晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「判決 ふたつの希望」(17・レバノン/仏 )75点

2019-01-28 15:02:22 | 2016~(平成28~)


・難民・移民問題を抱える中東を舞台にしたエンタメ・法廷ドラマ。


レバノンの首都ベイルートで起きた、レバノン人男性とパレスチナ難民男性による住宅排水工事を巡っての口論が、だんだんエスカレートし裁判沙汰となる。
はじめは些細なケンカから始まった裁判だったが、メディアが大々的に取り上げたことから政治的問題に発展してしまう。

レバノンのジアド・ドゥエイリ監督の長編4作目で、原題は「The Insult(侮辱)」。

筆者にとっての中東は、宗教・人種の違いによる変遷から歴史的にもとても複雑で、理解するのが難しい地域。

本作でもレバノン人・トニーとパレスチナ難民・ヤーセルの諍いには、些細なケンカとは言えない本質的な民族問題を抱えているのが明らかになってくる。

とはいえ本作は、社会的テーマをダイナミックに取り入れながら普遍的テーマである<家族のドラマ>を織り込んで、エンタテイメント法廷ドラマへ仕立て上げている。

監督と共同脚本を担当したのは離婚手続きの最中だった元妻のジョエル・トゥーマで、裁判シーンではトニー側を監督、ヤーセル側をトゥーマが担当しているのが巧く噛み合っていたのが成功要因のひとつ。

演技陣では、主演したトニー役のアデル・カラムがキリスト教右派「レバノン軍団」党大会集会に参加する熱血漢でありながら、自動車修理工場を叩き上げで経営する愛妻家の男を好演している。
対する無口で骨太な男・ヤーセルに扮したカメル・エル・バシャは舞台俳優で、映画初出演のため撮影に不慣れで監督を悩ませたという。ところが結果はベネチア最優秀男優賞を獲得し本作の高評価に繋がった。

トニーとヤーセルの裁判にはそれぞれの弁護士がつくが、親子であるというのもエンタメ要素を盛り上げているし、男たちが意地を張っているのに夫々の妻や判事など女たちの冷静な対応ぶりも印象的。

法廷ドラマとしても充分楽しめるのは、監督が19歳で渡米してタランティーノのアシスタント・カメラなどハリウッド修行したことと、弁護士である母親の協力を得たからかもしれない。

中東問題は世界に波及し、いまや遠い国の出来事とは言えない。人間同士の交流や女性の社会参加がモット大切では?という気にしてくれる作品である。



「運命は踊る」(17・イスラエル/独/仏/スイス )80点

2019-01-24 15:48:37 | 2016~(平成28~)


・ S・マオズ8年ぶりの新作は、ギリシャ悲劇のような独創的ミステリー。

「レバノン」でヴェネチア金獅子賞を受賞したサミュエル・マオズの監督・脚本で、ヴェネチア審査員グランプリ(銀獅子賞)を獲得した。

軍から息子の戦死という衝撃的な報告を受けた、イスラエルのある夫婦の物語。

3幕構成からなるストーリーで、第1幕はミハエル(リオール・アシュケナージー)とダフナ(サラ・アドラー)夫婦を中心とする一家3代に起こる<運命のいたずら>を描いている。

ミハエルは愛犬に八つ当たり兄の言葉も上の空で施設にいる母を訪ねるが、独逸語しか話さない母には兄と間違えられる。

息子の戦死が誤報と分かりダフナは喜ぶが、ミハエルは激怒し息子をスグに呼び戻せと要請する。

静寂の中突然大きな音を出しドキッとさせたり、アップと俯瞰映像を多用する1幕は、意表を突くカメラワークと部屋の冷たい佇まいから閉塞感を醸し出す。この手法でこの監督の好き嫌いがはっきりしそう。

筆者は好みのタイプだが、思わせぶりだなという気もありながら観ていた。

第2幕は息子ヨナタン(ヨナタン・シライ)の駐屯地がシュールで中東の特異性が鮮やかに描かれ、このドラマのキモとなっている。
戦場とは思えない、のどかな風景と地の果てにいる寂寥感が漂う。国境警備のため置かれた検問所は、ラクダが通るか車の通行証のチェックがある程度。
エル・マンボを踊る兵士など4人の若者が傾いたコンテナを宿泊所に常駐しているさまは、どこか不穏な空気が漂う。
その場で起きた銃の乱射は精神的疲弊がなせる業ともいえるが、ヨナタンには父と同じ道を辿るトラウマになる出来事だった。

第3幕で夫婦の亀裂が明らかになる。それはアニメ映像で描かれたミハエルが母の大切にしていた聖書を自分の欲望からプレイボーイ誌と交換し神を冒涜したことや、戦場で起きたトラウマに囚われていたことより、大事な息子の思いもよらぬアクシデントをどう受け止めればよいのか?で持って行き場のない虚しさからだろう。

マオズは戦争という個人ではどうしようもない巨大な生き物に翻弄される人々を描くことによって、イスラエルという国の宿命をいずれは元に戻るというFoxtrot(フォックス・トロット)という1910年代米国で流行った社交ダンスに例え、人間の運命の不条理さを描いている。

無神論者の夫婦は神に委ねることもできず、娘・アルマの言うように二人でいるのがお似合いのようだ。邪険にされていた愛犬が愛おしそうにしていたのがせめてもの救いだろう。




「輝ける人生」(17・英 )70点

2019-01-18 11:43:20 | 2016~(平成28~)

・ 熟年世代に勇気を与える英国製ハートフル・コメディ。




「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」(14)のリチャード・ロンクレイン監督が、英国に戻って描いた熟年世代への人生賛歌。ハリポタ・ファンにはお馴染みのイメルダ・スタウンストンとティモシー・スポールが共演し、セリア・イムリー、デヴィッド・ヘイマン、ジョアンナ・ラムレーなど達者な英国ベテラン俳優たちが脇を固めている。

サリー州の豪邸に暮らす専業主婦サンドラ(I・スタウントン)は、35年間支えてきた警察官である夫がナイトの称号を授与されレディと呼ばれる絶頂期にあった。
その記念すべき日に夫と親友の浮気現場に遭遇、怒りのあまり満座の前で罵倒してしまう。

家を出て10年間疎遠だったロンドンのアパートで暮らす姉ビフ(C・イムリー)のところへ居候する。傷心のあまりアルコールに溺れ、中華レストランで暴言を吐き警察沙汰に。

そんなサンドラをビフは慰めようと自分が通うシニア専門のダンス教室へと誘う。 そこには訳アリだが、ダンスを目いっぱい楽しむシニア達がいた。

I・スタウンストンは「ヴェラ・ドレイク」(05)でヴェネチア主演女優賞を獲った名優だが、どちらかというと地味な風貌でシリアスな役や「パレードへようこそ」(15)の<世話好きな地方の主婦のイメージ>があった。いわば英国版・市原悦子だ。

対するS・イムリーが「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」(13・16)のような華やかな恋多き都会的な女の雰囲気がある。

役柄を交代したほうがいいのでは?と思うほどミスキャストの感があったが、そこはベテランのふたり。見事に役柄に収まって見えてくる。

特にスタウントンは、気位が高く傲慢な女から途中で可愛い直向きさを垣間見せ、最後はチャーミングな女へ大変身して、熟年女性の共感を独り占めしてしまう。

「ターナー 光と愛を求めて」(15)で主演したT・スポールは「肯定と否定」(16)のようなクセのある役柄がお似合いだが、本作では認知症の妻のため家を売ってボートハウスに住む誠実な夫の役。ドーバー海峡を渡ってクロワッサンを食べに行く夢を持つロマンチストでもある。

こんな3人が見事なアンサンブルで50年代からの様々なダンスミュージックやロンドンやローマのロケ現場とともに物語が進行するうち、原題の「Finding Your Feet」である自立する熟年への応援歌となっている。

脚本にはかなりの無理があるが破綻を吹き飛ばすハートフルなストーリーは、幾つになっても人生はやり直せることを教えてくれる。

「愛と哀しみのボレロ」(81・仏 )70点

2019-01-14 12:29:22 | (欧州・アジア他)1980~99 

・ 戦争で翻弄されながら生き抜いた芸術家たちへのオマージュを描いたルルーシュの渾身作。

「男と女」(66)の名匠クロード・ルルーシュが、フランシス・レイとミシェル・ルグランの音楽とともに、1930年代から81年まで、パリ・モスクワ・ニューヨーク・ベルリンでの4家族を描いた185分の大河ドラマ。

36年モスクワ・ボリショイ劇場で出会ったタチアナとボリス、37年パリ・キャバレー・リドで出逢ったアンヌとシモンの二組夫婦を中心に、パリのナイト・クラブ歌手エブリーヌとナチの軍楽隊長カールの出会い、ニューヨークを中心に活動する音楽家で楽団指揮者のグレン一家が絡む壮大なストーリー。

物語が進んで行くとその逸話からボリスの息子セルゲイが伝説のダンサー<ルドルフ・ヌレエフ>、エブリーヌがシャンソンの女王<エディット・ピアフ>、カールが帝王<ベルトフォン・カラヤン>、グレンが楽団指揮者<グレン・ミラー>がモデルであることが分かるが、勿論ルルーシュのオリジナル。

登場人物も多く、NHKの大河ドラマと違いいきなり登場してもクレジットは入らないから、目を凝らしていないとおいて行かれそう。
おまけに、シモンとその息子ダビットをロベール・オッセン、ボリスとその息子セルゲイをジョルジュ・ドン、タチアナとセルゲイの娘タニアをリタ・ポールブールド、グレンとその息子ジャックをジェームズ・カーン、ジャックの妻スーザンとその娘サラをジェラルリン・チャップリン、エブリーヌとその娘エディットをエヴリーヌ・ブイックスが演じるというややこしさ。

筆者もキャスティングと役柄をオサライして漸く理解できたので、とても初見では大筋を追うだけで精一杯だった。お蔭で3時間を超える大作だが、4大都市の象徴的な観光名所映像とともに流れる映画音楽の巨匠ふたりの音楽と大音響の音量に酔いしれだれることはなかった。

人間は何度でも過ちを繰り返すという警鐘を鳴らすようなエッフェル塔前のトロカデル広場でのボレロが圧巻の、ドルジュ・ドンの踊りとともに終焉を迎える。

ルルーシュの偉大なる失敗作?!ともいわれる本作は、戦争で翻弄されながら生き抜いた芸術家たちへのオマージュでもあり、今後も再評価される時代があることだろう。



「フジコ・ヘミングの時間」(18・日 )75点

2019-01-12 12:58:29 | 2016~(平成28~)


<魂のピアニスト>の人間性に迫るドキュメンタリー。

20世紀末NHKテレビのドキュメント番組でブレイクしたフジコ・ヘミングの現在を通して彼女の人間性に迫るドキュメンタリー。

監督は音楽・ダンスのミュージック映像を専門にドキュメンタリーを手掛けてきた64年LA生まれの小松壮一良。企画・構成・撮影・編集もしている。

親子ほど年齢差がある二人が、素で向き合った約2年間はフジコが運命にもメゲズ自分のスタイルを貫いて生きる姿が映し出されている。

大好きなパリでクリスマス休暇を過ごすフジコ。傍から観ると一見孤独な老人だが、その装いや住まいのインテリアはとても華やかで個性豊か。動物愛護家で自宅には数匹の猫がいて、中でも<ちょんちょん>がお気に入り。そのせいかベジタリアンだが長年の愛煙家でもある。自身は16歳の少女と変わらないという。

その数奇な人生を14歳の時書いた絵日記とともに明かされて行く。東京・下北沢で暮らす幼少期に別れたロシア系スウェーデン人の父、ピアニストの母・大月投網子とベルリンで結ばれる。

ピアノの才能に恵まれ、母の厳しい教育やハーフであることへのイジメにメゲズ、ポジティブに過ごす少女時代が描かれている。

当時は母・投網子のピアノ教師をしながら女手一つの子育てが如何に大変だったことは窺えるが、弟ウルフとともにスクスクと育ったように見えるのは彼女本来の性格によるものか?

画家で建築家の父とピアニストの母の血が、80代半ばを過ぎても彼女の生き方に脈々と息づいていている様子が窺える。

いまでもマネージメントは自分で行い世界中を駆け巡り、車も運転するバイタリティは高齢女性の憧れでもある。何故か樹木希林や黒柳徹子を連想させるキャラクターが私生活から垣間見られる作品だ。

17年12月1日東京オペラシティコンサートでの「ラ・カンパネラ」は圧巻の演奏風景。古風だとかミスタッチが多いとか世評を気にせず、音一つ一つに色を付け歌うように弾く演奏スタイルは画面を通して観客に迫るものがある。

ハンディキャップにメゲズ邁進する音楽家は数多いが、彼女のように時代に翻弄されながら晩年で花が咲き実を結ぶ人生は世の人々を勇気づけてくれる。

今でも毎日4時間の練習は欠かさないという彼女。信仰に支えられながらの生きる力を映像で伝えてくれた。演奏会を聴く機会があったが、妻に譲ってしまったのが悔やまれる。