・愛すべき老夫婦の死別を描きながら清々しさが印象的。
テレンス・スタッフはイギリスの名優だが、どちらかといとハードボイルドな役柄で鳴らし、悪役のイメージもある俳優。その彼が気難しい頑固老人を演じながら、愛すべき人物像を漂わせるハーウォーミングな主人公を演じている。
妻を演じているのがオスカー女優のヴァネッサ・レッドグレイヴ。若いころから気品のあるイギリス女性を演じてきたが、暗い役柄が多かった。近作では「ジュリエットからの手紙」(10)のような一途な女性を演じていて、ここでも死を目前に健気に生きる女性に扮している。
近年、<老人と音楽>を素材にした映画が多く見られ、「愛、アムール」(12)、「カルテット!人生のオペラハウス」(12)と話題作が多い。ここでの音楽はクラシックで如何にも高尚なイメージだが、本作はとても庶民的。むしろドキュメント映画「ヤング@ハート」(07)のドラマ版に近いイメージ。
この2人の名優が演じていなければ、ストーリーも予定調和のハッピー・エンドが読める平板なドラマとなっていたことだろう。
マリオン(V・レッドグレイヴ)にガンが再発、余命を楽しむため化学療法をしないことを決意。彼女の生き甲斐は老人たちのロックやラップの合唱団(年金ズ)で歌うこと。折りしもコンクールの予選会に向けて練習に熱が入っていたころだった。
夫アーサー(T・スタッフ)は体調が悪化するのを心配しながら付添い送り迎えをするが、決して合唱に加わることはなかった。若いころは夫婦が同じことをしながら楽しんでいたのに、年を取るに従って夫婦は趣味趣向が合わなくなって行く。どこにでもいる普通の夫婦だ。
ただこの夫婦愛は固い絆で結ばれていて相思相愛なのだ。その寄り添いぶりは傍から観ていて現実にはありえないほど理想的。この辺は「愛アムール」の夫婦のようなシビアな描き方と対照的で、本作の評価の分かれるところ。映画なのでシビアな世界は見たくないというヒトにはうってつけ。
中盤マリオンが歌う「トゥルー・カラーズ」と終盤アーサーが歌う「眠りつく君へ」というラブ・ソングが観客の涙を誘う。原題は、ずばり「SONG OF MARION」。筆者はユーモアたっぷりなシーンに笑いを誘われたが、周辺の女性客からはすすり泣く声が聴こえた。
キュートな音楽教師エリザベス役のジェマ・アータートンはボンド・ガールのイメージとは180度違う役柄を好演。恋人にフラレ深夜泣きながらアーサーの家へあらわれるシークエンスにとても好感を持った。
孫娘は可愛がるのに息子ジェームズ(クリストファー・エクレストン)と波長が合わないアーサー。寡黙なとっつきにくい性格は父と息子に和解のキッカケがつかめないままなのも気掛かりだったが・・・。
予選会を通過しながら本戦会場で規格外なため出場停止を受ける、「年金ズ」のメンバー。そんななかでアーサーが本来の性格を発揮して愛する人のために力ずくの行動に出る。脚本に無理があるがこれは<コンクールもの>の定番で、日本でも「スウィング・ガールズ」(04)などにも見られるので大目に見ることにしよう。
老後や余命幾ばくもない人生をどのように過ごすのか?というテーマをこういうタッチで描いたポール・アンドリュー・ウィリアムズ監督にエールを送りたい。