晴れ、ときどき映画三昧

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「居酒屋兆治」(83・日) 75点

2013-07-28 17:23:44 | 日本映画 1980~99(昭和55~平成11) 

 ・大原麗子を偲ぶのに最適な作品。

   

 山口瞳原作による小さな居酒屋「兆治」を営む男と店の常連客が繰り広げる人間模様を、函館に舞台を移して「駅/STAITION」(81)に続く降旗康男監督・高倉健主演で映画化。

 健さんの代名詞、<不器用で無口だが他人への思い遣りがある男>はこの主人公を演じる頃から定評化されたと思われる。舞台設定を東京近郊から函館・札幌へ移すこと以外は原作に忠実なストーリーはとてもクラシックな物語で、時代が20年ぐらいズレているような雰囲気。

 藤野栄治(高倉健)は高校時代は投手として将来嘱望されていたが肩を壊して断念、地元の造船会社に勤める。上司から総務課長に抜擢の内命を受けたが、<リストラ>がメインの仕事と知って退職。焼き鳥屋で働いて倉庫街の一角に小さな店を持った経緯がある。

 糟糠の妻・茂子(加藤登紀子)は愚痴も言わず店を切り盛りしてくれて常連客で賑わっている。幼なじみの岩下(田中邦衛)とはバッテリーを組んだ仲で親友、先輩の河原(伊丹十三)は酒癖が悪く何かとケチをつける厄介者、市役所の職員・佐野(細野晴臣)保険会社の堀江(池部良)、タクシー運転手秋本(小松政夫)や会社の元同僚などがストレス解消で立ち寄ってくる。

 栄治が気掛かりなことは20年前青年会で知り合って恋人同士で牧場主に嫁いだ神谷さよ(大原麗子)のこと。栄治は<さよの幸せのために身を退いた>のだが、2人の子供がいながら、さよは忘れられずにいる。腹いせに若い男と駈け落ちした過去を持つ。火事で全焼したあと行方不明となっている。

 庶民のささやかな憩いの場にもドラマがあって、井上は小さな造船会社の2代目だが受注もなくカラオケ狂いで倒産の危機だし、子沢山な秋本は妻を亡くし金属バットを抱いて寝る。それを揶揄した河原に何を言われても忍に一字だった栄治が諫めたため、無抵抗なまま殴られてしまう。ついに堪忍袋の緒が切れた栄治が腹に一発見舞うと警察沙汰に・・・。

 不器用で女性に本心を巧く伝えることができない栄治と一途にその男に恋焦がれ望まない結婚から逃れるため歓楽街に身を投じる<さよ>。2人のすれ違いを軸に常連客のエピソードが繰り広げられて行く。

 今改めて観ると豪華な出演者でバラエティに富んで多士済々。加藤登紀子を妻に据え、向かいの小料理屋の女将に、ちあきなおみ。客に武田鉄矢など歌手を始め、大滝秀治・石野眞子という年の離れた夫婦、焼き鳥屋の東野英治郎など多士済々。インテリ役のイメージがある伊丹十三を敵役に使うなどキャスティングも新鮮だった。
 
 何といってもヒロイン大原麗子の存在が忘れ難い。女優としては代表作に恵まれないが、サントリーのイメージ・キャラクターとして男性ファンをトリコにした待つ女で一世を風靡し、私生活では2度の結婚も上手く行かず、晩年は病と闘い62歳で孤独死したのが話題となった。この役がとても気に入っていたという。当時37歳で薄幸の女を素で演じていた。高倉健が命日に墓参りをして長々と話しかけていたという、このドラマとオーバーラップする逸話もある。

 本作の準備中に黒澤明監督に「乱」の出演オファーがあった健さん。降旗監督との約束を優先して、直々に出演を断ったというほど義理堅い。井川比佐志が演じた鉄修理役は健さんのイメージでできたことを知ると、俳優として歩む道が違っていたのかもしれない。「駅/STAITION」(81)から最新作「あなたへ」(12)まで30年も続いている降旗監督との男同士の絆は、まるで本作の栄治と岩下のようでもある。