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晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「リトル・ダンサー」(00・英)80点

2021-12-06 12:46:09 | (欧州・アジア他) 2000~09


 ・ 英国・炭鉱ものに外れなし!


 1984年英国北東部炭鉱の街でボクシングを習っている11歳の少年・ビリーがバレエと出会い、名門ロイヤル・バレエ・スクールを受験することになるハートフル・ストーリー。
 リー・ホールのオリジナル・シナリオを舞台出身のスティーブン・ダルドリーが監督。出演はジェイミー・ベル、サンドラ・ウィルキンソンなど。原題は「Billy Elliot」

 長編映画監督デビューのS・ダルドリーは、英国北東部のナマリを持ちダンスが得意な少年という条件でオーディションしてJ・ベルを選んでいる。当時13歳だったが、少女に混じってバレエを懸命に踊る純粋さとUKロックの流れに乗ってタップを踏む姿は11歳の少年らしく不自然さはない。

 一種のサクセス・ストーリーだが、家族の愛情物語でもある。英国は鉄の女サッチャー首相時代、20余りの炭鉱閉鎖を断行し炭鉱不況に陥っている。そんな時代を背景とした作品には「ブラス!」(96)、「フルモンティ」(97)などハート・ウォーミングな名画が誕生している。本作もそのひとつ。

 母を亡くしたビリーは、炭鉱で働く父ジャッキー(ゲイリー・ルイス)と兄トニー(ジェイミー・ドラヴェン)がストライキ闘争中。そんなギスギスした家庭環境で認知症気味の祖母(ジーン・ヘイウッド)の面倒を見ながら苦手なボクシングのレッスンに通う。その練習場にバレエ教室が移ってきた。興味半分で観ているとウィルキンソン先生(ジュリー・ウォルターズ)に勧められ、少女に混じってレッスンを受けることに・・・。

 過酷な暮らしだが、11歳の少年にとって踊ることで全てを忘れ夢中になれる。男はボクシングかサッカーをやるもんでバレエなんてとんでもないという父が、息子のためにスト破りをするシーンが中盤のハイライト。父と兄の諍いがあって無骨な父の想いがヒシヒシと伝わってくる。

 中流家庭のウィルキンソン先生はビリーの素質を見抜き自費でロイヤル・バレエ・スクール受験をさせようとするが、父は自分の息子の面倒は自分でみると言い切る男気が潔い。ジャッキーを演じたG・ルイスの好演が光る。
 ウィルキンソンの想い入れは消化不良気味で複雑な心境だが、英国社会の階級格差が歴然とあるシークエンスでもある。
 
 女装趣味の友達や、おませな先生の娘ダニーなどホノボノとしたシーンにも監督自身も身近なテーマであるジェンダーの問題が垣間見られる。

 18歳になったときのビリーに宛てた亡き母からの手紙を先生が朗読したり、スクール合否の通知を家族がハラハラしながら待つところなど、ベタなシーンも思わず引きずり込まれてしまう。

 特別出演のロイヤルバレエ団のプリンシバル、アダム・クーパーによる同性愛の悲恋を描いた<白鳥の湖>はエンディングに相応しく必見もの。

 ミュージカルが映画化される事例は数多くミュージカルかミュージカル化されるのは極めて珍しい。エルトン・ジョンの音楽で05~12舞台公演され大ヒットした本作。

 監督はその後「めぐりあう時間たち」(02)、「愛を読むひと」(08)、「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(11)とコンスタントに作品を手掛け、12年ロンドン・オリンピックの開会・閉会式のプロデューサーを務めるなど大活躍。主演したJ・ベルも大人の俳優として活躍中で、ふたりにとって記念すべき作品となった。

 英国では名匠ジョン・フォード監督作品「わがふるさとは緑なりき」(41)を始め炭鉱街を舞台にした傑作も多く、日本でも「幸せの黄色いハンカチ」(77)、「フラガール」(06)など大ヒット作があり、<炭鉱ものに外れなし>は本当だった。

 
 

「炎の戦線 エル・アラメインの戦い」(02・伊)75点

2019-06-22 12:21:23 | (欧州・アジア他) 2000~09

・ ネオレアリズモの伝統を引き継いだイタリアの反戦映画。


第二次大戦の北アフリカ戦線をイタリア軍の一人の志願兵の体験をもとに描いた戦争映画。監督・脚本は「エーゲ海の天使」(91)などの脚本で定評のあるエンツォ・モンテレオーネ。
イタリア軍小部隊の記録や生存者の証言をもとに、イタリアン・リアリズムの伝統を引き継いだ作風が高評価を得た。

’42.10学生志願兵セッラ(パオロ・ブリグリア)がエジプトのエル・アライメンへ着任した。ドイツ・ロンメル将軍の指揮下にいたイタリア軍は、英軍200万の投入で膠着状態となり劣勢を強いられているときだった。
セッラはフィオーレ中尉(エミリオ・ソルフィリッツイ)傘下のレッツォ曹長(ピエル・フランチェスコ・ファビーノ)分隊へ配属されたが、陣地の装備不足は想像を超えるもので、頭を低く、赤痢になっても報告しない、サソリに気をつけろの3か条を命令した伍長がスグに砲撃で戦死。着任早々砲撃されなかったセッラは、3つある奇跡のひとつを使ってしまった。
水250cc/日しか与えられず、砂漠の暑さと喉の渇きに苛まされ、日々の小競り合いで味方は次々と倒れていく。

ロッセリーニ、デ・シーカ、ヴィスコンティなど40~50年代ネオリアリズム(新写実主義)映画として一世を風靡したイタリア映画。その伝統を引き継いだ監督として脚光を浴びたのがモンテレオーネ監督の本作。バリバリの戦争映画ではなく戦争の虚しさを祖国への忠誠を誓い国のため理想を抱いていた志願兵の目を通して描いている。
そして、ドイツ軍からワインを飲みながら参戦しスグ捕虜になると酷評されたイタリア軍名誉回復のため、絶望的な戦いの中で奮戦し退却中に壊滅した第10軍団への鎮魂の意味も込めた作品でもあった。

それは勇ましい戦いではなく「戦争に勇敢な死などない。死体からは腐臭が流れてくるだけだ。」というセリフが生々しい。現地にある戦没者慰霊碑に佇む老人はセッラの晩年だろうか?観客に委ねるラストシーンが印象深い。





「タレンタイム 優しい歌」(09・マレーシア)70点

2017-09-16 15:42:01 | (欧州・アジア他) 2000~09

・ ヒューマンなストーリーテーラー、ヤスミン・アフマド監督の遺作




51歳で急逝したヤスミン・アフマド監督。他民族国家マレーシアで、人間と人間を恣意的に分断しないことを信条にヒューマン・ストーリーテーラーを自称した彼女の遺作。

音楽や踊りを競い合うコンクール<タレンタイム>が開催されることになった高校で、ピアノの弾き語りが得意なムルー、ギターでリジナル曲を歌う転校生ハフィズ、二胡が得意な優等生カーホウがタレンタイムに挑む。
マレーシアで暮らす高校生とその家族の心情を瑞々しいタッチで描いた群像ドラマ。

ヒロイン・ムルーの家族は裕福で自宅にピアノがあり、中国人メイドのメイリンがいる。ひょうきんで大らかな父と2人の妹のマレー系5人家族。父は英国とマレーシアの混血らしく、その母はイギリス人。どうやらアフマド監督の家族構成がモデルのようで、母とメイドがフランクな関係はマレーシアでは異色。ムスリムだがとても緩やかな一家だ。

そんなムルーの送迎係に選ばれたのがインド人のマシュ。母と姉との3人暮らしで近くに住む叔父が何かと気遣いしてくれる。熱心なヒンドゥー教徒で女手ひとつで育てられたマシュは聾唖者でもあった。

対照的な2人の幼い恋を中心に、闘病中の母を気に掛けるハフィズと中華系の優等生カーホウとのライバル心、コンクールへの高揚感とともにドラマは進行する。

一歩間違えると悲惨な展開だがユーモアを随所に交え、若い世代の純粋な感性に託す語り口に好感を覚えた。

タレンタイムの審査員アディバ先生を演じたマツコ・デラックス似のアディバ・ヌールは国民的歌手と言われ、ハフィズの母に扮したアゼアン・イルワダティは有名女優だが闘病中で、監督の強い要望で寝たきりの出演が実現したという。

このドラマのユーモア溢れるシーンとヒューマンなストーリー展開の柱的存在だ。

冒頭、教室での試験風景で多民族国家であることを認識させるシーンで始まる青春ドラマは様々な言語が飛び交うが、そのまま表現することはこの国ではタブーで全てマレー語に変更されていた。

監督はそれを乗り越え、それぞれの言語を使い、さらに手話を入れることで言葉による障害は乗り越えられるという強い思いを感じた。

アフマド監督はマシュの叔父に起こる悲劇、マレー系優遇の「ブミプトラ政策」による確執、マレー系とインド系の宗教感の違いから起こる不寛容さなどを包含させながら、それを乗り越える人間愛の普遍性を訴えている。

ピート・テオの音楽がそのままドラマに沁みこんで、ムルーとマヘシュの悲恋も、ハフィズとカーホウの確執も希望の光を感じさせてくれる。

母系の祖母が日本人のアフマド監督の長編は6作しか残っていないが、人間愛を語る作品はこれからも若い映画ファンに伝えられていくことだろう。







「エリート・スクワッド」(07・ブラジル)70点

2016-05-02 18:01:11 | (欧州・アジア他) 2000~09

 ・ ブラジルの社会派ポリス・アクションは、ベルリン金熊賞受賞作品。

                   

 リオのスラム街を描いた「シティ・オブ・ゴット」(02)を観て、大都会の歪みによる悲惨な犯罪事情を知らされたが、本作は97年のブラジル軍警察の特殊警察作戦大隊(BOPE)という組織の視点で描いた社会派ポリス・アクション。監督はジョゼ・パリージャ。

 BOPEは江戸時代の<火付盗賊改方>のような組織で、犯罪撲滅のためには容赦なく殺害を認められている。云わばブラジル版「鬼平犯科帳」。

 隊員ナシメント大佐(ヴァグネル・モーラ)はローマ法王来訪に伴い、危険なスラム街・トゥラーノの麻薬ディーラー一掃命令を受ける。

 日々の過度な勤務で神経が消耗し、妻の妊娠を機に後継者を探し引退しようとしていた矢先だった。折しも野外ダンス・パーティ会場で警察・ギャング・市民を巻き込む銃撃銭となり、2人の若い警官マチアス(アンドレ・ハミロ)とネト(カイオ・ジュンケイラ)がBOPE入隊を決意する。

 BOPEとはどのような組織で何故存在するのか?リオの実情を如実に表している。貧富の差は著しく、スラム街は犯罪の温床で、麻薬ディーラーと警察は癒着状態、。大学構内にまで麻薬が横行、NGO活動すら元締めに牛耳られている有様。

 正義感溢れる2人の警官は「フルメタル・ジャケット」を彷彿させる壮絶な訓練を受け、続々と脱落者が出て行くなか生き残って行く。

 パリージャ監督は、ドキュメンタリータッチの映像で有無を言わせずストーリーを引っ張って行く。命懸けの緊迫感溢れる展開は隊員3人を取り巻く人間にも及ぶ。一般市民の正義感が如何にも偽善に満ちたもので無意味だと警鐘を鳴らしているようにも見える。

 それほど混迷した当時のリオには、隊員の人格をも歪め犠牲にするBOPEは不可欠な存在となっている。だが、力ずくの行動は抜本的解決にはならないのも事実。

 本作はブラジルで大ヒットし続編が製作されたが、筆者は満腹状態でしばらくはスルーすることにする。

 ブラジルは14年ワールド・サッカーを無事終了したが、今年は南米初のオリンピック・パラリンピック開催を控えている。未だに政治・経済も不安定でジカ熱の流行も懸念されている。無事に開催されるだろうか?成功を願って已まない。

 
                 

「華様年華」<00・中国(香港)> 80点

2016-03-26 15:03:50 | (欧州・アジア他) 2000~09

 ・ ストイックな大人の恋愛映画を描いたウォン・カーウァイ。

                   

 カンヌ映画祭で60年代香港の魅力を存分に披露したウォン・カーウォイの製作・監督・脚本による本作。静謐でスタイリッシュな映像と絶妙な間に流れる様々な音楽とともに観る人の想像を掻き立てる大人のラブ・ストーリー。

 新聞の編集者チャウ(トニー・レオン)と商社秘書のチャン夫人(マギー・チャン)は偶然同じ日にアパートに引っ越して隣人同士となる。

 チャウにはホテル勤めの妻がいて、チャン夫人の夫は海外出張が多く互いにスレ違い夫婦だった。やがてお互いの最愛のヒトに夫々愛人がいることに気付き、2人が度々会話するようになる・・・。

 文学的にいえば、<禁断の愛>だが平たく言えば<不倫の恋>で、表現次第では所謂<ロマン・ポルノ風>映画になりかねないテーマ。

 ラブ・ストーリーには不可欠なベッド・シーンは全く登場せず、キス・シーンすらない。夕食を共にするなど、何度も逢瀬を重ねながら手を握ることすらしない前半の2人。

 クリストファー・ドイルのハイ・スピードカメラが2人を追いながら、<夢二のテーマ音楽>が流れる香港の路地裏はオリエンタル・マジックそのもの。

 なかでもT・レオンが煙草をくゆらすシーンは男の色気を感じ、襟が高いチャイナドレスに包まれた妖艶なM・チャンの官能美に目を奪われる。

 僅かに手を握り合い、チャン夫人がチャウの肩に頭をもたれ掛かったり涙を流し抱き付くシークエンスで、禁欲的な物語の進展度合いを描くことによって文学的表現を具現化している。

 主演のT・レオンは、ヴェネツィア金獅子賞受賞作品「ラスト・コーション」(06)で魅せたヌードのベッド・シーンとは好対照な内省的な演技で、見事にカンヌの主演男優賞を受賞している。

 禁断の愛に相応しいナット・キング・コールの「チーク・トゥー・チーク」「キサス・キサス・キサス」が流れ、随所に魅力的な緑や深紅が目に鮮やかに焼き付いたスレ違いのメロドラマは、シンガポールとカンボジア・アンコールワットで終焉を迎える。

 <アートを気取った独りよがりで中身のない恋愛映画という評価>もあるが、筆者は欧米では描けない<東アジアの神秘性を見事に映像化した深遠な大人のラブ・ストーリー>だと思う。

「バンク・ジョブ」(08・英) 80点

2015-09-10 13:02:47 | (欧州・アジア他) 2000~09

 ・ お転婆娘のために、英国最大の銀行強盗事件となったというクライム・サスペンス。

                   

 「13デイズ」(00)「ザ・リクルート」(03)「世界最速のインディアン」(05)と堅実にヒット作を生んでいるロジャー・ドナルドソン監督が、’71ロンドンで実際に起こった銀行強盗事件をもとに映画化したクライム・サスペンス。

 ウォーキー・トーキー強盗ともいわれ、事件は連日トップニュースで報じられた貸金庫を狙った300万ポンド、宝石、金の延べ板強奪事件だったが、数日後報道は一切途絶えた。

 それは政府による<D通告(国防機密報道禁止令)>が発令されたからだった。

 本作は事件をもとに、何故D通告が発令されたか、その真実とその後を解き明かすという大胆なストーリーで製作サイドは<9割が事実>というもの。

 この手の映画は「黄金の七人」(65)「ミニミニ大作戦」(69/03)など類似作品も多いが、ほとんどが名うてのプロ集団。

 ところが本作は全員素人なのがユニークで、予備知識がなければエンド・クレジットを見るまで、これが実在の事件をもとにしたとは思えない。

 強盗のリーダーはテリー(ジェイソン・ステイサム)で、赤字を抱え借金取りに怯えるガレージ経営者。モデルで昔馴染みのマルティーヌ(サフロン・バロウズ)から、装置交換のため警報が解除される銀行の貸金庫を狙うという誘いを受ける。

 集まったのは自称カメラマンのケヴィン、映画エキストラのデイヴ、詐欺師のガイ少佐、掘削専門のバンバス、ガレージ従業員エディの5人。

 何故か映画は七人の集団が最も相応しいようで、本作も七人の素人強盗団。その素人が綿密に?計画を練ったのが、バンクの二軒先のテナントを借り12メートル先の貸金庫の地下に穴を掘って奪うというもの。

 無線傍受を受けたり素人ならではの想定外もあるが、金庫破りは緊張感とユーモアのうちにラッキーにも成功する。

 本題はこれからで、そこには大金以外に裏社会のポルノ王・ロウ(TVポアロでおなじみデヴィッド・スーシエ)による汚職警官への贈賄記録、MIー5高官と下院議員のSMクラブ隠し撮り写真、そしてマーガレット王女の淫らな写真が隠されていた。

 ここで、強盗団はヤード以外に悪徳警官、政府高官、裏社会と4者に追われる羽目になる。クライマックスはパティントン駅での4つ巴の場面。

 テリーは最大の武器である秘密写真やメモを使って、海外脱出のためのパスポートを入手し、あとから狙われないための最善の策を思いつく。J・ステイサムはいつもの武闘派とは違って知恵者ぶりを発揮しているところが新鮮だ。

 MI-5を伴ったマウントバッテン卿がテリーから写真を受け取る。「あのお転婆娘・・・。」というつぶやきを残して。

 事実が全て明らかになるのは、2054年だという。見届けることはできないので、本作の9割を想像するしかない。

 マイケルXは実在の人物で、レノン・ヨーコ夫妻が支援していたというのも驚き。マーガレット王女と浮名を流したミック・ジャガーが、カメオ出演していたのはもっと驚いた。


 
 
 

「風にそよぐ草」(09・仏) 70点

2015-08-02 15:19:02 | (欧州・アジア他) 2000~09

 ・ 観るたびに巨匠A・レネのシュールな表現、遊び心に惹かれる。

                   

 昨年3月、91歳で亡くなったフランスの巨匠アラン・レネ。本作は86歳のときで、クリスチャン・ガイイの原作を映画化した大人のラブ・コメディ?

 若いころの「夜と霧」(55)、「二十四時間の情事」(59)、「去年マリエンバードで」(61)などと比べると肩の力が抜け、遊戯的小説といわれるガイイの世界を借りながら彼独自の映像世界を作るエネルギーに感動する。

 欲しくもなかった靴を衝動的に買ったマルグリット。突然スケボーの少年からバックをひったくられてしまう。

 同じ日、ショッピングセンターで時計の電池を交換したジョルジュ。駐車場で赤い財布を拾う。中にはパイロット免許証があってマルグリットという名前だった。

 普通なら警察に届けるが、どうやらジョルジュはマルグリットに興味を持ったらしい。

 エドゥアール・バールのナレーションで始まったこのドラマは、マルグリットの足元からテンポよく始まり、赤毛の後ろ姿や赤い靴と黄色いバッグが印象的で、彼女が帰宅して風呂に浸かるまで顔が映らない。台詞もなく彼女の想いは全てナレーションなのも不思議な感覚だ。

 一方ジョルジュの妄想も全てナレーションだが、男はどうやら犯罪歴があって選挙権がなく、若い妻・スザンヌに養ってもらっているらしい。その妻の勧めもあって警察に届けることに・・・。

 サスペンスのような筋書きだが、どうやら熟年のシュールな恋愛劇らしい。しかも男は妻子持ちで、拾った財布がキッカケでストーカーと化してしまう危ない展開。

 原題は「狂った草」で、レネ曰く恋愛は<アスファルトや石壁の裂け目から目を出す草のよう>で、些細なことで狂いだす不条理なものという。

 男は女の家に電話してお礼以外のものを期待するが、何で?と言われ自尊心を傷つけられ、ストーカーとなり家の郵便受けに手紙を入れたり、車のタイヤに傷つけたり存在を主張する。

 たまらず女は警察に注意して欲しいと依頼して、一件落着。音沙汰が無くなると女は男の存在が気になってくる。

 こういうことは男女でなくても人間関係には有り勝ちで、まして恋愛感情では真髄をついている。マレの瑞々しい感性はまだまだ健在だ。

 アゼマを演じたのは実生活でもパートナーであるサビーヌ・アゼマ。とても還暦とは思えない。

 ジョルジュに扮したのはアンドレ・デュソリエでレネ作品ではおなじみ。年齢や社会的通念を乗り越えた熟年男の恋愛感情を見事に演じていた。

 若い妻のスザンヌにはアンヌ・コンシニ。何か親子ではと思わせるほど年の差を感じるし、嫉妬心がないようで、もしかするとジョルジュの妄想世界にいる妻では?そうすると家族での食事はジョルジュの幻想??

 ほかにもサビーヌの親友ジョゼファにエマニュエル・ドゥヴォス、警官にマチュー・アマリックが扮していてなかなか豪華。

 色彩とカメラワークでシーン毎に雰囲気が変わるレネの映像に、筆者もまるで大空へ飛び立ってしまいそうな錯覚に陥る。

 調布で事故があったばかりで、高所恐怖症の筆者にはこの映画だけで充分だ!

 

「マレーナ」(00・伊) 70点

2015-07-16 15:41:40 | (欧州・アジア他) 2000~09

 ・ 少年の目を通してムッソリーニ時代のシチリアを描いたJ・トルレナード

                   

 「ニューシネマ・パラダイス」(88)のジュゼッペ・トルナトーレが、ムッソリーニ時代の故郷シチリアを舞台に少年の一途な片想いを描いた物語。

 ’40の春、シチリア島漁村に住む12歳の少年レナート(ジュゼッペ・スルファーロ)は自転車を買って貰いグループの仲間入りをする。

 そこで視たのは村一番の美しい女性マレーナ(モニカ・ベルッチ)で、その時以来頭に浮かぶのは寝ても覚めても彼女のことばかり。

 <女は美しいことが罪作りである>ことを、時にはコミカルに時には残酷に、無力な少年の目を通して大人社会を描いていくトルレナード。

 男たちは欲望の対象として、女たちは嫉妬の目で絶えず視線を浴びるミューズ役は、イタリアの宝石M・ベルッチなくして成立しないような展開。

 それを意識しながらも堂々と村を闊歩するのがマレーナで、夫が戦地に赴き独り一途に想いながらアリタ・ヴァリのレコード「MA L’AMORE NO」で踊るシーンは覗き見するレナートでなくても男から見れば魅力的。

 男なら、少年時代出会った年上の女に憧憬の念を抱いた経験は誰にもあるはず。夢の中でそのヒトと善からぬ妄想をするのも自然現象だが、さすがに映像で見ると恥ずかしい。

 レナートができることは、マレーナを遠くから見守ることだけ。それはストーカーと変わりないが、観客は同じ視線で見ることになりどうしても男目線となってしまう。

 戦地に出向いた夫の訃報・父親の死・不倫裁判・マザコン弁護士との結婚、ついにはドイツ兵相手の娼婦になったマレーナ。レナートは、元気をなくす出来事が続き家族を心配させる。

 父親がとった荒療治はプロによる童貞を失う儀式。これには幾らイタリアでも早過ぎるだろうと驚かされた。イタリア映画にはこういったオーバーな喜劇シークエンスはつきものだが・・・。

 マレーナはミューズなので、殆ど台詞を発しない。存在そのものの演技はモデル出身であるM・ベルッチのスタイル・容貌を上手く生かし切っての起用が見事に嵌っていた。

 そのミューズが村の女たちにリンチされるシーンは残酷で、傍観する男たちも無力だ。

 終盤で、マレーナとレナートがそれぞれ新しい人生を歩み出すところで幕が下りる。どうやら筆者が観たのは日本用短縮版(92分)のようだ。

 半ズボンから長ズボンになったレナートが<お幸せに!マレーナさん>と言ったとき大人への第一歩を踏み出した清々しさがいっぱいで、エンニオ・モリコーネの音楽がシチリアに流れ、観客を安堵させてくれる。

 イタリア映画はラストシーンがいつも感動的だ!
 
 
 
 

「クレアモントホテル」(05・英・米) 80点

2015-04-01 12:11:16 | (欧州・アジア他) 2000~09

 ・ 小品ながら普遍的なテーマを丁寧に描いたD・アイアランド監督。

                   

 20世紀のジェイン・オースティンと呼ばれた英国の作家エリザベス・テイラーの原作を、ルース・サックスが脚色。ダン・アイアランド監督がローレンス・オリヴィエ夫人でもあるジョーン・プロウライトを迎え映画化した。

 長期滞在するためにクレアモントホテルにやってきた老婦人サラ(J・プロウライト)。「誰かの娘、誰かの妻、誰かの母親だった人生から私として生きて行きたい」との想いだったが、料理が美味しいという触れ込みのホテルは期待外れ。

 支配人・ボーイ・メイドもゆるい感じのなにやら老人ホームの趣きで、滞在している孤独な常連客たちの最大の関心事は訪問客と架かってきた電話。

 最初に声を掛けてきたのは老婦人エルヴィラ(アンナ・マッセイ)で、ご臨終禁止のホテルだと冗談をいう。老紳士オズボーン(ロバート・ラング)は凛としたサラにどうやら好意をもっているらしい。
 
 サラは外出先で転び、膝をすりむいてしまう。そこへ飛んできたのは孫のオズモンドと同じ年頃の青年ルードヴィク(ルパード・フレンド)だった。

 いまどきこんな気の優しい若者はいないのでは?と思うのはサラも同じ。なにしろ孫に連絡しても何週間も音沙汰なしなのだから。L・フレンドの清々しい風貌がこの役にぴったりで、同年「プライドと偏見」で見せた青年将校とは両極の役柄だったのも興味深い。

 サラは亡き夫との若い頃過ごした想い出とともに孫のような友人ルードヴィクとの交流を重ねて行く。どうやらサラの人生とは、亡き夫と過ごした幸せなときを回想することだったようだ。

 J・プロウライトを始め、A・マッセイ、R・ラング、クレア・ヒギンス(ルードヴィクの母)などR・オリヴィエゆかりのベテラン俳優が出演しているのも懐かしい。A・マッセイはTVの英国ミステリーで顔馴染みだが、ヒッチコックの「フレンジー」(72)での印象が強烈だった。

 原作は60年代のイギリスだが、本作の公開は05なので50年後の設定なのか?何れにしても現代先進国が抱えている高齢化社会を先取りした映画である。

 サラには娘エリザベスがいて何かと心配してくれるが、かえって煩わしく老後を頼る気持ちはない。ホテルの仲間たちもそれぞれの生活から今の境遇にいるので似たような境遇は、程好い距離感出会って欲しいと願っている。

 どうやらオズボーンのプロポーズは叶えられそうもなく、エルヴィラのホテルでのご臨終も・・・。
ところどころ、ユーモアも交えながら、往年の詩人や映画で夫との思い出に耽るサラにも程好いバランスの交流に変化が生まれてくる。  

 それは、けっして悲劇ではなく寧ろ人生のバトンタッチになっていた。孤独とは理解者が不在なことなのだと教えてくれる、小品ながらとても心温まる良作だった。

 

「ベルリン、僕らの革命」(04・独=オーストリア) 70点

2015-03-31 09:43:15 | (欧州・アジア他) 2000~09

 ・ 理想を追いかける若者の青春映画。

                   
 ハンス・ハインガルトナー監督、「グッバイ・レーニン」のダニエル・ブリューレ主演による<現代ドイツにおける理想を追いかける若者像>を描いている。

 ヤン(D・ブリュール)とピーター(スタイブ・エルツェグ)は裕福な家庭の留守を狙って、家具や装飾品をアート・ディスプレイすることで贅沢を戒める<自称革命家>。

 ピーターの恋人ユール(ジュリア・ジェンチ)は高級レストランのウェイトレスで、クルマの事故による賠償責任を負っている。そこへ損害賠償相手の実業家が絡んでくる。

 良い意味で理屈っぽいドイツ映画らしく、普通の青春映画ではない。実業家が嘗ての左翼の活動家で、結婚して家族を持ち、何時しか豊かな生活に憧れ保守的になって行く。

 自己矛盾はありながら、自信たっぷりに若者を説得する。現代ドイツが持つ経済格差は世界共通の悩みだが、こんなに純粋に革命活動をしようとする3人の20年後を観てみたい気もする。

 いまや亡きジェフ・バックリーの「ハレルヤ」が印象深い。