Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「社会記号」と市場の進化

2018-01-06 17:54:56 | Weblog
『欲望する「ことば」』は、広告ビジネスの最前線にいる実務家と気鋭のマーケティング研究者がタッグを組み、「社会記号」という切り口から、市場がどう創造されるかをわかりやすく述べた本である。社会記号とは消費者の隠れた欲望に与えられた「ことば」で、それが社会に伝播することで、最終的に人々の意識や行動を変えていく。

その一例が「加齢臭」だ。このことばが生み出されたことで、新たな市場が創造された。これは 1920 年代の米国で、口臭を意味するハトリシスということばが流布されたことと符合する。「女子」ということばも、意味がいろいろ変容した挙句「女子会」市場を生み出すに至った。私にとって馴染み深い「カープ女子」もその延長にある。

 欲望する「ことば」
 「社会記号」とマーケティング
 (集英社新書)
 嶋浩一郎,松井剛
 集英社


本書は豊富な事例を挙げ、社会学や言語学の理論との関連も議論し、非常に説得的である。これまで数量データを中心に「市場の進化」(とりわけ新製品の普及)を研究しようとしてきた自分も、大きな反省を迫られた。市場の進化には社会記号を通じた知覚の変化もまた重要なはずで、それをどう観測し、モデルに組み込むべきか。

社会記号はメディアや広告代理店が一方的に作り出せるものではなく、消費者との(あるいはメディア間での)複雑なインタラクションから生まれてくる。それはまさに複雑系で、ソーシャルメディア上のビッグデータを分析できれば、そのダイナミクスを解明できるかもしれない。計算社会科学にとって格好の研究対象ではないか。

もっとも著者たちは、ビッグデータや AI が発展しても、消費者の隠れた欲望の予兆を探り出せるのは人間だけだと述べる。私も AI の限界には同意するが、人間が計算機の力を借りてソーシャルメディア等のビッグデータから欲望の予兆を読み取ることは可能だと思いたい。その意味で、AI や計算社会科学の研究者にも薦めたい本だ。

なお、著者の一人、松井剛さんは以下の研究書をすでに出版されている(このブログでも一度紹介している)。松井さんの研究における一貫性を自分も見習いたいが、もうすでに手遅れかもしれない…。

 ことばとマーケティング
 ―「癒し」ブームの消費社会史
  (碩学叢書)
 松井剛
 碩学舎



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