Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「政策マーケティング」

2007-09-04 19:48:20 | Weblog
竹中平蔵氏が,日経ビジネス8/24号で,安倍政権の失敗は「政策マーケティング」の欠落にあると指摘している。竹中氏によると,政策マーケティングとは,有権者がどういう政策を求めているかを把握し,議論が沸騰するようなアジェンダ設定を適切なタイミングで行うことだという。では,小泉政権は,そのような政策マーケティングを実践したといえるのだろうか。竹中氏はそれについて明言していないので,ここで考えてみることにしよう。

小泉政権の最大のアジェンダといえば郵政民営化だろう。そのような政策を,国民が事前に求めていたとは考えにくい。しかし,肥大化した政府・官僚機構への憎悪があったことは確かだ(いまでもある)。そこに,その象徴として特定郵便局を標的とする,郵政民営化のアジェンダを設定した。そして,この政策への賛否が,日本全体の「改革」を推進するか後退させるかの分岐点だと問いかけた。なるほど,大筋で「政策マーケティング」の手順に沿っているといっていい。

一般のマーケティングでは,ポジショニングが重要だとされる。それは,競合相手との差別化であり,しばしば「棲み分け」のニュアンスを伴う。競争戦略と称するものは,実は競争回避戦略だと野中郁次郎先生が喝破されていたのを思い出す。それに比べ,アジェンダ設定はあえて波風を立て,顧客に白か黒かの選択を迫る戦略だ。きわめて攻撃的。市場でトップになることと,政治で多数派になることには本質的違いがある。政策マーケティングはどう猛で,血に飢えている。

しかし,市場にアジェンダ設定がないわけではない。グーグル,アップルが典型だが,多くのパワーブランド企業は,独自の選択軸を顧客に投げかけて,どちらを選ぶのかと強く迫る。どちらが顧客満足の総合点が高いか,なんてことは小事にすぎない。この一点で,どちらを選ぶかが人生または社会の一大事だ,という軸を打ち出す。消費者側の必然性ではなく,企業側の必然性として,非補償型ルールによる選択を行わせる,ということだろう。

平和的な説得ではなく,あえて対立構造を創りだし,そこで葛藤させ,最後は自らの意思で自陣営に身を投じるかどうか選択させる。選択した人間は,深いコミットメントを持たざるを得ない。つまり,強いロイヤルティが生じる。宗教の布教がまさにそうだと考えられる。対立構造は物語の本質的構造であり,人を興奮させ,楽しませるエンタテイメントの本質である。それが有効だと気づいている人は多いが,まだ経験則にとどまっているように思う。政治からマーケティングが学べることがある,ということだ。