Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

変態で反骨で反省する研究者になる

2010-05-08 22:57:52 | Weblog
駒澤大学で開かれた消費者行動研究コンファレンスに出席した。WCSS に投稿する論文の締め切りが迫っているので,どうしようかと迷ったが,「今日の講演は、一流の「職商人研究者」はHでなくては、という話(笑)」というつぶやきに誘われて,基調講演を聴きにいった。タイトルは「接着剤とヤモリ:新発想が生まれる仕組みづくり」。講演者は,丸の内ブランドフォーラムの片平秀貴代表。会場で書きなぐったノートを見ながら,その要旨を記してみる:
常識では思いつかない,画期的な発想。その例が日東電工が阪大と共同で開発した「ヤモリ・テープ」だ。ヤモリは壁を上り,天井からぶら下がることができる。ヤモリの足の裏に潜む秘密を解明し,カーボンナノチューブの技術を応用した。その結果,強い接着力を持ちながら,簡単にはがせる接着テープが出来上がった。こういう発想は,接着剤の開発を既存の技術の延長だけで考えているとでてこない。マーケティングや消費者行動の研究も同じである。

世界的に有名なデザイン会社 IDEO のトム・ケリーがいう「ヴ・ジャデ」ということば。デジャ・ブとは「実際は初めて見たものを,以前見たように感じること」だが,その逆である。つまり「実際にはいつも見ているものを,初めて見るように見ること」である。われわれはふだん見慣れているものを,実はきちんと見ていない。良いイノベーションは,そこを見ることから生まれる。それは,あとでいわれてみると,何だそんなことか,と思うようなものが多い。

イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材

トム ケリー,ジョナサン リットマン,
早川書房


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合理的な思考は役に立たない。なぜなら,合理的と呼ばれるものは,われわれが気づいている範囲だけで因果連鎖を考えたものにすぎないからだ。したがって,世間が驚くようなイノベーションは事前的には非合理的で,事後的には合理的となる。山城祥二としても知られる大橋力氏は,耳では聴こえないが脳には聴こえる音の周波数を発見し,世界的に注目されている。これは氏が音楽活動を通じて,知覚されないが快感を与える何かがあることに気づいたのがきっかけだ。

最近,マーケティングでも人類学的な手法が注目されている。文化人類学者レヴィ・ストロースのブリコラージュという概念は,未開の人々が持つ知のあり方で,何であれその場にあるもので間に合わせる(make do with "whatever is at hand")ことを意味している。それは,目的に最も合致する手段を探すエンジニアの思考とは対照的である。これはどこかで役に立つかもしれないと思って手元に置いておく。この,ひょっとして,何か匂う,という感覚を持つことが大事である。

野生の思考

クロード・レヴィ・ストロース,
みすず書房


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ハヤカワの『思考と行動の言語』を参考に,体験(体)>体験知(頭)>言語=地図という3つの層を考える。体験から体験知を得るには問題意識の壁があり,それを言語化するのにさらなる壁がある。一方,プロジェクトを行なう際には,情報量の少ない言語をアイデアにするのに発想の壁があり,さらに現場・現物にするのに実施の壁がある。研究者が行なっている作業にも現実>データ>仮説という3層があり,それぞれの間に測定の壁,推論の壁がある。

思考と行動における言語

S.I.ハヤカワ,
岩波書店


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マーケターがデータやモデルの係数だけ見ていると重要な情報を見失う。そこで学ぶべきなのが,世阿弥の物学(ものまね)という考え方である。世阿弥は「物学(ものまね)の品々を,よく心中に当てて分ち覚えて・・・」「師によく似せ習ひ,見取りて,わが物になりて,身心に覚え入りて,安き位の達人に至るは,これ主なり」「すなわち,有主風の為なるべし」と述べている。顧客を外から観察するだけでなく,その内側に入っていくことが重要である。

世阿弥に学ぶ 100年ブランドの本質

片平 秀貴,
ソフトバンククリエイティブ


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言語を通じて体験知を交換することに成功すると,一方の体験知が他方に外挿される。そのためには「複数の人間」「共有体験」「各人の独自の体験知」「共通言語」「共通の哲学とモチベーション」といった条件が必要となる。新発想が生まれる仕組みとは「物学(ものまね)精神」「数奇と下地」「公私一体なコラボレーション」「職商人としての研究者」である。最後の点は 3H に要約される。すなわち「変態的好奇心」「反骨精神」「反省心」を持つことだ。
以上の要約は重要と思われるキーワードを並べただけという感もあって,片平先生の深い思考や熱い思いを十分反映していない。しかし,それでも非常に刺激的な議論であったことは感じていただけると思う。この講演はイノベーション論であるとともに,マーケティングや消費者行動の研究者へのメッセージでもある。この講演を聴いたあと,研究室に戻って論文執筆を再開するのには忸怩たる思いがあった。しかし,日常のなかでこの刺激を埋没させてはならない。

反骨精神を説く講演に感銘を受けたのに,素直に頷いているだけでは真に学んだことにはならない。そこでささやかではあるが,3H に1つだけ追加するという越権行為を行なう。追加したいのは「偏執狂的努力」・・・なぜなら,それが自分に最も足りない部分だと思うからだ。

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