晴れ、ときどき映画三昧

映画は時代を反映した疑似体験と総合娯楽。
マイペースで備忘録はまだまだ続きます。

「岸辺の旅」(15・日)70点

2022-03-09 12:09:17 | 日本映画 2010~15(平成23~27)


 ・ リアルな描写で死者との別れを描いた黒沢清


 ある夫婦と三つの家族の<死者と生者の本当の別れ>を描いた湯本香樹実の小説に惚れ込んだ黒沢清監督が宇治田隆史と共同脚本により映画化、カンヌ映画祭・ある視点の監督賞を受賞した。

 ピアノ教師の瑞希(深津絵里)は3年前失踪した夫優介(浅野忠信)を待ち続けていた。ある日突然帰宅した優介が言ったのは「俺死んだよ」という言葉だった。
 
 この3年間お世話になった新聞配達店・大衆食堂・山あいの村を尋ね死者との別れを体験する瑞穂にとって、夫との愛を深める旅でもあった。やがて本当の別れが・・・。

 <ホラー映画のクロサワ>との定評が海外でも高い黒沢。本作では彼岸に行けない死者たちをリアルな人物描写で登場させる手法なので大仰さはなく淡々とものがたりが流れて行く。
 靴を履いたまま家に入ってきた優介が本当に死んでいるのかが半信半疑でいたひとも、まるで<雨月物語>のような最初の新聞配達店主・島影(小松政夫)のシークエンスでハッキリする。自分の死に気づかない初老の孤独な男をさり気なく演じた小松の芸達者ぶりに感服。

 いま朝ドラのヒロインで久しぶりにお茶の間に登場している深津絵里は「アカルイミライ」(02)以来の黒沢作品だが、期待通りの繊細な演技でドラマに溶け込んでいる。
 「踊る走査線シリーズ」(98~12)を始め「博士の愛した数式」(06)・「悪人」(10)など、主人公の相手役としての印象が強い彼女にとって初の本格的主演作品ともいえる。

 優介を演じた浅野忠信は翌年の「淵に立つ」のようなどこかつかみ所のない風来坊役がお似合いで、生死を彷徨う男はまさにはまり役。実は大手病院の歯科医でありながら生き甲斐を求め姿を消すが、夫の無事を願って祈願書を書き続ける妻に詫びることができず彼岸へ旅立てない男。新聞配達店で手伝い、無銭飲食で捕まった店で餃子作りをしたり、山あいの村で私塾を開き科学や宇宙のハナシをしたりしていた。

 二人の夫婦役はウマが合いリアル感たっぷりで本作を成功させた最大の要因だ。

 さらにワンシーンのみだが優介の不倫相手・看護師の朋子役を演じた蒼井優には強烈なインパクトがあり、優介を巡って生者同士の静かな対決シーンは筋書きに拍車を掛けるために重要な見所のひとつとなっている。

 前半の好調さに比べ終盤はホラーとファンタジーの融合に不釣り合いな部分が観られるキライはあるものの、どこか不思議な世界の境界線でそれぞれ別れのドラマを味わうロード・ムービーであった。

 
 

「小さいおうち」(14・日)70点

2021-04-15 12:02:51 | 日本映画 2010~15(平成23~27)


 ・ 昭和初期の中流家庭を描いた山田洋次作品は、小津ワールドへの到達が叶わなかった。


 中島京子の直木賞受賞作品を映画化した山田洋次監督作品。昭和初期、山形から上京した元女中がかつて奉公していた「赤い三角屋根の小さいおうち」に住む一家の出来事を回想する物語。松たか子主演、共演した黒木華がベルリン映画祭で銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞して話題となった。

 山田洋次といえば「男はつらいよ」シリーズなどヒット作品を数多く輩出している監督で、本作は82歳のときの作品。原作に惚れ込んで自ら映画化を熱望し映画化にこぎ着けている。
 そのため平松恵美子との共同シナリオはオリジナルにほぼ忠実だが、自らの幼少期とも重なる時代への郷愁と想いが込められている。そして若いとき馬鹿にしていた小津の世界に挑戦した作品でもあった。

 布宮タキ(倍賞千恵子)が亡くなって親戚の健史(妻夫木聡)らが遺品整理するなかで、自分史を書いた大学ノートが出てくるシーンに始まり、物語は1930年代(昭和7年頃)山形から上京したタキ(黒木華)のシーンへ遡る。
 
 現代の若者が昭和の激動期に触れ当時の人々を回想する物語は「永遠の0」(13)同様の展開だ。平成の若者には、太平洋戦争に対する歴史観で当時の日本が誤った方向へ進んで行くことは周知の事実である。
 そのためタキがノートに記した支那事変(日中戦争)や日米開戦(真珠湾攻撃)に国を挙げて喜び、好景気を期待しデパートのセールに湧く姿を嘘だと決めつけるのは当然だ。

 タキの記述によると玩具会社重役の主人(片岡孝太郎)は社員とともに祝杯を挙げ、東京郊外の「赤い三角屋根の家」は平穏そのもの。日に日に物資が不足しながらも時子奥様(松たか子)とひとり息子恭一のために尽くすことで幸せな毎日だったという記述ばかり。

 晩年まで独身を貫いたタキの秘密は、不倫相手で美大出のデザイナー板倉(吉岡秀隆)に渡すはずの時子の手紙を渡さなかったことだった。
 不倫=姦通罪のこの時代、タキは時子を守るため最後の別れかもしれない逢瀬を引き留めたのか、板倉が好きで時子に嫉妬したのか、好きだったのは板倉ではなく時子への憧憬であったのか?

 山田監督は原作と違って判断を観客に委ねているが、小津同様生々しさを描写することを嫌う人だ。帯の結び目や後ろ姿の生足の艶っぽさなどさり気ない描写により想像させる手法で、松も期待に応えているものの中途半端は否めない。

 割烹着が似合う古風な顔立ちからオーディションで監督のお眼鏡に叶ったのがタキ役の黒木華は筆者のお気に入りのひとり。「舟を編む」(13)や「リップヴァンウィンクルの花嫁」(16)「日日是好日」(18)などに出演しているが本作が出世作となった。華々しい活躍はないが着実に力をつけていてこれが代表作にならないよう期待している。
 
 山田監督初のラブ・ストーリーというキャッチフレーズに隠れたコンセプトは
「あの時代は誰もが不本意な選択を強いられた。強いられてする人もいれば望んでする人もいて、それが不本意であることすら気づかない人もいた。」
という健史のナレーションで伝えている。

 前作「東京家族」以降どんどん小津の世界へ没頭し始めた山田作品は、残念ながら切れ味に欠け衰えが顕著となってしまった。多彩な脇役陣に囲まれた山田組の同窓会映画ともいえる本作は、<庶民の視点で家族を描く昭和・平成の名監督作品>として記憶に留めておきたい。

 
 
 

「横道世之介」(12・日)70点

2019-09-30 12:06:20 | 日本映画 2010~15(平成23~27)


 ・ 80年代バブル期を懐かしむ青春ストーリー。


 吉田修一の新聞小説を「南極料理人」(09)の沖田修一監督で映画化。
’87年、長崎から大学進学のため上京した青年・横道世之介と彼を巡る人々によるI年間のエピソードを描いたノスタルジックな青春ストーリー。
高良健吾、吉高由里子のほか池松壮亮、伊藤歩、綾野剛など多彩なメンバーが共演。

 160分の上映時間を長く感じるか、あっという間と思うかでこの作品の評価は違ってくる。
主人公の世之介は裏表がないお人好しな好青年で、登場する友人たちも悪人はいない。
時代を共有する人には懐かしく、そうでない人には想像以上の大した事件は起きない、あるようでないようなエピソードが続いて行く。

 筆者にはこんなキラキラしたキャンパス経験はないが、バブル時代の風景は懐かしい。
68年生まれの沖田監督にとって、当時の再現は苦労したと思うがそれなりに雰囲気は再現されていた。

 伊藤歩が演じたキャンパスガールの痛々しさは地方から出てきた上昇志向の若い女性そのものだし、サンバサークル仲間の倉持(池松壮亮)と阿久津唯(朝倉あき)が結ばれるのもガチガチの鉄板だし、加藤(綾野剛)が女性に興味がないのもそれほど珍しくない時代。

純朴な地方の青年・世之介の高良と社長令嬢・祥子役の吉高は「蛇とピアス」のコンビだが、まるっきり違う役柄を演じながら相性の良さを証明している。

 物語は16年後、世之介に関わった人々が違った人生を歩みながら昔のアルバムをめくるように<世之介を知っているだけで幸せな気分>を懐かしく回想していく。

 長崎の港町と大都会東京を舞台にさまざまなエピソードを絡めながら、いつまでも続いていくような気分にさせてくれた。

 

 
 

 

「鍵泥棒のメソッド」(12・日)80点

2019-09-10 12:17:15 | 日本映画 2010~15(平成23~27)


 ・ 緻密な脚本による後味の良いエンタテインメント作品。


 「運命じゃない人」(04)「アフタースクール」(08)の内田けんじ監督・脚本による3作目。前2作は未見だがどんでん返しで観客を魅了する緻密なオリジナル脚本が売りで、知る人ぞ知る監督40歳時の作。

 売れない役者と凄腕の殺し屋が<入れ替わり人生>を体験、そこに真面目で不器用な婚活女性が絡むというサスペンス・コメディでラブ・ストーリーがスパイスとなった128分。

 優しいだけが取り柄でだらしない男・桜井に堺雅人、凄みがあるが愚直な中年男・コンドウに香川照之、相手は決まっていないのにスケジュールはバッチリ立てている婚活中の雑誌編集長・水嶋早苗に広末涼子というトライアングル。

 早苗の結婚宣言から始まり、コンドウの殺人シーン、桜井の自殺未遂で三人のプロフィールがお披露目され、何の関係もなさそうな三人が事件に巻き混まれて行く・・・。
 
 自殺に失敗し銭湯の無料券を手に出かけた桜井と、渋滞に巻き込まれ袖口についた血を拭うため銭湯に入ったコンドウ。羽振りの良さそうなコンドウが石けんに足を滑らせ昏倒、救急車で運ばれるが桜井は咄嗟にロッカーの鍵を入れ替える。

 記憶喪失になって自分が桜井だと思い込むコンドウを、父の見舞いに来た早苗がぼろアパートへ送り届けるうち、その真面目さが何かと気掛かりになって行く。
 免許証から豪華なマンションに辿り着いた桜井は、コンドウの本名が山崎だと知る。おまけに正体は殺しやと分かり殺しの依頼を引き受けるハメに・・・。

 リアリティに欠ける展開だが随所に笑いを挟みながら、小気味良いテンポのストーリーに魅入ってしまう。あちこちにちりばめられていた伏線も後半見事に回収され、後味の良いコメディに仕上がっている。

 えてしてオーバーアクトになりがちな男優二人と清々しいキャラクターが定番の広末、主要人物三人にオーバーアクトを求めない演出手法が功を奏していた。
 特に役柄に恵まれた香川の巧さが目立ち、顔芸だけではない彼の演技力を再確認させられた。

 内田ファンには大どんでん返しがなく物足りなさが残ったかもしれないが、筆者のような初見者には良質なエンタテインメント作品でとても好感を持った。

 監督はビリー・ワイルダーを尊敬しているらしく、歯切れの良い緻密な構成には納得。4作目の噂を聴かないが前2作ともども新作を観てみたい監督だ。

 

「サクラ サク」(14・日)60点

2017-09-26 16:20:55 | 日本映画 2010~15(平成23~27)


・ 下諏訪・福井への旅は家族再生のロードムービー。




さだまさしの短編小説を小松江里子が脚色、「精霊流し」(03)、「利休にたずねよ」(13)の田中光敏が監督した家族再生へのロードムービー。

認知症のため日常生活に支障をきたし始めた父親・俊太郎と、家族を顧みず仕事に没頭していたエリートサラリーマンの息子・俊介とその家族は、いつしかバラバラになってしまっていた。

俊介は初めての家族旅行を思い立ち、長野・下諏訪への温泉旅行を実践する。渋々同行する妻・昭子とフリーターの息子・大介、高校生の娘・咲子の子供たち。
俊太郎はだんだんと記憶が途切れるようになっても、幼いころ福井で暮らした思い出だけは忘れていなかった。

一家は、70年前の父親の記憶を呼び戻すため福井へ足を延ばす。

仕事・家庭・老い・将来それぞれ内面に抱えている不安や葛藤を、長野県下諏訪、福井県福井・勝山・美浜への旅で、バラバラだった家族がまとまり理解・共有できるのだろうか?

今どき三世代同居家族は珍しいが、祖父の家に息子家族が同居する都会で暮らす裕福な一家に起こる問題は概ね想像できる。

俊介は仕事人間で、出世コースに邁進し、上司・部下との信頼関係も厚く取締役推薦が内定している。3年前単身赴任していた仙台で不倫して以来妻とはギクシャクした間柄。イイ人がお似合いの緒形直人が演じている。

昭子(南果歩)は、庭いじりが唯一の慰めで、夫との間だけではなく義父である俊太郎への対応も一線を画し、失禁・脱糞には夫へ電話するほどで一切関わらない。

俊太郎(藤竜也)は、自身の記憶が途切れることが多く、日記でその不安を書き記しているのが切ない。言葉遣いも丁寧でスーツをパリッと着こなす姿は紳士そのもの。そんな紳士が起こす非日常が痛ましい。ダンディな藤竜也が演じているので尚更だ。

家族旅行のキッカケは<人を褒めるには、その人のことを一所懸命見つめなければいけない>という俊太郎の言葉から。

リアリティはないが、下諏訪の秘湯、福井勝山の平泉寺・白山神社、瑞林寺など日本情緒豊かな背景に家族はこうありたいという願望が込められている。

エンディングに流れる、さだまさしの主題歌「残春」<若さを呪わず、老いを恨まず>という言葉が全編に流れる作品だった。



「ペコロスの母に会いに行く」(13・日) 70点

2017-04-09 12:05:54 | 日本映画 2010~15(平成23~27)

  ・ 実話をもとにした漫画を、ファンタジックに映像化した森嵜監督。


    

 認知症の母との日常をユーモアとペーソスを交えながら自身の体験をもとに描いた、岡野雄一のエッセイ漫画。題名の「ペコロス」とは<ちいさな玉ねぎ>のことで主人公ゆういちの頭からついた愛称。

 自費出版からベストセラーなった原作を実写化したのは、庶民の哀歓をダイナミックに描くことに定評ある当時85歳の森﨑東監督。

 漫画の持つほのぼのとしたファンタジーを、さらに昇華させた監督の手腕が光る。

 オレオレ詐欺、帰り道がわからず迷子騒ぎ、汚れた下着隠し、駐車場で息子の帰りを待つなど、エピソードが交錯しながら、母の衰えを実感する息子。

 <ゆういち>役の岩松は漫画のモデルに近づける工夫がみられ、原作ファンの期待を裏切らない役造り。介護という深刻なテーマを、ポジティブに生きるバツイチ広告営業マンぶりが滲み出ていた。

 <みつえ>に扮した赤木は、本作による89歳で映画初主演がギネス登録され話題を呼んだ。確かな演技で現実と過去の狭間で揺れる心情を見事に表していた。

 みつえの心象風景に登場する幼少期や結婚した頃や原爆症で死んだ幼馴染などの辛い思い出が、長崎で戦中・戦後に生まれ育った女性の一代記にもなって心を打つものがある。

 若い頃のみつえに扮した原田貴和子・幼馴染<ちえこ>の原田知世・姉妹の共演も本作に欠かせない。気弱で酒癖の悪い夫<さとる>も、よく居た昭和一桁の男。3人が登場すると、その時代背景が色鮮やかに蘇ってくる。

 現実は安サラリーマンの一人息子が認知症の母親を介護するハードルは低くない。周囲の目を気にする施設入りさえままならない。

 長崎を舞台に繰り広げられるこの「介護喜劇映画」は、そんな現実を抱えた当事者に一服の清涼剤となっていることを願わずにいられない。 

『告白』 (10・日)80点

2017-03-07 17:29:12 | 日本映画 2010~15(平成23~27)
・ 衝撃的な原作を映像化して昇華させた良作。                                                09本屋大賞のベストセラー、湊かなえの原作を中島哲也が監督したフィクションだがリアリティが潜む衝撃的なストーリー。 「告白」というと宗教的な意味を持ったり、恋愛感情があったりすることを想像するが、本編は中学教師・森口悠子(松たか子)がホームルームで娘を殺したのはクラスの2人であるという衝撃的な<独白>から始まる。現実には起こり得ないはずの約30分をどうとらえるかでこの映画はまるっきり違って見える。 日常のニュースを知る限り、あながち奇想天外な架空の出来事とは言いきれないのでは? 中島監督は原作のテイストを壊すことなく昇華させ、複雑な現代社会に潜む哀しみや憎しみを抱える人間の本質を鋭く描いて、最後まで観客を惹きつける。CMで培った技法を駆使したビジュアル・インパクトの冴えと、映像にぴったりあったBGMは益々磨きが掛かっている。 主演の松たか子は、生徒を指導する立場の教師と、娘を殺された母親という悩ましい役柄に挑戦して、またひとつ芸域を拡げた。人間性を押し殺し、母としての哀しみを振り切って、命の尊さを導いてゆくこの難役を、見事に表現していた。極限の教えは冷たく非情で、ことの善悪を超えていたが...。 少年Bの母親・木村佳乃は、息子を溺愛するモンスター・ペアレントぶりを如何なく発揮。不幸を招くのは周囲が悪いと、絶えず近視眼的な視点で物事を判断してしまうサガで、極端な行動へ走ってしまう。かなり現実に潜んでいそうな母親像を感じさせる好演だ。 なんといってもこの作品を支えたのはオーディションで選ばれた37人の生徒たち。ほとんど演じたというより、普段の中学生のままのような自然な演技で、短略的な殺人を犯してしまう恐怖感を味わうハメになる。とくに少年Aの修哉・Bの直くん・少女Aのみずほの主要3人はそれぞれの個性が出て優れた演出の成果を感じさせてくれた。 温かい思いやりや感動とは程遠く、好きなジャンルではないがこの年上半期ベスト・ワンの邦画であろう。

「大鹿村騒動記」(11・日)70点

2017-01-12 11:48:34 | 日本映画 2010~15(平成23~27)

  ・ 原田芳雄の念願だった村歌舞伎を舞台にした人情喜劇


    

 南アルプスの山麓・長野県下伊那郡の大鹿村に300年伝わる村歌舞伎を舞台に繰り広げる、過疎化・高齢化など深刻なテーマを笑いに包み込んだ人情喜劇。

 公開直後に亡くなった主演の原田芳雄念願の映画化で、彼の人望で集まったスタッフ・キャストによる愛すべき人間賛歌のドラマだ。

 「六千両後日文章 重忠の館」という村歌舞伎公演の5日前、主役の景清を演じている風祭善(原田芳雄)。独りで鹿料理の店<ディア・イーター>を営んでいるが、18年前駆け落ちした妻の貴子(大楠道代)と幼馴染みの治(岸部一徳)が突然戻ってきた。

 貴子は記憶障害を患っていて、困り果てた治は善に返すと言いに来たのだ・・・。


 大鹿村は実在の村で、伝統の村歌舞伎も寺の境内で続けられているもの。2045年リニア新幹線が開通する問題で村には亀裂が入りそうだが、風光明媚でまるでユートピア。

 延江浩原案を阪本順が監督を担当し、10年来疎遠だった荒井晴彦とともに共同脚本化、僅か2週間で撮り終えた。

 3人を中心に群像劇のような趣きで、村役場の職員・美江に松たか子、バスの運転手・一平に佐藤浩市、郵便局員・寛治に瑛太や石橋蓮司、小野武彦、小倉一郎、でんでんなど多士済々。

 異色はアルバイトの雷音(冨浦智嗣)で性同一障害の悩みを抱えこの村にやってきた。ドラマでは村の案内役・狂言廻しの役割を担っている。

 絡みがないのは残念だったが故・三國連太郎が貴子の父親役で存在感を魅せ、佐藤との親子出演があったのも見逃せない。

 この年は東北大震災があって、誰しも故郷や家族を想い起こさせるときでもあった。歌舞伎はこの村が抱える諸々の問題を浄化させる役割を果たしているのだろう。

 貴子は記憶障害がありながら歌舞伎・道柴のセリフだけはシッカリ覚えていた。舞台の袖で<景清が最後に眼をくり抜くところ、あたし好きです>という。

 <仇も恨みも是まで是まで・・・>という景清の善は貴子を赦し、この村で暮らしていくことに・・・。

 諸問題は何ら解決しない<ありそうでありえないこの群像劇>は苦労の果ての大円団となり、エンディング・忌野清志郎の主題歌{太陽の当たる場所}とともにホッコリさせてくれる。
 
 本作の最大の功績はこの村が観光名所となり、村歌舞伎が存続できることかもしれない。

「はじまりのみち」(13・日)65点

2016-04-17 13:11:56 | 日本映画 2010~15(平成23~27)

 ・ 木下恵介へのリスペクトと平和への願いを込めた記念映画。

                   

 木下恵介といえば、黒澤明、小津安二郎、溝口健二と並ぶ日本映画の代表的監督だが、その生真面目な作風から評価には恵まれていない印象がある。

 筆者も3人に比べると49作中観たのはほんの数本で、最も馴染みの薄いひと。本作は松竹が<木下恵介生誕100年プロジェクト>の一環で製作した。監督・脚本はアニメで有名な原恵一で実写初作品。

 ’44<大東亜戦争3周年記念>と銘うって陸軍省が戦意高揚・国威発揚のため松竹に依頼して作られた映画「陸軍」。木下恵介(加瀬亮)が起用されたが、その内容が軍部に不評だったため睨まれ次回作が決まらない。木下は所長城戸四郎(大杉漣)に辞表を出し、故郷の浜松へ戻ってくる。

 故郷には大好きな寝たきりの母・たま(田中裕子)が迎えてくれた。だが実家の気田も空襲の危険が迫り、山間の親戚へ疎開することとなった。母想いの恵介(本名・正吉)はリヤカーで山越えをすることを提案し、兄(ユースケ・サンタマリア)と便利屋(濱田岳)とともに出発した。

 軍部に睨まれた映画「陸軍」とリヤカーで母と山越えしたというエピソードをもとに、木下の人間性と作風を織り交ぜながら作られた本作には全作49本中15作が流れ、木下へのリスペクトに溢れた91分だ。

便利屋がシラスのかき揚げでビールを飲むエア食事は「破れ太鼓」(49)で阪妻がカレーライスを食べるシーンに、女の先生(宮あおい)が生徒を連れて歩くところは、「二十四の瞳」(54)で高峰秀子の先生に、正吉が母・たまを背負って歩いた記憶は、「楢山節考」(58)での息子が老いた母(田中絹代)を背負う名シーンに繋がっている。

 木下の映画は「また木下恵介の映画を観たい」とたどたどしい手紙を残した最大のファンである母であり、便利屋のような庶民の共感が支えている。

 大ヒット作「喜びも悲しみも幾年月」のリメイク「新・・・」のラストシーン、大原麗子が「戦争に行く船じゃなくて良かった」という言葉が、映画「陸軍」の田中絹代とオーバー・ラップしてくる。

 筆者が生まれた年に作られた「陸軍」は、戦意高揚・国威発揚には効果なかったかもしれない。しかし「お国のために立派に務めを果たしなさい」とは思っていなかった大多数の母親の気持ちを代弁していたのだ。

 

「あん」(15・日) 75点

2016-04-13 16:15:05 | 日本映画 2010~15(平成23~27)
 ・ 一皮むけた、カンヌの常連・河瀬直美監督のヒューマン・ドラマ。

                   

 「萌の朱雀」(97)で新人監督賞、「殯(もがり)の森」(07)でグランプリを獲得するなどカンヌ映画祭常連で高評価の河直美監督の最新作は、初の原作もので一皮むけた作風となった。

 原作者・ドリアン助川が樹木希林を想定した主人公で、映画化するなら河瀬監督をとの念願が実現した。

 桜が満開の東京郊外にある小さなどら焼きの店。雇われ店長・千太郎(永瀬正敏)のもとへ、求人の貼り紙を見て働きたいといって現れたのが70代後半の徳江(樹木希林)。

 一目で無理だと思った千太郎は断ったが、翌日お手製の粒あんをもって現れた。その味に驚いた千太郎は、手伝ってもらうことに。

 日に日に客が増え大繁盛するが、ぱったりと客が途絶える日がくる。
 そんな時オーナー(浅田美代子)が現れ、徳江にはライ病だという噂がありすぐ辞めさせるよう忠告してくる。

 元ハンセン病患者の徳江と、訳あり店長・千太郎による親子のような交流によって「働くことの大切さ」「人間としての生き方」という人間の根源的なテーマに触れていく。

 ハンセン病に対する偏見は、無理解・誤解による長年による国家の過ちとして度々ニュースやドキュメントで見ることがあっても映画にはなりにくいテーマ。
 筆者が知っている限り「愛する」(97・熊井啓監督、酒井美紀主演)くらいしかない。

 河瀬はプロデューサーとしても優秀で、スポンサーが集まりにくいアート映画で力量を発揮していた監督。見事に樹木希林を口説き落とし、永瀬・浅田をはじめ市原悦子・水野美紀というキャスティングで映画化に漕ぎつけた。

 いつもどおり役作りは徹底して四季折々の風景を取り入れ、撮影中は役柄に没頭させるという手法を守り通した。

 リアリティの追及に妥協は一切なく、グツグツ煮える小豆・遠くから聞こえる朝の電車・桜や木々の風音など「音を大切にした高いクオリティ」は、カメラの穐山茂樹の映像も呼応して際立っている。

 おそらく初主演?の樹木希林無くしてはあり得ないほど主人公に馴染んいる。彼女以外で演じられるのは故・北林谷栄以外思い出せない。今の映画界には欠かせない貴重な女優である。
常連客で母親と2人暮らしの中学生・ワカナ役で素直な演技を見せた孫の内田伽羅が気がかりだったのでは?

 予想外の好演は永瀬正敏。従来なら高倉健がピッタリな役柄を体全体で演じ、樹木希林に食われなかったのに感心させられた。

 終盤、少し観念的なシーンが少し残念だったが、原作とは違うラストシーンに救われた。