晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

浅田次郎 『シェエラザード』

2009-07-06 | 日本人作家 あ
『シェエラザード』とは、ロシアの作曲家コルサコフの有名な
交響組曲で、元の話は、アラビアンナイトに出てくる王妃シェ
エラザードが王に殺されないように毎夜おもしろい話を聞か
せて、千と一の夜語り続けて王は王妃を殺すのを諦める、と
いうおなじみの話。
このシンフォニーと、戦争中に沈没した豪華客船「弥勒丸」の
数奇な運命と沈没の真相、戦後幾十年経って謎の台湾人、
宋英明が弥勒丸引き揚げを熱望し、日本の各方面の大物に
資金を要請する、この無理難題とも思える三題話を見事に一
つの物語に紡ぎ合わせ、これぞ浅田次郎の世界といえる、あ
たかも史実に埋もれたアナザーストーリーのような創作物語
を見事にはめ込み、美しく昇華させるといった感じ。

元大手銀行マンと元自衛隊の経営する町金融のもとに、台湾
から来た宋栄明と名乗る老人が接触。戦争中、台湾沖に沈没
した豪華客船「弥勒丸」を引き揚げるための資金を出してもらい
たいとお願いしてきますが、しがない町金融に100億もの大金
は用意できず、この話はバックの暴力団組長に繋ぐべきか、そ
もそも胡散臭い話なので無視するか迷っているところに、宋栄明
が別方面から働きかけていたルートで次々と関係者が自殺。
逃げ場を失った町金融の二人は暴力団組長に話を持ち込み、
そして財界の大物や船舶振興会のトップも絡んでくるのです。
元大手銀行マンはかつての恋人で新聞社勤務の女に弥勒丸の
話をすると、女はこの話に乗って、新聞社を辞めてしまいます。

この現代の話に交互に折り重なるように、豪華客船「弥勒丸」
がナホトカから敵側捕虜のための物資を南方に運ぶところから
はじまり、条約により攻撃対象ではない緑十字の物資運搬船で
ありながら米軍潜水艦により撃沈させられるまでの、船内での
出来事が描かれていきます。

船員たちの弥勒丸に対する愛情はなみなみならぬもので、世界
一と豪語します。しかしそんな美しい船は軍の所有と成り果て、
不本意な仕事をさせられるのですが、その仕事の本質部分とは
思考停止に陥った軍の虚栄を満たすためだけの瑣末な“お使い”。

宋英明なる老人は何者なのか、弥勒丸引き揚げに尽力する理由
とは。新聞社を辞めた女は弥勒丸に取り憑かれたように調べあげ、
やがて弥勒丸唯一の生存者から話を聞き、シンガポールで弥勒丸
に関わった元軍人と街で偶然出会います。
弥勒丸を知る人たちの話によって、次第に全貌が見えてくるのですが・・・

戦後50年などの節目の年に、テレビでは先の戦争の検証や総括
といった番組が放送されるのですが、堂々巡りで前に進めず、停滞
し続け、結論は導き出せません。
それだけ難しくてナーバスな問題なのですが、だからといって「無か
ったことにしよう」という流れにだけはなってほしくありません。
過去を解くすべを持たぬ者は未来など見えず、その日その日を漂う
だけなのですから。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする