罪の轍 奥田秀朗(著)2019年8月発行
昭和の事件で、母の印象にも強く残っている『吉展ちゃん誘拐殺人事件』を
題材に描かれた長編作。
東京オリンピック開催を目前に、東京の至る場所で突貫工事が進められ
新幹線の工事が急ピッチで行われていたオリンピックの一年前の事件で、
連日テレビや新聞で報じられ、日本中が大騒ぎだったのを記憶している。
小説なので事実とは違うものの、着眼点、人物描写、組織洞察、構成力、
全てに優れていて、読み応えのある力作でした。
ただ、運悪く、読んだ時期がコロナ禍真っ只中だったもので、
正直、徐々に気分が随分落ち込んでいくのが否めず。。。
今年の、せめて春前に読んでいればよかった。
母
内容を忘れぬよう、とりあえず、出版社の案内文と著者のインタビュー記事
の一部を転記しておく。
東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年。浅草で男児誘拐事件が発生し、
日本中を恐怖と怒りの渦に叩き込んだ。事件を担当する捜査一課の落合昌夫は、
子供達から「莫迦」と呼ばれる北国訛りの男の噂を聞く――。
世間から置き去りにされた人間の孤独を、緊迫感あふれる描写と圧倒的リアリティ
で描く社会派ミステリの真髄。
— 以下はインタビュー記事の一部
北海道・礼文島で昆布漁の親方の下で働く宇野寛治は空き巣の常習だった。
地元にいられなくなり、本土に流れ着くと、同じ手口で犯罪を繰り返し、
子どもを手にかける残虐な犯行へと至る。
社会全体が五輪に沸くなか、「莫迦(ばか)」とさげすまれ、
行き当たりばったりの行動を繰り返す宇野は、時に哀(かな)しく映る。
物語で人を裁くことは決してしないのが奥田さんのモットーだ。
「誰でも事情があるし、こいつなら何を言うかと想像しながら書く。勧善懲悪
みたいな物語は僕には書けない」
事件が複雑化し、世間の耳目を集めたのは、電話機や自動車などを使った新しい
時代の捜査に不慣れだった警視庁が不手際を重ね、情報公開に踏み切ったからだ。
テレビで全国に放送され、匿名の電話通報が相次いだ。
「日本人が最初に経験した劇場型犯罪。マスコミが大騒ぎして犯人捜しをしたり、
いろんなやじ馬が名乗りを上げたり。いまのワイドショーがやっているようなこと
が始まった事件だった」。
足で稼いできた刑事たちが大量の情報提供に振り回され、被害者宅への
誹謗(ひぼう)中傷が続く描写に、現在の社会の原型が見え隠れする。
「電話が普及して匿名でものを言うことを覚えたことから始まり、
もっと膨張して、みんながインターネットで発信し、炎上する時代になった。
昔は、誰からも意見を求められなかった人たちが意見を言っている。
民主的だけれども、攻撃の加減がわからないから、徹底して追い詰める」
—