緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

クラウディオ・アラウのライブ録音を聴く

2014-06-15 01:21:17 | ピアノ
しばらく雨、風の強い日が続いたが、今日は快晴だった。午後は仕事に出かけたが、久しぶりに太陽の光にあたり気持ちのいい1日だった。
このところベートーヴェンのピアノソナタの聴き比べは一休みし、代わりにリストのピアノソナタロ短調の聴き比べに力を入れている。
CDやレコードは大抵がスタジオ録音であるが、たまにコンサート・ホールでのライブ録音に出会うことがある。
ライブ録音はミスが必ずといっていいほどあり、奏者のミスが気になる人には向いていないが、演奏者の力量、音楽性の現実をそのままに感じ取ることが出来るので私は好きだ。
一発勝負の音楽人生を賭けた演奏には気迫がこもり、昨今のスタジオによる継ぎ接ぎや加工だらけの人工的なスタジオ録音に比べるとその価値は格段に違ってくる。録音もホールでの音そのものに忠実なのがいい。
しかしライブ録音で大きな感動を得られたものは少ない。
ピアノでは、今まで聴いた中ではミケランジェリのベートーヴェン・ピアノソナタ32番(1988年)、ホルヘ・ボレットのカーネギーホールでのライブ(1974年)、マリヤ・グリンベルクのシューベルト歌曲集(リスト編曲、1976年)くらいか。
今回、ピアノのライブ録音で新たに素晴らしい演奏に出会った。
その録音とは、クラウディオ・アラウ(1903~1991)の1968年、サンティアゴでのリサイタルでのライブ録音である。



曲目は以下のとおり。

1.巡礼の年 第2年 「イタリア」より第7曲「ダンテを読んで-ソナタ風幻想曲」(リスト)
2.ピアノソナタロ短調(リスト)
3.ピアノソナタ第26番(ベートーヴェン)

クウラディオ・アラウの円熟期の演奏であるが、凄い演奏だ。
聴いて一番驚くのはピアノの音の響きである。これほど多彩な音の響きを引き出せるピアニストは故人を含めて何人いるだろうか。
1つの和音でも何十種類もの音の響きが聴こえてくるようなのだ。ピアノという楽器のもつ機能を全て余すことなく引き出していると思う。
以前にも何度か書いたが、器楽奏者の最も重要な使命の一つは、楽器本来の持つ音の魅力を最大に引き出すことだと思う。
アウラの演奏を聴くとピアノという楽器は実に多彩な音を持つ楽器であることが分かるが、その音の魅力を引き出すことなく透明で一見美しいように思えるが、単調な音しか出せないで終わっている演奏は多い。
アラウが65歳の時の演奏であるが、決して力任せの打鍵をしていないのに、強く重厚な音を出している。
マリヤ・グリンベルクも67歳頃のライブ演奏(シューベルトの歌曲集)で力を入れていないのに、底から響いてくるような強く深い重厚な音を出していたのに驚く。これには何か長年の演奏活動からつかみ取った秘技のようなものがあるのではないか。ポリーニのような音とは雲泥の差である。
ただ楽器から魅力ある音だけ引き出してもそれだけで素晴らしい演奏、聴き手を真に感動させる演奏にはなりえない。
加えて、長い時間をかけて研鑽を積んで得た高い音楽性、芸術性といったもの、奏者のこれまで人生経験から得た感情表現能力、感情エネルギーの伝達能力が伴っていないと聴き手に十分な感動を与えるまでには至らないであろう。
ギターで言うと、ホセ・ルイス・ゴンザレスの音には素晴らしいものがあるが、芸術性の極みという点では今一つ欠けていたために、本当に深い感動を得るまでに至らなかったと思う。やはり楽器のもつ音の魅力を引き出すだけ、感情エネルギーの強さだけでは不十分なのである。それにプラスアルファするものがないと。
ベートーヴェンやリストのソナタを聴くと世俗の世界を超えた崇高な精神性、何か非日常的もの、日常の世界ではそう味わえない感情や、曲の持つ構築性の深さといったものを感じることがあるが、ここまでの領域まで踏み込んで表現した演奏が聴き手に本当の感動を与えるのであると思う。
こう考えていくと器楽演奏にとって最も重要な要素は次の3つなのではないかと思う。

1.楽器本来の持つ魅力ある音を最大限に引き出しているか。
2.音に感情エネルギーを伝達できているか(特に作者の感情との一体化、同一化)。
3.演奏が高い芸術性に裏打ちされているか。
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