晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「マダム・フローレンス」(16・英) 80点

2017-04-28 14:06:25 | 2016~(平成28~)

 ・ M・ストリープ、H・グラントの初コンビによるコメディタッチの感動作。


   

 ’44年、ソプラノ歌手フローレンス・フォスター・ジェンキンスが開いた音楽の殿堂・カーネギーホールでのリサイタルは、未だにアーカイブ一番人気だという。

 <史上最悪のオペラ歌手>に扮したのは大女優メリル・ストリープ。そのパートナーで献身的に支えるのは<ロマコメの帝王>ヒュー・グラント。

 魅力的な初コンビによる伝説的なリサイタルを題材にしたこのドラマを、「クイーン」(07)、「あなたを抱きしめて」(14)、「疑惑のチャンピオン」(16)のスティーヴン・フリアーズが監督。

 NY社交界のトップ マダム・フローレンスは、無類の音楽好きでオペラ歌手として舞台に立っている。無事終了後、どうやら持病があるらしく疲れが出てドクターの検診を受ける。

 パートナーのシンクレアはベッドで詩を朗読して彼女を眠りにつけると、メイドがカツラを外しナイトキャップを被せる。彼女はスキンヘッドだった。

 ベッドを離れたシンクレアは、愛人キャサリンのアパートへ戻って行く。英国貴族の庶子で俳優でもある年下のシンクレアは、財産目当てで近づいたのか?

 オーディションで伴奏者に採用されたコズメ。あまりの音痴ぶりに戸惑い、笑いをこらえるのに必死。

 メディアを買収し信奉者だけを集め、小さなサロンでリサイタルを重ねる不思議なトライアングルは、「裸の王様」のようなフローレンスへの哀れみが漂う。

 やがてフローレンスの病気が18歳で夫にうつされた梅毒と判明。副作用でピアニストを断念し、音感の狂いもその要因であることが分かってくると、彼女の音楽に対する情熱が道楽ではなく生き甲斐で、そのピュアさに哀れみから共感へと変わって行く。

 「マンマ・ミーア」などその実力に折り紙付きのM・ストリープは、<おおスザンナ><夜の女王のアリア>を正しく歌う練習を重ねてから外す練習を行い、撮影に挑んだという。実物レコードとそっくりの歌いぶりが見事というしかない。

 H・グラントは、他の俳優がやったら鼻持ちならない役柄を、とても一途なヒモ?らしく演じて魅せた。

 コズメ役のサイモン・ヘルバーク、スターク夫人のアクネス役のニナ・アリタが程よいスパイスとなって、フローレンスを称賛と尊敬されるべき歌手へと導いてくれている。

 程よい笑いが共感に変わって行くカ-ネギーホールでのリサイタルは、NYポストの酷評があっても<やった事実は消せない>癒しの歌手として今なお記録に残っている。

 後味の良い、コメディタッチの感動作に仕上げたニコラス・マーティンのシナリオとS・フリアーズ監督の手腕を称えたい。
 
 

 

 

 

「わが青春に悔なし」(46・日) 60点

2017-04-26 12:03:09 | 日本映画 1946~59(昭和21~34)

 ・ 原節子主演による<強く逞しく生きる女性像>を描いた黒澤明


   

 GHQ占領下の黒澤明監督作品で、戦時中に起きた滝川事件(33年)とゾルゲ事件(44)をヒントにした久板英二郎の脚本を映像化。

 満州事変を契機に軍閥のファッショ強圧により学園追放された八木原教授(大河内傅次郎)の娘幸枝(原節子)が、自らの信念で<強く逞しく生きていく姿を描いた>作品。

 後年小津作品で魅せる人物像とは違う原節子の変貌ぶりが凄い。教授の一人娘時代は自由奔放なお嬢さん、上京して一人で暮らすOL時代、恋人野毛(藤田進)に再会し同棲するが特高警察の屈辱に耐え、野毛が亡くなり農村でガムシャラに働く女へ。

 野毛のモデルとなったのはゾルゲ事件でスパイとして獄死した尾崎秀美。中国研究の名のもとに反戦運動に没頭。幸枝に「信念に悔いなし。10年後国民に感謝される。」と言って獄死する。

 学生時代のライバルで対照的な旧友に糸川(河野秋武)がいる。卑屈な小心者として上京後検事となり平穏な暮らし歩んでいる。野毛の墓参りにきたときも幸枝に追い返される気の毒な役割だ。

 黒澤は軍閥による戦意高揚映画「一番美しく」(44)とは違ったGHQの検閲に悩まされ、脚本も改編せざるを得なかったとのこと。

 その怒りが、後半の裏切者との冷たい視線を浴びながら農作業に没頭する幸枝に投影されていて、あおり気味のカメラアングルでクローズアップが多様されている。

 <自由の裏に苦しい犠牲と責任がある>とか<顧みて悔いない生活>など如何にもGHQ推奨の民主主義映画のテイストとなった。

 翌年、米国は<赤狩り>が始まり、対共産主義に険しい道へと歩み始める。1年違いで無事公開されたのは、目まぐるしい時代の変遷ぶりが窺える。

 黒澤はその後「白痴」(51)で原を悪女役で起用し、人間の持つ自我や激しい部分を託している。

 原は本作で女優として目覚めたようだ。
 
 

 

「ワイルド・アパッチ」(72・米) 75点

2017-04-23 16:37:26 | 外国映画 1960~79

 ・ 70年代を代表するR・アルドリッチ監督のリアル・タッチな西部劇。


   

 「アパッチ」(54)のロバート・アルドリッチ監督バート・ランカスター主演のコンビによる18年ぶりの西部劇。原題は「ウルザナの襲撃」。

 勧善懲悪型の西部劇が食傷気味のこの時代、実際に起こったアリゾナのサンカロルス・インディアン居留区を出奔したアパッチ族ウルザナと、その一族を追撃する騎兵隊の視点から描いた西部開拓時代の裏面史。

 ローレル砦に駐在する騎兵隊に呼ばれたベテラン・スカウトのマッキントッシュ(B・ランカスター)と、討伐隊の指揮を執る若き将校デヴリン(ブルース・ディヴィソン)との考え方の喰い違いがどのように変化して行くのか?が最大の見どころ。

 先住民を妻に持ちアパッチの習性をよく知るマッキントッシュは、指揮官カートライト少佐に討伐隊を編成して追撃するよう進言するが、詳細を判断してからと慎重になって後手を踏んでしまう。

 神父を父に持つデヴリンは追撃の指揮を執るのは初めてで任務に張り切るが経験不足は否めず、予想外の出来事に遭遇して多大な犠牲者を出してしまう。

 画面は双方での残虐行為の応酬が明らかにされるが、特にアパッチの物事の考え方を表すための残虐さがリアルに再現され際立って見える。

 <憎んでも無意味だ>と諭すマッキントッシュ。憎しみが増すデヴリンに、雇われた通訳ケ・ニ・テイが何故残虐行為をするかを伝えた言葉が説得力を持つ。

 「厳しい土地では力が必要。殺した男が殺された男の力を受ける。ウルザナは保留地の生活で力が薄れているので、これから大勢の人を殺す。」
 
 宗教・文化の違いから民族同士の争いが未だに絶えない世界に警鐘を鳴らしたアルドリッチ。憎悪の応酬は如何に虚しいものかを静謐に捉えた、骨太な娯楽西部劇作品だ。

「手紙は憶えている」(15・カナダ/独) 80点

2017-04-21 16:54:21 |  (欧州・アジア他) 2010~15

  ・ 認知症老人によるロードムービーは、一風変わったサスペンス。

    

  

 認知症で記憶障害のある老人が、ナチス親衛隊員への復讐するためのロードムービー・サスペンス。「白い沈黙」(14)のアトム・エヤゴン監督、「人生はビギナーズ」(10)のクリストファー・プラマー主演、「エド・ウッド」(94)のマーティン・ランドー共演。
   
 高齢者施設に暮らす90歳の老人セブ(C・ノーラン)は、妻に先立たれたことも覚えていない。妻の死後、彼には同じ施設に暮らすマックス(M・ランドー)との約束事があった。それは共に家族を皆殺しにされた元ナチス親衛隊員への復讐を果たすこと。

 身体が不自由なマックスに綿密な段取りを組んでもらったセブは、ルディ・コランダーという偽名の男4人のうち、本名オットー・ヴァリッシュを抹殺するための旅に出る。

 頼りはマックスに書いてもらった、移動手段や居場所・復讐の動機が書いてある手紙だった。

 本作は、従来エゴヤン作品にみられた複雑な回想シーンや遡る部分を排除して、現在進行のオーソドックスな展開。

 衝撃のラスト5分というキャッチフレーズに惑わされることなく、主人公セブのナチ・ハンターぶりを追いながら見入ることができた。

 偶然の出来事が多いという気もするが、脚本デビュー作であるベンジャミン・オーガストの巧みな構成力によってグイグイ惹き込まれて行く。

 C・プラマーは、セブを演じるために年を重ねてきたのでは?と思えるほどのハマリ役。古くは「サウンド・オブ・ミュージック」(65)の大佐役以来数々の出演作があるが、本作が代表作と言ってよい。

 ピアニスト志望だけあって、吹き替えなしでワーグナーの「トリスタンとインゾルデ」を鮮やかに弾くシーンは、衝撃シーンの前触れのひとつ。ちなみに旅の途中弾いたメンデルスゾーンはおぼつかなかった。

 4人のルディ・コランダーのうち3人は人違いだったり他界していたが、最後は探していたアウシュビッツのブロック長だった。「ヒトラー最後の12日間」(05)のブルーノ・ガンツが演じて納得の役柄。

 老人性認知症は、昔のことはよく覚えているという認識があったが、本作のように時と場合によって記憶がまだらになることがあるようだ。

 衝撃の5分間の前触れは前述のピアノのシーン以外にも幾つかあった。ユダヤ人以外にもアウシュビッツ被害者がいて2人目のルディは病床にいて囚人番号は同性愛者だった。セブの流した涙は人違いの涙ではなかったのだ。

 3人目は亡くなっていたが、ネオナチ信望者の息子(ディーン・ノリス)との意外な展開も前触れの一つ。

 アルメニア人虐殺の生き残り子孫である監督。ホロコーストという前代未聞の大虐殺は体験者だけでなく、子孫まで伝えて行くべきものと考えて本作に挑んでいる。

 日本でも広島・長崎の原爆被害は、長く語り継がれなければならないように。

 
 
 



 

「ワイアット・アープ」(94・米) 70点

2017-04-17 17:14:01 | (米国) 1980~99 


 ・ 伝説の保安官・アープを、史実をもとに描いた長編西部劇。


   

  「OK牧場の決闘」でその名を知られる伝説の保安官ワイアット・アープの半生を描いた長編西部劇。監督は「白いドレスの女」(81)、「シルバラード」(85)のローレンス・ガスタンで、ケビン・コスナーが主演のワイアットに扮している。

ジョン・フォードの「荒野の決闘」(46)を始め、「OK牧場の決斗」(57)など代表作があるなか、史実に基づきアープの少年時代から決闘のその後までのエピソ-ドを描いたため191分の長編大作となった。

 ワイアットの人物像は、ヘンリー・フォンダが扮した紳士的なロマンチストやバート・ランカスターの正義漢というイメージがあるが、実在の人物とは大分違う。

 「墓石と決闘」(67)や「トゥーム・ストーン」(93)では史実に近いストーリーで描くあまりイメージ・ダウンもあって、脚本も手掛けたカスダン監督はK・コスナーとともに決定版の意気込みで製作しているのが伝わってくる。

 アープ兄弟とドク・ホリデイがクラントン・マクローリー兄弟らと対決する1881年10月26日にヴァージル・モーガンとともにOKコーラルへ向かうシーンから始まるが、直ぐ一面のトウモロコシ畑に変わる。

 それはワイアットの少年時代、法律家で大農業家でもある父ニコラス(ジーン・ハックマン)の教えが、のちの彼の生き方に影響するかを描くために必要なシーンでもあった。

 7年後ワイオミング準州からミズーリ、アーカンソー、カンザス州ウィチタ・ダッジシティ、テキサス州フォート・グリフィンそしてアリゾナ州トゥームストーンまで、さまざまな出会いと出来事が<家族の血が大切>であり、<法の破壊者に戦いを挑まれたら、手加減せずに先制攻撃>することだった。

 それぞれのエピソードは、時代の一コマとして頷ける事柄だったが、如何にも冗長なのは否めない。筆者のような西部劇好きには興味があっても、映画の出来としては如何なものか?という評価で、作品はラジー賞にノミネート、K・コスナーは主演男優賞に選ばれた。

 コスナーのほかにドク・ホリデイに扮したデニス・クエイドは減量して頑張ったが、2人の硬い友情の経緯があまりにも淡泊で<OKコーラル>に登場する必然性も感じられなかったのが残念!

 実際のOK牧場(コーラル)は街中の馬囲いのことで、決闘は利害が対決した市警派とカウボーイ派の争いが発端の至近距離での銃撃だったのであっさり決着している。

 実際のワイアットは正義の保安官というより実業家志向で、鉱山取得や賭博場の胴元になっている。女好きで妻ウリラを亡くしてからは行く先々で愛人がいて、47年間連れ添ったジョセフィンは、郡保安官ジョニー・ビーハンの恋人だった。

 ワイアットが西部開拓史の男の生き方を象徴し伝説化したのは、対立した2つの新聞社の取材合戦があり拡大化したのと、ワイアットがその存在を後世に残したかったから。

 筆者は充分楽しめたが、正義漢あふれる紳士的なロマンチストの保安官像を抱いている人にとってはお勧めできない。
 
 

「幸せなひとりぼっち」(15・スウェーデン) 80点

2017-04-14 16:16:00 |  (欧州・アジア他) 2010~15

 ・ 「グラン・トリノ」スウェーデン版はユーモラスで詩情溢れるヒューマン・ドラマ。


   

 車に拘りを持つ孤独な老人が、隣家の異国人との触れ合いから、生きる希望を見出していく姿を描いたヒューマン・ドラマ。

 C・イーストウッド監督・主演の「グラン・トリノ」(08)スウェーデン版は、フレデリック・バックマンのベストセラーの映画化で、ハンネス・ホルム監督・脚本、ロルフ・ラスゴード主演。

 43年一筋に勤めていた鉄道会社を首になり、愛妻に先立たれ孤独な独り暮らしのオーベ。地区の元自治会長で規則にうるさくて近所からは鼻つまみ者となっている。

 生きていてもショウガナイと首吊り自殺をしようとした矢先、賑やかな声とバックしてしてきた車に邪魔されてしまう。

  新しく越してきた隣人は4人家族で夫人はイラン出身のパルヴァネ(バハー・パール)だった。気さくで遠慮なく車の運転・病院への送迎・娘たちの子守などを頼み込む。

 偏屈なオーベも、世話好きなところもあって渋々面倒を見るハメに・・・。いつしか幼い頃の父との思い出や愛妻ソーニャとの出会いなどを思い起こすことになる。

 首吊り、駅のホームから飛び込み、愛車サーブでのガス自殺など何度試みるもすべて失敗。映画館ではユーモラスな出来事が起こるたびクスクスと笑いが起こり、愛妻ソーニャ(イーダ・エングボル)との出会いから別れまでのイキサツでは微笑ましく、家のキッチンが低いわけを知って涙する。

 原作も出来が良いのだろうが脚本もなかなか巧みで、オーベが単なる偏屈老人ではないことが過去の出来事から明かされてくるたびに観客の共感を呼び、ドンドンと好感度が増すオーベ。
 
 人種やマイノリティに対しても差別しないし、嫌いなハズの猫まで飼う羽目に。滅多に見せない時折見せるほほ笑みが、オーベの人柄を象徴している。

 演じたR・ラスゴードは「アフター・ウェディング」(06)でのCEO役が印象深い。年の割に老けて見え決してユーモラスな役には相応しくないが、真面目ななかに人柄が見え隠れするところが上手くハマっていた。
 
 パルヴァネに言われた「本当に死ぬのが下手な」オーベは「今を楽しんで生きて」という妻の言葉を胸にもっと長生きして欲しかった。

「スタア誕生」(54・米)75点

2017-04-13 10:41:53 | 外国映画 1946~59


  ・ 復活したJ・ガーランドを彷彿させるミュージカル風バックステージもの。




オリジナル・ドラマのリメイクで、「若草物語」(33)「ガス燈」(44)「マイ・フェア・レディ」(64)など、戦前戦後を通して数々の名作を手掛けたジョージ・キューカー監督作品。

 コーラス・ガールやクラブ歌手で生計を立てていたレスターが、ハリウッドの大スターであるノーマンにその素質を認められ、スターの道を駆け上がって行く。

 ハリウッドで大スターとなった女優とアル中でトラブルメーカーのスターであった夫の凋落を描いたバックステージもの。

 レスターを演じたのが、「オズの魔法使い」(39)で一躍スターとなったジュディ・ガーランド。その後MGMを解雇されたが、本作で見事復活を遂げた。

 スターの座を転がり落ちて行くノーマン役は、ゲイリー・クーパーにオファーしたが断られジェームズ・メイソンが扮し、なかなか味のある演技をしている。

 一般上映は154分だったが、筆者が観たのは復刻版で随所にセピア色のスチール写真を挿入した178分もの。当時としては斬新な映像で、恐らく本作が最初ではないか?

 J・ガーランドが歌い踊るミュージカル・シーンは圧巻で、「swanee」や15分もある「Bornin a Trunk」はキュートでパワフルな彼女に見とれてしまう。

 2人の豪邸でのミュージカル再現シーンも時代を反映した世界周遊をモチーフにして、夫婦円満振りが覗え微笑ましい。

 2人をサポートするオリバー撮影所長(チャールズ・ビックフォード)、陰で苦々しく思っていたマット宣伝部長(ジャック・カーソン)が脇を固め、時代を反映したハリウッドの舞台裏も描かれている。T・ビッグフォードはMGMのボスと喧嘩して追放された経験もあるというからまさにはまり役。

 復活に懸けたJ・ガーランドはオスカーノミネートされたが受賞ならず、本作で燃え尽きてしまった。彼女のスター人生と本作のノーマンがオーバーラップするようだ。


 

 

「ペコロスの母に会いに行く」(13・日) 70点

2017-04-09 12:05:54 | 日本映画 2010~15(平成23~27)

  ・ 実話をもとにした漫画を、ファンタジックに映像化した森嵜監督。


    

 認知症の母との日常をユーモアとペーソスを交えながら自身の体験をもとに描いた、岡野雄一のエッセイ漫画。題名の「ペコロス」とは<ちいさな玉ねぎ>のことで主人公ゆういちの頭からついた愛称。

 自費出版からベストセラーなった原作を実写化したのは、庶民の哀歓をダイナミックに描くことに定評ある当時85歳の森﨑東監督。

 漫画の持つほのぼのとしたファンタジーを、さらに昇華させた監督の手腕が光る。

 オレオレ詐欺、帰り道がわからず迷子騒ぎ、汚れた下着隠し、駐車場で息子の帰りを待つなど、エピソードが交錯しながら、母の衰えを実感する息子。

 <ゆういち>役の岩松は漫画のモデルに近づける工夫がみられ、原作ファンの期待を裏切らない役造り。介護という深刻なテーマを、ポジティブに生きるバツイチ広告営業マンぶりが滲み出ていた。

 <みつえ>に扮した赤木は、本作による89歳で映画初主演がギネス登録され話題を呼んだ。確かな演技で現実と過去の狭間で揺れる心情を見事に表していた。

 みつえの心象風景に登場する幼少期や結婚した頃や原爆症で死んだ幼馴染などの辛い思い出が、長崎で戦中・戦後に生まれ育った女性の一代記にもなって心を打つものがある。

 若い頃のみつえに扮した原田貴和子・幼馴染<ちえこ>の原田知世・姉妹の共演も本作に欠かせない。気弱で酒癖の悪い夫<さとる>も、よく居た昭和一桁の男。3人が登場すると、その時代背景が色鮮やかに蘇ってくる。

 現実は安サラリーマンの一人息子が認知症の母親を介護するハードルは低くない。周囲の目を気にする施設入りさえままならない。

 長崎を舞台に繰り広げられるこの「介護喜劇映画」は、そんな現実を抱えた当事者に一服の清涼剤となっていることを願わずにいられない。 

「マラソン・マン」(76・米) 65点

2017-04-03 12:21:03 | 外国映画 1960~79

  ・ 二転三転!目が離せない、巻き込まれ型サスペンス。


    

 「真夜中のカーボーイ」のジョン・シュレンジャー監督、ダスティン・ホフマン主演のコンビによる巻き込まれ型サスペンス。原作・脚本は「明日に向かって撃て!」「大統領の陰謀」のウィリアム・ゴールドマン。

 題名はスポーツ・ドラマを連想するが、主人公ベーブのアベベを崇拝するマラソンが趣味の大学院生からつけられている。

 些細なことから、ユダヤ人とドイツ人の老人同士が言い争い、タンクローリーに激突死亡する事故があった。セントラル公園でジョギング中のベーブ(D・ホフマン)は事故を目撃するがやり過ごす。

 パリの高級ホテルに泊まるドク(ロイ・シャイダー)は、オペラ座で何者かに命を狙われるが逆に倒して難を逃れる。

 南米ウルグアイに住む初老のゼル(ローレンス・オリヴィエ)はTVでNYの事故を知り、急遽NYへ。

 NY・パリ・ウルグアイにいた3人が、ナチ戦犯によるダイヤ密輸事件として絡むこのドラマは二転三転し、目が離せない。

 まるっきり似ていないが、ベーブと石油関係の実業家・ドクは兄弟。ドクは表の顔は実業家だが裏の顔は政府諜報機関の人。ゼルは元ナチで通称「白い天使」と呼ばれる歯科医師でタンクローリー事故死したドイツ人は兄だった。

 話の細部には破綻も見られるが、有無を言わさぬ展開に委ねる方が楽しめる。

 ゼルを演じたR・オリビエの怪演に注目。ベーブを縛り付け歯を痛めつけ拷問するシーンは見ていても痛そう。筆者はあいにく歯の治療中で、歯を抜く前日に観たのでタイミングが悪かった。

 ベーブはNYの街頭を絶えず走るうち、兄を失い恋人にも裏切られ散々なストーリー展開のなか、何故か清々しい幕切れ。

 くれぐれも、歯を治療中の方は治療後にご覧ください。