晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「新聞記者」(19・日)70点

2020-01-27 16:18:20 | 2016~(平成28~)

・フィクションの限界に挑む力作も、映画としての出来は?
東京新聞記者・望月衣塑子の原案をもとに河村光庸がプロデュースした意欲作。日本人の父と韓国人の母でNY育ちの若き記者・吉岡(シム・ウギョン)と、内閣府情報調査室のエリート官僚・杉原(松阪桃李)による官邸権力と報道メディアという立場とそれぞれの葛藤を描いた政治ドラマ。
「世界の民主主義と表現の自由のために」映画化したという河村プロデューサーの獅子奮迅の力作だが、映画としての面白みには今一歩の感は拭えない。
筆者は官房長官の天敵・望月記者をモデルとした物語を期待していたが、日本人女優のキャスティングはならずシム・ウギョンの起用となり人物像を変えざるをえなかった。そのため攻めの取材姿勢での丁々発止のヤリトリはなく、韓国の演技派としての本領発揮には至らなかった。
エリート官僚・杉原を演じた松坂は仕事と家庭の板挟みに悩む若者に扮してなかなかの好演で、出演したその勇気も含め称えたい。ネットで中傷記事を見かけたが、これも内情の仕業か!?気にすることはない。
時代劇の悪代官のような究極の汚れ役・上司多田の田中哲司は巧いがあまりにも類型的。<民主主義は形だけ公平であればいい>という台詞のために出ていたような気がした。
国家の情報操作、疑惑の大学誘致、官僚の飛び降り自殺、レイプ被害者記者会見など生々しい事件に政府が関与している事実を究明し、その政治の暗部を摘発しようとするジャーナリズムの地道な取材ぶりが描かれた緊迫感溢れるドラマを期待していた。
残念ながら内情の実態は想像の範囲でしかなく、<官邸権力と報道メディア>という劇中座談会シーンで望月記者本人、前川元文部次官、南彰氏、NYタイムズ日本支局長が出演しているのもフィクションとドキュメントの混同を招くテイストで違和感が拭えない。
さらに大学新設の真相が<生物兵器>というのも突飛過ぎて説得力に欠ける要因となってしまった。
「大統領の陰謀」(76)から「記者たち 衝撃と畏敬の真実」(19)に至るまで、新聞社や記者たちの<権力に対峙し暴いて行くという姿勢>を描いた一連のハリウッド映画と比較すると邦画の限界を感じざるを得ない。
さりながら、政治映画に無縁だった30代の藤井道人監督が精一杯頑張って政治やジャーナリズム本来の在り方を問題提起することによって、新聞を読まない若い人たちに政治への関心を呼ぶ作りに仕上がったことに成功し、興行的にも大成功した。
河村プロデューサーは「i 新聞記者ドキュメント」(森達也監督)を映画化している。筆者は未見だが本作で果たせなかった<表現の自由への追求>を描いた作品への期待を込めて機会があったら観てみたい。

「よこがお」(19・日/仏)80点

2020-01-23 12:11:11 | 2016~(平成28~)

・ある事件で無実の加害者となってしまった女性を主人公に、人間の多面性を描いたサスペンス風ドラマ。
「淵に立つ」(16)で強烈なインパクトを与えた深田晃司監督が再び筒井真理子を主演にしたオリジナル脚本。
ヒロインに扮した筒井は40代半ばの役柄だが、深田監督との出逢いでブレークした遅咲きの女優。筆者には第三舞台で<踊るポンポコリン>を踊っていた20代の舞台での記憶がまだ残っている。
深田監督は現在のリサと過去の市子を交錯させながら一人の女性を同時並行的に描いて人間の多面性を表現する手法をとっている。
「淵に立つ」では体重を13キロふやして時系列を体現した筒井だが、今回は髪型・服装・化粧などで訪問介護師の市子から謎めいた女性リサへの変貌を遂げて同一人物ながら別人の趣があり、まさに<よこがお>で人間の多面性を見事に具現化している。
訪問看護師として大石家から厚い信頼を受けていた市子。ニートだった長女基子(市川実日子)が看護師を目指し勉強をしているのを助け、次女の高校生サキ(小川未祐)にも慕われていた。
そのミサが行方不明となって事態は急変する。
事件は一週間で解決するが、容疑者逮捕で市子の身に起きた申し訳ないという気持ちが無実の加害者という立場に追い込まれる。
市子に憧れ以上の好意を持つ基子との秘密が成立し、それが思わぬ方向へ・・・。
出演した俳優は主要人物はもちろん脇役まで違和感なく本物感があってドラマに吸い込まれる。なかでも基子を演じた市川実日子が複雑な人間性を魅せ筒井とがっぷり四つの好演ぶりが目立った。現在・過去そして4年後のラストシーンまで複雑な時系列や、リサが<四足歩行>や美容師和道(池松壮亮)への接近など不可解な言動も回収してくれる。
監督はミラン・クンデラの「冗談」をヒントに、親しさ故のセクシュアリティなたわいもないないハナシが、思わぬ方向へ一人歩きするという不条理を市子と基子に置き換えている。
<ささやかな復讐>で独り相撲・滑稽な空回りを演じたリサは、車のクラクションで自らを吹っ切ろうとしていた。
ますます円熟味を増した筒井真理子とシニカルな人間を描くことに磨きが掛かった深田監督のコンビで次回作を期待したい。



 

「椿三十郎」(62・日)80点

2020-01-17 15:54:24 | 日本映画 1960~79(昭和35~54)

「用心棒」の素浪人・桑畑三十郎が、お家騒動に揺れる藩に現れ「椿三十郎」として再登場した。
 シリアスな西部劇調の前作に対し、ユーモア味溢れる本作。この二人にコメディは不似合いだというイメージを覆す、人間味のある素浪人として蘇った。
 原作は山本周五郎の「日々平安」で、黒澤は助監督・堀川弘通のために企画していたが、東宝は小林桂樹かフランキー堺主演のコメディには制作費が掛かりすぎるとのことで没。用心棒の大ヒットで続編を要請されたため、主人公を三十郎に変えての改訂版となった。
 藩の不正に若侍9人が決起、大目付菊井六郎兵(清水将夫)に直訴が叶って喜ぶ密談の最中に三十郎(三船)が登場、知略と凄腕で若侍たちを助けるというハナシ。黒澤作品にしては96分という短さで展開に一切無駄がなく、テンポの良い勧善懲悪物語に仕上がった。台詞も現代的で黒澤・時代劇入門編として最適だ。
 カラー全盛の時代ながらモノクロで時代感を醸成し、リアルな殺陣とともに東映時代劇を衰退させ血の色を緩和させる役割を果たしている。そのためパートカラーに失敗し断念した赤い椿を黒く塗り、赤を観客に納得させてもいる。
 主演の三船を始め宿敵・仲代達矢、志村喬、藤原釜足などお馴染みの面々に、若大将シリーズで人気絶頂の加山雄三、サラリーマン・シリーズで円熟期の小林桂樹、往年の大女優入江たか子、加えて団令子など豪華な布陣。
 なかでもコメディリリーフとして人を斬るのはいけないことと諭す入江と、終盤登場する昼行灯・城代家老役の伊藤雄之助が教訓的な台詞で絶妙なバランスを取る役割を果たしている。
 40秒で30人を斬る三船の殺陣や、仲代との決闘シーンはウソをエンターテイメント化する黒澤演出の真骨頂が発揮されている。その後の時代劇に多大な影響を与える意味でも映画史上に残る名シーンだ。
 黒澤にとっても三船にとっても三十郎を超える傑作時代劇はその後生まれなかった。ましてカラーでリメイクした森田作品は筆者には未だに食指が動かない。