世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

産んでくれてありがとう。

2007年07月09日 21時09分44秒 | Weblog
昨夜、ブログを更新したあと、NHK番組「課外授業 ようこそ先輩」を観た。
著名人が母校を訪れて、各々の専門分野を活かした授業をする番組である。
今回は映画監督の原一男さんが先生。
「母を撮る」というテーマを課題にし、子供たちにビデオカメラを一台ずつ渡した。
母を撮る…このテーマの中で原さんは一つだけ注文をつけた。
「お母さんが自分を産むとき、どんな思いをしながら産んだのかを訊くこと」

原さんは父を知らない。再婚離婚を繰り返し原さんを育ててくれた母も亡くなってしまった。
もう、自分が産まれたときのことや気持ちや感想を語ってくれる人はいないのである。

また父親を知らないが故、自分が父親になったときにお手本がなくて苦悩した。…そして中学1年生だった息子を自殺に追い込んでしまった…。

番組中、子供たちは恥ずかしそうにレンズ越しの母親に尋ねる。
「…ぼ、僕を産んだとき、…どんな気持ちだった?」
母親は「痛かった」とか「早く、無事に産まれて!と思った」とか言っていた。
ある母親は「産まれてきてありがとうって思ったよ」と言った。
それに対して子供は
「産んでくれてありがと」と答えた。

…原監督、涙。
私も涙。


私の知り合いで、母親一人に育てられた殿方がいる。

彼を生んだ後、再婚・離婚・引っ越しを繰り返す母親に「あんたの父親は早くに死んだ」とずっと聞かされてきていた。
しかし、自分が結婚するときに見た戸籍謄本にて、自分の父親が生存している事実を知った。

…父親には会いたいとは思わないよ。
…足ながおじさんみたいな資産家だったら別だけど…あはは。
え?自分が父親になるとき?うーん、特に何も考えなかった…自己流で育てりゃ、いーんじゃん…?

いつもあっけらかんとしている。

本音を言うと彼自身にはそんなに興味がない。
しかし彼の母親には凄く興味がある。見ず知らずの方を興味の対象とすることは些か無粋なことは承知なんだが…。
息子を女手一つで育てる覚悟って、一体どっから湧いてくるのだろう…とか。
昼夜を問わず働いて息子を養うパワー…とか。
ある日、少年だった彼は屶をいじくっていて手に大怪我をしてしまったらしい。

職場からバスで駆け付けた彼の母親は、そのときどんな気持ちだったんだろう。
そこのところ、彼に聞いても、いつも笑い話にしてしまう。
なので、いつもこれ以上踏み込んだ話はしない。

シングルマザーなんていうかっこいい言葉の裏には、荒々しくて深くて、きっと私には計りし得ない孤独や不安が隠されているんだと思う。
綺麗事ではないはずだ。

シングルでもシングルじゃなくても、母親になった瞬間、本能の如く、我が子を守り育てていく覚悟や子供への愛情が沸いてくるんだろう。

この世に産まれてきたとき。

絶大な愛に一瞬でも守られたことがあるっていう事実だけで、私は明日も頑張れそうな気がする。

ちなみに私が産まれたとき。
1978年2月4日。未明。
未産婦の母は、陣痛だと思わなかったらしい。
予定日より一週間も早かったので…。
で、産婦人科に入院したときは子宮口がかなり開いていて、医者仰天!
12時間の陣痛の末に、私誕生。
そのときの感想は…?

「かなりね。もうね。とんでもなく…痛かったよ…」


らしい。

しかも、飲兵衛の父は深夜まで飲み会。

私と父との出会いは、父のアルコール臭い吐息でスタートを切ったらしい。

とりあえず、産んでくれてありがとうね。


画像は、本邦初公開。父にお風呂に入れてもらいゴキゲン♪な私。
何気にオールヌード!
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