Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

MASコンペティション@KKE

2009-02-27 22:45:44 | Weblog
構造計画研究所で開かれたMASコンペティションに参加した。昨年は,学生の発表の応援のため,今年は審査員として。例年より発表数は多く,エージェントベース・シミュレーションのソフト artisoc の学術利用が順調に進んでいるようだ。また,全体のレベルが上がっているのは,9年間コンペティションが開かれてきた成果といえるだろう。発表されたモデルのコードがウェブで公開されているので,学生は一からモデルを構築しなくても,過去の研究を修正・拡張することで研究を発展させることができる。

しっかりした教科書もある:

人工社会構築指南―artisocによるマルチエージェント・シミュレーション入門 (人工社会の可能性)
山影 進
書籍工房早山

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ただ,量的・質的に発展しているのは避難行動や交通流,あるいは店舗内の買物行動といった,目に見える物理的空間での人や情報の移動を扱った研究が多い。つまり,伝統的に工学が扱う領域での応用が進む一方,純粋に社会科学的な研究が増えないどころか,減っている印象さえある。そのことは個人的には残念だが,工学系の学生たちの発表を聞いていると,確かにちゃんとやっていると認めざるを得ない。研究対象が視覚的に想像しやすく,研究目的に公共性があって共感しやすく,モデルの設定の妥当性を客観的に吟味しやすい。

今回,社会ネットワーク上の情報伝播を扱う研究が2件あった。しっかりした研究であったが,実空間系の研究と比べられるとどうしても「不利」になる。クチコミが流れるネットワークを考えるだけでも,さまざまなバリエーションがあり得る。さらに情報の送り手と受け手の行動をそれぞれどうモデル化すべきか。過去のコミュニケーション研究をレビューしても,広く承認された規則性がそうあるわけではない。また,それが見つかったとしても必ずしも実証的裏づけがないし,あっても再現性が保証されていない。

こうした限界のなかで研究を進めるには,今回発表された研究のように,抽象化されたモデルを作り,モデルの仮定と振るまいの関係を地道に理解し,それらを積み上げていくことが考えられる。これは科学としてきわめて正当なアプローチだが,大規模な非線形システム(複雑系)において,ピースミルな知識の積み上げによって全体の理解へと到る保証があるかどうか悩ましい。抽象化されたレベルで洞察に富んだ「寓話」を作る,シェリングやアクセルロッドのような方向があるが,これはセンスが重要になる。

最近ではネット上でクチコミを観測し,実データに基づきモデル化をするという,工学的にも受け入れやすいアプローチが増えつつある。そうなると,避難する地域や建物と同様,クチコミが流れる社会ネットワークは一般化されるのでなく,個別の事例として扱われるようになる。一般性が求められるのはむしろ,クチコミの受発信という個々人の行動をどうモデル化するかだ。したがって今後の関心は,ネットワークに関する物理学的な研究から,コミュニケーションに関する心理学的な研究へと向かうのではないか。

こうした流れが功を奏して,MAS コンペで再び社会科学的な研究が高い評価を受ける時代が来るだろうか。残された課題には,シミュレーション結果の効果的なビジュアライゼーションや予測以外の用途の開発,社会的意義のある適用領域の開発(この点,マーケティングはいかにも弱い)などが考えられる。別の面では,研究者の層をいかに厚くするかが大きな課題である。ファイナンスへの参入は活発だが,マーケティング研究への参入はそう多くないし,あってもすぐに退出してしまう。顧客獲得も維持も両方重要だ。

そこで『エージェントベース研究者のためのマーケティング・サイエンス(あるいは消費者行動モデリング)入門』といった本でも書くべきかもしれない。少なくとも『マーケティング研究者のためのエージェントベース・モデリング入門』よりは売れるのでは,と思う。問題は,その本に載せるべき自分の研究成果があまりに少ないことだ。ということで,まずは自分の研究,という結論になる(いつもオチが同じで,進歩がない)。実際,北中さんの本もすでにあるわけだし・・・。

複雑系マーケティング入門―マルチエージェント・シミュレーションによるマーケティング
北中 英明
共立出版

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