晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「スパイの妻」(20・日)80点

2022-02-18 15:29:45 | 2016~(平成28~)


 ・ 個人と社会を追究し続ける黒沢清のラブ・サスペンス。


 太平洋戦争へと向かう激動の時代、神戸の貿易会社経営夫婦のミステリアスな展開を描いたエンタテインメント・ストーリー。
 「ドライブ・マイカー」(21)の濱口竜介が野原位と共同でオリジナル・シナリオを書き、山本晃久プロデューサーによって映画化が実現した。
 20年6月NHK・BS8K放送の劇場版で、黒沢清監督がヴェネチア映画祭銀獅子(最優秀監督)賞を受賞している。
 
 ホラーの巨匠として海外でも名高い黒沢だが「トウキョウ ソナタ」(08)以降は現実社会の歪みや問題を背景に個人の在り方はどう在るべきかを追求する描写にウェイトを置いている。
 本作は監督が予てより願望していた時代<太平洋戦争開戦の不穏な時期>を再現するために、撮影場所や衣装・美術などにかなりの拘りが見られる。
 そしてアップは多用せず遠近の構図・陰影のある映像・長回しでの台詞などにより、夫婦がどのように言動したかをまるで舞台劇を観るような緊張感で表現。さらに妻・聡子の視点で観る展開は、先が読めないミステリアスなストーリーとなっている。

 聡子を演じたのは蒼井優。神戸の豪邸で何不自由なく暮らす若き社長夫人役で、夫役の髙橋一生とは「ロマンス・ドール」に続いての夫婦役。「岸辺の旅」(14)以来の黒沢作品出演だが、当時の雰囲気を醸し出し夫を一途に愛する妻を演じて期待に応えている。世間知らずだったが時代や夫に翻弄されながらしっかりと自分を貫く女性でもある。

 夫・福原優作に扮した髙橋一生は自主製作映画が趣味の自称・コスモポリタン。愛する妻を置いて満州へ旅立ち、重大な国家機密を知り立ち上がる。謎めいて本当にスパイだったか明らかにはされないが、その行動には迷いがない。心の奥に秘めたことを貫く男を彼らしくリアルに演じ、ストーリーの牽引的役割を果たしている。

 聡子に好意を抱く幼なじみの憲兵隊神戸分隊長・津森に東出昌大が扮し、一本調子の言葉づかいと大柄な制服姿が妙にマッチしている。二人を忠告したり詰問したりしてハラハラさせる一本気な性格は、実生活が何かと話題なっている彼には皮肉な役柄である。

 聡子の夫への疑心暗鬼は益々深くなり出し抜こうとするが、二転三転して終盤へ・・・。

 ネタバレになるが、NHKドラマとは違うラスト・シーンが海辺で泣き崩れる聡子のシーンだった。エンディングのクレジットは聡子に未来への希望と救いの手を差し伸べた監督の想いによるものだろう。

 

 

「大砂塵」(54・米)70点

2022-02-10 17:20:10 | 外国映画 1946~59


 ・ 主題歌が大ヒットした異色の西部劇。


 ロイ・チャンスラーの小説「ジョニー・ギター」を西部劇専門の製作会社リパブリック・ピクチャーズで映画化。監督は「理由亡き反抗」(55)のニコラス・レイで、ペギー・リーが歌う「ジャニー・ギター」が大ヒットしたことで有名な西部劇。
 主演は本作の映画化権を最初に持った大女優ジョーン・フォーンティーン。

 赤い岩山がそびえ立つアリゾナの砂嵐が舞う鉱山の街に、ギターを背にした男が酒場ヴィエンナに入っていく。後を追うように酒場に入ってきたのは女牧場主エマを始めとする地元の有力者や保安官たち。
 鉄道開通を見込んで酒場経営の拡大を計ろうとするヴィエンナと今の生活をおびやかされるのでは?と不安を持つ街の人々。なかでもエマは兄殺しの疑いをヴィエンナに持つが、ヴィエンナはダンシング・キッド一味だという。そこに現れたのがキッド一味の四人組だった・・・。

 独自の<トゥルー・カラー>映像によるセドナの岩山を背景にものすごい砂嵐とともに、謎の流れ者・酒場の女主人・街の有力者たち・ならず者と主要人物が出揃う冒頭のつかみはこれからの展開を大いに期待させてくれる。

 のちのC・イーストウッド作品のように謎の男ジョニーが愛する女を救い悪を退治して去って行くいくストーリーを想像していたが、雲行きがおかしくなっていく。

 スターリング・ヘイドン扮するジョニーは元凄腕のガンマンが訳あって銃を捨てギターを持った渡り鳥となったが喧嘩の仲裁はギターを弾くだけだし、女主人ヴィエンナとは5年前別れた恋人同士だった。おまけに「嘘でもいいから、今でも俺を好きだと言ってくれ」とまでのたまうとは?
 「男に似合うのは酒よりも一杯のコーヒーとタバコだけだ」というしゃれた台詞が売りだが題名とは裏腹にジョニーの存在感は薄れていく。

 代わりに存在感がどんどん増すのは49歳でカムバックしたジョーン・フォーンティーンが演じるヴィエンナ。「男は誇りさえあれば男のままでいられるが、女は一度でも道を外せば売女扱い」と主張する男装の麗人だ。
 '30年代全盛期はシンデレラ・ストーリーで一世を風靡、45年ミルドレッド・ピアースでオスカー女優となったが「突然の恐怖」(52)以来本格的出演で、大女優としての自負と焦りもあってシナリオを書き直させたほど。

 ジョニー以外でもダンシング・キッド(スコット・ブレイデイ)、街の有力者ジョン・マッキンバー(ワード・ボンド)、保安官(フランク・ファーガソン)など振り回される男たち。唯一頑張ったのがキッド一味のバート(アーネスト・ボーグナイン)のみ。

 お陰で敵役となったのはエマ役のマーセデス・マッケンブリッジ。「オール・ザ・キングスメン」(49)でオスカー助演賞を獲った演技派だが、キッドを巡っての嫉妬心からヴィエンナを亡き者にしようとするただヒステリックな嫌な女として描かれている。実生活では夫のフレッチャー・マークがJ・フォーンティーンの元恋人だったから女同士のバトルは凄まじい迫力となっている?

 当時の正統派西部劇とは何から何まで真逆の本作は本国では不発だったがフランスでトリュフォーやゴダールから大絶賛され、主題歌とともに異色の西部劇として語り継がれることとなった。

 
 

 

 

「殺すな」(22・日)70点

2022-02-08 17:22:09 | 2016~(平成28~)


 ・ 藤沢周平の短編を映画化した井上昭監督の遺作。


 江戸時代の下級武士や庶民の暮らしを通じて愛の物語を綴った藤沢周平の原作「橋ものがたり」からの一編を時代劇専門チャンネルで映画化。同時に劇場公開もされている。
 
 本所の長屋で暮らす浪人・小谷善左衛門と船頭・吉蔵とお峯の心の内を情感たっぷりに描いた人情ドラマ。監督は公開直前に93歳で亡くなった時代劇の井上昭で<愛のものがたり>を丁寧に綴っている。

 最近時代劇製作がメッキリ少なくなり、劇画調か大河ドラマ風が僅かに残るのみ。大映映画で勝新太郎の「座頭市二段斬り」(65)、市川雷蔵の「眠狂四郎多情剣」(66)などを手掛け、TVで「剣客商売」や「鬼平外伝」など数々の時代劇を監督した井上昭にとって最後の作品となった。

 主演の中村梅雀は風貌から醸し出す飄々とした温かみのある人物像だが、かつて愛する妻を手掛けてしまったことを悔いながらの浪人暮らし。いつもながらの安定した演技である。
 向かいに住む船頭の吉蔵と元船宿の女将・お峯は駆け落ちしてこの長屋に隠れている。柄本佑と安藤サクラという実の夫婦が演じているが微妙な男女の愛の行方を演じている。
 安藤は時代劇には経験も少なく不似合いでは?という不安を一掃するしっかりした身のこなしで江戸に生きる女に扮し、これからも時代劇を担って欲しい女優となった。

 吉蔵は最初は怯えて躊躇しながらお峯の誘いに負け、おみねは年の離れた旦那・利兵衛(本田博太郎)では飽き足らず若い吉蔵に溺れて行く・・・。しかし時が経ち人目を忍んで暮らす単調な暮らしは退屈な日々としか移らない。
 逃したくない吉蔵と<惚れた腫れたで暮らすのはいっときのこと>というお峯のこれからは・・・。

 川の向こうには違う暮らしがあるという時代は今なら海外への逃避行というべきか?

 近松なら心中となる愛のものがたりを藤沢は女はリアリストで男たちは一途で直情的に描いている。善左衛門は妻のかかえ帯をたすきに筆作りの内職を、吉蔵は愛しいでも不安で憎らしいという気持ちが駆け巡る。

 <愛しいなら、殺してはならん>という台詞は現代のDV男にも通じる人生訓か?