Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

マーケティング・サイエンスの新定義

2010-11-29 23:01:54 | Weblog
日本マーケティング・サイエンス学会の代表理事であり,この分野の第一人者である片平秀貴先生が,ツイッター上でマーケティング・サイエンスの現状についてきわめて重要な指摘をされている:
JIMS研究大会無事閉会。今までマーケティング・サイエンスという分野の仕事のほとんどは企業の「マーケティング担当者」を助けるためにあった。開発も生産も商品企画もなく皆で体で顧客を感じ、顧客を喜ばせる時代に入り、改めてその存在意義が問われている。
次のツイートで,マーケティング・サイエンスの新たな定義が提案される:
Mサイエンス、今まで:”scientific approaches to marketing decisions”、これから:”adapting knowledge in the various scientific fields to marketing contexts”
昨日の投稿で紹介した JIMS での片平先生のコメントでも,マーケティングを企業の特定部署,特定の職能を持つ人々に限定する時代の終焉が指摘されていた。我流に解すれば,マーケティングという行為がなくなるのではなく,遍在するようになる,ということだ。その結果,マーケティングの能力は特殊技能ではなく,一般教養に近いものになる。

遍在するマーケティングにおいて重要なことの1つが,顧客インサイトの獲得であろう。現場の最前線にいるクリエイターやプランナーがそのために重視するのは行動観察やブレーンストーミングであって,サーベイデータや統計解析ではない。一方で,膨大なマーケティング・データの蓄積が,かえって「高度な」解析モデルを使えなくするという皮肉がある。

こうして使われなくなるマーケティング・サイエンスのツールの「高度化」に,少なからぬ研究者が血道を上げているのも皮肉である。それは同業者間で優劣を競うゲームでしかない。あるいは,それですらまだましと思える現状がある。そこに埋もれている限り,自分もまた免罪されない。だからこそ,片平先生が提示する新しい定義を噛み締める必要がある。

JIMS@電通ホール~プラトーを超える

2010-11-29 08:42:30 | Weblog
11月27~28日は,汐留の電通ホールで開かれた日本マーケティング・サイエンス学会の研究大会に参加した。もう20年近く,春と秋の大会にほとんど参加してきた。つまり,自分にとっては正月やクリスマスに近い年中行事である。それだけに,大概の発表では刺激を受けなくなってきた。しかし,質疑応答や懇親会での会話が心を揺さぶることもある。

マーケティング組織の「市場志向」を調べた研究に対して,片平秀貴先生から,いまの時代そもそも社内に独立した組織としてマーケティング部門を持つことこそ,どうしようもないというコメントがあった。また,市場志向という概念自体,現在意味のあることなのかどうかとも指摘された。後のセッションで阿部誠先生もまた,同じ意見を表明されていた。

これは1つの例にすぎない。この学会ではどれだけ「先端的な」分析手法を用いているかが関心を集めがちだが,それ以前に,取り上げているテーマがどこまで現代的で,その分析枠組みが革新的かどうかが問われなくてはならない。そういう観点から振り返ると,冒頭で取り上げた研究に限らず,多くの研究が迷路に入り込んでいるといわざるを得ない。

では,自分たちの発表はどうであったか?
新保直樹,高階勇人,田内真惟人,城沙友梨(構造計画研究所),水野誠(明治大学):Twitterによる企業と顧客の対話:企業ツイートのコミュニケーション効果分析
ツイッターをテーマとして取り上げていること自体は現代的といえるだろう。もちろん,マーケティングにおいて,ただ新しい話題を取り上げればよいという問題ではない。それをいかに新しく扱うかも重要だ。

この研究のポイントは2つある。企業がツイッターを用いたコミュニケーションを行うときの「対話効果」と「情報拡散効果」だ。後者について,ツイッターは貴重な情報を提供してくれる。今回分かったことは,企業アカウントのフォロワーを超えた情報伝播力はフォロワー数と関係がないこと,そして,個々のツイートの拡散範囲はベキ分布に従うことだ。

では,まれに爆発的な拡散が起きるのはなぜか。そこまで分析が及ばなかったのであくまで予想だが,それはツイートの内容や単なるタイミングといった「個別要因」だけではたいして説明できないだろう。当の企業がいかにつぶやいてきたか,そのとき世のなかで何が起きていたか,さらには各人のタイムラインで何が流れていたかという「文脈要因」が重要だ。

一方,対話の効果はどうか。企業から消費者への返信と消費者から企業への返信に相関がある。両者の間の返信のセンチメント(ポジティブかどうか)にも相関がある。このことは対話の正のスパイラルを示唆しているように思う。ただし,それがさらにどんな効果を持つかを検証することは難しい。ソーシャルメディア・マーケティング全体が抱える課題でもある。

われわれのあとに発表した日経リサーチの佐藤邦弘さんは,ブログやツイッターで起きているコミュニケーションを可視化し,定性的に理解しようとしている。個別事例の分析からインサイトを得ることは非常に重要である。われわれの発表にコメントされた電通の丸岡吉人さんが指摘されたように,対象は急速に変化しており,一般化するのは時期尚早である。

いずれにしろ,こうした研究が分析枠組みにおいても革新的であったというつもりはない。ただ,これまでにない対象を相手にすることで,個々の手法の背後にあるパラダイム変換が迫られていることは確かだ。そういう意味で,視覚マーケティングに取り組む中川宏道さんや里村卓也さんの研究も見逃せないものであった。革新の芽生えは確実に存在している。