無稽な映像は殆どないリアルさが当時は却って新鮮に映った。お堀から城壁をよじ登るサマはまるでロッククライミングのよう。
どんな役でもいつも悪役ばかりで子供の頃から名前を覚えていた薄田研二が老中阿部豊後守を演じ、後半決め台詞を言ったときは不思議な感慨にひたったのを懐かしく思い出させる。


『近距離恋愛』 70点

2012-11-13 18:05:22 | (米国) 2000~09 

近距離恋愛

2008年/アメリカ=イギリス

貴重な俳優でもあったS・ポラックの遺作

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shinakamさん

男性

総合★★★☆☆ 70

ストーリー ★★★☆☆70点

キャスト ★★★★☆75点

演出 ★★★☆☆70点

ビジュアル ★★★★☆75点

音楽 ★★★☆☆70点

TVドラマで売り出したパトリック・デンプシー主演のラブコメ。監督はコメディ・センスと人間関係の機微を巧く表現することを買われポール・ウェイランド監督が起用された。
10年間親友として交流のあったプレイボーイの実業家トムと美術館鑑定士のハンナ。彼女のスコットランド出張で、電撃婚約で今更ながら彼女を愛していたことに気づき、取り戻そうと躍起になる騒動。
筆者にとってラブコメの女王と言えば、オードリー・ヘップバーン。近年ではメグ・ライアン。百歩譲ってもジュリア・ロバーツだがその後は年齢のせいかピンとこない。そのJ・ロバーツが演じた「ベスト・フレンズ・ウェディング」の男女逆転が本作。
トムを演じたP・デンプシーにはそれなりに女性ファンがいるらしいが、かつてのヒュー・グラントのような如何にもという華がないような気がするのも最近の女性心理が分かっていないせいか?華がないと言えば役柄とはいえハンナ役のミシェル・モナハンにも言える。
けなしっぱなしのキャスティングだが、恋敵のスコットランドの貴族の御曹司コリンに扮したケヴィン・マクギットは適役。シリアスな役のイメージを振り切ってイイヒトを演じて美声まで聴かせてくれた。
なんといってもオスカー受賞監督で貴重な俳優でもあったシドニー・ポラックがトムの父親役を楽しそうに演じていたのが印象的。これが遺作となってしまったが、もっと画面に登場して欲しかった。
最先端の都市NYと伝統的なスコットランド・スカイ島の対比が大画面映像で楽しめるのが、このラブコメのもうひとつの魅力だろう。


『東京五人男』 75点

2012-11-12 12:04:50 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

東京五人男

1946年/日本

エネルギッシュな終戦直後風刺コメディ

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 75

ストーリー ★★★☆☆60点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆75点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★★☆75点

喜劇映画の巨匠・斎藤寅次郎による風刺コメディ。終戦と同時に企画され3ヶ月後に撮影開始し翌年1月に公開したというから驚きだ。
五人男とは当代人気コメディアンの古川ロッパ、エンタツ・アチャコ、石田一松、柳家権太楼。彼らが軍用工員から焼け野原の東京へ帰って、食うや食わずの生活から逞しく起ち上がる様子が歌ありコントありで繰り広げられる。流石に今観て大笑いするほどではないが、彼らが得意にしている笑いのネタが次々と披露される。
なかでも主役的な存在はノンキ節の石田一松。劇中でもお役所仕事を風刺したり、正義漢を発揮している。のちに代議士となって今で言うタレント議員第一号としてもその名が残っている。かなり説教臭く真面目な体制批判役を一手に引き受けているのも彼の持っている資質を見込んでのことか?
一世を風靡した漫才コンビ、エンタツ・アチャコが見せるコントはテンポの良さが後の芸能人のお手本となっている。売れっ子落語の柳家権太楼はあまり見せ場はなかったが、顔を観るだけで喜んだ客が多かったことだろう。
ひとり、孤高のコメディアンぶりを見せたのは古川ロッパ。エノケンと並んで喜劇王といわれ、特異の風貌とロイド眼鏡、華族出身らしい鷹揚さと声の良さで売ったヒト。ここでも子供と露天風呂に入りながら「お殿様でも家来でも、風呂に入ればミナ裸~」と朗々とした歌声を聴かせている。ほかにも極楽コンビの鳥羽陽之助と高勢実乗など当時の売れっ子も見られる。
なにより感心させられたのは円谷英一の特撮だった。富士をバックにしたSLの走行や、大雨が降り家が流されるシーンは戦後の混乱期とは思えぬ完成度に職人魂を観る想いである。


『好人好日』 80点

2012-11-11 14:15:28 | 日本映画 1980~99(昭和55~平成11) 

好人好日

1961年/日本

松竹三大巨匠のひとり、渋谷実の人情喜劇

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆75点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★★☆75点

実在の数学者・岡潔をモデルにした中野実の原作を松竹三大巨匠のひとり「自由学校」「本日休診」の渋谷実監督で映画化。脚本は松山善三との共同脚色で、豪華キャストによる松竹大船調の伝統であるほろっとさせる人情喜劇で小品ながら佳作である。
昭和30年代中頃の奈良を舞台に、世事に疎い大学教授で数学者の父と、しっかり者の母が娘の縁談で繰り広げられる一家の日常風景を描いている。娘の相手は職場の同僚で二百年続く老舗の墨家の跡取り息子で家柄が違う。そのことで起こる両家の出来事がそのまま喜劇のネタとなっている。とくに数学以外に世俗的な欲を持たない父が清貧に甘んじながら、文化勲章を受章すると周りの評価が一変するさまが面白い。
冒頭、これはフィクションであるとクレジットがあるとおり、主人公の変人ぶりは岡潔の逸話ではないようだが、本当ではないかと勘違いするイメージがあるのは、なんとなく岡に似た風貌だからか?無精ひげで雨靴で大学へ通い、犬に羊羹を食べさせたり、挙句の果て泥棒に文化勲章を獲られても平然としている。反面30年来苦労を掛けた妻に感謝の言葉で酌をするなど、自論の<数学は情緒の表現である>という思いやりを実践して見せる。泥棒が勲章を返しに来ると、汽車賃とお礼をあげるよう妻に後を追わせるのはやり過ぎだが・・・。
この下戸でコーヒー好きな天才数学者を演じたのは笠智衆。小津作品で見せる無口な良識ある父とは違って、かなり雄弁で<TVばかり見る子供は馬鹿ばかり>と断言したり、陰に隠れてボクシングの練習をしたりする子供じみたところもある。不器用そうな笠智衆が演じるだけでほのぼのとする。娘は当時20歳の岩下志麻。血の繋がっていない両親に育てられながら清楚で明るい現代娘を好演。父と娘の間で世話女房と娘の善き理解者である母の両面をさり気なく魅せる節子役は淡島千景。相変わらず達者な演技で人情劇には欠かせない女優だ。
ほかにも老舗の息子の姉に音羽信子、お徳婆様に北林谷栄、節子の友人女将に高峰三枝子など適材適所の贅沢さ。おまけに泥棒に三木のり平、クレーマーに上田吉二郎、右翼風の男に菅井一郎などバライティ豊かな脇役を据えて万全の配置は流石巨匠のキャスティングである。
東大寺の大仏・奈良公園・二月堂など古都・奈良の名所が小津の後継者と言われたアンダーカットで随所に見られるのも楽しい。


『独立愚連隊』 70点

2012-11-10 16:18:30 | 日本映画 1980~99(昭和55~平成11) 

独立愚連隊

1959年/日本

痛快ウェスタン風戦争アクション

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shinakamさん

男性

総合★★★☆☆ 70

ストーリー ★★★☆☆70点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★☆☆70点

ビジュアル ★★★★☆75点

音楽 ★★★☆☆70点

<TVでは絶対作れないものを>との企画で成立した岡本喜八監督が長年温めていた痛快ウェスタン風戦争アクション。特異な風貌で脇役に甘んじていた佐藤允とともに出世作となった。
公開時はドライでテンポの良い斬新さが話題となってヒットしたが、反面北支戦線での八路軍との派手な戦闘描写が、反中国・好戦的との批判もあった。いま改めて観ると、カラッと描いてはいるが、従軍慰安婦や馬賊の扱いなど微妙なテーマもあり、シニカルな眼差しと日本軍への郷愁がナイマゼとなって、岡本が狙ったという<戦争のバカバカしさ、虚しさ>より<無国籍娯楽アクション>の色合いが濃い。
最大の要因は主演の佐藤允が演じた野性味と人間味がミックスした新しいヒーロー像の存在だろう。のちに和製リチャード・ウィドマークともチャールズ・ブロンソンとも言われた佐藤允。小林旭・赤木圭一郎など無国籍映画シリーズと並んで従来とは違うヒーローが縦横無尽に活躍することで観客を異次元の世界へ誘ってくれる。
特筆ものは三船敏郎と鶴田浩二の役柄だろう。カタや世界のミフネの大スターが城壁から突き落とされ頭が可笑しくなった大隊長、カタや世紀の二枚目スターが怪しい日本語を使う馬賊の長という端役なのが驚きだ。二人とも監督とは下積み時代の知り合いで友情出演だが貴重な映像となった。
ほかにも雪村いづみが主人公を追ってきた慰安婦、「隠し砦の三悪人」でヒロインを演じた上原美佐が馬賊の妹役で彩りを添えている。
カウボーイハットこそ被っていないが馬にまたがり腰に拳銃をぶら下げた謎の従軍記者が独立90小哨を訪ねて始まるドラマは、ひとりの見習い士官の死を巡って規律正しい日本軍とはまるっきり違う人間模様が繰り広げられる。大隊長を追いやった藤岡中尉を演じた中丸忠雄、腹心の酒井曹長の南道郎が悪代官的敵役がハマり役。一筋縄では行かない哨長の石井軍曹を演じた中谷一郎がいい味を出していた。
日本軍・中国軍とも無差別で殺された兵隊たちへのメッセージがもっと伝われば評価は大分違ったものになっただろう。


『転校生』 75点

2012-11-09 10:36:34 | 日本映画 1980~99(昭和55~平成11) 

転校生

1982年/日本

児童文学を青春ドラマにした大林監督

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shinakamさん

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総合★★★★☆ 75

ストーリー ★★★★☆75点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆75点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★★☆75点

山中恒の「おれがあいつで あいつがおれで」を大林宣彦が映画化。主人公が小6だったのを中3に置き換え甘酸っぱい青春ドラマにした。
もともとCMディレクターとして数々のヒット作を手がけた大林監督初のメガヒットでもある。
男と女が入れ替わるという奇想天外なこの作品を、普通の地方都市・尾道の日常に展開することでホームドラマ的な雰囲気が漂い違和感なく?物語に入って行ける。
8ミリ好きの主人公・斉藤一夫と幼なじみの転校生・斉藤一美を演じたのは、当時無名だった尾美としのりと小林聡美。この2人が神社の階段で転がると姿カタチは変わらないのに中身は入れ替わってしまう。異性への関心は人一倍あるが実態については無知な世代が男と女を実感するエピソードが甘酸っぱく描かれてそんなことがあったかなと郷愁を誘われる。
一夫は女々しくなり一美は少し粗暴な男の子に変身したところに少し誇張が見られるが、今とは違い男は男らしく、女は女らしくという時代だったのですんなりと受け入れられる。
尾美のオカマ演技も良く頑張ったが、当時17歳だった小林の体当たり演技には驚かされ、それだけで演技賞ものだ。
当てにしていたスポンサー、サンリオが降りたために限られた予算で撮影された尾道の風景は後に尾道3部作といわれる2作品より生っぽい。音楽が権利の関係でクラシック音楽を使用したこと、エキストラがスタッフや町の人にしたことで地方都市のドキュメントのような味がしたのが要因か?
佐藤允・樹希樹林の夫婦、宍戸錠・入江若葉夫婦、志穂美悦子の先生など著名な個性派俳優たちが脇で目立たずに普通の演技をしていたのも主人公を引き立てる役割を果たしている。


『危険なメソッド』 75点

2012-11-05 16:49:41 |  (欧州・アジア他) 2010~15

危険なメソッド

2011年/イギリス=ドイツ=カナダ=スイス

バイオレンスを抑えて、円熟味を増したクローネンバーグ

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 75

ストーリー ★★★★☆75点

キャスト ★★★★☆85点

演出 ★★★★☆75点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★☆☆70点

「ヒストリー・オブ・バイオレンス」「イースタン・プロミス」など絶えず衝撃的バイオレンスの世界を描いてきたデヴィッド・クローネンバーグ。最新作はクリストファー・ハンプトンの同名戯曲を脚色した心理ドラマ。
高名な心理学者フロイトとユング。師弟関係のようであり親子のような関係であった2人を結びつけ、決別させた存在のロシア人女性がいた。実在の人物ザビーナ・シュピールラインで、ユングの患者で愛人でもあり、のちに心理学者として論文発表。結婚してロシアで幼稚園を設立するなど功績があったが、ナチに銃殺された波乱万丈の生涯を送ったヒトだ。
「つぐない」「危険な関係」の脚本でも名高いハンプトンのシナリオは彼女をヒロインとはせず、ユングを中心とする3人の愛憎・エゴが複雑に絡んだ人間ドラマとして描かれている。
<言語連想テスト>や<夢分析>などの精神分析シーンも登場するが、もっぱらユングとフロイトの会話は専門用語も飛び交う高尚な論議に終始する。字幕では追い切れないところもあるが、寧ろ学問上の論争より人間性の違いで袂を分かち合ったエピソードが興味深い。アーリア人で裕福な妻のお陰でヨットをもち豪邸に住み愛人を容認されるユング。ユダヤ人のフロイトには理解を超えた根源的な違いを感じたのだろう。アメリカへの船旅で妻が予約したという一等船室へ消えるユングを見送るフロイトの心情は察して余りある。
クローネンバーグはいつもの過激さは最小限にして、知的好奇心をよび起こすようなエピソードを重ね、人間の複雑な心の内を描いている。それに応えたユングのマイケル・ファスベンダーは<精神科医が神経を病む>ということも<恋愛やセックスも研究対象>とするアーリア人気質を巧く表現してユングになりきっていた。フロイトを演じたヴィゴ・モーテンセンはワイルドさは一切みせず別人のような風貌で受けの演技で、クリストフ・ヴァルツの代役とは思えないほど監督の期待に応えた。ザビーナ役のキーラ・ナイトレイは日頃のメロドラマのヒロインのイメージをかなぐり捨て過激なシーンに挑戦。顔を歪め、沼に飛び込み絶叫する統合失調症患者から若き研究者へ変貌する姿を体当たりで熱演している。ファンは当初見てはいけないものを観たような錯覚に陥るかも。出番は少ないがこれも実在の精神医でユングに「快楽に身を委ねろ」と影響を与えるオットー・グロスをヴァンサン・カッサルが演じ、印象的。
クローネンバーグは円熟味を増し、鬼才から巨匠へターニング・ポイントとなった作品だと思う。これから何処へ行こうとするのか?次回作が興味深い。