できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学教員・住友剛のブログ。
関西圏中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

「視点をずらす」こと

2006-11-03 09:38:13 | 学問

世の中には、ある立場の人から見れば「当然だ」という話が、別の立場の人から見れば「とんでもない」という話もあります。あるいは、同じ問題について、視点を変えれば、何種類もの考え方がなりたつものもあります。

新聞、テレビといったマスメディアの伝える情報もそのひとつで、これはあくまで、(1)ニュースのもとになった取材相手先などの情報を、(2)ニュースを配信する側が自分たちの視点で取捨選択して、それで配信しているものです。ということは、最初の(1)の段階で、取材される側が何をマスメディアの側に伝えるか、次の(2)の段階で、ニュースを配信するマスメディア側が取材される側から得た情報の何にアクセントを置くか、ここで情報がそれぞれの立場から整理されて伝えられています。

このように、マスメディアの伝える内容は、「取材される側」「取材する側」の二つの視点で情報が整理されいる以上、その内容には「伝えられなかったもの」や、「別の視点から見るととんでもない話」がまぎれこんでいる危険性が常に潜む、ということですね。あるいは、一見「客観的」にマスメディアが何か伝えているように見えながら、実は知らず知らずのうちにある特定の立場の視点に、情報を受け取る側の考えが誘導されている危険性もある、ということでしょうか。となると、時にはマスメディアの伝える情報を読み解く私たちの視点をずらし、マスメディアの伝える情報はいったい誰の視点から書かれているのかを読み解く必要があります。これが、ある種の「メディア・リテラシー」というものでしょうか。

例えば、昨日(11月2日)付けの朝日新聞のネット配信記事で、「厚遇の大阪市バス」という記事がでていました。これは、大阪市交通局(地下鉄・市バス)が累積赤字がたくさんあって、経費削減に今つとめているなかで、大阪市バスの運転手の平均年収が他市や民間のバス会社に比べて高すぎるということを伝えたものです。ちなみに、この記事によると、大阪市バス運転手の平均年収は2005年度で約803万円、交通局がバス事業を委託する第三セクター「大阪運輸振興」だと約415万円、民営バスの平均だと約479万円、公営バスの全国平均約750万円だそうです。

で、私は思うのですが、「なるほど、確かにこういう記事を見ていると、大阪市バスの運転手の給料は高いように見える」と思います。しかし同時に、「なぜ逆に、民間はこんなに安いのか? それでいいの、ほんとうに?」という疑問を持ってしまいます。これが、「視点をずらす」という、ひとつの方法です。

例えば、この記事によると第三セクター「大阪運輸振興」は、市のOBや契約職員の運転手を採用しているとか。また、ここには書いていませんが、私の推測ではおそらく、市交通局側から大阪運輸振興側に払われる委託費も、同じバス路線をすべて市職員でまかなったときにかかる経費よりも、相当削っていることでしょう。そうすると、できるだけ正規雇用の運転手の賃金を削るか、有期雇用にして賃金を上げずにすむか、そういう形で人件費を削るということは、当然ありうることです。こういうしくみで、低賃金労働で今までのバス路線を運営することが可能になります。これは「経営者の目線」で見れば、一定の妥当性があります。

しかし、「そこで働く労働者の目線」でこの記事の内容を見れば、たまったものではありません。それこそ、例えば下積みからこつこつ市バス運転手一筋30年とかいった人が、今まで努力して安全運転につとめ、やっと安定した収入を得られるようになってきた。そのことに対して、この記事の内容は、「市バス運転手の給料は高すぎる。削れ!」と、マスコミを通じて「経営者」が言っているようなものです。あるいは、マスコミを通じて「経営者」は、「これからの市バス運転手は、低賃金労働でがまんしろ。民間はそれでがまんしてやってるではないか」と言っているようなものです。そして、民間のバス会社の運転手だって、本当はもっと今の待遇を改善してほしいと思っているかもしれませんし、そういう民間のバス運転手の意向を抑え、待遇を切り詰めて、民間バス会社はこの間、収益をあげているのかもしれません。

こういったことが、この記事を「視点をずらして読む」と、見えてきますね。つまり、この記事は、一応誰か取材源があるのだと思うのですが、その取材源から得た情報を記者の目で整理していくときに、知らず知らずのうちに、「市バスのコスト削減を推進する側」の視点に立って記事を書いた、ということですね。そしておそらく、この記事の取材源は、その「市バスのコスト削減を推進したい人々」、つまり、大阪市の行財政改革を今、推進しようとしている人々でしょう。少なくとも、この記事については、待遇を切り下げられ、生活がだんだん苦しくなる層に目を向けた取材をしていないことだけは確かです。


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