晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

『煙突の見える場所』 80点

2012-02-11 15:37:24 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

煙突の見える場所

1953年/日本

抒情派監督五所平之助の本領発揮

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆80点

音楽 ★★★★☆80点

邦画初のトーキー映画「マダムと女房」の五所平之助が小国英雄の脚本で監督した下町人情ドラマ。五所監督は「生きとし生けるもの」のような社会派から「新雪」「挽歌」のようなメロドラマまで幅広いジャンルを手掛けているが、このジャンルは得意で4人の主役から脇役まで出演者がすべてイキイキしている。現役では山田洋次が最も近い存在だろうが、湿っぽくないのが特長か。
原作は椎名麟三の短編でシリアスなものだけに五所の意向を汲んだ小国の脚色によって<斬新な笑いを誘う庶民の生きザマ>が見事に描かれている。
その下町のシンボルが千住の<お化け煙突>と呼ばれた東電火力発電所4本の煙突。実物を小学生の頃バスの中で観たが、4本の煙突がしばらく行くと3本に見え感心した記憶がある。まるで中年夫婦の緒方夫妻と2階に間借りしている東仙子と久保健三の4人の心情のように、4本から1本まで場所によって本数が違って見える。
戦後の復興期は皆が貧しく生きるのに懸命だった。夫・隆吉は日本橋の足袋問屋に勤めているが家賃三千円の借家住まいを2階の2人に又貸ししてヤリクリ。家計簿をつけ節約に努めるが子供づくりもままならない。なのに妻・弘子は夫に内緒で競輪場で働くなど何処か秘密めいたところがある。2階の健三は税務署員で取り立てに疲れ果てている。仙子は上野の街頭ウグイス嬢だが健三の想いをよそに「好きだけど嫌い」と言ってみたりする。
そこへ突然弘子の前夫の置き手紙とともに赤ん坊が縁側に置いてあったので夫婦の仲は深刻な事態となる。当時徴兵や大空襲で大黒柱が行方知れずとなることは決して珍しいことではなかったが、2人の置かれた状況は決して喜劇的ではなく、むしろ悲劇が起きても不思議はない状況。
庶民の暮らし振りを臨場感もって伝えたのが生活音で、両隣が法華経の太鼓や念仏、ラジオ修理の雑音に囲まれている。<ラジオがNHKではなくJOQR(文化放送)というところは民放が開始されたという時代背景を物語っている。>プライバシーを守れる住宅環境ではなく赤ん坊の泣き声は近所中に鳴り響いてしまう。
原作はクリスチャンである夫が混乱期とはいえ二重結婚してしまうことへの悩みをシリアスに描いているが、本作は赤ん坊をキッカケに4人の複雑な心情の変化を見事に浮き彫りにさせている。上原謙扮する隆吉は優柔不断で短期だが真面目な小市民。田中絹代扮する弘子は不幸な過去を封印して今の生活を守ることが生き甲斐の女房。芥川比呂志扮する健三は「正義」「愛している」という言葉を振りかざす今風の若者だがお人好し。高峰秀子の仙子は可愛がっていた兄の子供を亡くし結婚に慎重になっている。人間の複雑な心境の変化が傍から観ると喜劇そのものなのだ。


『灼熱の魂』 80点

2012-02-07 12:43:12 |  (欧州・アジア他) 2010~15

灼熱の魂

2010年/カナダ=フランス

ミステリータッチに潜むテーマとは?

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 80

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆80点

82回(11年)米アカデミー賞優秀外国語作品にノミネートされたカナダ・フランス合作による衝撃的なドラマ。前年最優秀作品に選ばれたのはアルゼンチンの「瞳の奥の秘密」だったが、ミステリータッチに潜む衝撃的な事実がエンディングに待っている点では良く似ている。その度合いは本作のほうが強烈だ。
レバノン出身でカナダ在住のワジディ・ムアワッドの戯曲をドゥニ・ヴィルヌーヴが脚色・監督した。国名・地名は明らかにされていないが、中東はレバノン・都会はケベックと思われる。
冒頭レディオヘッドの音楽に乗って丸刈りにされる少年たち、ひとりカメラに向かって睨みつける少年のカカトには3つの刺青があった。そしてタイトルが入り思わず肩に力が入ってしまいそう。
プールで気分が悪くなったナワル・マルワン(ルブナ・アザバル)が病院で亡くなり公証人のルベル(レミー・ジラール)から双子の姉弟に2通の手紙が託される。姉には死んだと言われたはずの父宛て、弟にはいないはずの兄宛てで手掛かりは母の写真1枚。
ヴォルヌーヴ監督はマルワン一家の数奇な運命を、現在と過去を交錯させながら映像化してゆく。そのため母と娘が繋がって一瞬どちらか分からないシーンも。舞台では不可能なフラッシュ・バックを使い観客をグイグイ引きずり込んで行く。宗教・民族の争いは現在も途絶えていない。愛する人を殺され子供を引き離され過酷な人生を歩んだ女性の運命を知らされることに。監督は第3者として公証人を登場させ客観的な立場をとっているがその結果はギリシャ悲劇を暗示していて、あまりにも偶然と思うか?それこそドラマチックなできごとと受け入れるかで評価は分かれてしまいそう。繰り広げられる鮮烈な映像と衝撃的な事実に「憎しみの連鎖」を断ち切るすべができるのだろうか?と思わざるを得ない。その点最優秀作品を争った「未来を生きる君たちへ」がリアルさに勝り、受賞を逃したのだろう。


『安城家の舞踏会』 85点

2012-02-05 16:50:46 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

安城家の舞踏会

1947年/日本

終戦2年後の作品であることの驚き

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 85

ストーリー ★★★★☆80点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆85点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆85点

吉村公三郎の原作を「桜の園」をモチーフに新藤兼人が脚色し、華族制度廃止にともない没落する伯爵・安城家を巡る人間模様を描いた90分。
後ろ姿から原節子のアップが映ってバラの花瓶に移り逢初夢子の着物姿が映り、タバコの煙とともに森雅之が現れ当主の滝沢修と家族会議をしている。この冒頭にシーンに吉村監督の斬新な映像作りへのエネルギーを感じる。
なにより驚かされたのは終戦後僅か2年後に公開されたこと。如何に娯楽に飢えていたときとはいえ、庶民は喰うや喰わずの生活を余儀なくされ、日々の暮らしにキュウキュウとしていたとき。それまで遠い世界であった華族の暮らし振りが映像化され没落してゆくさまは興味深々だったことだろう。それに目を付け見事映画化した大船松竹の底力を見せつけられた想いだ。
いま観ると大したことはないが、安城家のセットや小道具の豪華さは焼け野原の東京からまもない頃と比較すれば一目両然。スタッフの苦労は如何ばかりだったか計り知れない。
出演者に新劇の俳優が多かったのもこの映画の特徴で、当主の滝沢修と長男の森雅之、敵役の新川社長の清水将夫など民芸の役者による舞台を思わせる独特の演技が妙に特殊社会の雰囲気を増幅させてくれる。まだ40代の滝沢修が60代の役をしていてもそれほど不自然な感じがしないのもそのせいか?
ヒロインはしっかり現実を見つめ、これから逞しく生きてゆこうとする次女の原節子。決して華族の令嬢には見えないがミスキャストというよりこれからの女性像としてうってつけ。文字通り体当たり?の演技が話題を呼んだ。「あそばせ」「ごきげんよう」という丁寧語は今では死語と化したが女性らしさが滲みでていた。
長女の逢初夢子は当初本物の貴族・入江たか子の予定だったとか?気位の高い出戻り役だが、「モロッコ」の歌姫M・デートリッヒを思わせるシーンがあったり、松竹の生え抜きであるところを見せていた。
どんな役をやっても美味しいところを持ってゆく森雅之はニヒルな放蕩息子ははまり役。
新しい時代の象徴である元運転手から運送業で成功した遠山役の神田隆は、実際は東大出身で役柄とは大違い。生真面目な演技はのちの「警視庁物語」シリーズの刑事役でようやく花開いた後、時代劇の悪役をこなす息の長い脇役俳優の印象が強い。脇役と言えば家令役の殿山泰司が32歳で老け役をやっていたのも驚き。
音楽の使い方も工夫されていて必要なときしか流れないが小道具として活かされているのに感心させられる。


『J・エドガー』 75点

2012-02-04 15:54:59 | (米国) 2010~15

J・エドガー

2011年/アメリカ

権力の座に執着した男の孤独

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 75

ストーリー ★★★★☆75点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆80点

ビジュアル ★★★★☆85点

音楽 ★★★★☆85点

老いて益々衰えをみせないクリント・イーストウッドと個性的な人物像に挑戦し続けるレオナルド・ディカプリオのコンビによる、初代FBI長官J・エドガー・フーヴァーの伝記映画。
脚本に「ミルク」のダスティン・ランス・ブラックを据えて、何故50年もの間権力の座に執着したのか?本人が述懐することで物語が進行しながらその人物像にスポットを当てている。
共産主義・労働運動家の過激派テロが横行するなか新しい諜報部門の若きリーダーに抜擢され、以来アメリカの歴史的事件に関わってきたフーヴァー。国会図書館の蔵書をインデックス化した経験を指紋データを集約することに応用し、犯人逮捕を迅速かつ正確化することを成し遂げた。さらにリンドバーグ幼児誘拐事件を機に縦割りの警察組織を超えた連邦犯罪捜査を認めさせるなど功績もあった。
しかしその反面、非公式に政治家・著名人の情報を収集、スキャンダルも含め<公式かつ機密>という爆弾を持つ陰の実力者としての存在のほうが色濃く残った人物であることは否めない。
本作はマザコンで吃音を克服した正義漢溢れる青年が、内面の鬱積に葛藤し正直に生きられなかった私の部分を中心に描かれている。母の死後、彼女の衣装を纏う悲しみの姿は彼の葛藤を象徴的に表わすシークエンスのひとつだろう。
若干詰め込み過ぎの感があり情報量は多いが、アメリカの近代裏面史的な興味を持ってみれば退屈することはない。
フーヴァーの人間性に触れるとき、彼の長年のパートナー副長官・クライド・トルソンとのゲイの噂は避けて通れないが、イーストウッドはさりげなくかつ堂々と2人の関係を描いて見せた。2人のキス・シーンは見たくないものを見てしまった気恥ずかしさも・・・。
フーヴァーに扮したL・ディカプリオは、老け役に不自然さが否めないものの、アメリカの正義を全うするため総てを犠牲にしたひとりの人間としての苦悩は良く出ていた。いきなり求婚されながら仕事に生きることを選び、私設秘書として最後まで仕えたヘレン役にナオミ・ワッツは控えめながら自然に年を取ってゆく女優としては難しい役をうまくこなしていた。母アンナには貫録のジュディ・デンチ。いまどきの息子を溺愛する教育ママぶりがかぶって見えた。
「ソーシャル・ネットワーク」でエリートぶりを魅せたアーミー・ハマーがトルソンを演じているが、さすが晩年の病に倒れたあとの枯れた老人役には無理があった。
イーストウッドは音楽も担当しているが静謐な品を備えた感性には改めて感服させられた。


『風の中の子供』 85点

2012-02-01 18:31:25 | 日本映画 1945(昭和20)以前 

風の中の子供

1937年/日本

自らの少年時代を投影した清水宏監督

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shinakamさん

男性

総合★★★★☆ 85

ストーリー ★★★★☆85点

キャスト ★★★★☆80点

演出 ★★★★☆90点

ビジュアル ★★★★☆90点

音楽 ★★★★☆80点

児童文学の第一人者坪田譲治の原作を清水宏が監督し、のちに児童映画の巨匠と言われるキッカケとなった作品。
青山家は会社を経営する父と母に、大人しく賢い兄・善太と成績が悪いがやんちゃな弟・三平の4人家族。日本はキナ臭い時代に突入していたが、農村はまだまだその気配が感じられないのんびりした情景だ。兄弟は近所の子供と大自然のなかターザンごっこやチャンバラで遊び廻っている。
一家に事件が起きたのは父の会社で内部騒動があって、警察に連行され戻ってこないハメに。母は働き口を探すため、幼い三平は叔父の家に引き取られる。
清水監督は子供たちの自然な演技を巧みに引きだし、いきいきとそして心温まる日常を見事に映像化している。それは腕白で祖父に育てられた自らの少年時代を投影したものでもある。
小津と並ぶ松竹・蒲田の伝統を築いた巨匠にもかかわらず田中絹代との恋が強烈で、後世作品はあまり評価されない監督だが、本作を観るとその力量の確かさはただものではない。フィルムの荒れや音声が聴き取れない難点はあるものの奥行きを感じる画面構成、カット替わりで物語がスムーズに進行する鮮やかさは、子供の心情をやたらとアップや台詞で描く感情過多な昨今の作品とは大違いだ。
父の河村惣吉、母の吉川満子、叔父の坂本武、叔母の岡村文子という地味ながら適役のキャスティング。大人たちに囲まれて三平役の爆弾小僧、善太役の葉山正雄が素朴な少年らしいリアルな演技をしているのもこの監督の手腕によるものだろう。