晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「フリック ストーリー」(75・仏) 75点

2014-06-27 13:01:29 | 外国映画 1960~79

 ・ ドロン、トランティニャンの競演に、フレンチ・ノワールの香りがする。



フランス犯罪史上最も凶悪な殺人事件を起こしたというエミール・ビュイッソン。40年代後半に36件の殺人事件を犯した実在のギャングを、国家警察局の敏腕刑事ロジェ・ボルニッシュが追跡の軌跡を追ったドラマ。<フリック>とは刑事の俗称(デカ)。

 ロジェの手記をアラン・ドロンが映画化権を獲得し、ジャック・ドレーが監督・脚本に参加している。ロジェに扮したドロンとE・ビュイッソンを演じたジャン=ルイ・トランティニャンの2大スターの初共演が最大の見所。

 ロジェは敏腕ながら薄給で、出世も儘ならぬ係長刑事。恋人カトリーヌから仕事を変えたらと言われる状況だが、一旦事件を担当すると仕事一筋に邁進して行く。上司は警視庁とのライバル意識が旺盛でロジェに成功すれば主任に、失敗すれば左遷だとハッパをかけ、ギャングのビュイッソン逮捕が科せられた。

 実話が元だけに、キャラクターのリアリズムは何処かフレンチ・フィルム・ノワールの香りが残っているが、男同士の友情・裏切りはあってもフレンチ・ノワール独特の暗さは感じさせない。これはロジェが持つ雰囲気が大いに影響している。

 ナチスの拷問で兄を殺されたロジェ。同僚の暴力による尋問には意義を唱えるし、張り込み中には差し入れを自ら行う気遣いをする。ときには犯人を追って屋根から転げ落ちる失敗や犯人逮捕に後手を踏むこともある人間らしさを見せている。

 対するビュイッソンは冷酷無比で密告者・裏切った仲間・追ってくる警察官を容赦なく射殺してしまう。その生い立ちはアル中の父親から盗みを教えられ真面目な生き方を知らないで育ったという。

 構成が2人の言動が交互に描写されながら進んで行くために、観客には自ずとクライマックスへの期待感が高まる。

 ほとんどBGMが流れず、臨場感あるSEが殆どなのに随所に入る音楽が効果的。ビュイッソンが唯一人間性を見せたのはE・ピアフが歌う「ラビアン・ローズ」のレコードを聴くシーン。これがクライマックスの名シーンに効いてくる。

 A・ドロンはプロデューサーとしてJ・L・トランティニャンを引き立てながら、40歳を迎え彼らしいダンディさを失わない大人の魅力を醸し出している。くわえタバコとオリーブ・グリーンのトレンチは彼以外に似合いそうもない。

 J・L・トランティニャンは本作が「男と女」(66)と並ぶ彼の代表作と言っていいほど。大作には出演していないが60年代の大スターが新たなジャンルを歩み始めるキッカケとなった。

 共演陣ではカトリーヌ役のクローディーヌ・オージェはボンドガールとしてお馴染みだが、終盤での意外な活躍が目を引く。ほかにもレナート・サルバトーレ、モーリス・バリエ、ポーロ・クローシェなどドロン作品の常連たちがギャング仲間として出演し、2大スターをしっかりと支えている。

 

「ケイン号の叛乱」(54・米) 75点

2014-06-20 17:25:35 | 外国映画 1946~59

 ・ 赤狩り後、精一杯頑張ったE・ドミトリク監督。

                    

 ハーマン・ウォークのピューリッツア受賞小説をスタンリー・ロバーツが脚色、豪華キャストで映画化した。監督はエドワード・ドミトリク。

 ドミトリク監督は’49の赤狩りで、「ハリウッド・テン」のひとりとして服役した人物。不本意ながら米国で映画を撮るため誓約書を書いて復帰している。その監視下で監督した作品なので、多少の歯切れの悪さは止むを得なかったことだろう。

 冒頭「海軍で叛乱が起きたことはない。この映画は人のありようを描いている」、エンディングで「この映画をアメリカ海軍に捧ぐ」という2つのクレジットが入るのがその証。海軍協力なしでこの映画は成立しないので、製作サイド精一杯の譲歩だろう。

 プリンストン大学を卒業し短期海軍士官として入隊したキース少尉の派遣先は掃海駆逐艦のケイン号。
デヴリース艦長始め乗組員は服装もだらしなく、キースは理想と現実の違いを知らされる。

 3ヶ月後艦長の交代があって着任したクィーグ艦長は規律に厳しくベテラン幹部や古参水兵からは段々無視されるようになる。なかでもキーファー通信長はマリク副長へ「艦長は精神障害ではないか?海軍規定184条には緊急時に解任できるとある。」と知恵を授ける。

 おりしも台風のため艦隊からはぐれてしまったケイン号。訓練中ミスを犯しながら自ら責任を取らない艦長の指示が混乱して錯乱状態なため副長は艦長を解任、無事寄港した結果待っていたのは、<艦長解任の是非を巡っての軍事裁判>だった。

 物語の主役は狂言廻し的役割ながらキースを演じたロバート・フランシス。マザコン・エリートだが、ナイトクラブ歌手メイ・ウィンという恋人との恋物語が随所に絡むほど出番が多い。残念ながら若くして飛行機事故で亡くなってその後の活躍は見られず仕舞い。

 クィーグ艦長役は大スター、ハンフリー・ボガート。自ら買って出ただけあって、枝葉末節にこだわる偏執狂を想わせる表情態度はオスカー主演賞候補になっただけある名演だった。

 台風遭遇までの動から一転して軍事裁判での静の緊迫感は、原作もさることながらシナリオの良さが充分発揮されていた部分。

 終盤登場したグリーンウォルド弁護人を演じたホセ・フェラーと、無学ながら叩き上げのマリク副長役のヴァン・ジョンソンは役得だったが、H・ボガートとキーファー通信長に扮したフレッド・マクレイは損な役回り。それでもただの勧善懲悪ではなく、<人のありようを描いた映画>の所以として欠かせない役柄だったことは間違いない。

 監視下にない状況の本作を、ドミトリク監督作品で観て見たかった。
 

「アパッチ」(54・米) 70点

2014-06-18 17:51:13 | 外国映画 1946~59
 ・ 先住民の立場から描いた異色西部劇。

                   

 西部劇スターのバート・ランカスターがアパッチ族実在の誇り高き戦士・マサイに扮した異色西部劇。監督はこれが2作目のロバート・アルドリッチで、同年の「ベラクルス」を始め名コンビの作品が生まれるキッカケとなった。

 アパッチ族の酋長ジェロニモが10年に亘る戦いを終え、米政府に降伏してフロリダに移送される1886。戦士マサイは逃亡し戦いに挑もうとするが、お飾りの酋長サントスは酒浸りでアリゾナ保留地のアパッチたちは戦意を喪失してしまった。

 途中セントルイスで白人社会の街の繁栄を観るマサイがユニーク。消防車・新聞売り・レストラン・クリーニング屋・自動ピアノ・銀行など今まで観たことがないモノばかり。それが彼の心にどう映ったかは語られないが、確かに時代が変わった証しとして脳裏に焼き付いたに違いない。

 おまけに時代を受け入れ定住化したチェロキー族からトウモロコシのタネをもらい、戦い以外にアパッチの生きる道も探り当てていた。しかし仲間の裏切りに遭い、酋長の娘ナリンリを人質にして孤独の戦いに挑んで行く。

 青い眼のアパッチ族は不自然だが、B・ランカスターはサーカスのアクション・スターだった彼の特長を充分に発揮した大熱演が光る。恋人役のナリンリに扮したジーン・ピータースもただの添えモノではない役割を好演している。

 特にトウモロコシ畑でのラストシーンは印象深い。ただ結末を違うストーリーで考えていたアルドリッチには不満の残るエンディングだったようだ。彼が得意とする人間の持つ執念や憎悪が徹底的に描かれていない点では中途半端な作品。

 のちにこれを払拭するような作品をコンスタントに送り出していたが、<赤狩り>が災いし本当のダイナミックな作品は70年代以降の晩年まで待つことになってしまった。

「ラストベガス」(13・米) 65点

2014-06-17 17:38:24 | (米国) 2010~15

 ・ 予想を裏切らない、4大スターの王道コメディ。

                    

 マイケル・ダグラス、ロバート・デ・ニーロ、モーガン・フリーマン、ケヴィン・クラインという熟年スターが勢揃いしたハートフル・コメディで、何と初競演という。監督はジョン・タートルトープ。

 ビリー、バディ、アーチー、サムの悪ガキ4人は、58年後も交流が続いている。事業で成功した唯一の独身ビリーが、30以上離れた歳の差婚をするという。ラスベガスでバチェラー・パーティをするために勢揃いをすることになった。バディは幼なじみの愛妻を失い、ビリーが葬儀に出なかったことを根に持っていたが、アーチーとサムの説得で渋々出掛ける。

 バチェラー・パーティとは、独身最後の数日間男同士でバカ騒ぎすること。なかでもベガスは最高の場所とか。今はコンピュータ・ショーなどのビジネスの一大拠点でもあり、家族揃って楽しめる遊園地として健在だが、筆者が一度だけ行ったことがある30年前は、まさに男の楽園。

 ニュージャジーに住むアーチーは年金の半分をルーレットに賭け10万ドルの大金を手にするし、フロリダで隠遁生活のサムは妻にコンドームを渡される始末。

 4人のキャラクターを際だせながらのベガスの騒動記は中高年を元気にさせてくれそうだが、同世代の筆者にとってはやっぱり映画ならではの絵空事。ビキニ・コンテストやドンチャン騒ぎも、バーの歌手・ダイアナを巡るビリーとバディの争いも、このメンバーなら違和感がないのが凄い。

 人生の終盤を迎え、若かりし頃を思い出し再現するという<人生の応援歌的な作品>が近頃目立つが、本作は4大スターの演技比べを楽しむのが一番!106分がほど良く感じさせてくれた。

「マルコヴィッチの穴」(99・米) 65点

2014-06-15 15:33:13 | (米国) 1980~99 

 ・S・ジョーンズ監督、C・カウフマン脚本の不条理なコメディ。

               

 存在感のある渋い脇役のジョン・マルコヴィッチ。彼の脳内に入ることで自分の願望が満たされるとしたらどうなるかという斬新なストーリー。これが長編デビュー作のスパイク・ジョーンズ監督、クリスティー・カウフマン脚本。

 クレイグは売れない人形師。ペットショップの店員ロッジとは結婚して10年経つが冷え切っている。妻の薦めで就職先を探すと「手先の器用な人求む」という求人広告があり、マンハッタンの会社は7.1/2階にあるレスターという文書整理会社だった。

 ジョン・キューザック扮する人形師が操る人形が、とても不思議な世界を醸し出し、腰をかがめないと歩けない事務所といい快調な滑り出しで期待充分。

 ある日ファイルを落としキャビネを動かすと後ろに板張りのドアを発見。中に入ると何故か俳優のJ・マルコヴィッチの脳内に入ってしまうという秘密のドアだった。

 同じフロアで知り合ったマキシンに一目惚れしたクレイグは、彼女の発案で200ドルで15分間マルコヴィッチになれるというビジネスを立ち上げ成功する。

 他人に乗っ取られるマルコヴィッチ。もちろん本人が登場し、ここからは彼の独り舞台となって怪演のオンパレード。周囲の反対を押し切ってカウフマンが譲らなかった彼を起用した甲斐があった大熱演。

 マルコヴィッチの怪演がヒトキワ目立ったが、いつもとは違うキャメロン・ディアス、チャーリー・シーンの演技も新鮮。ブラッド・ピット、ウィノナ・ライダー、ショーン・ペン、ダスティン・ジョンソンなどがゲスト出演していたが気がつかないヒトも多いのでは?

 まもなく新世紀を迎えるこの時期に相応しく、不条理なコメディの結末はとても哲学的。自己の存在は、生まれてから生きている限り多数の人との関わりの中で形成され、他者から操られている人形のようである。

 クレイグはマルコヴィッチに入り人形師として大成功するが、マキシンとの間にできた子供・ロッテは、実は性同一障害者だったロッジが入ったマルコヴィッチとの間にできていたという奇想天外なストーリーについて行くのが精いっぱい。

 数々の賞を受賞した鬼才・カウフマンのシナリオが、筆者には肌が合わなかったようだ。

「グランド・ブダペスト・ホテル」(13・独・英) 85点

2014-06-10 15:44:53 |  (欧州・アジア他) 2010~15

 ・ 独特のユーモアと軽快なテンポに秘めたW・アンダーソンの想い。

                    

 不覚にもウェス・アンダーソン監督の作品は今回が初見。「イカとクジラ」(05)、「ダージリン急行」(07)など予告編での記憶があるが、何故か触手が動かなかった。

 兎に角豪華キャストで、主演級のスターが10人を超え紹介するだけで長文となってキリがないほど。この手の作品は、往々にして出演者へ配慮するあまりストーリーが後回しになることが多いが、良い意味で予想が外れた。ベルリン国際映画賞銀熊賞(審査員グランプリ)受賞も納得だ。

 ある作家が60年代の若き日に寂れたホテルで謎のオーナーから聴いたハナシは途方もなかった。それは30年代、東欧の国ズブロフカにあるリゾートホテルのブダペスト・ホテル。名物コンシェルジュのグスタヴ・Hはもてなしのプロで、彼を目当てに上流階級の女性がやってくる。ときには夜のお相手も拒まないほどで、マダムD伯爵夫人もそのひとり。

 彼女が何者かに殺され、名画「少年と林檎」をグスタヴに遺贈するとの遺言がもとで、殺人犯として追われるハメになる。名画と殺人というテーマといい、豪華キャストによる個性的なキャラクターといい、アガサ・クリスティのミステリーのような題材だが、独特のユーモア・センスと軽快なテンポは無声映画時代のスラップスティック・コメディを想わせる流れ。

 演じるのが、近年「ハリーポッター」シリーズで悪役もこなすがシリアスな役柄が多いレイフ・ファインズなので、ミスマッチ的な可笑しさが漂う。もうひとり移民の孤児でグスタヴを父親のように慕う真面目なベルボーイ・ゼロとのコンビが繰り広げる逃亡劇が、まるでカラフルなおもちゃ箱のようなヨーロッパ中を駆け巡る。

 なるべく予備知識を持たず映画鑑賞するのをモットーとしている筆者にとって、まだ若いW・アンダーソンという逸材に巡り合えたのは幸せだった。

 彼の映像の特長は、固定カメラで撮るシンメトリーな画面と絵本のような可愛い色遣い。時代によって画面サイズを3種類変えるなど細かい配慮も凝った作りだ。それもCGを駆使するような手法ではなくミニチュアを作って撮影したので、そのぬくもりがじわっと観客に伝わってくる。ホテルの外観はミニチュアだが、ホテル内はユネスコの世界遺産の街ドイツ・ゲルリッツのデパートを改装しての撮影なのも、夢のような世界に誘ってくれる。

 著名なスターたちが思わぬ役で登場し、あっという間に消えて行くので俳優探しも楽しめる。なかでも84歳の老婆役を演じたティルダ・スタントンは、衣装のミレーナ・カノネロとヘアメイクのフランシス・ハノンの手を借り、5時間もかけて大変身して女優魂を発揮している。男優陣ではプラダの革コートの殺し屋ウィレム・デフォー、スキンヘッド・タトゥー入りの囚人ハーヴェイ・カイテルには意外な役での登場に驚かされた。

 あとで知ったが、アンダーソン組の常連はジェイソン・シュワルツマン、ビル・マーレイ、オーウェン・ウィルソンらで、今回はゲスト出演。「アデル、ブルーは熱い色」(13)で青い髪のエマを演じてカンヌ・パルムドール受賞女優となったレア・セドゥなどはメイドのチョイ役だった。

 エンディングで<シュテファン・ツヴァイクの著作にインスパイアされた>というクレジットが入った。ウィーンが世界の中心都市だった時代の作家で、「マリー・アントワネット」の伝記や、自伝を基にしたオーストリア・ハンガリー帝国時代を描いた「昨日の世界」を残している。

 ユダヤ人だった彼はナチス・ドイツから逃れ欧州を転々とし、最後はブラジルで妻と服毒自殺している。アンダーソンが本作を手掛けるキッカケは、彼の<祖国への想い>と<作家同士の固い絆による平和への願い>を込めたものだったのだろう。本作の主人公は、軍警察や殺し屋に追われ、コンシェルジュの秘密結社に助けられ逃亡している。

 現在世界の状況は、2つの世界大戦を経る直前の30年代に似ているという。アンダーソンはツヴァイクの願いを<ピンクのホテルと甘いお菓子に込めて映像化した>のかもしれない。

「天井桟敷の人々」(45・仏) 80点

2014-06-07 18:02:17 | 外国映画 1945以前 
 ・ フランス映画史上ベスト・ワンを大画面で満喫。

                    

 ナチス・ドイツ占領下で製作し、戦後公開され’46ヴェネチア映画祭特別賞を受賞したフランス映画。’79セザール賞特別名誉賞を受賞した理由は、仏映画史上ベストワンであるという評価だった。

 日本では’52に公開され反響を呼び、80年キネマ旬報で歴代外国映画ベストワンに選ばれている。映画マニア必見の作品だけにヌーベルバーグ育ちの筆者も20代で観ているが、リバイバル上映で映像・音声も鮮明ではなくガッカリした記憶しかない。

 近年修正された「午前10時の映画祭」での再上映で観たときは、戦時中の製作にも拘わらず如何にも伝統的フランス映画らしい<詩的リアリズム>を満喫した。

 第一幕 犯罪大通り

 19世紀のパリ。犯罪大通りと言われる繁華街で暮らす人々を描いていて、美しい女・ガランスを巡る4人の男たちの恋模様を中心に展開される。<天井桟敷の人々>とは原題でいう<天国の子供たち>の訳。パントマイム劇場「フェナンビュール座」の最上階・最後方の席は<天国>と呼ばれ最下層の民衆が楽しむ席で声援・ヤジが子供のような賑やかさからつけられた。

 パントマイム役者バチストは、女芸人ガランスを懐中時計を盗んだ容疑者で連行されるのを、得意のパントマイムで救うことで巡り合い恋に落ちる。

 純粋なバチストに対してガランスは「恋なんて簡単よ」というだけあって、女たらしのシェークスピア役者・フレデリック、代筆業で裏では強盗・殺人も厭わない無頼詩人・ラスチーヌとの関わりも隠さない。バチストを秘かに愛する座長の娘ナタリーはやきもきするが、ガランスに心を奪われたモントレー伯爵が救愛してバチストの純愛は終わりを告げる。

 第二幕 白い男

 5年後、バチストは「フェナンビュール座」の花形となり、ナタリーとの間には可愛い息子も生まれる。バチストを観るため毎晩通い詰める貴婦人が現れ、それが伯爵夫人のガランスだと分かると4人の男たちに運命的な変化が訪れる。

 ナチス占領とともに海外へ逃亡した映画人のなかで、マルセル・カルネ監督はフランスに留まり、イタリアの資金援助のもとニースでオープンセットを作り本作に取り掛かった。資金中断の困難を乗り切って、「枯葉」で知られる詩人でもある脚本家ジャック・プレヴェールとの名コンビで、3年3カ月を要した本作はフランス人の映画魂を観る想い。

 ヒロインは当時47歳のアルレッティ。ナチス高官の恋人だったため戦後は恵まれず本作が代表作。その美しさを感じるにはR+40の鑑賞をお薦めしたい。

 バチスト、フレデリック、ラスネールはモデルになった実在人物がいる。バチストを演じたジャン=ルイバローはパントマイムで魅せ、純粋さが悲劇を誘う哀しい男がぴったり。

 名台詞のオンパレードなので1~2度見ただけではその深さは分かりにくく、ある程度歳を重ねて理解も深まる作品だろう。バロメータは190分を長く感じたかどうかで量れそう。

「天国の門」(80・米) 70点

2014-06-01 14:56:49 | (米国) 1980~99 

 ・ 時代の再現に執心したM・チミノの渾身作。

                    

 「ディアハンター」(78)でその才能を発揮し、ハリウッドに華々しく名乗りを挙げたマイケル・チミノ。19世紀末ワイオミング州ジョンソン郡で起きた牧場主と東欧・ロシアからの入植者との争いをモチーフにした長編オリジナルを映画化した。

 あまりの長さ(5時間超)に製作会社から大幅カット指令を受け149分短縮版で上映されたが、1週間で興行中止となりUA倒産のキッカケとなった曰くつきの作品。今回観たのは30年を経てディレクター・カット版として再編集された216分。

 最初の感想としては<NYタイムスが酷評するほど悪くないが、人物描写に不満>といったところか。本国で不評だったのは、おもに3つの理由からだろう。

 第一に、アングロサクソン系の牧場主たちの組織(WSP)が西部劇的悪役で、入植者たちを粛清するというストーリーに不満があった。

 第二に、戦闘は直前回避されていて、終盤最大の見せ場である戦闘シーンが史実とは違うストーリー展開であること。

 第三に、短縮版は登場人物が唐突に登場してストーリーが分かりにくく、壮大な西部劇を期待していた観客の期待を裏切ったこと。

 時代を経て、なおかつ再編集された本編は、筆者のような外国人から見ると史実ではないことの是非を別にすると、作品として充分訴えてくる内容である。

 主人公はハーバード大出のエリートでありながら、好んで西部の保安官となったジェームズ・エイブリル(クリストファー・ウォーケン)。同窓生の牧場主ビリー・アーヴァイン(ジョン・ハート)と20年振りに再会する。牧場主たちは牛泥棒を粛清するためガンマンを雇い、犯罪者リストをもとに入植者たちを処刑することを決める。

 争いに巻き込まれた保安官のジェームズ。雇われガンマン・ネイト(クリストファー・ウォーケン)と娼婦の館・女主人エラ(イザベル・ユペール)の恋にジェームズが絡んで三角関係の行方が気になる。

 時代の再現性に最大のエネルギーを割いた?圧巻の映像美。何しろスタジオに機関車を持ちこんだり、壮大な西部の風景描写、壮絶な戦闘シーン、群衆のリアルな衣装・やつれた風貌、華やかなハーバード大卒業パーティ・舞踏会シーンなどなど。数え上げたらきりがないほどの映像美は、M・チミノの限りない執念とヴィルモス・ジグモンドの撮影技法の賜物。

 トキにはストーリーを忘れるほどの凝りようで、バランスの悪さが許せない観客が出るのも良く分かる。なかでも、主人公・ジェームズの描き方が中途半端。同時代を描いた「シェーン」(53)のようにとは言わないが、単なる遊び心でエラを弄んでいる平凡な男にしか感じられない。

 秀逸だったのはネイトを演じたC・ウォーケン。のちのJ・デップは彼のモノマネでは?と連想させる風貌で、孤独で危なげな男の魅力を振りまいていた。いっそ彼を主役にしたら?と思えるほどの人物像だった。

 ヒロインI・ユペールは米国の有名女優候補を蹴って起用したチミノの期待に応え、全裸も厭わぬ体当たりの演技。「ピアニスト」(01)で大女優となったが、27歳の若かりし姿がみずみずしい。

 日本人にとってそれ程知られていない「ジョンソン郡戦争」を題材に、史実を曲げてまでひとりの男の半生を描いたこの長編は、虐げられた入植者の悲劇性描写とのバランスに苦慮し、消化不良の感は否めなかった。

 それでも映画バブル期の贅沢な映像美は、映画史に残る1作であることは間違いない。