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あるマーケティング研究者の思考と行動

なぜ政権交代が起きたのか

2010-01-07 23:09:06 | Weblog
昨年最大のニュースである政権交代がなぜ生じたかについては,マスメディアでもネットでも,その辺の居酒屋でもいろいろ議論されている。しかし,データに基づく「分析」はそうは多くないのではないだろうか。読売新聞社と早稲田大学の共同プロジェクトがベースになった以下の本は,そのような分析が公開された数少ない例の一つだと思う。

2009年、なぜ政権交代だったのか―読売・早稲田の共同調査で読みとく日本政治の転換,
田中 愛治, 河野 勝, 日野 愛郎, 飯田 健, 読売新聞世論調査部,
勁草書房


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本書の前半では投票率や得票率の分析を通じて以下のようなことを確認する:自民党の支持基盤が弱体化していく中期的趨勢があったが,2005年には無党派層の多くが小泉改革を支持し,一時的に党勢を盛り返した。しかし,以前から地力をつけてきた民主党に,今回多くの無党派層がシフトした。従来有効だった自公の選挙協力も,投票率が増加したため効果が薄れた。

これらのことはすでにあちこちで論じられているが,数字で裏づけた分析(もちろん多くの推論を含んでいる)を見るのは,ぼくにとっては初めてである。ただ,本書でより興味深いのは,読売新聞社が実施した世論調査を個票レベルで分析している後半の部分である。世論調査は集計レベルでしか公開されていないので,データの所有者だけに許される特権である。

自民党支持層から少数ながらも民主党への流出があり,いわゆる無党派層から民主党への雪崩現象が起きた背後には,自民党政権への失望と民主党政権への期待があったという。いうまでもなく,こうした説明は同義反復的であり,より重要なことは,なぜ有権者は自民党に失望し,民主党に何を期待したかである。この疑問に答える分析が第6章で紹介される。

それによれば,こうした意識の変化を統計的に有意に説明するのは,回答者の教育程度と世帯収入(いずれもプラスの効果)以外に,投票において次のような争点を重視したかどうかだ:

プラスの効果:財政再建*,年金問題,議員の世襲制減*,中央官庁などの行政改革
マイナスの効果:外交・安全保障
 *5%水準。これ以外は1%水準

鳩山政権発足時に注目された環境政策や郵政民営化見直し,最近注目されている景気・雇用問題などは,有意な効果を与えていない。高速道路の無料化,子ども手当といった民主党マニフェストの目玉といわれた政策の効果は,調査項目に含まれていないのでわからない。それにしても,民主党への期待が年金問題の解決や行財政改革に向けられていることは確かだ。

冒頭の得票数の分析から示唆されるように,無党派層がかつて小泉自民党を支持し,今回は民主党を支持したのだとしたら,この結果は納得がいく。だから最近の世論調査で,鳩山政権の仕事として事業仕分け「だけが」評価が高かったのだ。次の参院選でもそうした無党派層からの支持を期待するならば,民主党政権が今後何をすべきかは明らかだと思うのだが・・・。

もちろん,本書で披露される分析は,有権者の異質性を深く扱っているわけではない。民主党の支持層にはいろいろなセグメントがあり,選挙に勝つためには改革志向の無党派層より重要なターゲットがあるのかもしれない。もう少し有権者の異質性を考慮した分析を行ない,民主党(あるいは自民党)の「支持者ポートフォリオ」を解明できればと思う。

もっとも「セグメント別世論」なんてあり得ない,というのが世論調査業界の人々が共有する思いかもしれない。