世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

お雛様の裳

2006年03月03日 23時55分26秒 | Weblog
雛祭り、である。


気付いたら雛祭りの日であった。
仕事中、書類の日付欄に3月3日と書きながらそう思った。

実家には七段飾りの雛人形がある。
私がまだ幼い頃、雛祭り前になると家族総出で雛飾りをしたものだ。
取り扱い説明書を見ながら、ああでもない、こうでもない言いつつ、飾るんである。
大雑把な家族なので、配置が毎年必ず少し違っていた…。三人官女、五人囃子、靴や弓を所持したおじさん五人、そして細かい小物…おびただしい数だったと記憶している。
我々大雑把な者どもにとって、五人囃子の右から二番目の人は何の楽器を所持しているか?なんていう細かいことなんて、考える余地はない。

私はお雛様の衣装について、非常に高い好奇心を持っていた。
そう、十二単。
着物に付いている、フワフワした裳が好きだった。
お雛様の腰辺りから、ダッーっと後方に広がった布、裳。
あのフワフワした感触の虜になった私は、一人で応接間に忍び込み、背伸びして一番上段に座っているお雛様の裳を撫で撫でしていた。
まさに夢見心地でだった。
汚い手で触れ続けていたため、我が家のお雛様の裳の部分は薄汚れている。

妹の芋子が誕生したのは、私が二歳四ヶ月のとき。
「お雛様は将来誰のものになるのか?」という談義が、雛祭り前後における我々姉妹の議題になった。
私としては、大好きな裳を触れ続けられない未来なんて想像できなかったため、また、芋子は当時から物欲の塊だったため、我々の議論はつい白熱しすぎ、やがては姉妹喧嘩に発展した。

あれだけ醜い争いをしてまでも、自分のものにしたがっていたお雛様なのに、いつから飾らなくなってしまったのだろう。
ついには、雛祭り自体も私にとっては縁遠いものになりつつある。

お雛祭りよりも、楽しいことが世の中に存在していること、
そして裳よりも触り心地が良いものが他にも存在していることを私は知ってしまった。

その昔、お雛様は女の子の災いを背負って川に流される運命を担っていた。

我が家のお雛様は暗く湿った押し入れで、何を思っているんだろう。
大した災いもなく、ここまで生きてこれたのは、お雛様のお陰なのかもしれない。

そう思ったら、急に雛人形の存在をいとおしくなった。

星への憧れ

2006年03月03日 23時54分45秒 | Weblog
忙しかった今週も、あと一日…。
来週もハチャメチャな悪寒。
んで、あっという間に決算業務に突入し、
気付いたら株主総会になっているのだろう。
一日一日の回転を自転とするなら、一年の行事サイクルは公転。

でもさぁ…

ハレー彗星のように、流離いながら生きてみたい。
海王星のように、静かなところで孤独を味わいたい。
ブラックホールのように、全てを許して受け入れたい。
月のように、偉大な光を享受しているくせに
「自分で輝いていますよ、私」って、何食わぬ顔をしてみたい。

たまには、そう思う。

今宵も、早く寝ます。
おやすみなさいませ。